『日本文化主義』尋牛亭日常の箴言

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 長い歴史ある日本と違い、中国とは異なる周辺民族よる殺戮支配が繰り返され、現在はハッチワークのように他民族を人権無視で無理矢理、共産党が束ねている国家という認識が正しい。

 中国や韓国とは究極のグローバルの格差社会で、汚職や賄賂も多く、既得権者たちが内政の失敗をごまかすため民度の低い反日国家になってしまっているようだ。多くの善良な人々が不幸ですね。


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わが国は、建国の理念にたちかえり、家族国家を取り戻すこと。そのために、ひとりひとりができることをする。それが日本の日本人が、すべきことなのではないか。大東亜戦争の教訓と体験に学び戦死した人々を無駄死にさせないようにするためには国益のため『日本文化主義』の文化防衛という考え方でリーダシップのある類い稀な資質、明確な目的意識とアイデアを持った首相(大統領制にした方が国際社会に政治的アピールもよいのだが、いまの政治家たちは分かっていない)になってもらいたい。『
日本文化主義 』に期待したいと考えています。 ブログランキング・にほんブログ村へ
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テーマ: ニュース(97034)
 今日は暦の上では処暑(しょしょの処とはとどまる、落ち着くの意)ですが、厳しい残暑は34.1度と熱中症と関東北部の山沿いでは大気の状態が不安定でゲリラ雷雨に注意しなければならない一日であった。

 そんな日に国会は領土問題の日本の対応を議論していたが、今までの国会は押し並べて批判だけで建設的具体的な意見による議論はなく、与野党とも他人事のような空論だったが、今回は少なかった。残念なことは日米安保改正や地位協定の見直しなど国益のために野田首相や鈴木海上保安庁長官の答弁は官僚の域を脱していない残念な答弁という印象であった。

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官僚や政治家が「出来ない」と言っている大半のことは、やろうと思えば簡単にできることばかりである。
(青独立総合研究所 青山繁晴)

対抗措置はいろいろある。中国や韓国への金融支援策として実施していたおもいやり支援も取りやめることになるだろう。日本に恩情の欠片もない国民性となっている。長い間、反日教育されている国家が韓国と云う本質なのである。このままでは甘く見て増長するばかりだろう。いい加減に政策転換しないと日本の立場が危なくなるだろう。

  ツイッター http://twitter.com/yukemuririki (フォロワー募集しています)  
尖閣問題がついにイタリアのメディアにも上陸しました。イタリア随一の新聞コリエーレ・デッラ・セーラが「車両、店に放火-中国人の日本への怒りが爆発」という見出しと共に、中国の反日デモの様子を写真付きで大きく取り上げてしまったのです。他の媒体も追随しました。

 僕は欧米のメディアとアルジャジーラなどを参照しつつ、日本のテレビ、新聞、ネット情報なども詳しく見ています。原発、エネルギー、いじめ、慰安婦、領土問題などなど、今一番ホットな話題も逐一追いかけているのは言うまでもありません。そして、それらの問題には多くの論者の皆さんが意見を開陳しているので、外国にいる自分は三面記事風の話題も含めて、あえて違うテーマの記事を書こうとそこかしこで心がけています。が、尖閣問題に関しては黙っていられなくなりました。

(中略)

 欧米主要国のメディアは言うまでもなく、先進国の中では比較的マイナーな国ここイタリアのマスコミが、中国の反日デモの様子を大きく紹介したことでもそれは分かります。つまり彼らは行動を起すことで尖閣には領土問題が存在する、と世界に喧伝してしまったのです。中国に対しては、わが国の怒りを知らしめることになって、あるいは良しとする面があるのかも知れません。しかし、現実問題として暴力で解決できる案件ではないのは明らかですから、やはり話し合いで解決して行く道を探らなくてはならない。

 (中略)

 愛国者とは何事につけ武力行使を口に出して騒ぐ皆さんのことではない。そういうやり方では国の行く末を誤ると考える僕のような人間も愛国者です。僕は平和、平和と叫んでいれば自然に平和が訪れると考える者でもなければ、軍隊を否定すればたちまち戦争が無くなり安寧がやってくると考える者でもない。究極の理想は核廃絶、非武装だとは信じているものの、人類がそこに至る道は長く、或いは永遠にやって来ないかも知れない、とさえ考える者です。そこに至るまでには軍備も止むを得ない。必要悪だと考える。ただし抑止力として。

 くやしくても、武力行使はまずできないのですから、三つの事案に対しても経済制裁や外交圧力などに始まる強硬策を模索し実施しつつ、飽くまでも対話で臨むしかないでしょう。中国や韓国やロシアといった国々にはまともな対話など通用しない。それらは一党独裁や腐敗や汚職に満ち満ちた人権抑圧国家であり、日本とは国のレベルが違うのだから対話など無理だ、という意見もネットなどでは良く散見します。特に最近の3国(北朝鮮を含めれば4国)の動静を見ていると、そうした意見に頷きたくなることも多々あります。

 しかし、だからと言って、わが国は彼らへの対話や呼びかけを怠るべきではない。それどころか、冷静に秩序立てて「しつこく」彼らに話しかけるべきです。彼らが分からなくてもいいのです。彼らが理不尽でも野蛮でも構いません。とにかく対話を持ちかける、つまり日本の言い分を彼らに伝え続けるのです。なぜなら、そうした行動は彼ら以外の国際社会が見ています。言い換えれば日本は国際社会が見やすい形で「戦略的に」彼らと対話を続けるべきです。それだけではありません。

