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6月28日(水)昨日、フランス人カップルが、洞窟のあるピンダヤへ行きたいと、宿の係りの人に聞いていた。しかし、2日間ないといけないし、もう1日しかないから、行けない、「残念!」と言っていた。僕がガイドブックを見ると、1日でゆったり行って来れると記載されていた。宿の主人に、確認して見ると、やはり1日で行って来られるとのこと。誰が、1日じゃ無理と言ったのかも、確認して見たら、宿の女性が説明したと言う。ピックアップと言う、小型トラックを改造した、乗り合いバスで行くなら、2日必要と説明したらしい。フランス人カップルの英語は、どうも怪しい。で、昨日と、同じメンバーで、車をチャーターし、ピンダヤで出かける事にした。インレー湖のある、ニァゥンシュエから、シュエニァゥンを通り、飛行場のある、ヘーホーをさらに通過し、アウンバンで、右折する。アウンバンで左折すると、カロー、ダーズィを通って、交通の要所、メイッティーラに行く道である。メイッティーラからは、マンダレー、バガン、ヤンゴンのどこへでも行ける。アウンバンを右折して、北上してピンダヤへ向かう道は、見渡す限りの畑で、日本では、北海道でしか見られないような光景であります。平坦でなく、丘と言った緩やかな勾配があり、美しく整備されている畑だ。人力と牛の力しかないのに、広大な畑を良く耕していると思って感心する。タロ芋(サトイモ)、とうもろこし、キャベツ、トマト、などを栽培しているようだ。一人で畑の手入れをしている人もいたが、大概は、家族か親族一同か、隣近所総動員か、分からないが、団体で協力して農作業を行っていた。こう言う生活であるならば、父から息子へ、母から娘へ伝授出来る、諸々の生きるノウハウがあり、子供は親を尊敬し、隣近所とも密接な関係が必要であり、日本で問題が発生している、老人の孤独死や、子殺し、親殺し、見知らぬ他人殺しなどおきないであろうと、人間の生き方、幸せとは何か? と言う、基本的な問題を考えさせられてしまう。そんな事を考えながら、緩やかに傾斜し、延々と遠くまで続く広大な畑を見ながら、車に乗っていたら、あっと言う間に、ピンダヤに着いた。2時間半のドライブである。ここピンダヤの見所は、シュエウーミン洞窟のみと言って良い。洞窟自体も、100mか、150m程度で、大したものではなく、2時間半も車に揺られて見に来るような所ではないと思ってしまう。洞窟内部は、良く整備されており、お寺なので、履物は脱いで歩く。見所は、8000体以上の、仏像が安置されていることである。これは、全て寄進されたもので、寄進した人の名前と、年月日が記載されている。日本人の名前も、一つだけ見た。台湾、韓国、中国、タイ、アメリカ、イタリア、スペインなど、多くの国の方の名前も見られた。昼食は、ピンダヤでとり、帰りも又、広大な畑で農作業に勤しむ姿に見とれながら、そして、時のウトウトしながら、ニァゥンシュエに戻りました。
2006.06.30
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6月27日(火)本日は、朝食時に、同じ宿の人が、インレー湖に行くと言うことで急遽参加。メンバーは、フランス人カップル、スペイン人、日本人と僕の5名。ボート一艘の一日料金が、1万5千チャットなので、3千チャットで済んだ。儲かったなー。インレー湖の北の端から、南の端まで一直線、ボートで1時間半ほど掛かった。そこには、地元のマーケットがあり、部族の人たちが店を出し、山奥から来たと思われる部族が買出しを行っていた。パオ(peo)族まだ小学校の高学年か、中学生になりたてのような子供も、籠を背負って同じように歩いている。どの程度重いのか、持たせて貰ったが、子供なのに、10キロ以上の荷物だ。「どこまで行くの?」と手真似で聞けば、山の奥を指した。思い荷物を背負って、山道を歩く。大変だなー、と思う。買出しは、女性の担当のようで、男の人はほとんどいなかった。又、全員が黒っぽい同じ服装であったのが、特に目を引いた。そして、それから、北上しながら、インレー湖上の見所を見学。下記は、何れも、小規模ながら、インレー湖上で、作られている。観光コースにもなっているのであろう。織物工場 絹を中国から輸入して、機を織っている。 又、インレー湖で取れるも、草から、糸をつむぎ、機を織っていた。かなり手間暇が 必要。出来れば一つ買いたかったが、バッグが一杯の為、断念。鍛冶屋(刀製造工場) 刀や、農作業に使う道具を作っているが、観光用に行っているのか、新しい 観光客が来ると、トンテンカンと初めて、すぐに休んでいた。タバコ製造工場 30人位の子供から大人までの女性が、タバコの葉から、葉巻タバコを作っていた。 一本一本手作りであるが、結構、手早く作っていた。銀製品製造工場 これは、完全な土産物って言う感じで、数名が、銀製品をこすっていた。 その他は、土産物屋。上記、何れも、しつっこく迫って来ないので、見学しても特に嫌ではない。寺院は二つ。一つは、ファウンドー・パヤー五体の仏像が安置されているが、参拝者が金箔を購入し、貼り付けて行くので、仏像であるか分からないほど。仏像でなく、大きな団子のよう。因みに、金箔5枚で、150円程度。もう一つは、ガーペー僧院。木造製の落ち着いた僧院であるが、見所と言われているのが、ジャンプする猫である。どんな物か、皆、期待して出かけた。確かにジャンプする。感想は・・・? ここでは止めておきましょう。今後行く人のために。その他、湖上の沢山の家々。そして、船で魚を取っている、インダー族。船の上なのに、小さな子供達まで、当然のように座り、漕いでいるのが印象的。足で魯を漕ぐ姿はここでしか見られないでしょう。それから、フローティングガーデンと言っていたが、湖上にどうやって、土を乗せているのか分からないが、確かにトマトを栽培していた。栄養がすくないからか、鶏の卵より小さなトマトであるが、おいしそうだった。インレー湖の周辺には、既述のパオ族、インダー族の他、ビルマ族、シャン族が住んでいるとの事。そして、極少数であるが、イスラムも住んでいる。夕食は、フランス人カップルと、我々、日本人二人。世界の旅行の話で盛り上がった。フランス人カップル、夕食は豪華に頼むのかと思ったが、フライドライスと水。僕は、ロースとビーフにトマト味スープ。奴ら、意外にケチだ。僕は、それに禁酒を解禁して既に10日以上。ミャンマービール、大瓶一本を飲んでほろ酔い気分。気持ちいいねー!
2006.06.30
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6月26日(月)ミングォンの観光を終えて、ビール飲んで、ネットカフェでブログを書いて、宿に戻った。既にチェックアウトしてあるが、共同のシャワーは使わせてくれるので、夜行バスに乗る前に、シャワーを浴びる。すると、ロビーに昆明の女子大生が調度、出かける所で、又出会った。ここで、メルアド交換して、出来たらラオスで会いたいねー、と熱い抱擁でなかった、固い握手を交わして、お別れです。ミングォンへ行ったサイカーの運ちゃんに、バス乗り場までいくらか聞いたら、2000kと言う。即座に断り、サイカーの運ちゃん達のたまり場へ行く。今度は、1500kと言うのがいたので、得意の「アンマリ・ピャー」と、「レイビー・シェアー」を使う。皆で大笑いして、1300kに値下げしてくれた。これは、使いでのある言葉だ。出かける時には、全員で、「レイビー・シェアー!」と言って見送ってくれた。ほんとに、おもろい。夜行バスは、満席で、補助椅子まで使っている。日本の長距離バスと同じようで、エアコンも効いて快適ではある。18時半出発。うつらうつら、何度も寝たり起きたりで、熟睡は出来ず。21時半には、主要交通街、メイッティーラに着く。ここで夕食。地元の人と一緒に歩いて行くと、ビザを見せろとか何とか言われて、仕方なくバスに戻ると、地元の人たちを置いたまま、バスが走り出してしまい、慌てたが、又、近くのレストランに止まった。何でなのか、未だに全く分からない。メイッティーラを過ぎると、道が悪く、車のスピードが極端に落ち、地図で見るとすぐ近くなのに仲々進まない。カローと言う街に着いたのが、朝方だった。但し、途中、どこかで、車を止めて、休んでいたので、時間待ちをしていたのかも知れない。この辺も、確認する手段が全くない為、皆目分からない。バスはダァゥンヂー行きであり、シュエニァゥンで降りねばならないので、気を休める暇なし。ついついウトウトしてしまい、バスが止まったので、慌てて、周囲を見回し、「シュエニァゥン?」と大声を出すと、皆が頷くので、さらに慌てて降りる。もう朝の6時半。9時間で着くと言うのに、12時間かかった。乗り合いタクシーに乗ろうとしたら、先の降りた4人が既に決まっており、僕は一人で、5ドル払わねばならないと言うので、コーヒーを飲みながら、次に来る人を待つ事にした。しかし、1時間待っても誰も来ないし、たった10キロと言うので、四国お遍路を思い出して、歩くことにした。ここ、インレーは高原のようで、マンダレーなどに比べると、極端に涼しい。歩くことも問題なしと判断したのです。しかし、歩きだして、5分もしない内に、小型トラックを改造した、ピックアップと呼ばれている、乗り合いミニバスの変形のようなタクシーの車掌(で良いか?)に、呼び止められた。乗って行けと言う。値段を聞けば、わずか300kなので、歩くよりマシと、荷台に乗り込んだ。人間だけでなく、米や何やら一杯、荷台とその上の屋根にも積んである。せいぜい、6人乗れれば良いか、と思っていたら、10人を超えても、まだ出発しない。片側6名づつ、合計12名になったので、もう出発かと思いきや、まだまだ。その後、荷台の真ん中に、木製の風呂場の椅子のようなものを3ヶ置いて、そこにも座らせて、合計15名。驚くのは、さらに、4~5名を、屋根の上に乗せて、ようやく出発したのでした。僕が、二人目の客であったが、出発するまでに、38分少々必要とした。東京の満員電車よりもっとひどい状況で、全く身動き取れず。木の座席であり、お尻は痛いが、動かせない。ミャンマー人は、慣れているのか、我慢強く、全く動じず、静かに黙想している。大したもんであります。僕も真似して、黙想したが、痛いものは痛い。我慢続けて、45分。やっと目的の、ニァゥンシュエに到着。決めていた、ゲストハウスまで、直接送り届けてくれました。こう言う所は融通が利きますね。そんなこんなで、宿に着いたのは、もう9時を廻っていました。疲れているし、観光に行く気もしないので、本日は、町を散策するだけに留めることにした。町はちいさく、1時間もあれば、一周可能。調べて見れば、ボォーとして、何もしない日を過ごさないとすれば、3日もあれば、十分である。1日は、インレー湖の観光2日は、近くの山を、散策3日は、自転車で、近くを散策明日からの、予定も大体見通しが立てられました。
