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かつて私は、【レッド・クリフ PartI】について批判的な意見を述べた。http://freiherr/diary/200811040000/その要旨は、1.曹操の描き方が史実に基づいていない。 明らかに別の映画【ラスト・エンペラー】からのパクリで、年少の皇帝を描いている。 2.赤壁の戦いの原因を「女性の奪い合い」としたのは、別の映画【トロイ】からのモチーフのパクリである。 小橋の姉、大橋はどこへいったのか。 大橋がいないとすれば、小橋の名前の意味がない。 曹操が呂布を制圧した後、実際に橋玄の遺族は豫州梁県にいて、曹操が訪問して昔の恩義を顕彰して追悼の儀式を行なっている。3.最初の戦闘、当陽県長坂坡の戦いでは、もともと曹操との関係があった関羽を諸葛孔明が前線に配置することを危惧して、数百隻の船を仕立て避難民の一部を乗せて水路、江陵に向かわせている。 したがって、長坂の戦闘に関羽は存在しなかったのである。 史実でも、張飛が要所の橋脚を破壊して、曹操軍の進撃を阻止したことになっている。 ところが、【レッド・クリフ PartI】では a.曹操と関羽を初対面のように描き、戦闘の主人公として対面させている。 b.張飛は孔明の指示で見せ場もなく撤退している。4.【レッド・クリフ PartI】の最大の戦闘シーンは、孔明兵法の八門遁甲陣をアレンジした八卦陣の包囲殲滅戦だが、こんな陣形は現実に役に立たない。 それに、包囲した兵団は少しずつ隔離して降伏させるのが普通。 あのように無抵抗になった兵士たちをよってたかって集団虐殺するのは、戦闘シーンではなくてグロテスク趣味による残虐映像と考えるべきである。 ただし、あのように敵兵を包囲し、各個撃破して殲滅する戦闘シーンは黒澤映画の【七人の侍】からのパクリである。というわけで結論。ジョン・ウー監督の【レッド・クリフ】はインチキ嘘っぱち映画であり、中国史を破壊する駄作である。
Apr 30, 2009
次の文章は戦前の東京商科大学、現在の一橋大学の元助教授だった杉村廣蔵という経済哲学者が、敗戦直後、昭和20年11月30日に出版された『世界経済』というパンフレットに書きとどめた所説である。------------------------------------------------------------今次大戦(第二次世界大戦)の終末と同時に、しきりに提唱されている世界政治の方式は「民主主義化」であるが、これは市民社会の要請をつよく国家の運営に反映せしむる様式だといってよい。したがって、従来とも民主主義政治を建前とした国民にあっては、市民社会の要請がたえず国政を動かす契機であったわけであるが、ただその要請の内容が時代の推移とともに著しい変化を遂げていたことを看過してはならない。すなわち資本主義経済の発達の初期にあっては、市民社会の要請を代表して国家の運照(方針)をつよく左右したものは、資本家的経営の利害であった。それに次いで、労働者階級の休威(ストライキ)が市民社会の要請を代表するものとしてとり上げられた時代が来た。しかるに、今日にあっては資本家も労働者も市民社会を全面的に代表する資格はなくなった。彼らは互いに対立することがあるとしても、いずれも生産者の「内訳」にすぎないので、市民社会の全体という観点からいえば局部的な代表性を有するにすぎないものだと見られることになった。そこで市民社会の全面的な要請は、従来のごとく生産面によってではなく、むしろ消費面、すなわち国民の生活自体から発生したものでなければならぬということになった。われわれの場合としては、八千幾百万の人口を擁する(日本の)市民社会の生存と進歩の必要こそ、国家の運営をつらぬく基本要請でなければならぬ。日本の民主化というのも、経済の民主化も、これに他ならぬであろう。この基本動向は、全世界を通じて、来るべき時代を指導するもので、ひとり日本だけに課せられた問題といふのではない。アメリカもイギリスもさうしなくてはならぬところに立ち至っているのである。新しい世界に処する、いかなる国民も例外たりえぬ一筋の道だといわねばならない。世界経済の究極の安定は、国々の市民社会の消費面を基礎とした機構をつくるのでなければ達し得られぬであろう。