HANNAのファンタジー気分

HANNAのファンタジー気分

August 16, 2026
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テーマ: 中国旅行記(222)
カテゴリ: カテゴリ未分類
第13回は 蘭州 郊外への日帰りツアー、1986年7月30日(水)です。記述や画像は当時の私たちの記憶であり、何かの正確な記録や証拠ではありません。

今日は 劉家峡ダム * から 炳霊(へいれい)寺 へ行くというので、一人51元のオプショナルツアー代金を払い、8時過ぎにバスで出発。天気はまあまあ。途中、黄河の峡谷をうねうねと登ってゆき、次第に高くそそりたつ断崖絶壁を堪能する。車窓から撮った左写真は、段丘、土手に洞穴、ロバを追う村人。桃源郷のような眺めだと思った。

*劉家峡ダム  蘭州の西、黄河上流にある。1969年に発電を開始した 劉家峡発電所 での発電のほか、洪水を防ぎ広域を灌漑する。130平方キロの広大なダム湖を北へ船で渡ると、炳霊寺の石窟寺院(世界遺産)がある。船が出るのは夏と秋のみだったが、最近では道路が整備され、陸路でたどり着けるらしい。

100キロほどの長い道のりだったが、眠るどころか退屈する間もなかった。高い崖の中腹や天辺の方に転々と群れているのは羊(またはヤギ?)たち(右写真)、その足下から一気に落ちこむ急斜面のきわを七曲がりのように河はくねくねと流れる。バスの中はいつしか 喜多郎 のアルバム 「絲綢之路(シルクロード)」 の音楽が流れ、私たちは上へ上へと少しずつさかのぼりながら、何やら夢の国へでも連れて行かれるようだ。たまに人家が見え、千枚田も顔負けの、耕して天に至るような陸稲(おかぼ)の段々畑が黄色く実っている。収穫された陸稲は日本とよく似た干し方をしていて、稲叢が点々とある。
 発電所あたりか、緑の制服の警備員さんのいる検問所を過ぎ、10時半ごろようやくダム湖に着いて、船に乗りこむ。岸から空中を渡した1枚の板切れで乗船させられたが、高さがあり不安定で、私にとっては恐怖の体験だった!

 低く垂れこめた雲を見上げつつ、船は岸を離れた。標高2000mもある山中とのこと、風は射すように冷たいので、船室へ逃げこむ。日本人の団体が乗客の多くを占めている。しばらく後、ウインドブレーカーを着て甲板に出た。湖岸の山々の眺めは素晴らしい。いや、緑がはげて真っ赤な鉄分の岩肌をむき出しにしている光景(左写真)は、素晴らしいというよりすさまじかった。ここでは岩にしろ山にしろ、日本とはスケールが違う。
 上流へ向かうとある地点で水の色が変わり、黄河特有の黄色い濁りがなくなるという(この時は山かげが暗くてはっきり分からなかった)。その後、近く遠くの山が重なり合う絶景ポイントで撮ったのが右の写真。

 船室で、ホテルから積みこんできたお弁当を食べる。大量に入っている…カステラみたいなパン菓子に、焼き豚の味のハム(チャーシュー?)をはさんだサンドイッチ、ゆで卵2個(Mは2個とも食べて後でおなか痛を起こした)、骨付き肉、スポンジケーキ、それに桃が2個!
 満腹して少し眠った後、また外に出てみた。屏風のように切り立った峡谷に船が入っていくところである(左写真、山は 桂林 に似ている。陸地には陸稲の稲叢が並ぶ)。崖下、水際の急斜面に転々と白や黒の羊が草を食べている。あんな険しい崖を登り下りできるものか、羊飼いの人はどうするのだろう…と話しつつ写真を撮る(が、崖の大きさに対し家畜が小さすぎて点にしか見えない)。
 私のカメラは、今日は元気だ。フランス人?の老夫婦が隣でやはり撮影している。中国人の、官僚か何かキチンとした身なりの団体もいる。中国人の女の子たちもいて、ピンクのジャンパーにお下げを垂らし、布きれをリボンのように結んでいる。

 午後1時半、 炳霊寺 * のある支流?への分岐点に着いた。上陸の時にも渡し板が使われ、私はまたもや大騒ぎしなければならなかった。


*炳霊寺  5世紀から清代までずっと制作・拡張されてきた石窟寺院。名前は十万の仏の寺、の意味だという。1997年から大規模修復工事が行われ、だいぶ見学しやすくなっているようだ。