 彼らと会話を続け、或いは執拗に対話を呼びかけながら、彼ら以外の世界に向けてさらに会話をする、つまり情報を発信し続けるのです。実はこれが日本の主な目的にならなくてはなりません。彼らと対話を続けることは目的の2番目です。世界を味方につけることが第1のそして最大の目的。ではどうやって国際世論に訴えて行くのか。僕なりの考えを述べます。

 先ず当たり前に世界中の、特に欧米と近隣のアジア諸国の媒体に「資金をふんだんに使って」日本の主張を訴え続けます。いわば国家によるロビー活動です。日本はこれまでそういう伝統的で在り来たりの手段さえ余り取ってきていません。コミュニケーション能力が欠落しているのです。ただこの点に関してはわが国の政治家や官僚やわれわれ国民自身を責めても仕方がありません。日本人は長い間「黙っていてもお互いに分かりあえる」という、思い込み、信条、メンタリティーのもとに生き、子供を教育し、国が動いて来ました。そして世界を相手にしない限り、その生き方は何の問題もなく十分に通用しました。

 ところが日本が徐々にグローバル社会に組み込まれて行く間もわれわれはそうやって生き続け、やがて第二次世界大戦という破局を招き、その後もコミュニケーション能力の不足によって再び、いや再三再四、繰り返し国の行く末を誤ろうとしています。国と国民にコミュニケーション能力が不足しているのは、それを獲得するための教育がなされてこなかったからです。「日本人なら黙っていてもお互いに分かりあえる」という精神と態度で、世界に相対しても全く分ってもらえません。われわれは多くの日本人にとって一番苦手な、一番辛い「対話能力」を懸命に学び身につけていかなくてはなりません。

 (中略)

 最後に、再び私事で恐縮ですが、とても重要なことを言わせていただきます。僕は故国日本の次にはヨーロッパが好きで、さらにアメリカも好きな人間で、そうした国々に住んだり勉強をしたり、もちろん仕事もたくさんやって来ました。好きな国々ですのでいつも楽しく過ごしてきたのですが一つだけとても辛いものがあります。それが社交です。

 社交とは何か。それは「おしゃべり」のことです。つまり会話の実践場がいわゆる社交なのです。社交こそ、一番疲れる気の重い時間です。しかもそれは、欧米社会では社会生活の根幹を成す最も重要なものの一つと見なされます。社交、つまり「おしゃべり」ができなくては仕事も暮らしもままならないのです。

 昔、三船敏郎が演じる「男は黙ってサッポロビール」というコマーシャルがありました。あのキャッチフレーズは、沈黙を美徳とする日本文化の中でのみ意味を持ちます。欧米では、男はしゃべることが大切です。「男はだまってしゃべりまくる」のです。特に紳士たる者は、パーティーや食事会などのあらゆる社交の場で、自己主張のためにそして社交仲間、特に女性を楽しませるために、一生懸命にしゃべらなければならない。男はしゃべりまくるのが美徳なのです。例えばイタリアには人を判断するのに「シンパーティコ⇔アンティパーティコ」という基準がありますが、これは直訳すると「面白い人⇔面白くない人」という意味です。そして面白いと面白くないの分かれ目は、要するにおしゃべりかそうでないかということなのです。

 事ほど左様に欧米社会ではしゃべりが重要視されます。西洋社会の人間関係の基本には「おしゃべり」つまり会話がドンと居座っています。社交の場はもちろん、日常生活でも人々はぺちゃくちゃとしゃべりまくる。社交とは「おしゃべり」の別名であり、日常とは「会話」の異名なのです。

 彼らのコミュニケーション能力は、子供の頃から徹底して培われます。家庭では、例えば食事の際、子供たちはおしゃべりを奨励される。楽しく会話を交わしながら食べることを教えられます。日本の食卓で良く見られるように、子供に向かって「黙って食べなさい」とは親は決して言わない。せいぜい「まず食べ物を飲みこんで、それからお話しなさい」と言われるくらいです。

 学校に行けば、子供たちはディベート(討論)中心の授業で対話力を鍛えられ、口頭試問の洗礼を受け続けます。そうやって彼らはコミュニケーション力を育てられ、弁論に長けるようになり、自己主張の方法を磨き上げていきます。それが国際社会です。われわれはそこに向かって、彼らに対抗しながら明確な意見を述べ続けなければなりません。幸いSNSならば顔と顔を付き合わせる会話や議論ではなく、文章によるやり取りが主ですからわれわれ日本人でも十分にこなせるように思います。国が国家プロジェクトとしてしっかりと予算を立てて取り組めば、世界世論を動かす効果的な喧伝活動も夢ではないと考えるのです。(仲宗根雅則イタリア在住)
 今度は韓国大統領が、他国の領土に勝手に上陸したばかりか、「天皇が訪韓を望むなら謝罪を求める」などと、まるで見当違いな暴言を吐いています。国民が国民なら為政者も為政者ですね。一説によれば土下座して謝罪せよとまで言ったとか・・・。日本からおもいやりの経済援助でもっている国が笑止千万です。

東南アジアや西アジア・インドなどの国々と(軍事同盟)=核抑止力をつけて多方面平和外交と拒否できるように国防省と国軍を持つ日本=日本とは戦いたくない高性能最新兵器を多く所持しロシアや中国政府から軍事力でバカにされない技術大国日本国の再生

 政治が深読みし、すばやく対処することです。政治とは時代に寄り添って国家・国民のために変化をしていくことが肝要で猶予は1年です。韓国は反日教育の弊害で為政者までも毒され道徳的に礼節もなく金ばかりの民意の低い独善国家で反日教育を止めても当分の間は友好国にはなれない。(文責:尋牛亭日常)

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Last updated  2012年08月23日 21時25分36秒
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