2006.06.30
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6月25日(日)本日も、昆明の女子大生と、サイカーに乗り、船着場まで行く。ミングォンへ行くためだ。6人以上集まらなければ、船を貸しきっていかねばならないと、サイカーの運転手より、説明あり。受付へ行って見ると、ニュー人ランド人が1名いるだけ。交渉して、一人6000kで行く事になった。普通だと、3000kなので、2倍支払ったことになるが、泳いで渡る訳にも行かず、仕方ない。1時間15分の船旅で、ミングォンに着く。ガイドブックに記載通り、若いお兄さん達が、求めもしないのに、説明を開始してくれる。僕は、いくら説明しても、お金払わないよ、と3回言ったら、奴はどこかへ行ってしまった。女子大生と、ニュージーランド人には、ぴたり一人づつついている。それはそれとして、ミングォン・パヤーの完成していない基礎にはびっくりする、何とも大きい。基礎部分だけで、50mの高さあり。王様が死んだので、途中でストップしたらしいが、完成したら、とてつもなく大きなパヤーが出来たはずだ。3人で廻って、また、同じボートで帰る。今夜は、夜行バスで、インレー湖へ移動します。
2006.06.25
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6月24日(土)昆明の女子大生と二人で、マンダレー近郊の観光へ出かける予定であったが、女性と二人と言うのが、どうも苦手であり、昨夜、ホームパティで知り合った、まだ、マンダレーに着いたばかりの、日本男性を誘った。始めは返事がなかったが、20歳の女子大生も一緒だと言ったら、急に目が輝き、「行く!」 との答え。何とも現金な、お人だ。と言うことで、3人で出かけることになりました。レーベー(荷台付き小型タクシー)の運ちゃんは、ザガイン、インワ、アマラプラの3箇所廻るのに、15ドルを要求して来た。ガイドブックでは12ドル。ガソリンの値上げを考えれば妥当な金額と思われたので、それで手打ちした。しかし、ガイドブックを良く読んで見ると、カウンムード・パヤーに行かなかったり、ザガインヒルの麓で降ろされたりするので、よく確認しろとある。もう一度、確認すると、やはり、カウンムード・パヤーは遠いからコースに入っていないと言う。ガソリンが必要だから、さらに5ドル必要と言いおる。ここで、得意になった、「アンマリ、ピャー!」と「レイビーシェアー!」を連発、彼は、大笑いして、3ドルで良いと言いおった。ひとまず、それでOKとしたが、他のインド系客引きが、客も居ないし10ドルでも行く、と言うのがいたので、それをネタにさらにネゴ、結局、16ドルとなった。インド系は、ヤンゴンで痛い目に合っている。よって、今の所、信用せず、よって、インド系は、採用しない方針。8時予定きっかりに出発。まずは、アマラプラ。タウンタマン湖に掛かる、ウー・ベイン橋を、ゆっくりと渡る。湖から流れる風が爽やかで、気持ち良く歩く。しかし、20分以上の距離があり、結構疲れる。新鮮なココナッツを割って貰って、重たいのを運びながら飲む。チャウットヂー・パヤーを見て、1時間以内に帰ってくれと言われていたのを、思い出し、慌てて帰るも、マハーガンダーヨン僧院での、僧侶の一斉食事を見逃した。次が、ザガイン。ザガインヒルの麓から、何段もの階段を登る。暑いのでかなりきつい。休みながら登る。頂上に着くと、サンウーポンニーシャン・パヤーがあり、ここからの眺めが素晴らしい。歩いた疲れを吹き飛ばしてくれるようだ。又、階段を降りて、12時過ぎ。もう3人とも腹へったから、食事にしようと、ガイドに行ったが、次のカウンムード・パヤーに行ってしまう。腹が減るのと、疲れで、もう嫌になってしまう。水を買ってガブ飲み。少し持ち直した。しかし、この暑さは尋常ではない。第2次世界大戦で、日本はビルマを占領して統治し戦ったと言うが、居るだけで、疲れるのに、これで、戦争とは、当時の日本人は何とも、逞しく、素晴らしいものか、実感させられる。次に行く前に食事して、インワへ。ボートに乗って渡る。そして馬車に乗って各お寺へ。御者と値段交渉。3000kが2000kにはネゴで下がると聞いていたが、なんと、3人だから、4500kと言って一歩も引かない。Maxでも3000kなのに、とうとう、4500k取られた。他に交通手段がないので、止むを得ないが、ひどいぼったくりだ。そして、お寺で入場料の交渉と、面倒くさいことおびただしい。インワは、観光資源を、無茶苦茶にしており、印象は良くない。売り子も他の所よりしつっこい。全部見終わったら、もう16時過ぎ。そして、マンダレーのゲストハウスには、17時前に、無事たどり着きました。価格は、約束どおり、16ドル。僕が6ドル、他の二人が5ドルづつで、本日の観光は無事完了。中国女性も、日本男性も良識ある人たちで、楽しい一日でありました。終わり。です。
2006.06.24
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6月23日(金)昨日、マンダレーに着いて、ゲストハウスをどこにするか、非常に迷った。ナイロンホテル、ガーデンホテル、ロイヤルゲストハウスの3箇所が対象。どこも、3ドルから6ドルで、同じようなもの。ロイヤルゲストハウスが、一番愛想も良いし、サービスも良さそうなので、一旦、そこに決めて荷物を開け始めたが、エアコンルームのはずなのに、エアコンが効かない。聞けば、停電で、自家発電を使用しているので、エアコンは使えないとのこと。それでは、約束が違う。別のホテルへ移動する、と言い出したら、特別にエアコンのスイッチは入れるので、他の客には内緒にして置いて欲しい、と言うので、それなら変わる必要もない、とロイヤルホテルに決めた。そして、食事して、ネットカフェで色々と調整して、喉が渇いたので、ビアホールに行って、ビールを一杯飲んで帰って来たら、エアコンの電源が入ってない。しょうがないなー、と、諦めて寝ようとするも、暑いし、蚊に刺され痒くて眠れず。2時にホテルのボーイを起こして、電源を入れさせた。そーして、2時半頃より、ようやく睡眠に入ったのであります。朝食の時、中国の昆明から来た、女子大生と話していたら、やはりエアコンルームなのに、エアコンが使えないと言っていた。他の客に秘密と言うのは本当だったらしい。しかし、このように夜中に電源を入れるよう頼むのでは、大変なので、他のホテルでもう一度、確認したら、国の要請であり、24時間エアコン使用は出来ないとの事。24時間使うなら、25ドル何て、法外な価格を言い出す始末。この話は、ロイヤルホテルには内緒にして置いて、僕のみ、常時エアコンを使えるようにしてある。ちょっとずるいかなー?それで、寝不足もあり、モタモタして10時頃、ようやくママチャリにて、市内観見物に出発。まず、もりみほさんの手紙を手渡ししなければならないので、シュエイピン僧院へ行く。シュエイピン僧院の宿舎へ行って見た。もう、茶色の坊さんばっかり! 手紙のあて先と、写真を見せて、渡して欲しいと、何人かに頼んだら、その内の一人が、持って行った。仲々帰って来なかったが、根気良く待っていた。坊さんたちが何だあいつ? って言うような顔して、僕を見るので、ちと居ずらい感じはした。ようやく若い坊さんが帰って来たが、手紙も写真も持っていなかったので、本人へ渡してくれたものと思うが要領を得ない。本人がいるなら、会って写真でも撮って帰りたいと言うのだが通じず。若い坊さんも困ってしまって、又、どこやらへ消えて行った。そして出てきたのが、本人かと思ったが、英語の話せる坊さんで、「彼は、他へ移動して、ここにはいない。手紙は間違いなく送るから」と言うことでした。どこへ移動したのか? と聞いても分からない、と言う返事。それで、手紙が本人へ渡るのか心配したが、そこまで聞くのも失礼なので、お礼を言って、退散しました。たぶん、渡してくれると思います。次に有名な、マハムニ・パヤーへ行き、金箔を貼り付けるのを、すぐ近くで見ながら、世界の平和を祈願しました。その他、王宮とマンダレーヒル以外、見るべき場所も少ないので、日本語を教えていると言う、お寺へ行く。このお寺は、日本人のお坊さんが私財を投じて建てたもので、まだ数年前に出来たばかり。日本語の看板も出ていないし、お寺は結構多いので、場所は分かりにくい。間違えて、尼僧院へも入って行ってしまった。その隣が目的のお寺で、入って行くと年齢不詳の女性の方が出て来られた。そして授業中であったようで、日本語の先生も来られて、しばらくお話を聞いたが、年齢は22歳で、一人で200名ほどの現地の方に、日本語を教えているとの事。宿は生徒の家に下宿しており、もう1年になると言う。りっぱだなー、とただただ感服。22歳で一人で、現地にて日本語を教える、しかもエアコンもない、現地の民家に住んで。蚊の襲撃には、未だに悩まされていると言う。昨夜は、エアコンなしで、且つ、蚊に刺されて眠れず、ボーイを起こして、エアコンの元電源を入れさせた、我と比較して、何と言う違いだ? と思う。この若き女性と会えただけで、マンダレーに来た甲斐があった。と言う理由で、その後の観光は中止してホテルに帰りました。(ほんとは、暑くて、疲れて、もう自転車漕ぐ力が出なくなっていたのです。)以上、中学生の作文風、ブログでした。