階段状の船着き場に、地元の子供たちが手に玉(ギョク=ネフライト)のかたまりや小さな仏像を入れたかごを持って待ち構えており、日本語で「1元」を連発ながら、売ろうとしてきた。日に焼けた肌に裸足、泥だらけの手のひらに薄緑色の玉を乗せた小さな男の子もいる。
 私たちは断崖に切りこんでつくったような狭い、干上がった谷に徒歩で入っていった。岩棚の道がかなり続き、頭上には奇妙な形の巨大な岩が天をつくほどそそり立って谷に覆いかぶさるようだ。下の地面は流れが乾いたのかものすごいひび割れが入ったりしている。崖のえぐれたところをまたいでいる橋のたもとに、乾いた土手があった。そこで私たちは小さな茶色い生き物を見かけた―― ナキウサギ 。動物好きの私は大感動であった。何しろ日本では北海道の大雪山あたりにいるくらいでめったにお目にかかれない生き物、と読んだことがあった。

 しきりに玉を売ろうとついてくる子供たちを振りきって、私たちは炳霊寺の入り口に来た。入り口と言っても荷物預かり所と券売り場が岩棚の道の途中にあるだけだ。すっかり荷物を預けて進んでいくと、左手にそびえる崖に大小の仏像や洞窟がうがたれてある。天然のギャラリーだ(左写真。左手の崖に磨崖仏が見える。この辺りは現在は立派な見学の門や碑ができ、にぎわっているようだ)。
 壁を大まかに刻んだだけのように見える仏や、もはや判別しにくい壁画もあった。進むにつれ数が増え、上の方にも洞窟が見え始めた。観光用に櫓が組んである。順々に狭い横穴に入った。ただくりぬかれただけの大昔の穴居のような穴蔵に、暗がりにとけこむようにして仏像がいくつも据えられている。その中に立つと、仏様がみんなして自分を見下ろしているような不思議な気分に浸れる。どの仏様も何やら生きているみたいで、切れ長の伏し目がちの両眼でじっと私のことを見ているのだ。こんな所にこもって昔の人はお経を唱えたのかしらと思う。いくつ目かの洞穴は、入って振り返ると出入り口の上の暗闇になめらかな曲線の美しい 涅槃仏 ( 北魏 のもの、9m近くあり、ダム湖に沈む前に9つに分けて運搬・保存したそうだ)がいらっしゃって、特に良かった。
 櫓の上もちょっとだけ登ってから引き返した。総じてここでは撮影禁止だし荷物も預けたのでメモができず、見学の詳しい感想が記せなかった。往復の行程がすでに驚異の連続だったので、肝心の石窟の印象は薄まりがちだったこともある。

 空はだんだん晴れて、冷たい風も収まってきている。岩棚の小道から離れて川床を歩いて戻った。荷物預かり所を過ぎるとまた子供がやって来てしきりと玉を見せる。ついには親父格のおじさんまで出てきた。添乗員Wさんは骨董品のイヤリングを探していたが、いいのがないので断っている。
 左写真は、炳霊寺付近の黄河を羊の筏で渡る地元のおじさん。羊の体をくりぬいて空気で膨らませたものをつないで作った筏!!

 帰りの船旅は良かった。見違えるほど空は晴れ、太陽がさんさんと照りつけたので、皆で椅子(パイプ椅子)を船室から船室の屋根の上へ持ち出して、日光浴をしながら素晴らしい景色を眺め、水も青く澄んでいるのが確かめられた(右写真)。その後、渡し板を、たしかYさんにしがみつきつつ渡って無事上陸した。
 バスでの帰路の途中、事故――正確には事故後の処理をしている所に行き会って半時間ほど通行止めを食らった。実は、行きに私たちはうねうねした道を通る時、トラックが1台、崖の下へ落っこちているのを見かけていたのだが、それを今、クレーンで引き揚げているのだ。道は当局に封鎖され、すでに何台かの観光バスやトラックが立ち往生。私たちもその群れに加わってバスを止め、作業を見物したりその辺を散歩したりした。作業はちっともはかどらないようだが、誰も時間を気にしている様子はない。中国人も観光客もわいわいと集まって見守っている。中央アジア的のどかさだね( 青池保子『エロイカより愛をこめて』 のセリフ)と私たちものんびり待った。バスの隣の(軍用?)トラックに乗っていた緑の制服のお兄さんたちも休憩中のていで、カメラを向けるとニッコリしてくれた(写真省略)。

 ようやく出発し、長路のすえ蘭州市街に戻り、踏切で汽笛を鳴らすSLの通過を待ったりした。ホテルに8時すぎに帰り着くと、もう暗い。雄大な大自然のただ中へ楽しい遠足に行ってきた気分、今日こそよく寝られそうである。
 左画像はお土産のマグカップ。写っていないが取っ手もある。蘭州と書いた刻印が底裏にある。地元の人たちがこういうホウロウのマイコップでよくお茶を飲んでいたので買ったもの。


つづく、次回は蘭州からいよいよ沙漠へ





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Last updated  September 23, 2026 11:12:14 PM
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