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12年前、学校から帰宅すると、見慣れぬ仔犬が玄関にわが物顔で寝ていた。 かねてより、「犬を飼いたい。」とせがむ妹と犬嫌いの母の間で、困り果てていた父が「友人からどうしても貰って欲しいと頼まれ断りきれなかった。」と苦しい言い訳をして、妹の喜ぶ顔見たさにペットショップで買ってきた仔犬だった。 妹は無邪気に「うちにワンちゃんが来た。うちにワンちゃんが来た。」と壊れたテープレコーダーのように何度も繰り返し飛び跳ねて喜んでいた。 その傍ら、刑事さながらの母の尋問を受け、おどおどする父の顔が今も鮮明に蘇る。 父の嘘がバレタのは言うまでもないが、その嘘を10分もかからず吐かせた母の敏腕刑事振りには驚いた。 仔犬は、F1好きの父がアイルトン・セナから取って「セナ」と名づけ、晴れて家族の一員となった(ならざるを得なかった)。 家の中で飼うか表で飼うかで母と妹の対立が続き、あまりにしつこい妹に根負けした母が「じゃあ、玄関ならいいわよ。」と妥協案を提示し、しぶしぶ妹がそれに同意する形で当面の彼の寝床は玄関となった。 昔ながらの作りの我が家は、玄関の敷居が高く、母は、小さな仔犬の彼には、玄関を登ることなどできないだろうと安易に考えたのだ。 犬嫌いの母には、彼がシベリアンハスキーであることなど知る由も無く、数日もしないうちに彼の寝床は妹の隣になった。 彼の成長は著しく、朝晩の散歩は、次第に重労働になり、もはや「散歩」などという悠長なものではなくなり、「格闘」でしかなくなった。 彼は、とても変わり者で、普通犬なら与えた餌は、ガツガツと瞬く間に平らげるものだが、餌箱のドッグフードがカラスやスズメの餌となり、自身は、客が自分の餌を食べるのをただ眺めていることもしばしばだった。 どうやら彼は、普通の犬とは位の違うブルジョア犬らしく、「ドッグフードなど食えるか。」と訳の分らないプライドをかざし、空腹で庭に植えられたレモングラスやタイム、ローズマリーの香りを楽しむことを好んだ。 ドッグイヤーとは、よく言ったもので、年々彼は大人びて、あっという間に、私よりも落ち着いた雰囲気を醸し出し、私が頭をなでてやっても何だかこちらが頭をなでられているような妙な気持ちにさせた。 私や弟が就職し、家を出てからは、専ら彼の世話は、母がするようになり、彼が我が家に来るきっかけとなった妹はというと、たまにじゃれて遊ぶ程度であまり世話をすることは無くなった。 その後は、ときどき涙声の妹に失恋話を聞かされる他は、彼にとって静かな日々が続き、信頼すべき彼のボスは母だと認めたのか、母の言うことを良く聞くようになり、母も自分自身がかつて犬嫌いであったことなど忘れている様子であった。平成17年7月24日彼は、最愛の母に看取られ静かに息を引き取った。晩年の彼は、足元がおぼつかず、いつも疲れ果てていたが、散歩に出かける際は、母にいつも尻尾を振り、喜んで見せたそうだ。 彼自身、母が彼を必要としていることに気がついていたのだろう。 なりふり構わず、彼の死を一番に嘆き悲しんだのは、自称犬嫌いの母だったのだから。
July 25, 2005
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平日の午後にゆったりとロッキングチェアに腰掛け紅茶を楽しんでいる。社会の喧騒と離れ、自分だけの時間。ダージリンのマスカットのような風味とぽかぽか陽気が心地いい。個人的には、アールグレイが一押しだが、ダージリンも悪くない。私の友人に紅茶博士がおり、彼女からよく紅茶の話を聞いた。紅茶は、茶葉を摘む時期によって、味も香りも大きく異なるそうだ。ちょうど今の時期に収穫された茶葉による紅茶をファーストフラッシュと言い、柔らかく若い茶葉を多く含んでいることからとても爽やかで飲みやすい。6月から7月にかけて収穫された紅茶をセカンドフラッシュと言い、独特のマスカットのような甘みを持つのが特徴。9月から11月の厚くしっかりした茶葉による紅茶をオータムナルフラッシュと呼び、渋みのあるしっかりした味のいかにも紅茶らしい紅茶になるそうだ。ファーストフラッシュが最も高価だが、オータムナルフラッシュを好む紅茶通も多いらしい。茶葉の成長とともに違った魅力を放つ紅茶。私も年を重ねながらその時々で異なる魅力を放てるようになりたいものである。今カップに注いだ紅茶と同様、私もさしづめセカンドフラッシュの時期といったところだが、独特の魅力を兼ね備えているかというと疑問で、カップの中のセカンドフラッシュが少し眩しく羨ましく思えた。
