2026/07/09
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テーマ: 社交ダンス(9908)
カテゴリ: 旅行記
会津若松城(鶴ヶ城)に行ってきました。2026年6月29日(月)のお話です。

幕末の戊辰戦争、白虎隊の悲劇の舞台として有名です。

新撰組のスポンサーだったこともあり アニメにも度々登場する ので、それっぽいコスプレの観光客も見かけましたよ。

大河ドラマ『八重の桜』のモデルとなった新島八重も、ここで籠城して新政府軍と戦いました。





城の中は冷房が効いていて、歴史を学べる展示室になっています。

城主が何度も変わっているんですね。

1384年に葦名直盛(あしな なおもり)が東黒川館を構えたのが始まりです。

200年後の1589年には伊達政宗が会津に侵攻して城主となりました。







江戸時代になると加藤明成(かとう あきなり)が五層の天守閣を作り、徳川家光の異母弟の保科正之(ほしな まさゆき)が会津藩主となって、幕末まで会津松平家の拠点となりました。

戊辰戦争の後、明治政府によって取り壊されてしまいますが、1965年に市民によって再建され今の鉄筋コンクリート造りの城になっています。





天守閣からの眺めです。とんがっているのが会津磐梯山、その右の丘が白虎隊が自刃した飯盛山。




一番記憶に残ったのは山川家についてでした。

若き天才軍師・山川大蔵のユーモアと知略、新政府軍に完全に包囲され籠城中の鶴ヶ城に、獅子舞の一段に扮して賑やかに無血入城するんですよ。

新政府軍は呆気に取られて見送るだけ、城内は大盛り上がりだったそうです。

山川大蔵(浩)は後に、高等師範学校(現・筑波大学)や女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)の校長になったそうです。





弟の山川健次郎は、日本人初の物理学教授になって、東京帝国大学(現・東京大学)、京都帝国大学、九州帝国大学の3つの帝大で総長を歴任。

妹の山川捨松も津田梅子とともに津田塾大学の誕生に関わり、華族女学校(現・学習院女子大学)の開設にも力を注ぎました。

『山川家ってみんな、頭いいんだねー。ひょっとしてJAXAの理事長って子孫かな。』

なんて大将と話していました。







鎧とか武器とか展示してあるだけではなく、いろんなことが学べて興味深いお城でした。

日本百名城の一つだそうです。

(つづく)






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Last updated  2026/07/09 10:08:09 PM
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