当初、イギリスとアメリカの利害は対立していたが、途中から手を組んで秘密工作を進めている。モサデクがイギリスの利権を揺るがすと判断した同国の対外情報機関SIS(通称MI6)はクーデターを考え、アメリカのアレン・ダレスCIA長官に接触する。1953年4月にダレスは100万ドルの資金提供に合意した。(Richard J. Aldrich,"The Hidden Hand," John Murray, 2001)
反政府デモの一部はモサデクを支持する新聞社や政党、政府施設などを襲撃、CIAのエージェントがテヘラン・ラジオを制圧して「モサデグ解任の命令が国王から出され、ファズロラー・ザヒディが新首相に就任した」とする情報を流した。(Brendan O'Malley & Ian Craig, "The Cyprus Conspiracy," 1999)結局、モサデクの支持派と反対派の衝突で約300名が死亡、一部では戦車での戦闘も行われている。国王が帰国したのは混乱が治まった後だ。(Richard J. Aldrich,"The Hidden Hand," John Murray, 2001)