2006.06.24
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6月22日朝、7時発のマンダレー行き、ミニバスに乗る。どんなバスが来るのか、楽しみにしていたが、ミニバスで、しかも乗り合いバスである。道々、料金係りが、通りの人に声をかけて乗せて行く奴である。地図で見ると、何で7時間もかかるのだろう? 道がでこぼこで、速く走れないのだろうか? などと思っていた。確かに道は悪いが、結構なスピードで走る。マンダレーは、バガンから北東のはずなのに、太陽は進行方向の左側にある。ん? と言うことは南へ進んでいる。おいおい、反対じゃーないか!と言うべき所、英語も分からないだろうと、じっと我慢して座っていた。1時間半、走ってとある小さな町並みに入った。休憩するようなので、ここはどこ?って聞いて見た。しかし、通じない。で、地図を見せて、地面を指して、ここどこ?って、もう一度聞いてみた。チャウッパダウンと言う、バガンから南南東にある町である。昨日来た、ポッパ山方面だ。荒い地図を、もう一度見直して見ると、確かにバガンからマンダレーへの直通の道路が見当たらない。この町から、アマラプラと言う町を通って行くのが近そう。しかし、まだ、北上せず、東へ進む。そっちへ行くと、メイッティーラの町へ行ってしまう。相当遠回りである。地図を見せて聞いたら、そうだそうだ、と言う。これでは、7時間かかるはずである。広大な土地にジャングルとまでは言わない、小さな木々や、時に畑など、ほぼ同じ景色なので、始めは物珍しく見ていたが、1時間もすれば飽きる。道はやはりでこぼこで、尻は痛くなるし、一人半分位しかスペースのない椅子に二人座るので、身動きさえ出来ない。苦痛に近い。チャウアッパダウンと言う町から、さらに3時間で、メイッティーラに着いた。大きな湖もあった。そして、町外れのレストランに入ったのが、12時過ぎ。僕の隣に座った、まだ20歳位と思しき青年は、ミニバスに乗ってから、食べるどころか、何も飲んでいない。隣の僕は、お湯を飲み、パンを食べ、バナナを食べて、途中で貰った、お茶をしこたま飲んで、さらにバナナを食べたりして、ここまで来たのだ。一人で食べるのは悪いと思い、隣の青年に食べな、とバナナを渡しても、受け取らないし、パンを渡しても受け取らない。じゃ、のど飴はどうか、と思ったら、これも受け取らない。土産売りの子供たちや、お姉さんとはずいぶん違う。奥ゆかしいこの青年が普通のビルマ人なのではないかと思う。レストランに入って、ラーメンを頼んでから、彼らが、外で座って、僕らの食べ終わるのを待っているのに気付く。あ! あの青年にご馳走してあげるのであったと、思ったが後の祭り。図々しくない、控えめな人に会うと、何かしてあげたくなるのは、我ながら、何ともおかしい。食事が終わって、青年の腹を触り、腹減ってないか? と聞いても、腹へってない、と答えた模様。バスに乗って、又、パンどうか? バナナどうか? と渡そうとしても、受け取らない。やせ我慢しているんだろうなー、と今度は、JALで貰った飴を渡すと、ようやく受け取ってくれた。でも食べないで、ポケットにしまったようだ。どうなっているのだろう?僕はこのバスに、6000プラス1000で、7000チャット支払って乗ったが、彼は、2000チャット支払っていた。彼の仕事は何か分からないが、多分、2000チャットと言えば、5日分の給料に相当するのではないだろうか?そんな大金を使い、さらにラーメン一杯、600チャットも支払って食べられないのであろう、きっと。ちょっと可哀相になるが、彼だけでなく、ミャンマーの人の多くは、同じような生活であろうし、あまり考えない事にした。そんなこんなで、予定の7時間を、1時間オーバーし、8時間で、目的地マンダレーに着いた。埃がもうもうとした、バガンとはまるで印象の違う町である。
2006.06.23
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6月21日ニァゥンウーから、50キロほど、南東方面にある、ポッパ山へ行って来た。車を25ドルでチャーターし、片道、1時間15分。ポッパ山は、標高1518mあるとのことであるが、その中腹に、太目の短いコップを、コポッと立てたような、岩塔があるのだ。遠くから見ると、今まで、どこででも見た事のない風景であり、その異様さに驚く。かなり近くに行っても、その景観は変わらない。しかし、極、近くに行き、そして登り始めて見ると、もうそこは商売丸出しの世界であり、神々しさとは懸け離れた印象である。せっかくの、自然が作り出した、素晴らしい景観を、人間の強欲が薄めているのは、本当に残念である。例えば、その中腹までは、商売して良いが、その上は、せめて宗教関係者と見学者以外は、立ち入り禁止にして、神々しさと強欲の調和を図って欲しいと思うのは僕だけであろうか?帰りに、砂糖パームの木から、砂糖の製造、そして、椰子酒を製造する所を見せて貰った。非常に原始的なやり方で、椰子の実を傷つけて、器をぶら下げる。そこに果実の液が溜まり、それを煮詰めて、砂糖を作るのである。パームツリー60本で、毎日10キロ程度の砂糖が取れるとのこと。それから、砂糖を薄めて発酵させてアルコールを作り、蒸留してウイスキーを作るのである。こう説明すると大仰に聞こえるが、父ちゃん母ちゃんと娘3人で行っており、煮詰める鍋が4つ、蒸留する鍋が1つだけで、製造しているのです。帰ろうとすると、砂糖の入った小さな包みをお土産、と言ってくれた。申し訳ないので、支払いをしようとしたら、要らないと言う。タダで貰う訳にも行かないので、止む無く、買いたくないが、ウイスキーを1瓶購入した。お値段は、3ドル。まぁ、300円程度だから妥当だよな、と思ったのであるが、見ていたら、運転手にも同じものを、お礼のように渡していた。昨年まで、学校の教師の給料が月10ドルで、あまりに安いので、28ドルに値上げされたと聞くし、食堂のコックや、宿のボーイも、15ドル程度の給料である。元手のほとんど要らない、酒の値段が3ドルと言うのは、べらぼうに高いのである。ガイドブックにも、0.5ドルとか、0.8ドルと記載されている。よって、連れてきた運転手には、バックマージンとして、ウイスキー1本進呈した模様。あちこちで、外国人から金を取ろうとしているのが明確に分かるので、あまり良い気持ちはしない。遺跡、お寺巡りもそうだ。どこにも必ず、お土産を売っているおばさん、お姉さん、子供たちがおり、結構、しつっこい。買わないと見ると、ボールペン、キャンディ、タバコ、日本の小銭、などなど、どこでも同じように要求される。誰が教えるのであろうか?そして、子供のせりふは皆同じ。「学校へ行くお金がない。お土産買って! ボールペン頂戴!」である。タイバーツ、日本円、シンガポールドルをミャンマーのチャットに換えて欲しいと売り子から頼まれた。何れも、20円とか、30円程度の額であるが、こんな小銭で喜ぶなら、とあげる人も多いのであろう。僕は、そのようなお金は絶対にあげない主義であるが、依頼もしないのに、一生懸命、たどたどしい日本語で説明してくれて、「頭気を付けて」、とか、急な階段だと、「ゆっくりゆっくり」、などと、言われると、情にほだされて、ついつい、いくばくかのお金をあげてしまったことが、4~5回あった。こう言うのが、良いのか悪いのか?夕食は、サンカバルと言うイタリアンレストランへ行って見た。もりみほさんの日本語生徒、ウェントゥン君は、1年前より、日本語の勉強やめて、英国へ働きに行ったそうです。時代は常に移ろっている。明日はマンダレーへバスで行く。宿の日本語の出来るボーイが切符を手配してくれると言うので頼んだら、6000チャットの所、ちゃっかり、1000チャット懐に入れて、領収書を改ざんしてあった。手数料が必要と言えば、その程度は支払ってあげるのに、これにも、何か、騙されたようで、気持ちよくない。どこもかしこも、せっかくの、素晴らしい遺跡や、自然があるのに、やるせない気持ちにさせられる事ばかりで、気が滅入って来るのであった。そうそう、これも、もりみほさんに教えて貰った、「アンマリピャー」、は受けました。馬車の御者たちと話している時、ママチャリを、800kで借りたと言ったら、そりゃー高い、500kで借りられる、と言うので、両手を広げて「アンマリピャー!」と言ったら、大笑い。受けに受けた。で、彼らは、もう一つの言葉を教えてくれた。「レイビーシェアー」これも、同じような言葉だと言う。こっちの方が使うらしい。手の平で、額を打って、両手を広げて、「レイビーシェアー!」と言えと教えてくれた。その通りやったら、大笑い。ママチャリ、800k? 「レイビーシェアー!」 と全員でやって、又々、大笑い。おふざけの、楽しいひと時でありました。
2006.06.23
