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2007.02.02
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カテゴリ: 「道徳」について



だからこそ、責任の持てる文章を書かなくてはならない、ということ。

当たり前のことですが、ここ数日、あらためて考えていました。


きっかけは、「中学校の『道徳』の教科書」の日記で、
徒然なる人さんからいただいたコメントです。
31日の日記では、教科書と副読本の違いについてのご指摘と、
「道徳」の授業のあり方についてのご意見から、
改めて考え直したことをまとめてみたのですが、
コメントの後半部分、価値観の違いと授業の評価に関する部分までは、
なかなか考えがまとまらず、お返事を書けないままでいました。
せっかくの機会をいただいたのだからきちんと考えないといけないと思い、
けれども、これは「補足」ですませることができる話ではないとも思い、
逡巡しておりました。

あの「道徳」の公開授業については、沢山の不満を感じていました。
ただ、「価値観の違い」にイラついていたというよりも
(全くなかったとは言えませんけれど・・「郵便局のおばちゃん」とか「お父さんの仕事」発言に反応したのは、確かに私の価値観ですから・・)
それこそ「価値」の押し付けが強くでていると感じたからだと思います。

実際の授業にも気になる点はありましたが、
それ以上に、
配布された「指導計画案」「指導上の留意点」に引っかかりを感じ、
手に取った「教科書(副読本)」の編集のされ方に疑問を持ち、
授業公開と無関係な講演会をセットで企画した上で、
「意見交換会」では、誰も何も発言しない状態のまま、発言を促すこともせずに、
予定時間よりも20分早く終わりにしてしまった学校の姿勢に不満が増大しました。

というのも、
この「公開授業」は、東京都教育委員会と市町村教育委員会の共催による
「平成18年度 道徳教育公開講座」 として計画されたものだったからです。
多分、つつがなく、問題になるような意見がでなければ、
とりあえず成功した事業、ということになるのでしょう。
でも、「道徳」の授業について、保護者と学校と教育委員会がきちんと話し合う機会は
なかなかないのですから、こういう機会に学校側の取り組みの意図や工夫を説明してもらい、
意見交換することができたら、学校と家庭との連携にも効果があるだろうと思うのです。
現実には、前向きな意見交換は難しいかもしれない。
親の出席者が少なすぎますし、PTAとして前もって準備していたわけでもないのですから。
でも、「議論」を避けて欲しくなかったですね。
東京都教育委員会の思惑はともかく(行政内でも「道徳」教育の意義については、おそらく議論が百出していることでしょう。けして一枚岩で「修身復活」を考えているわけではないと思います。)、「道徳」教育についてのきちんとした意見交換(個人攻撃などではなく)がしたかったと思います。
そういった不満が不消化のままブログの文章に込められていました。

たくさんの制約がある中で、よりよい授業を求めて苦労している先生方には失礼だったかもしれません。


授業の評価で言えば、
生徒たちはほとんど発言せず、
先生が自問自答するような進行になっていました。
働くことの意義についての発問に、
「収入を得る」「生活費をかせぐ」「学ぶことができる」などの意見が出た後、
さらに他の意見を先生が促しましたが、生徒たちは発言しません。
実は、前の時間にすでに「心のノート」に生徒たちが書き込んでいて、
先生は、そのノートにいい意見が書いてあったのだから
それを発言して欲しいと促していましたが、
生徒たちは黙ったままだったので、
先生が自ら「社会貢献」という言葉を黒板に書き足して説明していました。
せっかくの先生の体験談、自己開示もどこまで聞いていたのか不明です。
最後に求められるままに、もくもくと「心のノート」に記入していました。
あとで娘に何を書いたのか聞いたら、
「適当に、『心のノート』に書いてある言葉を選んで書いておいた」
とのことでした。

(そういう立ち回り方がわかっていたほうが楽に生きられる、と
常々教えているのは私です。すみません。)

生徒の発言が少なかったことが先生の「指導力不足」かといえば、
必ずしもそうではない。
働くことの意義については、 「心のノート」(実際の本文にリンク) の中に説明があります。
テキストに書いてある「正解」を発言することのバツの悪さを
生徒たちが感じていたのではないかと思うのです。

「心のノート」と照らし合わせるのではなくて、
もっと自由に「教科書(副読本)」の文章を読み込んでいったらどうだっただろうか。
たとえば、家庭内の家事としての掃除とプロフェッショナルの掃除の違いについて、とか
著者はどうして「ほんのちょっとした親切心」を起こして自分で掃除をしてみたのか、とか
「社会貢献」や「使命」「天職」という言葉にこだわらずに、
生徒たちの言葉を引き出していけたら何がでてきたのか、などと考えていました。
でも、テキストの読み込みは国語で、職場訪問に向けての心の準備や振り返りは学活や総合の時間でもできますよね。

徒然なる人さん、ごめんなさい。
あえて道徳の授業時間を設定する必要性は、考えれば考えるほどでてきません。






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Last updated  2007.02.03 02:21:47
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