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決していいことではありませんが、水泳やゴルフで時間を必要としてしまい、半分寝ながらテレビにかじりつきみていますから、寝不足です。頬にプツンとなにかが!! 寝不足の結果。このくらいならまぁいいかと、みのがしてはいますが、私の年齢でも、簡単にできますから、お若いかたなどは、もっと大変でしょうネ。対処は、何もしないで、治るのを待つ。 これだけです。なにかしたら、それがストレスになって、もっと時間がかかることになりますから。一番いいのは、寝不足をしないことです。
July 31, 2009
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365日キレイでいて欲しいので、できれば一ヶ月に一度は手を入れたいとは思います。が、お客様の都合は、判らないので、待つだけしかできませんが、来店された場合は精一杯の仕事は提供させて頂きますが、微妙に完成度がいまいちなんてことはあります。しかし、それは言い訳でしかないのです。言葉にして、そのようなリクエストをすることはしませんが、ひとりひとりのかたの美意識を大切にし、願うのみです。でも、来店された、その笑顔をみると、あぁキレイにいてくれてたなぁと、かってに自己満足をしながら、仕事をさせていただくのが多いですけれどネ。
July 31, 2009
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洗面所の鏡の前では、ついでにツイストするようにしています。例えば歯を磨くなどの時に身体を鏡とはんたいに向け、上半身をツイストして、鏡をみながら歯を磨く。 ながらでいいんですネ。 こんなことを普段の動きの中にあれこれと組み込んでおけば、特にストレッチなどと、気負わなくてもできます。 ちいさなことの積み重ねですネ。
July 31, 2009
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美人鏡は、そのものがよくできたモノという意味ではなく、美人に見える位置を探して、そこで使う瞬間をいいます。つまり光の反射を最大限に利用して、自分をキレイにみることができるという意味ですネ。手鏡であれ、全身鏡であれ、いえの中のその場所は有る程度かぎられますが、状況によって変化しますネ。自分を観る道具としての鏡は大切ですから、使い方を研究しましょう。自分を観るということは、美のすべてに先立つものですからネ。
July 31, 2009
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手鏡つながりで・・アイラインを引く時には、手鏡を正面にみて、その顔の一のままで、手鏡をしたに下げていくと、目がとじる形になるので、瞼が直線になります。 そえなることで引きやすくなります。 そして、ひきかたとしては、目尻から目頭へ向かってひくと、しっかりとできますネ。アイラインの目尻の決め方は、目を正面に向けた一で目尻に外側からカットするような感じでガイドラインをとっておくと、やりやすいですネ。
July 30, 2009
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私、趣味でゴルフをしますが、ある意味偏った動きです。それほど真剣にではないですが、反対の振り方を取り入れて、ねじれの矯正を心がけることが多いです。できるだけ両側の動きをすることが、中心のゆがみをうまなくなると考えるからですが、バッグを持つ肩を両方使ったり、カサを持つ手も変えたり、意識的に変化を与えることがおおいですネ。潜在意識の中にこのようなことを組み込んでおくと、日常生活の中で簡単に行動に移せますから、身体を自然のうちに上手に使うということができるかと思います。身体は、道具ですから、よりよく使い勝手のよいよいにすることがアンチエイジングになるかと思います。
July 30, 2009
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というなら、身体の内からではないだろうか。先ずは、食生活を司る歯。 歯医者へいこう。 口の中を正常に使える年齢を、私は過ぎたようで、あちこちボロボロ。 半年通っているが、不満足。 舌触りに変化が有り、活舌が悪いのが現状。これを治せなければ、多分外見も、もっと年齢が増加するなと、鏡をみながら、必死。人ごとを言っているのではなく、自分でやらなければと感じたことを書いてます。計画的に身体をケアする方法を自分なりに開発していかなければと、更に考えています。
July 30, 2009
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自分の本当の現実を認めることからです。お顔だけを例にとってみると、手鏡を持ち、正面をみます。次にその間隔のままお顔をしたに向けていきます。90度になったところでの、タルミを確認。そのひとつひとつにどう対処をするのかということが、考え方でしょう。モノを使用することがアンチエイジングと考えるのなら、そんなムダは止めましょう。事実にどう対処するのかが、アンチエイジングではないのかとかんがえますが。
July 29, 2009
