HANNAのファンタジー気分

HANNAのファンタジー気分

August 23, 2026
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テーマ: 中国旅行記(222)
カテゴリ: カテゴリ未分類
第17回は敦煌への砂漠行、1986年7月31日(木)続きです。記述や画像は当時の私たちの記憶であり、何かの正確な記録や証拠ではありません。

嘉峪関 を出てしばらく後、窓の外、沙漠の彼方に銀の筋のような湖が見える。ガイドさんが蜃気楼だと教えてくれたので、バスの中は老いも若きも大騒ぎとなった。近づくにつれて消えてゆく数々の幻の湖…ロマンだ、本物にそっくりだ。この幻で命を落とす旅人も数多くいただろうが。さらに、 祁連山脈 の裾辺りに黒っぽい天の柱が立っている――それはゆっくりと動く塵旋風、小さな竜巻だ。壮観、壮観。何度か撮ろうとしたが、なかなか難しい。
 何回目かにようやく撮れた左写真の、山並みと砂色の土地の間に青黒く見える筋が、蜃気楼の湖(大規模な「逃げ水」)、縦に細く白い筋になっているのが竜巻。この写真ではちょうど日光がさしていて白っぽく写ったのだと思う。
 右写真では、次第に砂礫が細かくなってきた砂漠を、貨物列車がゆく。右の方の貨車はタンクの形、石油だろうか。

 この道中、まず2時間後にオアシスと石油の町、 玉門 (玉門市。玉門関遺跡とはだいぶ離れている)でトイレ休憩。左下写真は、玉門市街のポプラの木、給水塔?。看板には「安全は自警から」みたいなことが書いてある。

 午後5時20分、砂の中の遺跡、 橋湾城 * に立ち寄った。ここはガイドブックにも載っていない(当時)。石碑が1枚、半ば砂に埋もれかかって立っているだけで、説明書きもない。ただ崩れかかったすさまじいばかりの廃墟、死の静寂があるのみだ。今この瞬間にも風に崩れてゆく城壁(右写真)。


*橋湾城  清代の城塞。不正を働いた城主が生きたまま頭皮を剥がれ、それで作った太鼓が鳴り響いたという、恐ろしい伝説がある。 栗本薫 ・ 木原敏江 らの紀行本 『シルクロードのシ』 には載っていて、「鬼哭啾々」と形容されている。現在は超立派な建造物が復元されて、観光地になっている。

足下に、白地に紺の模様のある瀬戸物のかけらがおびただしく散らばっていた。ふちは丸くなり、細かく砕けている。それに混じって古銭が落ちているそうで、下を向いて歩いてみる。サラサラの砂が、白い乾いた石みたいな何かの破片を埋めている。何だろうと思ったが――骨なのだった。私の足の先に、セキツイの形をした、カラカラに干からびた白い骨がぬっと砂からつき出ていたのである。さらに見ると、腕・脚の形の骨や、少し平たい骨など…折れたり丸くなったりしているが、正真正銘のホネである。
 それで何のホネなのか? 牛か山羊の角なのか、まるでゾウの牙みたいな形のも落ちている。むろん、人間のホネがあるはずは…ないのだろうか? この地の滅んだ恐怖の伝説を思うと、否定しきれない気がする。うーん。

 道から外れてずんずん城跡を奥まで行くと、城壁の崩れたらしい斜面があって、その向こうは浜辺のよう、湖のほとりだった(実は湖ではなく、祁連山脈に源を発する 疏勒川 )。そして城壁と湖の間にはさらに多くの骨やさまざまな破片が散らばっていた(左写真、湖や空の青色はまぶしさに白くとんで写っている)。ラクダ草すら生えない、この乾ききった城跡と鮮やかな湖の青は全く対照的だ。水を求めてさまよったあげく、突然出現した、蜃気楼と見まごう湖を目前にして、力尽き倒れてゆく旅人の幻影が見えそうだ。
 左写真は陶器のかけらと小さな骨のかけらのアップ。そうそう、ガイドさんが古銭を拾ったと言う。見ると、よれよれで緑青がふいておりほとんど原型をとどめていない。古銭は拾い尽くされて、近ごろなかなか見つからないそうだ。

 私たちは再びバスに乗り出発した。時々オアシスを通るが、見える植物はポプラぐらい。相変わらずでこぼこした砂の地面には所どころ穴やくぼみがある。遠くには低い山並み、その裾野に灰色の太い帯が見える。今度のは蜃気楼ではなく、吹き寄せられた砂漠の砂が積もった斜面なのだそうだ。
 2時間後に未開放都市の 安西 * に立ち寄る。ここで夕食。赤茶けた夕方、町はほこりっぽく、道ばたのポプラの葉には細かな砂が吹きつけられていて、触るとジャリジャリした。右写真は安西の市場の風景。影が濃い。ひまわりが咲いている。ロバの引く荷車に乗る親子やトラクターなども見える。

*安西  現在は瓜州と呼ばれている。唐の安西都護府があったのはここではない。

 夕食後、時刻は8時、ようやく暮れてきた道をさらに西へ進む。まさに“馬を走らせて西来、天に至らんと欲す”(「 磧中作 」)だ。ただし馬でなくバスなのだが…。


<詩>磧中作 岑参(しんしん)
 走馬西来欲到天 / 辞家見月両回円 / 今夜不知何処宿 / 平沙万里絶人烟

 Hannaの勝手訳詩
  いつの日か 地の果てを見
  いつの日か 天空にゆきつくだろう
 ――西へ西へと
   沈む陽を追って馬を駆れば
  なつかしき 故郷をいでて
  はや二たび 月は満ち欠けぬ
 ――西へ西へと
   沈む星を追って馬を駆れば
  はるかなる 万里の沙漠
  人ひとり 煙も見えず
 ――西へ西へと
   沈む空を追って馬を駆れば
  今宵はどこに 宿を求めたものか
 ――西へ西へと
   沈む歳月を追い 夢を駆れば

  *岑参は8世紀(唐代)の人。安西都護府に勤めた。


 敦煌に近づく頃、道のそばにラクダの群れがいるので、路上で小休止する。時刻は午後9時20分。中国の標準時は一つしかないため、西域ではこんな時間でもまだ日が落ちない。ラクダたちは鼻輪をつけ、トゲトゲのラクダ草をむしゃむしゃやっている。私たちはラクダのほか、道ばたの砂地にできた風紋を撮ったりした。驚いたのは、アスファルトが昼間の炎熱でべたべたに溶けていたこと。そのため靴裏がねばつき、蜜でもこぼした上を歩いているようだ。
 左上写真は上から、てらてら光る溶けた道をもう5時間以上走り続けている私たちの勇敢なバス。背景の低い山並みは、私たちが後にしてきた風景で、前述のような灰色の砂の帯が見える。
 その下、道路脇で夕陽を浴びて、ラクダ草や白枝と呼ばれる草を頬張る放牧ラクダたち。そして近づいてきた1頭(左写真)。

 そうして私たちは、ついに 敦煌 に到着。もう夜10時近いがまだうすい黄昏である。今日は実にエキサイティングだった。砂嵐に蜃気楼に祁連山の雪峰だ。そしてやっとオアシスにたどり着いた…。バスを下りる時、一人1個スイカ(日本で言うと小玉スイカの大きさだ)の配給があった!


つづく





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Last updated  September 23, 2026 11:09:05 PM
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