キイロの洞窟

2010.06.13
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カテゴリ: 小説



部屋を出て行った。
桜井は麻子が持ってきた「肉じゃが」を頬張った。
家庭の料理の味を知らなかった桜井に、「肉じゃが」の味は
心にまで染みた。

それから事あるごとに、麻子は桜井の部屋に
「家で沢山作ったから」と言っては、煮物や揚げ物のおかずを
持ってくるようになった。

日曜日など「映画のチケットを貰ったの、一緒に見に行こうよ!」


本当は貰い物のチケットではなく、桜井に気を使わせないように、
麻子が普通にチケットを購入し、誘ってくれたのだった。

そういう気づかいがとても嬉しかった。
勿論麻子には黙っていたが、そんな配慮や優しさを持つ麻子に、
桜井の心はどんどん惹かれていった。

そして麻子も桜井に対して、父の経営する工場の工員以上の
感情が芽生えていた。

ある夜も麻子が部屋を訪れ、
「今日は父が町内会の会合で朝まで戻らないの」と言い、
酒を持ってきた。

二人とも酒に弱く、ビール2缶ぐらいで酔っ払ってしまった。

桜井は抱きとめた。

顔と顔とがものすごく近くに・・目と目が合い・・・・・
桜井は不器用な口づけをした。

麻子も答えるように桜井の唇を吸った。
二人はその夜結ばれた。


桜井は麻子を幸せにしたいと思った。

桜井は麻子との事を社長に打ち明けた。
「麻子さんを幸せにします。」

たった一言だけだったが、社長は満足そうにうなづくと、
涙をこぼしながら「よろしくお願いします」と桜井に言った。

晴れて二人がささやかな結婚式を上げたのは桜井が工場に勤め始め、
そろそろ1年を迎える頃だった。

ただ、会社の景気は相変わらずで、仕事は相変わらず忙しかった。
安い仕事を数こなさなければ、回らない工場の状況はまるで
変わっていなかった。

そんなある日、二人の工員が無断欠勤した。
その日、会社に2人連名の封書で辞表が速達で届いた。
そこには通常の辞表に書かれているような内容ではなく、
社長や桜井への悪口が散々書き殴られており、
最後に「お前達を困らせてやる」と書かれていた。

やはり二人は新しく入ってきた桜井の事が気に入らなかったのだ。

自分達だって懸命に働いて来たたつもりだったのだろう、
それが桜井の出現で社長は桜井ばかりを可愛がり、
二人ともひそかに恋焦れていた社長の娘までもが・・・・・
そんな環境で働くのは真っ平ごめんだったのだろう。

工場にとって2人が抜けることは、かなりの痛手であった。
4人で働いても仕事をこなすのは大変だったのに、
桜井は二人の工員を探し、なだめ戻ってきて貰うように言ってくると
社長に言ったが、止められた。2人の工員も寮に入っていた為に、
行方はわからないし、今ある仕事を先にこなさないと工場が潰れて
しまうからだ。

工員が抜けた穴を埋める為、結婚と同時に信金を辞めた麻子も手伝ったが、
桜井と社長は連日夜中まで仕事を続けないと納期にまるで間に合わなかった。
早く抜けた行員の穴を埋める為にと、求人広告を出したが、まるで音沙汰なしだった。

そんな打撃にさらに追い討ちを掛けるような出来事が工場を見舞った。
工場の金庫が盗まれ会社の金が500万円盗まれてしまったのだ。
警察を呼んで調べて貰ったが、犯人の手がかりが掴めなく
犯人検挙になかなかつながらなかった。
そして連日連夜の徹夜仕事と会社の金を盗まれたショックで
社長は倒れてしまい、これ以上無い最悪の状態になってしまった。

麻子が社長の看病をする為、桜井が一人で今まで以上に仕事したが、
到底一人でこなせるような状況ではなく、仕事も激減していってしまった。

そんな矢先に、求人広告を見たと、ひとりの中年の男が履歴書を持ってやって来た。
背が高く体格のいい男で年齢は50歳と履歴書にかいてあった。
なぜか面接なのにサングラスをしていた。

床に伏せていた社長も、何とか面接だけは立ち会うことが出来た。

「私、香取正夫と申します。今年で50歳になりました。
この仕事の多少の経験はございます。
事故で片目を損傷しております、失礼とは思いましたが、
サングラスを掛けております。」と香取正夫はサングラス
をかけている事を申し訳なさそうに言った。

「そうですか、ただ目が不自由だと、あまり細かい仕事は
お任せできませんので、当分は私たちの助手的なことをお任
せするようになりますが、大丈夫ですか?」
と心配そうに社長は言った。
「はい、なんでもやります、一生懸命頑張ります、宜しくお願いします。」
と香取正夫は深々と頭を下げた。

片目が不自由の香取だったが、とにかく猫の手でも
借りたいぐらいの忙しさに、香取を雇う事になった。
香取は奥さんを病気で無くし、独り者と言う事で、入寮希望だった為、
その夜から入寮した。

次の日から仕事が始まった。社長は体調もだいぶ良くなったが、
まだ仕事ができる程では無かったので、桜井が主に仕事をこなし、
香取は初日なので雑用をこなしていたが、夕方ぐらいになると
覚えが良いのか徐々に仕事をこなせるようになっていた。

香取が勤め初めて既に2週間が過ぎていた。
随分と仕事にも慣れ、面接時に心配したような事は無く、
工場にとっては必要な戦力になっていた。

社長も体調が回復し、仕事にも徐々に復帰できるようになってきた。
以前、工員が2人居たとき程ではないが、何とか倒産の危機だけは免れた。
香取は面接で言っていたとおり、仕事は真面目で物覚えも凄く良かった。
しかし無口な男で殆どしゃべらなく、どこか陰のある男だった。

ある日、桜井は倉庫で香取の異様な行動を目にした。
「あと何日、あと何日で」と香取は、他には誰もいないと思って、
ずっと何かを唱えていた。

しかもサングラスを外して片手に持ち、
桜井側には背を向けていたので損傷した片目は見なかったが、
何か薄気味悪いものがあった。





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Last updated  2010.06.13 20:26:24
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