《櫻井ジャーナル》

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2012.07.26
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 シリアの反政府軍が採用している戦術は、1980年代にCIAがニカラグアの反革命ゲリラを使ってサンディニスタ軍を攻撃したときに酷似している。ただ、ニカラグアのときよりプロパガンダには力を入れているが。

 1979年7月、中米のニカラグアでサンディニスタの革命が成功、アメリカの支配層やイスラエルと関係の深いソモサ体制が崩壊した。新体制を倒すためにアメリカ政府は反革命ゲリラ「コントラ」を編成、隣国に拠点を作って秘密工作を開始する。

 シリアのアサド体制とニカラグアのソモサ体制を「独裁」という言葉で括ろうとする人もいるだろうが、少なくとも現段階では両者に大きな違いがある。アメリカやイスラエルと敵対しているか、友好的かということである。

 民衆からどの程度支持されているかという点も違う。シリアの場合、アメリカ(ネオコン/親イスラエル派)、イギリス、フランスが長い時間をかけて体制転覆を計画、準備した上で反政府派を組織、資金や武器を提供、プロパガンダも実行して政府を攻撃しているのだが、いまだに倒れていない。それに対し、ニカラグアの場合はアメリカの支援を受けたソモサ体制をサンディニスタが自力で倒してしまった。この差は、庶民が誰を支援しているかということから生じている。

 ニカラグアでの反革命工作で、アメリカ政府は正規の予算から工作資金を捻出できず、別の手段を考えた。サウジアラビアからの支援を受けるだけでなく、イランへの武器密輸やコカインの密売で資金を作ったのである。こうした事実はアメリカ議会やCIAの内部調査でも明らかになっている。(有力メディアは無視したようだが)

 過去を振り返ると、イギリスが清(中国)を侵略するためにアヘン戦争を起こし、中国へ軍事侵攻した日本軍がアヘンを密売していた。インドシナ戦争ではフランスもアメリカも麻薬の密売に手を出している。日米欧の権力者は麻薬に抵抗感を持っていないようだ。(拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』を)

 1979年にはアフガニスタンでアメリカの手先としてイスラム武装勢力がソ連軍と戦い始めるが、このときにもアメリカは麻薬で資金を調達している。インドシナ戦争の当時は世界に流通するアヘン系麻薬(ヘロインなど)の生産量は「黄金の三角地帯」、つまり東南アジアの山岳地帯が圧倒的だったが、アフガン戦争が始まると最大の原産地がアフガニスタンやパキスタンの山岳地帯に移動している。

 アフガニスタンから麻薬の消費地、欧米へ運ぶ主要ルートのひとつがコソボ。NATOと手を組んでユーゴスラビアと戦ったコソボ解放軍(KLA、またはUCK)は麻薬取引で潤沢な資金があったと言われている。バルカン半島ではアル・カイダがNATO側について戦っているが、こうした麻薬取引の関係があるかもしれない。

 古来、ラテン・アメリカでは一種の薬草としてコカが栽培されてきた。この植物に含まれる麻薬成分を抽出して作るのがコカイン。そこで、コントラ工作ではコカインが利用されたわけである。1980年代にアメリカでのコカイン流通量が急増する背景はここにあった。



 ところで、コントラは2系統あった。ホンジュラスを拠点とするFDN(ニカラグア民主戦線)とコスタリカを拠点とするARDE(民主的革命同盟)。北のホンジュラスと南のコスタリカでサンドイッチにしようというわけである。FDNはソモサ体制の治安機関、国家警備隊の隊員を再編成した組織で、ARDEは元サンディニスタ幹部のエデン・パストーラをリーダーとしていた。

 こうした秘密工作は、1981年にロナルド・レーガンが大統領に就任したことも関係している。この年の4月頃にはジェシー・ヘルムズ上院議員の側近がアメリカとアルゼンチンとの同盟を画策しはじめ、ソモサ時代の国家警備隊に所属していたエンリケ・ベルムデス大佐をアルゼンチンに連れて行き、大佐を中心とする武装集団、「9月15日軍団」のメンバーがアルゼンチンで訓練を受けることになった。

 1980年にエルサルバドルの大司教が暗殺されているが、この組織が暗殺に協力したとも言われている。殺された大司教は親米軍事政権による住民虐殺を強く批判していた。この「9月15日軍団」もFDNに参加、コントラの訓練も行っている。この当時、ホンジュラス駐在のアメリカ大使だったのがジョン・ネグロポンテ、ジョージ・W・ブッシュ政権で国連大使を務めた人物である。

 ニカラグアの南、コスタリカを拠点としたのがARDE。一時期はサンディニスタの幹部だったコマンダンテ・ソロことエデン・パストーラを中心とする武装集団である。ARDEが創設されたのは1982年9月のことだった。

 ところで、サンディニスタが倒したソモサ体制は1930年代に始まる。ラテン・アメリカでは、アメリカの巨大資本による支配に抵抗する運動が1920年代から30年代にかけて展開される。その指導者がアウグスト・サンディーノ。「サンディニスタ」はこの人物の名前にちなんでつけられた。

 ラテン・アメリカは元々スペインに支配されていたが、20世紀に入るとアメリカの巨大資本が勢力を拡大してくる。1901年、ウィリアム・マッキンリー大統領が暗殺されたのを受けて副大統領から昇格したセオドア・ルーズベルトは「棍棒外交」を展開したのである。言うまでもなく、その背後にはアメリカの巨大資本が存在した。こうした政策をアメリカ海兵隊の伝説的な軍人、スメドレー・バトラー少将は戦争を「押し込み強盗」になぞらえている。

 こうしたアメリカの侵略行為に反旗を翻したのがサンディーノ。1933年に当時の親米政権はサンディーノと休戦協定を結ぶのだが、その際にアメリカ側はサンディーノ暗殺を計画する。1934年に暗殺を実行したのがアナスタシア・ソモサ・ガルシア。1936年にソモサが実験を握り、翌年に大統領となり、ソモサ体制が確立した。

 その後、アメリカの巨大資本を背景にして権力を手にしたソモサは、間もなくしてシオニストへ武器を提供しはじめる。イスラエルが建国される前、シオニストの武装集団「ハガナ」は世界的に「テロリスト」と見なされていて、武器を調達することが難しかった。そのハガナのためにソモサは武器調達を手伝っている。





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最終更新日  2012.07.26 21:25:02


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