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☆楽天ブログでデフォルトの文字サイズを変える方法(今さら)最近、視力落ちたのか楽天ブログの文字が、ちっちゃく感じるんですよね~。前からこうだったかは、思い出せない(笑)小説については、フォントサイズ指定してたんですが、自分が過去に書いた雑記とか見返したら、あれ?こういうサイズだっけ?と。(iPadからは、まぁまぁ大きめに見えるので、環境によりけり、ですが。)もちろん日記を書くときに、文字サイズを大きめに指定すればいいんですけど、一回一回めんどうって場合は、初期設定をいじればよいことに、今さら気づきました。☆自分用メモ☆ブログ管理画面→「デザイン変更」→「デザイン詳細(上級者設定)」→「メインの文字の大きさ」メインの文字の大きさが、初期設定では「小」になってたので、「中」に変えたら、自分的に読みやすくなったぜ!というお話。
2017/03/30
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物見塔から続く回廊を、整然とした軍靴の列が進む。先頭をゆくアルブレヒトの周囲に、フォルクマールを含め女王の騎士たち。最後尾のティアナは、愁いを含んだ薄灰色の瞳を意識して前方に向けた。かつてはユベール率いるザンクトブルク竜騎兵隊の、濃紺の制服に身を包んでいた彼女も、騎士の一従者に戻った。おもむろに、回廊の分岐点で敵兵と遭遇する。宰相軍の歩兵隊――だが十名足らずの小隊では、足止めにもならない。片を付けたアルブレヒトがサーベルについた血を払い、騎士たちに命じると、各々が散っていく。ティアナが小さく息を吐いたときであった。「っ!」背後から口元をふさがれ、柱の陰へと引きずり込まれる。身をひるがえし拘束を解こうとした彼女は、今度は驚きで声を失った。「静かに・・・頼むよ。」そう言って彼女を解放したのは、赤毛のテオドールだ。「テオドール様っ。貴方と陛下が姿を消したと大騒ぎで。今だって皆、陛下の捜索に。」テオドールは険しげな表情で、アルブレヒトを見つめる。黒獅子の隣には将校らの姿があり、側を離れる様子はない。テオドールは、ティアナの肩を引き寄せた。「お前、陛下のために尽くせるか。」「え・・・」「陛下とアルブレヒト様を救うために。皆のために。お前に託してもいいか。俺が行けば騒ぎになって、陛下の御心が無為になってしまう。だから俺の代わりに伝えてくれ。」他の誰にも気づかれぬように。「アルブレヒト様おひとりで来てほしい。陛下のもとへ。」* * *フィアノーヴァ城の北東に造られた、ささやかな庭園。元はよく手入れされていたのだろう。遊歩道の敷石は黄味がかった温かな風合いを残してはいるが、繁茂する緑にのまれかかっている。往時のように咲き誇るのは、紫色のヤグルマギクの花弁。だが今は花々を踏みしだき、歩哨たちが警戒の色を強めていた。最奥にある東屋から地下へと延びる階段の先は、アーチ状の伽藍をもつ小ホールであった。壁に備え付けられた古めかしい照明たちに照らされ、レティシアはさらさらと流れる水音に意識をひたしていた。中央通路の両側には、幾何学模様に組まれた水路。穏やかな流れが、幾多の泡沫をくり返し生み出す。宰相の軍に水利施設を破壊され、城内の水は枯渇しかけていたが、この水路は空間内部で循環しているのだった。迷いが胸をよぎる。テオドールと共に、宰相軍のもとへ身を投じる道もあっただろう。だが、それでは――やがて、折り目正しい靴音が響く。よく耳なじんだ音だ。仄暗い闇から、アルブレヒトが姿を現した。周囲から、あらゆる熱が消え去ったような錯覚。彼の黒衣は、穢れを隠してしまう。