ヒーリング・カウンセラー溝口あゆかイギリス便り

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2009年07月02日
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さて、今日はコメントにコメントさせていただきます。コメントありがとうございます!長いので、少し省略させて頂きました。

今、私はそのような状態にあります。いくらがんばってもうまくいかない状態が何年も何年も続くともう立ち直れないほどの精神状態になります。<略>こんな状態で生きる事の意味がまったくわかりません。いつかいつかと思っていたことはなにひとつ叶わず、私は私のことを嫌いになりつつというか、もう嫌いなのですね。みじめな状態になっても、それでも自分を愛するなんて、なんで、そんなむずかしいことをしなくてはいけないのしょうか?<略>眠る時にいつも絶望の中で眠り、息を止めたり、首をしめたりしたこともあります。どこに、どこに、希望があり、そんな自分を認めて、好きになれるのでしょうか?

幾人の方が、とても暖かいコメントをこのコメントに寄せてくださいました。大変感謝いたします! このような訴えを聞くと、みなさん自分にも思い当たることがあり、苦しいだろうな、辛いだろうなと感じられることでしょう。

私もなんとか希望が見える出来事があれば、さぞかし救われるのに・・と心から思います。と、同時に、こういう暗闇にいる状態で「今、ここに愛があり、幸せがある」というスピリチュアルな教えにどうしたら気づけてもらえるのだろう?とも思うのです。

具体的にどういう状態を望んでいて、なにがうまく行かないのかが分かりませんので、この方へのお返事はできませんので、一般論のお話をさせてください。私たちは、うまくいかないとか、何かが叶わないとか、たいてい状態のせいで自分は苦しいと思うものです。

しかし、くり返しになりますが、私たちを苦しめるのは、状態ではなく、状態に対して自分が抱く思いなんです。状態を解釈し、その思考から、また別の思考が枝葉のように生まれ、その思いが、私たちをがんじがらめにしてしまうんですね。

状況を変えたいと思うことは、良いことでも悪いことでもなく、たんに私たちの選択です。Aという状況からBという状況へ変えたい。例えば、お金がない状況(A)からお金がある状況(B)、彼がいない状況(A)から彼がいる状況(B)、病気の自分(A)から病気じゃない自分(B)、親の面倒をみなくてはいけない自分(A)から自由になんでもできる自分(B)、などなど。

私たちは、Aを悪い状態と 解釈 、Bを良い状態と 解釈 する ことが多いと思います。良い、悪いと解釈した時点で、すでに苦しみがはじまります。そして、Bの状態が見えてきたとき、希望があると思うでしょう。でも、まったくBの状態への可能性がみえなかったら、希望はどこにあるのだと感じます。そして、その状態が何年も続けば、たぶん、天を恨んだり、自分に腹を立てたり、ひがみぽくなったり、とにかく苦しい状態になるでしょう。

そして、ここがものすごくシンプルで、でも、ものすごく難しいところですが、 Aの状態もBの状態も、愛(幸せ)はそこにあり、完璧だということなんです。 ただ、私たちはAの状態のとき、愛を感じられず、また完璧さを見ることができないんですね。

私は、多くのマスターが「すべてのことは、あるがままで完璧である」というのを聞いたり、読んだりして、わかるようで分からないとずっと思ってきました。“でもでも、幼児虐待や貧困、戦争やテロはどうなの?”と思っていたのです。しかし、最近ようやく分ってきたのは、私は状態にこだわり、良い悪いと頭で解釈しているために、思考をはずして、その状況や関わる人々を無条件で愛することを忘れていたのだということです。

ある日、私はパートナーの息子と話をしていました。部屋はだいぶちらかっていて、足の踏み場もないなかで、彼は、欝の苦しさと絶望感にうなだれていました。私は、部屋がちらかっていることも嫌でしたが、彼が鬱であることがずっと嫌でした。ただ、彼のことが好きでしたので、それをあまり意識していませんでした。どちらかというと、なんで、普通の明るい若者じゃないんだろう?と憂いていた、という感じです。

どうして、それがどう起こったかわかりませんが、話をしているうちに、私のなかから溢れるような彼への愛おしさが突然押し寄せてきたのです。涙が溢れて止まらず、気づかれないように拭いましたが、すぐに溢れてきます。そのときに、この子は、このままで良いんだとはっきり感じたのです。本人は、うつむいてうなだれていますから、普通に見たら良いはずはないのですが、それでも良いんだ、これで完璧なんだとはっきり感じたのです。

ちらかっている部屋に目を移すと、それはもうなんの意味もなく、ただものがそこにあるだけで、それで完璧なのだとやはり感じました。このとき、多くのマスターが言う「すべては、ありのままで完璧だ」という言葉と、「愛がすべてである」という意味が分かったような気がしたのです。私が私のなかにある無条件の愛を感じられたとき、そのときにすべてが愛で、ものや私たちは愛が形を変えたものだと感じました。

さて、状態を変える必要がないと言っているのではありません。変えたいのなら、どんどん変えれば良いし、変えようとしても変らないのであれば、やり方を変えるか、自分が気がついていない思い込みがあるはずなので、それに取り組むと良いでしょう。

ただ、書きたかったことは、 ある状況にならないと幸せは来ないということではない、ということなのです。幸せは、起きたり、どこから来たりするものではなく、今ここにあることに気づくことなのだ、 ということです。

無条件の愛は、つねに私たちのなかにあり、それが減ったり、消えたり、絶えたりすることは決してなく、そして、私たちが無条件の愛を感じた瞬間は、そのときどんな状態に私たちがいようとも、それは素晴らしい瞬間、時になります。

今、彼の鬱はよくなるべき(条件)といった思いが、まったくなくなり、私自身がとても楽になりました。そして、彼に対して愛おしい気持ちが何倍も増え、それを感じたのか、ポジティブな気持ちが彼のなかにも芽生えてきました。

スピリチュアル心理学のベースにしている奇跡の学習コースに、「奇跡とは、私たちを愛から遠ざけているブロックを取り去ること」とありますが、私たちの思い、期待、心の傷、心の飢えといったブロックが取れると、そこにあるのは、永遠に広がる無条件の愛だけなんですね。ということで、やっぱり、自分を見つめて、思考のブロックからはずしていくと良いかもしれませんね。ハート






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最終更新日  2009年07月02日 17時46分33秒
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