全30件 (30件中 1-30件目)
1

ウクライナを舞台として戦闘に対するウラジミル・プーチン露大統領の姿勢が変化した。クレムリン大宮殿の聖ゲオルギーの間で行われた式典で、プーチン大統領はロシア軍の進撃状況を説明、ウクライナ東南部のドンバス(ドネツクとルガンスク)を含むノボロシアの完全な解放を訴えている。ここにきて戦略的に重要な工業都市、コスティアンティニフカをロシア軍は制圧したが、これは大きな節目になるかもしれない。 イギリス、ドイツ、フランス(E3)はウクライナを支援するため、迎撃ミサイル、長距離打撃能力、弾道ミサイル迎撃システムの共同開発や増産が急務だと主張している。そうした国々の首脳は、ウォロディミル・ゼレンスキーを利用してロシアにダメージを与えようとしている。長距離を飛行できるドローンやミサイルでモスクワやサンクトペテルブルクを攻撃、ロシア国内を動揺させようとしている。 当初、NATOは核戦争へ発展するリスクを避けるためにロシア領内を攻撃しなかったが、戦況が悪化するにしたがい、核戦争へ近づこうとしている。そうした無謀な作戦を実行するため、「ウクライナ軍は主導権を奪還し、ロシア軍に勝っている」というプロパガンダを必死に広めようとしている。E3の指導部はロシアに勝って賠償金を支払わせ、ロシアの指導部を戦争犯罪で裁くという妄想を頭の中に描いているようだ。 これに対し、ロシア政府はNATO諸国との話し合いで戦争を終えることは不可能だと認識、アラスカにおけるプーチンとトランプに会談はウクライナが軍を再建・再武装するための時間稼ぎだったと考えている。それは正しいだろう。西側情報機関の少なからぬ元分析官や情報将校は会談当時からそう指摘していた。 モスクワ高等経済学院の世界経済/国際関係学部の学部長を務めるセルゲイ・カラガノフ教授や元ロシア連邦軍参謀総長のユーリー・バルエフスキー退役上級大将のように、リスクを取らずに中途半端な政策を続けるべきでないと主張する人もいる。 カラガノフは、ロシアが核兵器を使用しない限りロシアへの攻撃は止まないだろうと主張、バルエフスキー退役上級大将は、「いつになったら本当に戦いが始まるのか?」と問いかけている。 プーチン大統領は6月23日、聖ゲオルギーの間で士官候補生に対し、西側諸国は「ロシアの脅威」を捏造した上で、その脅威を作り出したとしてロシアを非難していると述べている。西側では最初からわかっていた話だが、それをロシアの大統領が口にした意味は重い。 また、本ブログでは繰り返し書いてきたことだが、ミハイル・ゴルバチョフが1990年に東西ドイツの統一を認めてから始まったNATOの東への拡大は新たなバルバロッサ作戦。プーチン大統領もそのことを指摘している。 この作戦は2014年2月にNATOがウクライナに手を伸ばした時に始まった。だからこそ、その時に動かなかったプーチン大統領が批判されてきたのだ。2014年2月にバラク・オバマ米大統領がキエフでクーデターを成功させ、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を暴力的に倒してネオ・ナチ体制を樹立したが、このクーデターは明らかに対ロシア戦争の一環だった。「新バルバロッサ」。この段階でロシア政府が動かなかったことをポール・クレイグ・ロバーツ元米財務次官補が批判していたのはそのためだ。 しかし、クーデター体制を拒否する国民は多く、特に東部や南部では7割以上がネオ・ナチ主体の政権を拒否、南部のクリミアはロシアと一体化する道を選び、東部のドンバス(ドネツクとルガンスク)では武装抵抗が始まった。 この反クーデター軍は強く、NATO諸国はクーデター体制の戦力を増強するため、ロシアに「停戦」を持ちかけて2014年の「ミンスク1」と15年の「ミンスク2」を実現する。この停戦合意をキエフ政権は守らなかったが、ロシア政府は守った。 2022年に入るとNATOの指揮下にあるキエフ政権はドンバス(ドネツクとルガンスク)への砲撃を激化させ、大規模な軍事侵攻が噂される事態になる。 そこでロシア軍はウクライナに対するミサイル攻撃を開始、終結していたウクライナ軍部隊や軍事施設、そして生物兵器の研究所を攻撃したのだが、ロシア側は全面戦争を避けようとしてきた。ロシア軍の将軍が殺されても、モスクワやサンクトペテルブルクが攻撃されても自重してきた。 その間、ロシア軍はウクライナ軍を圧倒し、イギリスのベン・ウォレス元国防大臣は2023年10月1日、テレグラム紙に寄稿した論稿の中でウクライナ兵の平均年齢はすでに40歳を超えていると指摘していた。それだけウクライナ兵の死傷者は多く、武器弾薬も兵員も不足している。 必然的にNATOがウクライナへ派遣する軍人や情報機関員が増え、長距離を飛行してロシア領内の深奥部を攻撃できるドローンやミサイルがNATOから供給されるようになったが、そうした兵器を使うためには衛星からのデータ、地上の要員からの情報、飛行ルートの設定などが必要だが、そうした能力をウクライナの軍や情報機関は持っていない。そのためNATOが行っているわけで、すでに代理戦争から直接戦争へステージは進んでいる。 2014年のクーデターはソ連が消滅した1991年12月から始まったとも言える。ソ連消滅後、シオニストの一派であるネオコンは、アメリカが他国に気兼ねすることなく好き勝手に軍事侵略できる時代になったと考え、その考えに従い、国防次官を務めていたポール・ウォルフォウィッツを中心として、1992年2月にアメリカ国防総省のDPG(国防計画指針)草案が作成された。 このプロジェクトにおける最優先事項は新たなライバルの出現を防ぐことにあるが、ドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということも謳われている。1995年以降、日本はアメリカの戦争マシーンになる準備、つまり中国と戦争する準備を急ピッチで進めた。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.30

自衛隊の「指揮統制」において、指揮官らの判断を支援するAI(人工知能)を導入する方針で、そのAIにパランティア・テクノロジーズの「メイブン・スマート・システム」が検討されているという。今年3月、アメリカ国防総省はこのAI指揮統制システムを採用すると発表している。 メイブンはデータ中心型のプラットフォームだとされ、衛星画像、ドローンからの映像、レーダーのデータ、戦場センサー、情報報告などを統合するのだという。今年2月に実施された日米共同統合演習の「キーン・エッジ」でも試験運用された。 陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊を一元的に指揮する常設組織として「統合作戦司令部」が2024年3月に編成され、自衛隊がアメリカ軍の指揮下に入ると言われているが、アメリカ軍の自衛隊がメイブンを導入するのなら、その意味はそこにあるのだろう。 アメリカ軍は2月28日の対イラン攻撃でパランティアのメイブンを使用、攻撃開始から24時間に約1000カ所を破壊、10日以内に攻撃目標は5000に達したとされている。 その際、イランの最高指導者だったアヤトラ・アリ・ハメネイ師のほか、アブドルラヒム・ムサビ参謀総長、アジズ・ナシルザデ国防相、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、そして最高安全保障委員会(SNSC)事務局長でハメネイ師の顧問を務めていたアリ・シャムハニを含むイランの要人を殺害。そして女子小学生が通う学校も攻撃して約150名を殺害した。 アメリカの外交と軍事に大きな影響力を持つネオコンはソ連が消滅した直後の1992年2月、アメリカ国防総省のDPG(国防計画指針)草案として世界征服プロジェクト、いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」を作成した。 そのドクトリンの最優先事項は新たなライバルの出現を防ぐことにあるが、ドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということも謳われている。 しかし、日本はこの方針を嫌がり、抵抗する。1993年8月に成立した細川護煕政権は国連中心主義を打ち出して抵抗した結果、94年4月に倒されてしまう。同年6月から自民党は社会党やさきがけを巻き込んで連立政権を樹立、抵抗したが、押し切られた。 そして1995年2月、ジョセイフ・ナイが「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表してアメリカの政策に従うように命令。このタイミングで日本を震撼させる出来事が相次いだ。 1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布された(地下鉄サリン事件)。松本サリン事件の翌月に警察庁長官は城内康光から國松孝次へ交代したが、その國松は地下鉄サリン事件の直後に狙撃されている。 そして1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙とみなされているスターズ・アンド・ストライプ紙に85年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事を掲載、墜落の際に自衛隊が不適切なことを行なったと示唆した。 こうした衝撃的な出来事のあった1995年を境にして、日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれ、2001年4月に内閣総理大臣となった小泉純一郎は新自由主義を積極的に導入、日本を戦争へと導いていく。そうした流れを止めようとした鳩山由紀夫政権は大手メディアや検察から激しく攻撃され、潰された。そして誕生した菅直人政権は中国との関係を破壊、その次の野田佳彦政権は「自爆」し、2012年12月に安倍晋三が総理大臣に復帰した。 アメリカのバラク・オバマ政権は2011年春にジハード傭兵を使ってリビアやシリアへの軍事侵攻を開始、14年2月にはウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを成功させている。 アメリカ国防総省系のシンクタンク「RANDコーポレーション」が2022年4月に発表した報告書によると、GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲する計画を彼らは持っている。 日本は国防総省の計画に基づき、GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲する計画を進め、自衛隊は2016年に与那国島でミサイル発射施設を建設、19年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設を完成させた。中国を攻撃する準備が粛々と進められている。辺野古へ人々の注意を逸らさせる必要はなくなった。 2022年10月になると、「日本政府が、米国製の巡航ミサイル『トマホーク』の購入を米政府に打診している」とする報道があった。亜音速で飛行する巡航ミサイルを日本政府は購入する意向で、アメリカ政府も応じる姿勢を示しているというのだ。 トマホークは核弾頭を搭載でる亜音速ミサイルで、地上を攻撃する場合の射程距離は1300キロメートルから2500キロメートル。核弾頭を搭載することも可能で、中国やロシアの内陸部にある軍事基地や生産拠点を先制攻撃できる。 ところが、2月28日にアメリカとイスラエルがイランを奇襲攻撃した後、イランから激しく反撃され、防空ミサイルやトマホーク・ミサイルが枯渇してしまった。そこで日本への配備が遅れている。日本に配備されるトマホークはイランと同じように中国を攻撃するために使われるということだろう。 下院議長だったナンシー・ペロシが2022年8月2日に台湾を訪問、中国を挑発した。リチャード・ニクソンは大統領として1972年2月に中国を訪問、「ひとつの中国」を認め、米中の国交を正常化した。中国をアメリカ側へ引き入れることでソ連との関係を引き裂こうとしたのだが、その目的は達成できたと言えるだろう。ニクソンが訪問した後、中国では新自由主義化が進んだ。 ペロシは2022年4月30日に下院議員団を率いてウクライナを訪問、ウォロディミル・ゼレンスキーに対してウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めている。2024年1月に彼女は、ガザにおけるイスラエルの大量虐殺に反対する人たちは「プーチンのメッセージ」を広めているのだと批判した。 ペロシを含むネオコンは中国との関係を悪化させ、ウクライナでの対ロシア戦争を推進、ガザでの大量虐殺を進めようとしていた。彼らにとって台湾独立(中国)、ウクライナのクーデター(ロシア)、ガザでの虐殺(西アジア)はひとつの戦争だということなのだろうが、いずれもネオコンの思惑通りには進んでいない。そうしたネオコンの作戦を作成しているのがパランティアだ。 この会社は2003年にCIAのベンチャー・キャピタル部門であるIn-Q-Telからの資金によって創設された。創設者はピーター・ティール(会長)とアレックス・カープ(CEO)を含む5名。ウォロディミル・ゼレンスキーは5月12日、カープCEOと会談したと語っている。 ティールは決済サービス企業のPayPalを創業した人物で、ドナルド・トランプ大統領を支持、J・D・バンス副大統領のスポンサー。緊急通報システムで知られるカービンの重役でもあるが、カービンの重役は大半がイスラエルの電子情報機関である8200部隊の元将校。同社の出資者にはイスラエル軍の情報機関アマンの局長を経て参謀総長、そして首相に就任したエフード・バラクが含まれ、バラクは同社の会長に就任している。ジェフリー・エプスタインはカービンの主要な資金源のひとりだった。 エプスタインは未成年の少女を性的に搾取/虐待するネットワークを構築した人物。そうした少女を世界の要人に提供し、その様子を記録、その弱みを利用して世界の政治経済を操っていた。 1970年代にイスラエル軍の情報機関ERD(対外関係局)に所属、87年から89年にかけてイツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めたアリ・ベンメナシェによると、エプスタインはギレーヌ・マクスウェルや彼女の父親でミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェルと同じようにイスラエル軍の情報機関、つまりアマンのために働いていた。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019) ティールとエプスタインは2014年から16年にかけて会合を6回ほど予定していたことを示す文書が存在する。ティールの友人であるリード・ホフマンが彼をエプスタインに紹介したという。アメリカ下院の文書によると、エプスタインは2018年に彼を自身のプライベート・アイランドに招待していた。ただ、ティール側は彼がその島を訪れたことはないと主張している。 パランティアは2019年11月、SOMPOホールディングスと共同で日本法人のパンティール・テクノロギーズ・ジャパンを設立し、ヤマトホールディングスと提携、20年11月に富士通はパランティア・ジャパンと戦略的なグローバル・パートナーシップの発展に向けた契約を締結したと発表。今年1月に小泉進次郎防衛相はワシントンDCのパランティアを訪問した。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.29
ドナルド・トランプ米大統領とイランのマスード・ペゼシュキアン大統領が6月17日に署名した合意文書(MoU)には軍事攻撃の停止、ホルムズ海峡の商業船舶に対する60日間の通行料無料での航行再開、イランの港湾に対するアメリカ海軍の封鎖解除、停戦の60日間の延長などが規定されているが、イランは別名目で船舶から料金を徴収している。最終合意に到達すれば、アメリカによって凍結されたイラン資産の返還に加え、イランへの投資を促進することを目的とした少なくとも3000億ドルの民間基金も盛り込まれるというが、これをアメリカが呑むとは思えない。 MoU調印後もホルムズ海峡はイランが管理してきたが、国連の専門機関である国際海事機関(IMO)はUAE(アラブ首長国連邦)やムサンダム半島の海岸線に沿って進む代替ルートについてオマーンと調整してきた。これはイランが管理する航路を迂回するものだ。イランの革命防衛隊(IRGC)は6月25日、この新ルートについて警告を発した。 イランのIRNA通信によると、イランの海軍関係者はこのルートがイランへの事前通知や調整なしに設定されたと指摘、「容認できず、極めて危険である」と主張した。 ホルムズ海峡を通過するために認可された唯一のルートは自分たちが宣言したルートだとイランは主張、違反者に対しては厳正に対処すると宣言。そして6月25日、台湾の長栄海運(エバーグリーン・マリン)が運航するシンガポール船籍のエバー・ラブリーがオマーン沿岸近くの水路を航行中、IRGCのドローンに攻撃され、1機が甲板に命中。エバー・ラブリーはIMOが組織した船団を利用せず、単独でペルシャ湾を抜け出そうとしていた。 6月26日にアメリカ中央軍(CENTCOM)はアメリカ軍機がイランのミサイル/ドローンの貯蔵施設や沿岸レーダー拠点を攻撃したと発表した。ただアメリカ軍による攻撃はアメリカの大手メディアの主張とは違い、イラン側の被害は軽微で、イラン軍による報復攻撃もパフォーマンスにすぎなかったと伝えられている。 国際海事機関の試みはオマーンの協力があってのこと。同国はIMOと連携してペルシャ湾内から船舶を避難させるための回廊を開設した。オマーンの領海でイランが航行を妨害するわけにはいかないため、その回廊を常態化させた後に双方向の航行へ拡大、イランがホルムズ海峡を支配できないようにしようとしたわけだ。イラン政府はこうした展開を避けるため、オマーンの抱き込みを図っていたが、失敗したようだ。 イランとの戦争に敗れたアメリカだが、停戦期間を利用し、なし崩し的にホルムズ海峡の航行を復活させようとしたのだろう。この海峡をイランに管理させておくと、アメリカはペルシャ湾周辺の同国軍基地を再建することができない。逆にイランはアメリカからの軍事的な脅威を減らすため、ホルムズ海峡を管理する必要がある。 また、両国の間にはイスラエルという大問題が存在している。イスラエルはレバノンやパレスチナでの殺戮と破壊を継続、イランとアメリカが最終合意にたどり着ける可能性は大きくない。つまりアメリカとイランの軍事衝突は不可避だと見る人もいる。その時のためにもイランは海峡を管理し続けようとするはずだ。 このところ、イスラエルとアメリカが対立しているかのような話が伝えられている。そうしたことが起こっている可能性はあるが、深いところでイスラエルはアメリカやイギリスと結びついている。イスラエルはアメリカやイギリスの私的権力が作った「不沈空母」で、最終目標は西アジア全域の支配だろう。アメリカやオーストラリアと同じように、先住民を皆殺しにして全域を支配するつもりかもしれない。ちなみに、米英両国がユーラシア大陸の東側に作った「不沈空母」が日本にほかならない。ウクライナも似た状況だ。 そのウクライナにおける対ロシア戦争でアメリカやイギリスを含むNATO諸国は窮地に陥っている。ロシアが長期戦を仕掛けているため、生産能力の低いNATO諸国は軍事的にも経済的にも追い詰められているのだ。しかもアメリカとイスラエルが始めたイランとの戦争の余波で苦しみが強まっている。 西側の帝国主義国が対立しているロシア、中国、イランはいずれも資源があり、生産能力があり、技術力もある。そのベースになっているのは教育。アメリカの公教育は崩壊、有名大学もカネとコネで汚染されている。そのアメリカを追いかけているのが日本だ。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.28

ロシア軍は6月24日、黒海にあるペルヴォマイスキー島を攻撃したと伝えられている。ここは軍事要塞として作られた人工島で、攻撃の前にはイギリスのSBS(特殊舟艇部隊)が駐留、黒海北部を監視すると同時に海上ドローンと破壊工作活動に調整にあたっていた。ロシア領内への攻撃も指揮していた可能性がある。ロシア軍の攻撃でSBSの隊員10名以上が死亡したという。 ロシア軍の内部には2022年2月から同島を攻撃するように主張する意見もあったのだが、これまでロシア政府はそうした攻撃を許可していなかった。昨年8月15日にアンカレッジでドナルド・トランプ米大統領とウラジミル・プーチン露大統領が会談、ロシア側は戦争終結を期待した人もいたようだが、そうしたことになるはずはなかった。プーチン政権もすでにそうした機体を失っている。 ウクライナを舞台にした対ロシア戦争はウクライナを使った代理戦争支援からNATOを主体とする直接戦争へ移行しつつある。アメリカは兵器や情報を提供しているが、戦場で目につくのはイギリスだ。 ロシア領の深奥部を攻撃するために射程距離550キロメートルの巡航ミサイル「ストーム・シャドウ」が使われているが、これはイギリス製であり、衛星情報データの提供や攻撃目標や飛行ルートの設定はイギリスが行っている可能性が高い。ウクライナ単独で攻撃することは不可能だ。 キア・スターマーはイギリスの首相としてロシアを挑発し、首相の座を降りたわけだが、首相が国を動かしているわけではない。これは西側諸国全般で言えること。莫大な富を保有する私的権力が動かしている。その拠点はロンドンのシティであり、ニューヨークのウォール街と連携している。 長距離ドローンでロシア国内のエネルギー関連施設が攻撃され、燃料タンクが炎上している映像も流れているが、ロシア社会に対する影響は小さい。西側ではウクライナが勝利しつつと宣伝する人もいるが、そう知った状態ではない。戦闘でドローンの役割が高まったことから地上での戦闘方法が変化していること、またロシア軍は住民を救出しながら都市を制圧しているので時間を使っているだけだ。確実にロシア軍は支配地域を拡大させている。ロシア軍はここにきて戦略的に重要な工業都市のコスティアンティニフカを制圧した。 本ブログでは繰り返し書いているようにウクライナの東部や南部はロシア文化圏であり、そこに住む人びとは自分たちをロシア人だと考えている。実際、大半の人はロシアに親戚がいて、今でも連絡を取り合っているようだ。そうした人びとをウクライナ軍は粛清している。 ウクライナの街頭では徴兵担当者が戦争の最前線へ送り込む男性を拉致しているが、最近ではその家族や通行人と担当者が乱闘になる様子を撮影した映像も伝えられている。さらわれ、兵士として戦場へ送り込まれた人びとは親衛隊などに監視され、トイレへ行くのも集団だと言われている。事実上、彼らは戦闘奴隷だ。 コロンビアなどラテン・アメリカからも傭兵が送り込まれているが、その中には犯罪組織のメンバーもいて、実戦で戦闘技術を身につけ、兵器を持って帰国し、警官隊と戦うケースもある。 戦闘奴隷や傭兵に戦わせているNATO諸国は自分たちがロシアと戦うつもりはなかったのだろうが、そうは言っていられない状態になっている。ロシア国内では対ロシア戦争の本体であるNATO諸国を攻撃するべきだとする意見が強まっている。 ボリス・エリツィン時代のロシアで西側の私的権力の手先になることで巨万の富を得たオリガルヒのうちクレムリンに従うことを誓った人びとは今でも影響力はあり、エリツィン時代のカネ儲けを夢見ているのだろう。そうした人びとの影響力が低下すれば、それはロシアにとって良いことだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.27