だが銀色の髪や彫像のような白い肌には、いまだ乾かぬ返り血が鮮烈な痕(あと)を残している。しばし主君と視線を交わした彼は、静かに跪(ひざまず)いた。「アルブレヒト――」遠くから、爆音が立て続けに響いた。「戦いの、大勢は決したのでしょう。」女王の言葉にも、アルブレヒトは沈黙を貫く。「テオドールから聞きました。落城となれば彼らが敵陣に斬りこみ、私と貴方だけは脱出させると。でも城外を幾重にも包囲されて、まして私を連れて、貴方であっても突破など出来るはずがない。」視線を床に落とした黒獅子の騎士の姿は、恭順にも拒絶にも見えた。女王は、つとめて感情を抑制する。「私と、フライハルトの未来のために、貴方は尽くしてくれた――でも、アルブレヒト。貴方の戦いは、終わった。」しじまに耐えながら、女王は返答を待った。アルブレヒトの決断がない限り、騎士たちが戦いを放棄することはない。「抜かれた剣を、貴方ならば鞘に納めることもできる。貴方に従った皆を、死なせないで。テオドールやティアナ・・・いいえ、この城にいる兵士すべて。私と貴方が、共に守るべき者たちなのだから!」* * *一方、ユベールと竜騎兵たちはヴァレリーの残した言葉に従い、北へと歩を進めていた。城の背後にいかめしくそびえる、峻厳な峰々。じきに、日が陰る――しかし彼らの行く手を遮ったのは、敵方のバリケードだった。路地が荷車やら樽やらで封鎖され、数名の守備兵も配置されている。レオが低くうなった。「建物の通路を抜けて、向こう側へ出ることも可能ではありますけど。」「レオ、あんなバリケードを、さっきも見たような・・・」「確かに、城の西側にも何か所か。」「――分隊長、急ぎ伝令を!バリケードの制圧を優先せよと!」狭い城内の通路を塞がれ、火でも放たれれば・・・兵士たちは逃げ場を失ってしまう。その時、巨大な爆音が上がった。振り返ったレオの目に映ったのは、窓という窓から炎を吹き出して燃える、主塔の姿。「くっ・・・」あの中に、敵味方どれだけの者たちがいるのか。だが、感傷にひたる余裕はない。おもむろに銃声が連続して響く――もっともそれは、彼らを狙ったものではなかった。数フィート先の建物の陰から、一人の男が追い立てられるようにして姿を現した。続く一発に足元を撃ち抜かれたか、膝から崩れ落ちそうになるのを耐えて、ようやく路地に身を隠す。「テオドール!」ユベールが引き留める間もなく、レオンハルトが男に向かって飛び出していた。かつての友人、騎士テオドールに駆け寄ろうとしたレオの、肩先を銃弾がかすめる。彼らを遠巻きに囲むように、敵兵の一軍が展開する。指揮するのは、真白い軍装に金色の長い髪を束ねた騎士、フォルクマールであった。なぜフォルクマールが、同じく女王の騎士であるテオドールを狙うのか。事情を理解できたわけではない。ただ反射的に旧友――グストーに使えて以来ずっと反目しあってきた、失った友情の名残が、レオの背を押してしまったのだ。「これは、天の配材とでもいうのでしょうか。レオンハルト・・・それに、ローレンツ大尉。」フォルクマールは、常と変らぬ涼しげな眼差しを崩さない。「陛下は・・・」苦心して息を整えたテオドールが呟く。「誰もこの先に、行かせるわけには・・・陛下には時間が必要なんだ。あと少し・・・」ユベールは周囲に視線を走らせ、状況を読み取ろうとする。敵は軽装の小隊規模。軍衣からして近衛の歩兵隊であろう。決して厄介な相手ではないが――ユベールの知る限り、フォルクマールは怜悧な策謀家であり、同時に王国の体制護持を最も強硬に主張する男だ。この期に及んでも、彼の脳裏に降伏の文字はあるまい。一方のフォルクマールも視線をユベールに移し、何事かを探っている。ユベールが静かに、剣を握り直した。その姿に、フォルクマールもサーベルを抜き放つ。