資本主義生産に出発点(原料)と到達点(商品)とをもった往年の世界経済なるものは、それ自体、不安定のものであり、また一つ(単体)の機構として存在するものではなかった。各国の資本主義経済が、おのれの利益のための活動の場として選んだ「世界市場」以外に、世界経済を具象化する何ものも存在しなかった。したがって、世界経済の安定といふ問題も、価格の安定とか、為替相場の安定とかいふ以外には具体的な手がかりもなかったのである。われわれが、いまここに考へる世界経済といふのは、全世界の市民社会の生存と進歩との必要から割り出された消費を基底とし、この消費を充足するための生産の管理経営を高さとする立体的組織である。したがって、これまでの如くに、生産と消費とを各国ごとに閉じ込めた国民自足体制といふ封鎖方式とはまったく異なって、開放的に、消費は全世界的な計画と計算のもとにまとめ上げられ、生産もまた、これに応ずる如くに全世界的考慮をもって管理経営されるべきものと考えられるのである。各市民社会はみずからの゛生産能力を十分に働かせて、みずからの消費をあがなひ、また余剰をつくって資本形成をはかるべく拮据勉励しなくてはならぬことに変わりはないが、単に資本そのものの増殖のため、あるいは国家の増嵩のために、他国の犠牲において増殖をはかる趣旨のものであってはならない。各市民社会の生活水準をたかめ、文化の進歩を促すに足るだけの余裕をつくるといふ目標が国民の努力を指導することになるであろう。そのためには、特に生産面においては、これまでと異なった世界的管理機構が確立され、その中央の指示が各国の生産経営に規制を与へ、進歩の手引きをなすことになる。したがって各市民社会は、その能力に応じて十分な就業の機会が与へられ、雇用の完全性が確保されるやう配慮せられるであろう。(後略)------------------------------------------------------------これは今回の消費者庁設立法案の基本理念にとどまらず、1945年の時点から南北問題、食糧危機、地球環境問題のような世界経済の分裂と調和の問題を指摘したこと、現在の石油生産諸国首脳会議(OPEC)や国連の世界食糧計画機構(FAO)のような国際組織の必要性を予言し、それらが民主的な国際的な市民社会の監視におかれることを要請している。まさに驚嘆すべき世界思想といわねばならない。
Apr 30, 2009

【レッド・クリフ PartI】で気がつく問題点をすべて書いていくことにしよう。☆【Part II】でも主題の大きなアイテムになっている「茶」。 後漢時代に、あのように確立した茶道があったのだろうか。 私は茶の歴史に詳しくないが、四川省から出土した前漢時代の『僮約』つまり奴隷の下僕に遠方に品物を買いに行かせるときに、買い物の内容を指示した文献があって、そこに「茶」らしき商品が出てくるという。 しかし、後漢時代に喫茶が習慣になるのは、孫権が死んだ後の呉の朝廷であり、実際に『三国志』にも「飲酒の習慣をやめて、茶を飲め(以茶当酒)」という布令がある。 しかし、このあたりの文献(原典を散逸した『廣雅』)では、茶はネギ・ミカン・生姜を一緒に煮て、正月の屠蘇散のように飲むと書かれている。 これは西北地域で習慣としても続いていて、私が甘粛省ですすめられた茶は「三宝茶」といってドライフルーツや香草を混ぜた茶であった。 したがって、【レッド・クリフ】の仰々しい茶道の所作はまったくフィクションであり、時代考証の誇張である。 あるいは中国の主力輸出産業である製茶産業の宣伝のために、故意かつ意図的に誇張して挿入されたと考えるのが妥当だろう。 映画でコマーシャルをやっているわけだ。☆孔子の子孫、孔融を曹操が処刑したのは史実。 しかし、赤壁の戦いの直前ではないし、出陣に反対して処刑されたのではない。 もうひとつ重要なポイントだが。 孔融が斬首される前に、曹操から飲酒を受けている。 その酒盃が北宋末期の白磁天目茶碗! 1000年の誤差である。 何という時代錯誤であろうか! この時代の陶器製の酒盃といえば、緑釉の双耳盃と決まっている。 そうでなければ青銅の花瓶のような角盃だ。☆当陽県長坂の戦闘シーン。 