仙台市泉区在住の健康オタクの気まぐれ日記

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カテゴリ: 医療問題
仙台市泉区のながさわ歯科医院の長澤です。
いつも有り難うございます。皆様の健康に役立つ情報をお届けできたらと思っています。

 かって英国のサッチャー首相や、ニュージーランドなど行財政改革で注目を浴びた国家の医療は、今や酷いことになっているようですね。
 他の国がいろいろ失敗しているのに、そのことを学ばない官僚の頑迷さは困った物です。何とかしなければいけません。

医療予算抑制で医療が荒廃--ニュージーランドの先例
http://hodanren.doc-net.or.jp/iryoukankei/seisaku-kaisetu/050524yokusei.html

 かつて福祉の国とうたわれたニュージーランドは、1984年以降、市場原理
にもとづく「行政改革」(以下「行革」と略)が断行され、医療、福祉、教育、
交通、郵政などあらゆる公共分野の民営化が推し進められました。
そして、市場主義改革を徹底した「優等国」として世界的に一時もてはやされま

れています。

 果たして、ニュージーランドの「行革」は、国民にとってどうだったのであろ
うか、医療や福祉や教育はどうなったのであろうか、日本から見て非常に関心の
もたれるところです。この度、ニュージーランドに26年在住され、政府による
市場主義改革をつぶさに体験された 河内洋佑氏(元オタゴ大学教官) に「行革」
の前後の話を聞く機会を得ましたので、その内容を紹介したいと思います。
(三浦清春・保団連政策部員)。



 三浦 はじめまして。先生から、「小泉改革は間違っている」という熱いメッ
セージをもらい、励まされる思いでうれしく思いました。先生は、現在、東京に
お住まいですが、いつ頃ニュージーランドに住んでおられたのでしょうか。


ニュージーランドの「行革」を間に挟んでいますから、幸か不幸か、「行革」の
前後を体験させてもらったわけです。

 草の根というか一生活者の立場からと、また、大学教官という公的な立場から
ということです。

 その後、4年ほど中国で仕事をしまして、2001年から日本に住んでいます。

ラ色に描く改革推進者の言い分はいい加減なものです。

ニュージーランドの経験から、国民は騙されないようにしなければいけないと思
いました。

公的医療費予算は次第に抑制、削減へ


 三浦 ニュージーランドの「行革」は日本でも有名でした。当時日本では、そ
れをうまくいった例として評価する政府関係者、評論家が多くいました。

 本当にそうだったのでしょうか。改革は、医療・福祉に限らず、交通、通信、
そして郵政民営化や大学の独立法人化などあらゆる分野の改革が行われましたよ
ね。

 今日は医療分野がどうなったかを中心に教えて頂ければと思います。

 河内 ニュージーランドの「行革」は、日本と同様、財政再建と経済活性化の
ため小さな政府を目指すとして、社会保障や公共性の高い分野を規制緩和し、そ
こに市場化・営利化を持ち込むというものでした。

 医療分野は、「行革」以前は、イギリス同様、税金でまかなわれる公営の医療
が中心で、患者の自己負担はありませんでした。

 旅行で来ている外国人にも平等に無料で医療が提供されていました。

 昔、私の妻が入院したことがあります。看護師さんたちは英語のできない妻に
も親切で、食事も好みを選択できて、非常に快適な入院生活を送っていました。
妻は退院したくないとまで言っていました。入院費もタダか、きわめて低額でし
た。

 それが「行革」後は、 公立病院は独立採算を求められ、地域住民の健康を守る
という目的から、利益を上げるために経営をするということ
に変わってしまいま
した。

 公的医療費の予算は次第に抑制ないし削減されてくるために、公立病院の医療
サービスは悪化の一途をたどりました。

 一方、自由診療で行う民間の株式会社病院がたくさん開設されました。

 そして、お金のある人は、私的な自由診療の民間病院で早く医療を受けられる
が、そうでない人は、予算で縛られた公的病院で、不自由な医療を受けることに
なりました。

 例えば、手術では最高2年ぐらい待たされる人もいて、待っている間に亡くな
る人もいました。

地方の公立病院は、ほとんど閉鎖されました。今では公立病院は大都市にある
だけになっています。


 地方の人は救急車で数時間も運ばれるか、ヘリなどで運ばれて公立病院の治療
を受けることになりました。なお、この際の移送費用は救急車を含めてすべて有
料です。

 MRIは公立病院では予約してから6カ月くらい先です。私的な民間病院ではす
ぐ診てもらえますが、負担金7~8万円だそうです。

妻は日本でMRIをとったことがありますが、診察後、主治医の判断のもと10分
後にはMRI撮影がはじまりびっくりしました。しかも、自己負担は7~8000円だっ
たと思います。日本の医療制度は優れていると思います。