「アルブレヒトも、酷なことをする――その左腕は、もう動かないのでしょう。自由のきかぬ体で、敵地に乗り込むのも大概だが。」言い終わらぬうちに、フォルクマールの鋭い切っ先がユベールの喉元を捕えようと迫る。間に入ったレオンハルトが、その剣を受け止めた。フォルクマールは、優美な口元に侮蔑をにじませる。「おやめなさい、レオンハルト。実戦経験もない君が、宰相の「騎士」など務めてこられたのは、ブランシュ伯爵家とアルブレヒトの威名ゆえだと分かりませんか。」流れるように繰り出される剣に、かろうじて合わせていたレオも、徐々に息が上がり歯を食いしばる。力任せに弾き返し、わずかな距離を取って構えを整える。「・・・もう勝ち目はないのに、騎士の名誉やら面目やらって、皆を死なせるのか。」「国のありさまを、正道にただす――アルブレヒトの使命に殉じるのが、我らの役割だ。」「あんたは・・・!」レオンハルトの一太刀を、フォルクマールは高い位置で受けた。言い尽くせぬ憤りに、レオの頬が歪む。この男の心には、レティシアの望みも苦しみも響かない。「そんなもんが、女王の騎士かよ!」* * *――あれはレティシアの戴冠式の日。まだ15の少女がフライハルトの女王となり、彼女に仕える8名の騎士を叙任した。ブランシュ伯爵家にとっては、アルブレヒトが至上の栄誉である「黒獅子の騎士」の名を戴いた晴れがましい日。長いこと地方に送られていたレオも、この日ばかりは王都に呼び戻され、ブランシュ家の一員として宮廷に入ることを許された。「レオ・・・?レオンハルトなの?」「姫様!い、いえ、レティシア陛下っ」晩餐の席で思いもよらずレティシアから声をかけられ、レオは動転しながら胸に手を当てお辞儀をする。遠い昔に別れたきりの、幼なじみ。「よかった。もうずっと手紙のやり取りばかりで――会いたかった。」高雅に、まばゆいほど美しく成長したレティシアの姿に、臆してしまいそうだった。「俺も・・・あの時の誓いは、忘れていませんよ。」さすがに騎士にはなれなかったけれど、と彼は気恥ずかしさから付け加えてしまった。その時のレティシアの複雑な、どこか悲哀を含んだ表情に、レオはずいぶん後悔したものだ。余計なひと言で、せっかくの再会に気まずい思いをさせてしまったと。だが今思えば、既にレティシアは王家の騎士という存在に、齟齬を感じ始めていたのかも知れない。「陛下、次のご予定が迫っておりますので。」アルブレヒトが二人の対話を遮ると、彼女は唇だけで「また会いましょう」と言って寄こした。着替えのために支度部屋へ向かう途中、アルブレヒトは感情の乏しい声で言う。「これからは一層、ご交友の相手も吟味せねばなりません。」彼の襟元は、新たな徽章で飾られている。黒獅子の騎士――まだ幼かった頃は、いつか自分と無上の信頼で結ばれる相手だと、純粋に誇らしかった。「アル・・・教えてほしい事があるの。」「私にお答えできることであれば。」「父上の黒獅子は、どうしているのかしら。」レティシアの父、亡き先王に長く仕えた黒獅子の騎士。彼女もよく知る男は、今日の戴冠にも叙任式にも姿を見せなかった。「あの御方は私に訓育を授け、務めを果たし終えられました。」「・・・それは、答えになっていないと思う。」騎士の叙任と違い、黒獅子の継承は王家も立ち入れない秘儀だという。アルブレヒトは歩みを止め、前方を見すえたまま言う。「フライハルトの黒獅子は一旦その座を受け継げば、生涯を主君にのみ捧げる。そして、この国に黒獅子は二人と存在しない。そういうことです。」* * *「――貴女はご自分の言葉の意味を、ご承知なのか。」重い口を開いたアルブレヒトの言葉に、抑えきれぬ憤りがにじんだ。「我らは、この戦いを降りることはできぬのです。陛下の考える変革が成功してしまえば、この国の秩序が崩れる・・・民が力を持ちすぎる。