ホルムズ海峡が封鎖されたことで原油やガスのほか肥料の供給も途絶えて供給チェーンが混乱、世界経済は危機的な状況になっている。ドナルド・トランプ米大統領はホルムズ海峡が開放され、石油の輸送量が封鎖前の水準に近づいているかのように主張しているが、この主張は事実でないと言われている。 6月23日にホルムズ海峡を通過した石油タンカーのうちAIS(船舶自動識別装置)信号を発信していたのは7隻で、それ以外を含めると12隻になるとも言われているが、2月28日より前は1日平均40から50隻程度だという。つまり4分の1にも達しないということだが、現在、通過しているタンカーの行き先はアジア向けで、その大半は中国。日本政府とは違い、中国政府はイラン政府と交渉しているのだろう。 日本政府はアメリカ政府の代弁者であるかのようにイラン政府と話してきたと伝えられている。歴代日本政府は中東の産油国と友好的な関係を築き、イランとの関係も悪くなかったのだが、高市早苗政権はそうした関係を壊している。 日本の場合、最も有利なエネルギー資源の潜在的供給源はロシアなのだが、高市政権は中国と同様、ロシアとの戦争へ向かっている。西側の大手メディアによるプロパガンダとは違い、すでにウクライナ軍はロシア軍に圧倒され、ネオ・ナチで編成された親衛隊が残っているくらいのようだ。西側メディアが派手に伝えるロシアのエネルギー施設への攻撃は大勢に影響がない。石油を積んだドローンが攻撃に使われ、数機が防空システムに引っかからずに着弾すれば派手に燃え上がるようになっているだけだ。 2月28日とはアメリカとイスラエルがイランに対する騙し討ち攻撃を実行した日で、イランの最高指導者のアヤトラ・アリ・ハメネイ師、アブドルラヒム・ムサビ参謀総長、アジズ・ナシルザデ国防相、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、最高安全保障委員会(SNSC)事務局長でハメネイ師の顧問を務めていたアリ・シャムハニを含むイランの要人を殺している。 トランプ政権はこの「斬首攻撃」でイランの体制は転覆すると考えていたようだが、そうはならなかった。イランはすぐに反撃し、西アジアにおけるアメリカ軍基地、例えばカタールのアル・ウデイド空軍基地、クウェートのアル・サレム基地、アラブ首長国連邦のアル・ダフラ空軍基地、バーレーンのアメリカ軍第5艦隊基地、サウジアラビアのリヤドにあるプリンス・スルタン空軍基地などが破壊され、イスラエルのテルアビブやハイファといった都市、ディモナにあるシモン・ペレス・ネゲブ原子力研究センター(ディモナ原子炉)周辺を攻撃している。 トランプ政権は昨年12月28日にイランの通貨リアルを暴落させて経済を混乱させ、その混乱を利用して反政府デモを演出した。そのデモをコントロールするため、アメリカは約5万台のスターリンク端末をイランへ密輸、政権転覆工作のために編成したグループに資金と共に渡したとされている。 スターリンクのシステムを通じ、アメリカやイスラエルの情報機関は反政府デモのリーダーたちに対し、イランの治安部隊がどのように動いているかを知らせ、どのように動くべきかを指示していたのだが、イラン政府はスターリンクを遮断することに成功して事態は沈静化した。 アメリカとイスラエルはイラン国内を不安定化する工作に失敗、そのまま斬首攻撃を実行して目的を達成できず、イランの反撃にあって敗北したわけだが、イランの体制転覆計画は1980年代からある。 アメリカのシオニスト、いわゆるネオコンはイラクのサダム・フセイン体制を倒して親イスラエル体制を樹立、シリアとイランを分断して個別に破壊しようとしたのだが、この計画はフセイン体制をペルシャ湾岸諸国の防波堤と認識していたジョージ・H・W・ブッシュ、ジェームズ・ベイカー、ロバート・ゲイツを含む勢力と衝突、両勢力による暴露合戦に発展し、「イラン・コントラ事件」や「イラクゲート」が表面化した。 1991年12月にソ連が消滅、ロシアが属国化されるとブッシュ政権で外交や軍事を握っていたネオコンは世界征服計画を作成する。ソ連の消滅でアメリカは唯一の超大国になったと認識、誰にも配慮せずに行動できる時代になったと考えたのだ。その計画は、1992年2月に国防総省のDPG(国防計画指針)草案として書かれている。 この草案を作成する際に中心的な役割を演じた人物が国防次官のポール・ウォルフォウィッツだったことから、「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。 このプロジェクトにおける最優先事項は新たなライバルの出現を防ぐことにあるが、ドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということも謳われている。1995年以降、日本はアメリカの戦争マシーンになる準備、つまり中国と戦争する準備を急ピッチで進めた。 ネオコンのシンクタンク、PNAC(新しいアメリカの世紀プロジェクト)はこのDPGに基づき、「アメリカ国防の再構築」というタイトルの報告書を2000年に発表、ジョージ・W・ブッシュ(H・Wの息子)政権はその報告書に従って政策を進めることになる。(PNAC, “Rebuilding America’s Defenses,” PNAC, September 2000) この報告書を始動させ、アメリカに侵略戦争を開始させたのは2001年9月11日の出来事。いわゆる9/11だ。ニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)に対する攻撃だ。 ウェズリー・クラーク元欧州連合軍(NATO作戦連合軍)最高司令官によると、9/11から10日ほど後、ドナルド・ラムズフェルド国防長官の周辺はイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、イラン、スーダンを攻撃対象国リストに載せていたという(3月、10月)。そして2003年3月、ブッシュ・ジュニア政権はアメリカ主導軍にイラクを先制攻撃させ、リストに載った国々をアメリカは攻撃していく。そしてアメリカはイランにとりかかったのだが、敗北した。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.26

1945年3月26日にアメリカ軍は慶良間諸島を占領、沖縄を戦場とする戦いは始まり、6月23日に第32軍の牛島満が自殺。9月7日の降伏調印で戦闘は終結した。アメリカ軍の推計によると、回収された日本兵の死体は14万2058人(日本軍に徴用された民間人を含む)、そのうち約4万2000人は戦闘に巻き込まれて死亡した民間人だという。「平和の礎」に名前が刻まれている沖縄人は14万9703人。日本軍が戦争を続けていた目的は「国体護持」、つまり天皇制官僚システムを守ることにあり、国民のために戦っていたわけでも沖縄を守っていたわけでもない。 現在、当時の沖縄と似た状況にあるのがウクライナだ。アメリカのバラク・オバマ政権はビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒すため、2013年11月にキエフにあるユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で反政府運動を開始した。 翌年の2月から棍棒、ナイフ、チェーンなどを手にして前面に出てきたネオ・ナチのグループは石や火炎瓶を投げるだけでなく、ピストルやライフルで銃撃も始め、クーデターを成功させた。その際、2500丁以上の銃をネオ・ナチは広場へ持ち込んでいたとも言われている。 広場の状況を一気に悪化させたのは広場での狙撃。第1発目は音楽協会ビルから撃たれたのだが、そこを管理していたのはネオ・ナチの指導者だったアンドレイ・パルビー。スナイパーは外国人も雇われていた。 この狙撃を調査するため、2014年2月25日にエストニアのウルマス・パエト外相がキエフへ入った。その結果を彼は26日にEUのキャサリン・アシュトン外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)へ電話でスナイパーはヤヌコビッチでなく、反ヤヌコビッチ勢力だと報告しているが、ヤヌコビッチの排除を優先するアシュトンは「議会を機能させなければならない」と応じている。 2017年11月にはパエトの報告を裏付けるドキュメントがイタリアで放送されている。その中で自分たちが狙撃したする3人のジョージア人が登場、警官隊と抗議活動参加者、双方を手当たり次第に撃つよう命じられたとしている。この3人は狙撃者グループの一部で、治安部隊のメンバーとしてジョージアから送り込まれたいう。その証言者によると、キエフのクーデターはジョージアで実行されたバラ革命と同じシナリオで、狙撃の指揮者はアンドレイ・パルビーだとも語っている。(その1、その2) またふたりの研究者、オタワ大学のイワン・カチャノフスキーとカリフォルニア州のCETIS(テロ情報研究センター)のゴードン・ハーンも狙撃はスボボダや右派セクターなどによって行われたという結論に達しいている。(Medea Benjamin & Nicolas J. S. Davies, “War In Ukraine,” OR, 2022) パルビーは2014年5月2日のオデッサ虐殺において中心的な役割を果たした。この虐殺では、数十人のロシア系住民が労働組合会館に閉じ込められ、建物が放火された後に殺害された。元SBU職員のヴァシリー・プロゾロフによると、パルビーは当日、武装民族主義過激派のオデッサへの移送を組織し、その調整を監督していた。 その日、オデッサではサッカーの試合が予定されていて、サッカー・ファンを乗せた列車が午前8時に到着、そのファンをネオ・ナチの「右派セクター」が挑発、広場へと誘導、住民虐殺に繋がった。 こうしたウクライナを舞台にした戦争が始まるのだが、軍や治安機関のメンバーのうち約7割は組織を離脱、一部はドンバスの反クーデター軍に加わったと言われている。そのため反クーデター軍はクーデター軍より強く、NATO諸国はロシアに停戦を持ちかけ、同意させた。それが2014年の「ミンスク1」と15年の「ミンスク2」だ。 クーデター体制は西側に支援されていたが、国民から支持されていたとは言えない。特にヤヌコビッチの支持基盤だった東部や南部は明確に拒否、オデッサはネオ・ナチによる住民虐殺で抑え込まれたが、クリミアはいち早くロシアと一体化、ドンバスでは武装抵抗が始まった。これらの地域はウクライナが独立を宣言した当時、住民投票でウクライナからの独立を決めていたが、西側から拒否され、実現しなかった。 クーデター後のウクライナではネオ・ナチが跋扈する国になり、ロシア系住民は弾圧され、言論の自由はなくなり、西側の意に沿わない政党は存続することができなくなった。そうした中、2019年の大統領選挙で登場したのがコメディアンのウォロディミル・ゼレンスキー。反エスタブリッシュメントや反汚職を訴え、「平和の大統領」を名乗った。 その結果、腐敗してロシアとの戦争へ向かうクーデター体制を嫌っていた人びとに支持されて当選したのだが、政策は変わらなかった。西側の「民主主義国」と同じことが起こったわけだ。ゼレンスキーの任期は2024年で切れ、国民にも支持されていないが、いまだに「大統領」を名乗っている。 このゼレンスキーは2020年10月にイギリスを公式訪問したが、その際、同国の対外情報機関MI6の長官だったリチャード・ムーアを非公式に訪問している。アメリカ海兵隊の元情報将校でUNSCOM(国連大量破壊兵器廃棄特別委員会)の主任査察官を務めたスコット・リッターが製作したドキュメンタリーによると、ゼレンスキーはMI6のエージェントであり、そのハンドラー(エージェントを管理する担当オフィサー)はムーアMI6長官だと推測されている。 現在、ウクライナでの戦闘はNATOが前面に出てきた。アメリカ、イギリス、フランス、ドイツが中心だが、ここにきて特に目立つのはイギリス。ロシア領の深奥部を攻撃するために使われている射程距離550キロメートルの巡航ミサイル「ストーム・シャドウ」はイギリス製だ。 このミサイルで攻撃するためには衛星情報データが必要で、攻撃目標や飛行ルートを設定する必要もある。つまりウクライナ単独では不可能であり、イギリスがロシア領を攻撃したのだ。このミサイルによるロシア領への攻撃を無視した場合、ウラジミル・プーチン露大統領に対する国内の批判は高まる。キア・スターマーはイギリスの首相としてロシアを挑発し、首相の座を降りた。 ウクライナにおける対ロシア戦争でNATOは代理戦争支援から直接戦争への準備へと移行した。ロシアはこれまで以上に大きな戦争に備えていると言われているが、ヨーロッパ諸国は状況を認識できているのだろうか?**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.25

ウクライナを操っているNATOはモスクワやクリミアへの攻撃を実施しているが、使用しているドローンには石油を搭載、数機が防空システムを掻い潜って爆発しても派手に見えるようになっていた。西側諸国が得意なハリウッド映画風の演出だ。 その攻撃から85年前の6月22日、ナチス政権下のドイツ軍は同盟国の軍隊とともにソ連に軍事侵攻した。バルバロッサ作戦だ。その時に投入されたドイツ兵は300万人以上だが、西部戦線に残ったドイツ軍は100万人に満たなかった人と言われている。 この作戦を実行するのに必要な量の石油をドイツは保有していなかったのだが、アメリカのスタンダード石油から供給を受けていた。ドイツへ石油を直接売ることが難しくなったスタンダード石油はベネズエラにあった支社からスイス経由でドイツ占領下のフランスへ売り、そこからドイツへ運んでいたという。 バルバロッサ作戦が始まってから半年後の1941年12月7日、日本軍はマレー上陸作戦を開始、その直後にハワイの真珠湾にあったアメリカ軍基地を奇襲攻撃したのだが、当時、日本にも十分な石油がなかった。真珠湾攻撃の前に行われた試算によると、アメリカと戦争を始めれば3年目から石油が不足すると見通されていた。 日本軍は1939年5月から同年8月にかけてソ連軍とノモンハン付近で戦闘、惨敗した。そこでソ連へ攻め込むべきだとする「北進論」が日本軍の中で勢いを失っていた。1940年からは東南アジアの資源を狙った「南進論」に基づいて動き始め、その年の9月にはフランスが植民地にしていたインドシナを攻撃する。その地域にはイギリスの利権も存在していた。1941年7月に日本軍は「関東軍特種演習」という名目でソ連への軍事侵攻を計画したが、8月に中止が決まり、北進論は消えた。 フランクリン・ルーズベルト大統領はその当時、日本に対する石油の禁輸は「日本をインドシナへ駆り立てる」として消極的。日中戦争が始まる前、つまり1937年までの日本に対する石油輸出量は維持するとしていたが、アメリカでは財務省が石油代金の支払い方法で日本に圧力を加えていた。(岩間敏「戦争と石油(1)」石油・天然ガスレビュー、2006年1月) バルバロッサ作戦の準備に半年から1年は必要だっただろう。1940年6月から12月ということになるが、ドイツ軍は1940年9月から41年5月にかけてロンドンを空襲している。この攻撃でロンドン市民4万人から4万3000名が死亡したという。ソ連への軍事侵攻を計画していたであろう時期にドイツ軍はロンドンを攻撃していた。陽動作戦だった可能性がある。 ロンドンへの空襲が始まる直前、1940年5月下旬から6月上旬にかけてイギリス軍とフランス軍の兵士34万人がフランスの港町ダンケルクから撤退しているのだが、その際にアドルフ・ヒトラーは追撃していたドイツ機甲部隊に進撃を停止するように命じている。その命令は「謎」とされている。 バルバロッサ作戦の際にドイツ軍が西側に戦力をあまり残さなかったことと考え合わせると、ヒトラーには英仏軍を壊滅させる意思がなく、警戒もしていなかったように見える。(David M. Glantz, “The Soviet-German War 1941-1945,” Strom Thurmond Institute of Government and Public Affairs, Clemson University, October 11, 2001) ソ連へ攻め込んだドイツ軍は1941年7月にレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)を包囲、9月にはモスクワまで80キロメートルの地点まで迫る。ソ連軍は敗北し、再び立ち上がることはないと10月3日にヒトラーはベルリンで語り、ウィンストン・チャーチル英首相の軍事首席補佐官だったヘイスティングス・イスメイは3週間以内にモスクワは陥落すると推測していた。(Susan Butler, “Roosevelt And Stalin,” Alfred A. Knopf, 2015) ところが1941年12月からソ連軍の反撃が始まり、モスクワ攻防戦は翌月上旬にドイツ軍の敗北で終わる。1942年8月にドイツ軍はスターリングラード(現在のボルゴグラード)市内へ突入して市街戦になった。当初はドイツ軍が優勢に見えたが、11月になるとソ連軍が猛反撃に転じ、ドイツ軍25万人はソ連軍に完全包囲され、1943年1月に生き残ったドイツの将兵9万1000名は降伏する。 それを見てチャーチルとルーズベルトはすぐにモロッコのカサブランカで会談、シチリア島とイタリア本土への上陸を決め、「無条件降伏」を要求し始める。 計画通り、その年の7月にアメリカ軍とイギリス軍はシチリア島に上陸する。ハスキー計画だ。9月にはイタリア本土を占領、イタリアは無条件降伏する。ドイツ軍の主力は東部戦線で壊滅していたわけで、難しい作戦ではなかった。すでに書いたように、この作戦を主導したのはアメリカ。チャーチルはバルカン半島からの攻撃を望んでいた。ノルマンディー上陸作戦はその翌年だ。最近はアメリカ軍とドイツ軍が戦ったと思っている人が少なくないようだが、これはハリウッドが作り出した御伽話にすぎない。 アメリカが参戦しなくてもヨーロッパではドイツが敗北し、ソ連が勝利することは確定的だったが、アメリカが参戦しなければ、東南アジアでイギリスは日本に利権を奪われることになる。イギリス政府の高官もアメリカの参戦なしに戦争で勝利できないことを理解していた。日本軍の真珠湾攻撃によってチャーチルは大英帝国を生きながらえることができたのだ。(Nu’man Abd Al-Wahid, “Debunking the Myth of America’s Poodle, Zero Books, 2020) 真珠湾攻撃で日本とアメリカとの戦争が始まったわけだが、日本にとってこの戦争がいかに無謀だったかを論じる人は今でも少なくない。確かにその通りだろうが、日本はすでに大陸で戦争を行い、泥沼化していた。1937年時点で中国側の戦力は1600万人、そこへ410万人の日本軍が侵攻したわけで、無謀としか言いようがない。中国を制圧することが不可能なことは最初から明白だった。なぜそのような無謀な侵攻作戦を実行したのだろうか? アメリカ人ジャーナリストのスターリング・シーグレーブとペギー・シーグレーブによると、日本軍は南京を攻略した1937年12月から組織的な財宝の略奪、いわゆる「金の百合」を始める。この略奪工作を指揮していたのは秩父宮雍仁で、補佐役は天皇の従兄弟にあたる竹田宮恒徳だという。秩父宮は駐日アメリカ大使を務めていたジョセフ・グルーとつながっていった。グルーのいとこはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻だ。(Sterling & Peggy Seagrave, “Gold Warriors”, Verso, 2003) ちなみに、上海派遣軍の司令官として南京攻略戦に参加、事実上の最高責任者だった人物は朝香宮鳩彦。昭和天皇の叔父にあたる人物だ。南京攻略の中心人物は秩父宮と朝香宮、つまり皇族のふたりだったとも言えるだろう。 金の百合作戦で日本軍が略奪した財宝の総重量は6000トンに達したと言われている。それらはフィリピンに集められ、そこから日本へ運ぶことになっていた野田が、戦争の途中で輸送が困難になり、フィリピンに隠すことになる。いわゆる「山下兵団の宝物」だ。運び出しに成功した金塊は東京にあるスイス系銀行、マカオにあるポルトガル系銀行、あるいはチリやアルゼンチンの銀行に運び込まれたという。(Sterling & Peggy Seagrave, “Gold Warriors”, Verso, 2003) 日本の敗戦が決まった当時、フィリピンを担当していた日本軍第14方面軍の司令官が山下奉文大将だったことからそう呼ばれるのだが、赴任してきた1944年9月に財宝の集積作業は終盤にさしかかっていた。作戦を指揮した人物とは言いがたい。 作業が進められていたと思われる1941年11月当時の第14軍司令官は本間雅晴中将、翌年8月からは田中静壱中将(当時)、43年5月からは黒田重徳中将、その次が山下大将だ。途中1944年に第14方面軍へ名称が変更された。このうち本間中将は1946年4月にマニラで刑死、田中大将は45年8月に自殺し、山下大将は46年2月にマニラで刑死している。 日本軍の財宝略奪作戦をアメリカやイギリスの情報機関は戦争中から知っていて、日本が降服するとすぐに回収工作を始めた。そして1945年10月中旬、OSS(CIAの前身)のエドワード・ランズデール大尉(当時)は財宝の隠し場所を日本軍の捕虜から聞き出すことに成功した。このランズデールはこの後、CIAの秘密工作に関わる。ジョン・F・ケネディ大統領の暗殺でも名前が出てきた。 1991年12月にソ連が消滅した後、アメリカをはじめとするNATO諸国はこの軍事同盟を東へ拡大させていく。NATOの東への拡大は「新バルバロッサ作戦」にほかならない。 ミハイル・ゴルバチョフが1990年に東西ドイツの統一を認めた際、NATOを東へ拡大させないという条件がついていた。その条件の存在を国務長官だったジェームズ・ベイカーは否定していたが、ドイツのシュピーゲル誌によると、アメリカはロシアに約束したとロシア駐在アメリカ大使だったジャック・マトロックが語っている。(“NATO’s Eastward Expansion,” Spiegel, November 26, 2009) また、ドイツの外務大臣だったハンス-ディートリヒ・ゲンシャーは1990年2月にエドゥアルド・シェワルナゼと会った際、「NATOは東へ拡大しない」と確約し、シェワルナゼはゲンシャーの話を全て信じると応じたという。(“NATO’s Eastward Expansion,” Spiegel, November 26, 2009) それ以外にも、例えばゴルバチョフ大統領やシェワルナゼ外務大臣に対し、統一後もドイツはNATOにとどまるものの、NATO軍の支配地域は1インチたりとも東へ拡大させないとベイカー米国務長官が1990年2月9日に語ったとする記録をジョージ・ワシントン大学のナショナル・セキュリティー・アーカイブが2017年12月に公開している。 バラク・オバマ政権は2014年2月にキエフでクーデターを成功させ、NATOはウクライナを飲み込もうとする。「新バルバロッサ」が始まろうとしていたと言えるのだが、ロシアのウラジミル・プーチン大統領は動かなかった。これはアメリカ側も意外に思ったようだ。 クーデターの後、ウクライナの軍や治安機関のメンバーは約7割が新体制に残ることを拒否、その一部は東部のドンバスで武装抵抗を始めた。一般のウクライナ人も同程度の比率でネオ・ナチが支配する新体制を拒否していた。 それをNATO諸国は力で押さえ込もうとしたのだが、反クーデター軍はキエフのクーデター軍より強く、西側諸国は「停戦」で時間稼ぎすることになったのだ。 そして2022年2月にNATOはウクライナでロシアと戦闘を開始するのだが、一貫して劣勢。アメリカやイギリスはウクライナのスラブ人とロシアのスラブ人に殺し合いさせ、共倒れになってから乗っ取ろうとしたのだろうが、ロシア軍が圧倒している。明治維新以降、日本はイギリスやアメリカの影響下にあり、アングロ・サクソンの支配者に従属することで富と地位を得てきた集団が存在している。そうした集団は「神風」が吹いてロシアが負けることを願っているようだが、神風は吹かない。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.24

