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10月21日(日)に礼拝の講壇に飾られたお花。ここ2年以上になります講壇のお花がアレンジメント系で素敵に飾られるようになったのは。教会の信徒の方のご奉仕です、近年、私たちの教会に来るようになられて転入会された。この毎週の講壇のお花は、礼拝後女性陣たちの携帯デジカメでの撮影会となっている。わたしは、時々写真を編集して写メールで使っているけれど他の人は何かに利用しているのかな?プリントをしてではなく、編集も携帯で出来るし、パソコンに取り込んでもいろいろと出来るのですから、フイルム写真の時から考えると用い方は様々。しかし、当然のごとくフイルム写真の良さもある。あまり凝っていない者には、今の方が楽しみがある。これもいつまで続きますか?(これは私のこと)今日は講壇のお花をお見せ出来よかったです。また続くかも。 (Aさん良いですよね~(^-^))
2007年10月22日
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10月18日は、父の誕生日。今回は出かけて行くことも出来なかったが、今日共に過ごされた神学校生徒・先生方が祝って下さったのだろうと思っている。子の一人です。感謝なことに、年齢からすると至って元気な父でこの日81歳の誕生日を、スポーツディでボーリングをして遊ばせて頂いたと聞く。ボーリングしたことあるの?と以前聞いたが「ある」とそれも70歳代の時に初めてなのでは?私たち子どもの頃、遊びという所に連れて行ってもらったことがないと思う。だから、ボーリングしたこと「ある」と聞いた方がビックリした。 人の一生は、いつかは神さまのみこころによって終わりを遂げる。周りの人々が、一人一人と生涯を閉じているのを知る時「あ~ぁ、このような時がくるのだな~ぁ」と私が思うようになった。きっと本人はもっと前から心の内に感じていることでしょうけれど。(やはり、この肉の目で見ることが出来なくなるのは寂しいことです。) でも、与えられている時を神さまに従いつつ十分に生きることが最善なことでしょう。体力、知力は衰えていくことですが、主に向く時、主の霊に満たされ果たさせて頂ける働きを、出来る所において全うして欲しいと思います。そのために、必要な手助けがあれば子として手伝いたいと思っている。周りの方々の配慮と忍耐によって今も支えられていますからその見極めも、出来るようにと祈る次第です。長生きの家系のようですから、耳の聞こえが益々悪くなっていくと「う~ぅん」なんとも言えません。母親は、100歳、祖父は89歳、従兄弟も95.6歳すべては神さまのみ手の中です。誕生日おめでとう!!! 父さん
2007年10月18日
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写真をたくさん入れたかったのが、 やっと出来るようになりました。 うれしくて花博に行った時に携帯で撮った 写真です。 今度は、写真入りをどのように編集するか?チャレンジしたいです。 何となく編集作業もちょっこと 分かってきたようで…。
2007年10月17日
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親と子の口げんか様々な状況があるけれど、現代のニュースになるような重いものでなく(元は同じようなたわいもないすれ違いから始まっているのでしょう)よくある相手を思うゆえに一言多く言ったことがちょこっと気にさわって話が別の方へと転がる。素直にそれぞれの言葉を受け止める気持ちがあってもそう簡単には、表現出来ないし思いと反対の言葉が出てきてしまう。 冷静に端で見て聞いている者には、「あ~ぁ、その一言が…」と思うけれどこちらもそれを言うことで、油に水を注ぐことに成りかねないので中立をとり、何も言わない。難しいですね。嫁としては、両方をそれぞれの状況で立場が変わります。たわいもないことだけですむように祈るのみです。自分も気を付けようと
2007年10月16日
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なんと言うタイトルでしょう!2006年10月16日に初めてブログに日記を書いて丸一年しかし、その後半の半年は休止状態でした。ブログことを知ったのは昨年の夏の頃はじめは「なにそれ?」(?_?)??とちんぷんかんぷん。それがパスターハリーさんのブログをパソコンで見てからいろいろなブログにお邪魔してなんと開設することにしてしまった。何も知らないと言うことは、こわいもの知らずで何とかなるだろうと、ブログのページに従い作ってしまった。まさか作っただけでは表示されないだろうと思っていたのに「まあ~ぁ、え~ぇ!!」「私のページがある~~。」「どうしよう、ドウシヨウ」と焦った。このまま書かなければ、何も起こらないだろうとも考えた。しかし、ことは起こってしまった。なあん~も書いていないページに「まってるよう~楽しみにしてる」とハリーさん書き込んでくれた。確か開設をしたのが10月8日だっだ。(この日は私の誕生日でした。_(._.)_プロフィールの誕生日はパートナーの誕生日(^^;))それから、一週間なにも書けずにいた中、パスターハリーさんのメッセージは大きな力と、書かなければと奮い立った。ありがとうございます。 何はともあれ、やっと日記も21回となりました。これからまたもや、長期の休業があるかも?(>_<)それは過ぎてみないとわからないので、その時はその時でまあ~気楽にいこうと思う。