April 28, 2005
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「あなたは、座敷童子のような人ね。」と彼女は、ため息混じりにそう言った。私は、どう答えていいのか分からず、窓の外に目をやった。何度も彼女と見た景色だが、今日は、銀杏並木が雪化粧を施され、どこかぎこちない。彼女の言葉が褒め言葉ではないことは鈍感な私にも分かった。「座敷童子って、私好きじゃないの。ただ、見せかけの幸せを無責任に振りまいて、相手がその幸せに慣れたところで、ふといなくなってしまうわけでしょ。結局、自分の存在を知って欲しいだけの淋しがり屋なのね。」争い事を避け、自分で決断しない優柔不断な私の性格を皮肉って、彼女はそう言ったのだろう。結局、彼女は、何も決断できずその場に立ち尽くす私に愛想をつかせて私の元から立ち去った。つまらないプライドや劣等感が邪魔をして大切なものを失った苦い経験である。彼女は、今、結婚し2子の母親となろうとしている。確実に前進している彼女の傍ら、私は、未だに座敷童子を続けている。
February 12, 2005
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銀食器の製造工程に『プラナージュ』という工程があるらしい。ほぼ完成に近づいた銀食器の凹凸や歪みを調整し、美しい曲面に仕上げる工程をそう呼ぶらしい。どんな名工とて、二つと同じ物にならないからこそ、その一つ一つに愛情や親しみを感じるのかもしれない。出来上がった作品を手に取れば、その機微に触れることができ、その完成までのプロセスを垣間見ることができる。とはいえ、関心のない者や単に道具に過ぎないと心を閉ざす者には、その作品のメッセージを汲み取ることはできない。人と接するとき、私はいつも相手の発する言葉以上の何かを得ようと試みる。今、目の前にいる相手がそれまで人生のプラナージュを繰り返し、どんな凹凸を捨て、どんな歪みを矯正しようとしているのかを知ろうと試みる。それが相手の真意を汲み取るために重要だと考えているからだ。社会に出ると一様な美意識の枠に囚われ、表面上を体よく取り繕う狡さを知らず知らずのうちに身に着けがちだ。社会人とはこうあるべきだ。大人とはこうあるべきだ。自分を殺して協調性を重視しよう。聞こえのいい逃げの言葉が個性を包み隠し、画一的な安住の地へと誘う。誰もが正しい、誰もが美しいと声を揃えて叫ぶもの程、胡散臭いものはない。名工によってプラナージュされ、一見、一様に見える銀食器の一つ一つに個性があるように、「私は、平凡ですよ。皆と同じですよ。」と訴える人にもそれぞれ味わい深い個性がある。社会で生きていくために装った画一的な鎧の中に隠された真意を汲み取り、それを尊重できる人間でありたいといつも思っている。
January 23, 2005
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職業柄、人の機微に触れることが多く、その日の体調によっては、自分が人であることを呪いたくなることさえある。昨日今日会った人間に全てをさらけ出すこと等ないことは十分にわきまえている。しかしながら、その日その日、全力を持って誠意を示して接しているつもりだ。どうして分かってもらえないのだろう。どうして本当のことを言ってくれないのだろう。自分が空回りしていることを思い知ることのほうが多い。その結果、救えなかった人の数を思うと自分の無力さを痛感する。それでも人を信用することをやめない自分は、お人よしなのだろうか。毎日、答えの出ない問いを自分に投げかけ思い悩んでいる。ーーーー人が人であることを喜びに感じる日までがんばろうと思う座敷童子♪でした。
November 7, 2004