いずれ彼らは、フランスのように共和化を求めるやもしれない。グストーの目論見は、陛下の主権をそぐことに他なりません。」レティシアは彼に向かって差し伸べかけた手を、胸の前で結んで静かに下した。「アル・・・貴方のいう通りなのかも知れない。私の治世か、その先に、フライハルトが王の統治を必要としない――そのような時代が来るのかもしれない。でもそれが国を救うことになるなら、受け入れようと決めたの。」「陛下!」「これが私の本心。誰かに欺かれてのことではありません。」長い沈黙の中で、人工的なせせらぎの音だけが響く。薄明りのゆらぐ空間で、影がうねる。ようやく口を開いたのはアルブレヒトであった。「私にも背負うものがある。黒獅子の使命は、王権に仇なす者を排除すること・・・お分かりになりませんか!だから、だからこそ、貴女が“正気”だと認めることはできぬのです。王家の解体を容認するような――それが本心だというなら、私は・・・」アルブレヒトの手が腰に佩(は)いたサーベルへと伸び、柄がくい込むほどきつく握る。彼の中で、何かが音を立て軋(きし)みはじめていた。「陛下・・・私たちは、互いに深く踏み込みすぎたようです。」そうなのかも知れない。歴代の君主と騎士たちのように、ただ誓約に忠実でさえあれば。これほどの辛苦を与え合わずに済んだだろう。「アルブレヒト――」自分が男であれば、これほど長い時を共にしていなければ・・・彼がアルブレヒトでなければ、感じずに済んだのかもしれない。己が愛する者の、自我と誇りを砕いてゆく音を――「・・・っ」アルブレヒトはサーベルを抜き放ち、逆手で振り上げると石畳の床に突き立てた。破砕した切っ先が、光を反射しながら散る。女王に背を向けたアルブレヒトの、かすれた低い声が告げる。「参りましょう。戦いを終わらせることが、ご命令ならば。」レティシアは言葉が見つからず、ただうなずく事しか出来なかった。彼女は地下道の扉を見上げる。あの扉を抜ければ、アルブレヒトは・・・騎士であることを手放し、咎を負うのだ。先に立って進んでいたアルブレヒトが立ち止まり、振り返る。「一つだけ、陛下にお聞き届けいただきたい事がございます。」しばらくのためらいの後、男は言葉をつなぐ。「陛下はフォルクマールに疑念を持たれておいでなのでしょう。確かに王室裁判の一件で、あの男は宰相を陥れようと企んだやも知れません。しかしそれは、私をかばうためでもあった。」「貴方を、かばう・・・」「エグモント殿下の銃が暴発するよう細工をほどこし、狩猟中に葬り去ると・・・」灯火に照らされたアルブレヒトの白銀の髪には、緋色の飛沫が無数に散る。その光景は、忘却を許さぬ忌まわしい記憶を呼び起こす。「企てを認め遂行を命じたのは、私なのです。」むせ返るような、強い血の匂い――あの8年前の日、失望と怨嗟にエグモントは正気を失いかけていた。妻を繰り返し打ちすえるエグモント・・・引きとめたアルブレヒトの首元に、ナイフが突き立てられようとする。「アル!!」無我夢中で夫の猟銃を抱え込んだレティシアが、銃口をエグモントに向け、震える指を引き金にかける。「陛下、なりません!」痛いほど強く、アルブレヒトの手が猟銃を跳ね飛ばした。壁に当たって跳ね返った銃をエグモントが拾い上げ、狙いをレティシアの額に定める。黒獅子の 騎士が全身で主君を覆うように、強く抱きしめる。刹那、飛び散った赤い飛沫が、アルブレヒトの銀色の髪を雨のように濡らした――アルブレヒトは、罪の告白に沈黙するレティシアの顔を見つめていた。彼女の深い蒼色の瞳には、動揺も驚愕も見て取れない。ただ静かな哀しみが宿るだけ。「陛下・・・貴女は・・・」レティシアがかすかにうつむくと、金色のゆるやかな髪がひとすじ頬にかかる。彼女には長いこと、確信があったのだ。