ひこじいさんのブログ

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2014年10月22日
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中央アルプス木曽山脈の西駒ケ岳に呼応して、別に東駒ケ岳の名前でも呼ばれている。山梨県側の山麓から2,500mほどの標高差で屹立しており、山容に魅せられた多くの人がリタイア後この山の麓に山荘を作って暮らしている。

この山は鋭く切りたった山容で独立峰のように屹立する日本アルプス屈指の名峰として、日本百名山・新日本百名山・新花の百名山・山梨百名山・日本百景に選定されている。

未踏の山であったものを江戸時代の1816年に、弘幡行者の小尾権三郎が開山したとされている。

白州町誌に依れば縄文の昔からこの山が信仰の対象とされてきたとされ、江戸時代には駒ヶ岳講として駒ヶ岳神社及び甲斐駒を崇拝する人達で組織されたグループができ、白装束で甲斐駒に登拝すること及び修行を目的に登山が行われるようになった。

各講には先達或いは行者と呼ばれる長老がおり、講中は白衣を着て鈴を振り大祓詞や般若心経などを唱えながら登る。

最盛期には西国からの信者もあり、日元講・開闢講・落合講などの講社も存在していたとされるが、現在活動している講社としては開力講・三山寿永講・丸王講・天竜講・寿講・明山講などが数えられている。

駒ケ岳講の活動が最も盛んであったのは江戸時代の末期から戦前の昭和時代までであり、神社境内や登山道のいたる所に石碑などが建立されている。

講というのは、宗教行事を行なう集団結社のことで本来は講義や講読の「講」を指し、平安時代になると仏典を講読・研究する僧の集団を指すようになった。中世ごろから民間に浸透する過程で、様々な信仰集団に「講」という名称がつけられるようになったものである。



修験者が霊山への登山を勧めて全国を廻り、各地に参拝講が作られた。これらの参拝講では、講の全員が参拝に行く「総参り」もあったが、多くは講の中から数人を選び代表して参拝する「代参講」が行われていた。


四国八十八ヶ所霊場・坂東三十三観音・西国・東国など全国には260を数える札所がある。
近畿2府4県と岐阜県に点在する33か所の観音信仰の霊場は、西国33札所と呼ばれる。

その数は観音菩薩が衆生を救うとき、33の姿に変化するという信仰に由来している。そのため秩父札所などの例外を除いて、観音霊場は三十三である。


西国33札所の第三番は粉河寺で、和歌山市と高野山とのほぼ中間の紀ノ川の北岸に位置する。
粉河寺の秘仏千手観音は、今まで誰も目にしたことが無いと言われている。


やがて一本になるのだが甲斐駒ケ岳へのルートには、白州町横手と竹宇にある二社の駒ケ岳神社が登山口となっている。

国道20号線に沿って台ケ原の宿があり、宿場の外れ諏訪寄りに白州総合会館がある。その会館左の隣地との境界に並べられた幾つかの石碑の中に、西国三番の講中が寄進したと思われる千手観音像の石碑がある。

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碑文に見える文久二壬戌年とは、1862年のことでこの年の8月に建立されたことが分かる。

遠く紀の国からやってきた講中の人々は、台ケ原の宿に泊って英気を養ってここから竹宇駒ケ岳神社、さらには甲斐駒ケ岳の山頂を目指したものであろう。





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最終更新日  2014年10月22日 14時40分56秒


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