雫の水音

雫の水音

2009/03/12
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ドロア要塞中央砦の最上階はサンダルウッドとイランイランが混ざったような芳しい香りが広がっていた。
香煙はどうやら奥の部屋から流れているようであり、香りにのって木製の撥弦楽器をつまびく音色も響いていた。

幽玄でけだるいなんともいえないその音色が、官能的で甘い香りとともに何とも不思議な空間を作っていた。
突然、その香りの層を斬るように一人の兵士が慌しく階段を駆け上がってきた。
『シャムシール様、要塞前方にノイグラード軍が押し寄せてきました!』

『遂に来たか・・・。して、状況は?』
シャムシールは弾いていたウードを静かに床に置き、落ち着いた様子で兵士に聞いた。
『敵軍四万余り。4ジェマ(約27キロ)ほどの距離に先鋒部隊。
総大将は旗印よりアドノエルと見受けられます。』

『敵は我が軍の十倍もおり、十数の投石機まで用意しています…
それにあのアドノエルです…勝ち目はあるのでしょうか…』
敵は大軍、しかも勇将と名高い指揮官に率いられているという現実を目の前にして、兵士は既に怯えきっている。
『落ち着け…勝機は必ずどこかにあるはずだ。』
シャムシールは兵士を落ち着かせ持ち場に戻るように言うと弓と矢筒を手に持ち、部屋を出て階段を降りていった。
要塞の巨大な外門の前では大勢の兵士が集まり言い争いをしていた。
『ここは無闇に討って出ず、守りをしっかり固めるべきだ!』
『いや、守っていてもこの要塞にあの大軍だ。しかも、最新鋭の投石機が十数もあるというじゃないか。
砦は破壊されいずれ囲まれて全滅するのは明白。
ここはナセム魂を見せて討って出て1人でも多くの兵を倒すべきだ!』
『よりによって、あのアドノエルじゃあな・・・』

『おい、将軍が来たぞ』
兵士たちがシャムシールの姿に気付くと、喧噪がピタリど止み全員が一斉に同じ方向を向き敬礼をした。
特別な弦が張ってあるヴァルナという名弓を持ち、背中に矢筒を背負ったその女は
場違いとも呼べる妖艶な雰囲気を放っており、兵士たちは戦の事などすっかり忘れてしまうぐらいであった。
『シャムシール様、如何いたしましょうかのう?

先鋒部隊を束ねている百戦錬磨の老将メゼレルがたずねた。
『いや、敵前には先ず私一人のみが出る。
お前たちは指示があるまで砦内で待機せよ。』
兵士たちはお互い顔を見合わせてどよめいた。
メゼレルはシャムシールの前に立ち、老練な鋭い顔付きで言った。
『あなた様の武勇はよく存じておりますがのう・・・
しかし其れは1対1の場合であり、戦となると話は別ですじゃ。
ましてはわしらはあなた様が戦で戦っている姿を一度たりとも見たことはない。
戦は人一人倒すような簡単なものでは無いのじゃ。
その上的は我が軍の10倍の数を誇り、騎馬、槍、重兵と全て揃えておる上に投石機も持っているのですぞ。』
『私を信じろ、メゼレル。』
シャムシールは老将の顔を真っ直ぐ見つめて力強くそう言うと、メゼレルはその異様な迫力に圧倒されて返す言葉が出なかった
『敵先鋒隊の1ジェマ(約670メートル)の位置まで迫っており、砦方向に向かって投石準備をしております!』
見張り兵士がそう報告した時、既にシャムシールは門を出て馬にまたがり弓を引き絞り狙いを定めていた。
ヴァルナの弦が鋭い唸り声を上げた――。
勢いよく放たれた矢はノイグラード先鋒隊の頭上を超え、今まさに打ち出されてようとしていた巨大な投石機横の縄を射抜いた。
ノイグラードお投石兵が何が起きたか分からずにうろたえているうちに次々と矢が放たれてゆく。
矢は目にも止まらぬ速さで飛び、正確な軌道を描いて投石機を支えているあらゆる部分に命中した。
巨石の重さと慣性力にとってバランスが崩れた十数の投石機は大きく傾きはじめ遂には逃げ切れぬ投石兵達を押しつぶした。
傾いた状態で放たれた十数の巨石の軌道は、本来とは別の方向にねじ曲がり
全てノイグラード軍のテストゥドの密集陣形部分に落ちた。
装備が重く逃げ切れない重装歩兵たちは、何もできずに次々に巨石に潰されて陣形中部は大混乱に陥った。
――それは一瞬の出来事であった。
『後ろが騒がしいぞ。何事だ?』
アドノエルの息子であり、ノイグラード軍の先鋒隊長を率いていたアドフークが異変に気付き進軍を止めた。
『投石機が突然次々に倒れ、放たれた巨石がテストゥドに落ち重装部隊が混乱しております!』
『原因は何だ!兵の裏切りか?投石機に不備でもあったのか?』
『それが、全く一瞬の出来事で誰も分からない状況でありまして…』
『混乱を収拾して陣形を立て直すまで、一時進軍停止だ。』
シャムシールは砦の門前まで引き返し、伝令に言った。
『私が合図を出したら、メゼレル隊以下各隊を出陣させよ。
分断した敵軍をそれぞれ包囲せよ、と。』
そう言い残すとシャムシールは、混乱する敵陣形中央部に音もなく近寄って行った。


シャムシール最強ですw





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最終更新日  2009/03/12 12:26:10 PM
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