なぜアルブレヒトは自分から猟銃を奪わず、エグモントの手に渡らせたのか。引き金を引こうとするエグモントを止めもせず、彼女の防壁となることに徹したのか。「貴女は、ご存じだったのか。私が・・・なら、貴女は・・・」エグモントの死後に暗殺の嫌疑をかけられ、執拗に糾弾されたグストーはフライハルトを去った。レティシアがグストーを引き留めたければ、真の咎人(とがびと)がいることを明かせばよかったのだ。「真実を明かされれば、あれほどの悲嘆に苦しまず済んだ。」だが女王は、アルブレヒトを守る道を選んだのだ。「私も、真実を隠し通そうと決めたの。アルひとりの罪じゃない。」差し伸べられた女王の手をアルブレヒトは拒み、後ずさるように距離をとる。噛みしめた口元から、うめくような吐息がもれる。「レティシア、もはや・・・」その先の言葉を、アルブレヒトは打ち切った。黒衣の裾をひるがえすと、彼は外界へ通じる階段を上り始めた。
2017/03/27
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(人物紹介)レオンハルト:宰相グストー(別名ジュール・バリエ)に仕える騎士。アルブレヒトの実弟。テオドール:レティシアの騎士のひとり。赤い髪が特徴。レオンハルトとは旧知の仲。~~~~~~~~~~~~~~~アルブレヒト率いる騎兵隊とユベールの衝突から遅れること半刻。宰相グストーを乗せた馬車は護衛兵と共に、戦場を目視できる距離にたどり着いていた。伝令の報告では、ユベールが深手を負ったものの陣頭で指揮を執り続けていると。「そうか。こちらの歩兵隊を合流させると伝えよ。」グストーは、そう一言だけ命じる。機というものが、戦いにはあるという。一軍の司令官が退かぬと決めたなら、それに従うのみだ。遠目に見るフィアノーヴァ城の尖塔は、白い煙をまとっている。あの煙の下では、死闘が繰り広げられているだろう。蟻の一穴となるか。城壁のわずかなほころびをめがけ、攻め手の兵士たちが攻勢を強めている。常の戦場であれば、城壁を突破した時点で白旗があがってもおかしくない。だが、あの煙の下で戦うのは、騎士という人種なのだ。グストーの向かいに座る英国公使カムデンは、ふいに首をすくめた。「交渉のきかない人間というのは、なかなか面倒ですなぁ。」いわば戦争の「仕かけ屋」でもあり、戦いの機微に精通しているカムデンにも、いよいよという時、ああいった手合いの行動原理が読み切れない。「万が一にも、ですよ。女王陛下が害されるようなことは、ありますまいね。」なにしろ相手は、近代以前の世界に生きているのだから。「大丈夫ですよ。」レオンハルトが、視線を前方の城に据えたまま低くつぶやいた。「黒獅子の使命は陛下を守護すること。兄貴は決して、誓約を違(たが)えたりしない。」***額に浮かぶ汗が風に吹かれ、ひやりと冷たい。ユベールは鞘におさめた長剣を地面に突き立て、それを支えに攻防の様子を凝視する。出血の量が少なかったのは、幸いだが。ふと彼の視界の上方に、きらりとはためくものが見えた。城内にたつ居館と、中央にそびえる物見塔をつなぐ空中回廊。距離のため、はっきりとはしないが――ドレスをまとった人影に思える。どくりと、己の心臓が音を立てた気がした。「まさか・・・レティシア様・・・?」だが彼の言葉は、ひときわ高く上がった噴煙と崩落音にかき消された。ついに、城壁の一角が崩壊した。その様子を回廊から見下ろしていたレティシアの瞳が揺れる。城内にグストーの軍勢がなだれ込んでくるのも、時間の問題だ。彼女は口元を手で覆う。(あぁ、私は・・・!)ほんの数刻前まで、彼女の望みはこの城から解放されることだけだった。だが両軍が激しく衝突する様子を目の当たりにして、彼女は己の浅はかさに震えた。