『日本文化主義』尋牛亭日常の箴言

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 長い歴史ある日本と違い、中国とは異なる周辺民族よる殺戮支配が繰り返され、現在はハッチワークのように他民族を人権無視で無理矢理、共産党が束ねている国家という認識が正しい。

 中国や韓国とは究極のグローバルの格差社会で、汚職や賄賂も多く、既得権者たちが内政の失敗をごまかすため民度の低い反日国家になってしまっているようだ。多くの善良な人々が不幸ですね。


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わが国は、建国の理念にたちかえり、家族国家を取り戻すこと。そのために、ひとりひとりができることをする。それが日本の日本人が、すべきことなのではないか。大東亜戦争の教訓と体験に学び戦死した人々を無駄死にさせないようにするためには国益のため『日本文化主義』の文化防衛という考え方でリーダシップのある類い稀な資質、明確な目的意識とアイデアを持った首相(大統領制にした方が国際社会に政治的アピールもよいのだが、いまの政治家たちは分かっていない)になってもらいたい。『
日本文化主義 』に期待したいと考えています。 ブログランキング・にほんブログ村へ
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 私たち祖先は、約三万年前に世界最古の磨製石器をつくりたことが赤城山山麓で発見されました。人間が加工した道具で共同で木を切って地域集落をつくり家族を中心として地域住民が協力して平和に暮らしていたのです。西洋のいう「保守主義」は間違っている。「保守主義」は裏で独立の覚悟もなく、米国におんぶに抱っこの米国追従なのです。日本人の伝統的思想は違うのです『日本主義』なのです。

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 これを別な角度から整理すると、西欧型保守主義が理想として目指すのは、あくまでも神のもとにあるエデンだ、ということです。従って原罪を受けた人類が築いてきた営みは、そのことごとくが間違いだ、となります。間違っているから、剣を抜いて戦うのです。正しければ戦う必要などありません。

 一方、共産主義は、ユートピアを目指します。そのために現在の社会構造は、すべて破壊の対象となります。なぜなら過去も現在も、そこはユートピアではないからです。そして破壊は、人の命や近隣諸国にまで及びます。破壊しなければ、ユートピアの建設ができないからです。

 こうした西欧的概念は、明治以降の日本の洋風化の中で、日本に渡来してきました。ところが、はじめに日本で強く影響を表したのは、共産主義です。共産主義思想に染まった人たちは、日本にユートピアを建設するために、日本社会の破壊を目論みました。

 一方、西欧的保守主義思想が我が国にはいってきて定着するのは、むしろ戦後になってからのできごとです。保守思想は、明治、大正、昭和初期の日本では、ほとんど定着していません。これは、ひとつには、共産主義という破壊主義思想に対して、特高などの治安維持警察が、厳しく取締り、社会の中での影響力をを押さえ込んだという理由があります。

 そしてもうひとつ、定着しなかった理由として、我が国には「エデン」思想がそもそもない、ということが大きなファクターとなっています。たとえてみれば、西欧における祝福の地であるエデンは、日本でいったら、蓬莱山か極楽浄土なのですが、極楽浄土は死んでから行くところだし、蓬莱山はマルコポーロが唱えた理想国家だけれど、それは日本そのものを指していますから、日本の現状を打破しようとするのに、日本が理想国家では、話にならないからです。

 思想というものは、その国の民族の歴史、伝統、文化に立脚したものでなければ、まず浸透しません。ですからそもそもエデンという約束の地を持たない日本は、バークの「保守主義」は浸透のしようもなかったのです。

 特に戦後左翼は、旧ソ連や北朝鮮や中共を「地上の楽園」、「人類が造った理想の国家」と規程し、これをさかんに宣伝しました。いまにしてみれば、ソ連や北朝鮮、中共の、いったいどこが理想のユートピアなのかと問いたくなりますが、いまだに共産主義的破壊思想である家族や家庭からの解放、男女の性差からの解放、道徳的抑圧からの解放などというデタラメを真に受けて活動している日本人がいるというのは、実に悲しい現実です。

 こうした、戦後、派手になった左翼の動きに対し、日本を守る、日本的価値観を護ろうとする人々が、新たな価値観として導入したのが、「剣を持って戦え!」と主張するバークの保守主義であったわけです。

 ですから「戦後保守」の中心をなしていたのは、まさに「剣をもって戦う」という防共、反共思想であり、そのための行動原理として、西欧的保守主義が日本に取り入れたわけです。

 ただし、防共、反共というには、何か「護りたいもの」があるから「反対」するのです。その「護ろうとするもの」が、皇室を重んじ、日本の歴史、伝統、文化を重んじ、そこに学ぶことによって現在を生き、新しい未来を築こうという『日本主義』であったわけです。

 つまり、防共、反共運動も、その根幹にあったのは、『日本主義』そのものであり、日本主義を護るために、防共、反共の戦いを挑んだ、そのための理論武装として選んだのが、バークの戦う姿勢であった、といういうことができます。

 ところが、こうした抵抗運動は、左翼の活動が、全学連や革マルのような直接的な破壊活動から、家族や家庭からの解放、男女の性差からの解放、道徳的抑圧からの解放といった、やや文化的な活動に矛先を変え出すと、たいへんにやりにくい、動きづらいものとなっていきます。

 ゲバ棒を持って破壊活動をする者たちに対しては、剣を抜いて「ならぬ!」と威嚇することは世間の賛同を得ることができたのですが、解放という自由を求める人たちに、剣を抜いて「自由はいかん!」という威嚇をすることは、逆に暴力的な存在とみなされるようになってしまうというマイナス面をもたらし、世間の賛同を得にくくしてしまったわけです。