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入院をしている人に頼まれてカットをしましたが、基本的には病院側の許可をえなければダメかなというところを、その人の我が侭を通す形でかくれてサッとやりました。本来の私は、そのくらいはガマンをして、よくなってからすればいいという考え方をしますが、その人の年齢や普段の性質的な我が侭度を承知していたので、まぁいいかと、軽く引き受けて、その人の気持ちをイラつかせないことを優先しました。どちらがいいのかは、その場合場合でしょうから、それを深く悩むものではありません。ただ、その様な場所での仕事は、やはりやりにくいので、ちゃんとすることは難しいですネ。やはり、設備環境のととのった場所でのしごとがベストでしょう。臨機応変ということでの対処ですから、いたしかたないのですが、入院中はガマンを強いられるでしょうから、又、希望があれば、することになるかと思います。
July 29, 2009
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当然!それはあります。 私も、決して、それを否定している訳ではありませんが、つくりものの現代美はいただけないかなと考えていますので、それを提唱しているだけです。必然に伴う加工技術はありでしょう。 が、必要もないのに毎日を華美に装おうという感性はいかがなものか。例えば結婚式などにおよばれした場合などは、花の一員として、その相手に対しての心遣いからの華美はありでしょう。それは、自分を出すというよりも、その人へのはなむけを演じる訳ですから。というような必然があればこその美であって、必要もないのに毎日をムダに華美にする傾向を、嫌な傾向だなと感じているということです。人生、明日のことは判らない。 が、、今を大切に生きるという真実を心に生きて、例え道半ばで、その人生がとまったとしても後悔しないのではないだろうか。そのような覚悟の上に成り立つ美意識を求めてほしいものです。秘すれば花というような心意気も欲しいですネ。
July 28, 2009
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気にし出すと、ひっきりなしに気になる。そしてついつい触ってしまう。大人ニキビは、若人のニキビよりも根を持ってしまいますから、できるだけ触らないを言い聞かせます。 汗をかくと、お肌は思っているより敏感になっていますから、大人ニキビがすぐにできる環境と言えます。 本来、お肌の表面はある程度の雑菌で保護されていますが、汗をかくと、それを洗うという行為がついつい頻繁になってしまいがちです。 その結果素っ裸の状態になってしまい、敏感!という結果になります。 ちょっとした雑菌が毛穴に付着していたずらをします。 そして、痒いという感じも何時も以上に感じるので、ついつい触ってしまう。 その結果、湿疹に発展。 さらには、それが気になると、根を持ってしまうという循環。 くれぐれも、汗は洗うではなく、湿り気のあるもので押さえ取るという処置を。洗うは夜の洗顔一回にする。 今季のいる作業ですが、美の追究はガマンとの戦いかもしれませんネ。
July 28, 2009
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直接観ることはできませんが、外側は鏡を使えば確認できますネ。 ですから、自分にその気があれば、いつでも確認できる訳です。 じゃあ、だからといってひっきりなしに確認をするのかといえば、そんなバカなことは言いません。 自分である程度の時間わ使いこなしているはずなんですから、忙しくさえなければいつでもできますネ。 適度というバランス感覚を身につけておかなければ、異常事態ということにもならないとも限りませんから。どんなことにも適度が要求されます。 それは最適という場合もありますが、まぁこんなものかが普通でしょう。病的に美を追究なんてことはあり得ません。健康的であってこそ初めてキレイという表現が似合います。自然の中に生きているということの意味を承知して、自分の身体の異変に気がつくくらいの当たり前の感性を養って、その上に美の意識を培っていくことを努力する。目先だけのことに捕らわれず、できるだけ自分の将来予想をしながら、今のことに対処するという普通になってもらえれば、美の適度は必ず手にはいります。
July 28, 2009
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が正常に働いている時は、新陳代謝も順調ですが、なにかしらのストレスを感じることによって、その変調をきたした時は、新陳代謝すらも変調をきたしてしまうことがままあります。分泌する汗と皮脂の関係の適切さですネ。その他にも要因としては、自分で洗いすぎたり落としすぎたりして、正常な分泌の状態をくずしてしまうケースもありますネ。 お風呂に長く入りすぎたり、一日何度も洗ったりなどなど。適度という言葉は、何を根拠にするのかは、自分で決めるしかないのですが、それを考えなくて、気分で自分をコントロールしてしまう場合が多いですネ。気分ではなく、身体の信号を感知してそれに対応することを考えるという時間のかかる作業が必要です。 ウンザリするかもしれませんが、時間が掛かるのがお手入れです。