「陛下、もうお移りください。」護衛役のテオドールは、女王の望みに押されて戦場を見せてしまったことを後悔しながら、レティシアの腕をとる。「陛下の御身の安全が最優先です。」「いいえ、違う!」テオドールを振り払ったレティシアは痛めた足に力が入らず、倒れこむように古い石造りの床に手をついた。優美な肩の曲線が、荒げた呼吸で震えている。静かに差し出されたテオドールの手を前にして、女王の紺碧の瞳に力が宿る。フライハルトの民同士がこれ以上血を流すのを、ただ成り行きに任せ看過などできるはずない。「違うわ、テオドール。私はフライハルトの国主。この騒乱を治めるのは、私の役割です。」テオドールが無言で唇を引き結ぶ。「私に力を貸して。お前がアルブレヒトを敬愛しているのは知っています。でも――お前が剣を捧げ、生涯忠誠を尽くすと誓った相手は誰?」簡易の指令所である居館の小ホールに、留守を預かる騎士や指揮官たちが参集していた。彼らは幾らか言葉を交わしたが、やがて中心に立つフォルクマールが結論を下す。「陛下の御身と、アルブレヒトさえ無事であれば、再起は計れる。」フィアノーヴァの城が陥落しようとも、国内にはアルブレヒトに従う諸侯や兵が多く残されている。この城を捨て、レティシアの身柄を移送する。そのために――「我らで血路を開こう。」異論を唱える者は一人もなかった。「急ぎアルブレヒトに伝令を。」騎士の一人がうなずき、ホールを後にしようとした時だった。「フォルクマール様・・・陛下が、陛下のお姿が・・・!」見回り役の兵士が声を張り上げ、飛び込んできた。レティシアが、警護を務めるテオドールもろとも姿を消したのだと。間章.鳥の死フィアノーヴァの城壁は落ちた。宰相の軍勢は城内に突入し、既に幾つかの施設を制圧したにも関わらず、城内の兵士たちが降伏する気配はない。「やはり徹底抗戦、か。」ユベールは苦々しくつぶやいた。城外に黒獅子の騎士の姿はない。崩壊した防壁から城の内部に戻り、防衛の指揮をとっているのだろう。アルブレヒトの帰還によって、むしろ守備兵の意気は上がっていた。「無駄な犠牲を、増やしたくなかったのに――」天頂にあった太陽は、既に傾き始めている。「ユベールさん!」一人の青年が騎馬で駆け付けた。援護の歩兵隊に同道してきた、レオンハルトである。「お怪我の様子は?」「・・・この通り、自分の足で歩けます。」「マスターが、くれぐれも自重しろと。とはいえ日没までに片が付かないと、やっかいですね。」起死回生をかけ、夜陰にまぎれての急襲も考えられる。ユベールはしばらく沈思していたが、やがて気心の知れた竜騎兵隊から、2個小隊ほどを選び出した。「レオ、私はこれから、城内に入ります。」「は?!いや、だからいま自重しろって言ったばかりでしょう!」「フライハルトの騎士が、追い詰められたといって易々降伏すると思いますか?膠着を長引かせるわけにはいかない。あちらも命がけ・・・なら、我々も覚悟を決めなければ。」次の機会などない。レティシアを奪還するか、敗北か。レオは天を仰いで何かぶつぶつと口中で呟いていたが、意を決してこう言った。「だったら、俺も行かせてもらいますよ。えぇ、俺のでかい図体は弾よけにうってつけだって、よくマスターにも褒められるんですからね!」ユベールは抜き身の剣を片手に、崩落した石壁をこするようにして城内へと抜けた。内部の構造はレオンハルトから伝えられていたし、彼自身アルブレヒトに囚われた折、ある程度の観察はしていた。だがレティシアの居場所は把握できていない。中世のままの姿を残したフィアノーヴァ城は、敷地内に幾つもの塔や建造物が林立している。火薬塔、兵舎塔。いたるところで攻防が続いていた。敷地の南東にそびえる主塔は、防御の要石。4層構造の塔の入口は地上15フィート(約5メートル)にあり、巨大な木製の梯子(はしご)がかけられている。いざという時、その梯子を落とせば容易に攻めることのできない、最終防衛施設となる。だがその梯子はまだ健在で、敵兵の配置が多くないことをみても、レティシアがそこにいる可能性は低いだろう。中央のひときわ高い物見塔に隣接した、城主たちの居館にユベールは目星をつけた。かつて彼自身が、その一室に囚われた場所だ。建物の中には、侵入した歩兵と応戦する守備隊、逃げ遅れた数名の女たちの姿。「イルゼ殿・・・!」レティシアの侍女であるイルゼがその中にいたが、帯剣したユベールの姿に彼女は震え、ただかぶりを振るばかり。そこでも女王発見の報告は、まだない。中世の建築物は内部が狭い一方、思わぬところに隠し部屋や通路があり、くまなく捜索するには時間がかかる。ここまで指揮官級の将校や騎士の姿すら見えないことに、ユベールは焦りを感じ始めていた。彼の意識は、廊下でつながれた物見塔へと移る。入口付近に、引きずったような真新しい血痕が続く――ユベールはレオに目くばせすると、慎重に歩みを進めるが――「ローレンツ・・・」おもむろに名を呼ばれ、ぎくりとした。三方を高い壁に囲まれた、奥まった空間に何者かがうずくまっている。黒い装束に、頭部を覆う奇怪な鳥型のマスク。「ヴァレリー!」思わず駆け寄り、彼女を抱き起そうとしたユベールの手が、べったりと濡れる。背部に受けた銃弾の傷から、止むことなく血がにじみ出ているのだ。ユベールは言葉を失い、ただマスクの奥の黒い瞳を見つめた。「・・・あんたが来たってことは、ジュールの勝ち、だろう?」頷いたユベールに向かって、彼女はかすかに微笑んだように見えた。「赤毛の騎士が――」体を支え切れなくなったのか、ヴァレリーは床に横たわる。「騎士が、女を連れて北の小路を・・・フードで全身を隠していたけど、女王かもしれない。」「分かった。感謝する・・・さあ、君を安全な場所に移そう。手当てを――」ユベールが数名の兵を救護に当たらせようとしたが、「必要ない。」彼女は、言葉短く遮った。「君は僕の恩人だ。置いていけるはずない。この怪我だって僕を助けたばかりに――」イタリアの戦場で、フライハルトで、自分は何度命を救われたのだろう。彼女はグストーの放った監視者であり、守護者であり、交わした言葉は少なくとも、ユベールは通じるものを感じていた。「私のことは・・・そのうち、ギィ達が見つけてくれるから、」ヴァレリーの右手が、かすかに持ち上がる。常にはめられた皮手袋は、爛(ただ)れた全身の皮膚を覆い隠すためのものだ。彼女はその姿ゆえに、「人」の世とは隔絶された生に身を置くしかなかった。ユベールは彼女の手をとり、握りしめる。ヴァレリーは閉じかかった瞳でユベールを見つめていたが、ためらうように浅い息を吐き、かすかな声で問いかける。「これを外して――あんたに、触れたい・・・いい?」ユベールはヴァレリーの、意外なほど小柄な手から手袋を丁寧に外し、彼女の手のひらを己の頬に押し当てた。失われていく温もりを、引き留めるかのように。彼女の指先が、ユベールの肌をなぞる・・・それは幼子(おさなご)が、初めて出会うものを確かめる無垢な歓びに似ていた。「きれい・・・あんたは、ジュールが求める・・・」新しい、世界。「ユベールさん。」背後からかけられたレオンハルトの声に、ユベールは黙したまま頷く。ヴァレリーの手に恭(うやうや)しく唇を落とすと、その手を丁重に、彼女の胸元に置いた。落涙する自分を見られたくなくて、ユベールは顔をそむけたまま立ち上がる。「行こう。これ以上、失う前に。戦いを終わらせよう。」
2017/03/01
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