ひこじいさんのブログ

ひこじいさんのブログ

2016年02月03日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
IMG_0001 (4).jpg



四書の一つ「大学」に、良く知られた「小人 閒居 為不善」と言う言葉が出てくる。

現在わが国では多くが、閑の文字を用いて閑居と読ませている。
原文では所謂誠其意者、毋自欺也。如悪悪臭、如好好色。此之謂自謙。故君子必慎其独也。小人 閒居 為不善、無所不至。見君子而后厭然、揜其不善、而著其善。人之視己、如見其肺肝然。則何益矣。此謂誠於中形於外。故君子必慎其独也。
とあり、閑では無く 閒 が使われている。

は門と月からなり、門の間から月の光が差し込んで間(あいだ)という意味を表したものだという。


本文中の「小人」はその前の「君子」との対義語で、何の取り柄も無い凡人のことである。

小人 閒居 為不善の意味を「凡人は暇があるとよくないことをするので、暇が無い方がよい。」と曲解している人が多い。

小人 閒居 為不善の「 閒居 」は仕事のない暇な時間ではなく、独り静かにいるという意味である。

小人 閒居 して不善を為す、という言葉の 閒居 が「一人でいるとき」という意味になるのは、その前に故君子必慎其独也(君子は一人でいるときでも、必ずその身を慎むのである。)とあり、その後の小人 閒居 為不善と対句になっているからである。

そこから小人 閒居

ところで建歴2年(1212)の晦日に鴨長明が書きあげたという方丈記の五に、「日野山の閑居」、六に「閑居の気味」と閑居と言う言葉が出てくる。

閑居の気味には、「夫、三界は只心ひとつなり。心若やすからずは、象馬七珍もよしなく、宮殿楼閣も望みなし。今、さびしきすまひ、一間のいほり、みづからこれを愛す。おのづから、都に出でて、身の乞となれる事を恥づといへども、帰りてこゝに居る時は、他の俗塵に馳する事をあはれむ。若、人このいへる事を疑はば、魚と鳥とのありさまを見よ。魚は水に飽かず。魚にあらざれば、その心を知らず。鳥は林をねがふ。鳥にあらざれば、其心を知らず。閑居の気味も又かくの如し。住まずして、誰かさとらむ。

(もし人が私の言っていることを疑うなら、魚と鳥とのありさまを見るがいい。魚は水に飽きない。魚でなければその心を知らない。鳥は林にいることを願う。鳥でなければその心を知らない。俗世間を離れた閑静な住居も、また同じである。住んでもみないで、誰が悟れようか。)

方丈記の閑居は、「俗世間を離れた閑静な住居。」の意で用いている。

「小人 閒居

鴨長明は「寄居蟲(ごうな)は小さき貝をこのむ。」と言って、自分の庵の小さいことの説明(言い訳)に使っている。※ごうなは、ヤドカリの古名

日野山(現在の京都伏見区)に、釘を一本も使わない小さな庵を建てて移り住んだ。
方丈記の名前にもなったとされる庵は、「その家のありさま、世の常にも似ず。広さはわずかに方丈、高さは七尺が内なり。」とある。


歳を重ねるうちに、四畳半ほどの広さで天井が2m位の長明が日野山で住んだという茶室より小さく簡素な庵での暮しもあっていいのかなとも思えるようになった。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2023年06月08日 08時34分42秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

フリーページ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

ひこじいさん

ひこじいさん

カレンダー

お気に入りブログ

まだ登録されていません

コメント新着

ひこじいさん @ Re:今年も大文字草開花の季節(10/19) 春の陽だまり1592 さん 今日は、初めまし…
春の陽だまり1592 @ Re:今年も大文字草開花の季節(10/19) 初めまして ピンクの大文字草、可愛いです…
ひこじいさん @ Re:新しい施設で名称も変わって(11/13) 悠歩さん コメントありがとうございます…
悠々山歩@ Re:新しい施設で名称も変わって(11/13) 私の町に移転して来たのです。この立川基…
ひこじいさん @ Re:公園で独特の臭いが(10/26) 悠歩さんブログへの訪問ありがとうござい…

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: