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1997年4月に隣家が火事にになりもらい火となって一部燃えたところで押さえられた。しかし、火事となってしまった家の他の隣家2件は全焼となってしまった。一部で済んだことが不思議で、神様の守りを感謝したことでした。建物の方はこの程度で済んだのですが、自分の体の方がズッコケて入院となった。肉体の弱さ・痛みを覚えるのも辛いけれど、完治出来る病気の場合は元気になるとその時の痛み・苦しみは、少しづつ癒され、トラウマのように苦しみつづけることはなくなってくるように思う。10年という年月がこんな風に言えるまでにしてくれる。ここにも、神様の癒しのみ手は注がれている。けれど、こころの痛み・苦しみ・辛さは時間が解決してくれるものではないように思う。記憶は多少鮮明で無くなる場合もあるしかし、痛み・苦しみ・辛さは癒されていなければ、その時と同じようにいやその時を上回るように思い出されてきてしまう。主にあって本当に赦され、赦していくことの素晴らしさ喜び感謝。けれど、本当にこの「赦し」を受け止めることの難しさもまた、向き合わされる。10年前頃にも試練の時があった。そして、10年後その時を思い返すと真実に向き合ったのか?と問われる。
2007年03月27日
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とうとう3月になりました。何となく別れがたい人がいます。何でなのかな???自分でもよく分からない。何度もなぜなのか?考えたけれどよくわかんな~い。話が合うと言うのか?相手の立場が似ていて、相談し易いそれより、相談出来るというのがあるかも。(^_^)v別れると言っても、海外に行く訳でもない。いや、今は地球上であるならば、何とか連絡は付くことである。現代は、電話からも、携帯、メールからも離れる事の方が難しい。どんなにしても、連絡が付かない状況の場所にいっても、主にあって共にいると同じことを感じることが、出来るのですから。主なる神様が、聖霊なる神様を通して体感できるのです。「主にある」というインマヌエルの神様は、本当に素晴らしく、ご臨在の主を覚えます。主にあって新しい一年と多くの出会い、新たな月日、時間などなど主にあって幸いが豊かなものとなりますように。
2007年03月13日
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