最大手はアメリカの民間医療保険会社


 三浦 小さな政府を目指すといって、公的医療費の予算が押さえ込まれ、いろ
いろ弊害が出ているようですが、病院の中での変化はどうでしょうか。

 河内 まず大病院の病棟が半分も閉鎖され売却されました。医療従事者にもし
わ寄せが来ました。

 たとえば看護職員は人減らしされて、大きな病棟で夜勤が1人というところも
ありました。朝まで走り回って、すっかり疲れ、目の下にくまをつくっているよ
うな看護師もいました。

 先生の「本」の中でアメリカ医療でも同じことが起こっていることを知り、市
場原理に任せるとこうなるのかなあと思いました。

 また、患者管理の効率化のために、臨時的とはいえ男女を一緒の部屋に入れる
こともしていました。妻の時がそうでした。ひどいものだと思いました。

 また、医師のモラルハザードみたいなこともおこっています。

 ある患者が、公立病院で手術適応を言われ、ここでは手術は1~2年先になる
ので、近くの民間病院を勧められました。

 紹介状を持って民間病院にいくと、その紹介状を書いてくれた医師がいて手術
を執刀したということでした。医師にとって自由診療の民間病院で手術した方が
ドクターフィーも高くなっていると思われます。事実、民間病院では優秀な医師
を獲得するために公立病院より給与を高くしています。

 また、公立病院の手術室を、民間病院の手術に貸し出すところもありました。
独立法人化の関係で公立病院も収益を上げるためいろいろやっているようでした。

 三浦 小泉医療改革が目指す公・民ミックスの医療になっていますね。しかし
結局は、公の部分が抑えられて、民の金儲けの世界が広がりますね。そうなって
くると、病気になったときの備えに 民間医療保険 に入る人も多いのではないです
か。

 河内 そうです。国民は入らざるを得なくなってしまいました。しかし、民間
医療保険を買えない人もたくさ
んいます。そういう人は、少々の怪我や病気では我慢を強いられています。

 民間医療保険は、日本も同じ傾向ですが、売り上げを大きく伸ばしています。
いまニュージーランドの最大手の民間医療保険会社はアメリカの企業になってい
ます。

 しかも、そこの重役には、「行革」を推進したニュージーランドの元大蔵大臣
がおさまっています。スキャンダラスな話です。

 私もかつて民間医療保険に入っていました。しかし、65歳を超えると急に保
険料が倍近くに上がるので、その後は特定の病気だけを対象にした保険に切り替
えました。そういう人やまったく無保険の人が増えました。

 民間保険は金儲けが目的ですから、リスクの高い高齢者の保険料を高く設定す
るのは当然なことかもしれません。

国民が気づく前に一気に「行革」へ


三浦 このような市場原理の「行革」に対して、国民の側から大きな反対運動は
おきなかったのですか。 

河内 「行革」推進者たちの宣伝に、多くの国民は乗せられたと思います。事実、
小さな政府を目指したことにより、所得税はかつての最高税率66%から半分の33
%に下がりました。

私も最高税率で納めていましたから、最初は良かったと思っていました。

 しかし、それは間違いでした。12・5%の消費税の創設、民間保険料や教育費、
交通費、各種の控除の廃止など減税以上に家計負担が増え、さらに社会は不安定
性や不自由さを増しました。拝金主義がはびこり、犯罪も多くなりました。


 また、「行革」を強引に進めることを可能にした要因に小選挙区制があります。
選挙で30%台の得票でも議会で多数を占めることができました。この状態をある
政治学者は「民主的独裁制」と呼んでいました。

 今では、小選挙区制は民意を反映しないと国民から強い批判があり、90年代
半ばには比例代表制に移行しています。

 97年ごろ、当時、日本の「行革」の先頭に立っていた橋本首相が、「改革を
成功させた先進国」としてニュージーランドを訪問したことがあります。

 橋本首相がニュージーランドのボルジャー首相(当時)に、改革を「成功」さ
せた秘密は何ですかと聞いたところ、ボルジャー首相は「国民が何が何だかわか
らないうちにやってしまうことがコツですよ」と答えました。
このことは向こうの新聞では報じられていましたが、日本の新聞ではほとんど報
じられなかったようです。

国民がポカーンとしているときに一気にやるということです。

 私は、日本に帰ってきて、日本の状況に同じようなものを感じています。自分
の体験を生かしながら、いまの日本の改革路線に警鐘を鳴らしていきたいと思い
ます。微力ながらお力になれればと思っています。






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Last updated  2008年02月29日 19時47分52秒
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