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薄っすらと明るさが増してきました。東北の朝です。昨夜19時頃に三重県津市駅前を出発したボランティアバスは、福島県を通過しました。窓の外には桜が咲き誇るところも…。三重県との距離を感じます。予定では約15時間の行程です。まもなく3分の2を経過します。(^-^)/
2012.04.27
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昨日夕刻に、津駅前にあるみえ災害ボランティア支援センターに行ってきました。今週末から始まる大型連休の第一弾の三連休を利用して、3回目の岩手県山田町への災害ボランティア活動に参加させていただくために、その出発前のガイダンスが開催されたのです。昨年度には、いわゆる“ガレキ”撤去作業中心に、支援活動をさせていただきましたが、この4月からのボラパックでは、被災された方々への精神的なケアを図る目的に活動を移行し、文化・スポーツ交流ができる団体として申込が可能になっています。そこで、教師有志で『大人も子どもも楽しめる活動』を用意してお年寄りから子どもまで工作などを経験していただきながらの交流を企画しました。27日夕刻に夜行バスが出発。例によって十数時間のバスの旅で岩手県山田町へ…。30日に三重県に戻ります。わずか4日間、現地滞在としては約1日半の活動にすぎませんが、ガイダンスでも、教えていただきましたが、現地の方々が何を望んでみえるか…。「何をしてほしい?」の問いに、?「来てほしい」「一緒に居てほしい」「長く付き合ってほしい」(忘れないで)が望まれているそうです。そうした願いに少しでも応えられたら嬉しいです?
2012.04.23
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昨年に引き続き、さだまさしさんの歌とギターをこよなく愛する仲間たちで、恐ろしいことにさだまさしさんの曲を弾き語りして、録音。CDにしてしまうという企画に参加させていただいています。 昨年は初回ということで欲張り、私のギターの腕前では難しめの曲に挑戦…(^_^;) 案の定、そのレコーディングには数時間を費やして、他の方を随分お待たせした苦い経験がありました。 そこで、今回は、スリーフィンガー(※指で弾く奏法)ではなく、ストローク(※ピックでかき鳴らす奏法)の曲にしました。 緊張で手が(指が…)多少震えても、対応出来るようにと、そうしましたが、それよりも、先の東日本大震災の後の自分の活動の中で、チャリティ・コンサートなどで何度か歌ってきた曲だから…という思いもありました。 さだまさしさんが、石川遼さんに贈った応援歌である「強い夢は叶う」 石川さんの自分の収入の多くを義援金に…という思いに共感して…この曲をあちこちで歌い…届けてきました。 そのような既にライヴでも披露してきた曲という事もあり、ギターの録音は、3テイク(3回)ほどで…ヴォーカル録りは、1テイク(回)!?で、終わりました。 OKを出すのは、基本的に本人なので…(^_^;) 「録り直ししますか?」というスタジオのエンジニアさんに、 「これでOKです♪」と答えた…という訳なのです。(笑) ☆一応解説します☆ 今までの自宅で自分で録音した際に、何度か録り直したけど結局一番最初のテイクがパワーがあったりしたので…一球入魂じゃないけど、よほどの間違いがない限り、OKにしようと考えていました。 また、この曲は歌うのにとてもパワーが要るので案外繰り返す毎に声がへたってくると考えていました。 まぁ、終了に関して周りの方の捉え方もまずまずだったので…大丈夫なようです(笑) しかし、 前回の事もあり、今日のスタジオの借用時間が夕方までを確保してもらっていて…午後は思う存分レコーディングに時間をかけていいよみたいな日程だったのに…30分程で仕上げてしまったので…その後は音楽談義に花を咲かせました。
2012.04.07
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昨日は朝から、元同僚のお連れ合いが開いてみえるピアノ教室の毎年恒例の発表会(コンサート)のお手伝いに出かけておりました。 趣味で、以前より音響効果をやったりしてて、学生の頃には先輩のバンドがライヴを名古屋のショッピングセンターでやることになった時「照明もやれ!」(※注:字だけ見ると“命令口調”だけど…(^_^;)それほど有無を言わせない感じじゃない程度の雰囲気…。) と仰せつかり、それが初めての照明担当。以来、幾度かの経験(修行?)を重ね…、今回もお声をかけていただきました。 (o^∀^o) 朝、会場(ホール)の開場から、楽器など機材の搬入作業、音響関係の準備(仕込み)など一連の舞台設営に携わった後、午前中のリハーサルに立ち会います。 勿論、午後の全ての演奏についてリハをしないそうなので…(^_^;) 多くの場合、ぶっつけ本番!?となります。 9時半頃から約2時間のリハーサル内で、各照明の照らす位置をチェック(メモり)、何番を使えば照らせるかを調べておきます。 ※一応言わせて頂くと、本来ならば照明担当は、ステージ上の楽器の位置&人の立ち位置を事前に主催者から確認を取り、ステージ頭上のライトを、その指定された場所を照らせるように位置や向きを変える作業が必要なのです。 しかし、このような会場を前日から借りたり出来ない場合、私が今回しているように…現状でどこを照らせるかを調べて利用するしかありません。 今回で困ったのは…ピアノの発表会なのに…ピアノの位置をバッチリ目立たせるライトがなく“ピアノの少し前辺り”“ピアノの少し後ろ辺り”が一番近いものだったので、全体的にふわっと明るくする照明を加え、後はピンスポットで演奏者をダイレクトに照らすことでカバーすることにしました。 そんな綱渡りもむしろ楽しみつつ、調光用卓(色を変えたり照らす場所を変えるもの)と、ピンスポットを一人で操作しながら…(^_^;)4時間近いステージを見続けて、汗だくです♪ でも終わった時の安堵感・充実感はひとしおです(笑)
2012.03.31
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やって来ました♪ ようやく、食卓に、 これが…。 そう、土筆です。 土筆ですよ! 土筆…(^_^;) 「上の漢字が読めないょぉ~って?」 “土から真っ直ぐ伸びている筆みたいな形” というイメージなんでしょうね♪ 私の住んでいる山あいの地域では平野部に比べれば数℃気温が低かったりするので…「ツクシ 」はまだ少し早い感じなので…。 父が採って来て、母が調理してくれました♪ (*^o^*) 「いただきまぁ~す!」 V(^-^)V だから… 「ツクシ」
2012.03.27
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AKU12 最高!! ~上を向いて歩こう AKU12 Ver.~ 作詩:AKU(補作詩:あさい),作曲:中村八大 AKU12 最高!! 素敵な仲間が集まって 認め合い高め合う ひとりぽっちじゃない 1. 【生徒aの名前】さん 頑張り屋さん 作品の仕上げを 熱心に 爪点検 その厳しさで責任強さ 感じた 【生徒bの名前】さん とてもフレンドリー 誰ともサッと挨拶出来たね 配付物取りに行く事を 忘れずしてくれた 土日の予定 楽しそうに語り合う 愉快な仲間 【生徒cの名前】さん 駅名バッチリ 電車好き 自転車でどこまでも… 「曜日当て」みごと正解さ 忘れず 予定(黒板) 貼ってた 2. 【生徒dの名前】さん はにかみ王子? 汗だくで 体育で大活躍 水筒をさりげなくそっと みんなに配ってた 【生徒eの名前】さん 元気はつらつ 挨拶 きっちり 良い笑顔 全身で 熱く踊ってた 「戦隊物」好きガール 『ラブ・フラゲ』よく踊ったね 頑張った 一つになれた 【生徒fの名前】さん モノマネ上手_昼休み 陽気に演じてる お手伝い とても頑張り屋 「よしもと」大好きボーイ 3. 【生徒gの名前】さん 優しいね 友だちをよくみて支えてたね♪ 料理でも 手芸でも 器用に仕上げてたね♪ 【生徒hの名前】さん 可愛いね 楽しい食事を もっと賑やかに 踊り出す 沖縄の曲が大のお気に入り 「イケメンやで!」「うぅん違うよ」「好きやでぇ~」「そうなんやぁ~」 【生徒iの名前】さん 癒し系さ おしゃべり みんなを和ませた♪ みんなのアイドルさ 笑顔が輝いてた♪ AKU12 最高!! 優しい仲間が集まって 認め合い高め合う ひとりぼっちじゃない いつまでも 仲間さ♪ (6:35) 演奏:あさい ギター(リード&サイド),コーラス ☆「AKU12」って何?☆ ⇒2011年度のあさいが担当したクラスの生徒9名&教員3名からなるグループ。 “AKU”とは,あさいのイニシャル「A」、そして残りのお二人のイニシャルが「K」, 「U」だったことから…例えば「あさい学級」みたいな意味と同様に“AKU”と命名したのです♪生徒と先生がいい意味で張り合ってともに成長していけるクラスになることを目指したのです♪ (*^o^*) ※注 文中の【生徒●の名前】にはちゃんと生徒の名前がフルネームで入って歌われるのでご安心を!? ここではやはり非公開ですから…。 CD盤のデザインも私で…12名が中心からぐんぐん伸びていくイメージ “ひまわり”みたいに見えなくもない。 その花びらみたいな一枚一枚に12名の顔を並べてみました♪