2007年10月15日
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10月10日朝、H師の夫人がキリストの花嫁として主のみ元に凱旋された。10月13日に前夜式が行われ、参列してきました。そのご葬儀は、キリストの花嫁となられた結婚式を思わせられる式となりました。H夫人は、教職者でもありましたが主任牧者の裏方に徹するように主からの召しを受け、そのごとくに主に仕えられた歩みであったことを聞いた。お会いした時は、いつも笑顔のご挨拶で快く迎えてくださったことを思い起こす。ご葬儀の祭壇が、結婚式のような明るいピンクのバラ花がたくさん篭のなかにあり華やかな祭壇であった。その奥上には、真っ赤なビロードの布が天井から下げられ大きな十字架が中央にある。その前に棺と笑顔の遺影を前にして、これから結婚式が始まる感じを受けた。故人の愛唱歌が賛美されると礼拝が始まったと感じるものでした。こんな葬儀を体験したことはない。本当に、主に生涯を捧げつくした者に神様が主イエスの花嫁を迎えに来られ喜びなさいと言われているようでした。私もこのように神のみ国へ向かうとき主の花嫁とされて、結婚式をするように、葬儀をするならしてほしい。近しい家族にとって悲しみはつきないことです。しかし、再会できる場所が用意されているのです。それゆえにその日を待ち望みつつ過ごされますように祈ります。主の花嫁となるその日を迎えられるよう、主なる神様のみ旨を生きていきたい。今日という日を、主を信じ従って歩もう。主よ生きる力を注いでください。
2007年10月14日
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―愛を示す最善の方法は、一緒に時間を過ごすこと― 『物事の重要性は、どれくらいの時間をそのことのために喜んで費やしたかによってはかることができるでしょう。どれだけの時間を費やしたかが、あなたにとっての重要性と価値を表すことになります。ある人の優先順位について知りたければ、彼がどのように時間を使っているかをみれば良いわけです。 時間というものは、あなたにとっても最も貴重な贈り物です。なぜなら、時間は決められた分しか与えられていないからです。お金なら増やすことができますが、時間は増やすことができません。人のために自分の時間を使う時、あなたはもう二度と戻って来ることのない自分の人生の一部を与えているのです。あなたの時間はあなたの人生そのものです。ですから、時間こそがあなたが人に与えることのできる最高の贈り物なのです。』 《人生を導く 5つの目的》 リック・ウォレン著 本当にそう思うと同時に、人生の一部の時間を人に捧げる最高の贈り物をしているか? 自分だけのためにしか使っていない。神様が私に下さった時間をどのことのために費やしているか?時は刻々と同じ刻みで永遠に過ぎ去っていくこの時を下さった神様の喜ばれ、願っておられることのために費やしていきたい。人に捧げる最高の贈り物として一緒に過ごすことを。
2007年10月12日
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半年ぶりのブログとなりました。時間がなく更新が出来なくなった数日の時からなんだか書けなくなった。2007年初めに、今年は“書きこ”をがんばろうと思ったのにすでに挫折それから、なぜか?『半年位たったら』と思っていた節がある。きっちり、半年と思っていたけれどまた過ぎてしまった。 継続がなかなか出来ないのに、切りの良いときなどども思う自分がいる。強いられてではないのに、書くこととなると何故か自分で強いる自分がいる。 変なの。 この半年の中にもいろいろなことがあった。振り返ると「あ~そういえば」と思い出す。しかし、とうに思い出せないこともある。良かったことも、辛かったことも、悲しかったことも、神様のみ手の中にすべてを渡してしまうように、忘れることが出来るのも恵みですかね。 そんな忘れてしまうことを、チョコットブログに書けば良いのかな?と思っているところ。
2007年10月10日
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