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ヤンゴンから、バガンに移動してからネットに繋げず。マンダレーに来て、ようやく接続可能となりました。6月20日から記載します。6月20日昨夜は、疲れからか、ビールの大瓶が効いたのか、20時に眠くなり、取り合えず、ベッドにと思ったら、何と目が覚めたのが、2時。6時間も熟睡してしまった。2時に起きる訳にも行かず、又、寝る。しかし、4時には、我慢仕切れず起きる。こう言う時、ネットに繋げないのが、物凄く残念である。暇を持て余す。朝一番早く開店する、タンテ・ベーカリーで朝食。パンと珈琲で750k。7時には、日本で言う、ママチャリで、勇躍、ニューバガンへ。小雨の中を、1時間。ニューバガンに到着。バンコクのカオサンで買った、バッグカバーが役に立った。自転車の前の籠ごと、全部カバー出来るので、カメラやその他、全く濡れないで済んだ。途中から傘を差したが、ロンジーはほぼ、ずぶ濡れ。ニューバガン入り口のお店で、珈琲を飲む。ガイドブックに記載されているほど、甘くはなく、まぁ、疲れはいやせた。そして、お茶が無料で飲み放題なのが有り難い。20円で、珈琲一杯と、お茶が飲み放題なのだから、安いものだ。お茶ばかり飲んで、腹がブクブクになった頃、雨も上がり、快晴になる。天気の移り変わりが激しい。ママチャリで、遺跡巡り。すぐにロンジーも乾く。ついでに傘も、日傘代わりに差したら、すぐに乾いた。アーナンダ寺院、マハーボディ・パヤー、プーパヤー・パヤー、ゴドーバリィン寺院、シュエグーヂー寺院、タビィニュ寺院 以上、昨日見学の寺院ダマヤッズィカ・パヤー、ローカナンダー、アナーベッレイ・パヤーアシャベッレイ・パヤー、セインニュ・アマ寺院、ソーミンヂー寺院ナガーヨン寺院、アベヤタナ寺院、マヌーハ寺院、ミィンカバー・パヤーグービャウッチー寺院、ミンガラー・ゼティ、シュエサンドー・パヤーダマヤンヂー寺院、スラマニ寺院朝7時から、夕方5時まで、自転車で走り、途中、あちこちでダベリながらではあったが、結構、体力も消耗した。夕食は、バガン唯一の日本食レストラン、「富士」にて、肉野菜炒め定食を食べる。日本食もどきではあるが、脂っこい、ミャンマー料理よりは食べ易い。ただ、しょっちゅう、停電するのには閉口する。
2006.06.23
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ヤンゴンのネットカフェからです。画面変更に、数分かかるので、レス書けないかも知れませんが、その時はすみません。昨日は、両替で騙され、腐っていた。こう言う日は、出かけないに限ると、近くの食堂で夕食を済ませて、宿の玄関前で夕涼みをしていました。8時では、いくらなんでも、まだ寝るには早いよなー、と思っていたら、妙齢の欧米人女性が帰って来た。話し出したら、彼女は、ドイツ人で、僕がこれから廻る地域を、ほぼ3週間かけて廻って来たとのことで、色々と詳しく説明してくれた。時間はつぶせるし、情報は得られるし、おまけに若いドイツ女性、ウッヒッヒッ、何て気持ちになってくるから、不思議だ。彼女は、もっと話したそうであったが、本日の観光を考慮し、10時で切り上げて、就寝。両替で損した割りに、よく眠れました。本日は、車を20ドルで、1日チャーターし、ヤンゴンをずっと観光して来ました。見所は、やはり、シュエダゴォン・パヤー。物凄い数の、仏陀や仏塔、その他、時間がいくらあっても足りないほど。日曜日のせいか、家族連れや、若いカップル、などなど、多くの人でごった返していた。しかし、坊さんや、一般の人も、身動き無しで黙祷していたり、数珠の珠をひとつづつ移動しながら、祈っていたり、その隣で、若いカップルがにこやかに、将来のことでも話しているのか、談笑したり、女性たちが集団で、お祈りをあげていたり、無秩序の中に、それぞれの人が、自分の居場所を見つけて、自分のやりたい事を行っている。仲々、いいじゃないか、と思った。少し残念なのは、外国人は6ドルの入場料なのに、ミャンマー人はただ。収入を考えると、それだけ支払っても良いが、それなら、少しはサービスをしてくれても、良いじゃないか! と思ってしまいます。聞くと、宿のボーイさんは、一ヶ月の給料が、15ドルだと言う。6ドルと言えば、大金だ。せめて、ガイド位つけて欲しいものと思ったが、贅沢だろうか?今夜は、宿の受付嬢と、ミャンマー料理を食べる約束です。じゃー、これで。
2006.06.18
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朝、3時半に起きて、乗り合いバスに乗って、バンコクの空港へ。予定通り、ヤンゴンに、9時には着く。タイより、30分遅い時差あり。タクシーは、6ドルを5ドルに値切って市内へ。スーレバヤーにて降りる。色々、親切に言うが、友人がいるから不要と全て断る。宿はゲストハウスを探す。6ドルで、エアコン、シャワー付きのホテルあるも、奮発して、10ドルのゲストハウスにする。名前が、OKINAWA GEST HOUSE。オーナーが中国人で、沖縄に感激したとか。で、問題はここから。US$をチャットに替えるべく、どうしようかと思っていたら、インド人がニコニコ寄って来る。通常、1US$=1240チャット程度だが、ネゴしたら、1300で良いとの事。喜び勇んで、okすると、怪しげなビルの階段へ行く。やばいかなー? と思ったら、誰も出て来ないし、そこで、チャットを数える。100US$が、130、000チャットだから、500チャット紙幣20枚でようやく、1万チャット。これを13回数えねばならない。数えている内に、頭がこんがらかってくるし、インド人め、早くしろ、何て言いやがる。それで、ある程度任せて、分厚いチャットをバッグに入れる。ホテルに帰って、受付嬢に手伝って貰ったら、何と、102、500チャットしかない。受付嬢、ニヤっと笑って、やられたね! とつぶやく。家に泊まる、2泊分だね? と笑っている。 くそ~!そう、やられました! くそ!騙されにくい、この僕がまんまとやられた! く、くやし~!参ったなー。2千円以上、損しましたが、しょうがない。やられたものは、やられたのであって、取り返しはつかない。にっくき、インド人め、今度会ったら、死刑だ受付嬢曰く、「ミャンマー人皆が悪くない、インド人が悪い」と。そうあって欲しいものであります。それにしても、くそ! 腹が立つなー
2006.06.17
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ミャンマーのビザ取得済み。ミャンマーのエアーチケット受領済み。明日の空港までの、バスチケット購入済み。7月3日ー7日の、日本への往復チケット購入済み。15000バーツで、キャセイが手配出来ました。これで、失業保険、飛行機代差し引いても、6万円は浮きました。やった!本日は、カオサン通りから1本外れた、サクラホテルのある近くのゲストハウス、400バーツに泊まっています。エアコン付、ホットシャワー付、バスタオルも置いてありました、トイペはなし。テレビなし。当然、冷蔵庫はなしですが、寝る分には問題ありません。明日は、5時出発なので、4時過ぎには起床です。早いなー!
2006.06.16
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US$への両替も済み。荷物も、最小限(なったか不安)として、出発準備完了。余分に持参した荷物は、トランク毎、ホテルに預けて行く事にした。それでも、荷物は、四国お遍路と同じ位になってしまった。パソコンを持って行くか否か、迷う所であるが、写真を撮ったら、保管する必要があり、重いが持って行くこととしたが、これがあるとないでは、荷物の重量がずいぶんと異なる。10キロを超えてしまうが、止むを得ない。これに、ガイドブックなど、終始使用する小物などを入れる、肩から下げるバッグを購入すれば、完璧に準備完了である。あ、あと、認可済みビザのパスポートと、エアーチケットを受領せねばならない。そして、7月3日日本、7日バンコク帰着の飛行機の、予約確認せねばならない。中国東方航空と中華航空が、12500バーツと一番安いのであるが、これが今の所、満席でウエイティングリストに載せて貰っている。キャセイが取れているが、23000バーツと、倍近い価格。何とか、中国の飛行機が取れないかと、待っているのです。失業保険が、10万円なので、飛行機や移動費で、7万~8万円必要としたら、「意味ないじゃん!」、となってしまうのだ。今夜は、ネットカフェでネットにつなぐことになります。
2006.06.16
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本日は、あちこちと移動と探索、予約などで、超多忙な一日を過ごし、1万5千歩歩いて、ちと疲れました。午前中は、以前、一緒に仕事を行った会社で、ご挨拶。これが、少し余分な行動で、その後の予定に影響してしまいました。スクンビットのソイ22辺りの、旅行会社で、ミャンマー行きのチケットの値段、そして、ビザの取得について、情報を収集。そして、カオサンに出向く。もう、カオサンに着いたのは、午後1時に近く、腹が減って仕方ないし、トイレにも行きたいので、昼食。チキンカレー、80バーツを食べました。旅行会社を、5軒以上廻って見たものの、もりみほさん情報の、ビザ取得とエアーチケットで、6500バーツは、買えず。ビザ取得は、1900バーツで手を打ち、(自分で行っても、1400バーツ必要なので)、エアーチケットは6500バーツで、購入しました。ホテルは、10軒以上、旅人の宿、さくらホテル始め、見学しましたが、エアコン付だと、やはり300バーツはする。400バーツ出せば、ある程度清潔そうな部屋もあった。今泊まっている、Regency Park Hotel は、2000バーツだから、比較にならないのであるが、どうしても値段を除いて、比較してしまう。明日、カオサンに移動する事とした。帰りも、タクシーで帰ろうとしたが、すごい渋滞なので、途中で降りて、BTSに乗って帰る。もしBTS通りであるならば、絶対にBTSに乗るべし。 → 早いし、安い。夕食は、「太広麺あんかけ」を食べた。これで、35バーツ。後、マッサージを行えば、本日の予定、全て完了!