キア・スターマー英首相は6月22日にダウニング街10番地前で演説、辞任すると発表した。同時に労働党の党首からも退く。EU、そしてほかのEU諸国と同じようにスターマーはヨーロッパの利益を無視してロシアとの戦争を推進、パレスチナで大量虐殺を続けているイスラエルを支援してきたほか、増税、福祉削減、検閲、政治スキャンダルといった政策を推進、国民からの反発は強まっていた。これはフランスやドイツと似た状況だ。 イギリスの二大政党である保守党と労働党はイスラエルのロビー団体である労働党イスラエル友好協会(LFI)と保守党イスラエル友好協会(CFI)の影響下にあるが、その2協会に資金を提供している人物としてサー・トレバー・チン卿が知られている。チンはイスラエルのパレスチナ人虐殺に批判的だったジェレミー・コービンを攻撃する一方、キア・スターマーが首相になるのを助けた。 2005年にチンは「イスラエル・英国ビジネス協議会」の共同議長としてイスラエルを訪れ、アリエル・シャロン首相の輸出国際協力会議に参加、18年にはトニー・ブレア元首相をはじめとするイギリス政界の有力者数名が出席したハイム・ヘルツォグ元イスラエル大統領の盛大な祝賀会を共同主催している。またイギリス外務省と密かに会談し、イスラエルへの武器輸出について助言を行ってきたとも言われている。 有力メディアもコントロールしている親イスラエル勢力は2020年にパレスチナ人虐殺に批判的だったコービンを労働党党首の座から引き摺り下ろすことに成功、その年の党首選挙でスターマーが勝利した。その年にスターマーはチン卿から5万ポンドを受領。それ以来、彼は「無条件でシオニズムを支持する」と公言している。2019年までスターマーは労働党のパレスチナ中東友好協会に所属、「人権を外交政策の中心に据える」と公約していたのだが、チンから資金を受け取ってからわずか数週間後、シオニストへ豹変したわけだ。 スターマーの前は保守党の首相が続いた。2010年から16年にかけてはデイビッド・キャメロン、16年から19年にはテリーザ・メイ、19年から22年にはウクライナの停戦合意を破壊したボリス・ジョンソン、22年にはロシアに対する憎悪を丸出しにしていた地理の知識がないリズ・トラス、22年から24年まではリシ・スナク。1997年から2007年までは労働党のトニー・ブレアだったが、この人物も親イスラエルで有名だ。 イギリスの労働党は元々親イスラエルだったが、1982年9月にレバノンのパレスチナ難民キャンプ、サブラとシャティーラで虐殺事件が引き起こされた後、親パレスチナへ変化。危機感を抱いた親イスラエル派が引っ張り出したのがブレアにほかならない。 ブレアとイスラエルとの関係は遅くとも1994年1月に始まった。このときにブレアは妻のチェリー・ブースと一緒にイスラエル政府の招待で同国を訪問、帰国して2カ月後にロンドンのイスラエル大使館で富豪のマイケル・レビーを紹介されたのだ。 その2カ月後、つまり1994年5月に労働党の党首だったジョン・スミスが心臓発作で急死、その1カ月後に行われた新党首を決める投票でブレアが勝利している。レビーやLFIのようなイスラエル・ロビーを資金源にしていたブレアは労働組合の影響を受けず、マーガレット・サッチャーの再来と言う人もいた。 ブレアはオックスフォード大学で富と地位のある親を持つ学生しか入れない結社「ブリンドン・クラブ」に所属していた。デイビッド・キャメロンもボリス・ジョンソンも同クラブ出身だ。そのほかナサニエル・ロスチャイルドもいる。政党名にとらわれていてはイギリスの支配構造を理解することができない。 ロシアのエネルギー資源を支配しようとしたジェイコブ・ロスチャイルドはナサニエル・ロスチャイルドの父親。その計画はウラジミル・プーチンのグループによって阻止された。 そのジェイコブの下で働いていたのがミハイル・ホドルコフスキー。ソ連時代に彼はコムソモール(全ソ連邦レーニン共産主義青年同盟)の指導者を務めていたが、そのときにロシアの若い女性を西側の金持ちに売り飛ばす手助けをしていた疑いがある。ソ連時代の1989年に彼はリチャード・ヒューズなる人物とロシアの若い女性を「モデル」としてニューヨークへ送るビジネスを始めたのだ。(Michael Gross “From Russia with Sex”, New York, August 10, 1998) ジェフリー・エプスタインのグループも未成年の女性を「モデル」として売買していた。欧米のショー・ビジネスはこのシステムの一部を構成している。エプスタインはギレーン・マクスウェルと親密だった。ビル・クリントン元米大統領によると、彼がエプスタインよりギレーン・マクスウェルと親密だったのはロスチャイルド家との関係が深かったからだと宣誓供述しているが、エプスタインもロスチャイルド家と結びついている。 NATOはウクライナでロシアと戦っているが、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキーはイギリスの対外情報機関MI6のエージェントで、ハンドラー(エージェントを管理する担当オフィサー)はMI6長官を務めていたリチャード・ムーアだろうとアメリカ海兵隊の元情報将校でUNSCOM(国連大量破壊兵器廃棄特別委員会)の主任査察官を務めたスコット・リッターはドキュメンタリーの中で推測している。 現在、対ロシア戦争でNATOの中心にいるのはMI6だと見られているが、その背景にはシティ、つまりイギリスの金融資本が存在している。これは一種の私的権力だ。 それを遡ると19世紀のイギリス政界では反ロシアで有名なヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)、その後にはネイサン・ロスチャイルド、ウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレット、セシル・ローズというグループが存在する。 ローズは1877年6月にフリーメーソンへ入会、『信仰告白』を書いているのだが、その中で彼はアングロ・サクソンが最も優秀な人種だと主張、そのアングロ・サクソンが「住む世界が増えれば増えるほど、人類にとってより良いものになる」としている。 また、「より多くの領土を獲得するあらゆる機会を捉えることは我々の義務であり、より多くの領土は単にアングロサクソン人種の増加、つまり世界が所有する最も優れた、最も人間的で最も名誉ある人種の増加を意味するという考えを常に念頭に置くべきである」という。 実際、イギリスはアイルランド、アメリカ、オーストラリアで先住民を大量虐殺、パレスチナをはじめとする西アジアで同じことをしていると言える。 イギリスの首相を務めていたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収。そして1917年11月、アーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ書簡を出してイスラエル建国への道を切り開いた。いわゆる「バルフォア宣言」だが、ここからパレスチナ人虐殺が始まる。 ところで、ディズレーリが書いた小説『コニングスビー』の中に、次のようなことが書いてある。「(ジョン・)ハムデン(=オリバー・クロムウェルの従兄弟)による最初の運動から1688年の最後の最も成功した運動(=名誉革命)に至るまで、イングランドにおけるホイッグ党指導者たちの最大の目的はベネツィア共和国をモデルとした高貴な貴族制の共和国をイングランドに樹立することであり、当時のあらゆる思索的な政治家がそれを研究し称賛することだった。」 その計画通りイギリスは寡頭勢力が支配、そのシステムはEUにも採用されている。その寡頭体制を民主主義だと主張する人の気がしれない。**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.23
イラン革命防衛隊(IRGC)が船舶の航行許可証の発行を当面停止、ホルムズ海峡は閉鎖されたと伝えられている。イランとアメリカは6月18日に遠隔で合意文書(MoU)に署名したが、イスラエルがレバノンに対する攻撃をやめず、軍を撤退させてもいないからだ。 アメリカとイスラエルは2月28日にイランを騙し討ち攻撃し、最高指導者だったアヤトラ・アリ・ハメネイ師を含む指導部を一気に暗殺して始まった戦争でアメリカとイスラエルは事実上、負けた。攻撃用のミサイルやドローン、そして防衛用ミサイルが枯渇してしまったのだ。その間にイスラエルのテルアビブやハイファといった都市、ディモナにあるシモン・ペレス・ネゲブ原子力研究センター(ディモナ原子炉)周辺を攻撃し、アメリカ軍が西アジアに駐留している基地、例えばカタールのアル・ウデイド空軍基地、クウェートのアル・サレム基地、アラブ首長国連邦のアル・ダフラ空軍基地、バーレーンのアメリカ軍第5艦隊基地などが破壊されている。 アメリカとイスラエルはこの奇襲攻撃でイランの体制を転覆、親イスラエル体制を樹立するつもりだったのだろうが、逆に敗北、ホルムズ海峡封鎖という事態になり、アメリカだけでなく世界の経済が危機的な状態になった。 少なからぬ人が指摘していることで、本ブログでも書いたことだが、アメリカが保有している戦略石油備蓄(SPR)の減少が激しい。ニューズウィーク誌はEIA(エネルギー情報局)が公表した統計に基づき、5月中旬にSPRを含む総貯蔵量はほぼ1年ぶりの低水準まで落ち込んだと指摘。5月下旬には3億7200万バレル、6月12日までの週には3億4025万まで減少していた。また夏には東アジアや欧州諸国で「在庫が底をつく」状態となるため、アメリカからの輸入需要がさらに高まるともしている。 SPRの地下貯蔵庫の石油レベルが貯蔵容量の約20%を切ると貯蔵庫の構造的健全性が損なわれる可能性があると言われているが、SPRの設計貯蔵容量約7億2,700万バレルであり、約1億4500万バレルが危機ラインだと言える。6月12日までの週に3億4025万バレルだったので、余裕は約1億9500万バレルということになる。アメリカでは1日に2000万バレルを消費するとされているので、10日弱。SPRだけを消費すると仮定すると10日分にもならない。 それだけ逼迫しているわけで、だからこそドナルド・トランプ米大統領はイランに「降伏」したのだが、これはホルムズ海峡の航行を復活させることが目的だったと推測されている。 イスラエルはイギリスを支配する私的権力がサウジアラビアの後に作り上げた国であり、イギリスもアメリカも「航空母艦」として使っている。イスラエルを運営しているカルト集団もいるが、この集団が主人であるわけではない。アメリカやイギリスがその気になればイスラエルは存在しえない。 パレスチナにイスラエルを「建国」しようというシオニストが生まれたのはエリザベス1世の時代(1593年から1603年)のイングランド。当時、スペインやポルトガルは南アメリカを侵略し始め、アステカ王国やインカ帝国を倒して金、銀、宝石などを略奪、先住民を酷使して鉱山開発も行った。 そうした鉱山の象徴的な存在がボリビアのポトシ銀山。この銀山だけで18世紀までに15万トンが運び出されたとされ、スペインが3世紀の間に南アメリカ全体で産出した銀の量は世界全体の80%に達したと言われている。 そうした財宝を運ぶスペインの船を海賊に襲わせ、奪っていたのがイングランド。エリザベス1世が雇った海賊にはジョン・ホーキンス、フランシス・ドレイク、ウォルター・ローリーがいる。人身売買にも手を出してた海賊にはナイトの爵位が与えられている。(Nu’man Abo Al-Wahid, “Debunking the Myth of America’s Poodle,” Zero Books, 2020) こうしたイングランドの支配集団から「ブリティッシュ・イスラエル主義」が出現、これがシオニズムになる。 最初のキリスト教シオニストは16世紀に生きた司祭のギヨーム・ポステルだとも言われている。彼はフランス国王に聖地の再征服、ローマ教皇制の腐敗の終焉、そして黄金のモスクの跡地に第三神殿の再建を求めた。それが実現すれば、すべての隠された事柄が明らかになり、世界にはカバラという一つの宗教だけが存在するようになるというのだ。 当時、イングランドの支配層の間でアングロ-サクソン-ケルトは「イスラエルの失われた十支族」であり、自分たちこそがダビデ王の末裔だと信じる人が現れ、人類が死滅する最後の数日間にすべてを包括する大英帝国が世界を支配すると予言されているという妄想が広まった。 19世紀のイギリスには世界侵略を推進する政治家がいた。反ロシアで有名だったヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)だ。彼は戦時大臣、外務大臣、内務大臣を歴任した後、1855年2月から58年2月まで、そして59年6月から65年10月まで彼は首相を務めている。ビクトリア女王に対し、アヘン戦争を指示したのもパーマストン卿だ。彼の政策はセシル・ローズ、ナサニエル・ロスチャイルド、アルフレッド・ミルナー、ウィンストン・チャーチルらが引き継ぐ。 アングロ・サクソンが世界を征服するべきだと主張したセシル・ローズは1871年にNMロスチャイルド&サンの融資を受けて南部アフリカでダイヤモンド取引に乗り出して大儲けした。 ローズは1877年6月にフリーメーソンへ入会した後、『信仰告白』を書いたが、その中で彼はアングロ・サクソンが最も優秀な人種だと主張し、そのアングロ・サクソンが「住む世界が増えれば増えるほど、人類にとってより良いものになる」と主張、「より多くの領土を獲得するあらゆる機会を捉えることは我々の義務であり、より多くの領土は単にアングロサクソン人種の増加、つまり世界が所有する最も優れた、最も人間的で最も名誉ある人種の増加を意味するという考えを常に念頭に置くべきである」としている。 キャロル・クィグリーによると、1901年まで「選民秘密協会」を支配していたのはローズ。彼以降はアルフレッド・ミルナーを中心に活動した。ミルナーはシンクタンクのRIIA(王立国際問題研究所)を創設した人物としても有名で、「ミルナー幼稚園」や「円卓グループ」も彼を中心に組織されたという。アメリカのCFR(外交問題評議会)はRIIAの姉妹組織だ。 アメリカ、イギリス、イスラエルはヨーロッパの属国を率いてロシアに戦争を仕掛け、西アジア全域の支配を目指し、アルバニアやアゼルバイジャンの政府はイスラエルに乗っ取られ、キプロスの半分はイスラエルの植民地と化し、アルゼンチンもイスラエルに支配されつつある。 アメリカとイスラエルによるイラン攻撃は根が深く、和平の実現は至難の業。アメリカやイギリスの私的権力が彼らの長期戦略を放棄しない限り、無理だ。アメリカやオーストラリアの先住民が大量虐殺されたのも、そうした長期戦略に基づいている。**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.22
露軍がコスティアンティニフカ包囲を継続 ロシア軍は包囲してコスティアンティニフカの市内へ市の北西部から入り、工業地帯と高層住宅街へ立てこもったウクライナ軍部隊を掃討、私服で市外に脱出するウクライナ軍将校も少なくないという。 この都市はドネツクにおける戦略的に重要な工業都市で、この地域におけるウクライナ軍最後の主要防衛線を形成する一連の都市へ繋がっている。そのため、コスティアンティニフカが陥落すれば、北部地域はロシア軍が使っているドローンの射程圏内になる。またウクライナ軍はすでに装甲車両で移動できない状態で、兵站線が断ち切られつつあるようだ。このほか全ての戦線でロシア軍が前進している。 そこでウクライナ軍はロシア軍の進撃を阻止するため、コスティアンティニフカ近郊のルシン・ヤール村付近でアンモニアパイプラインを爆破したのだが、そこまで追い詰められていると言える。だからこそドナルド・トランプ大統領はウクライナから離れ始めたのだが、イギリス、フランス、ドイツ(E3)をはじめとするヨーロッパの寡頭体制はロシアとの戦争に執着している。イスラエルと同様、米国頼りの欧州寡頭制 E3と同じように、日本を管理している勢力はアメリカがロシアやイランを簡単に粉砕できるという前提で戦争を始めた。その前提が崩れているのだが、軌道修正できずにいる。戦況が不利だと認識してウクライナやイランから距離を置きたがっているアメリカとは違う。 イスラエルと同じようにアメリカを戦争へもう一度引き込もうと必死なE3では政府の支持率が大きく低下している。自国を破滅へと導いていることを認識しているからだが、日本政府は「首なし鶏」のように走り回りながらロシアや中国との戦争へ向かい、イランを敵に回した。 日本では明治維新以来、天皇制官僚システムというカルト体制が続いている。その背後に存在しているのがシティやそこからスピンオフしたウォール街の私的権力、つまり金融資本。戦前も戦後も日本を動かしているのは米英の私的権力が代理人として使っている人びとだということは本ブログで繰り返し書いてきた。 ところが、現在、日本を動かしている勢力が従っている米英の私的権力は揺らいでいる。その私的権力の政治部門として活動してきたネオコンは傲慢で、その腕力頼みの戦術が中国とロシアを接近させ、ここに来てイランが中露と同盟関係を結ぶことになった。 それを見てアメリカの非ネオコン勢力はウクライナやイランでの戦乱から距離を置き始め、混乱の責任をウクライナのウォロディミル・ゼレンスキーとイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフに押し付けて逃げようとしている。 オバマ政権がロシアとの政治的、そして軍事的な緊張を高め、結果としてロシアと中国を接近させたネオコンの戦略に危機感を覚えたヘンリー・キッシンジャーは2016年2月にモスクワを訪問してロシアとの関係修復を図り、その路線をドナルド・トランプが進ことになるが、民主党はCIAやFBIと共同で「ロシアゲート事件」をでっち上げ、その目論見を妨害した。 これも本ブログで何度も書いてきたことだが、ネオコンはキエフのネオ・ナチ体制の軍事力を増強するため、2014年の「ミンスク1」と15年の「ミンスク2」、ふたつの「停戦」で時間を稼いだ。 2022年に入るとNATOの指揮下にあるキエフ政権はドンバス(ドネツクとルガンスク)への砲撃を激化させ、大規模な軍事侵攻が噂される事態になったが、ウクライナ軍が動く前にロシア軍がウクライナに対するミサイル攻撃を開始、終結していたウクライナ軍部隊や軍事施設、そして生物兵器の研究所を攻撃した。 当初、ロシア軍の兵力はウクライナ軍の数分の1だったと言われているが、ウクライナ軍は圧倒される。ドンバスの反クーデター軍が強かったこともあるが、ドンバスを含むウクライナの東部や南部はロシア文化圏で、そこに住む人びとは自分たちをロシア人と認識していた。つまり、ロシア軍はホームで戦っていたのであり、事実上、ウクライナ軍は占領軍だったのである。 そこでキエフ政権はすぐにロシア政府と停戦交渉を開始、ほぼ合意に達した。仲介役のひとりだったイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットは交渉の内容を長時間のインタビューで詳しく話した。 ベネットは2022年3月5日にモスクワへ飛んでプーチン大統領と数時間にわたって話し合い、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領を殺害しないという約束をとりつけることに成功、その足でベネットはドイツへ向かってオラフ・ショルツ首相と会った。SBUはその3月5日、キエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームで中心的な役割を果たしていたデニス・キリーエフを射殺している。 停戦交渉はトルコ政府の仲介でも行われ、やはり停戦でほぼ合意に達していた。その際に仮調印されているのだが、「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案をプーチン大統領はアフリカ各国のリーダーで構成される代表団が2023年6月17日にロシアのサンクトペテルブルクを訪問した際に示している。 それに対し、イギリスの首相を務めていたボリス・ジョンソンがキエフへ乗り込み、戦争を継続するようウォロディミル・ゼレンスキー大統領に命令、停戦合意は壊された。2022年4月9日のことだ。(ココやココ) ウクライナで戦争を始めたネオコンはイギリスと関係が深く、そのイギリスはウクライナとロシアの停戦も壊した。ロシアを戦争で疲弊させようとしていたイギリスはウクライナが戦争を止めることを許さなかったわけだ。その一方、ネオコンはイスラエルと共同でイランを奇襲攻撃して体制の転覆を図った。そのネオコンが書いたシナリオ通りに動いているのが日本だ。キエフ体制とシティの私的権力 現在のウクライナ体制を作り出したのはアメリカのバラク・オバマ政権。ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒すため、2013年11月から14年2月にかけての時期にキエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で仕掛けたクーデターを仕掛け、成功したのだ。 当初の反政府集会はカーニバル的な雰囲気で、2014年12月に参加者は約50万人に膨らんだという。翌年の2月にネオ・ナチのグループが前線に現れ、広場は修羅場と化した。 ウクライナでは当時、軍や治安機関の大半はネオ・ナチを拒否していた。そこでヤヌコビッチはネオ・ナチの暴動を鎮圧することができたと見られているが、彼は国外へ脱出、ネオ・ナチ体制が樹立された。その体制を軍や治安機関の約7割は組織を離脱、その一部はドンバス(ドネツクとルガンスク)の反クーデター軍へ合流したと言われている。 それに対してアメリカ/NATOはロシアに対する威嚇を開始、2014年4月にはアメリカ海軍の駆逐艦ドナルド・クックを黒海へ入れ、ロシア領に接近させたが、その艦船の近くをロシア軍のSu24が飛行した後に状況は一変した。ドナルド・クックはすぐルーマニアの港へ入り、その後、ロシアの国境には近づかなくなったのだが、ロシアでの報道によると、ロシア軍機は「キビニECMシステム」を搭載、ドナルド・クックのイージス・システムを麻痺させたという。 ロシアを征服、スラブ人を殲滅する前段階にウクライナを制圧するのはイギリスを支配する私的権力が19世紀から計画していたことだ。その計画はイギリスの政界に君臨していたパーマストン子爵(ヘンリー・ジョン・テンプル)の発案だという。 パーマストン子爵は戦時大臣、外務大臣、内務大臣を歴任、1855年2月から58年2月まで、そして59年6月から65年10月まで首相を務めた人物。ビクトリア女王にアヘン戦争を指示したのもパーマストン卿。彼はロシアをイギリスにとって最大のライバルとみなし、「ウクライナ人はわれわれが反ロシア蜂起のストーブに投げ込む薪だ」と語っている。 しかし、バラク・オバマ政権にしろイギリスの私的権力にしろ、1991年12月にソ連が消滅した際、ロシアも彼らの植民地になったと認識、世界征服プロジェクトを始める時がきたと考えたようだ。手始めに攻撃した相手がユーゴスラビアである。ニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された2001年9月11日以降、ジョージ・W・ブッシュ政権は計画通り、侵略戦争を開始するのだが、その侵攻作戦は失敗、しかもロシアではウラジミル・プーチンを中心とするグループが再独立に成功したのだ。 欧米の強大な私的権力の植民地になったロシアには彼らの代理人としてオリガルヒと人びとが生まれていた。そのひとりがミハイル・ホドルコフスキーである。 ジャーナリストのマイケル・グロスによると、ソ連時代に彼はコムソモール(全ソ連邦レーニン共産主義青年同盟)の指導者だったが、そのときにロシアの若い女性を西側の金持ちに売り飛ばしていた疑いがある。ソ連時代の1989年に彼はリチャード・ヒューズなる人物とロシアの若い女性を「モデル」としてニューヨークへ送るビジネスを始めたのだ。(Michael Gross “From Russia with Sex”, New York, August 10, 1998) ジェフリー・エプスタインの稼業を連想させるが、その1989年にホドルコフスキーは銀行設立のライセンスを取得し、メナテプ銀行を設立した。違法送金やマネー-ロンダリングが目的だったとみられている。そして1995年に彼は石油会社のユーコスを買収した。(The Village Voice, September 7, 1998) ホドルコフスキーによると、会社の大株主を監視する「保護者」が存在、その株主に何らかの圧力がかかった場合、管理書類を別の人物に渡すのだという。会社を本当に支配しているのはその「保護者」だと言えるが、ホドルコフスキー場合、それはシティに君臨するジェイコブ・ロスチャイルドだった。欧米の計画通りに進めば、ロシアの石油利権はジェイコブ・ロスチャイルドが握っていたのだろう。 そのジェイコブの前に立ちはだかったのがウラジミル・プーチンにほかならない。大統領に就任したプーチンはロシアの国営石油会社ロスネフチにユーコスの資産を買収させ、ロスチャイルドの計画を阻止した。 ウクライナにおける資金の動きをコントロールしているのは巨大金融機関のブラックロックやJPモルガン。ブラックロックは2022年後半からウクライナ政府のコンサルタントを務め、ブラックロック傘下の企業はウクライナの戦略的資産の大部分を支配するようになったと報道されている。なお、ドイツのフリードリヒ・メルツ首相はブラックロックで監査役を務め、エマニュエル・マクロン仏大統領はロスチャイルド銀行で働いていた人物。イギリスのキア・スターマー首相はシオニスト、つまり親イスラエルであることを公言している。 西側の巨大資本はウクライナの穀倉地帯を狙っているが、2022年には約3分の1をカーギル、デュポン、モンサントの3社が所有、この3社は効率性を高めるため、コンソーシアムとして契約を締結して事業を開始した。このコンソーシアムは事実上、ウクライナの土地の半分以上を支配している。 カーギル、デュポン、モンサントの主要株主にはブラックロックのほか、バンガードやブラックストーンといった「闇の銀行」が名を連ね、ゼレンスキーはブラックロックのほかJPモルガンやゴールドマン・サックスと協力関係にある。シティの私的権力と明治体制 ロシアの隣国やイランを戦乱に巻き込んだアメリカやイギリスの私的権力、いわゆるウォール街やシティは明治維新以降、日本の大きな影響力を及ぼしてきた。その私的権力の中心にはアヘン戦争で儲けた麻薬業者がいる。歴史の教科書に出てくるジャーディン・マセソンもそうした業者のひとつであり、中国(清)における麻薬取引の中心にはイラク系ユダヤ人のサスーン家が存在していた。蒋介石も麻薬取引に関係していたひとりだ。 ジャーディン・マセソンは1859年にふたりのエージェントを日本へ送り込んできた。ひとりは長崎へ渡ったトーマス・グラバーであり、もうひとりは横浜のへ送り込まれたウィリアム・ケズウィック。後者の母方の祖母はジャーディン・マセソンを創設したひとりであるウィリアム・ジャーディンの姉だ。 グラバーとケズウィックが来日した1859年にイギリスのラザフォード・オールコック駐日総領事は長州から5名の若者をイギリスへ留学させることを決め、井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)が選ばれる。この若者は1863年にロンドンへ向かうが、この時に船の手配をしたのがジャーディン・マセソンだった。 薩摩も1865年に留学生15名をイギリスへ派遣しているが、この時に船を手配したのはグラバー。その留学生の中には五代友厚、森有礼、長沢鼎も含まれていた。年少の長沢以外はロンドン大学へ入学した。 その後、薩摩からの送金が途絶えたことから9名の留学生は帰国したが、長沢や森を含む6名はアメリカへ渡り、ニューヨークに拠点があった心霊主義を信奉するキリスト教系カルト団体「新生兄弟」へ入る。イギリスでこのカルトに取り込まれていたのだろう。 何人かはすぐに離脱したが、長沢と森は残る。その森も1868年に帰国したが、長沢ひとりは残った。のちに長沢は教団を率いることになるが、1890年代前半に解散している。その一方、ワインの醸造所を建設してビジネスは成功、「ワイン王」とも呼ばれている。 森は文部大臣に就任、「教育勅語」を作るなど天皇カルト体制の精神的な基盤を作るが、その一方、森の下、日本へ迎えられたルーサー・ホワイティング・メーションを中心に唱歌が作られる。安田寛によると、その目的は日本人が讃美歌を歌えるようにすることにあった。(『唱歌と十字架』音楽之友社、1993年) 日本の中国侵略は1872年に琉球を併合した時から始まる。「維新」で誕生した明治体制は琉球併合の後、1874年に台湾へ派兵、1875年に江華島へ軍艦を派遣、そして1894年の日清戦争、1904年の日露戦争へと進んだが、こうした侵略はアメリカやイギリスの外交官に煽られてのことだ。 この時と同じように歴代の日本政府は沖縄にミサイル発射施設を建設し、台湾、韓国、フィリピンと軍事協力を推進しようとしている。日本国内で戦争体制が整えられているのは必然だ。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.21