張飛が大声をあげて、鏡の盾を一斉に返して、騎兵たちを転倒させるシーンであるが。 残念なことに、馬は目が横についているのである。 だから前のほうに馬の視線を集中させるために、競馬では馬にマスクをつける。 したがって、あのように夕陽の光線を浴びても、馬は決して転倒しないと思われる。 さらに指摘すると、 あのようにマスゲームのように盾を返すシーンは、別の映画【スパルタカス】の戦闘シーンからのパクリである。 付け加えると、【スパルタカス】と角川映画【天と地と】は、かなり多くの戦闘シーンがパクられている。それは後述する。☆さて、最大の戦闘シーン。 八卦陣で、盾を並べた中で関羽、張飛、趙雲が決闘するシーンなのだが。 これも別の映画のパクリである。 【ローマ帝国の滅亡】という映画で、最近の【グラディエーター】の原作に近い。 ここでクリストファー・プラマーが演じる狂気の皇帝コモドゥスと、スティーブン・ボイドの将軍リヴィアスが最後に決闘するシーン。 【スパルタカス】でも、決闘シーンで兵士の盾を四方に並べて臨時の闘技場をつくる。 まあ、そういうわけで、 【レッド・クリフ】は恥ずかしげもないパクリ・パクリ・パクパクパクの映画なのであるからして、ジョン・ウー監督の【レッド・クリフ】はインチキ嘘っぱち映画であり、中国史を破壊する駄作である。
Apr 29, 2009

【レッド・クリフ PartI】で気がつく問題点をさらに書きつづけよう。☆【レッド・クリフ PartI】でずいぶん間延びしているなあという印象がする「孫権のトラ狩り」。 あれは若い孫権の苦悩と決意をあらわすシーンになっているのはわかるが。 どうして狩りのシーンを長々と入れたのか。 これはジョン・ウー監督のマーケティンク的な計算、あるいは仕立て屋的な打算だというのが、私の推論である。 昔の武将を描くのに狩猟シーンをいれたのは角川映画【天と地と】の功績であったが、これが欧米には非常に好感を持たれた。 欧米では狩猟は貴族のゲームである。狩猟こそ騎士道の鍛錬の場とされている。 最近の映画【クィーン】でエリザベス女王の苦悩を描くとき、エディンバラ公がウィリアム王子とヘンリー王子の兄弟をしきりに鹿狩りに連れて行くシーンが出ている。 だから狩猟のシーンを入れると、刀をふりまわす武将ではなく、高貴な貴族性を映像表現できるわけだ。 つまり、【天と地と】の狩猟シーンをパクったわけ。☆【天と地と】からのパクリ。 角川映画では、武田信玄の若い愛妾、女武者の八重の方が女性騎馬武者部隊を率いるシーンがある。 私も大好きなところだが、頭に兜もつけないで敵陣に切り込んで討ち死にする設定は、いただけなかった。 ところが、【レッド・クリフ PartI】では、これがうまくパクられて、 孫権の妹が女性の騎馬隊を率いて、夏侯淵の騎馬軍団を八卦陣に誘導するというシーンに使われている。 これもジャンヌ・ダルクのように颯爽たる【天と地と】の女性騎馬隊が欧米人にどのように好意的に受け容れられたかを綿密にマーケティング調査して、うまく印象的にパクリを入れたと考えるべきであろう。 ああ、パクパクパク。 何たるパクパク。 まったく卑劣だ。☆さて【レッド・クリフ PartII】でも主題となっているサッカーのシーン。 日本の蹴鞠をうまくアレンジしたなと思われるが。 【少林サッカー】そのものが出てきてしまったという感じだ。 あのような映画が出てくるというか、少林寺拳法がサッカーに生かせるというのなら、やってみたらどうか。 まったく現実味のないシーンだということ。 これもサッカー好きの多いヨーロッパ人たちに、東洋の古代にも蹴球の伝統があると主張したいわけだと思う。 その戦術的な意図はよしとするが、歴史的事実としては、後漢時代の茶道と同様に、まったくの捏造であるといわねばならない。 ウソ、ウソ、ウソ。そんなにウソを並べて何になるのだろうか。 何度でもいおう。ジョン・ウー監督の【レッド・クリフ】はインチキ嘘っぱち映画であり、中国史を破壊する駄作である。
Apr 28, 2009