2006.06.15
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昨夜は、早速、行きつけのマッサージ屋さんへ行く。そしたら、いつも揉んで貰っていた人は、既に辞めて結婚したそうでいなかった。22歳で、美人だったのだ。う~ん、残念しかし、中国のマッサージも悪くないが、全身マッサージは、やはりタイがよろしい。片足、30分、両足で1時間、腕、背中、その他諸々、全身を揉んで2時間。途中、気持ちよくて、ウトウトっとするも、ほんと気持ち良い。これで、250バーツです。700円位かなー?まだ四国歩きお遍路の後遺症が残っているのか、足裏と、脹脛が揉んで貰うと痛い場所あり。昨夜は、マッサージのお陰か良く眠れました。良かった、良かった。
2006.06.15
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飛行機を降りたら、いつもながら、ムッと暑い風が吹いて来ました。ここは、バンコク。35度もあります。ギラギラ、ギラギラ、メラメラ、メラメラって感じ。早速、呼び込みタクシーには乗らず、きちんとしたタクシーで市内へ来ましたが、そこの受付でも、350バーツと、吹っかけてきた。220バーツ程度なのに・・・。僕は、200バーツ程度だよ、と粘ったら、メーター+高速道路料+50バーツで手を打って乗った。(実際は、150+60+50=260バーツだった)公共のタクシー乗り場でも、吹っかけて来るのだから、困ったものだ。並んでいた、僕の前の欧米人も、文句言っていた。明日は、早速、ミャンマーのビザ取得に行く予定。さらに、飛行機の予約とチケットの購入をせねばならない。結構、忙しいなーこれから、マッサージも行くのだ。半年以上ぶりのタイマッサージ。腰もじっくり揉んで貰おう。 でわでわ。
2006.06.14
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小雨そぼ降る、成田空港です。又々、JALのラウンジからであります。本日は、客も少なく、落ち着いた雰囲気のラウンジでありますが、たまに、中国人のような日本人が、携帯で話すのがうるさい程度で、落ち着きは保たれております。タイバーツ家探ししたら、1100バーツほど出て来ました。空港からのタクシー代と、マッサージ代は、十分確保出来ました。旅に出るときは、どこであっても、わくわくしますね。出張で、ハードネゴが待っている訳でもなく、事故と健康にさえ気を付ければ、何の苦しみもない、楽しみばかりの旅であります。そりゃー、わくわくしますよね。おまけに、今回は、ヤンゴンとチャイティヨーしか行ってない、ミャンマーです。しかも時間がたっぷりあるから、2週間は滞在します。又、ロンジー買うかなー? やはり涼しいし、いいよねー、地元の服装は。その場所に合った服装が一番、合うでしょう。
2006.06.14
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失業保険を貰う為に、ハローワークへ行って来ました。会社発行の離職票を持って。それで、次には、下記の日に出頭せよ、とのこと。 6月20日に、雇用保険説明会 7月 6日に、最初の失業認定日な、なんと、これでは困るのあります6月20日なんて、ミャンマーのバガンにいる予定なのですから。で、「そ、そのー、あのー、」ともじもじしていたら、担当の方は、お忙しいと見えて、「なんですか!」、と怒り模様。それで、「いや、その、20日は、ちょっと・・・」とさらに、もじもじしていると、「毎週、火曜日しかだめですよ、後で電話で調整して下さい はい次の方と言われてしまいました。止む無く、一旦帰り、電話で話した所、失業認定日前なら、説明会を変えても良いですよ、とのこと。で、7月4日に変更しました。ミャンマー ラオス マレーシア コタキナバル カンボジャの予定がミャンマーで、一旦帰国せねばなりません。飛行機代と、失業保険と、どちらが大きいのか? 貰える失業保険より、飛行機代の方が高かったら、「意味ないじゃん」ってことになる。安い飛行機探して、取り合えず、一旦帰国の予定で考える事に。その次の28日間の間に、2回は職探しの実績がないと、失業保険でない、と説明書に書いてある。それも困るのだなー。しかし、いざとなれば、タイで、職探ししてるって言えばいいのだ。明日は、タイへ出発です。
2006.06.13
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惜しいなー! 17番のボギー。ゴルフに、たら、れば、は不要って言われるけど、17番のボギーがなければ、プレーオフ進出、優勝の可能性、十分あり、だった。でも、終盤の16番バーディー、17番で一つ落として、がっくり来るはずだが、18番で、バーディーを取る所がすごい。最終日は、崩れると思っていたけど、精神的にも、すごい。もうじき、優勝出来るでしょう。
2006.06.12
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雨なので、一歩も外に出ない一日。夕食も、買い物なしで済ませました。カレーと、具沢山味噌汁と、レタス丸かじりと、竹輪と、湯葉です。食べ切れません。残ったレタスと竹輪と湯葉は、明日の朝食へ。太ったかな先週食べた、留学予定先の学食です。これで、6.2元。今秋から、これを毎日、朝、昼、食べると思うと、日本食が恋しくなりそう。次回からは、おかずは、2品でよさそう。食堂のおばさん、僕が、どうやって支払ったら良いのか分からず、うろうろしていたもので、「どっから来た?」、と声をかけてくれました。外国人だと思ったようです。
2006.06.11
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サッカーワールドカッップ一色であるような報道であるが、全米女子プロ 宮里藍ちゃん、3日目終わって、首位。すごいねー先週も優勝争いに加わり、今週はメジャー大会だからね。日本の女性は、大したものです。優勝は、難しいかも知れないが、是非、大健闘して、ファンを魅了して欲しいものと、応援しています。本日は雨。 乗って、 では、安全でないので、部屋から出ず。ありあわせの夕食だな。 さて、作るか
2006.06.11
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テレビを見ていたら、今秋の自民党総裁は、アジア外交がポイントだって。で、アジアの星一番、としては、これを考えねばならぬ責務がある。う~ん、難しい。分からん、トホホ・・・。韓国は、すぐ怒るしなー。中国は、我がままで、裏では無茶苦茶するしなー。東南アジア各国だって、利益に目がくらみ、中国になびきそうだし。敗戦国、日本は、謝り続け、下手に出るしかないのかそれとも、 * 武器を揃え、戦術、戦略を練り直し、 * 軍事費を5倍増し、 * 福祉費を切捨て、 * 消費税も20%にアップして、 * さらに、若者は、全員5年間の強制軍隊生活に従事させ、 * 勿論、核保有し、 * 領土問題地域には、軍隊派遣し * 中国が掘削している境界上の海底油田にも軍隊派兵し それらを、背景に、外交交渉を行うか? それも、難しいよなー?胡国家主席は、靖国問題が解決すれば、訪日すると言っているらしいが、訪日して、又、教科書問題とか、領土問題とか、謝罪問題とか、言い出されかねない 謝まるだけでは、解決しないし、アカン 考えても結論でない誰か、うまく纏まるよう頑張ってね 陰ながら応援しまっせ(ちょっと、無責任だなー。)
2006.06.11
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中国へ行く前の先週、レンタルビデオで、2本借りて見た。返しに行こうと思って、ビデオテープを取り出そうとしたら、出て来ない。焦って、電源切ったり、無理やり取り出そうとしたり努力したが、無理。結局、ビデオデッキごと、レンタルビデオ屋へ返しに行ったのです。そうしたら、ビデオ屋さん、文句言いに来たと思ったのか、修理代をどちらで負担するかと言う事を、丁寧に説明してくれました。僕としては、期限内にテープを返そうと思っただけだったのです。本日、取りに行ったら、原因は、テープになくビデオデッキにあるとの事でしたが、費用は今回に限り、お店で持ってくれるとの事でありました。良かったなー! 古い機種だし、もう壊れる頃かなー、と思っていたので儲かった! と言う感じです。JALでは不自由したけど、370元の買い物が出来たし、今回は無料で修理出来たし、無職になったら、出費が減るような出来事ばかり。こう言うのは、出来るだけ、続いて欲しいぞよ。虫の良い話であるが。
2006.06.10
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行って来ました、健康診断。独立行政法人 国立病院機構 東京医療センター、と言う病院です。恵比寿駅から、4番乗り場より、用賀駅方面に乗って、25分で着きました。8時半から受付開始。25分についたら、もう10番目です。待っている方は、お年寄りばかり。皆さん、早起きなんですね。きっと。耳鼻科、眼科、体重、身長、血圧、X線、心電図、採血、検尿。検査項目は、こんな所でした。これで、2万円弱。健康診断って、保険が効かないのですね。知りませんでした。早く帰国して、慌てて出かけたお陰で、「東南アジアの旅」への影響ゼロで済みそうです。ojmaikoさん、寧夏さん、ご心配頂き、又、アドバイス、ありがとうございました。でも、健康診断っていい加減ですよ。耳鼻科で、耳鳴りするって言えば、「そう言う人多いですよ。」 →じゃ、どうすれば良いのよさらに、声が掠れるって言えば、「ファイバーで診て貰った方が良いですね。」 →それ診てくれるんじゃないの心電図で、不整脈があるのですが?と言えば、ここでは、結果は教えません。先生に聞いて下さい。 →測ってて分かんないのもう、これで、聞く気はしなくなりました。これで異常が見つかるはずないと思います。留学する大学より貰った資料では、AIDS、梅毒の検査も必要と書いてあった。これって、血液検査で分かるのかなー? こう言う検査は、一般的な健診でやるのだろうか? もしこの項目で引っ掛かったら、ちょっと嫌ですね。検査証明書を貰うのに、又、1万円も必要とのこと。ちょこちょこっと診るだけなのに、中国生活1ヶ月分以上、必要。ふ~む。取り合えず、問題解決の方向でよかった。
2006.06.09
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慌しく、帰国しました。でも、途中、移動時間がたっぷりあったので、持参した本を読みました。仲々、感動ものだったので、ちょっとだけ記載します。時は、幕末。330石の上士の娘が主人公。絵が大好きで、絵が描ければ、嫁にも行かないと言う当時としては、大変な変わり者と言うことか。しかし、親の言い付けには逆らえず、嫁に行く。その後、家事、雑事、子育てに追われ、又、姑にも虐められて絵に没頭するどころか、描く暇さえない。もない。しかし、しかし・・・。その後、まさに波乱万丈、色んな出来事が、明治維新の激動の流れの中で、彼女にも襲い掛かる。生きる目的、生きる喜び、そんなことを考えさせられる作品でした。今を生きる、女性の方にも読んで貰って、感想をお聞きしたいものであります。
2006.06.08
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昨日の語学留学申請で判明したこと → 健康診断が必要。しかも国立病院で。明日帰国して、来週、銀行振り込み手続きや、失業保険の手続きして、すぐ東南アジアの旅に出発し、2ヶ月アチコチ放浪し、帰国は、8月半ばの予定であったのにこれでは、ビザ取得の時間がない急遽、本日帰国して、14日出発前に、健康診断可能な道を探る。参ったなー 調査不足だよね、これって。いい加減ですよ。 我ながら。もし、14日出発前に、健康診断受診出来なければ、7月末か8月初旬に帰国せねばならない。予定狂いまくりだ。健康診断受診して、結果を受領まで、2週間。それを持って、ビザ申請し、その後、1~2週間、ビザ取得まで必要らしい。その前に、健康診断がすぐに受診出来るのかも分からない。東京だと、どこの病院で受診するのがいいのだろうか?中国大使館に聞いて見るかな?