2012.03.26
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先週末は、2011年度の最後の授業日でした。修了式・離任式と全体でのセレモニーがありましたが、自分たちのクラス毎に過ごす一時間があり、担任からの生徒への贈る言葉の他、茶話会的にお楽しみ会をしました。 その内容は…、 お約束だった“(子どもたちの好きな)AKB48の曲をギターで弾いて歌う♪”が一つと、 CDの完成記念試聴会…の二つが、主な内容でした。 じゃあ、 そのCDってどんなもの?? ☆解説☆ では、 説明しよう。 …(^_^;) ・文化祭で学年全体での斉唱を発表した『上を向いて歩こう』は、 音楽の時間の練習だけでは、「障がい」のある子どもたちが歌をマスターするには時間が足らないため、教室でいつでも聴く事が出来るようになっていました。何人かの生徒は文化祭後でも時々聴いたり、歌ったりしていてみんなにとって馴染みのある曲だった訳です。※2学期には私のギターの生演奏でみんなと歌ったことも…。 やはり今年度を象徴(・代表)する曲だと言っても過言じゃないと思います。 そこで…、私の趣味【ギター演奏&作詩作曲】を活かして、クラスの生徒と一緒に歌った音源をCD収録したのです。 本音を言うと、作詩作曲したオリジナル曲を作りたいという考えもありますが、歌詩もメロディも両方覚えるのはかなりの練習時間が要ります。 そこで曲については「上を向いて歩こう」のメロディをそのまま使い、歌詩のみ、私が原案を作り、担任団に見てもらい、一部表現を修正しました。 ※原曲は約4分ほどですが、生徒全員についてのエピソードや頑張りを描いたので、一人約30秒×9名分で、⇒既に4分半を超えていて…最終的に、6分35秒の曲が完成しました。 週末に、保護者の感想を伺っていると、「記念になりました。」「子どもが何度も繰り返し流して歌っています♪」と喜んでもらえたようです(笑)
2012.03.25
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15日の夜に参加した“人権問題の学習会”。 「福島差別」と呼ばれている一連の、福島からの避難住民に対するいじめや偏見、蔑視の問題についての話題をもう少し続けさせてください。 “福島から来た”=“放射線の被爆者”だから、危険な人?自分や自分の子どもに被害を及ぼす存在? いずれも『NO!』 何故に制度として義務教育があり、一定の知識を身につけてきたのか…。 「“放射能汚染”が感染するかのごとく人から人に移らない」などすぐに、理解できる事実です。 何故に、人の噂みたいなある種のメディアに振り回されていないで!…自分の頭で、目で、耳で得た情報をきちんと判断すればいいのに…。 11日の大震災支援フォーラムの会場でのやり取りを思い出しています。 例の「がれき受け入れ問題」のやり取りです。 知事以外に発言された女性の主張です。 ◇「東北から避難している方々は“放射能(汚染)”から逃げたい,少しでも遠くに行きたいと願って、三重に来ている。それが、東北の“がれき”を受け入れれば、それ(がれき=放射能)が追いかけてくるという思いを抱くから…。」 一見、もっともだ…と、認めてしまいがちなのですが、よく読んで(聴いて)みてください。 【東北のがれきに福島からのものは含まれない】という事実。※国が直接責任を持って処理することになっている。 つまり、科学的根拠に基づく反対ではなく、“感情論”で被害者を守ろうとしているのか自分たちを守ろうとしているのか? 反対する側は、「国が正しく測定していない」「公表していない」と簡単に批判をするけれど自己防衛的に放射線測定器を備え、食品等々の安全チェックに取り組む団体や個人もある事実。それらも含めて判断すれば、福島以外の地域のがれきからの健康被害のリスクは“0”に等しいことは容易に理解できるし、仮に低レベルの放射能を含んでいても、本当にそうだとしても…それを“被災地から出すな!”と突き放すならば、例えは悪いけど、【毒ガスがあふれた部屋】の住人をその空気の中にとどめて…それを減らしてあげないで見殺しにする感覚です。受け入れない私の県も、そんな【きれいな空気の部屋】の住人なんです。私もその罪の一端を負っています。 私は8月と10月にそれぞれ一週間ずつ岩手県山田町に災害ボランティアの活動をさせて頂きましたが、10月の滞在中、がれき集積場所で自然発火!?とみられる火災が起こりました。 そんな恐怖も現地では存在するのです。臭いの問題もあるでしょうし、それが目に入る日常生活が精神的にもどれだけ苦痛か…想像以上だと思います。 三重の受け入れ表明に向け、私もこうした発信だけでなく、出来ることをやります!
2012.03.16
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そんな切り出しから今夜の講演会が始まりました。 【「あのさぁ『三重差別』のことなんやけどな。」と尋ねられても、きっと… 「はぁ~!?それ何?」と尋ね返すでしょう。 でも、今の日本の状況は、『福島差別』という言葉が、そしてそれが示す差別の実態が、大抵の人々に知られるくらいに浸透しているのです。 『福島差別』というだけで通じるものは、 放射能汚染の事を指すものではありません。この差別は自動的に作られたものではなく、人々が新しく作ったもの(差別)なのです。】 このように語り始められたのは、近畿大学で人権問題…とりわけ部落差別の問題…に取り組まれている奥田先生です。 新聞紙上に取り上げられた差別の事例を配付資料を示しながら紹介してもらいました。 ◇子どもが「福島くん」と呼ばれていじめを受けたとか、 ◇来るのを拒否されただけでなく、手紙さえも送ってくるなと拒絶された、 ◇ネット等で「福島の女はお嫁に行けない」なんて言ってほしくないと話すなど、 10を超える許し難い差別事象の実態に絶句…しました。もちろん、これは氷山の一角ですが…と奥田さんの弁。 数々の差別の現実の中、当然、この差別の不合理を訴える人々も現れます。 ☆広島・長崎の原爆被爆者の団体から…。 ☆ハンセン病回復者(元患者)の団体から…。 ☆水俣市長から…。 それぞれの過去に、そして現在も受け続けている差別・偏見の視線と重ね合わせ、「福島差別」をなくしたいとの声明を発信されました。 更に、5月30日福島県弁護士会会長による声明では、 (1)福島県民特に子どもへの差別の“実態調査”を! (2)県民への差別的な被害についての“相談”業務をシッカリと。 (3)宿泊拒否…旅館法違反等の“法令違反”への適切な対応を! (4)放射線・放射性物質について“学習機会の確保と広報”活動の充実を! (5)福島県民への“差別が人権問題であることを広く国民に認識させる”教育や啓発活動の充実を! 以上5点を国・地方公共団体に求めます。 奥田さんは、上記の5点とも、部落問題での当事者や反差別の立場からの主張と重なります。 また、こんな提起もされます。 部落差別,障がい者差別,女性差別などの差別の起源<その始まった頃>、私たちは生まれていませんでした。でも、『福島差別』については、なかった時に私たちは生きて存在し、出来た後の社会にいます。まさに、新たな差別の誕生に立ち会ったのです。 この差別をなくす事は今、生きる人間として作らせてしまった一人として取り組まなければならないのです! 21世紀に入り、国連の人権啓発・教育に取り組む10年計画が出されましたが、まさに今、その10年を迎えて…これまで取り組みの成果が問われているのだと痛感しました。
2012.03.15
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昨日、3月11日は全国各地で、慰霊、追悼の集いが営まれました。 ※「全国各地で…」が、『日本中で』と言い切れないと思わせる悲しい現実もありますから…。(ρ_;) 私は、災害ボランティアに参加させていただいた際にお世話になりました“みえ災害ボランティア支援センター”主催された「東日本大震災支援フォーラム」(10時~15時)に参加したのです。 大震災発災1年という中で、三重の仲間が、今後の支援のビジョン(どんな支援を、いつ頃まで…など。)を討論するものでした。 NPOさんに限らず、小さな企業さんや個人が、1年前の11日の現状“惨状”を見聞きし、数日後には、自社トラックの無償提供や支援物資の搬送にと、献身的に行動されていたことを知り、今更ながら“人の温もり”を感じた次第です。 「現地を知る(ボランティアに入る)」ことは大事なこと。 しかし、 「行った人だけが偉いのではない。(間接的・後方支援も大切)」 “いつまで活動しますか?”のテーマでは、 「活動資金が続くまで…。」という現実的な本音も出されはしましたが、 『支援して欲しいと願う人が“0”になるまで…。』という参加者の多くが願う方向でまとまりました。もちろん、タスクゴール的に、一つひとつの達成目標を示しながらの歩みになりますし、山本センター長が話した、 「『広島長崎の被爆者支援』に似た数十年間に及び息の長い取り組みも見据えています。」…と、同感です。 フォーラムは15時まで…。つまり、14時46分を視野に入れての開催でした。その時刻に全員で黙祷をして、あの日に思いを巡らせました。 私は、その会が終わるとすぐに、名古屋に向かいました。 名古屋の大学生が、陸前高田との交流の中で、この11日に、陸前高田と名古屋の両会場で、キャンドルナイトを開こうと企画したわけです。名古屋の会場は金山総合駅前にあるボストン美術館の入り口の階段を使っての開催です。 告知では、16時~20時となっていましたが、私が現地に到着した17時過ぎはまだ全部に火は灯されていませんでした。 何しろ、陸前高田での被災者(死者・行方不明者の合計)の数1844個のキャンドルが並べられていましたから、しかも雨降りで、準備も大変そうでした。 河村名古屋市長も最終のいくつかのキャンドルに点火して、覆い(風避け)となる筒“陸前高田の米崎小学校の子どもたちのメッセージが書かれていました。”を被せ終わると、セレモニーで、黙祷をしてきました。 私なりに東北の皆さんとともに歩む営みを考え、行動してみました。
2012.03.12
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帰宅すると、台所では連れ合いが餃子を作っていました。 よく見ると… その手にしている“餃子の皮”は通常サイズの二倍近く…直径約17センチとジャンボ♪ 話を聞くと、今日の津市の給食の献立に、 『津ぎょうざ』が出されて、その“皮”を分けてもらってきたそうです。 その『津ぎょうざ』はその巨大な大きさから、焼き餃子ではなく、“揚げ餃子”です。 夕食は、サツマイモの天ぷらなどとともに、『津ぎょうざ』を2個いただきました♪♪ もう一枚の写真は先日、先ほど読んだ朝刊の“津市民版”のページにあった記事のもの。『津ぎょうざ』のPRキャラクター“つつみん”が、津市内の小学校を訪問して時の模様です。 皆さんも、是非とも『津ぎょうざ』を召し上がってくださいね♪ 「美味しいよぉ~♪」
2011.10.19
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☆前回の日記の続編☆ さだまさしさんが信頼してギターをオーダーしている“テリーズテリー”や“ヤマハ”に搭載されている『ゴトー』のギター・ペグ。 今回、それを取り付けたギターは、YAMAHAのLL30MS。 実は…『ゴトー』のペグの付け替えは、今回で2回目です♪ 最初に付け替えしたのは、YAMAHAのL10E(約26年前に購入)。 最初に取り付けられていたペグが痛んできたために2年前に付け替えました。 ※2枚目の写真は、参考までに…“テリーズテリー”のギターのヘッド(私の持っている“さだまさし仕様”モデルの…。)です♪♪
2011.10.16
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10月2日の『東日本大震災・東紀州の復興支援チャリティーコンサート』に向け、私は所有しているギターを改造するための部品を馴染みの楽器店に取り寄せてもらっていました。 受注生産品ということで当日に間に合わないかも…とは言われていましたが、それが現実になり、残念ながら今のままのギターを弾くことになりました。 先日、7日間の岩手県山田町での災害ボランティア活動を終えて帰宅しましたが、出発する前日に“それ”が手に入ったのです。帰ってからのお楽しみ…と箱を開けないまま、およそ10日。 金曜に帰宅して… 土曜、日曜と『三重県人権・同和教育研究大会』に参加していました。 それが終わった今日、ようやく、その“ギター・ペグ”を付け替えしました。 さだまさしさんが信頼してギターをオーダーしている“テリーズテリー”や“ヤマハ”に搭載されている『ゴトー』のギター・ペグ。 今回、取り付けたギターは、YAMAHAのLL30MS。 さだまさしさんの30周年記念ギターLL120MS(受注生産品)との外観の違いは…その“ゴトー”のペグの形状なので、この改造はグレードアップした気分になれます♪ またいろんな場所で活躍してもらおう♪
2011.10.16
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最初に岩手県山田町に訪れた際に、雨で野外作業ができなくて、室内での支援物資の仕分け作業をしていた時に、急遽、山田町役場の荷物の引越し業務のヘルプが入りました。 率先して現場(役場)に向かうと…何やら見覚えのあるイラスト付きの色紙が!! “さだまさし”さんの色紙が、「2011.8.17」の日付で書かれて飾ってあったのです。※その作業をしたのが8月22日のこと。 実は…初回の山田町での災害ボランティアの活動は、三重県を8月“17日”に出発! 翌日18日の朝に到着すると早速ボランティア活動開始…という日程でした。22日はその最終の活動日でした。 そして今回、二度目の岩手県山田町に来て、三重県のチームとしてバス移動で訪れていますから、自由行動はありません。 そうした中、今日は私が山田町で活動する最後の日でした。その現場が、山田町役場まで歩いて3~4分の目と鼻の先の場所でした。 o(^-^)o リーダーに、 「休憩中に、山田町役場の中で、どうしても見たいものがあるから、時間内に戻るから行ってきてもいいですか?」と打診。 あっさり、 「いいよ。」と許可をいただき、役場まで駈けていきました。 すると…、8月に見た時よりもたくさんの色紙の中に、8月にはなかった写真付きで飾られてありました♪ (*^o^*) またまた嬉しい再会♪の一つを果たせました。(前回写真を撮れずに帰ったので、写真が撮れて嬉しかったです♪) ※飾られてあった色紙に写真が添えられていたのはごく僅かでした。さだまさしさんが心からの慰問をされたからだろうなぁと思いました♪
2011.10.13
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昨日岩手県山田町の船越地区にある木材関係のゴミ集積場からモクモクと煙が出ているのを、野外作業の現場に向かう送迎用バンの車内から見ました。 私たちボランティアさんが宿泊させていただいている「山田町B&G海洋センター」に行く途中に、先の木材関係の集積場、そして鉄クズの置き場の両方があるのですが、鉄クズの方はほとんどが、赤茶けたサビたぺちゃんこの車がいくつも積まれています。 さて、その火事の現場の方ですが、いわゆる“ガレキ撤去”作業の初期には、土のう袋へあまりしっかりと分別せずに、何でも一緒に袋へ入れていたそうです。 そうした中には発酵したりする可能性や、金属系のゴミが海水中の塩分と反応して“使い捨てカイロ”の発熱状態となって…。 まぁ本当のところは定かでないにせよ、火(煙)が今もくすぶっていることは事実。 一晩中煙を出し続けて、かなりの異臭…刺激臭を撒き散らしています。 仮に炎が上がり本格的に燃えたとしても、山田町ボランティア・センターの建物の所や、その近くにある仮設住宅には延焼の危険はほとんどないのですが、風向きによってその異臭が届き、気分が悪くなりそうでした。 仮設住宅にお住まいの地元の方々も心配そうに、様子を見に来ていました。 消防関係だけじゃなく、山田町ボランティアセンターに設置されている山田町災害対策本部(先日、ご紹介した巨大なトラックもその管理下)に 『船越ガレキ置き場火災災害対策本部』が設置されて、深夜~未明までその対応に追われておりました。 今朝も6時半にヘリコプターが出動していきました。 先ほど利用した“道の駅やまだ”の店内でも、買い物客の話題はもっぱらその火事について…でした。 山積みされたガレキのどこに発火源があるのか不明で消火活動は難航。作業されている消防隊員に危険が及ばないように祈っています!! しばらく燃え続けるかも…。 (>_<)
2011.10.13
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今回の山田町滞在中は好天に恵まれ、雨の場合の作業がありませんでした。 o(^-^)o 基本的に野外作業(一般的には…“ガレキの撤去”と言われてしまうのですが、ボランティア既経験者にとっては“個人宅を綺麗に片付けさせていただく”行為)に連日携わりました。中日には、保育園での絵本の読み聞かせ業務もさせていただきましたが、あくまでも、主たる任務は、片付けが中心! しかも、今日は午前中に一つ目のお宅を超ハイペースで完了させた勢いで、別の個人宅に取りかかりました。 この現場は、山田町役場の近くで、まだほとんど手付かずになっていました。 こんな町の中心部(山田駅跡付近の線路沿いの場所)でさえも、まだ放置されている場所があることに改めて驚きました。 今回の第31便で初めての野外作業の班長をさせていただき、周辺へ“避難場所や避難経路”“緊急用トイレの借用場所”を確認に出掛けました。 現場は、線路上の砂利が大量になだれ落ちていて…かなり大変な状態でした。また今回の東日本大震災の津波の被害の特徴である、家の基礎のコンクリート壁面の中に埋め込まれていた鉄筋があちこちでむき出しになって残っていて…津波の勢いで倒され、壊された傷跡です。 それを注意しながらの作業になるのが大変なのです。 作業中の“安全確保”が何よりも大事なんですから…。 それで…今日は私が山田町に滞在する最後の日という事もあって、リーダーの配慮で、近くにある地元の温泉“光山温泉”に出掛けました♪ 8月にも、その温泉の存在は知っていましたが、“小さな温泉なので地元の方優先です”と言われていて…大所帯だった事もあり、行かずじまいでした。 今回は10名余りと小グループが幸いし初めて行くことが出来て嬉しかったです♪ 追伸:2枚目の写真は例の爆弾おにぎりの朝食のメニューです(笑)
2011.10.12
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岩手県山田町にて、みえ災害ボランティア支援センターからの派遣隊(第31便)のメンバーとして働いております。 初回の8月を含め様々な業務をさせていただいてますが、 今回初めて挑戦させていただくのが、 「保育園での絵本の読み聞かせ」 30分間の持ち時間があり、 絵本や紙芝居を2~3作品とその合間に“手遊び歌”という内容を、派遣されるメンバーで、相談して、読む練習をして、子どもたちの前に出るのです♪ 今までは割合女性が担当して派遣されていましたが、私たち31便はオール男性!! なので、何か工夫が出来ないかなぁ~と、 用意した絵本「ねずみくんのチョッキ」に合わせて、急遽、ネズミへの変身グッズを作成♪ 発案者の私がそのネズミ役をしました。 急に決めたので、作る為の材料がほとんどありません。それでリュックの中にあるもの…で…、 “見つけました♪” 防塵マスク!! ネズミの顔を描き、耳を作って、何とか完成♪ それから私は“紙芝居担当”として、その保育園の定番ソングになっているという「にじ」(つるのさんがカバーしてる…。)を歌うという事なので、 『にじになったきつね』というお話を選んで練習しました。 子どもたちは3月に被災された際にヘリコプターで全員救出されたという大変な経験もしていると事前に聞かされ、 言葉一つとっても、津波や火事・など被害を想起させるものは避けて、子どもたちの心の傷をケアするために派遣されたと心に刻んで臨みました。 しかし、実際に保育園の中に入ってまもなく、大広間にドッと、小さな子どもたちが“津波”のように押し寄せ、両足に、両腕に、5~6人がしがみついてきて、私たちを歓迎してくれました♪ お相撲ごっこや“高い高い”“くるくる”などでしばらくコミュニケーションをはかり… この時点でかなり汗だく状態でした(笑) さて、肝心の読み聞かせ業務は、 最初にやった絵本「ねずみくんのチョッキ」では、ねずみ役の私が廊下から登場すると、「へんなのぅ~♪」「可愛くないぃ~♪」と子どもたちからの総攻撃に遭います…が、ほとんどの子どもがとってもいい笑顔で言っているのです。ニコニコしながら…。 (*^o^*) 一つ目の大役を終え、次は紙芝居を読みます。 『にじになったきつね』 きつねが寝たきりのおじいさんを喜ばせようと“にじ”に変身するお話です♪ 子どもたちと過ごせてとっても楽しかった半面、その子たちのこれからも続いていくしんどさを思うと切なくなりました。 また、読み聞かせ業務を担当したいと思いました。 帰りの車内で見たら下着が汗だくでした…(^_^;)
2011.10.11
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今回、岩手県山田町にある山田町ボランティア・センターに到達すると…なにやら巨大なトラックが停まっていました。センターの方にお話を訊くと…、 ・大震災発生を受けて諸外国の復興支援物資が続々と到着する中、ドイツから岩手県への提供分として3台の“メルセデスベンツ・ゼトロス”が空港に空輸されて来たそうです。 しかし、その大きさといい日本の車検に通らないという理由!?だけで、長い間、空港の倉庫に放置されていた模様です。 「何とかならないのか!!」ということで、 “被災地の復興支援用緊急車両”として特例を設け、配置されたという訳です。 ネットで検索したら、ゼトロスは2008年にドイツの防衛関係の展示会で発表された路外走行可能なメルセデスベンツ製車両で、マフラーも煙突の様に上部まで伸ばしてあるなど、かなりの水位のある場所でも走行可能な仕様になっているみたいです。 巨大なトラック故に活動場所や駐車保管場所の関係で、山田町ボランティア・センターに提供分3台のうち、何故か2台も山田町に配備されています。 それ以前より、ボラセンの前のグランドは災害ヘリコプターのヘリポートになっていて…復興支援や行方不明者捜索の基地としてかなりの整備がされている感じでした。 でも、大型の重機で対応できない作業担当として私たちボランティア部隊が求められている部分も大切なのです♪
2011.10.11
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今日11日は、大震災から丸7ヶ月になります。 前回、8月の山田町滞在中には5ヶ月たった後だったのですが、 「未だにこんなに手付かずで放置された場所が多いなんて!!」 と驚愕しました。 そして… 今回も… まだまだ、私たちボランティアさんが活動している場所がいくつもあるのが現状…。 (`ε´) 午後の作業の途中で、 14時46分、 リーダーの合図で、全員で黙祷しました。 昨日購入した地元の新聞「岩手日報」では、 「(岩手)県警のまとめで県内の死者は4664人。行方不明者は未だに1559人に上り、県警が海を中心に捜索を続けている。…避難所は最後に残っていた宮古市の施設が7日、入居していた2世帯4人が退去したため閉鎖された。 震災直後の3月13日には最多の34市町村399ヶ所、計5万4429人が炊き出しなどを受けたがこれで全避難所が解消された。 仮設住宅では冬場対策の工事が行われている。天井や床下への断熱材の追加や二重サッシ化が済み、玄関への風除室設置も来月にかけて行う予定です。 ※山田町では… 7日現在、死者数604人。行方不明者数211人。で、昨日も御遺体の一部が掘り出されたそうです。」
2011.10.11
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岩手県山田町での災害ボランティア活動2日目は、汗ばむほどの陽気、好天に恵まれ、初日に引き続き堤防に程近い現場での後片付け作業でした。 タテ長(長さ約30m)の土地で両側に側溝があり、地面の高さより低い半地下みたいなスペースには必然的に水がたまっています。依頼主さんからの依頼された作業内容では…“水に浸かっている場所もガレキを取り除いてほしい”…だそうで、家庭用風呂水ポンプが用意していただいてありましたが短時間で到底吸い上げられそうになく…(^_^;) 私がその作業担当をかって出て、チリトリやバケツ等を使って水出しをしました。 割合高さがあるので思ったよりしんどい仕事でしたが、それより何よりも大変だったのは…長い間たまっていた水は、ガソリン!?油系らしき油膜も水面に見られ…体力的以上に、ガソリンくさい臭いとの闘いでした。 (>_<) 結局、水抜きの作業は夕方までしっかり続きました。 さて、朝から夕方までの活動を終えた私たちを待っていたのは… なんと、 5月からという早期にしかも今も、この山田町にテント生活しながら復興支援活動をしてくださっている方の手料理の振る舞いでした♪ 地元の漁師さんからの差し入れだという鮭2匹を、“三平汁”という汁物に、舞茸を炊き込みご飯に…。 本当なら私たちがねぎらいの差し入れなどの行為をする形が普通だと思うのに…あべこべですねぇ…(^_^;) そうそう肝心にお味は…、 もちろん絶品で、おかわりもさせてもらいましたよ♪
2011.10.10
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今、昼休み中です♪ 岩手県山田町での災害ボランティア活動第2日目は、昨日の作業現地を引き続き頑張っています。 日中は24℃くらいまで上がるようで…作業中は結構汗ばむ陽気です。(^_^;) でも8月の作業では雨のの心配ばかりでしたので、今日の方が嬉しいです♪ 今回のみえ発ボラパック第31便は、12名で活動していますが、実は…リーダーさんが3回目の参加で、以前訪れた際に知り合いになった地元の漁師さんから鮭2匹の差し入れがあったことから、今日の夕食は、いつもの弁当を持ってオートキャンプ場に集合することになってます♪。 贅沢な一品、“鮭の汁物”をみんなでいただく予定です♪ 昨日と今日と仮設ローソンの近くの野外作業で…今回も側溝(両側)を綺麗にしています。狭い溝で腰をかがめての作業はしんどいですが…班長さんがこまめに休憩を入れてくれますので安心です♪ 写真は、差し入れの非常食アルファ米50食分(五目ご飯)の箱をスタッフの方がおにぎりにして冷凍保存していただきました。 また朝食で食べさせていただきます♪
2011.10.10
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すこぶる順調にボランティア・バスは道の駅やまだに到達。早く着き過ぎたため、時間調整でショッピングです♪ その後に、山田町ボラセンに行き、哀悼の黙祷から…ボランティア活動のスタートです。 シャワーをお借りすることになる、オートキャンプ場に全員で挨拶に行き、管理人さんと久しぶりの再会♪ 午後からの作業に備えゆっくりしています。
2011.10.09
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今回は、岩手県のバス会社さんが運行されています。 8月は、午後2時発⇒翌日午後10時着(泣)…と大変でしたが…(^_^;) 今回は、午後7時発⇒午後11時半頃着の予定ですが…、現在前沢SAで洗顔&朝食休憩中です♪
2011.10.08
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先ほど東北、岩手県山田町へのボランティア・バスに乗車しました。 通常は津インターから高速道路に乗るのですが、津まつりが今日、明日と開催されている関係で、芸濃インターからの利用になりました。 さて、今回は8月中旬の第21便に続いて、2回目の参加になります。 前回、経験者(リピーター)さんにはずいぶん助けられましたので、この31便ではそのような存在になれたらいいなぁと考えています。※T畑さんを見習って…癒し系で頑張ります♪そしてAKBネタも話題にしますネ♪(笑) さて、 前回は午後2時発⇒翌朝7時着予定。 今回、午後7時発⇒翌日11時半頃着予定。 それは 現地での活動初日の作業量を軽減していただく形でしょうか。 今回の参加者が12名とやはりボランティアに協力してもらえる人数が減っていることが残念です…。 しっかりしたリーダーさん方みたいで、リピーターさんも半数余り。少数精鋭!?で頑張って活動します。勿論安全第一、ケガなく三重県に戻るが最優先ですよ! では、「いざ山田町へ!!」
2011.10.08
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先日、10月2日のチャリティーコンサート企画に向けて、放送各局を訪問。開催することをどんな形でもよいから紹介してもらえないか相談兼お願いに回っていました。 ※FMみえさん、三重テレビ放送さん、津ケーブルテレビさんなど…。 FMみえさんでは、アポ(事前に訪問打診)なしの飛び込みで来社。瀧裕司アナウンサーに対応していただきました。 瀧裕司アナは忙しい時間帯だと思いますが、しっかりと私たちのチャリティー企画に対する思いを聴いていただきました。 そして先日、「木曜の番組内にて電話出演していただけます。」と留守番電話に連絡がありました。 しかし、私がその日は残念ながら宿泊学習の引率になっていて電話出演を断念…ありがたい申し出だったのに、お断りすることに…。 (ρ_;) すると、瀧アナは、その代わりにと金曜日の番組での企画の紹介を試みてくださり、 「今回の企画の主催者代表の方に語っていただきます♪」 という形で…2日のチャリティーコンサートの宣伝をしてもらえました。 18時半頃FMみえの瀧アナの番組を聴いていると、南長野十二志会代表のOさんが電話で出演されていて…「あさいさんは東北とか熊野とか災害ボランティアに何回も行かれてて…中略…コンサートの出演者にもなっていて…ギターも上手です♪」などと紹介されていました。 (*^o^*) ※ギターが上手い…というかなりハードルあげられちゃったなぁという心境ですが、本番までしっかり悪あがきして練習します♪ 8分くらいを今回の企画の紹介に使ってもらえました。 瀧アナの真心に感謝して…。コンサート&パネル展頑張ります♪♪
2011.09.30
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かなりヤバいです (ρ_;) チャリティーコンサートに合わせてロビーにて開催する震災関連のパネル展の展示物(写真)は、現地での記録用としてみえ災害ボランティア支援センターが管理している写真を許可を得て使用させていただく形で、貼らせてもらいますが、一つ一つの写真に添える文章がまだ完成してません。(>_<) なので…写真をみえ災害ボランティアセンターに見せに行くタイムリミットが明日!? (ToT) 今、必死で作業してます!! 印刷作業完了は土曜日までしっかりかかりそうです…(泣) ギターの練習の仕上げも…MCも… 嗚呼、やることいっぱい!! “がんばらんば♪”
2011.09.27
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冒頭の写真は帰り道のトイレ休憩で立ち寄った“道の駅紀宝町ウミガメ公園”に設置されていました情報掲示板です。 ※行きには途中でかなりのまとまった雨の時もありましたが、現地では晴れ間が…。 (^_^)v 本日25日は、23日~25日までの三連休を、先の台風12号被害のひどかった三重県南部の紀宝町への、災害ボランティア活動に費やしました。 3日間とも、朝6時発松阪⇒紀宝町の“みえ災害ボランティア支援センター”が募集した「東紀州行き、ボラパック」に申し込み、南紀へのバスの旅をしました。 現地での作業内容は、水害特有の個人宅の床下の泥出し作業。 ドロドロの水気の多い状況も大変ですが、何日か経って、カチカチの手前状態も手強く… (泣) 今回も部屋の場所によってその両方が混在していました。 少し古いお家で、基礎が柱の下が石みたいなのもあったり、水回りの配管が多い床下では配管のパイプを支える為か、ブロック片やらタイル壁の破片、砂利などが敷き詰められていてスコップの先が入っていかず…(泣)…手作業で取り出しもして大変でした。 3日間格闘の末、今日帰る前に、依頼主さんから、 「綺麗にしてくれてありがとう!」と お言葉を頂くことができました♪ 無事一つのニーズ(支援依頼)を果たすことが出来て嬉しかったです♪ 今、帰り道のバス車内です。 また明日からのお仕事も頑張ります♪
2011.09.25
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先日19日、東京の明治公園にて、大江健三郎さん、鎌田慧さんらの呼びかけで開催された「さようなら原発5万人集会」は、明治公園に入りきらないほどの参加者であふれ返り、公園内を移動するのも至難の技…。デモ行進へと公園の外に出るのも順番待ちで約70分待たされたほど…。 主催者が現地で発表した参加人数は6万人!!※集会には事前に届け出がされているはずで5万人規模と想定して収容可能な公園をチョイスしたはずでしょう。 帰宅後の新聞記事を読んでビックリ!? ヘリからの写真は事実を示し、公園全体を写していました。 しかし記事の文章では「…警視庁では参加人数は3万人とみている…」!? って…、 おいおい、写真まで載ってて考えたらすぐばれるのに、警察(権力体制側)は、何故愚かにも、そうした発表が出来るのだろう!? 民主主義の世の中の本来の機能に戻そうや!