【レッド・クリフ PartI】で気がつく問題点をさらに書きつづけよう。☆ジョン・ウー監督は英語化された日本映画はほとんど見ていると思うが。 ラブ・シーン、特にベッド・シーンは【トロイ】、【ラスト・サムライ】、さらには【ショーグン】からのパクリである。 孔明が呉に受け入れられていくプロセスも、三浦安針が徳川軍に参謀として受け入れられる【ショーグン】のプロットやモチーフをパクリまくっている。 シーンさえペーストしたようにコピーしている。 傷を手当しながら次第にエッチ・シーンになるというのも趣味が悪いが、【ラスト・サムライ】のパクリであることに間違いない。 「ああ、これパクリじゃないか」ということがわかると、本当に馬鹿馬鹿しくなる。 別に特別な映像表現をつくれとはいわないが。 安っぽいパクリはやめてほしい。☆さて【レッド・クリフ PartI】でも大きな目玉になっているのが音楽のシーンである。 ここで演奏されているのは、どうやら平家琵琶のパクリの旋律である。 中国の琴の楽譜は敦煌文書に唐時代のものが保存されていて、日本で解読され、演奏法も日本で再現された。 解読の手がかりになったのは、まさに唐朝から引き継いだ雅楽の文化と文献が日本に存在したからである。 笛の音に聞き入ったり、孔明と周愈が連弾したりするが。 これらのシーンは狂言師・野村萬斎の主演【陰陽師】二部作からのパクリであると思う。 近衛中将・源博雅のように、武将たちが音楽を演奏することにより、その知性を表現したいところなのであろう。 問題なのは日本映画のパクリだということだ。 中国人民には、こんなにも日本映画を下手糞にパクリ搾取している映画を見て、何が面白いのかと問いたい。☆【トロイ】でアキレスの部隊が上陸後にパパッと盾を並べて、壁をつくるシーンだが。 【レッド・クリフ PartI】では、同じように盾を並べて、それを簡単に打ち崩すということで、【トロイ】に勝利したという、変な自己満足の誇張になっていたわけだが。 別の映画【300】でも、盾並べのアクションはいろいろ表現された。 【レッド・クリフ】はすべてパクっている。 もともとはエリザベス・テイラー主演【クレオパトラ】のアレクサンドリアの戦いのシーンで、ジュリアス・シーザーのローマ軍中隊が盾を並べて長方体の戦車のような陣形「亀甲陣 タートル・フォーメーション」をつくるシーンがあるのだが。 【ルパンIII世・カリオストロの城】では、結婚式場に乱入した銭型警部を護衛するため、「正義はわれにありー!」「警部を護れー」と警官隊が同じように「亀甲陣」をつくるシーンがあるだろう。 これはパクリとしては、まあ笑えるし、許される範囲ではないか。 ところが【レッド・クリフ PartII】では、これが複数の陣形で登場している。 まるで豆腐の行列みたいに。 あれはまったく噴飯だ。 やめてほしいよ、こんな安っぽいパクリ。☆【レッド・クリフ PartII】の戦闘シーンは、主に上陸シーンの戦闘だが、これも別の映画【史上最大の作戦】から、かなりのシーンやプロットを転用している。 パクリ大魔王のウーちゃんも、ここはさすがに【トロイ】からパクるのはマズイと思ったに違いない。 アメリカ軍の軍事関係者から指摘してもらえれば確実だが、上陸後にドイツ軍の反撃で膠着状態になったオマハ・ビーチの戦闘で、決死の小隊が突撃して、ほとんど自爆攻撃のように敵陣地の真下にとりついて爆薬をしかける。 爆薬をしかけた軍曹も戦死するが。 これとまったく同じシーンが、中村獅童の自爆攻撃に再現されている。 ああ、これも別の映画のパクリだよ、とどれも笑ってしまうのが悲しからずや、だ。 ジョン・ウー監督の【レッド・クリフ】はインチキ嘘っぱち映画であり、中国史を破壊する駄作である。
Apr 27, 2009

■消費者庁誕生へ トラブル解決の“司令塔” 「命守ってくれる役所に」 消費者行政を一元化する消費者庁設置関連法案が17日、衆院本会議で可決され、年内にも消費者庁が発足する見通しとなった。 偽装表示、悪質商法、製品事故などトラブル解決の「司令塔」として機能するか。 製品事故の遺族も、縦割りではない消費者行政に期待を寄せる。(森浩) 「経済産業省はひろ君の命を守ってくれなかった。きちんと情報が集約されていれば死なずにすんだだろう」。 上嶋(じょうしま)幸子さん(55)は静かに語った。 上嶋さんは平成17年11月、パロマ工業製ガス湯沸かし器による一酸化炭素(CO)中毒事故で次男の浩幸さん=当時(18)=を亡くした。 