2006.06.08
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何気なく、自分の管理ページを見ていたら、なんとブログ開設365日と記載ありました。と言う事は、1周年ではありませんか1年間、毎日良く書きましたねー! 我ながら感心します。ネットに繋げない日がありましたので、100%となりませんでしたが、たぶん、1日記載しなかっただけで、ずっと毎日書いたはずです。でも、こう言う、自分で言うのも何ですが、真面目さが、うつ病になりやすいのでしょう。しかし、書くと決めたら、書かないとストレスがかかるような気もするので、難しいのですが、書けなくても良いと言う気楽な気持ちで、続けて行きたいと思います。ちょうど、会社を辞めようと思った頃、ブログを始めたと思います。その間、色々とありましたが、1年前、退職して中国に来ていると、予想は出来ませんでした。うつ病もだいぶ良くなり、デパスの服用も、1日3回を、1日2回にそして今、1日朝のみに減らして様子を見ています。フラツキ感は、1日3回の時と、あまり変わらないようです。気持ちの持ちようかも知れません。仕事をしていないので、ストレスから解放されたのかも、知れません。何れにしても、別の人生を歩むことになったので、今までのように、毎日24時間が、お仕事と言うような、何の為に生きている? と問われて答えに窮するような生き方と、おさらばし、もう少し、余裕のある生活をするつもりです。
2006.06.07
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本日は、冬物と日常品、そして重要な留学申請書の入ったトランクがないので、朝から、ブラブラと街を徘徊した。調度、昼時にとある小さな不動産屋が目に入った。そして、入って話をしていると、ま、話と言っても、言葉が不自由であり、態度と筆談ではあるのだが。その時、二人の社員が、湯気の出ている器を持ってどこやらから帰って来た。麺みたいだ。僕も食べたい、と伝えたら、近くのお店に連れて行ってくれた。自分で、具とか麺とか選んで、渡すと、茹でてくれるシステム。よって値段も内容により変わって来る。僕が選んだものを紹介します。これで、5元です。大体70円位かな?ちょっと辛いと言うのを入れて貰ったら、ちょっとでなく、かなり辛かったです。この後、アパートを見に行きましたが、2LDKで、1700元/月。アパートそのものは古いので仕方ないが、家具類も古い。あれなら買い換えないとちょっと使うのに戸惑う。1700元では、無理かなー? 2500元ほど出さねばならないか?と感じた、本日でありました。
2006.06.06
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昨日、中国のとある目的地に到着しました。しかし、こんな顔している場合ではなかったのでありました。中国の空港について、一番始めに出て来るはずの、僕の荷物が待てど、待てど、そして、待てど、出て来ないのでありました。な、なんでや~ 自慢じゃないが、成田のファーストクラスで、チェックインしたのだ。荷物のタグは、赤ですぞ エコノミーが白。ビジネスが青。そしてファーストが赤です。first Priority って、書いてあるのだ。それが、ない。 な、なんでや~と、コンベア近くにいた、JALの社員の人に聞いて見た。そしたら、対応が素早く、すぐに電話でどこやらに連絡を取っていた。結果、何と、僕の荷物は、まだ成田に置いてある、とのこと。ムカッ ムカッムカッ としたが、怒っても荷物が飛んで来る訳でなし、すぐに諦めて、事後対策を相談。結果、翌日の便にて、送付し、宿泊にホテルまで届けてくれるとの事となった。「そんじゃ、よろしく!」、と出口へ向かったが、何とも荷物がないと頼りない感じ。そして、はっと気がついた。下着がない 歯ブラシがない 生姜紅茶もない 何にもないで、慌てて駆け戻り、担当の人に、何にもないと眠れない清潔好きの僕は、風呂に入り、下着変えないと眠れないのです美しい女性が隣にいないと眠れません (→これは言ってない。嘘です。)と言うと、400元以下なら、JALで支払います、って、言うではありませんか!喜び勇んで、それで、手を打って外に出ましたが、丸1日間、何も出来ないで、たったの5~6千円で我慢せぃって事ですよね? 安いなー、と、後で思いました。で、買った物。下着(パンツ、ランニング)各2着、靴下5足、半袖シャツ3着、タオル1枚、歯ブラシ1ヶ、歯磨粉1本。〆て372元でした。こんな程度で、喜んで良いものか、どうか? 単純だよね。まぁ、でも、乗り換えもないのに、荷物を乗せ忘れたなんて事は、結構、飛行機に乗ったが初めてであります。何故、こんなことになったのか、少しばかり考えて見ましたら、心辺りはありました。昨日の、飛行機は、中国からの到着が遅れたので、それに伴い、成田からの出発も遅れたのであります。その時、チェックインの係りの女性が気を使ってくれて、早く着ける他の便を探してくれたのであります。そこで、どれに乗るかゴタゴタしたので、それで、荷物乗せるのを忘れてしまったのでしょう。成田に不明の荷物がある、と、中国の飛行場まで連絡が来ていたようで、それで、中国側の対応も素早かったようなのであります。しかし、機内のも、片耳しか聞こえないし、日本代表のJALさん、も少ししっかりして欲しいなー、と思います。今回は、私用で、3日間滞在、調度、1日の予備日を入れていたので、問題はなく、僕さえ我慢すれば、誰にも迷惑かけずに済みましたが、普通、出張ならば、資料が届かず、打ち合わせも出来ず、例えば、見積りも提出出来ず、超大型案件のPJも失注する可能性もあった訳で、大迷惑を被る事も在り得たのであります。JALと言えば、日本代表。ニッポン、チャチャチャでっせ。シュートミスで予選敗退に匹敵するミスでっせ ほんと、しっかりして欲しい。頼んまっせホテルでやる事ないので、長文が書けました。文章の見直しもしたので、誤字もチェックしました。しかし、まだ、丸1日ある、何するかなー?