フランスのエビアンでG7サミットが開催された直後、モスクワへ向かって約200機の燃料油を積んだドローンが発射され、そのうち6機が防空システムを突破して集合住宅や石油精製施設に命中、炎上した。撃墜率は97%ということになる。せいぜい1割程度と言われているアメリカやイスラエルの防空システムに比べると格段に優秀だ。この攻撃による経済的な打撃は大きくないが、炎と黒煙は人びとを驚かす。それが攻撃の目的だろう。 ロシア周辺には弾道弾迎撃ミサイル・システムのS-400やS-500が配備位されているが、市内の主要建造物には対空機関砲と短距離対空ミサイルを組み合わせたパーンツィリが設置されているが、そのほかEMP(電磁パルス)兵器が配備されている可能性もある。いずれにしろ、アメリカやイスラエルのシステムとは違い、機能している。 モスクワを攻撃しているドローンは長距離を飛行することが可能な機種で、ウクライナでは生産されていない。つまりNATO諸国で生産されているのだが、ドローンを誘導するシステムもNATO頼み。飛行経路もロシアからの攻撃を避けるため、バルト三国からロシアへ侵入しているようだ。以前からNATO諸国は特殊部隊や情報機関員をウクライナへ侵入させていたが、今ではNATOの将校が作戦を指揮している。ウクライナでの戦闘はすでにロシア軍とNATO軍の戦いになっている。 今回のモスクワ攻撃を受け、スーミ、ポルタバ、ドニエプロペトロフスク、そしてキエフが報復攻撃された。キエフでは地下軍事司令部が破壊されたほか、ウクライナの政治エリートが居住するコンチャ-ザスパも攻撃された。これまでクレムリンはウクライナのエリートやNATOの将校たちに対する攻撃を控えてきたが、方針を変えたのかもしれない。 アメリカとイスラエルはイランを奇襲攻撃した際、パランティア・テクノロジーズの指揮統制システム「メイブン・スマート・システム」を使ったと言われている。同社を創設したひとりのアレックス・カープCEOは5月12日、ウォロディミル・ゼレンスキーと会談するなどウクライナとも深く結びついている。同社の指揮統制システムはイランとの戦争で敗北したが、ウクライナでもロシア軍に圧倒されている。ウクライナでもパランティアは負けていると言えるかもしれない。それを誤魔化すため、「映え」を狙って石油施設をドローンで攻撃、戦況は半年遅れで発表している。 しかし、プーチンの慎重な姿勢に対する批判は国内で高まっている。一般人だけでなく、モスクワ高等経済学院で世界経済/国際関係学部の学部長を務めるセルゲイ・カラガノフ教授、あるいは元ロシア連邦軍参謀総長のユーリー・バルエフスキー退役上級大将も、リスクを取らずに中途半端な政策を続けるべきでないと主張している。 前線で死んでいる兵士はウクライナ人であっても、兵器を供与し、軍事情報を提供、作戦を指揮しているのはアメリカやイギリスをはじめとするNATO軍。なぜNATO諸国を攻撃しないのかという怒りの声がロシア国内で高まっている。NATOがネオ・ナチを使っていることもロシア人を怒らせている。プーチン大統領としても、強硬策を取らざるをえなくなりそうだ。**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.20
ドナルド・トランプ米大統領は6月17日、フランスのベルサイユ宮殿で合意文書(MoU)に署名してその写真をイラン側へ送付、イランのマスード・ペゼシュキアン大統領も署名した。それを受け、イラン外務省は覚書の本文が正式に確定、「双方によって署名された」ことを確認した。予定されていたスイスでの署名式は行われない。何らかの妨害工作が行われるという情報があり、式はキャンセルされたようだ。 覚書の本文は事前に流れていたものと大差はなく、アメリカの降伏文書だという人もいるが、今回の署名は交渉の始まりに過ぎず、最終合意までの道のりは長い。イランにはアメリカとの交渉に反対するグループが存在、アメリカではAIPACのようなシオニスト・ロビーと親イスラエル派議員(つまり大半の議員)が交渉を止めるように迫っている。最終的には隠されている「ジェフリー・エプスタインのファイル」が明らかにされる可能性もある。 しかし、イスラエルとアメリカが2月28日にイランを奇襲攻撃、最高指導者だったアヤトラ・アリ・ハメネイ師を含む指導部を一気に暗殺して開始された戦争はイランの反撃にあい、イスラエルはテルアビブやハイファといった都市が破壊され、情報機関の本部や軍事基地、またディモナにあるシモン・ペレス・ネゲブ原子力研究センター(ディモナ原子炉)も攻撃された。 西アジアにあるアメリカ軍基地も破壊されたが、その中にはカタールにあるアル・ウデイド空軍基地、クウェートのアル・サレム基地、アラブ首長国連邦(UAE)のアル・ダフラ空軍基地、バーレーンのアメリカ軍第5艦隊基地、サウジアラビアのリヤドにあるプリンス・スルタン空軍基地なども含まれる。 3月27日にはサウジアラビアのプリンス・スルタン空軍基地に駐機していたAWACS(早期警戒管制機)のE-3と2機のEC-130H電子戦機をイラン軍は破壊、KC-135空中給油機複数機も機能不全の状態にした。6月10日にはアメリカ海軍第5艦隊の基地やヨルダンにあるアル・アズラク空軍基地などに対する報復攻撃を実施して管制センターを破壊。同空軍基地に配備されていたF-35戦闘機12機を収容していた格納庫を破壊したことをロシア軍のウラジミル・ポポフ少将が確認している。 一連の戦闘でイスラエルやアメリカは攻撃用のミサイルやドローン、そして防空用ミサイルが枯渇、戦闘の継続が難しくなったが、重要な軍事施設は地下にあるイランはミサイルやドローンの余裕があり、生産もしている。地上では建造物が破壊され、住民が殺害されているものの、戦闘は継続できる。 こうした軍事面だけでなく、原油などの輸送が止まったことでアメリカを含む世界は厳しい状況に陥った。EIA(エネルギー情報局)が公表した最新統計によると、5月15日までの1週間で原油在庫は1780万バレル減少、その結果、戦略石油備蓄(SPR)を含む総貯蔵量はほぼ1年ぶりの低水準まで落ち込んだ。輸送が再開されなければ、夏には備蓄された石油が底をつくと見られていた。 アメリカはSPRを高値をつける外国へ振り分けていたようだが、その備蓄が枯渇しつつあるわけで、日本のような国も危機的な状態だった。今回の合意でホルムズ海峡の航行が始まるとしても、原油を積んだタンカーはすでに4カ月ほど経過、原油の状態は悪く、何らかの処理をする必要があり、タンカー自体の状態もチェックしなければならない。 また到着地で原油を受け入れるタンクが存在しているか、処理するためのプラントを稼働させるためにどの程度の時間が必要かという問題もある。輸送の再開が順調に進んだとしても、戦争前の状態に戻るまでに数カ月は必要だと言われている。 タンカーの航行が止まった理由のひとつは保険にあった。船の保険を扱っているロイズ・オブ・ロンドンはペルシャ湾とホルムズ海峡の周辺を戦争リスク区域に指定、船体や貨物の保険に割増保険料が課されている。覚書が締結されても保険会社はすぐにこの指定を解除することはない。この指定が解除されるまで、タンカーの航行が元に戻ることはないはずだ。 数カ月後に状態が元に戻ったとしても、11月の中間選挙が終わった後にトランプ大統領はイランに対する攻撃を再開する可能性がある。戦闘が再開された場合、イスラエルやアメリカ軍の基地はこれまで以上に大きなダメージを受けるが、イスラエルやその背後にいる勢力がそれを望んでいるからだ。 ウェズリー・クラーク元欧州連合軍(NATO作戦連合軍)最高司令官によると、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎が攻撃されてから10日ほど後、ドナルド・ラムズフェルド国防長官の周辺はイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、イラン、スーダンを攻撃対象国リストに載せていたという(3月、10月)。これはネオコンの計画にほかならず、1980年代から彼らはイランを破壊、傀儡体制を樹立しようとしていた。 イランは中国やロシアとの関係を強化しているが、この3カ国はアメリカやイギリスを支配する私的権力が征服しようと狙っている。これが19世紀から続く長期戦略だということは本ブログで繰り返し書いてきたことだ。イスラエルはサウジアラビアなどと同様、イギリスの寡頭制支配者が作り上げた国であり、事実上、「航空母艦」として機能してきた。その私的権力はウクライナでロシアを攻撃、そして現在、イランを攻撃している。中国を攻撃する場所は新疆ウイグルと台湾だろう。対中国ということを考えると、マラッカ海峡は無視できない。 シオニストの一派であるネオコンはイラン、中国、ロシアを征服しようとしてきた。2014年2月にバラク・オバマ政権がキエフでクーデターを仕掛けたのもその一環。その年にアメリカのCIAとイギリスのMI6は香港で反中国運動を仕掛けた。佔領行動(雨傘運動)だが、そうした工作はロシアと中国を接近させることになった。今では同盟国だ。そこにイランが加わった。 そうした流れを嫌ったのがヘンリー・キッシンジャー。彼は2016年2月10日にロシアを訪問してウラジミル・プーチン露大統領と会談、風向きを変えた。 2015年当時、民主党ではヒラリー・クリントンを次期大統領候補にすることで内定していた。彼女はオバマのロシア敵視政策を継承していたのだが、バーニー・サンダースの支持者が増え始める。共和党ではドナルド・トランプが台頭、彼はロシアとの関係修復を訴えた。そしてトランプが当選するが、そのトランプを攻撃するために民主党はCIAやFBIと手を組み、「ロシアゲート事件」をでっち上げている。 このスキャンダルは嘘だということが今では明確になっているが、次の選挙でトランプはジョー・バイデンに敗北、バイデンはロシアとの戦争へ向かった。トランプも大統領時代、ネオコンに従属している。 ここにきてアメリカでは再びロシアとの関係修復を目指す動きが見られる。タッカー・カールソンはプーチン大統領にインタビュー、モスクワを紹介しているが、ここにきてネオコンを批判していることで知られているキャンディス・オーウェンズもロシアを訪問、西側メディアの反露プロパガンダを否定するレポートをしている。次の大統領選挙でロシアとの関係修復を目指す政権が誕生する可能性もある。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.19

イランとアメリカは6月19日、覚書(MoU)に署名する予定で、その後、最終合意を目指しいて交渉するのだという。いくつかのメディアが覚書の内容だと伝えている文書の正確さは不明だが、概ね正しいとするならば、これはアメリカが敗北を認めた内容だ。 アル-アラビーヤなどによると、まずレバノンを含むすべての戦線における戦争を即時かつ恒久的に終結させることを宣言とされ、またイランとアメリカは互いの主権と領土保全を尊重し、互いの内政に干渉しないことを約束するとされている。イランのアッバス・アラグチ外相はレバノンでの戦争終結を地域全体の戦争終結に不可欠な要素だと指摘、戦争の完全終結にはイスラエル軍の撤退が必要だとしている。 海上封鎖に関しては、署名の直後にアメリカは封鎖を解除し、イランはホルムズ海峡の航行を元の水準まで30日以内に戻す。イランは核兵器を決して製造しないことを改めて表明すると同時に、これまで行ってきた核開発は維持するともされている。またアメリカは最終合意から30日以内に周辺地域から軍隊を撤退させるとも約束しているようで、これが事実なら西アジアにおける軍事バランスは大きく変化する。 アメリカが3000億ドル以上のイラン向け投資ファンドを支援すると伝えられているが、フランスで開催されたG7サミットに出席したドナルド・トランプ米大統領はその報道を事実無根だと否定した。 アメリカが凍結したイランの資産240億ドルを60日間の交渉期間中に返還することが求められ、そのうち120億ドルは交渉が始まる前にイランへ返されるとされているが、これを否定する声がアメリカ政府の内部から聞こえてくる。この受け渡しについては、ペルシャ湾岸諸国が仲介役になるとも言われているが、真偽は不明だ。 イスラエルやイスラエルを支援する欧米の私的権力(シオニスト)は西アジア支配の野望を捨てることはないだろうが、原油の生産やホルムズ海峡の航行が復活する道筋は見えてきた。そこで注目されているのがマラッカ海峡であり、周辺国のインドネシア、マレーシア、シンガポールである。 第2次世界大戦後の1955年の総選挙と57年の地方選挙でスカルノの国民党とインドネシア共産党(PKI)が勝利、成立したスカルノ政権は外国資産の国有化を開始。それに対し、CIAは1957年秋からフランク・ウィズナーを中心とし、イスラム教徒を使って秘密工作を始める。この工作で沖縄は訓練基地や兵站基地として重要な役割を果たした。(William Blum, “The CIA”, Zed Books, 1986) インドネシアのイスラム教徒は大半がスンニ派だが、サウジアラビアなどからの資金でワッハーブ派が影響力を強めてきたとも言われている。後にアル・カイダ系武装集団の主力になった宗派である。 CIAから武器を供給された武装勢力がインドネシアで最初に蜂起したのは1958年のことで、スカルノが日本を訪問している時を狙い、決行された。反乱グループの中心は旧貴族階級と地主だが、実行部隊はスマトラ島を拠点としていたインドネシア軍の将校。この蜂起軍はCIAの爆撃機だけでなくアメリカ海軍の潜水艦の支援を受けていたのだが、結局、失敗に終わる。 そうした中、スカルノは「非同盟外交」を推進、1961年9月にはユーゴスラビアの首都、ベオグラードで第1回非同盟諸国首脳会議を開いている。会議に参加したのはスカルノのほか、インドのJ・ネルー、アラブ連合(エジプト)のガマール・アブデル・ナセル、ガーナのK・エンクルマ、エチオピアのハイレ・セラシエ皇帝たちだ。 これに対し、アメリカのフォード財団はインドネシア社会を研究、貴族階級出身のインドネシア人をアメリカに留学させて訓練していく。このプロジェクトに協力した大学にはカリフォルニア大学バークレー校、マサチューセッツ工科大学、ハーバード大学、コーネル大学などが含まれていた。こうして育成されたエリートは後に「バークレー・ボーイズ」とか「バークレー・マフィア」と呼ばれているようになり、ケンタッキー大学の「制度改革計画」やCIAの指導力養成留学生計画などで訓練された学生とともにスカルノ打倒の中核部隊になった。 ジョン・F・ケネディ大統領暗殺を受けて大統領に就任したリンドン・ジョンソンは1965年2月から北ベトナムに対する大々的な爆撃を開始、その7カ月後の9月30日にインドネシアでは小集団の若手将校が6名の将軍を誘拐のうえ殺害、ジャカルタの主要箇所を占拠するという出来事が引き起こされた。若手将校は放送の中で自分たちをCIAの支援を受けている反乱軍の一部だと主張、スカルノから権力を奪取すると宣言したのだが、この混乱を利用して反スカルノ派のスハルト将軍が率いる軍隊が若手将校たちを制圧、そして親米派による大量虐殺が始まった。 このときインドネシアのアメリカ大使館は反スカルノ派の武装グループへ、全て、あるいはほぼ全ての共産党員が記載された名簿を渡したと言われている。翌年の3月にスカルノは排除されて親アメリカ派の政権が出来上がるが、この間、犠牲になった人数は推計30万から200万人。 この虐殺にはバラク・オバマの義理の父親であるロロ・ソエトロも軍人として参加していたと言われている。1967年10月にオバマは母親とインドネシアへ移動、ソエトロは後にモービル石油の幹部になる。(Jeremy Kuzmarov, “A Company Family: The Untold History of Obama and the CIA,” CovertAction, October 1, 2021) 現在、アメリカの情報機関はインドネシアを含む東南アジアで秘密工作を展開、体制転覆を目論んでいる。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.18

アメリカの政界にイスラエル・ロビーが食い込んでいるように、日本の政界には宗教団体が食い込んでいる。高市早苗首相と統一教会(世界基督教統一神霊協会、現在は世界平和統一家庭連合)の関係も伝えられてきたが、その統一教会の背後には韓国やアメリカの情報機関が存在していることも忘れてはならない。 統一教会は1954年5月、文鮮明を含む5名によって設立され、57年に朴普煕など4名の韓国陸軍将校が入信、幹部として活動する。朴普煕は1950年に士官学校へ入り、朝鮮戦争を経験してからアメリカのフォート・デニングにある陸軍歩兵学校で訓練を受け、61年2月に駐米韓国大使館の陸軍武官補佐官に任命されてアメリカへ赴任。その年の5月に朴正煕少将らが軍事クーデターを成功させている。 入信した4名の将校と緊密な関係にあった金鐘泌は陸軍情報局に所属していた軍人で、1961年5月のクーデターに参加、62年10月にサンフランシスコで統一教会の幹部と秘密裏に会談、韓国における政治的な支援を教団側に約束したという。(Jeffrey M. Bale, “The Darkest Sides Of Politics, II,” Routledge, 2018) 統一教会が設立された1954年、台湾の蒋介石政権や韓国の情報機関によって、韓国でアジア人民反共連盟(後のアジア太平洋反共連盟/APACL)が創設され、日本からは児玉誉士夫や笹川良一が参加。日本支部を設置する際には岸信介が推進役になっている。 その一方、文鮮明の命令で日本における布教を命じられた崔奉春(西川勝)が1958年7月に日本へ密入国、逮捕されて有罪判決を受け、広島刑務所に収監された。1964年6月にも入国管理法違反容疑で警察に連行され、出入国管理局に移されるのだが、統一教会顧問を務めていた笹川良一の力で7月1に釈放されている。崔は一旦帰国、再入国が許可されたようだ。 APACLは1966年、東ヨーロッパ系親ファシストが組織したABN(反ボルシェビキ国家連合)と合体してWACL(世界反共連盟。1991年にWLFD/世界自由民主主義連盟へ名称変更)になる。(Scott Anderson & Jon Lee Anderson, “Inside the League”, Dodd, Mead & Company, 1986) ABNは第2次世界大戦後の1946年4月まで反ボルシェビキ戦線と呼ばれていた団体。反ボルシェビキ戦線は1943年春、ウクライナのファシスト団体であるOUN-B(ウクライナ民族主義者機構-ステパン・バンデラ派)によって設立されている。 第2次世界大戦が勃発する直前、ウクライナにはヨーロッパで最大級のユダヤ人共同体が存在、その人数は約270万人に達していたと言われているのだが、1941年にドイツ軍がキエフを占領すると、ユダヤ人やロマを含む「望まざる者たち」約3万4000人がバビ・ヤール渓谷へ連行され、銃殺されている。大戦中、そこで殺された人数は最大10万人。この虐殺に現地のウクライナ人が協力したとも言われている。 OUN-Bのゲリラ部隊がUPA(ウクライナ反乱軍)。UPAはユダヤ人やポーランド人を虐殺する際、妊婦の腹を引き裂いて胎児や内蔵を取り出し、脅しのために灌木に引っかけるといったことをしたという。(Grzegorz Rossolinski-Liebe, “Stepan Bandera,” ibidem-Verlag, 2014) 1947年7月にインテルマリウム(中央ヨーロッパにカトリック帝国を建国しようとしていた)とABNは連合、9月にはポーランドのプロメテウス同盟も合流。翌年の後半、新装ABNはバンデラの側近だったヤロスラフ・ステツコを中心として活動を始める。ステツコの背後にはイギリスの対外情報機関MI6が存在していた。 この人脈はKUN(ウクライナ・ナショナリスト会議)も組織、ヤロスラフ・ステツコが指揮するのだが、1986年に彼が死亡すると彼の妻であるスラバ・ステツコが引き継ぎ、2003年に死ぬまで率いることになる。1991年12月にソ連が消滅した後、彼女はミュンヘンからウクライナへ帰国していた。 KUNの指導者グループに所属していたひとりにワシル・イワニシンなるドロボビチ教育大学の教授がいたが、その教え子のひとりがウクライナでネオ・ナチを率いてきたドミトロ・ヤロシュにほかならない。イワニシンが2007年に死亡するとヤロシュが後継者になった。このタイミングでヤロシュはNATOの秘密部隊ネットワークに参加したと言われている。 日本の政界は単に統一教会という単独の宗教団体と結びついているわけではない。その背後にはアメリカやイギリスの情報機関が存在、日本の政界はその世界戦略に基づいてい動いているのであり、台湾問題にもウクライナ問題にも関係している。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.17
アメリカとイスラエルがイランを騙し討ちし、イランの最高指導者を務めていたアヤトラ・アリ・ハメネイ師らを殺害して始まった戦争の終結を目指す合意を文書化するため、6月19日にジュネーブで署名式を開く予定だと伝えられている。 ドナルド・トランプ米大統領によると、この交渉でロシアのウラジミル・プーチン大統領と中国の習近平国家主席が重要な役割を果たしたという。アメリカは中央アジアの制圧を虎視眈々と狙い、カフカスの政府はイスラエルが影響下に置いている。そうした状態の中、イランでの戦乱が拡大、アメリカの配下に入ることをロシアや中国は阻止したいはずだ。 アメリカとの交渉団で戦略顧問を務めるメフディ・モハマディによると、第1にイランとレバノンへの攻撃は全面的に停止され、戦闘の再開を防ぐためのメカニズムが設けられる。第2にイランの凍結資産の一部が解除され、アメリカは特定の制裁を緩和する。第3にイランの船舶に対する制裁を緩和し、海上貿易と国際輸送ルートを正常化する。第4に核問題は初期段階の協議には含まれず、合意の第一段階が完了した後に取り上げる。最終段階でアメリカは制裁を解除し、戦争および経済的損害に対する賠償と復興支援について協議する。 核兵器を保有しないことを国の方針としてきたイランにとって核兵器保有放棄の誓約は問題ないとして、レバノンに対する攻撃の停止をイスラエルが守るだろうかという疑問がまず生じる。6月14日にイスラエルがベイルート南郊を爆撃、イランは報復攻撃の準備を始めたが、トランプ大統領は「賄賂」を提示、攻撃を思いとどまらせたという。 また、アメリカが凍結したイランの資産240億ドルを60日間の交渉期間中に返還することが求められ、そのうち120億ドルは交渉が始まる前にイランへ返されるとされているのだが、アメリカ政府の内部からは、交渉開始前に120億ドルの凍結資産を無条件で受け取るという主張を否定する声が聞こえてくる。120億ドルはイランを従わせるための餌にすぎないと言うことだ。アメリカがイランの内政に干渉しないという約束も求められているが、内政干渉はアメリカの常套手段。ホルムズ海峡を再開する場合、その仕組みをどうするかも不明確だ。 トランプ大統領を窮地に追い込んだ最大の理由はイランとの戦争に負けたということだが、そこからアメリカが保有する原油の在庫減少という問題も生じている。この問題はアメリカのニューズウィーク誌も報じている。 EIA(エネルギー情報局)が公表した最新統計によると、5月15日までの1週間で原油在庫は1780万バレル減少、その結果、戦略石油備蓄(SPR)を含む総貯蔵量はほぼ1年ぶりの低水準まで落ち込んだと指摘している。夏には東アジアや欧州諸国で「在庫が底をつく」状態となるため、アメリカからの輸入需要がさらに高まり、在庫の減少が一段と加速するともしていた。 日本では備蓄石油にほとんど手をつけていないとも言われているが、アメリカでは「在庫取り崩しはこれまで緩衝材として機能し、原油価格のさらなる急騰を防いできた」という。 アメリカによるSPR放出が原油価格を下げていたのだが、「この夏に在庫が運用上の最低水準まで低下し、緊急時の放出をする余裕がなくなれば、その緩衝効果は失われる」と5月下旬には懸念されていた。ホルムズ海峡の開放は緊急を要す事態だったのだ。 アメリカで備蓄されている石油の枯渇もトランプにイランの要求を受け入れさせる圧力になっているのだろうが、イスラエルやアメリカの新イスラエル派はこうしたイランへの譲歩を潰そうとしている。イラン側にも、自分たちの指導者を騙し討ちしたアメリカやイスラエルとの停戦合意に反発している人も少なくない。イランの経済を握っている勢力は米英の金融機関と繋がっているが、庶民は違う。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.16
アメリカとの交渉団で戦略顧問を務めるメフディ・モハマディが概説した「暫定合意」をイランの通信社は伝えた。 それによると、第1にイランとレバノンへの攻撃は全面的に停止され、戦闘の再開を防ぐためのメカニズムが設けられる。第2にイランの凍結資産の一部が解除され、アメリカは特定の制裁を緩和する。第3にイランの船舶に対する制裁を緩和し、海上貿易と国際輸送ルートを正常化する。第4に核問題は初期段階の協議には含まれず、合意の第一段階が完了した後に取り上げる。最終段階でアメリカは制裁を解除し、戦争および経済的損害に対する賠償と復興支援について協議する。 それに対し、イランは戦争を終結させる条件として次のことを挙げている。レバノンを含む全戦線における戦争の即時かつ恒久的な停止、アメリカがイランの内政に干渉しないことの約束とイランの主権尊重、アメリカによる海上封鎖の解除、ホルムズ海峡の再開通、イラン周辺からのアメリカ軍撤退、イラン産原油に対するアメリカの制裁を止める、アメリカとその同盟国による「少なくとも3000億ドル相当」のイラン復興計画の策定、核問題と制裁の完全解除を基盤とした最終合意を目指し、60日間の交渉を実施、イランは核兵器を製造しないことを改めて表明、交渉期間中、アメリカは地域における軍事力を増強したり、新たな制裁を課したりしない、凍結されているイランの資金240億ドルを解放、。合意履行のための監視メカニズムを設置、最終合意は国連安全保障理事会決議によって承認される。最終交渉はイランの凍結資金の半分が解放され、石油制裁が停止され、海上封鎖が解除されるまで開始されない。 イランにとって、レバノンへの爆撃を止め、凍結資産を返還、アメリカ軍によるホルムズ海峡の封鎖解除、エネルギ資源の輸出制限の解除は絶対条件だと見られていた。モハマディの概説はこれらを満たしているように思えるが、交渉相手のドナルド・トランプ米大統領はアメリカがイランを屈服させたというイメージを振り撒き続けてきた。 仲介役を務めているパキスタンのシャバズ・シャリフ首相は24時間以内に電子署名を行う準備を進めており、来週には技術レベルの協議が行われる見込みだと述べたというが、この合意をトランプが本当に呑んだのだろうか?トランプ大統領はイスラム世界を挑発している。 トランプは協定が6月14日に締結され、ホルムズ海峡再開への道が開かれと断言、イランの濃縮ウランを管理下に置き、破壊するとも述べている。協定に両国が調印したとして、アメリカにそれを守る意思はあるのだろうか? アメリカとイスラエルがイランを騙し討ちして始まった戦争だが、イランの反撃で西アジアのアメリカ軍基地は大きな損害を受け、イスラエルの重要施設も破壊された。トランプ大統領は数日でイランを制圧できると信じていたのだろうが、アメリカとイスラエルは戦場だけでなく国内経済も苦境に陥った。 アメリカは世界有数の産油国であり、エネルギーの備蓄もあるが、その備蓄の減少が深刻だ。中間選挙が近づいているということやペルシャ湾岸諸国の苦境も無視できない。 アメリカの重要なエネルギー拠点であるオクラホマ州クッシングの施設は7500万バレル以上の原油を貯蔵する能力があり、アメリカにおける総貯蔵量の15%以上を占めているという。戦争開始から100日以上を経た現在、その残量は2160万バレルだ。これはアメリカ全体で言えることだろう。しかも、残量が2000バレルを下回ると大半はスラッジをかき集めているようなものだと言う人もいる。アメリカは石油の輸出を制限するかもしれない状況だ。 イラン国内ではアメリカとの交渉を進めているセイエド・アッバス・アラグチ外相に対する批判が高まっている。またIRGC(イラン革命防衛隊)で政治担当副司令官を務めるヤドッラー・ジャヴァニ少将は「いつでも引き金に指をかける準備ができている」と述べ、「外国人や略奪者がこの地域に存在していた時代は終わったことを知るべきだ」としている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.15