経産省は、同様の事故が続いていたことを把握しながら、情報が共有されず、積極的な防止策を講じていなかった。 上嶋さんは「横断的に情報が集約・分析されていれば、事故は起きなかった」として、消費者庁設置を切望してきた。 衆院通過を控えた朝、仏壇に日課であるコーヒーを供えたとき、消費者庁が誕生することを報告した。 「こんな悲劇を味わう人は私だけで十分。命を守ってくれる役所になってほしい」と上嶋さんは祈るように語る。 消費者庁が扱う事案は、上嶋さんの事故のような「安全」、食品の産地偽装などの「表示」、悪徳商法などの「取引」に大別される。 これまでは、消費者から各自治体の消費生活センターに寄せられた相談や苦情は、国への通知義務などがなく、情報が完全に集約されていなかった。 消費者庁は、まず全国共通の電話番号を設ける予定だ。 苦情や不満などを感じた消費者がかけると、最寄りの消費生活センターに転送される。 センターに集まった情報は、消費者庁が設けるデータベースで共有され、再発や被害拡大を防ぐ。 「縦割りだった消費者問題の大きな受け皿となるのが消費者庁。全国から情報を吸い上げ、活用したい」と内閣府は説明する。 悪質な事業者には、立ち入り調査のほか、捜査当局へ刑事告発も辞さない方針だ。 「(架空の通貨『円天』を駆使するなどして約1260億円を集めた)L&G事件のような大型詐欺の早期発見につながるのではないか」(警視庁捜査員)と期待もある。 一方で課題もある。「地方の相談態勢が脆弱(ぜいじゃく)」とするのは、全国消費者団体連絡会の阿南久(あなん・ひさ)事務局長だ。 内閣府によると、全国の消費生活センターは586カ所(20年4月現在)で、都市部が中心だ。 相談員が1人だけという窓口も多い。 阿南事務局長は「センター新設や拡充の交付金は設けられたが、相談員の育成が進んでいない。消費者庁が機能するかは、いかに情報が集まるかにかかっているが、自治体によって対応にかなりの温度差がある」と指摘している。[産経新聞](4月17日22時42分配信)_________________■消費者庁法案が衆院通過、監視機関の人選焦点に 消費者行政を一元化する消費者庁設置関連法案の修正案は17日、衆院本会議で全会一致で可決、参院に送付された。 今国会で成立する見通しだ。 これにより、2009年度中の消費者庁発足に道筋がついたが、消費者行政の「縦割り」打破には、監視機関「消費者委員会」の人選などがカギとなりそうだ。 消費者庁は、消費者行政の「司令塔」として内閣府の外局として新設される。 2001年の中央省庁再編以降、行政組織の新設は抑制傾向にあり、新組織の発足は昨年10月の「観光庁」以来となる。 ただ、行政改革の観点から、消費者庁の予定職員定数204人のうち新規採用は6人にとどまり、残りは関係省庁から出向する「寄り合い所帯」となる。 出身官庁の顔色をうかがう仕事ぶりに陥らないよう、「消費者庁に骨をうずめる覚悟で来てほしい」(内閣府幹部)と意識改革を求める声が早くも出ている。 消費者庁の“お目付け役”となる「消費者委員会」が期待通りの役割を果たせるかどうかも課題だ。 与野党の修正協議の結果、委員会は消費者庁と同格となった。 委員も民主党の要求を取り入れた付帯決議で「すべて民間から登用する」とされた。 ただ、「民間」の定義をめぐる温度差もある。 野田消費者相は16日の衆院消費者問題特別委員会で「官僚出身でも3年ぐらい、消費者団体などでしっかり仕事をすれば民間登用と理解していい」と答弁。 野党側が「官僚出身者を容認するのか」と反発し、河村官房長官が17日の記者会見で「スタートにおいては民間の声をしっかり反映させる必要がある」と火消しに走る場面もあった。 付帯決議では民主党の主張を反映させ、10人以下とする委員のうち3人を兼職禁止としたほか、法律の施行後2年以内に常勤化を図ることも付則に明記したが、与党は「常勤にすると国会同意人事の対象となり、参院で主導権を握る野党が不同意とすれば空席が生じる」と消極的だ。[読売新聞](2009年4月17日22時55分)_________________★消費者庁の初仕事は、まず吉野家のようなヤクザ店員を雇うフランチャイズ・グループに是正措置を勧告することだな。 吉野家の社長はタルんだ社内を引き締めよ!