 とりわけ日本においては、保守思想にあるエデンも、左翼思想のユートピアもそもそもありません。ですから、多くの日本人にとっては、それらは、よくわからない世界です。

 西欧で生まれたエデンに還ろうという「保守主義」にしても、誰もみたこともないユートピアを目指そうという「共産主義」にしても、私達日本人からみれば、それらは地に足の着かない「空想主義、理想主義」でしかない。

 大切なことは、いまを一生懸命に生き、未来を築くことだけ。それが多くの日本人の普通の考え方となって行きます。

 このため、政治における保守と革新、右派と左派の対立も、なるほど革新や左翼には首をかしげるが、さりとて保守というものもよくわからない。なので、とりあえず政治のことは放置して、民間部門でお仕事に精を出そう、というのが、多くの日本人の普通の概念となっていったわけです。そしてそのことが、ますます多くの日本人から政治離れを加速するという結果を招いています。

 けれど、よく考えてみれば、西欧的保守主義も、西欧的共産主義も、強いて言えば、その本質にあるのは、架空の絵を描いて、そこに向かって進もうと言う思想です。

 これに対し日本人が古来から持つ考え方は、過去に学び、現在に活かし、未来を築く、というものです。日本人にとって、理想の未来などというものは存在しません。ある程度社会経験をもった人なら、誰でもわかると思うけれど、会社でも、そりゃあ、儲かって儲かって、社員の全員が仕事をしなくても高給をもらえるような会社は理想かもしれないけれど、そんな夢想ばかりで日々の仕事をしなければ、会社なんて簡単に潰れてしまいます。

 学び、努力すれば未来は拓けるし、学ばず努力を怠れば、未来は崩壊します。当たり前のことです。同様に、日本人にとって、理想の過去などというものも存在しません。浮き世は常に様々な問題を抱え、その問題の中で四苦八苦しながら、人の世を織りなすというのが、日本人の考え方です。

夏目漱石の草枕です。『人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう』。これが古来からある日本人の一般的な思考です。

 その意味では、日本的思考というのは、西欧的保守主義や共産主義などによる空想主義よりも、はるかに進んだ現実主義であるということができます。そもそも日本の最高神といえば、アマテラスですが、アマテラスも登場したときには、天の岩戸にお隠れになるという、いまでいうならさながら登校拒否の引きこもりとなっています。それが努力し、成長し、最後には立派な最高神となれらる。

 スサノオも、登場したときには、ポセイドンのような海神ですが、亡くなったお母ちゃんが恋しいと、毎日泣いてばかりいて、ちっとも仕事をしない。あげく、仕事をほっぽり出して、アマテラスのもとにドスンドスンと地鳴りを響かせてやってきて大暴れをしています。さながら暴走族です。

 けれど、そうした神々が、さまざまな経験を経て、立派な大人となり、日本の神となられる。そしてその神々の直系の子孫が、私達日本人だ、というのが、日本人の基礎にある考え方です。

 つまり、私達日本人は、産まれてこの方、凡夫の身にあって様々な間違いをし、失敗を繰り返し、親や同僚や周囲の人たちにさんざん迷惑をかけてきているけれど、それでも常に心をあらため、日々ちょっとずつでも勉強し、成長し、進化し、人々のお役にたてる人間になろうと努力する。

 そういう過去に謙虚に学び、いまを努力をする人々が、互いに協力し、たがいに助け合うことで、いまよりもっと良い世の中を造る。築くろうとします。日本では、こうした地に足の着いた考え方が、日本建国以来ずっと日本人の意識の根底に流れ続けています。

 では、なぜそういう思考が、意識の根底に流れるかと言えば、それが日本建国の理想であるからです。どういうことかというと、いまから2700年前、神武天皇が即位された際に、日本は「家族国家」と宣言されました。天の下、すべての国民が家族として、たがいに助け合い、協力しあい、たがいに成長してよりよい国(家)をつくる。これが日本の建国の理念です。そしてそれが日本人の理想でもあるわけです。

 つまり「家族として、たがいに助け合い、協力しあい、たがいに成長してよりよい国をつくる」ことが日本人の根本思想であり、その中心にあるのが、本家の中の総本家としてのご皇室という姿となっています。これがイデオロギーでいえば、『日本主義』です。【 その3につづく

 肝の据わった外交能力に文殊の知恵袋としてブレーンを数人側近にして自らのアイデアと攻められない様にする抑止力として、アジアの安定のため絶対に核は保持する但識こそが現実的戦略なのである。よくよく現実国際世界(欧米世界)に眼を見開いて、大東亜戦争の教訓と経験と戦死した人々を無駄死ににしないようリーダシップのある類い稀な資質、明確な目的意識とアイデアを持った首相(統治機構も変えて『日本主義』で大統領制にした方が国際社会に政治的アピール。

←中国や韓国の戦後に続く反日は、いじめを越えてテロで、日本国に対する宣戦布告の屈辱的挑発。

 インフラ施設復興を急ぐこと。被災者にとって家と仕事がなければ生活の再建は無理。憂慮すべきは統治機構と戦後保守主義である。元祖は秦の始皇帝がとった戦略の 『富国強兵』 による強気の攻めの平和外交こそが必須。前原さん、石破さん、野田さん、安倍さんなどの政治家はシャッフルして合同、めざすは『日本主義』の政治。これこそが多くの日本国民にとっても、国にとっても国益になるのである。

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Last updated  2012年10月07日 03時43分24秒
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