イラン情勢 イランのアッバース・アラグチ外相はアメリカとの和平合意はかつてないほど実現に近づいているとしている。凍結資産を返還し始めたとする話も流れているが、詳細は不明だ。 イランが戦争を終結させる条件として求めている事項は、ホルムズ海峡の通行をイランが管理し、イランの同盟勢力(レバノンやパレスチナ)に対する軍事行動を停止、西アジア地域からアメリカ軍は撤退し、イランの役割を明記したホルムズ海峡における安全保障協定を策定、イランが被った損害を全額補償、すべての制裁および国際決議を撤廃、凍結されたイラン資産を返還、そしてこれらの条件を拘束力のある国連安全保障理事会決議として正式に承認することだ。 レバノンをガザのようにし、イランの政権を転覆させて乗っ取ろうとしてきたイスラエルがこうした条件を呑むとは思えないのだが、ここにきて戦乱の責任をイスラエル、特にベンヤミン・ネタニヤフに押し付けようとする動きが見られる。所詮、イスラエルは米英を拠点とする私的権力の航空母艦にすぎず、いざとなれば処分されるだろう。 アメリカとイスラエルが2月28にイランを騙し討ちして始まった西アジアの戦争はイランだけでなくアメリカが同地域に保有していた軍事基地が破壊され、イスラエルも大きな損害を被った。アメリカとイスラエルは攻撃用ミサイル/ドローンも迎撃用ミサイルも枯渇、イランが勝利していると言えるだろう。それを誤魔化すためにドナルド・トランプ米大統領は迷走しているように見えるが、イラン側はトランプを精神疾患の患者と見ているようだ。米国の生物兵器研究 対イラン戦争と同様、西側の大手メディアはウクライナの状況についても嘘をつき続けてきた。 バラク・オバマ政権は2013年11月にキエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)でクーデターを開始、翌年の2月にはネオ・ナチのグループを全面に出してビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒すことに成功するのだが、ヤヌコビッチの支持基盤でロシア文化圏である東部や南部では反クーデターの住民が立ち上がった。 南部のオデッサでは住民がネオ・ナチに虐殺されて制圧されたが、いち早く動いたクリミアはロシアと一体化、東部のドンバス(ドネツクとルガンスク)では武装闘争が始まる。クーデター後、軍や治安機関のメンバーの約7割はネオ・ナチ体制を拒否して組織を離脱、一部は反クーデター軍に加わったと言われている。 そこでNATO諸国はロシアに停戦を持ちかけ、2014年の「ミンスク1」と15年の「ミンスク2」に繋がった。その後、2022年までNATO諸国はネオ・ナチ体制の軍事力増強に努める。少年に反ロシア思想を叩き込んで軍事訓練、兵器を供給、ドンバスの周辺に地下要塞を結ぶ要塞線を築いた。その一方、アメリカの国防総省はウクライナ国内で生物兵器の研究開発を進めている。 6月30日付で国家情報長官(DNI)を辞任すると表明しているトゥルシー・ギャバードはアメリカの資金でウクライナの生物研究所が危険な病原体の研究していたことを示す新たな証拠を6月12日に公開した。 それによると、アメリカはウクライナに40カ所にのぼる生物研究所で炭疽菌、鳥インフルエンザ、エボラ出血熱、ペスト、結核などの「特に危険な病原体」を扱っていた。 これらの研究所のうち少なくとも12カ所では人体実験が行われ、一部の研究所は「機能獲得研究」、つまりウイルスを改変して毒性や感染力を高め、人体への影響を研究する研究が行われていた。 ロシアは2022年2月にウクライナに対するミサイル攻撃を開始しているが、その直後にドネツク、ルハンスク、ヘルソンにある研究所から数千ページに及ぶ文書を回収、イゴール・キリロフ中将の指揮下、放射線・化学・生物防衛部隊が文書の分析を進めた。 その結果、アメリカ国防総省の内局であるDTRA(国防脅威削減局)にコントロールされた研究施設が30カ所あると2022年3月7日に発表している。研究開発はDTRAから資金の提供を受け、CBEP(共同生物学的関与プログラム)の下で進められたという。キリロフは2024年に暗殺されたが、ウクライナ保安庁(SBU)が実行したと考えられている。 また、ギャバードが公開した文書によると、ハリコフにある獣医学研究所の地下室には炭疽菌とブルセラ菌が保管されていたが、これらは生物兵器になりうる病原体だ。 ロシア国防省によると、ロズモント・セネカとジョージ・ソロスのオープン・ソサエティがウクライナにある生物化学兵器の研究開発施設へ資金を提供していることを示すものも含まれ、ロシアやウクライナを含む地域を移動する鳥を利用して病原体を広める研究もしていたという。 そのほか、国務省、USAID、USAMRIID(米国陸軍伝染病医学研究所)、WRAIR(ウォルター・リード陸軍研究所)、そしてアメリカの民主党が仕事を請け負い、さらに国防総省とメタバイオタ、ブラック・アンド・ビーチ、そしてCH2Mヒルが仕事をしている。メタバイオタにはジョー・バイデンの息子であるハンター・バイデンの投資会社が出資している。 キリロフが記者会見でウクライナにおける生物兵器の問題について発表した翌日、2022年3月8日にアメリカの上院外交委員会で国務次官を務めていたビクトリア・ヌランドはウクライナの施設で研究されている生物化学兵器について語っている。マルコ・ルビオ上院議員の質問を受け、兵器クラスの危険な病原体がロシア軍に押収されるかもしれないと語ったのだ。つまり、ウクライナの研究施設で生物化学兵器の研究開発が行われていたことを否定しなかった。 日本では接種が進められてきた「COVID-19ワクチン」なる遺伝子操作薬は深刻な副作用を引き起こす。この新薬を開発したファイザー社の関連文書をFDA(食品医薬品局)は75年間封印しようとしたのだが、アメリカでは一部の専門家は情報の開示を求める訴訟を起こし、迅速な公開が裁判所から命令された。 元製薬研究開発部門の幹部で、最終的にはファイザー、アストラゼネカ、ジョンソン・エンド・ジョンソン、グラクソ・スミスクライン、ノバルティスなど60社以上の製薬会社向けに臨床試験を実施する複数の受託研究機関を所有・管理していたサーシャ・ラティポワは裁判所の命令で公開された文書を分析、「COVID-19ワクチン」は軍事プロジェクトであり、医薬品メーカーは国防総省の契約企業だということを突き止めた。その事実をさまざまな形で告発している。(例えばココ) 病原体だとされたSARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)は人工的に作られた可能性が高いのだが、このウイルスに感染した動物は中国でなく、北アメリカで見つかっている。北アメリカの自然界ではシカ、ノネズミ、コウモリを含む5種類の動物が感染していることが判明、それらの種はモンタナ州にあるロッキー・マウンテン研究所で実験動物として使用されていたことが突き止められた。(Jim Haslam, “COVID-19 Mystery Solved,” Truth Seeking Press, 2024) ラティポワによると、2020年2月4日に保健福祉長官はCBRN(化学、生物、核、放射線)緊急事態に関するふたつの宣言をしている。そのひとつがEUA(緊急使用許可)で、大量破壊兵器が関与する重大な緊急事態を想定、CBRN物質に対する対抗手段を安全性と有効性を確保するため、規制監督なしに使用する許可だ。 アメリカの国防総省がウクライナで生物兵器の研究開発を行なっていたとする批判をアメリカの政府や大手メディアは否定してきたが、ギャバード長官は12日の声明で、危険な病原体に関する研究が世界に壊滅的な影響を与える可能性は明白だと指摘、その件について政治家、アンソニー・ファウチ元NIAID(国立アレルギー感染症研究所)所長などの医療専門家、そしてジョー・バイデン政権の国家安全保障チームはそうした事実についてアメリカ国民に嘘をつき、真実を明らかにしようとした人々を脅迫したと批判している。 ロシア軍の攻撃を受け、アメリカはウクライナから生物兵器の研究開発施設をアフリカなどへ移転させたが、日本にも施設が作られた可能性がある。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.14
バラク・オバマ大統領が2014年2月にウクライナでクーデターを成功させて始めた対ロシア戦争と同様、ドナルド・トランプ大統領が2月28日にイスラエルと共同で実行したイランに対する斬首作戦は西側諸国を窮地に追い込んだ。ロシアとの戦争もイランとの戦争もアメリカとその従属国は負けている。 イランに負けていることを認められないトランプは作り話で誤魔化そうとしている。トランプはアメリカは勝利した、イランは降伏を懇願していると繰り返し主張、記者のバラク・ラビドに合意が間近であることを発表するよう命令、そしてイランを爆撃し、アメリカは勝利したというパターンを繰り返してきた。取り引きのプロであろうとメディアの記者であろうと、この「嘘の輪廻」に気づかないはずはない。トランプが嘘を繰り返す目的のひとつは石油や株式の相場が暴騰することを防ぐためだろう。 ちなみに、ラビドはアメリカのニュース・ウェブサイトAxiosやイスラエルの12ニュースで記者を務めている人物。テルアビブ大学へ入る前に18歳で徴兵され、イスラエルの電子情報機関8200部隊に配属されている。 アメリカとイスラエルによる奇襲攻撃でイランのインフラなどは破壊されたが、トランプ大統領は「インフラ、新しい橋、新しい設備、新しい発電所などをすべて建設しなければならない」とした上で、「われわれは復興に関与する」と主張、その見返りとして「アメリカはイランの石油の半分をいただく」としている。好い気なものだ。 トランプ大統領はアメリカがイランを軍事的に圧倒しているかのように宣伝しているが、ミサイルやドローンの枯渇に苦しんでいるのはアメリカであり、戦力不足から地上戦を始めれば大惨事になる。クルド人やダーイッシュ(IS、ISIS、ISILなどとも表記)の戦闘員を投入してもイラン軍に勝つことは難しいだろう。 トランプが作り出す「嘘の輪廻」はイラン政府によって否定されてきたのだが、市場も西側メディアも騙されたふりをしている。相場を操作する口実にしているようにも見える。本ブログでも繰り返し書いてきたように、イラン政府の立場は2月28日以来一貫している。 今回のアメリカとイスラエルによるイランへの攻撃に伴う石油相場の上昇について、かつての石油ショックと比べる人もいる。 リチャード・ニクソン政権は1971年8月にドルと金の兌換を停止、スミソニアン体制を経て1973年初めに変動相場制へ移行していく。そして1973年10月に第4次中東戦争が勃発、それを受けてOPEC(石油輸出国機構)加盟国のうちペルシャ湾岸6カ国の石油相がクウェートに集まって原油価格を70パーセント引き上げると決定した。 しかし、1962年から86年までサウジアラビアの石油鉱物資源大臣を務めていたシェイク・アーメド・ザキ・ヤマニは2001年1月14日付けのオブザーバー紙に掲載された記事の中で、「ある秘密会議」で石油価格の引き上げは決定されたと語っている。会議の席上、アメリカとイギリスの代表は400パーセントの原油値上げを要求したという。(“Saudi dove in the oil slick,” Observer, January 14, 2001) この値上げにサウジアラビアのファイサル国王は反対で、ヤマニはイランのモハンマド・レザー・パーレビにその旨を伝えたのだが、ジェフリー・ロビンソンは自身の著作『ヤマニ』の中で「ファイサル王は、高い石油価格を望んでいたキッシンジャーの本心をご承知でなかったようだ」というヤマニの話を紹介、「1973年の値上げは、イラン国王がアメリカの支援のもとに画策したお芝居だ」とするOPECの報道担当の元スポークスマン、ハメド・ザヘリの見方も明らかにした。 この引き上げはペトロダラーの基盤になり、アメリカの石油業者にも利益をもたらした。またイギリスが利権を持つ北海油田にとっても原油価格の上昇は朗報。イギリスは1981年から2005年の間、原油の純輸出国になった。これがなければ、1979年5月にイギリス首相となったマーガレット・サッチャーが新自由主義を導入することはできなかった。 ヤマニは秘密会議について詳しく語っていないが、イギリスのジャーナリスト、ロビン・ラムゼイはビルダーバーグ・グループの会議だということを突き止めた。1973年5月にそのグループは確かにスウェーデンで会議を開いている。(Robin Ramsay, "Was the 1974 oil price hike engineered by the Bilderberg group?" Lobser 41, Summer 2001) 実は、石油価格高騰の背景で巨大石油企業の思惑が働いていたという疑惑は早い段階からあり、アメリカではフランク・チャーチ上院議員が委員長を務めていた「多国籍企業小委員会」が調査に乗り出している。1974年から公聴会が開かれ、翌年には報告書が公表されたが、その後も大手石油会社の抵抗を受けながら議会は調査を続け、司法省も乗り出す事態に発展した。捜査が打ち切られたのはロナルド・レーガン政権になってからのことだ。 石油価格の引き上げは石油業界の利益という次元の話ではなく、アメリカを中心とする支配システムを維持する仕組みが関係していた可能性が高い。石油の価格が上げれば取引総額も膨らみ、ペトロダラーのドル回収効率も上がる。石油価格の上昇でアメリカの製造業は打撃を受けるが、アメリカ国内の製造業が繁栄すると、ドルの少なからぬ部分がアメリカ国内で流通し、相当部分は実社会に留まる。新たにドルを発行する余地が広がりにくいということだ。 ペトロダラーの仕組みができあがって間もない1975年3月、アメリカにとって好都合なことが引き起こされる。自立の意思を持っていたサウジアラビアのファイサル国王が暗殺されたのだ。この暗殺はアメリカの支配力を強めることになった。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.13
ドナルド・ドランプ米大統領はオマーン沖で哨戒飛行だったアメリカ軍のAH-64アパッチ攻撃ヘリコプターをイラン軍が6月9日に撃墜したと主張してイランを攻撃、シリクにある2つの貯水槽などを破壊したようだが、先日も書いたように、イランがヘリコプターを撃墜したという主張には疑問がある。 イラン側の説明によると、今回の攻撃でアメリカ軍は2機のP-8哨戒機を離陸させている。1機はインド洋中央部のディエゴガルシア空軍基地から、もう1機は西ヨーロッパのアメリカ軍基地から飛び立ったようだが、イラン軍はその飛行経路と位置を追跡していた。両機はバーレーンのシェイク・イサ空軍基地とクウェートのアリ・アル・サレム空軍基地にいたようだ。 イランの革命防衛隊(IRGC)は6月10日、バーレーンにあるアメリカ海軍第5艦隊の基地やヨルダンにあるアル・アズラク空軍基地などに対する報復攻撃を実施して管制センターを破壊。同空軍基地に配備されていたF-35戦闘機12機を収容していた格納庫を破壊したことをロシア軍のウラジミル・ポポフ少将が確認している。 アメリカとイスラエルは2月28日にイランを奇襲攻撃、イランの最高指導者だったアヤトラ・アリ・ハメネイ師のほか、アブドルラヒム・ムサビ参謀総長、アジズ・ナシルザデ国防相、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、そして最高安全保障委員会(SNSC)事務局長でハメネイ師の顧問を務めていたアリ・シャムハニを含むイランの要人を殺害した。その「斬首攻撃」でイランは屈服するとトランプ大統領は信じていたのだろうが、その思惑は外れた。 しかも戦闘でアメリカとイスラエルはミサイルやドローンが枯渇、事実上、イランに敗北した。その事実をトランプ大統領は隠そうとしているのか、本当に認識できていないのか不明だが、ともかく勝利のイメージを広めようとしている。日本のように「エリート」がアングロ・サクソンに従属することで権力と富を握っている国では、アメリカが負けるということは、彼らが権力と富を失うことを意味する。アメリカは無敵の絶対的な存在でなければならないのだが、そのイメージを維持することが難しくなっている。日本を含む西側諸国で言論統制が強化されているのは必然だ。 ウクライナにしろ、西アジアにしろ、東アジアにしろ、戦乱の根源にはアングロ・サクソンが存在している。ロシアや中国に対する侵略戦争をイギリスが始めたのは19世紀。「グレート・ゲーム」や「アヘン戦争」だが、その流れを作り出したのはパーマストン子爵(ヘンリー・ジョン・テンプル)。彼は1855年2月から58年2月、59年6月から65年10月、総理大臣を2度経験している。このパーマストンはウクライナ人について「われわれが反ロシア蜂起のストーブに投げ込む薪だ」と語り、ビクトリア女王にアヘン戦争を指示したことでも知られている。このロシアと中国を海軍力で囲い、締め上げて征服するという長期戦略をイギリスやアメリカの私的権力はおそらく今でも維持している。「昔の話」ではない。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.12
オマーン沖で哨戒飛行だったアメリカ軍のAH-64アパッチ攻撃ヘリコプターが6月9日に撃墜されたものの、乗員2名は救助されたとアメリカ中央軍(CENTCOM)は発表した。ドナルド・トランプ政権は「自衛のため」にイランを攻撃するように命令、ホルムズ海峡のケシュム島になどが攻撃されたと伝えられている。アメリカの大手メディアは「報復攻撃」の標的はレーダー施設だったとしているが、イラン側はシリクにある2つの貯水槽が攻撃されたとしている。 AH-64アパッチ攻撃への攻撃という主張を疑問視する専門家もいる。例えば元CIA分析官のラリー・ジョンソンや退役アメリカ陸軍中佐のダニエル・デイビスだ。ジョンソンは操縦席かメインローターに被弾していたら機体は海に墜落、乗員は死亡していたはずだと指摘。乗員が救助されたという話が成り立つのは、双発エンジンのうち片方が損傷しただけで機能していたか、後部ローターが損傷しただけだった場合だけだとジョンソンは主張している。デイビスは公表された映像が過去のものだとし、またイランのカミカゼ・ドローンが命中したヘリコプターの乗員が生き残るとは考えられないとしている。 アメリカ軍のケシュム島などへの攻撃に対し、イランはバーレーンにある第5艦隊の基地を攻撃、またヨルダンにあるアメリカ軍の標的4カ所にミサイル攻撃を行い、F-35戦闘機の格納庫を破壊したとイラン外務省は発表。そのほかペルシャ湾岸にある標的20カ所以上をイランは攻撃したとも言われている。 本ブログでも繰り返し書いてきたように、アメリカとイスラエルがイランを奇襲攻撃して始まった戦争を終結させることは不可能に近い。戦争で事実上勝利したイランは戦争終結の条件として、イランの同盟勢力に対する軍事行動を停止することのほか、ホルムズ海峡の通行をイランが管理し、西アジア地域からのアメリカ軍撤退、イランの役割を明記したホルムズ海峡における安全保障協定の策定、イランが被った損害に対する全額補償、すべての制裁および国際決議を撤廃、凍結されたイランの資産を返還、そしてこれらの条件を拘束力のある国連安全保障理事会決議として正式に承認することを示し、これに対してアメリカはイランに「降伏」を要求している。トランプ大統領は敗北を認めるわけにはいかない。 イランは戦争終結につながる有効な合意が可能であり、レバノンとガザの安全も確保できると信じている勢力が政府内にいるようだ。それに対し、アメリカ側が流している「ヘリコプター撃墜話」は交渉を頓挫させることが目的だろうとジョンソンは推測している。イスラエルが戦争終結も認めるとは思えず、必然的にトランプ大統領も認めない。 これも繰り返しになるが、イスラエルは基本的にイギリスによって作られた国であり、その背景にはエリザベス1世の時代、支配層の内部に現れた「ブリティッシュ・イスラエル主義」がある。アングロ-サクソン-ケルトは「イスラエルの失われた十支族」であり、自分たちこそがダビデ王の末裔だと彼らは信じ、人類が死滅する最後の数日間にすべてを包括する大英帝国が世界を支配すると予言されているという妄想が広まったのだ。 その流れの中で19世紀に出現したパーマストン子爵(ヘンリー・ジョン・テンプル)はロシアをイギリスにとって最大のライバルとみなし、「ウクライナ人はわれわれが反ロシア蜂起のストーブに投げ込む薪だ」と語っている。そのパーマストンはビクトリア女王にアヘン戦争を指示したことでも知られている。 パーマストン子爵は中国におけるイギリスの権益を守るためにチャールズ・エリオットを1836年に広東へ派遣、東インド艦隊の軍事行動の規制を緩めて清(中国)への軍事的な圧力を強化、1840年にはアヘン戦争を仕掛けたのだ。彼の政策はセシル・ローズ、ナサニエル・ロスチャイルド、アルフレッド・ミルナー、ウィンストン・チャーチルらが引き継いだ。 言うまでもなく、アヘン戦争でイギリス軍は勝利したものの、内陸部を制圧できなかった。陸軍の力が圧倒的に小さかったからだ。そこで目をつけられたのが日本であり、イギリスの戦略が明治維新に繋がったと言えるだろう。その時に作られた支配構造は現在も生きている。 1972年9月に田中角栄首相が中国を訪問、周恩来と共同声明に調印、友好関係を結ぶことに成功した。日本と中国が手を組むことはアメリカ政府にとって好ましくなかったが、日本経済にとっては有益だった。その関係を破壊したのは菅直人政権だ。 菅政権は2010年6月の閣議決定で尖閣諸島周辺の中国漁船を海上保安庁が取り締まれることにして「日中漁業協定」を否定、そして2010年9月に石垣海上保安部は中国の漁船を尖閣諸島の付近で取り締まった。菅政権は田中角栄と周恩来が決めた尖閣諸島の領土問題を棚上げにするという取り決めを壊したのだ。 1995年から入って日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれ、中国との戦争に備える政策を推進していたが、菅政権の動きはその一環にほかならない。 同政権は2010年6月の閣議決定で尖閣諸島周辺の中国漁船を海上保安庁が取り締まれることに決め、2000年6月に発効した「日中漁業協定」を否定、そして2010年9月、石垣海上保安部は中国の漁船を尖閣諸島の付近で取り締まったのである。それ以降、日本政府は中国との関係を壊そうとしてきた。 高市早苗首相は2025年11月7日、衆院予算委員会で「台湾有事」について問われ、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだ」と発言、日中関係は一気に緊迫化した。 歴代の日本政府と同じように高市首相も「ひとつの中国」を受け入れているので、彼女の発言は中国で内戦が始まった場合、日本は中国に対して宣戦布告するという意味になる。干渉戦争だ。これを「失言」で片付けようとする人もいるが、質疑の流れから考えても確信犯であり、台湾での動きと連動しているだろう。1995年に始まった日本をアメリカの戦争マシーンに組み込む政策の一環だ。言論統制を強化、治安維持法を彷彿とさせる政策を推進、ゲシュタポを連想させる組織を創設する動きも進められている。そうした政策を進めるように指示している勢力が海の彼方に存在しているはずだ。 高市政権は今年3月31日の閣議で「緊急事態を想定した避難施設の確保に関する基本方針」を決定したが、これも1995年から進めてきた戦争準備の一環だと言えるだろう。大深度地下を掘り進めているリニア中央新幹線も「地下要塞」と解釈することができる。**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.11
イランの公益判別会議で議長を務めるサデク・ラリジャニ師は新たな戦略的地域防衛ドクトリンを宣言、ヒズボラやパレスチナへの攻撃もイランの報復を引き起こすことになった。イランと停船合意しながらパレスチナやレバノンで破壊と殺戮を展開することを許さないとイラン政府は表明したのだ。イスラエルがパレスチナやレバノンへの攻撃を止めるとは思えず、アメリカを含む世界の経済は混乱が続くことになる。 イランは戦争を終結させる条件として、イランの同盟勢力に対する軍事行動を停止することのほか、ホルムズ海峡の通行をイランが管理し、西アジア地域からのアメリカ軍撤退、イランの役割を明記したホルムズ海峡における安全保障協定の策定、イランが被った損害に対する全額補償、すべての制裁および国際決議を撤廃、凍結されたイランの資産を返還、そしてこれらの条件を拘束力のある国連安全保障理事会決議として正式に承認することを示している。 アメリカ軍とイスラエル軍が2月28日にイランを奇襲攻撃して始まった戦争はイランが勝利したと言える状態だ。奇襲攻撃でイランの最高指導者のアヤトラ・アリ・ハメネイ師、アブドルラヒム・ムサビ参謀総長、アジズ・ナシルザデ国防相、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、最高安全保障委員会(SNSC)事務局長でハメネイ師の顧問を務めていたアリ・シャムハニを含むイランの要人をアメリカ軍とイスラエル軍は殺害することに成功したが、それで戦争は終わらなかった。「斬首作戦」は機能しなかったということだ。 イランが勝利した以上、イランの要求をアメリカやイスラエルは拒否できないのだが、勝利を演出している彼らはその要求を受け入れることができない。 イスラエルはアメリカに対し、これまで以上の攻撃を求めているだろうが、ここにきてイランが核兵器を保有しているとする話が流れはじめた。イスラエルとアメリカが奇襲攻撃までイランは核兵器の開発をしていなかった可能性が高く、イランがすでに核兵器を保有しているとするならば、パキスタン、ロシア、中国、そして朝鮮のいずれかから入手したということになるだろう。 その経緯はともかく、イランが核兵器を手に入れたとするならば、アメリカは慎重にならざるをえないが、イランの要求を呑むことはできない。そうなると、ホルムズ海峡だけでなく、アデン湾から紅海への通り道であるバブ・エル・マンデブ海峡も閉鎖されることになり、原油や肥料などの供給は滞る。備蓄がなくなれば大混乱だろう。「目詰まり」で誤魔化すことはできなくなる。ドナルド・トランプ大統領の一貫性のない態度やイランに対する軽蔑的な発言にイランは強く反発、状況を悪くしているが、高市早苗首相の言動は状況の悪化に拍車をかけている。 日本は明治維新以降、軍事力の増強や関東大震災の復興などでアメリカやイギリスの金融資本に頼り、大きな影響を受けてきた。その金融資本は日本へ資本主義を導入、貧富の差を拡大させて社会を破壊したが、そうした政策のひとつが金解禁(金本位制への復帰)。1932年1月までに総額4億4500万円の金が日本から流出、景気は悪化して失業者が急増し、農村では娘が売られるなど一般民衆には耐え難い痛みをもたらすことになった。 そこで血盟団が1932年に井上準之助や団琢磨らを暗殺、36年2月26日には陸軍の青年将校が軍事蜂起すという事態になるのだが、天皇は決起した青年将校を鎮圧するように命令、その周辺の軍人は粛清された。そして1937年7月の盧溝橋事件を切っ掛けにして日本と中国は全面戦争に突入する。青年将校の背後で動いていた人物を見ると、彼らは中国侵略を推進していた勢力の罠にはまったように見える。 その当時より現在の日本は状況は悪い。高市早苗政権に限らず、日本は全体的に「頭のない鶏」状態であり、しかもアメリカやイギリスを拠点にする私的権力に抵抗する勢力は存在しない。**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.10
イスラエルはイランの警告を無視して6月7日にベイルート郊外のダヒヤを攻撃、6月8日にはイランのマフシャフルにあるカルーン石油化学工場を空爆。それに対し、IRGC(イラン革命防衛隊)は6月7日にイスラエルの占領地北部にあるラマト・ダビデ空軍基地をミサイル攻撃、8日にはネバティム空軍基地とテルノフ空軍基地を攻撃した。イエメンのアンサール・アッラー(フーシ派)もイスラエルに向けてミサイルを発射、展開によってはイスラエルとイランの戦闘が激しくなり、ホルムズ海峡だけでなく、アデン湾から紅海への通り道であるバブ・エル・マンデブ海峡も閉鎖される可能性があった。 しかしその後、ハタム・アル・アンビヤ中央司令部はイスラエルに対する軍事作戦の停止を発表。アメリカのドナルド・トランプ大統領はイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相に電話をかけ、和平協定の締結を目指しているのだからイランへの報復をしないように伝え、イスラエルが攻撃に踏み切った場合、アメリカはイスラエルを支援しないとも通告したというが、イスラエルはイランをミサイルで攻撃した。 イスラエルがベイルート攻撃を決断した目的はイランにイスラエルへ報復攻撃させ、アメリカを戦争へ復帰させて和平協定を潰すことにあったと元CIA分析官のラリー・ジョンソンは推測している。この推測が正しいなら、ハタム・アル・アンビヤ中央司令部がイスラエルに対する軍事作戦の停止を発表したことでイスラエルの目論見は外れたと言えるだろう。 イスラエルとアメリカの間に不協和音が生じさせたのではないかと思われる話が伝わっている。イランのマスード・ペゼシュキアン大統領はパキスタンのシャバーズ・シャリフ首相と非機密回線を使った電話会談を実施、その中でペゼシュキアン大統領はアメリカの攻撃が続く場合、核和平交渉からの即時撤退、将来の核条約枠組みの完全放棄、イラン領土内での核爆発という3段階の「最後通牒」を伝えたというのだ。アメリカとイスラエルに傍受させるため、非機密回線を使ったと考えられている。同じ内容の話をマルコ・ルビオ国務長官はパキスタンのイシャク・ダル外相から電話で伝えられたという。 アメリカ軍とイスラエル軍が2月28日にイランを奇襲攻撃、最高指導者のアヤトラ・アリ・ハメネイ師、アブドルラヒム・ムサビ参謀総長、アジズ・ナシルザデ国防相、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、最高安全保障委員会(SNSC)事務局長でハメネイ師の顧問を務めていたアリ・シャムハニを含むイランの要人を殺害する前、イランは核兵器の開発をしていなかった可能性が高い。 イランがすでに核兵器を保有しているとするならば、「友好国」から入手したということになるだろう。入手先として考えられるのはパキスタン、ロシア、中国、そして朝鮮。中国やロシアは核以外でイランを支援していることは明確だ。 1992年2月に世界征服プロジェクトを作成したネオコン、そのネオコンを含むシオニストはイランを殲滅して「大イスラエル構想」を実現しようとしている。シオニストを産んだイギリスの支配層は権謀術数をめぐらせ、ロシア、中国、そして西アジアを支配しようとしてきた。 こうした長期戦略を彼らが放棄するとは考え難いのだが、アメリカが動かないと前に進まない。日本やドイツにアメリカの代わりはできないだろう。すでに一度、失敗している。イスラエルはイランに対する攻撃を中断してもレバノンへの攻撃は継続し、ガザへの物資搬入は妨害している。イランに反撃させ、アメリカを戦争へ引き摺り込むしか道はないのかもしれない。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.09