2006.06.06
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何故か、久しぶりの中国のように感じますが、たったの2ヶ月半ぶりであります。なにせ、ブログのタイトルが、「中国ブラブラ情報」ですから、中国へ行かないことには、騙しのように思われてしまっても、仕方ありません。だからではないのですが、今回は、ちょこっと出かけて来ます。え? どこへ? だって?それは秘密です。 9月から、語学留学する為の下見と、入学申請書の提出に行って来ます。え? よくお金があるなー? だって? いやいや、出張が多かったもんで、マイレージがバッチリ溜まっているのです。しばらくは、会社のお金で、飛行機の乗れるのです。成田空港、ANAなど、17社が、第一へ引っ越したので、第二も空いています。ようやく、国際空港並になったかなー、と言った印象です。荷物検査の担当の方は、ちょっと拍子抜けって言ってました。しかし、JALのラウンジは、混み合っています。会員が多くなったのでうすね、きっと。ラウンジもJALに乗る場合、しばらく使用可能です。しかし、JALは高いから、その内、乗れなくなるなー。でわ、行って来ま~す
2006.06.05
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退職したので、市役所に行って来ました。国民健康保険の加入に行ったのに、国民年金の説明までされました。未納者が多いって聞いているし、僕も無収入になるので、払いたくないって、ちょっと小太りな若い担当女性に、必要もないのに絡みました。すると、市役所は、窓口だけで、そう言う話は、社保庁で聞いて下さい、との答えでありましたが、色々と説明してくれました。僕のような可哀相な無収入日本人は、勤めていた会社発行の「離職表」があれば、免除申請可能であるとの事。そんなものなくても、勝手に社保庁が出しているじゃん 10万人以上って、さらに嫌みを言おうよ思ったけど、真面目そうな女性事務の方なので、言うのをこらえました。で、ちょっと国民年金の制度を説明しますと、25年間(300ヶ月)以上の、加入期間がないと65歳になっても貰えない。で、免除申請が通ると、な、なんと、支払いがゼロであっても、その期間は加入年月に加えられるのです。しかもしかも、貰える金額の三分の一が貰えるのです。そして、もし、半額支払っていれば、三分の二が貰えるようになるのです。そして、もしお金がたまれば、10年以内ならば、後で支払い、全額貰えるように、変更も可能なのです。これは、免除申請するに限りますね。と言うことで、「離職表」貰ったら、免除申請する事に致しました。明日から、中国行くので、帰国後すぐに申請する予定。その時、「失業保険」の手続きもするつもりですが、「トラさん」情報によれば、1ヶ月に2回もハローワークに行かなければ、失業保険貰えないようなのです。 「東南アジア極貧の旅」、約2ヶ月を予定しているので、困った、困った
2006.06.04
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色んな、手続きで実家に来ています。インターネットが繋がらないのが、ほんと、不便です。そして暇です。既に、ネット依存症になっているようです。先日は、クリニックで、デパス依存症って言われたし、依存症候群だね。こりゃ。そんで、本日は庭の草取り。庭が、結構広く、700m2位ある。テニスコート作ろうって、計算したら、コートは作れるが、横幅が余裕が取れないとか、と言った広さ。それが、ほとんど芝生になっている。そこは、芝刈機で刈ってしまうので問題ないのですが、駐車場入り口とか、雑草が生える。それで、灯油で燃やす道具があり、本日は、半日、それで、草退治。疲れて、1時間以上昼寝しました。飯は作ってくれるし、風呂はいつでも入れるし、洗濯はしてくれるし、楽だなー。こりゃーいいや。
2006.06.03
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退職後の手続きが、仲々、面倒です。市役所へ行って、健康保険、国民年金の説明を受ける。会社の健康保険は、勤めてなくても、2年間延長出来るらしい。でももう、国民健康保険に入ってしまった。普通は、会社の健康保険を延長した方が、得らしいが、自分の場合不明。失業保険を貰いに行ったら、離職表がないと手続き不可能。東南アジアへの出発をずらして、再度行かねばならない。会社引き去りの、生命保険、個人年金、がん保険など、出費を減らすため、解約したり、変更したり、ほんと、めんど臭い。アパートを連絡先にして置いたのでは、誰もいないから、実家に変更もする必要があるし、現金支払いだったものは、自動引き去り振込みに変更せねばならない。ネットカフェにて入力中。
2006.06.02
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退職して、定期代も貰えないので、アパートの近くのクリニックへ変更しようと、初めて診察を受けた。そしたら、「デパス、毎日3錠飲んでる え、ええー」っと言うのです。僕も、「だって、北里病院も、東関東病院も、デパスを毎日3錠飲めって言われてました。」と答えたところ、「それじゃー、治んないよ。」、とあっさりと言うではないですか!「デパス依存症にかかってるな。」、とも言われました。僕は、誰を信頼すれば良いのでしょうか?医者の処方箋を勝手に、自分で変更するなって言われていたし・・・。しょうがないので、夜の分は、飲まないことにしたが、眠れないし、朝は、頭が重いし、これから、どうしましょう?
2006.05.31
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もう、今日は、涙、涙、涙、かなー?出社時間も正確には伝えていなかったのに、出社すると、結構な人達が順番待ちのように、挨拶に来てくれた。そして、記念品や、手紙を貰ったりした。こう言う時、女性は気がつきますね。男供は全くダメだ。気がきかん。これは、僕が女性に人気があるのを示すのでなく、女性はやはり、本質的に、やさしい事を、明確に示しているものであると思います。ひっそりと辞めるつもりでいたのに、多くの人に挨拶されて、感謝感激であります。おまけに、退職金が、思ったより多くて、これまた、嬉しい大誤算。「東南アジア極貧の旅」を、「東南アジア普通の旅」に変えて、中国語学留学費用まで、出てしまう位。やったね本日は、感激涙と、嬉しさ喜び涙、と、色んな涙が入り混じった日となったのであります。
2006.05.30
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もう、2ヶ月も会社へ行ってないので、すっかり放浪者のつもりでいたが、まだ、正式には、会社員。本日、退職手続きに行って来ます。別に悪いことしている訳ではないのですが、出来るだけ、皆さんと逢わないで、ひっそりと退職したいと、恥ずかしがりの僕は思っているのであります。有り難いことでありますが、送別会の誘いも結構ありまして、でも、しかし、何故退職? これからどうする? とか、の質問に答えるのが面倒なので、全て、お断りしておりました。理由は、色々とやる事多く、日程のやり繰りが出来ない、と。しかし、本日は、会社へ出勤。その理由は使えない。結果、お昼は、お姉さん社員達と食事。午後一番は、世話になったお客さんへ挨拶。その後、職場にパソコンなど返却。その後、人事で退職手続き。そして、夕食は、世話になった数人の方と食事。本日は、このようなスケジュールになります。久しぶりのサラリーマン。髭面の四国お遍路さんと、印象はずいぶん違うと思うけど、どっちが似合うのか? ネクタイもして行こう。
2006.05.30
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ビデオを借りて、「雨あがり」を見ている。ほのぼのして、良いなー、と見ていたら、鶯の鳴き声が画面から流れ出し、四国を思い出した。四国、特に高知県を歩いていた時は、毎日、毎日、鶯の声を聞いていた。こんなにも鶯がいるなんて、思いもしなかったから、嬉しいやら、楽しいやらで、口笛で真似しながら、歩いたもんだ。東京では、カラスかスズメ位しか、見ることは難しい。懐かしいなー! 歩きお遍路。足が痛いし、お金も、暇もかかるのに、何故、2回目、3回目、と廻る、歩きお遍路さんがいるのか、何となく、理解出来る気がする。
2006.05.29
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遊さんから、勝手にバトン貰って来ました。(暇だし、勝手に持ってってと記載ありました)【Q1】千円以下で買えるであろう、欲しい物を挙げて下さい 世界の浜辺の砂を入れる、素敵な入れ物。透明で、場所を書き込めるもの。【Q2】五千円以下で買えるであろう、欲しい物を挙げて下さい 小さくたためて、使う時には、大きくなる折りたたみ傘。【Q3】一万円以下で買えるであろう、欲しい物を挙げて下さい 足にぴったり。歩いて疲れない靴。ウォーキングシューズ。【Q4】お金では買えないであろう、欲しい物を挙げて下さい う~ん、やっぱり、美しき偽りのない永遠の愛情かな?【Q5】絶対に手に入らないと思うけど、欲しい物を挙げて下さい これは、一杯ある。 * どこでもドア * 人、物を入れたら、自分の思う大きさに縮小可能な収納箱 * 人の心を自由に操れる術 * 100兆円 * 世界中の全ての女性に熱烈に愛される、容姿と性格 * 200年前の地球と同じ環境の宇宙の星 * 健康な心身と永遠の命 * どんなことでも、願いが叶う「願い袋」 まだ、あるが、この程度にしておきます。【Q6】これは何個あっても欲しい!という物を挙げて下さい 美しきも、若き女性の身体。(見るだけで良いです)【Q7】他人は多分欲しがらないけど、自分は欲しい物を挙げて下さい 何だろう? 世界中の美しい浜辺に行って、少しだけ持ち帰る砂かな? 【Q8】衣類関連で欲しい物を挙げて下さい 頓着してない。欲しいもの? 安物でも、高価でも良いので、自分に似合う衣類、ってことにしときます。【Q9】PC関連で欲しい物を挙げて下さい 超軽量で、薄型、無茶苦茶取り扱っても壊れない、持ち運び可能なPC (連続10時間使用可能なバッテリー付)【Q10】書籍関連で欲しい物を挙げて下さい 世界遺産の写真集【Q11】毎日買ってしまう物を挙げてください。 毎日ではないけど、納豆。【12】買うよりも是非貰いたい!というような物を挙げて下さい 下着【Q13】一度手に入れたけど手放してしまった、また欲しいというような物を挙げてください。 お付き合いしていた彼女との写真や手紙、その他思い出の品々 (全部、持っていかれてしまった)【Q14】逆に、要らない、捨てたいというような物を挙げて下さい 悲しい思い出、いつまでもくよくよする心。【Q15】最後にこのバトンを廻す人を5人挙げて下さい。 遊さんに同じこう言うの考えるって面白いね。振り返って見れば、会社生活してる時は、こう言う余裕はなかったなー。
2006.05.29
