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鷹匠の交渉術は一種独特だ。あらゆる手を尽くして相手の情報を集めると、次にその性格や置かれた立場を踏まえて沈思黙考する。それも、ただ考えるのではなく、完全にその人物なりきるつもりで考え抜く。そうやって交渉を有利に進める手段を見つけ出すのだ。
常人離れした心理分析能力が彼女のバイアウト業界における名声を支えていた。
「今回の件で鍵を握るのは復讐心よ」思わせぶりにそう前置きした鷹匠の言葉に、アシスタントの岸田玲は目を見張りながらコクリと頷いた。
「玲さんもJ-REITが何のために設立されたかは勉強してるわね?」「はい。大義名分としては不動産マーケットの下支えをするため。実態は不動産会社の便利な道具になってますけど」「そうね。投資主のためなんて言われたらどうしようかと思ったけど、親会社の経営のためっていう基本は押さえてるようね」
「J-REITは植民地、親は宗主国みたいなものですもん」得意気に言う岸田を微笑ましいと感じながら鷹匠が続ける。「じゃあ次の課題。運用会社のキーマンである花井氏の立場になって考えましょうか」
「市況が悪くなってきたときに親会社の言いつけで高い買い物の予約をさせられた。ところがマーケットがさらに悪化して購入資金の調達が難しくなった。投資家や銀行からは何で高い買い物をするのかと責められる。親会社に助けを求めても何もしてくれない。それどころか、親のほうは倒産の一歩手前だから逆に何とかして子から資金を吸い上げようとする」
ここで一度言葉を切ると岸田が深く頷いた。話にはついてきているようだ。
「要するに親会社のために尽くしても得るものがない状況ね。こんな場面でREITの投資家からの締め付けがさらに厳しくなる。銀行は返済を迫る。玲さん、あなたが経営者ならこれでも親会社・投資家・銀行のために尽くそうとするかしら?」「はい、精一杯頑張ります」間をおかず岸田が応じる。
言うと思った。やはりこの子って面白いわ。
「あなたならそうよね。でも花井氏はそんなバカ正直なタイプじゃないの。人を押しのけてでも上を目指す。それでいて保身に長けている。そうやって世渡りしてきた男。その彼がトップとしてREITの資産を意のままにできるんだから、それをエサにして保身に走ろうと思うのは当然よ。だからいっそ潰されては?って水を向けてみたってわけ」
今度はちょっと眉をひそめている。心情が理解できないか、それともバカ正直ってのが引っかかったのか、両方かしらね?
「J-REITって箱は、資金は外部から調達するけど、運営面では運用会社っていう別法人が支配してるわ。だから親会社が死にそうになったら、REITを新スポンサーに安く売り渡すかわりに運用会社の雇用維持を保証させるなんて考えも成り立つわけ。中央レジデンスの2人だって即座に否定しないで考え込んだでしょう?」
「うーん、そうでしたね。じゃあ鷹匠さんはあの段階で手応えアリアリだったんですか。だから気を引くようにサッと切り上げたってこと?」「そんなところよ」
「なんか理解できそうにないなぁ・・」岸田は納得いかないようでブツブツ言っている。
「これはね、言ってみれば復讐劇みたいなものよ。いいように使っておいてあとは知らないっていう親会社。親の言いなりでやってきたのに自分たちばかり非難するエクイティやデットの出し手。そんな関係者への逆恨みがもたらした安っぽい喜劇ね。主役は今ごろ腹の中で哂ってるんじゃないかしら?」
「うーん。そんな心のスキを突いたってわけですか。」「心のスキともう一つ、REITの外部運用って制度の綻びもあるわ。親会社との利益相反はよく言われるけど、仮に親を切り離してもREITと運用会社との利益相反が残るわけ。投資主には気の毒な話ね」
「だから破綻に誘導しちゃうなんて、さすが手段を選ばない"女ハゲタカ"ですねー。確かに破綻処理なら、うるさい投資家や銀行を抑えて、好きなように料理できますものね。でも、そんなだから上品な見た目に騙されたなんて言われちゃうんじゃないですか?」
口調が少しトゲを含んでいる。正義感の強いこの部下は鷹匠のやり口が気に入らないようだ。
「えげつないと思う?でも、こんなの業界では普通よ。実際、私たちのあとにも運用会社に似たような話が来たそうよ。それもゴールデンパラシュート付きで」「エーッ、REITを倒産させたら法外な退職金払うっていうんですか!ひどーい。でも何で知ってるんです?いつもの情報網ですか?」
「そうよ、と言いたいところだけど、ネタ元は花井氏本人だわ。ゴードンサックスではこういう条件だけど、おたくらはどうなんだって。今回のテキはしたたかよ。油断は禁物ね」
岸田が不安げな顔をしている。私なんかにお手伝いできるかしらって顔に書いてある。しかし演目はすでに動き出している。あとは作り上げた筋書きの実現に向けて最適なルートを進むだけだ。私たちには立ち止まっている時間などないのだ。
【雪風ファンドのJ-REIT小説(17)】※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。