アメリカ、イスラエル、日本が軍事的に一体化する動きがある。日本とアメリカの場合、2024年3月に陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊を一元的に指揮する常設組織として「統合作戦司令部」が編成され、事実上、自衛隊はアメリカ軍の指揮下に入った。日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれたということだ。イギリスの長期戦略を引き継いでいるアメリカは世界を征服するためにロシアと中国の制圧を目指している。 アメリカ国防総省系のシンクタンク「RANDコーポレーション」が2022年4月に発表した報告書によると、GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲する計画を彼らは持っている。アメリカはロシアの周辺にもミサイルを配備しているが、同じことだ。日本を占領しているアメリカ軍について「防衛」や「核の傘」という切り口で語ることは正しくない。「攻撃」が目的であり、「核の槍」として存在しているのだ。 国防総省の計画に基づき、自衛隊は2016年に与那国島でミサイル発射施設を建設、19年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設を完成させた。巡航ミサイル『トマホーク』の配備も計画されている。中国やロシアを攻撃する準備が粛々と進められているのだ。昨年11月の「台湾有事発言」が「失言」だとは思えない。 アメリカでは5月26日、下院で「2027年度国防権限法案(NDAA)」が公表された。下院軍事委員会のマイク・ロジャース委員長(共和党)とアダム・スミス議員(民主党)によって提出されたもの。特に注目されているのは第224条の「アメリカ・イスラエル防衛技術協力イニシアチブ」だ。 この条項は両国の研究開発、兵器の共同生産、合弁事業、ライセンス契約、そしてあらゆる形態の軍産複合体協力の基盤を築くもので、AI、量子技術、自律システム、指向性エネルギー、サイバー、バイオテクノロジーなど、軍事技術のほぼすべての分野における連携が拡大する。さらに「ネットワーク統合」や「データ融合」も提案され、イスラエルは事実上、アメリカ軍のあらゆるデータにアクセスすることが可能。この法案は国防総省内に両国間の協力と統合を調整する執行機関を設置することも義務付けている。 こうした動きの背後にはシオニストが存在している。シオニストの一派であるネオコンはアメリカの外交や軍事の分野で大きな影響力を持つ存在で、ソ連が終滅した直後の1992年2月、アメリカ国防総省のDPG(国防計画指針)草案として世界制覇プロジェクトを作成した。第一の目的は新たなライバルの出現を許さないことだが、ドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合するとも書かれている。要するにドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込むということだ。 本ブログでは繰り返し書いてきたように、日本は1995年にアメリカの戦争マシーンへ組み込まれ、2001年4月に小泉純一郎が総理大臣に就任してから強者総取りの新自由主義的な政策を推進、戦争体制を整え始めた。その年の9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されるとアメリカ政府は侵略戦争を本格化、日本も同調することになる。 アメリカはイスラエルの影響下に入り、日本はアメリカの手先になるわけだが、その背後では強大な私的権力が蠢いている。例えば、ロシアのエネルギー資源を乗っ取る寸前だったジェイコブ・ロスチャイルド、2022年にはウクライナに広がる穀倉地帯の約3分の1をカーギル、デュポン、モンサントの3社が所有、この3社は効率性を高めるため、コンソーシアムとして契約を締結して事業を開始した。このコンソーシアムは事実上、ウクライナの土地の半分以上を支配している。 しかも、カーギル、デュポン、モンサントには黒幕が存在する。3社の主要株主には巨大金融機関のブラックロック、バンガード、ブラックストーンが名を連ね、ウォロディミル・ゼレンスキーはブラックロックのほかJPモルガン・チェースやゴールドマン・サックスと協力関係にある。ブラックロックは2022年後半からウクライナ政府のコンサルタントを務め、ブラックロック傘下の企業はウクライナの戦略的資産の大部分を支配するようになったと報道されている。 ちなみに、ドイツのフリードリヒ・メルツ首相はブラックロックで監査役を務めていた人物で、エマニュエル・マクロン仏大統領はロスチャイルド銀行で働いていた。 ここにきて注目されているのはパランティア・テクノロジーズ。この会社は2003年にCIAのベンチャー・キャピタル部門であるIn-Q-Telからの資金によって創設された。創設者はピーター・ティール(会長)とアレックス・カープ(CEO)を含む5名。ウォロディミル・ゼレンスキーは5月12日、カープCEOと会談したと語っている。 ティールは決済サービス企業のPayPalを創業した人物で、緊急通報システムで知られるカービンの重役でもある。カービンの重役は大半がイスラエルの電子情報機関である8200部隊の元将校で、同社の出資者にはイスラエル軍の情報機関アマンの局長を経て参謀総長、そして首相に就任したエフード・バラクが含まれ、バラクは同社の会長に就任している。ジェフリー・エプスタインはカービンの主要な資金源のひとりだった。 ティールとエプスタインは2014年から16年にかけて会合を6回ほど予定していたことを示す文書が存在する。ティールの友人であるリード・ホフマンが彼をエプスタインに紹介したという。アメリカ下院の文書によると、エプスタインは2018年に彼を自身のプライベート・アイランドに招待していた。ただ、ティール側は彼がその島を訪れたことはないと主張している。 また、ティールはアルゼンチンの首都ブエノス・アイレスの高級住宅街にある住宅を1200万ドルで購入、そこで同国のハビエル・ミレイ大統領や閣僚と会談している。ミレイは熱烈なシオニストだ。 鉱物資源に恵まれ、雄大な自然でも知られているパタゴニアをシオニストは19世紀から目をつけているとジャーナリストのセバスチャン・サルガドは語る。そのパタゴニアで大規模な山火事が発生、当局は火災の一部は燃焼剤かガソリンを使った放火だと主張している。知事は根拠を示すことなく、先住民のマプチェ族に火災の責任を押し付けているが、現地では退役したイスラエル軍兵士が火をつけたと主張する人が少なくない。 グリーンピース・アルゼンチンのエルナン・ジャルディーニは火災が広がった原因として、パタゴニア・アンデスにある森林の約30%を管理する国立公園局の人員をハビエル・ミレイ大統領が削減したことを挙げた。 ジャーナリストのセバスチャン・サルガドもミレイ大統領が消防予算を削減していることが山火事を大きくしている一因だとしているが、それだけでなく、同大統領は外国人に対し、山火事で焼失した土地を買い占めるよう奨励しているとしている。 ミレイ大統領は熱烈なシオニストで、イスラエル人が放火したと語る人を批判しているが、現在のアルゼンチンは彼を含む熱心なイスラエル支持者によって統治されていることは間違いない。パタゴニアへはガザで戦争犯罪を犯したイスラエル兵が逃げ込んでいるともいう。第2次世界大戦後、アルゼンチンへはナチの高官や協力者が逃げ込んでいたが、今はシオニストの戦争犯罪人の逃亡先だ。 ミレイはアルゼンチンをAI開発に対する国家規制と安全策を撤廃した「巨大テクノロジー企業の遊び場」に変えようとしているとも言われている。税制上の優遇措置も検討しているようだ。強大な私的権力が支配する体制、つまりファシズムをシオニストのミレイは目指している。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.08
6月3日から6日にかけてサンクトペテルブルクでは国際経済フォーラム(SPIEF)が開催され、130カ国以上から参加者が集まった。そのサンクトペテルブルクをウクライナ軍は6月3日早朝に攻撃、撃墜を免れたドローンが石油貯蔵施設に着弾、火災を引き起こした。 このドローンはバルト3国で組み立てられ、エストリアの領海を低高度で飛行してロシア領へ侵入したとされている。6月6日、SPIEFが閉会した直後に140機以上のドローンが攻撃、数名が負傷したという。ウクライナ単独で長距離ドローンを飛行させる能力はなく、NATO加盟国が攻撃したと考えるべきだ。 ロシア軍は6月5日、ウクライナ諸都市にある軍事施設と産業施設に対して大規模なミサイル攻撃を実施した。ターゲットになったのはキエフのほかポルタバ、ドニプロペトロウシク、オデッサ、ハルキウ、ロベンスクなどだとされている。この攻撃ではキエフの地下施設や意思決定センターも破壊されたと言われ、複数のNATO将校が死傷、医療航空部隊が重傷者輸送用のセスナ・サイテーション・ブラボーで運ばれたと伝えられている。 ウクライナを舞台として戦闘でロシアと戦っている主体はNATOである。2014年2月のクーデター当時から軍事会社だけでなく、アメリカのFBIやCIAといった機関、そしてNATOが関わっていたが、前面に出ていたのはキエフ政権だった。 しかし、2023年の段階でそうした構図は崩れていた。その年の8月31日までイギリスの国防大臣を務めていたベン・ウォレスが同年10月1日にテレグラフ紙へ寄稿した論稿によると、ウクライナ兵の平均年齢はすでに40歳を超えていた。平均年齢がそこまで高いということは、おそらく60歳代の兵士もいたのだろう。 ウクライナでは徴兵担当者による街頭での拉致が横行、最近ではその家族や通行人と担当者が乱闘になる様子を撮影した映像も伝えられている。そこでNATO諸国が将兵が送り込まれ、コロンビアなどから傭兵が来ている。メキシコの犯罪組織が配下の人間を戦闘員として送り込んで実戦経験を積ませ、武器を携帯して帰国、警官隊と戦うというようなことも起こっている。 元CIA分析官のラリー・ジョンソンはSPIEFの閉会セッションにおいてウラジミル・プーチン露大統領が口にした「兄弟たちよ、働き続けよう」という言葉に注目している。2016年7月に武装集団が拉致、射殺した警察官のマゴメド・ヌルバガンドビチ・ヌルバガンドフが死の直前、カメラに向かってそう訴えたのだ。武装集団は殺害の様子を携帯電話で撮影していたのだが、未編集の映像が後に発見されて判明した。 その映像は同年9月に公開されて拡散、センセーションを巻き起こしたが、このフレーズには死に直面しても屈しない不屈の精神、仲間への忠誠心、そして敵のプロパガンダに利用されることを拒否する意思などが込められ、広く使われるようになった。挑発的な言動を続けるゼレンスキーを軽蔑する意味を込めてプーチンはこの言葉を発したのだろうと言われているが、そうした意思がイギリスを拠点にしている私的権力に通じるだろうか? 西側諸国ではウクライナの大統領として扱われているウォロディミル・ゼレンスキーの大統領としての任期は切れている。国民にも支持されていない。その彼がキエフで大統領を名乗っていられるのは、背後にイギリスが存在しているからだろう。ゼレンスキーはイギリスの対外情報機関MI6のエージェントで、MI6長官を務めていたリチャード・ムーアがハンドラー(エージェントを管理する担当オフィサー)だったとされているのだ。ムーアは昨年10月1日に退任し、ブレーズ・メトレベリが引き継いでいる。イギリスの長期戦略 イギリスは寡頭制の国である。その体制を支配している私的権力は19世紀からロシアを征服し、スラブ人を殲滅しようとしてきた。その当時イギリスの政界に君臨していたパーマストン子爵(ヘンリー・ジョン・テンプル)は戦時大臣、外務大臣、内務大臣を歴任、1855年2月から58年2月まで、そして59年6月から65年10月まで首相を務めた人物。ビクトリア女王にアヘン戦争を指示したのもパーマストン卿だ。彼はロシアをイギリスにとって最大のライバルとみなし、「ウクライナ人はわれわれが反ロシア蜂起のストーブに投げ込む薪だ」と語っている。 パーマストン子爵は中国におけるイギリスの権益を守るためにチャールズ・エリオットを1836年に広東へ派遣、東インド艦隊の軍事行動の規制を緩めて清(中国)への軍事的な圧力を強化、1840年にはアヘン戦争を仕掛けている。彼の政策はセシル・ローズ、ナサニエル・ロスチャイルド、アルフレッド・ミルナー、ウィンストン・チャーチルらが引き継いだ。 アヘン戦争でイギリスは勝利したが、内陸部を制圧できない。陸軍の力が圧倒的に小さいからだ。清(中国)で略奪するためには地上部隊が必要。そこで目をつけられたのが日本であり、イギリスの戦略が明治維新に繋がったと言えるだろう。その時に作られた支配構造は現在も生きている。 また、イギリスはロシアを征服する布石として中央アジアを抑えにかかり、インドがロシアの手に落ちることを恐れて3度にわたり、アフガニスタンへ派兵した。そのほかペルシャ(現在のイラン)やチベットへの影響力を強めようとしている。 その一方、ロシアはトルコ(オスマン帝国)とクリミア半島を舞台にして戦うが、その際、イギリスとフランスがトルコを支援した。イギリスとフランスはクリミア半島を抑えることでロシアが黒海へ出ることを阻止しようとしたと言われている。 パーマストン子爵の後を継いだセシル・ローズは南部アフリカを征服し、金やダイヤモンドで巨万の富を得た。ローズに融資したのはNMロスチャイルド&サン。ローズの計画にはナサニエル・ロスチャイルド、ウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレット(エシャー卿)、そしてアルフレッド・ミルナー(ミルナー卿)が関係している。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013) 南部アフリカでダイヤモンド取引に乗り出して成功した後、ローズはフリーメーソンへ入会、『信仰告白』を書いている。その中で彼はアングロ・サクソンが最も優秀な人種だと主張、その優秀な人種が住む地域が増えれば増えるほど人類にとってより良く、大英帝国の繁栄につながるとしている。秘密結社はそのために必要なのだという。 スペインがポルトガルがラテン・アメリカで金銀財宝を奪い、それを海賊行為で略奪していたエリザベス1世の時代(1593年から1603年)の時代、イギリスの支配層の中で「ブリティッシュ・イスラエル主義」が現れた。 アングロ-サクソン-ケルトは「イスラエルの失われた十支族」であり、自分たちこそがダビデ王の末裔だと彼らは信じ、人類が死滅する最後の数日間にすべてを包括する大英帝国が世界を支配すると予言されているという妄想が広まったのだ。 イギリスや西側世界にシオニズムを広めた人物としてブリティッシュ外国聖書協会の第3代会長を務めた反カトリック派のアントニー・アシュリー-クーパー(シャフツバリー伯爵)が知られているが、17世紀初頭にイギリス王として君臨したジェームズ1世も自分を「イスラエルの王」だと信じていたという。 その息子であるチャールズ1世はピューリタン革命で処刑されたが、その革命で中心的な役割を果たしたオリヴァー・クロムウェルをはじめとするピューリタンも「イスラエルの失われた十支族」話を信じていたとされている。クルムウェルはユダヤ人をイングランドへ入れることを許可したが、稼ぎ方を海賊行為から商取引へ切り替えるためだったとされている。ユダヤ人は商取引や金貸しに長けていた。 エリザベス1世が統治していた時代、イングランドはアイルランドでも軍事侵略し、先住民を追放した。イングランドやスコットランドから入植者をアイルランドのアルスター地方へ移住させた。 その後、ピューリタン革命の時代にもアイルランドで先住民を虐殺している。クロムウェルは革命で仲間だったはずの水平派を弾圧した後にアイルランドへ軍事侵攻して住民を虐殺したのだ。 侵攻前の1641年には147万人だったアイルランドの人口は侵攻後の52年に62万人へ減少。50万人以上が殺され、残りは「年季奉公」や「召使い」、事実上の奴隷としてアメリカなどに売られたと言われている。 ダブリン出身でプリマス・ブレザレンを創設したジョン・ネルソン・ダービー牧師は1830年代から宗教活動を始めたが、彼はキリストの千年王国がすべての文明を一掃し、救われるのは選ばれた少数のグループだけだと考えていた。 イギリスの支配層はロシアを征服するため、ユーラシア大陸の周囲を海軍力で支配、内陸部を締め上げていくが、それを可能にしたのがスエズ運河にほかならない。イギリスの首相を務めていたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収。そして1917年11月、アーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ書簡を出してイスラエル建国への道を切り開く。いわゆる「バルフォア宣言」だ。ここからパレスチナにおける先住民の大量虐殺が始まる。 ピューリタンはアメリカやオーストラリアでも似たことを行なっている。アメリカでは「アメリカ・インディアン」を大量虐殺してヨーロッパ系移民と入れ替え、オーストラリアではアボリジニを大量虐殺、土地を奪った。そして現在、シオニストはパレスチナだけでなく西アジア全域のアラブ人やペルシャ人を殲滅し、「大イスラエル」を作ろうとしているように見える。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.07