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***************************「ただいま」習慣とは怖いもので誰もいない部屋なのに、つい口に出しての帰宅。私を出迎える彼女もセナ(愛犬)もそこにはいない。ネクタイを緩め、暗闇の中冷蔵庫へ向かう。冷蔵庫の光が孤独な男を照らし出しているかと思うとやり切れず、誰に見られているわけでもないのにビールを取り出し慌てて冷蔵庫の扉を閉めた。缶ビールを開ける音が部屋の静寂を際立たせる。耐え切れず、TVのスイッチを入れ、ビールを流し込む。毅然と振舞う仕事中の男の姿はそこにはない。博多の街に移ってきたのは、昨年の9月。ビルの立ち並ぶ博多の街は、どこか大阪に似ているが、そこには独立国家『関西』国民からすると、パスポートがいらないのが不思議なほどの異国感が漂っている。缶ビールが空き缶に変わる速度が日に日に増しているような気がするがそれを咎める者はいないし、寂しい男は他に孤独を紛らす術を知らない。TVに映る吉本芸人の懐かしい笑いも何処か遠く感じる。そういえば、最近、腹の底から笑った記憶がない。最後に笑ったのはいつだっただろう。どうしても思い出せない。思い出せないほど昔のことなのか。男は、考えるのを辞め、2本目の缶ビールを開けた。***************************1年後にこんな生活になってたらどうしよう。。。大阪から遊びに来た彼女と博多の街で飲んでいる。まだ、博多の街は、俺に好意的なようだ。----明日帰ってしまう彼女が『百年の孤独』 という焼酎を飲み干す姿を見てふとこんな 思いをめぐらす座敷童子でした。
September 19, 2004
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夕飯も早々に済ませ、9時前にTVの前で準備OK!久しぶりに月9のドラマにはまってしまった。「東京湾景」このドラマには、深く感情移入してしまう。私の好きな作家の吉田修一の作品であるせいもあるが、なにより私自身の境遇のせいであろう。母国を知らない者の無意味な意地とプライドを幼い頃から嫌というほど見てきたし、私もまた、これまで過敏に反応し、傷ついては中途半端な境遇を呪った。ドラマのように激しく美しい恋愛に胡散臭さを感じては、自分とは関係の無い世界だとどこかでさじを投げる自分がいた。自分の国籍を打ち明けて掌を返したように自分の下から去っていくことはこれまで一度も無かったものの決して相手を信じなかった。今は良くともいつか裏切られるに違いない決して受け入れられることは無いんだと信じて疑わず、受け入れようとする相手を頑なに拒んできたのは私自身だった。今考えると私にとって都合のいい逃げ場所であったのかもしれない。なにせ、自分の思い通りにならないことに出くわす度に、全部自分の境遇のせいにしてしまえばそれで自分の弱さを認めずに済んだからだ。なんとも自分勝手な考え方である。私には、今いろんな国の気のいい友人がいる。私自身が色眼鏡で人を判断しないようになったからだろう。私の祖父や祖母がどこで生まれたかなど、私のパーソナリティーにはなんら関係ない。「自分を色眼鏡で見て欲しくなければまず自分が色眼鏡を外さなければならない」とても単純なことだが、今になってようやく実践できるようになった気がする。
July 12, 2004
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天気のいい昼下がりにボサノバの流れるカフェでゆったり庭を眺めている。ベルガモットの香りが昔のあの人を思い出させる…あの日もこんな風にあの人と2人、たわいのない会話をしながらゆっくりとお茶を飲んでいた。以前は、仕事が忙しい過ぎて、カフェでくつろぐ事等考えもしなかったし、立ち寄ることさえなかった。時間に追われて吉野家とマクドナルドのローテーション、そんな毎日だった。今、私の腰掛けているソファは、カフェの入り口が見下ろせる位置でさっきから扉が開く度に期待を抱いては何度裏切られたことだろう。未だに現実を受け入れられないのかあの扉から満面の笑みで「待った?」とあの人が飛び込んでくるのではと考えてしまう。私はこれまで人に出会うたびにその人から影響を受け少しずつ成長してきたのだとつくづく思う。あの人が残したこのゆっくりお茶する習慣もしっかり私の中に根付いている。今、私は、新しい一歩を踏み出すことが過去の出来事の記憶を1つ失うことではないかと臆病風に吹かれているだけかもしれない。それでも、もうしばらくはこうして昔を思い出し、センチに浸るつもりだ。とはいえ、日に日に「そろそろ前に進まなければ」という思いが強くなってきているのも事実。何かのきっかけで前進し始めればいずれあの人のことも忘れてしまうだろう。「今は、ただ今の気持ちを大切にすればいい」となだめるようにグラスの氷がカタンと鳴った。
June 20, 2004