2011.09.21
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職場から自宅へ…という行程を移動してみて…というお話。 ※ここまでが題名かも…。 9月の三連休の第一弾は、かねてより予定が決まっていましたLD(=学習障がい)学会の研究大会が東京のお茶の水女子大学の近くの女子大学を会場に…開催されました。※主催校が筑波大学だったので、周りの方々には、手っ取り早く「筑波大学へ勉強に…。」と伝えていました♪※実際、受付を済ませると“筑波大学”と印刷された手提げ袋をいただいたので、あながち間違いじゃなかった。 今回の自己研修の前後は当然ながら仕事が入ってました。従って先週末16日の夜の新宿行き夜行バスを利用。17日~19日の研究大会に参加。19日の夜に再び三重に向けて夜行バスに乗ることに…。 夜行バスの到着時刻からして…職場に直行するしかない…(^_^;) かくして朝帰り出勤と相成った訳です。 なんとか若干疲れを感じつつも午後まで仕事をこなすと、管理職が「疲れたやろ。早めに帰ってゆっくり休んだら…。」と言ってくださり、職場を後にしました。(*^o^*) さて、その帰り方なんですが、普段は自家用車での通勤が認められていますが、今日に限ると車はない。 職場から、歩いて最寄りバス停に、バスで電車に乗り継ぎ、さらに乗り換え…。再び駅前からバスに乗車。とまぁそんな感じで、普段の約2倍の2時間近くかかって帰宅することに…。 (>_<) そうそう、肝心な本題にまつわる話とは、 普段は利用しない夕方のバス路線。(1時間に1本というコミュニティバス)予想通り学生でいっぱいでした。次の電車にしても支線になっている運行頻度が少ない路線で、やはり学生で埋まっていました。 “赤字路線の生命線は通学生”と痛感した次第です!! 大人は 「路線廃止はゴメンだ。残してほしい。そのために、みんなで利用しよう!」と口では偉そうに言うけれど、 やはり既に車社会の利便性におかされ、最終便のバスに乗り損ねる勤務状況はあるにせよ、車依存は私も含め反省しなければなりません。 今回の大震災後の節電キャンペーンのように国民こぞって取りかかればやれないことはないと思います。 先日、東京での最終日の午後からの「さようなら原発5万人集会」でも、主張する以上、相応の努力を覚悟も必要です! 私も公共交通機関の利用および近い場所なら極力徒歩♪ 電気もより一層の節電に努めます♪ 〈〈以上、雑感でした。〉〉
2011.09.20
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半月後に迫った、10月2日(日)の東日本大震災&台風12号被害の救済チャリティーコンサートに出演する際の 25分間のライブの曲構成を考えました。 (1)桜の樹の下で (さだまさし∥2011)⇒♪桜の樹の下に集まって/みんなで最初からやり直そう/両手に余る悲しみを越えて/みんなで最初から始めよう…と、宣言して始まるこの曲はまさしく大震災を受けて生まれたもの。 (2)何度でも (ドリカム∥2005) ⇒ドラマ『救命病棟24時』主題歌としてリリースされ東日本大震災発生直後全国のラジオ局で最もオンエアされた曲♪ (3)SMILE AGAIN (さだまさし∥1991) ⇒雲仙普賢岳の噴火による被災に対して作られ、NHK紅白で出演者がメドレーで合唱した曲♪ (4)強い夢は叶う~RYO National Golf Club ~ (さだまさし∥2011)⇒最新アルバム『Sada City』から、プロゴルファー石川遼さんに捧げた曲♪※ご存知のように2011年度の獲得賞金全額及び1バーディー毎10万円も合わせて東日本大震災の支援の寄付にと表明。 (5)片恋 (さだまさし∥2010)⇒♪あなたに届け/いつか いつの日か/あなたに届け/せめてそのかけらでも… ・私たちはなかなか心の中の思いが相手に伝えられないけれど、ひたむきにひたすらに思い続けることが大切だと思わせてくれる曲。 被災された方々に少しでも私たちの願いが届きますように…。精一杯歌います♪ これらのラインナップで構成を考えました♪
2011.09.15
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昨夜、南長野十二志会のホームページのブログで、今回のチャリティーコンサートの告知用ポスターが掲載されていました。 画像では小さくて見づらいかもしれませんので、詳細を詳細に紹介します。 (^_^;) ☆イベント名☆ 10/2 アクト IN MISATO 東北大震災&台風12号復興支援チャリティー・コンサート ☆日時☆ 2011.10.2 開演PM 1時 (入場無料) ☆場所☆ 津市美里町三郷美里の丘 津市美里文化センター ☆参加メンバー☆ アウトサイドヘルプ よしおーず あさいさん⇒※私です♪ たうさぎ こっしー エンドレス 美里カラオケ連合 ※13時からカラオケ。 14時頃からバンド形式のステージ発表。 各グループ出入りを含め30分間。 ⇒したがって、ワタクシ、あさいの出番は…15時頃になります。 お時間に余裕のある方は、日曜日の午後からのお時間を、心地よい音楽鑑賞になさってください。 時間があまりない方も…15時頃からの30分をこの私にくださいますか?決して損は…※入場無料だけど、交通費分?…させません!(笑) 岩手県に行って来た現地の様子も報告します。 よろしくお願いします♪ m(_ _)m あさい
2011.09.13
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昨日マイミクさんが上記の話題をチェックされていました。 大臣の発言も常識を大きく逸脱した言語道断な表現でしたが、記者の行為(態度・言動)も呆れたモノです。 私は…その背景として…教育が“個人”を育てられていない、成熟した大人にしていない。※肉体的でなく精神的に…です。(^_^;) その“お子ちゃま”みたいな大人が仕事をしてるから、『肩書や立場』で説得力・権力を得たと勘違いしてしまってる…と分析してます。要は口先だけの上滑りの発言だから時に“本音”が露呈する…結果に…。 記者にしても、立場を盾にして、間違った正義感と思い込んだ剣を振りかざしてる…つもり!? 記者個人で間違いなく勝負しない、出来ない…そうした行為は無理でしょうね。 私は… 教育者がもっともっと政治をきちんと勉強して、中立的立場を遵守しながらも学校で話題にすべきと強く思います。 子どもたちに接する社会人という立場を教師が担っているのですから…。 『大人が政治に無関心と教師の姿から学んでいるとすれば、大問題です! キャリア教育が普及してきて、いち早く、社会の各職場に子どもたちが身を置いて考える機会が生まれたのです。 子どもたちが将来の日本(・国・未来)をきちんと語れるようにしたい・させたい♪
2011.09.12
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少し引っかかっていた話題について、私的な意見を述べます。 日曜のテレビ番組“サンジャポ”では、 女子サッカーの視聴率を男子と比べていました。 各対戦別で一覧表が示され、“ザックJAPAN”の同時期の試合の視聴率と比較されていました。 「いずれの試合も男子の試合が低く…」という訳じゃなく、最高視聴率は確かに女子の試合でしたが…、 ※20%後半の高視聴率を叩き出した試合の第一位&二位は…、 対北朝鮮戦、と 対 韓国 戦、の2試合。 ※その2試合のデータを除けば男子とほぼ変わらない数字でした。 私はそのテレビ番組の出演者がコメントするような、『日本人がより女子サッカーに関心を寄せた…』みたいな単純な分析には「?」を感じたのです。 調査しようがないですが…私の推測では、その視聴率をはね上げた方々は、日本で暮らす在日韓国・朝鮮人の皆さんではなかったのでは…。 不幸な歴史に翻弄されて、日本で暮らす在日の皆さんは、どんな思いで観戦されていたのでしょうか? 以上、私の推測を述べさせていただきました。ご静聴ありがとうございました。 m(_ _)m
2011.09.12
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昨日は直接的な支援活動で一日と費やしました。 今日は、タイトルにある、地元三重県津市美里庁舎横にあるホールにて開催される、 東日本大震災及び台風12号による東紀州の災害支援の為のチャリティーコンサートに向けて、 演奏や歌の練習をしていました。 演奏曲は…まだすべて決まったわけじゃなく…(^。^;) ☆SMILE AGAIN (さだまさし∥1991) ⇒雲仙普賢岳の噴火による被災に対して作られ、NHK紅白で出演者がメドレーで合唱した曲♪ ☆何度でも (ドリカム∥2005) ⇒ドラマ『救命病棟24時』主題歌としてリリースされたが東日本大震災発生直後全国のラジオ局で最もオンエアされた曲♪ ☆強い夢は叶う~RYO National Golf Club ~ (さだまさし∥2011)⇒さださんの最新アルバム『Sada City』から、プロゴルファー石川遼さんに捧げた曲♪※ご存知のように2011年度の獲得賞金全額及びバーディー10万円も合わせて東日本大震災の支援の寄付にと表明されています。 ☆桜の樹の下で (さだまさし∥2011)⇒♪桜の樹の下に集まって/みんなで最初からやり直そう/両手に余る悲しみを越えて/みんなで最初から始めよう…と、宣言して始まるこの曲はまさしく大震災を受けて生まれたものでした。 ☆未定 (?∥2011) 多分間に合わないだろうがあさいが岩手県山田町で…三重県熊野・紀和町で感じたモノを何かの形に出来たら…(^_^;) とまぁこれらのラインナップで構成を考えていきたいです♪ 練習をしておりますがここ数日、毎日のように弦を切ってしまいました。力入り過ぎ?(笑)
2011.09.11
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先週末に発生した台風12号による水害被害。 私は発生直後にも愚かな事に、まだ次の三連休での東北(岩手県山田町)行きをあれこれ考えていました。 ある方からのメール「三重県の皆さんを心配しています」で目が覚めました。 「隣人の痛みから目を背けて…遠くの方々に本当の支援ができるのか?」 さっそく8日から様々な問い合わせをして10日の熊野の紀和町板屋の入鹿でのボランティアを実行しました。 床上浸水被害の個人宅に私たち夫婦を合わせ5名のチームで担当。 天井まで水に浸かる大きな被害でした。一番の難関は濡れてボロボロの畳。重くてうまく持たないとちぎれてしまいます。大人4~5名で狭い入口から苦労して出しました。 夕方までしっかり作業しましたが、すべての片付けを終える事ができずとても残念でした。 今回実は…紀宝町で活動する計画が電話が繋がらず熊野のボラセンに連絡。熊野のボラセンが拠点を2ヶ所設置されたと聞きます。 「どちらがより人手が足りませんか?」と私。 「紀和町板屋の入鹿サテライトの方が大変です。」という返答。 それで紀和町板屋で活動することになりましたが、 地元の方から 「ニュースとかであまり報道されてないから、大した被害じゃないと思われてるかもしれないけれど、天井まで浸かる水害で家の中めちゃめちゃ。死者がないと大きく報道されないけど…」 という声を聞きました。 山奥の被害状況をきちんと伝えてもっともっとボランティア活動に入ってきてほしいと思いました。 ※紀和町板屋は熊野市街地より山沿いへ車で30分。紀宝町より山奥側の地域です。 私は9月下旬の三連休で東北行きを計画してましたが熊野での活動に変更します。 目下の悩みは日帰り3日間はしんどいが、岩手県山田町のような宿泊場所が整備されていないこと…。(^_^;)
2011.09.10
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今日は、職場で休憩時間に、みえ災害ボランティア支援センターに問い合わせをしていました。 「今回の台風による東紀州の災害支援の動きを教えてください。」と私。 「昨日立ち上がった現地(紀宝町)のボランティア・センターと連携して、近々、災害ボランティア・バスを運行します。」というお答えが…。 着々と活動が動き出しています。 「またホームページ等に募集案内を流しますので…。」というお話に… 「はい!是非ともよろしくお願いします。」と私。 それと… 帰宅後、来る10月2日に開催予定の東日本大震災のチャリティーコンサート(三重県津市美里町のホールが会場)の主催者代表の方と連絡を取り相談していました。 「今回のチャリティーコンサートを東紀州の災害支援の目的も兼ねて実施しては…。」 と私。 「それはもう私も考えていたよ。それに…被災地(紀宝町)へ災害ボランティアにみんなに呼びかけて行こうとも考えているし…。」と代表。 “よかったぁ~!思っていることが一緒で…。” 私は9月下旬に岩手県山田町に行く計画を、山田町の皆さんには少し待ってもらい、まずは三重県紀宝町に出掛けたいと思います。 みえボラの仲間が早速明日、紀宝町に行かれます。 私も早く協力したいです!
