ひこじいさんのブログ

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2014年10月09日
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少し意味は異なるが諸行無常に通じる言葉として、親鸞聖人が九歳で得度するときに読んだと伝わる「明日ありと思ふ心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」がある。
こちらは、世の中や人生の無常を言い現わした言葉とされる。

これを月に当てると、満月は出ているときに気のすむまで観賞しておかないと何時また雲に隠されてしまうかも知れないということに通じるのだろうか。

兼好法師は徒然草で「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは。雨に向かひて月を恋ひ、垂れ込めて春の行方知らぬも、なほあはれに情け深し。咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ見どころ多けれ。
                                      (徒然草一三七段1)」

「望月の隈なきを千里の外まで眺めたるよりも、暁近くなりて待ち出でたるが、いと心深う、青みたるやうにて、深き山の杉の梢に見えたる木の間の影、うちしぐれたるむら雲隠れのほど、またなくあはれなり。
                                      (徒然草一三七段2)」
と書いている。




残念ながら関東は日中から雲の多い空になり、夜の帳が降りてからもそんな状態が続いて月の出の午後6時から数分間僅かな雲の間から満月が顔を覗かせただけで、その後は結局朝まで月は全く顔を出さなかった。

将に「月に叢雲…。」そのものであった。雲が無ければ、地球の陰に入った見事な月の姿を見ることが可能であったのに誠に残念であった。期待感が大きかった分、落胆も大きかった。

吉田兼好は「深き山の杉の梢に見えたる木の間の影、うちしぐれたるむら雲隠れのほど、またなくあはれなり。」といっているが、限られた時間の中での天体ショーを見るにはそんなに悠長に構えているわけにはいかない。

昨夜の状況では実際に月食があったのかどうかさえも分からないので、毎月巡ってくる望月の宵と何ら変わるところが無かった。

皆既月食という特別な夜になった昨夜は、多少情緒に欠けても雲の無い空に浮かぶ月の姿を見たかった。

盛んに流される水戸と大阪からのテレビ中継を見ながら、我が家の上の雲に隠された天空で起きている天体ショーを想像してみる他なかった。

次回は来年の4月4日に太陽・地球・月が一線上に並ぶので、再び食が起こる。それまで天体ショーは、お預けである。





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最終更新日  2014年10月09日 09時36分54秒


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