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GWも本日で終了。世間では、明日、明後日もお休みをとって11連休などという方もおられるようです。なんともうらやましい限りです。私は、明日からまた厳しい業務が待っています。それでも今年のGWは、思いっきり遊びたおせました。今のこのぽわ~んとした感じで仕事すると大変なことになりそうです。また、しばらくHPを更新できない日が続きそうですが、周囲に目を配り座敷童子の足跡を探してみようと思っています。あたたかいお話が集まったら時間を見つけて少しずつ書いていこうと思います。それから、1000番踏んだ人にささやかな幸せがありますように!それでは、また。
May 5, 2004
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最近、またテニスを始めた。新しく道具を買い揃えるほどの本格的再開ではない。学生時代使用していた道具一式をそのまま使っている。使用しているラケットは、ヨネックスのR-70という今ではもう骨董品である。バッグには、無数のバンダナが結ばれている。学生時代、試合に勝つたびに1つずつ結んだものでこの数を増やすために朝から晩まで死にもの狂いで練習したものである。(近頃、思い出話ばかりのような…歳かな)今日は、試合の日だった。とは言うものの私の試合でない。最近、よく通っているテニスクラブに、小学生のテニススクールがある。なんでも小中学生の間では、随分前から『テニスの王子様』というアニメの影響でひそかなテニスブームだそうだ。白タイツで王冠姿の王子様が優雅にテニスを楽しむアニメなのか?う~ん、我ながら発想が貧困。話が逸れたが、そのテニスクラブに何度か足を運ぶうちにスクールに通っている小学生の中で人一倍熱心な男の子と友達になり、その彼の初試合の日だったのである。(自分で言うのもなんだが、子どもと動物には、めっぽう好かれる性質らしい。)夕方、クラブに到着すると私たちの借りているコートから少し離れた場所ですでに彼の試合が始まっていた。友人としては、応援に行かないわけにはいかない。コートに立つ私の小さな友人は、小学生らしからぬ鬼のような形相で相手をにらみつけている。(笑)私が到着した頃は、1セットマッチでゲームカウント3-4の1ゲームビハインド。接戦であった。相手のほうがキャリアは上らしく、彼の苦手なバックハンド側に球を集められ、ゲームカウント3-5と追い込まれてしまった。このまま、負けてしまうのかと思いきやこ奴なかなかのチャレンジャーである。苦手なバックハンド側のコースを消すようにネットに詰め、ボレーに打って出たのである。発想はよかったがやはり相手のほうが一枚上手で、結局ゲームカウント4-6で私の小さな友人は負けてしまった。試合後、私に気づいたその小さな友人は、「俺もそれしたかったのに。負けたからできひんわ。」私のバッグのバンダナを指差し、今にも泣き出しそうである。「それでもお前のボレー、ええ感じやったで。今回はおまけや。」私はそう言って自分のバッグからバンダナを1つ外して少年の小さなバックに結んでやった。「今度からは勝った時だけやぞ。」そう言うと、「わかってるわ。まかしといて。」友人は、小さく胸を張ってそう言った。学生時代には、バッグにバンダナをいくつ増やせるかしか頭に無かったが、こうしてバンダナが1つまた1つと私のバッグから消えていくのも悪くないなと思った。
May 4, 2004
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日が昇るまでにはいくぶん余裕があり町全体がまだ眠っている。タクシーもつかまらず、自宅まで歩いて帰るはめになったが、酔いを覚ますにはこの方がよかったのかもしれない。「そういえば、学生時代はよくこうして明け方に歩いて家まで帰ったなぁ。」ひんやりと心地いい風と蒼い静寂がすっかり忘れていた学生時代を思い出させる。学生時代の仲間の口からは、いつも「なんか面白いこと無いかなぁ。」金はないが、時間は、腐るほどあった。新しい刺激を求めていたが面倒なのは嫌。なにか面白いことが自分の前に転がり込んでくるのを指を咥えて待っていた。とはいえ、そうそう面白いことなどやってくるはずもなく、持て余したが時間を上手く使えない連中が集まっては、朝まで安酒を飲んだ。なにか議論を戦わせるでもなく、新しい提案があるわけでもなく…ただ暇つぶしの酔っ払いタイム。余りあるエネルギーを傾ける先を見出せず、毎日が不完全燃焼な日々だった。あれから5年…まだ、同じ道を歩いている。
May 2, 2004
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「今時の若い奴は、訳の分らん格好をして礼儀を知らん。」おしゃれな居酒屋には似つかわしくない脂ぎった中年サラリーマンが酒のせいなのか、怒りのせいなのか真っ赤な顔で店中に聞こえる程大きな声で同じテーブルの新入社員らしき青年に説教していた。私は、自分がその中年サラリーマンの言う“今時の若い奴”に入らない年齢であることに気づき、年月の流れの速さを恨めしく思った。脂ぎってはいないもののもはや若者ではないという気持ちが知らず知らずのうちに飲むペースを早めていることに気づき少し可笑しかった。グラスのお酒が残り少なくなった頃、愛想のいいアルバイトの店員が次のお酒を運んできた。典型的な今時の若い女の子である。あれこれ楽しく話をしながら接客する姿は、決して悪くはないが無神経な部分がちらほら垣間見られ客のこちらが冷や冷やするほどであった。こんな風に思ってしまうことが“最近の若い奴”ではない何よりの証拠かと浮かべた苦笑いを隠すように残りのお酒を飲み干した。グラス越しに向かいのテーブルを片付け綺麗にセッティングし直す店員の姿が目に入った。これまた、今時の若い女の子である。背筋がすっと伸びていて仕草がとても綺麗であった。割り箸がきちんと座席の真中に来るように気をつけて並べ、座布団の皺を静かに伸ばして立ち上がると、さきほど若者云々と愚痴をこぼしていた中年サラリーマンのテーブルへと向かった。その店員は、真っ赤な顔の中年サラリーマンの後ろでしわくちゃになっている背広をすっと取り上げハンガーに掛けた。「ありがとう。…前言撤回するよ。」中年サラリーマンは薄くなった頭に手をやりながらその店員に申し訳なさそうにそう言った。今時の若い女の子のさりげない気遣いが中年サラリーマンを優しくたしなめた心地いい瞬間だった。その後、お酒がすすんでしまったが、明日はきっと気持ちのいい2日酔いだろう。
April 12, 2004
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ずっと仕事に追われて、ここでのんびりする時間が作れませんでした。最後に日記を書いたのが1月26日とは・・・(こうなるともう日記と呼べないね)仕事の合間にでも小さな幸せを感じる瞬間はたくさんあった筈なのに、こうしてどこかに書き留めておかないと忘れてしまいます。また、時間を見つけて少しずつ何か感じたことを自分の視点で書いていこうと思います。
April 11, 2004
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嫌なことを思い出した。――――冬の公園は、嫌いだ。冷たく澄んだ空気と葉の落ちた木々が空を一段と高く感じさせる。そこには、人が皆孤独であることをひしひしと感じさせる風が吹いている。とはいえ、遠回りするほどの理由でもない。今夜は、雪になると出勤前にテレビの天気予報で言っていたのを思い出し、とにかくはやく家に着きたかった。駅から自宅までは、公園を横切るのが一番の近道なのだ。普段なら公園のベンチに誰が座っていようと気にもとめないところだが、この日は、違った。じっと空を見上げる疲れた中年の男性と少年の姿が妙に気になった。どこかで見たことのある少年だったが名前までは思い出せない。急いでいるはずの私は、なぜか彼らの前にあるベンチに腰掛けタバコに火をつけた。きっとそこに孤独の風が渦巻いていたからだろう。「おじさん、何を見てるの?」少年が中年男性に問いかけた。「さぁな、何にも見たくねぇのかも知れねぇなぁ・・・。」「公園て、もっとあったけー場所だと思ってふらっと来てみたのによ。それがどうだい?こいつがさっきからお前は、孤独だ、孤独だってうるせーんだよ。言われなくても分ってるのによ。」そう言うと中年の男性は、空を指差して淋しそうに笑った。「さっきからよ。別れた女房と娘の顔を思い浮かべようと思ってんのによ。ちっとも浮かんじゃこねぇ。浮かんでくるのは、15年間毎日見てきた鏡に映るてめーの顔だけよ。」15年前、奥さんと娘さんを守るために借金取りの男を刺し殺し服役していたという。昨日、仮出所となり、戻ってみると自宅は、跡形も無く取り壊され代わりにパチンコ屋が建っていたらしい。「奥さんや娘さんとは連絡取れないの?」少年は、尋ねた。「あぁ。女房は、15年前に再婚してそこそこ幸せにやってるらしい。娘は、・・・」言葉を詰まらせ、タバコに火をつけ大きくため息をついた。「俺の守りたかったのは、なんだったのかねぇ。」「おじさん、刑務所に戻りたい?」「そうだなぁ。ここよりましかもな。」「あいつ、刺しちゃいなよ。そうすれば戻れるよ。」そういって、少年は、私を指差した。「そうだな。ありゃ、世の中に疲れ、惰性で生きてる顔だな。殺っちまうには、ちょうどいいかも知れねぇな。でもな、坊主。残念ながら俺は、刑務所よりいい場所を見つけちまったんだ。だからよ、わざわざあんなつまらねぇ奴を殺っちまわなくてもいいんだよ。」そう言うと中年の男性は、公園から立ち去った。私は、小心者だ。きっと小学生であろう少年の一言に心臓は、これ異常ないほど脈打っている。少年と目を合わせることも無く逃げるように公園を後にした。次の日、公園の側の溜池で中年男性の遺体が発見された。私の会った男性だったかは、わからない。ちょうど、今から3年前のことである。未だにその公園を通り抜けることは無い。
February 10, 2004
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「11時か・・・」何度も時計を見ては、ため息をついた。随分前から彼女への怒りは、心配へと変わっていた。何の心配だろう?彼女の身の心配?それとも自分に愛想をつかしたのではという心配?こういうときは、心配するものだという形だけの心配?昨夜、ささいなことで口論となり、彼女は、出て行ったきり帰ってこなかった。彼女とは、ルームシェアを始めて、もう3年になる。未だに恋人なのか同居人なのかよくわからない。きっと彼女もわかっていないだろう。「ただいまぁ。」どうやら、心配の必要はなかったようだ。彼女は、何事も無かったように帰ってきた。目の前の彼女と凄い剣幕で出て行った昨日の彼女とがどうしても重ならない。冷蔵庫から取り出した牛乳をラッパ飲みした後、きょとんとしている私にこう言った。「なんかさぁ。ナマケモノ見てると急に顔見たくなっちゃって。」全く意味不明である。さらにきょとんとしている私を見てTVの話だと説明した。「ナマケモノ(動物)は、動作が常にスローでいつも木の上でのんびりしてるの。獰猛な何とかってアリの集団に噛み付かれても追い払いもせずただ立ち去るのをじっと待ってるの。平和主義なのね。そんなナマケモノも縄張り意識はちゃんとあるのよ。縄張りを荒らしにきた他のナマケモノと喧嘩になったんだけどそれがまたスローでこんな感じなのよ。」そう言うと私の脇腹を三本指で撫でた。私は、くすぐったくてつい笑ってしまった。「何だか笑っちゃうでしょ。それでも、たぶん本人たちは真剣なのよ。そんなの見てると私たちの喧嘩も端から見れば、大して変わんないんじゃないかって、なんだかバカバカしくなっちゃって。」そう言うと彼女は、気持ち悪いぐらい素直に謝った。言われてみれば、確かにその程度の喧嘩だったと思う。こうして彼女と私は、ナマケモノの仲裁によって無事、仲直りすることができた。名前ぐらいは聞いたことがあるが、どんな動物なのかはっきり浮かんでこないこのナマケモノという動物にただただ感謝した。
January 26, 2004
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昨日、今シーズン初のスノーポードに出かけた。ここ最近の天気のおかげで雪の状態も申し分なかった。仕事に影響しないよう日曜日の午後には、自宅でゆっくり体を休めなければならないため、さほど長居はできなかった。体力的なことを考えて、のんびり普通に滑るつもりだったが、何本か滑るうちにボードパークの方が気になり始めた。ピョンピョンと気持ちよさそうにジャンプしている姿や、レールやハーフパイプ等が目に入る度、昔の血が騒ぎ始める。結局、誘惑に勝てず、のんびり計画は、中止。ピョンピョン計画に変更!一発目のジャンプが思いの他いい感じだったので、少し調子に乗ってしまった。ゲレンデの空気が、もともとお調子者の私をより一層勢いづかせる。しばらくすると案の定、飛びまくりの滑りまくり状態。完全にオーバーヒートしていた。おかげで帰る頃には、板も体もボロボロだった。年々、回復に時間のかかる私の体。帰りの車の中でずる休みの理由を考えなければならなくなった。
January 25, 2004
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幼い頃、本を読んだ記憶が無い。学校から帰ると、玄関にかばんを放り投げ、そのまま暗くなるまで友達と空き地や公園に行っては、夢中で遊んだ。家の中でおもちゃやTVゲームで遊ぶのは、大嫌いだった。とにかく、じっとしていられない性質だったんだと思う。今、思えば、当時の私は、遊びの才能があった。(自分で言うのもなんだが…)ツリーハウスやブランコを作ったり、ドッジボールや野球やサッカー等思いつく男の子の遊びは、全てやった。お手製の釣り竿を手にいかだで川を下り遭難しかけたこともあった。当時の私には、想像の世界なんて必要なかった。毎日の遊びの中にちりばめられた驚きや発見の前では、本の魅力も霞んで見えたのだろう。そんな私もようやく本を読む楽しさが分かってきた。本を読み始めたきっかけは、羞恥心だった。就職して間もなくのことである。総務から社内報の執筆を依頼され、快く引き受けたまではよかった。A4用紙2枚程度の簡単なものだったが、小学生の作文と見紛うほどの稚拙な文(今もさほど変わっていないが…)しか書けず、締め切り間近になってこっそり同僚に代筆をお願いした。快諾してくれた彼女の文は、心が温かくなる素敵なものだった。さすがに私の名で掲載する勇気は無く、総務に正直に事情を説明し彼女の名(彼女が書いたのだから当然だが…)で掲載してもらった。そのときのことを思い出すだけでも顔から火が出そうになる。彼女は、誰もが知る本の虫である。幼い頃から本の虫だったそうだ。社内報が手許に届いた日、私は、彼女に御礼を言うとともにそれとなくこう尋ねた。「初めて自分で買って読んだ本は、何?」彼女は、しばらく考えこう答えた。「車輪の下かなぁ。ヘッセの。」それが、私のはじめて読む本になった。
January 24, 2004
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RECETTEの@シナモンを注文してみた。注文時間が午後8時~午後8時15分と限定されおり、その上抽選とのこと。パンやケーキに目が無く、なおかつ“限定”の響きに弱い私。まんまと販売戦略に嵌った気もするが、2600円(送料合わせて3515円)もする高級パンとは、どんな味がするのか好奇心に勝てなかった。おいしいパン屋がひしめく街で育った私を唸らせる味であることを期待している。
January 23, 2004
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今日は、とてつもない寒さだ。慣れない雪道に足元がおぼつかない。帰宅途中、何度も転びそうになり、いらいらした。「雪なんかスキー場だけ降ってりゃいいのに。」やり場の無い怒りを雪にぶつける。深く皺を刻んだ眉間も凍り付いたようにその形を変えない。自宅にたどり着いた頃には、肩こりまでひどくなっていた。「ただいま。」ご主人様のお帰りだというのに、いつものお出迎えが無い。いぶかしく思いつつ、リビングの明かりをつけると、こたつで丸くなるバカ犬を発見。どうやら、こいつは、自分のことを犬だと思ってないらしい。「お前は、犬だろ!庭駆け回れよ。」そう言って、後ろ足を持って引きずり出した。彼は、迷惑そうにも申し訳なさそうにもとれる表情でこちらを見ると、ようやく散歩の準備を始めた。帰宅してすぐに散歩に出かけるのが彼と私の日課だ。いつもの散歩コースも当然、雪でどろどろ。「う~。寒っ。はやく行こう。」リードを引っ張るが匂いをかぐのに夢中になってびくともしない。しかたなく、凍える手でタバコに火をつけリードが軽くなるのを待った。「急に犬らしくなるなよ。」足踏みしながらそう呟き、ふと彼の鼻先に目をやった。そこには、近所の子供が作ったらしい雪だるまのような泥だるまのような代物が立っていた。小学生の頃、こんな雪の日には、授業を中止して校庭で雪遊びをしたものだった。純粋に珍しい雪にはしゃぎ、不意に訪れたイベントに心躍らせたあの頃が懐かしくよみがえる。あの頃、一緒に夢中で遊んだ貴志や勝は、今この雪を見てどう感じているだろう。吐き出した煙の隙間から、落ちてくる雪が手のひらで静かに消える。さっきまで、不快でしかなかったはずの雪が、ほんの少しいとおしいと感じた。
January 22, 2004
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