嘉峪関
を出てしばらく後、窓の外、沙漠の彼方に銀の筋のような湖が見える。ガイドさんが蜃気楼だと教えてくれたので、バスの中は老いも若きも大騒ぎとなった。近づくにつれて消えてゆく数々の幻の湖…ロマンだ、本物にそっくりだ。この幻で命を落とす旅人も数多くいただろうが。さらに、 祁連山脈
の裾辺りに黒っぽい天の柱が立っている――それはゆっくりと動く塵旋風、小さな竜巻だ。壮観、壮観。何度か撮ろうとしたが、なかなか難しい。
右写真では、次第に砂礫が細かくなってきた砂漠を、貨物列車がゆく。右の方の貨車はタンクの形、石油だろうか。
この道中、まず2時間後にオアシスと石油の町、 玉門
(玉門市。玉門関遺跡とはだいぶ離れている)でトイレ休憩。左下写真は、玉門市街のポプラの木、給水塔?。看板には「安全は自警から」みたいなことが書いてある。
それで何のホネなのか? 牛か山羊の角なのか、まるでゾウの牙みたいな形のも落ちている。むろん、人間のホネがあるはずは…ないのだろうか? この地の滅んだ恐怖の伝説を思うと、否定しきれない気がする。うーん。
道から外れてずんずん城跡を奥まで行くと、城壁の崩れたらしい斜面があって、その向こうは浜辺のよう、湖のほとりだった(実は湖ではなく、祁連山脈に源を発する 疏勒川
)。そして城壁と湖の間にはさらに多くの骨やさまざまな破片が散らばっていた(左写真、湖や空の青色はまぶしさに白くとんで写っている)。ラクダ草すら生えない、この乾ききった城跡と鮮やかな湖の青は全く対照的だ。水を求めてさまよったあげく、突然出現した、蜃気楼と見まごう湖を目前にして、力尽き倒れてゆく旅人の幻影が見えそうだ。
左写真は陶器のかけらと小さな骨のかけらのアップ。そうそう、ガイドさんが古銭を拾ったと言う。見ると、よれよれで緑青がふいておりほとんど原型をとどめていない。古銭は拾い尽くされて、近ごろなかなか見つからないそうだ。
2時間後に未開放都市の 安西
*
に立ち寄る。ここで夕食。赤茶けた夕方、町はほこりっぽく、道ばたのポプラの葉には細かな砂が吹きつけられていて、触るとジャリジャリした。右写真は安西の市場の風景。影が濃い。ひまわりが咲いている。ロバの引く荷車に乗る親子やトラクターなども見える。
――西へ西へと