《櫻井ジャーナル》

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2012.09.16
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 現在、イスラム世界では反米デモが広まり、中国では反日デモが繰り広げられている。反米デモは YouTubeへ「サム・バシル」の名前でアップされた「ムハンマド映画予告編」なる映像

 昨年春に始まったリビアの反政府行動も源流をたどると、イスラム教を創設した預言者 ムハンマドの「風刺画」 に行き着く。2005年9月、デンマークの新聞がムハンマドの漫画を掲載、イスラム教徒は嘲笑われることに耐えねばならないと書いたのが始まりだ。

 イスラム教では偶像崇拝が厳格に禁じられ、ムハンマドの絵を描くこと自体が問題だったのだが、その絵がイスラム教を嘲笑する内容だったことから新聞社の近くで5000人ほどが平和的なデモを行っている。

 風刺画であろうと報道であろうと、その対象を攻撃することになったり人権を侵犯することになるのは避けられないわけで、テーマは慎重に選ばなければならない。好意的に取り上げたとしても、対象が少数派や弱者の場合は情報が権力者や体制に利用され、悪い結果をもたらすこともある。

 2005年のデンマーク政府もそうだったが、「西側」では「言論の自由」なる標語がよく持ち出される。が、「西側」ではイスラエル批判が難しく、パレスチナ人に対する破壊と殺戮は放置されたままであり、権力犯罪を発表することも厳しく規制されている。1982年9月16日にサブラとシャティーラにいたパレスチナ難民がイスラエル軍とファランジスト党によって虐殺されたことを「西側」のメディアは覚えているのだろうか?

 例えば、日本のマスコミは原発の問題を取り上げたがらず、「安全神話」を広めることに熱心だった。このことは昨年の東電福島第一原発事故で広く知られるようになったが、同じ核エネルギーでも核兵器の問題は今でもタブー視されている。

 また、アメリカの支配層が民主主義体制を潰してきた事実もタブー。1933年にアメリカの金融界がクーデターを計画、フランクリン・ルーズベルト政権を潰してファシズム体制を樹立しようとした事実を学者も記者も口にしてこなかった。OPC、COG、グラディオなどについて聞いたことのある人も少ないだろう。(詳しくは拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』を)



 モッキンバードとも言われている仕組みで、その中心メンバーは4名だった。つまりアレン・ダレス、フランク・ウィズナー、リチャード・ヘルムズ、そしてワシントン・ポスト紙のオーナーだったフィリップ・グラハムだ。

 ダレスは後の国務長官、ジョン・フォスター・ダレスの弟でウォール街の弁護士。大戦中は破壊活動を指揮、ウィズナーやヘルムズはその時の部下。後にCIA長官に就任、ジョン・F・ケネディ大統領に解任されるまでそのポストについていた。ウィズナーもウォール街の弁護士で、大戦後、極秘の破壊工作機関OPCを指揮している。ヘルムズは新聞で働いていたのだが、祖父のゲイツ・ホワイト・マクガラーは国際的な投資家。後にCIA長官になる。グラハムの義理の父、ユージン・メーヤーも金融界の大物で、世界銀行の初代総裁を務めている。破壊活動と同じように、プロパガンダは金融界が産み落としたわけだ。

 要するに「西側」の「言論」とはこの程度の代物。その中でも最低ランクに位置しているのが日本の新聞、雑誌、放送、出版。だからこそ、「マスゴミ」と呼ばれるわけだ。

 それはともかく、2005年の漫画に対する抗議活動はリビアにも波及、その活動は反カダフィ派によって反政府運動へと方向転換し、昨年2月に行われた「反乱の日」につながる。

 その時に何が起こったのかはよくわかっていないが、後に地上軍は アル・カイダ系の武装集団、LIFG (リビア・イスラム戦闘団)が中心的な役割を果たしているので、このグループが当初から反政府運動に関わっていた可能性は高いだろう。このLIFGがNATOや湾岸産油国と手を組んでムアンマル・アル・カダフィ体制を倒したわけである。

 ちなみに、シリアのケースでもそうだが、湾岸産油国のひとつ、カタールのアル・ジャジーラはカタール政府のプロパガンダに徹し、正しい情報を流していないようで、情報源としては役に立たない。

 今回の反米デモは方向転換しないまま暴走し始めているようだが、これは計画通りなのか、計画にないことなのか、現段階では何とも言えない。近づくアメリカの大統領選でミット・ロムニー候補を勝たせたい勢力が仕掛けている可能性もある。リビアの体制転覆を指揮したと言われているクリストファー・スティーブンス大使の殺害には内通者が協力したと見られているが、これは口封じだった可能性があるということだ。中国での反日デモでも反政府勢力が方向転換を図る可能性があるが、これも現段階では何とも言えない。

 1989年6月にあった「天安門事件」でも反政府運動を主導したグループの計画を超えた動きがあった。 事件を目撃したジャーナリスト 、あるいは WikiLeaksが公表した文書 で天安門広場での流血はなく、広場から1.6キロメートルほど離れた場所で治安当局と労働者が衝突したという。これも主導グループの思惑を超えた動きだったようだ。






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最終更新日  2012.09.17 02:49:29


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