WHO(世界保健機関)は今年5月、コンゴ民主共和国とウガンダでエボラ出血熱の発生が確認されたと発表した。4月にはオランダのクルーズ船MVホンディウスでハンタウイルス感染症が発生、話題になっている。これは偶然なのだろうか? エボラ出血熱は2008年にコンゴ、11年から12年にかけてウガンダで患者が見つかっている。2010年頃からフォート・デトリックの研究者がギニア、リベリア、シエラレオネの周辺で研究していた。その地域で2013年12月からエボラ出血熱が広がりはじめたのだ。2014年にはギニアからリベリア、シエラレオネ、ナイジェリア、さらにアメリカやヨーロッパへ伝染し、1万1323名が死亡、大きな騒動になっている。2014年7月にはシエラレオネの健康公衆衛生省がテュレーン大学に対し、エボラに関する研究を止めるようにという声明を出している。 生物兵器の専門家として知られているイリノイ大学のフランシス・ボイル教授の説明によると、テュレーン大学やCDC(疾病管理センター)が西アフリカで運営していた研究所では生物兵器を研究していたが、同じ場所にフォート・デトリックのUSAMRIID(アメリカ陸軍感染症医学研究所)の研究者もいた。 エボラは1976年8月にザイール(現在のコンゴ)で初めて確認されているが、エイズと同じように病気の始まりが明確でない。1976年の前は気づかれなかっただけなのか、病気自体がなかったのかは不明だ。 その直後、1980年代の前半からエボラを引き起こすウイルスを含む病原体を細菌兵器にしようとする極秘研究「プロジェクト・コースト」が南アフリカで進められた。その中心にいた科学者はウーター・ベイソンだが、アメリカ、イギリス、スイス、フランス、イスラエル、イラク、リビアといった国々からも資金が出ていたとされている。CIAとは特に緊密な関係なったとする噂もある。このベイソンが1985年に生物兵器を専門とするイギリス人研究者デイビッド・ケリーと会っていたことは本ブログでも書いた通り。 2014年当時、生物兵器を研究している学者が数年にわたってギニア、リベリア、シエラレオネ周辺で活動していたと話題になった。その学者が所属していたのは生物化学兵器を研究開発しているアメリカ軍のフォート・デトリック、そしてテュレーン大学だ。2014年7月、シエラレオネの健康公衆衛生省はテュレーン大学に対し、エボラに関する研究を止めるようにという声明を出している。 このときは突如、「エボラ出血熱に有効な治療法」が出現したことも話題になった。2014年8月に現地で治療していたふたりのアメリカ人、ナンシー・ライトボールとケント・ブラントリーが感染したのだが、アメリカへ運ばれて治療を受け、ふたりは回復している。ふたりはリーフバイオ社とデフィルス社が開発したZMappが投与されたほか、現地で回復した少女の血が輸血されたとされている。ZMappにしろ輸血にしろ、それが病気に対して有効だということをアメリカの関係者が知っていたなら、なぜアフリカ人に対しては使われなかったのかという疑問も出た。2014年9月にバラク・オバマ米大統領はナイジェリア、リベリア、シエラレオネへ3000名程度の部隊を派遣すると言い始める。「エボラとの戦争」ということなのだろうが、実際は資源絡みだと見られている。 エボラ出血熱がスーダンやザイールで見つかったのは1978年のことだが、80年代の前半からこの病気を引き起こすウィルスを含む病原体を細菌兵器にしようとする極秘の研究「プロジェクト・コースト」が南アフリカで始まる。その中心にいた研究者がウーター・ベイソンだ。 ベイソンは1985年にイギリスを訪問、デイビッド・ケリーという研究者に会うが、ケリーは2003年7月、つまりアメリカ軍が従属国の軍隊を引き連れてイラクを先制攻撃した4カ月後に変死している。 ジョージ・W・ブッシュ政権はイラク侵略を正当化するために偽情報を広めていたが、その際にイギリスのトニー・ブレア政権はその偽情報を本当らしく見せるために文書を作成している。ブレア政権が作成した文書が事実に基づいていないことをBBCのアンドリュー・ギリガン記者に知らせたのはケリーだったと言われている。 ケリーは手首を切って死んだとされているが、それにしては出血が少なく、心臓の活動が停止した後に切ったと疑いが強い。死の直前、イギリスの治安機関MI5がケリーからベイソンの件で話を聞いたともいう。 イラクへの先制攻撃を正当化するために偽情報が記載された文書を自分たちが作成したとBBCの記者が伝えたことをブレア政権は怒り、同社の執行役員会会長とBBC会長は辞任に追い込まれ、ギリガン自身もBBCを離れることになる。それ以降、BBCは政権の単なる広報機関だ。 アメリカにおける細菌兵器の研究開発は1931年に始まったと言えるだろう。ロックフェラー財団の「衛生委員会」チームの一員としてプエルトリコのサンフアンにある病院で数カ月間勤務したロックフェラー医学研究所のコーネリアス・ローズなる人物はプエルトリコの被験者の体内へ意図的にガン細胞を入れ、うち13人を死亡させたという。彼はプエルトリコ人を軽蔑、絶滅を妄想していた。 ローズは第2次世界大戦中にアメリカ陸軍の大佐となって化学兵器部門の医学部長を務め、ユタ州、メリーランド州、パナマに化学兵器研究所を設立、プエルトリコ人に対する秘密実験にも参加した。1943年末までに化学兵器関連の新しい医学研究所がマサチューセッツ州のキャンプ・デトリック、ユタ州のダグウェイ実験場、アラバマ州のキャンプ・シベルトに設立された。1944年1月、化学兵器局は生物兵器に関するすべてのプロジェクトを担当することになる。1960年代にアメリカ国防総省は人間の免疫システムを無力化する研究を進めている。 キャンプ・デトリックは1955年からフォート・デトリックに格上げされるが、ここは今でもアメリカ軍の生物化学兵器開発の中心的な存在である。日本軍による生物化学兵器に関する資料や研究者は大戦後、フォート・デトリックへ運ばれた。 日本の生物化学兵器の開発は軍医学校、東京帝国大学医学部、京都帝国大学医学部が中心になって進められた。その一環として生体実験をおこなうため、中国で加茂部隊」が編成されている。その責任者が京都帝国大学医学部出身の石井四郎中将であり、その後ろ盾は小泉親彦軍医総監だったとされている。 その後、加茂部隊は「東郷部隊」へと名前を替え、1941年には「第七三一部隊」と呼ばれるようになり、捕虜として拘束していた中国人、モンゴル人、ロシア人、朝鮮人を使って生体実験する。こうした人びとを日本軍は「マルタ」と呼んでいた。 この部隊の隊長を1936年から42年、そして45年3月から敗戦まで務めた人物が石井四郎。途中、1942年から45年2月までを東京帝国大学医学部出身の北野政次少将が務めている。 ソ連の参戦が迫っていた1945年8月、関東軍司令官の山田乙三大将の命令で第七三一部隊に関連した建物は破壊され、貴重な資料や菌株は運び出された。監獄に残っていた捕虜を皆殺しになる。捕虜の多くは食事に混ぜた青酸カリで毒殺されたが、食事をとろうとしない者は射殺された。死体は本館の中庭で焼かれ、穴の中に埋められた。日本軍は監獄などを爆破した上で逃走している。(常石敬一著『消えた細菌戦部隊』海鳴社、1981年) 第七三一部隊人脈は大戦後、アメリカ軍の保護を受けながら活動を続けた。その拠点は予防衛生研究所(予研)を経て感染症研究所(感染研)につながる。感染研は現在、国立健康危機管理研究機構の一部を構成している。 リビアの指導者だったムアンマル・アル-カダフィは2009、大手製薬会社はウイルスを作り出して世界中に蔓延させれば「ワクチン接種で莫大な利益を得ることができる」と国連で演説していた。 ロシアはアメリカの国防総省がウクライナに建設した生物兵器の研究開発施設で特定の民族を殺害するための生物兵器を開発していたと主張し、アフリカ諸国に対し、生物兵器分野でアメリカと協力しないよう警告してきた。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.06
イスラエルは建国前からパレスチナで先住のアラブ系住民を虐殺しているが、ベンヤミン・ネタニヤフ政権になってから「皆殺し」の様相を強め、アメリカ国内でもイスラエルに批判的な人が増え、アメリカ軍の内部にも、イスラエルのために戦いたくないと考える人が少なくないようだ。 そのアメリカの下院で5月26日、2027年度国防権限法案(NDAA)が公表された。下院軍事委員会のマイク・ロジャース委員長(共和党)とアダム・スミス議員(民主党)によって提出されたもの。特に注目されているのは第224条の「アメリカ・イスラエル防衛技術協力イニシアチブ」だ。 この条項は両国の研究開発、兵器の共同生産、合弁事業、ライセンス契約、そしてあらゆる形態の軍産複合体協力の基盤を築くもので、AI、量子技術、自律システム、指向性エネルギー、サイバー、バイオテクノロジーなど、軍事技術のほぼすべての分野における連携が拡大する。さらに「ネットワーク統合」や「データ融合」も提案され、イスラエルは事実上、米軍のあらゆるデータにアクセスできるようになる。この法案は国防総省内に両国間の協力と統合を調整する執行機関を設置することも義務付けている。現在、イスラエルはアメリカ軍を自分たちの軍隊であるかのように使っているが、そうした傾向が強まる可能性が高い。 ワシントンDCでこの法案に意を唱えた共和党のトーマス・マッシー議員は5月19日に実施された11月の中間選挙の候補者を決める予備選挙で敗北。同議員はジェフリー・エ プスタイン氏に関する文書を司法省に公開させる取り組みを主導していたことでも知られ、ドナルド・トランプ大統領の反感を買っていた。 1979年にパーレビ体制がイスラム革命で倒された後、イスラエルやアメリカのシオニストは革命体制を転覆させ、親イスラエル体制を再建しようとしてきた。ウェズリー・クラーク欧州連合軍(NATO作戦連合軍)の元最高司令官によると、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎が攻撃されてから10日ほど後、ドナルド・ラムズフェルド国防長官の周辺はイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、イラン、スーダンを攻撃対象国リストに載せていたという(3月、10月)が、これはネオコンの計画にほかならず、イスラエルとアメリカは残されたイランを破壊しようとしている。 パーレビ体制は1925年に始まる。陸軍の将校だったレザー・ハーンがテヘランを占領、カージャール朝を廃してレザー・シャー・パーレビを名乗り、王位についたのだ。その背後にはイギリスが存在した。 1908年5月、ペルシャと呼ばれていた当時のイランで世界最大規模の油田が発見され、その翌年にAPOC(アングロ・ペルシャン石油)が創設され、バーマー石油の会長だったストラスコナ男爵(ドナルド・スミス)が会長に就任。そして1919年、イギリスはペルシャを保護国にしている。APOCは1935年にAIOC(アングロ・イラニアン石油)へ名称を変更した。 AIOCを通じ、イランの石油はイギリスを支える。同社が計上した利益は1950年だけで1億7000万ポンドだが、そのうち1億ポンドがイギリスへ渡されている。イランが受け取る比率は、イギリス政府へ税金を支払った後の10から12%にすぎない。(Richard J. Aldrich,"The Hidden Hand," John Murray, 2001) 石油が生み出す利益の大半をイギリスの巨大企業と王族が独占する現実にイラン国民は不満を募らせ、1951年に実施された選挙で選ばれた議会はAIOCの国有化を決める。その時、首相に就任したのはモハンマド・モサデクだ。 そこでイギリスの情報機関はアレン・ダレスに接近した。当時、ダレスは「民間人」だったが、アメリカの情報機関を彼が統括していることをイギリスは熟知していた。イギリスでは1951年10月にウィンストン・チャーチルが首相に復帰し、その圧力で1952年7月にモサデク首相は辞任するが、国民の反発で復活。そこでイギリスは経済戦争を仕掛けて追い詰め、クーデターでモサデク政権を倒そうとする。 1953年1月にアメリカ大統領となったドワイト・アイゼンハワーは国務長官をジョン・フォスター・ダレスに、またCIA長官にジョンの弟であるアレン・ダレスを据えた。言うまでもなく、ダレス兄弟はウォール街の大物弁護士。ふたりが所属するにモサデクを排除しなければならない事情があった。ダレス兄弟はふたりとも弁護士で、サリバン・アンド・クロムウェルという法律事務所の顧客リストにはAIOCも含まれていた。 1953年3月にアレン・ダレスはNSC(国家安全保障会議)でイランにおける革命の危機を訴えたが、会議に出席した人の約半数はクーデター計画に反対ていた。それでも大統領は3月中に計画を承認、5月中旬にアレン・ダレスは部下をキプロスに派遣、現地のMI6(イギリスの対外情報機関)要員と情報の交換を行っている。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015) クーデターでモサデク政権は倒されてパーレビ体制が復活、米英の巨大資本はイランを食い物にする。その略奪体制が終わるのが1979年の革命だ。イスラエルはそのイランの体制を転覆させようとしているのだが、その背後にはアメリカやイギリスが存在していると考えるべきだろう。 帝国主義国によって民主的な政権を倒され、傀儡体制に支配された経験をイランの国民は忘れていない。アメリカやイスラエルの攻撃に屈することはないだろう。 そのイランのマスード・ペゼシュキアン大統領は先週、パキスタンのシャバーズ・シャリフ首相と非機密回線を使った電話会談を実施した。両国はアメリカとイスラエルに傍受させることが目的だったと考えられている。その中でペゼシュキアン大統領はアメリカの攻撃が続く場合、核和平交渉からの即時撤退、将来の核条約枠組みの完全放棄、イラン領土内での核爆発という3段階の「最後通牒」を伝えたという。同じ内容の話をマルコ・ルビオ国務長官はパキスタンのイシャク・ダル外相から電話で伝えられたという。パキスタンの背後には中国とロシアが存在していると見られている。イランが核弾頭を保有しているとするならば、それは「友好国」から入手したということになるだろう。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.05

ウクライナと西アジアで大きな動きがあった。 ロシア政府が予告した通り、同国軍はキエフに対する大規模な攻撃を実施した。NATO諸国の要員がいる施設も破壊されてCIAのオフィサーも死亡したと伝えられている。この攻撃にロシア軍は戦略爆撃機のTu-95やTu-160、そして極超音速空対地ミサイルのキンジャールを搭載したMiG-31K迎撃機も投入、カスピ海の艦船からはカリブル巡航ミサイルを発射したようだ。 ロシア軍部隊はドンバス(ドネツクとルガンスク)に残されたキエフ体制側の要塞化した都市を包囲、陥落は時間の問題。今年の夏にはドンバス全域をロシア軍は制圧すると見られているが、南部のオデッサを制圧すると推測する人もいる。NATO加盟国の一部はロシアを直接攻撃する動きを見せているが、状況によってはそうした国の軍事施設が破壊される可能性もある。 西アジアでは多くの人が予想していた通り、6月3日未明(現地時間)にイランとアメリカが交戦した。イランのバンダレ・アッバース港へ向かうイランのタンカーに対してアメリカ軍のヘリコプターがヘルファイア空対地ミサイルを発射、航行不能に陥らせたことが切っ掛けだと伝えられている。アメリカ軍はゲシュム島にあるイランの通信塔も攻撃という。 これに対し、イランのIRGC(革命防衛隊)はアメリカの艦船「パナヤ」をミサイルで攻撃、さらにクウェート国際空港の旅客ターミナル1のほか同国に駐留しているアメリカ空軍の基地、またバーレーンのアメリカ第5艦隊司令部をミサイルとドローンで攻撃した。敵対的な外国勢力を受け入れ、イラン領への攻撃拠点を提供して地域の平和を損なったとIRGCはクウェートとバーレーンの政府を非難している。 アメリカ軍とイスラエル軍は2月28日にイランを奇襲攻撃、最高指導者のアヤトラ・アリ・ハメネイ師、アブドルラヒム・ムサビ参謀総長、アジズ・ナシルザデ国防相、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、最高安全保障委員会(SNSC)事務局長でハメネイ師の顧問を務めていたアリ・シャムハニを含むイランの要人を殺害したのだが、IRGCはすぐに反撃、イスラエルの主要施設や西アジアにあるアメリカ軍の基地が攻撃された。 破壊されたアメリカ軍基地にはカタールのアル・ウデイド空軍基地、クウェートのアル・サレム基地、アラブ首長国連邦(UAE)のアル・ダフラ空軍基地、バーレーンのアメリカ軍第5艦隊基地、サウジアラビアのリヤドにあるプリンス・スルタン空軍基地など。CNNが5月1日に伝えたところによると、イラン軍攻撃で被害を受けたアメリカ軍基地は少なくとも16か所。その大半は使用不能だと言われている。イスラエルの報道管制は特に厳重だが、それでも大きな被害を受けていることは伝えられている。防空システムは機能していないということだ。 それでもイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ政権やアメリカのシオニスト・ロビーは戦争の継続を強く主張しているが、その背後にカバラを重視するチャバドの指導者だった故メナヘム・メンデル・シュネールソンが存在していると主張する人もいる。 チャバドは1775年に帝政ロシアのリオズノ(現在はベラルーシ)で設立されたカバラを重視するハシディズムの一派。メナヘム・メンデル・シュネールソンによって最も影響力のあるユダヤ教の運動になったという。彼らはエルサレムにある神殿の丘にアル-アクサ・モスクを破壊して第三神殿を再建するとしている。 イスラエルのネタニヤフ首相は1990年11月8日にシュネールソンと会い、イスラエル最後の指導者となってメシアに王笏を渡すだろうと告げられたという。ネタニヤフが初めて首相に就任したのは1996年6月のことだ。そのシュネールソンが埋葬されているニューヨークのオヘルをドナルド・トランプは2024年10月7日、大統領選挙の前月に訪れている。 西アジアの問題はイギリスを拠点としていた強大な私的権力、つまり帝国主義者の戦略が大きく関係しているのだが、その手先として利用されたユダヤ系カルトの力が強くなっている。ネタニヤフもトランプもその網の中にいる。 そうした帝国主義者やカルトの思惑はウクライナとイランで崩れつつある。イスラエルは最後の手段として核兵器を使う可能性がある。いわゆる「サムソン・オプション」だ。 1980年代からイスラエルが破壊しようとしているイランの体制はこれまで宗教的な理由から核兵器の開発をしてこなかったのだが、一連のアメリカやイスラエルによる攻撃により、その政策が変更されるかもしれない。 ここのきてイランのマスード・ペゼシュキアン大統領はパキスタンのシェバズ・シャリフ首相を通じ、アメリカが攻撃を続けた場合の対応策を伝えた。第1に核和平交渉からの即時離脱、第2に将来的な核合意の枠組みからの完全な離脱、第3にイラン国内における核実験だ。この通告はイラン国家安全保障会議の指示に基づく。 イランは核兵器を開発してこなかったことから、パキスタンが核弾頭を提供する可能性が高いと見られているが、その背後で中国やロシアと協議しているはずだ。NPT(核不拡散条約)から脱退し、砂漠地帯で核実験をすることも想定できる。パキスタンの核兵器開発にはサウジアラビアも深く関係している。イスラエルはイランの次にトルコとエジプトを狙っているとも言われ、これらの国々が新たな安全保障体制を築きつつあるとも言われている。西アジアの軍事的な緊張が高まることになるが、これはシュネールソンの一派にとって望むところだろう。 イランはホルムズ海峡を再び締めるだけでなく、紅海への入り口であるバブ・エル・マンデブ海峡を閉鎖するかもしれない。原油の供給が2割程度減る状況は続きそうだ。各国は備蓄を取り崩しているようだが、夏以降、状況は悪化すると見られ、「配給制」の導入もあると推測する人がいる。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.04