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本日も、暇に任せて、ラオスへの旅の検討を行った。移動に時間がかかるので、結構な日数を要することが判明。田舎を、ゆっくりゆっくり、見てくることにした。しかし、タイバーツがそのまま使用出来るって事であるが、歴史的にも、ここはタイ圏なのですね。ラオスの北方面だけで、17日間も必要です。ちょっと、非効率ですかねー?7月3日 月 バンコク→ビェンチャン 飛行機にて移動7月4日 火 ビェンチャン 7月5日 水 ビェンチャン 7月6日 木 ビェンチャン→ルアンババーン バスにて移動:9時間7月7日 金 ルアンババーン 7月8日 土 ルアンババーン 7月9日 日 ルアンババーン→ファイサーイ ボートにて移動:6時間7月10日月 ファイサール モン族ツアー7月11日火 ファイサール 7月12日水 ファイサール→シェンコック ボートにて移動:5時間7月13日木 シェンコック→ムアンシン バスにて移動:3時間7月14日金 ムアンシン 7月15日土 ムアンシン→ルアンマムター バスにて移動:2時間7月16日日 ルアンナムターウドムサイ バスにて移動:4時間7月17日月 ウドムサイ→ルアンババーン バスにて移動:5時間7月18日火 ルアンババーン→ビェンチャン 飛行機にて移動7月19日水 ビェンチャン→バンコク 飛行機にて移動後半は、毎日、移動となります。ちょっと、急ぎすぎでしょうか?ガイドブック見ると、見るべきものは、ほとんどないって書いてあるのです。
2006.05.28
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昨日は、一歩もアパートから出ない一日であった。一日中、パソコン見てるか、テレビ見てるか、だったせいか、夕方は、頭が、ボォーっとして、体調不良ではないが、それらしき兆候あり。閉じこもりは、身体にも良くない。大体、歩行数、100歩もなかったか?本日も、閉じこもりの予定。
2006.05.28
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本日は、「地球の歩き方」を、ずっと読んで目が痛くなった。しかし、おかげで、概ね、ミャンマーの旅の日程が決められた。何を見るか、どう、見て廻るかは、もう少し、検討が必要。 6月16日(金) バンコク→ヤンゴン 移動(飛行機)6月17日(土) ヤンゴン観光 :シュエダゴォン・パヤー、スーレー・バヤ- 宿は、May Shan Guest House(15US$)を予定。6月18日(日) ヤンゴン→バガン 移動(飛行機)6月19日(月) バガン観光6月20日(火) バガン観光 宿は、 Thante Hotel (30US$)を予定 (最高級ホテル)6月21日(水) バガン→マンダレー 移動(バス) 6月22日(木) マンダレー観光 マンダレーヒル6月23日(金) マンダレー観光 ビンウールィン 宿は、 Nylon Hotel (5US$)を予定6月24日(土) マンダレー→ニァゥンシュエヘ 移動(バス) 6月25日(日) ニァゥンシュエヘ観光 インレー湖巡り6月26日(月) ニァゥンシュエヘ観光 カロー、ビンダヤ 宿は、Gold Star Hotel (15US$)を予定6月27日(火) ヘーホー→ヤンゴン 移動(飛行機) ヤンゴン→バンコク 移動(飛行機) ミャンマー滞在日数は、12日間。ちょっと短いかなー?ホテルは、高い所もあるが、一応、ホットシャワー、エアコン、が最低ついていて、メールで申し込める宿を選んだ。もっと方法が、あるかなー、とも悩んでいる。
2006.05.27
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昨日、ビデオ借りてきて、「あの子を探して」を見ました。ご存知、チャン・イーモウ監督の作品です。「初恋の来た道」も借りようとしたけど、既に、飛行機の機内映画で見たものであった。13歳の少女が、中国の田舎の学校へ代用教員として、1ヶ月の対価50元で働きに来る物語。生徒の一人はいたずらっ子で、母子家庭。小学生なのに、学校を辞めて出稼ぎに行く。その子を13歳の代用教員が探しに行くのである。単純なストーリーの中に、人間味のある関係、貧しさ故の悲しさ、たくましさ、など、見るべきもの、感動するものがある。日本では、とても作れない作品でしょう。中国の田舎では、年間収入1万円程度で暮らしていると聞きますが、1ヶ月50元と言えば、年間で、それに近い金額。全身マッサージ1回で、1ヶ月の生活費と考えると何と言うか、「・・・」、ですね。中国映画では、「山の郵便配達」と言うのも、以前、見ましたが、親子の深い情愛が出ていて、観後感の快い映画でした。
2006.05.27
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東南アジアの旅を計画しています。タイのバンコクを基点に、ミャンマー、ラオス、マレーシア、カンボジャを予定しています。今、ガイドブックで検討中ですが、ミャンマーは、15日間ほど必要か ヤンゴン、バガン、マンダレー、インレー湖などを廻って。ラオスも、15日間ほど必要か ビエンチャン、バンビエン、ルアンババーン、フアイサーイ、シェンコック、 ムアンシン、ルアンナムター、ウドムサイ、などを廻って。マレーシア(マレー半島)は、1週間 バンコクから、ジョホールバルまで、マレー鉄道の旅東マレーシアは、やはり1週間 コタキナバルへ行く。カンボジャは、1週間 アンコールワットへ行く。途中、バンコク滞在も必要なので、軽く2ヶ月は超える。ホッホッホッ! 楽しいなー! 計画している時も楽しいもんだ。訪ねてない国は、ラオスだけなので、大体、雰囲気もわかっているし・・・。これで、一応、東南アジア制覇のはずなんですが、ブルネイがあるんだなー!あそこも、一応は、国ですよね? あ! それから、インドネシアから独立した国がありましたっけ?ま、でも、概ね、東南アジア制覇となります。さてさて、もっと検討せねば・・・。
2006.05.26
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懐かしの6畳、富士山の見える我が家へ帰って参りました。いつも思うけど、やっぱり、自分の部屋は落ち着くね。誰にも邪魔されず、隣の家に騒音など、迷惑掛けない限り、全くの自由。自由気まま。一人がいいなー。別居婚とか、聞いたことあるけど、そう言うのが気楽で良いかなー?
2006.05.25
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湯宿から水上への峠が、美しいと聞いて、通って見た。新緑の山々の中、雪の谷川岳も見えて、確かに美しい。少し残念なのは、どこにでも電線があって、電線のない風景は撮りにくい事であります。ま、それでも、十分に心の静養にはなりますが・・・。峠の頂上付近には、まだ雪が残っていました。わずか、20分ほどのドライブですが、気分上々です。掛け流しの見せ掛けでない温泉での、ゆったりした湯治も済み、本日は東京へ戻ります。
2006.05.25
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温泉宿のエレベーターの横に、綺麗な花が置いてありました。写真に納めました。しかし、良く見ると何かが、おかしい。で、近づいて、手で触って見たら、やはりイミテーションでありました。僕としては、いくら美しくても、偽者ならば、飾って欲しくない心境です。せっかくの、湯治が、何となく色あせてしまった感覚を受けてしまいました。韓国美人は、皆、ほとんどが、人口的な細工をしていると聞きましたが、僕は、やはり、化粧までの手入れの美しさに留めて欲しいと思います。如何でしょうか?
2006.05.24
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湯宿温泉のすぐ近くに、「たくみの里」と言うところがある。暇なので、行ってみた。おおよそ、周囲4キロ四方のエリアに色んな、工房がある。ガラスの家、七宝焼の家、布遊びの家、竹細工の家、陶芸の家、和紙の家、わら細工の家、藍染の家、などなど、20数軒の匠の館がある。手作り体験も可能な家も多い。面白そうなところでは、コンニャク作り、わら草履作り、アクセサリー作りなど、時間がたっぷりあれば、体験したい内容は豊富ふらふら、歩いていたら、女子高校生がいたので、雑誌に載せるので、写真を撮って良いか? と聞いたところ、大喜び。別の生徒も集まり大騒ぎ。人数制限して、下記の2枚を撮った。 何の雑誌か? 何月号? と、しつっこく聞かれる。ほんの冗談で言ったのに、後に引き返せなくなり、「じゃらん」だけど、編集会議で、没になる可能性もあるので、わからない、と答えておいた。嘘は不味いなー!歩いていたら、土蔵のような建物もある。昔の街道を示す、「三國街道」の、古めかしい標識もあった。水車もありました。これは、昔からと言うより、「たくみの里」の雰囲気作りの為に、あとで、作ったものと思われる。この「たくみの里」の廻りの風景はこんな感じです。
2006.05.23
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群馬県、湯宿温泉のみやま荘にやって来ました。この湯宿温泉には、7軒の温泉旅館があります。みやま荘は、その中の一つで、何と、1泊2食付、5500円と言う、庶民にはありがたい価格です。早速、温泉を紹介します。男湯の入り口です。混浴ではありません。お風呂の中を、撮らせて貰いました。この温泉の効用は、筋肉痛、皮膚病、疲労回復など、四国お遍路の疲れを癒すには、調度よいのです。そして、何より素晴らしいのは、源泉から直通で、沸かし湯でもなく、流し湯です。新鮮な温泉が、循環して使われることはありません。効用など、見難いですが、写真を掲載します。そして、夕食。なんと、5時半に夕食開始です。5500円、温泉旅館にしては、豪華な食事です。さて、長い夜を、どうすごすか? これが問題です。
2006.05.22
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ここは赤城山の麓、大前田英五郎のお墓のある大胡宿に来ておりやす。へい! あっしですかい? 言わずと知れた、亜州の星次郎でござんす。国定忠治も、ここいら辺りを、動き回っていたとのこと。渡世人となったあっしも、上州の任侠道に、ちと触れておこうと訪ねたのでござんす。カカア天下と言われる、ここら辺りも、全国的に、世界的にカカア天下になっておりやすから、目立たなくなりやしたなー!これから、湯治にめーりやす!湯治場は、ひなびた宿、ひなびた場所にありやすから、2~3日、ここでお会い出来ないかも知れやせん。そのときは、申し訳ござんせんが、後日とさせていただきとーごぜーやす。
2006.05.22
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茨城県に一泊し、群馬へやって来ました。茨城も南方面の田舎なので、PHS繋がらず、群馬でようやく接続出来ました。茨城に、神の池があるとの噂聞いて、駆けつけた所、その場所は神栖市。神のひそむ所なのであります。いい地名ですよね?確かに、神の池はありましたが、極、普通の池でありました。この池にまつわる、神話か民話があるようですが、残念ながら、分かりません。群馬の前橋に移動しました。明日は、ひなびた温泉へ泊まる予定。まだ、四国お遍路と、山手線ウォークの残照、足裏痛がある為、湯治に行きます。ええなー 明日は、 そして、はなし。で我慢。しかし、で十分、満足。楽しみだー
2006.05.21
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