2011.09.07
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それは、 2つのメールがきっかけでした。 昨日、昼過ぎに、 今度の日曜日に開催予定だった「東日本大震災のシンポジウム」の延期の連絡メールが斗届きます。 理由は、言うまでもなく東紀州の被害に対する支援への動きでイベント開催どころじゃない。※勿論定期的に継続中の岩手県山田町の支援は続きます! それから…夜には、8月の岩手県山田町で知り合った、茨城県の男性(個人でボランティアを熱心にリピーターで活動されていました)からのメール。 「こちら(私たちみえ災害ボランティア参加の仲間の地元)の被害を気遣う」内容と、 「かつて旅した熊野古道の地域を襲った悪夢に対して胸を痛めている」こと、 「自分に出来ること(支援)は精一杯取り組みたい」という姿勢。 私は… “ハッ”としました。 被害状況の比較を無意識のうちに、していなかったか!? 東北の津波被害にしても、今回の台風に伴う川の氾濫や土砂崩れも、被害者の命の重さはどなたも同じ。 私の住む三重県内の人々の痛みにややもすると鈍感になっていなかったのか? ※天文学的な被害をもたらした東日本大震災の起こった後だけに…。 人権でも、“気づいた”“知った”時からどのような態度・気持・行動が出来るかが問われます。 私も出来るところから動きだします。※今朝から、動き出しています♪
2011.09.06
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したい…。出来ればいいな…。 3月11日以降、東北へ行く直接的な支援にばかりに意識が向いていた私に、 「そう焦ってはいけないよ。個人でボランティア活動に入ることはかえって現地の混乱・迷惑になることもあるから…。」 とアドバイスをいただいたのは、関西の大切な仲間でした。 その一言に沿い、5月の大型連休中に東北行きを模索していた私は一旦断念しました。 そして、お盆休み…夏季休暇を利用して、今回、みえ災害ボランティア支援センターの募集するバスツアーに参加する形を取り、東北での支援活動を実現できました。 ※職場にボランティア休暇申請が出来たのでそれを活用しました。。 ※個人でなく三重からの派遣チームの一員として…。何故だかリーダーをさせてもらいました。 えっと、今からが本題で…言いたいことなんですが、 現地(岩手県山田町)に行ってみて、 ☆非常に支援活動の人数的な不足で、現在も今までも困ってみえたんだ! という事実も、 ☆善意という名の大小・形もバラバラの段ボール箱が体育館のフロア全面を覆い尽くし、2階部分を遥かに超える位うず高く山積みされていたようです。 それを開封し分別・仕分けするスペースさえない(泣)ましてそれをする人手がない(泣)それなのにまた物資が届く…。(泣)まさに“お手上げ”状態!? だったことも…、 ☆三重で自分なりに高額の義援金を各地の募金箱に投入して…ともすれば、自己満足の心理的な部分はなかったかな…と 思い返したりもします。 ※この点でも現地で経済的な復興支援に“お金”はまだまだ不十分ですから、募金活動も力になると強く思えました。 ごちゃごちゃしてきたので、一旦整理すると、 (1)1回切りではなく…今後も幾度も行くど!?…行きたい♪ (2)東北に直接行かない復興支援は探せば…工夫すれば…幾らでもあるということ♪ 直接現地でボランティア活動をする人を職場で支え、応援するのも復興支援の一つ。 東北での絵本の読み聞かせ活動の支援に新本の絵本を集めてみえる活動も…。 今回のようなチャリティーコンサートも僅かしか貢献出来ないかもしれないけれど…少しでも“ゼロ”より前進だと考えて取り組みます。 10月2日に向けて…精一杯準備します。
2011.09.06
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今年に入ってまもなく、私の連れ合いが“新型プリウス”に乗っている関係でトヨタのセールスマンから、プリウスの派生形のワゴン・タイプが近々販売されるという情報をいただき、購入のお約束をしました。 その契約の時点では、納期は夏。8月半ばにはお届けいたします。…という説明をいただいたので、現在愛用しているマツダMPV の車検の事はあまり頭に入っていませんでした。 ※車検の期限は8月29日。 ところが…東日本大震災が発生。状況は一変します。 “納期はいつになるか見通しがつきません”・ ・ ・ それから… “8月末になんとか間に合うように努力しています。 と一時期、聞かせていただいたのですが、最終的に、 “9月下旬まで納期は延びます。”というのがどうやら確定のようです…。 すると… MPV はどうなる? ☆結論☆ 新車は後日の受け取りながら、MPV は本日下取り車として引き取られて行きました。 今日は今朝から車内を隅から隅まで綺麗に掃除して…、 外側は、貼ってある“アローズ関連のステッカー”類をシールはがし液剤を利用してはがしました。 この車のおかげであちこちで球団職員に間違われました。(笑) シールをはがす時に、少し寂しい気持ちになりました。 (ρ_;)
2011.08.28
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先ほどテレビで紹介されていた、俳句甲子園を見学した岩手県大槌高校の俳句部の話題が心に残りました。 ※テレビでパッと見ただけなので俳句やその解釈が正確かはご容赦ください。 タイトルに挙げた句は今回出場した岩手県代表の部の作品。 今回実際に被災地に足を運びその時に感じた思いを込めたそうです。 あえて作者の解釈を載せると“ゆっくりでも復興に向けて進んでいる…進んでゆく姿を蝸牛の姿になぞらえた” かたや、とある出場校の発表した句は、 「被災地にひとつもいないカタツムリ」 解釈は、 “ゆっくりと移動するもの…平和の象徴…が居なくなってしまった驚き・悲しみ”を詠んだそうです。 私が感じたのは句に込めた思いの深さと眼差し。 後者は現在・現状を詠った所までですが、前者は、未来・希望を詠み込んでいるように感じました。 さて、その大槌高校の生徒の一人は、震災を機に、俳句が詠めなくなったそうです。 でも、恩師から 「俳句が出来る人が作って残さなあかん。(語り伝えていくためにも…)」と励まされ、再び詠み始めたということでした。 私も、曲づくりに取り組んでいますが、実際の被災された場所(岩手県山田町…大槌町の隣)で過ごして、何をどう伝えればいいのか音楽に載せればいいか大きな課題です…。 今、自分と再度向かい合い見つめ直しをすることで、その糸口をつかみたいと思っています。 追伸:大槌高校は予選突破はなりませんでしたが、主催者が見学者として招待したそうです。
2011.08.27
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地元に戻ってからも、三重県のボランティア・センターとは、直接訪問や電話でのやり取りを合わせると毎日、センターのスタッフの方と話している現状です。 どうにかして、私個人として、現地山田町に再度ボランティアに入れないか…。やら、地元でどんな活動が展開していけるか…。 リーダー陣が山田町滞在中にスムーズに活動出来る環境づくり等々考えることはたくさんあります。 そんな中、一通のメールを頂きました。 音楽仲間からのメールで、その内容は…、 「義援ライブを近く企画・開催したいが、一緒にやらないか?」 というものでした。 個人的は、今回、岩手県での災害ボランティアの活動に入る前までは、 プロのアーティストたちが、チャリティー目的でされるならそれなりの波及効果も期待出来るし…でも、アマチュアだとその他の要素も絡んでくるのかななどと感じていました。 しかし、山田町で過ごさせてもらい、少し考えが変わりました。 あーだこーだ言っている場合じゃない! 何でもいいから、 あらゆる場所、あらゆる機会をとらえて、現地の、東北の現状を発信すべきだ! という思いでいます。 なにしろ、ボランティアの数は全然足りていません。復興もなかなか進んでいません。 もっともっと、三重県から、全国から、多くの方がボランティアに入っていただきたいのです。 そんな呼びかけの機会の一つにもなると考えたのです。 ライブが“トーク・ライブ”にならないように、気をつけなきゃね(笑) ちなみに… 10月2日に、 三重県津市で 開催されます♪
2011.08.25
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先ほど、宮城県沖で地震が発生したようで起床、一応ラジオをつけて警戒態勢を取りました。津波の心配はないとの事で再び寝て頂きました。 岩手県山田町に現地入りして4日目。毎日ではありませんが地震があると、“万が一”に備えて行動しなくてはならない!という意識が強くなっています。 一昨日、昨日と、作業場所でまず避難経路を確認してから作業を始めていますが、“ここまであの時は津波が来たよ(安全な所はこれより上だよ)”と教えてくださった女性。 また、“(俺の)家の辺りまで来れば大丈夫だ。遠慮なく敷地内に入って構わないよ。”とまで言ってくださった近所の少し高台の所にある家の家主さん。 震災をくぐってこられる前からかもしれません…。しかしそうした言葉かけで、私たちはとても温かい気持…まや安心感を与えて頂きました。 “俺はこの山田町のために…と、一生懸命になってくれる人には出来るだけのこと(協力・応援)してやりたいんさ。” そうおっしゃるのは災害ボランティアに入り私たちの宿泊先であるB&G山田町体育館のすぐ隣にあるオートキャンプ場の管理人さん。 私たちのように支援に入り寝泊まりする方々に、有料である温水シャワーや洗濯機を無料で自由に使わせてくださいました。 (ToT) 人との出逢いやふれあいが素敵だと改めて感じています。 そのためか、この山田町に(他地域は知りませんが…、)個人でリピーターで災害ボランティアに入る方々にも出逢いました。以前(5月以降)ボランティアに入られた時の記録写真を見せていただいたり、その時の様子を教えてもらいました。 山田町はじめ沿岸部の作業はまだまだ進んでいません! もっともっとボランティアに参加していただける方々が増えることを願っています。
2011.08.20
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18日午前中に岩手県山田町に19時間かかって到着しました。 (^_^;) 現地ではうず高く積まれた鉄屑、木屑の山(集積所)で重機がフル稼働していました。 写真集や新聞、テレビで目にした光景が…あちらこちらで見られました。今もまだ被災された建物の屋上に乗ったままの自動車など…。 初日の作業は雨降りだったので室内作業になりました。体育館に所狭しと山になった支援物資(主に中古衣服)を選別する作業はどれだけやってもなかなか減ってゆかない感じでした。 昨日の作業では天気も回復したので午後からは当初予定されていた被災された建物跡の整地(所謂瓦礫撤去作業)に…。 現場は、海苔や牡蠣の養殖が盛んだった湾の堤防のすぐ内側の漁業用倉庫跡らしき土地。(※養殖いかだは9割以上破壊されたそうです。) 福島沖での地震発生を知らせる携帯のアラームがなった時は…まさに堤防のすぐ横での撤去作業中でした。 (°□°;) しかし、既に14時少し前に岩手県であった(みたい…(-.-;))ですが、撤去作業で誰も気がつかず…14時半頃の福島沖の地震で大事をとって高台に避難しました。 津波も岩手にはほとんど来なかったようですが…現地のセンターから避難(作業中断)の指示があり、午後は半分ほどしか活動出来ませんでした。 夜のミーティング中にも地震があり、いったんリュック等を携え、警戒態勢をとって外へ…。 いずれも大した事はなかったけれど、大震災があった地域に身を置いて いるという事実を感じさせられました。 何故だか解らないのですが、今回のボランティアバスツアー21便(20名)のリーダーを任されていて… (*_*) ほとんど個人的なメールなど出来ないくらい慌ただしいです。 今、ふと目覚めて…書いています。
2011.08.19
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ようやく三陸海岸沿いの地域(釜石市)に辿り着きました。がく然とする光景が目の前に…。正直言葉が出てきません。ただ、これまでの災害ボランティアや自衛隊等の取り組みで整地が進みつつあるという事も感じます。 現在、約2時間半遅れ。岩手県山田町での支援活動に支障が出ています。(高速での事故渋滞がネックでした。)
2011.08.17
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まもなく北上JCT。予定より約2時間遅れらしい(泣)。雨も降っていて…。早く着いて活動したいです!
2011.08.17
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30分。先ほど日付が変わりました。14時30分に雨降りの中、津市近鉄駅前のホテル前を出発したバスは、首都高速にようやく入ったところです。 (-.-;) まだまだ岩手県までの道は遠いです…。
2011.08.17
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そこに暮らし、働き、生活されてみえた方々が使ってこられた物品や建物の壊れたもの。単に使っていた…ではなく、愛用されていた、あるいは大事にしまっておられたモノだったりもする…。そうした背景に思いを馳せる事をしなければ、 『瓦礫の撤去』と一般的に表現しているのを真似して、安易に言ってしまいそうな人間だなぁ…と自分の愚かさ・ダメさを改めて痛感しました。 申し遅れましたが、今お話した部分は、来週17日に出発する、岩手県山田町での災害ボランティア事前説明会に出席して感じたことです。 今日は津駅前のビル内で、災害ボランティアの参加者の為に事前説明会が開かれ、事務局の方からの説明に加え、前回のボランティア・パックに行かれた方からのお話を聞かせていただきました。その一部分が 「“瓦礫”を見てどう感じますか?」 でした。 *泥まみれの人形を見て、「これは何ですか?」 →「使えなくなったモノ=ゴミ」では決してなく、「かけがえのないモノ…思い出の品」と感じられますか? *壊れて潰れた家も…「我が家」 *「被災地」という外から眺めているような表現も変で、 そこにみえる方々にとって…それらの方々の目線でその風景を見つめるならば… 「故郷」であり「我が町」としか呼べないでしょう…と、その青年は自然体で語ってくださいました。 参加するに当たっての《べからず集》=“これは気をつけよう”という雰囲気でなかったのがとても良かったと思いました♪ まだまだ肉体労働の人手が求められる現状のようです。 現地の方々のご期待に応えられるように、説明会の冒頭に強調された“まずは自分自身の健康・安全”に注意しつつ、作業してきたいと思います。
2011.08.13
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今回の東日本大震災の被災地での救援物資に関するエピソード。 ある方が、被災地に救援物資に何を送ろうと、ふと思いついたのが…、 “カレンダー” 3月の被災で、1月からのものが比較的安く大量に手に入ったこともありましたが、食料や衣服という必需品ではなく、 「よかったら使ってください」と遠慮がちに送ってみたところ、大変喜んでもらえたそうです♪ 何故か? カレンダーは時の流れ(時間の経過…時計もそう。)を示します。 被災地に必要なのは《希望》 それも、遠い未来の希望ではなく、少し先の希望。そのために役立つモノとして最適なモノだったというわけです。 もう一つ、被災地で調査したところ、希望を持っているのは若者になるほど多いという結果になりました。 これも、“希望には、お金より時間があることが大切だ”という事を示しているそうです♪ ******* 以上、今朝のラジオ番組で話題になっていた内容でした。
2011.08.09
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ついに買ってきましたよ♪「ガラスの仮面47」。 現在わが家にあるコミック部門で、唯一第一巻から最新巻(ガラスの仮面では47巻)まで所有しているのが…この「ガラスの仮面」なのです。作者も公言してみえますが、少女漫画・恋愛物という仮面をかぶったオオカミ…ならぬ、スポ根モノ。主人公(ヒロイン)である北島マヤさんも、その永遠のライバル、姫川亜弓。その両者とも、“ええっ~!?そこまで?”と思わず叫んでしまうくらい、過酷な試練が彼女たちの身にふりかかるのです。 2010年11月よりおよそ9ヶ月ぶりの新刊発刊♪ ようやく、今日読むことが出来ました(笑) あらすじは言えないのがツラいですが、是非ともご鑑賞くださいネ♪ つぎは、「ガラスの仮面48」だぁ~!
2011.08.04
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今朝のラジオ番組で知りましたが、本日8月2日はカレーうどんの日だそうです。 昨年カレーうどんが誕生して百年目を記念して制定されました。何故今日なのか? カレーの日が6月2日 うどんの日が7月2日 それで…8月2日が「カレーうどんの日」に…。 (少し安直?) じゃあ、カレーうどんがどのように誕生したのか…は、 百年前の世の中は洋食ブーム。その人気にあやかりたいと、まずは、“カレー南蛮”が生み出されて…カレーうどんにつながったそうです♪ あいにく、三重県は雨降りでやや肌寒い日に…。猛暑は嫌だと愚痴る反面、今日はそうやって晴れてほしいなぁと願う身勝手さ…を感じました(笑)
2011.08.02
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