タイムズ・オブ・イスラエル紙によると、イスラエルはアメリカに攻撃再開の許可を求めた後、ヒズボラに対する攻撃を再開すると発表した。ベイルート郊外にある住宅街のダヒヤ地区を攻撃するという。これまでイスラエル軍が全くレバノンを攻撃していなかったわけではなく、攻撃は激化されるということだ。 イランのセイエド・アッバス・アラグチ外相はレバノンを含むあらゆる戦線での敵対行為の即時停止がイランとアメリカの停戦に含まれていると指摘、タスニム通信によると、イランの交渉チームはイスラエル軍によるレバノンに対する軍事作戦の継続を批判、仲介役のパキスタンを通じたアメリカとのテキストによるメッセージのやり取りを停止したという。 レバノンでの停戦はあらゆる交渉の前提条件であり、その前提条件が守られていない以上、交渉は継続されないということだ。イスラエル軍がレバノンでの作戦を停止し、レバノン領土から撤退するまで交渉は再開しないとイランの交渉担当者は述べている。段階的に緩和されてきたホルムズ海峡の封鎖も再び強化されそうだ。 ホルムズ海峡の航行が難しくなり、世界の原油供給量は約2割減ったと言われている。供給量が減っているため相場は上昇しているものの、今のところ備蓄された石油がクッションになっている。真の逼迫は今後数週間以内に起こると見られている。 レバノンに対するイスラエルの攻撃についてロシアのワシリー・ネベンジア国連大使は安全保障理事会で厳しく批判、アメリカが仲介した停戦は「忍び寄る侵略の煙幕」になっていると主張した。ガザと同じようにレバノンでも「焦土作戦」を実行しているとしているが、これは事実だ。ウクライナのクーデター政権の軍事力を高めるためにNATO諸国が行なったことと同じだとも言える。 本ブログでも繰り返し書いてきたが、戦争を終結させる条件としてイランが求めている項目は一貫している。ホルムズ海峡の通行をイランが管理し、イランの同盟勢力に対する軍事行動を停止、西アジア地域からアメリカ軍は撤退し、イランの役割を明記したホルムズ海峡における安全保障協定を策定、イランが被った損害を全額補償、すべての制裁および国際決議を撤廃、凍結されたイラン資産を返還、そしてこれらの条件を拘束力のある国連安全保障理事会決議として正式に承認することだ。 イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相を含むシオニストの一派はナイル川からユーフラテス川に至る「大イスラエル」を創設するという「歴史的かつ精神的な使命」を主張してきた。 この人物は2023年10月7日にハマス(イスラム抵抗運動)を中心とするパレスチナの武装グループがイスラエルを奇襲攻撃した直後、「われわれの聖書(キリスト教における「旧約聖書」と重なる)」を持ち出してパレスチナ人虐殺を正当化している。 聖書の中でユダヤ人と敵だとされている「アマレク人があなたたちにしたことを思い出しなさい」(申命記25章17節から19節)という部分を彼は引用、「アマレク人」をイスラエルが敵視しているパレスチナ人に重ねたのだ。 サムエル記上15章3節には「アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」と書かれている。「アマレク人」を家畜と一緒に殺した後、「イスラエルの民」は「天の下からアマレクの記憶を消し去る」ことを神は命じたとされている。これこそがガザやレバノンでイスラエルが行ってきたことであり、西アジア全域で実行しようとしていることだ。 ベンヤミン・ネタニヤフはウラジミール・ジャボチンスキーが1925年に結成した「修正主義シオニスト世界連合」の流れを汲む。ジャボチンスキーは1940年にアメリカで心臓発作のために死亡したが、アメリカ時代に彼の秘書を務めていたベンシオン・ネタニヤフはベンヤミン・ネタニヤフの父親にほかならない。 その後、ジャボチンスキーの信奉者がユダヤ人社会で主流派になったわけではないが、1970年代に福音派キリスト教徒、キリスト教原理主義者、あるいは聖書根本主義者と呼ばれているグループに支援されて勢力を拡大させた。アメリカでネオコンが台頭するのと同じタイミングである。 このキリスト教の一派が掲げる教義によると、キリストに従う「善の軍勢」と反キリストの「悪の軍勢」が「ハルマゲドン」で最終戦争を行い、人類の歴史は幕を閉じる。その際、再臨するキリストによって自分たちは救われるのだという。 ジェリー・フォルウエルなど有名なテレビ説教師の大半がこの説を信じていて、「四千万を超えるといわれる聖書根本主義者たちは、聖書に書かれた神の都シオンと現代のシオニズム国家イスラエルを中心に信仰体系を打ち立てている」。この信仰体系は天啓的史観と呼ばれている。(グレース・ハルセル著、越智道雄訳、「核戦争を待望する人びと」、朝日選書、1989年)ドナルド・トランプ政権でスピリチャル顧問を務めるポーラ・ホワイト-ケインもテレビ説教師のひとりだ。 また、マザー・ジョーンズ誌の2002年9月/10月号に掲載されたレポートによると、聖書根本主義派はエド・マクティールを中心に活動、ジェリー・フォルウエルをロナルド・レーガン、ジェシー・ヘルムズ上院議員、そして現司法長官のジョン・アシュクロフトと引き合わせたのもこの人物だ。ポール・ウォルフォウィッツやダグラス・フェイスのようなネオコンと福音派キリスト教徒は緊密な関係にある。(MOTHER JONES, September / October 2002) イスラエルの「建国」は1948年5月14日、シオニストによって宣言された。シオニストとはエルサレムの南東にあるシオンの丘へ戻ろうという「シオニズム運動」の信奉者だ。 シオニズムという用語を1893年に初めて使用したのはウィーン生まれのナータン・ビルンバウム。近代シオニズムの創設者とされている人物は1896年に『ユダヤ人国家』という本を出版したセオドール・ヘルツルだ。 しかし、その背後にはイギリスの強大な私的権力が存在していた。イギリス政府は1838年、エルサレムに領事館を建設、イギリスの首相としてベンジャミン・ディズレーリは75年にスエズ運河運河を買収しているが、その際に資金を提供したのは友人のライオネル・ド・ロスチャイルドだ。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018) ディズレーリは1881年4月に死亡、その直後からフランス系のエドモンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルドがテル・アビブを中心にパレスチナの土地を買い上げ、ユダヤ人入植者へ資金を提供しはじめる。 イギリスは第1次世界大戦(1914年7月から18年11月)の最中にフランスと「サイクス・ピコ協定」を結んでいる。オスマン帝国を解体し、両国で分割することを決めていたのだ。これは秘密協定だったが、ロシアの十月革命で成立したボルシェビキ政権によって明るみに出されたのである。 協定が結ばれた翌月の1916年6月にイギリス外務省アラブ局はアラブ人を扇動して反乱を起こさせた。その部署にはトーマス・ローレンス、いわゆる「アラビアのロレンス」も所属していた。その当時、イギリスはエージェントを後のサウジアラビア国王でワッハーブ派のイブン・サウドに接触させている。 パレスチナに「ユダヤ人の国」を建設する第一歩と言われる書簡をアーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ出したのは1917年11月のこと。これがいわゆる「バルフォア宣言」だ。 イギリスは1920年から1948年の間パレスチナを委任統治、ユダヤ人の入植を進めたが、1920年代に入るとパレスチナのアラブ系住民は入植の動きに対する反発を強める。 そうした動きを抑え込むため、デイビッド・ロイド・ジョージ政権で植民地大臣に就任したウィンストン・チャーチルはパレスチナへ送り込む警官隊の創設するという案に賛成、アイルランドの独立戦争で投入された「ブラック・アンド・タンズ」のメンバーを採用した。この組織はIRA(アイルランド共和国軍)を制圧するために設立され、殺人、放火、略奪など残虐さで有名だった。そして1936年から39年にかけてパレスチナ人は蜂起。アラブ大反乱だ。 1938年以降、イギリス政府は10万人以上の軍隊をパレスチナに派遣する一方、植民地のインドで警察組織を率いていたチャールズ・テガートをパレスチナへ派遣、収容所を建設する一方、残忍な取り調べ方法を訓練した。イギリス軍はパトロールの際、民間のパレスチナ人を強制的に同行させていたともいう。 委任政府は外出禁止令を出し、文書を検閲、建物を占拠、弁護人を受ける権利を停止する一方、裁判なしで個人を逮捕、投獄、国外追放している。この政策はイスラエル政府の政策につながる。 反乱が終わるまでにアラブ系住民のうち成人男性の10パーセントがイギリス軍によって殺害、負傷、投獄、または追放された。植民地長官だったマルコム・マクドナルドは1939年5月、パレスチナには13の収容所があり、4816人が収容されていると議会で語っている。その結果、パレスチナ社会は荒廃、1948年当時、イスラエルの「建国」を宣言したシオニストの武装組織に対して無防備な状態となっていた。 イギリスが中東支配を始めた理由には軍事的、あるいは経済的な側面があるが、それだけでなく宗教的な理由もあった。 16世紀になると、イギリスでは自分たちを古代イスラエルの「失われた十支族」の後継者だと信じる人が現れた。そのひとりがスチュワート朝のジェームズ6世で、自分はイスラエルの王だと信じていたという。そのジェームズ6世の息子、チャールズ1世は「ピューリタン革命(17世紀半ば)」で処刑されたが、その「革命」で重要な役割を果たした人物がオリヴァー・クロムウェル。その私設秘書だったジョン・サドラーも同じように考えていた。 旧約聖書の記述によると、イスラエル民族の始祖はヤコブだとされている。彼には12人の息子があり、それぞれ支族を形成、そのうちユダ族とベニヤミン族の後裔とされる人びとが「ユダヤ人」と呼ばれているのだ。残りは行方不明で、旧約聖書を信じる人びとから「失われた十支族」と呼ばれているのだが、その話は神話であり、史実に基づいているのかどうかは不明である。 旧約聖書が主張したかったのはユダヤ族とベニヤミン族が「ユダヤ人」だということだが、後の時代にある種の人びとは自分たちの妄想を「失われた十支族」という話の中に投影させたということだろう。 ところで、クロムウェルはキリストの再臨を信じ、「道徳的純粋さ」を達成しようと考え、ユダヤ人は離散した後にパレスチナに再集結し、ソロモン神殿を再建すると考えていたという。 シオニズムを生み出し、イスラエルを作り上げたのはイングランドの寡頭体制を支配する強大な私的権力であり、イスラエルはその私的権力に操られているだけである。トランプ大統領もその私的権力に操られている。その勢力はウクライナでロシアに、また西アジアではイランに敗北した。トランプ大統領はその責任をネタニヤフ首相に押し付けようとしているように見える。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.03

ドナルド・トランプ米大統領がイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と共同で2月28日にイランを奇襲攻撃した結果、ホルムズ海峡を船舶が航行が困難になり、世界の原油供給量は約2割減った。西アジアの原油が途絶えて最も大きな影響を受けるのは東/東南アジアだが、中国は膨大な備蓄がある上、同盟関係にあるロシアから大量に運ばれ、しかもカスピ海経由でイランからも手に入る。それに対して日本は危機的な状況だが、高市早苗首相は「戦争ごっこ」に熱心で、エネルギー問題には興味がないようだ。 イランは報復攻撃で西アジアにあるアメリカ軍の基地やイスラエルの首相施設を破壊した。CNNが5月1日に伝えたところによると、イラン軍の攻撃で被害を受けたアメリカ軍基地は少なくとも16カ所におよび、その大半は使用不能だと言われている。アメリカとイスラエルはイランの体制を転覆させることに失敗、泥沼から抜け出せなくなった。 戦争に勝利したイランの政府はアメリカ政府に対し、戦争を終結させる条件として、イランの役割を明記したホルムズ海峡における安全保障協定の策定を要求、イランの同盟勢力(ヒズボラやハマス)に対する軍事行動の停止、西アジア地域からのアメリカ軍撤退、イランが被った損害の全額補償、すべての制裁および国際決議の撤廃、凍結されたイラン資産の返還、そしてこれらの条件を拘束力のある国連安全保障理事会決議として正式に承認することを求めている。 こうした要求を現時点でアメリカとイスラエルが呑むとは思えず、ホルムズ海峡の問題は長引くことが予想されるが、イランは日本に対して好意的な姿勢を見せている。その好意を拒否しているのが高市政権だ。 高市首相は総理大臣に就任した翌月、衆院予算委員会で「台湾有事」について問われ、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだ」と発言している。歴代の日本政府と同じように高市首相も「ひとつの中国」を受け入れているので、彼女の発言は中国で内戦が始まった場合、日本は中国に対して宣戦布告するという意味になる。。 もっとも中国との関係を壊しにかかったのは菅直人政権。2010年6月の閣議決定で尖閣諸島周辺の中国漁船を海上保安庁が取り締まれることに決め、2000年6月に発効した「日中漁業協定」を否定、そして2010年9月、石垣海上保安部は中国の漁船を尖閣諸島の付近で取り締まったのである。それ以降、日本政府は中国との関係を壊そうとしてきた。高市首相はその政策を継承している。 こうした政策の背景にはアメリカが存在している。ソ連が消滅して間もない1992年2月、ジョージ・H・W・ブッシュ政権のネオコンは国防総省のDPG(国防計画指針)草案として、世界征服プロジェクトを作成した。いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」だ。 このプロジェクトにおける最優先事項は新たなライバルの出現を防ぐことだが、ドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということも謳われている。 それに対し、1993年8月に成立した細川護煕政権は国連中心主義を打ち出して抵抗、94年4月に倒された。同年6月から自民党は社会党やさきがけを巻き込んで連立政権を樹立、抵抗したが、押し切られてしまった。 1995年2月になるとジョセイフ・ナイが「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表してアメリカの政策に従うように命令したが、このタイミングで日本を震撼させる出来事が相次ぐ。 1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布された(地下鉄サリン事件)。松本サリン事件の翌月に警察庁長官は城内康光から國松孝次へ交代したが、その國松は地下鉄サリン事件の直後に狙撃されている。そして1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われているスターズ・アンド・ストライプ紙に85年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事を掲載、墜落の際に自衛隊が不適切なことを行なったと示唆した。 アメリカ国防総省系のシンクタンク「RANDコーポレーション」が2022年4月に発表した報告書によると、GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲する計画を彼らは持っている。この目的を「防衛」だと強弁しているが、中国に対する軍事的な圧力であり、先制攻撃の準備とも言える。 日本はGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲する計画を進め、自衛隊は2016年に与那国島でミサイル発射施設を建設、19年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設を完成させた。中国を攻撃する準備が粛々と進められている。辺野古へ人々の注意を逸らさせる必要はなくなった。 2022年10月になると、「日本政府が、米国製の巡航ミサイル『トマホーク』の購入を米政府に打診している」とする報道があった。亜音速で飛行する巡航ミサイルを日本政府は購入する意向で、アメリカ政府も応じる姿勢を示しているというのだ。 トマホークは核弾頭を搭載でる亜音速ミサイルで、地上を攻撃する場合の射程距離は1300キロメートルから2500キロメートル。核弾頭を搭載することも可能で、中国やロシアの内陸部にある軍事基地や生産拠点を先制攻撃できる。 2024年3月には陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊を一元的に指揮する常設組織として「統合作戦司令部」が編成された。この司令部を設置することで「自衛隊とアメリカ軍の部隊連携をより円滑にする」とされているが、自衛隊がアメリカ軍の指揮下に入るとも理解されている。同年5月には筋金入りの親イスラエル派として知られているラーム・エマニュエル駐日米国大使が与那国島をアメリカの軍用機で訪れ、その後に新石垣空港へ向かった。そして昨年11月の「台湾有事」発言だ。 高市首相がアメリカでハグしたトランプ大統領は5月に中国を訪問した際、習近平国家主席に対して日本の再軍備について語り、習主席は苛立って声を荒げたとフィナンシャル・タイムズ紙は伝えた。高市政権の「戦争ごっこ」をトランプ大統領はカードとして使っている。 ヨーロッパではEUの幹部たちが高市と似たことをしている。欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長、欧州連合外務安全保障政策上級代表のカヤ・カラス、最近ではドイツのフリードリヒ・メルツ首相がロシアとの戦争へとヨーロッパを導いている。 フォン・デア・ライエンの一族は貴族の家系で、ヒトラーの第三帝国との緊密な協力関係から工業的富の多くを獲得したと言われている。 彼女の父エルンスト・アルブレヒトは1930年生まれで、78年から90年までドイツのニーダーザクセン州で首相を務めたが、その際、ナチズムの信奉者を政権に迎え入れ、左翼赤軍派の信用を失墜させることを目的とした黒旗テロ作戦を実行している。フォン・デア・ライエンの一族はナチだけでなく奴隷売買でも富を築いたが、こうした富や人脈が彼女の出世を支えている。 カヤ・カラスは1977年、ソ連時代のエストニアで裕福な家庭に生まれた。彼女の父であるシーム・カラスは大学院を終えるとすぐにエストニア財務省の一般職員として採用され、4年でソ連貯蓄銀行のエストニア支店長に就任した。かなり優遇されている。生活の恐ろしさについて嘆くような生活ではなかった。 カラスの祖父は1920年代から30年代にかけての時期、エストニア警察と民族主義の民兵組織を創設した指導者のひとりで、コミュニストに対する弾圧を行っていた。カヤ・カラスの母親は1949年、両親と共にクラスノヤルスへ送られているが、父親はエストニアにおけるナチスの軍事組織「オマカイツェ」のメンバーだったという。 また、メルツは巨大金融機関ブラックロックの元監査役で、彼の祖父はナチの突撃隊員。バーボックの祖父はドイツ軍の将校で、1944年には第三帝国最高位の軍事勲章のひとつとされる剣付戦功十字章を授与されている。ビルト紙によると、軍歴記録には、彼が「無条件の国家社会主義者」であり、アドルフ・ヒトラーの著書『我が闘争』を読み、「完全に国家社会主義に根ざした」人物であるされている。 2014年2月にバラク・オバマ政権がキエフで仕掛けたクーデターで誕生した体制はネオ・ナチの影響を受け、ロシアを敵視する政策を続けている。そうした政策の一環としてロシア産の安価な天然ガスの輸入を止めてしまい、EUの経済は麻痺、社会は崩壊しつつある。似たようなことを高市政権は推進している。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.02

ロシアの国営原子力企業ロスアトムのアレクセイ・リハチョフ社長は5月30日にZNPP(ザポリージャ原子力発電所)が光ファイバーで制御されたドローンで攻撃されたと記者団に語った。6号機のタービン建屋の壁に穴が開いたようだ。 この発電所は2022年3月4日からロシア軍が制圧、管理している。ロシア軍が原子力発電所を制圧するのは、ウクライナ軍が原発を「汚い爆弾(放射能爆弾)」として使うことを防ぐためだ。 2024年8月6日、3個旅団程度のウクライナ軍がスーミからロシアのクルスクへ軍事侵攻した。ロシア側には国境警備隊が配備されていただけだったため、装甲車両を連ねた部隊に対抗することができなかった。クルスクには原子力発電所があり、そこの使用済み核燃料貯蔵施設を標的とする偽旗作戦を実行するつもりだったのではないかと推測する人もいた。 今でもロシア軍が自軍の部隊が配備されている原発を攻撃したと主張する人もいるが、攻撃の状況からウクライナ軍が実行したことは確実。そもそも自国軍がいる原発を攻撃するとは考えられない。ウクライナ軍はイギリスの軍や情報機関(MI6)と共同でクリミア橋(ケルチ橋)を破壊するなどテロ活動を繰り返してきた。 2014年2月のキエフにおけるクーデターはアメリカのバラク・オバマ政権がネオ・ナチを利用して実行したものだった。これは本ブログで繰り返し書いてきたことだ。そのネオ・ナチ体制を拒否したウクライナ国民は少なくない。特に東部や南部、ソ連時代にロシアからウクライナへ割譲された地域では反クーデター派が圧倒的に多かった。 そこでNATO加盟国はクーデター体制の戦力を増強するために時間を稼がねばならなくなり、2014年の「ミンスク1」と15年の「ミンスク2」に繋がった。2021年1月にアメリカ大統領となったジョー・バイデンは就任直後からロシアに対する軍事的な挑発を開始。2022年に入るとドンバスの周辺で軍事的な緊張が高まり、ウクライナ側からの砲撃が激しくなる。開戦が噂される中、2月24日にロシア軍はミサイルやドローンでウクライナ軍の部隊や軍事基地、そして生物兵器の研究開発施設を攻撃し始めた。 3月に入るとモスクワとキエフは停戦で合意するのだが、それを容認できないボリス・ジョンソン英首相がキエフへ乗り込み、戦争を継続するようウォロディミル・ゼレンスキー大統領に命令している。2022年4月9日のことだ。(ココやココ) アメリカ国防総省系シンクタンク「RANDコーポレーション」は「ロシアの勢力拡大」をテーマにした報告書で、ウクライナへ殺傷兵器を供与する、シリアの反政府勢力への支援を強化する、ベラルーシにおける政権交代を促進する、南コーカサスにおける緊張の高まりを利用する、中央アジアにおけるロシアの影響力を低下させる、モルドバにおけるロシアの存在に挑戦すると書いている。 歴代アメリカ政府は全てを実行しているが、西アジアではアメリカとイスラエルがイランに敗北、ウクライナ軍はロシア軍に敗北した。ウクライナにおける対ロシア戦争の主体になっているNATO諸国はロシアとの直接的な軍事衝突を公言している。ロシア政府もそれを覚悟、NATOとの全面衝突の準備をしていると見られている。対ロシア攻撃の拠点はウクライナの外でも標的になるだろう。「反転攻勢」や「新型兵器」でウクライナが勝つという状態ではない。「神風」は吹かない。 2014年のキエフにおけるクーデターを仕掛けたのはオバマ政権のネオコンであり、その背後にはシティやウォール街、つまり米英金融資本が存在している。イスラエルやペルシャ湾岸の産油国を作り上げたのはシティを構成している私的権力だ。この勢力は次にヨーロッパのNATO加盟国とロシアを戦わせようとしている。東アジアでは中国やロシアと戦わせる国として彼らが準備しているのは日本にほかならない。高市早苗政権はそのための準備を進めている。日本を滅ぼそうとしているとも言えるだろう。**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.06.01
全30件 (30件中 1-30件目)
1