July 28, 2009
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大丈夫なのか・・残念ながら必ずしもそうではない。空気の環境や、自分の体調、俗に言うストレスなどで、お肌のコンディションは安定することは無い。 一日の内でさえ、朝から寝るまでの間に何があるのか判らない。 そんな状況でのコンディションづくりなのだから、絶対は無いに等しい。 それでも丁寧に自分を観るという意識を持つことで、自分で調整はできる。 つまり、自分でしかコントロールはできないということではありますネ。
July 28, 2009
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はお肌が一枚ペローンと代謝するということではありませんから。細胞がランダムに代謝するので、洗顔を一様にするという理屈は変ですネ。つまり取れる部分と取れない部分が混在しているのがお肌です。従って、モノでペローンと取るという発想そのものに無理があります。自然に変化しているものに強制はダメですネ。自然に取れる部分は取れるし、そうでない部分はその次の機会にと考えるべきでしょうから。手に石鹸をつけて、手のひらでよくすりあわせると白い細かな泡が必ず出来ますから、先ずはそのようにします。 そして手の使い方として、指先の自由に使える部分を使わずに、指の付け根辺りの不自由な場所を主として使い、目の回りや生え際などの細かい部分は指先を使うくらいで、不自由な部分でする事は、自然に取れる部分を自然に取るという作業に向いてます。つまり強制的に洗うのではなく、自然に洗える事を考えることが丁寧ということになりますネ。手をちゃんと使いこなすことは手を道具として考えれば妥当な事なんですネ。洗えばいいってもんじゃなくて、丁寧に洗う術を身につけることができれば、将来的にキレイを手に入れることができるはずです。モノに頼る前にこういうことをマスターすべきでしょう。私にいわせれば、化粧品は大同小異ですから、気に入ればなんでもいいと思っています。説明と内容をよく確認すれば、間違った買い物をしなくてすむと思います。
July 27, 2009
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単に洗うにはとどまらないのです。どの様にあらうかが問題なんですネ。将来の自分の為ということを肝に銘じてほしいものです。ある程度中年の人もです。諦めずに自分の将来を目指してください。そこそこの年の人は、今の自分の状態をキチンと認識することから始めましょう。つまりもう遅いとか、どうせとかは存在しません。努力は必ず報われるものです。たかが洗顔。されど洗顔。つまり基礎なんですネ。その基礎をちゃんとできないでキレイは手に入りません。私は一年に何度もこのテーマを取り上げますが、なかなかと言うことを聞いてもらっていないような気がしているからです。地味なことですが、ひとつひとつを大切にするしか美の追究はあり得ません。
July 27, 2009
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する時のパターンで、答えが決まっていて、その答えの後押しが欲しくてするというのが一番多いと思います。 が、受ける側は、意外に無責任が多いので、その通りの反応をするもんですネ。つまり、一人芝居を演じている様なものになりますネ。本気で人のアドバイスをしんじられないのなら、そんな顔をしなければいいのにと、私は真剣に思っている人種です。多分、このまま行くでしょう。美容以外はなんでもありの人生ですが、ひとつくらいはこだわりたくてです。最近は、私だけのこだわりでもいいや。なんて思っていますが。もうすぐ八月になりますネ。 お盆が来れば夏は終わりです。つまりお肌の奥ではそのような対処をしているわけではないのですが、夏の間の洗いすぎなどの結果が、自分で思うより、出てきますネ。単に表面のことだけではないので、丁寧に観察をしていくことをお勧めします。
July 25, 2009
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昨日までにあった事は、取り返しのつくものが少ない。 と言うよりは無理。常に今の今を真剣に生きるしか、過去を完全にする事はできない。明日の為に、今を。明日というのは、短い目先だけの事ではなく、10年、20年先までも視野に入れてのことです。つまり正しいことであれば、一生の宝といえるのではないでしょうか。ちゃちなことに捕らわれず、自分の眼を養って、よりよい美の元をみつける毎日を送れる様努力しましょう。 ガマンしたり、努力したりの繰り返しの中にこそ、自分で気がつかない宝が眠っています。
July 24, 2009
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その人の心の中に存在するものです。その人が願えば叶うし、思い抱かなければ偶然にしか手にはいらないものです。意識して、努力して、ガンバッた人だけが手にできます。が、持って生まれる人もいます。その人は努力も、ガンバリも要らないというふうに思われるかもしれませんが、心は、必ずしも外見から生まれるわけではありません。内なるものと外なるものは一致させることは難しい場合が多くみうけられます。それをできるのは、やはり、その人の心しだいということになるのですネ。私の営業の看板には、美容相談は要予約ですが、無料ですと記しています。三ヶ月くらいになりますが、ただの一人も相談にはみえていません。ガッカリもしていませんが、見えにくい場所の看板(手書きのチャチなもの)だから、目もくれてもらえないのかもしれませんが。私は、こんなことをしながら、気長に待っています。ほんとうにキレイに成りたい人を。
July 21, 2009
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どうしても、なにかが流行ると、それに流される人がいる。だからながされていくと書くのだろうが。何時の時代になつても自分を見失わないという確固たるものを持って生きて欲しい。それはすなわちキレイに匹敵するものだと思う。木に幹がありそれに枝葉が出る様に、確固たるものは根元を成すものとあるはずだから。昔の映像や写真などで、その時代が判るが、何時の時代にも、かっこいいやキレイな人はいた。それは、その人となりが反映されているからで、とりつくろってはいないからだと思う。
July 21, 2009
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演出する人、参加する人、その祭りを観る人、そしてそれらを陰で支える人。いろんな人がその瞬間に同居している訳だが、それらのそれぞれの人は、皆一様にその人自身は主役をしている。日頃の積み重ねが、その瞬間にだされていて、その人をキレイに彩っている。が、それをその様に感じる人がどれほどいるのだろうか。美とは、そのようなものなのではないだろうか。つくって美を見せることは簡単なのだ。つくったという意識のない美もあるということを理解する人がどれほどいるのだろうか。私は、きのうその夏祭りに参加させていただきながら、そんな事をかんじました。毎年、参加はさせていただいてはいますが、初めてその様な感じ方をしました。多分、いまブログに発表することが楽しいとかんじているからかもしれません。ブログを更新しなかったのは、頭の中がグチャグチャしていたから・・言い訳ですネ。しかし、頭の中がスッキリしていないと、キレイな心になれないというのは本当だと思っています。そんな時に何かを発表しても、決してキレイではないなとおもってのことです。私も生きていますから、いろんなことがあります。できるだけ良い結果を出す努力はしていますが、他人が絡むとそうもいきませんから。そんな時はジッとガマンの子をしています。キタナイよりもいいかなと思いますから。
July 20, 2009
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実力以外のことはできはしないので、いかほどのものやらとは思いますけれどネ。これからも研究努力をつづけていくつもりではおります。美の追究は永遠ですからネ。
July 19, 2009
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すごく美味しいレストランがありました。しかし、その店の薄汚れた雰囲気は誰の目にもいただけないものでしたが、とにかく美味しい。だから、その味に、その他の条件はまったく気にならないという。で、シェフに何故こんなに美味しい料理ができるのかを尋ねたら・・このペンダントをしていると、誰でもできるんですよ。 との返事。 だったら、そのペンダントを譲って欲しいというと、後悔するから止めたほうがいいですよとの答え。でも、そこをなんとかと頼むと、だったらいいですよと譲ってくれた。 喜んで料理を作って食べてみると、なんということはない味。 変だなと思いながら友人にたべさせると、大絶賛する。ほんと??と聞くと、どうしたらこんなに美味しい料理ができるのかというではないか。で、あとはこのくりかえし。まぁ近い話という訳ではないのだが、私は自分を観ることはできないもどかしさを常々かんじている。自分の感性で、人をよりよくすることはできるのだが、自分はそこそこで手をうたなくてはいけない。 目でみて対処することができないのだからしかたがないのだけれど。どの施術も、他人にはできるのだが、自分にすることは限度がある。はがゆいけれど、人生こんなものではあろうかと。
July 19, 2009
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は、何物にも代え難い宝物とも言えます。 が、それを維持することはできません。だから、そのことをよく観察をして、ポイントをみつけられれば若くいることはできますネ。ただし、限度がありますから、それに上乗せしていく努力が要るということですネ。日常生活の中にさりげなく自然に取り込むことで身体の柔軟性やお肌のハリなどは、それなりに維持できるでしょう。問題は性格ですネ。 これだけは努力で維持をしなければ・・どんどんとかたよったものになってしまいます。 つまのり経験によって偏屈になるということですから、ただしい指針をもたなければなりませんネ。
July 18, 2009
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つまりそろうほどによりよいということになる。自分に都合のいいことだけをよしとするのではなく、努力が必要であっても、自分に必要とみとめられるのなら、とりいれて、自分をよりよく保つ。こんに部分も心技体というる境地に近づくことになるでしょうネ。楽をして手にいれられるものは、必ずしも自分の為にならないとはいいきれはしないが、その確率は低い。目先のことだけに捕らわれず、自分の為になることを手に入れられる自分をつくることからはじめましょう。
July 18, 2009
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あふれるほどあるけれど、何を信じるかはその人にゆだねられる。だから、検証をしながら自分で確かめるしかないのが正しいが、そんな暇も、お金もかけたくないということで、口コミが利用されるが、個々人の情報ほどあやふやなものはないのだけれど。まぁ、こんな話題はどこまで行っても結論はでないでしょうから、飽き飽きしているもしれませんネ。最後に残るのは、本物と相場は決まっているけれど、時間がかかる。あきらめずに自分を信じ続けることこそが一番なんですけどネ。人心操縦が何事も世間のきほんになっているということを、よく認識して心してかかって欲しい。
July 18, 2009
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ついつい洗いすぎてしまうことがあるかと思いますが、そこはガマンですネ。ゴシゴシ洗えば気持ちはいいでしょう。 その繰り返しは秋口になってしっぺ返しが来ると考え、ガマンすることが肝です。お肌は思っているより弱いし、思っているより強いのですが、状況によります。今の空気の環境は両極の一端にあります。 つまりおもっているよりも身体は異常事態にあると考えてもいいと思います。 水分の補給をしてあせをかいてということは大切ですが、気持ちいいという状態は、思いのほかお肌に負荷をかけます。心して乗り切りましょう。 わずか二週間程度のことですから。
July 16, 2009
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自分にとってのことで、きまりがある訳ではないのですネ。自分にとって、このくらいがベストだなと思えるくらいが適度の度合いをさします。人と比べる必要も無く、ましてや他人の評価ほど当てにあらないものはありません。最終的に判断をするのは自分ですから。過ぎたるは及ばざるが如しに成らないようにがんばりましょう。自分の本気度をしることも大切ですネ。
July 15, 2009
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そんな簡単なことすら出来なくて、何を求めようとするのか?目標があるとするならば、先ず自分を観るという基本を大切にしなければいけないのでは。小手先のテクでキレイというイメージを手にしたとしても、それは取って付けただけのものではないのか。自分にとって何が必要なのか、どうしたいのか・・などといった分析をきちんとしなければではないのか。情報に右往左往するのではなく、自分自ら情報を発信するくらいの気概があってもいいのではないか。ちょっとしたことの積み重ねが自分を作る最大の力だということを信じてって欲しいと思う。
July 14, 2009
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本物でさえ、流行という名のもとに追いやられる場合すらあるのが人の心のあやうさなんですネ。本質身に付いていない場合の人の心の上の空さ加減です。情報に翻弄されていても、自分では、それが一番だとしんじて、その様に振る舞っているだけで、何も考えもせずにやっていることに気がつかないのが不幸ですネ。ちいさなことをこつこつと積み上げるだけでいいのに、何段飛びかをしてみようとこころみてしまう。そんな不幸なことをしてしまうことに成るでしょう。
July 14, 2009
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という言い方は変かもしれません。商品の外見と言い直します・・。化粧品は好きです。 が、そのもののあるべき姿があまりにも商業主義になったことへの心の痛みを感じざるを得ない自分がいます。時代とともに変化を遂げる・・いいことですが、それは本当ではなくて、表面を変えるだけのイミテーションと思えます。 たいした進歩がなくても新製品という名のもとに発表しつづけなければ、おいていかれる。 それが怖くて、見た目を変えて、あの手この手と。ではなくて、本当にいいものや、使えるものをいつまでもつづけるのがただしいのでは。 しかし、それでは商売にならない・・つまり売りつつづけなければなりたたないというだけのことですネ。いいものは、宣伝などしなくても売れる・・。これが真実なのですが。これだけ情報があふれてしまうと、かえってそれが邪魔をするようになってしまっていますネ。固有名詞であれこれと言うことはしませんが、なんでも化粧品になってしまう現在は、真実が病みに葬られているようにも感じますネ。
July 13, 2009
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