Apr 18, 2009

■「豚丼」はどこへ行く すき家は休止したが… ◇すき家の豚丼が休止に アメリカのBSE騒動で調達しにくくなった牛肉の代用で始まった「豚丼」。 そのメニューが、牛丼チェーンの一つ「すき家」から、姿を消すことになった。 代用とはいえ、ある程度定着したことから、惜しむ声も聞かれる。 豚丼はどうなるのか。◇「主力の牛丼とカレーを値下げするため」 一口に「豚丼」と言っても、牛丼チェーンによって呼び方が異なる。 吉野家では「ぶたどん」と呼び、今回販売を休止するすき家では「とんどん」と言っている。松屋では、「豚(ぶた)めし」だ。 そもそも牛丼屋の豚丼は、BSE問題で2003年末にアメリカ産牛肉が輸入できなくなったのがきっかけ。 安い同国産牛を使う牛丼チェーンがほとんどだったため、国産では採算が採れないなどと騒ぎになり、苦肉の策として「代用丼」が生み出された。 その性格から、各社で豚丼の呼び方が分かれているらしい。 その後、アメリカ産の輸入が再開され、牛丼が復活したが、多くのチェーンで、豚丼の販売が並行して続けられている。 しかし、ここに来て、すき家が、2009年4月23日から豚丼の販売を休止することを明らかにした。 ◇どうして販売休止に踏み切ったのか。 すき家を展開するゼンショーの広報室に聞くと、「休止が目的でも主でもありません」と困惑した様子。 そして、「今回の発表は、主力の牛丼とカレーを並盛で330円に値下げするのがメインです。 豚丼の販売休止は、それに付随するものなんですよ」と強調した。 同社によると、販売休止は、それによって仕入れや店舗作業を効率化して値下げ原資に充て、牛丼などをより求めやすい価格で提供するためだという。 値下げそのものは、店舗数が吉野家を抜いて日本一になったのを契機に、市場シェアを広げるのが狙いらしい。 ただ、ネット上では、お馴染みになった豚丼が食べられなくなることを惜しむ声も多い。 ミクシィの日記では、「え!すき家の豚丼がなくなるのはショック!! 」「牛肉あんまり好きじゃないのに^p^」といった書き込みが相次いでいる。 一方、ゼンショーには、「おいしかったので、ぜひ復活を」といったメールなどが10件ほど来ているという。◇「好きな方が多い」と吉野家は販売継続 代用丼と呼ばれた「豚丼」は、これまでどんな売れ行きだったのか。 すき家を展開するゼンショーでは、売り上げなどは発表していないといい、「大事なメニューであり、売り上げの中で一定比率はありました」と言うのみだ。 同じゼンショーグループの「なか卯」では、豚丼として「豚どんぶり」を販売していたが、オーストラリア産牛肉の使用で牛丼が復活したため、2005年10月で販売を終えている。 現在も豚丼を販売している吉野家では、BSE問題で牛丼がなかったとき、豚丼が主力商品になった。 その後、様々なメニューが出たが、同社によると、牛丼不在の中でも、定番として一番多く売れていたという。 06年9月に牛丼が復活し、その後通常通りの販売に戻ると、売り上げはもちろん牛丼が圧倒的に。 しかし、豚丼は、現在も牛丼に次ぐ2番手の売り上げになっている。 「味があっさりしていて、食べやすいという声をいただいています。牛丼よりも50円安いのも人気の理由ですね」(広報担当者) 豚丼も売れば、コストはかかる。牛丼の単品に絞り込んだ方が無駄はなくなり、高い利益率も達成できる。しかし、今後も販売は続けるという。「豚丼が好きな方が多いからです。牛肉の輸入がまた止まったときに、リスク分散になるという考え方もありますね」 豚めしがメニューにある松屋も、販売を続けるとしている。それは、ある程度完成した味になったからだという。 「豚めしは、幾度となく改良して、今の味にたどり着き、受け入れられるようになりました。牛丼の代替品のイメージがあるかもしれませんが、そんなことはまったくありません。値段がうちの牛めしより30円安いのも、魅力のようですね。牛めしが復活してから売り上げが減りましたが、今ではすっかり定着して牛めしの次の人気をキープしていますよ」 [J-CASTニュース] (4月17日11時35分配信) ★吉野家の店員教育はまったく噴飯ものだ。 閣下が食事中に突然、店員が勘定を取り上げる。 会計して、「580円です。」という。 仕方がない。払う。 するとだ。 お盆ごと片付けてもっていきやがる。 あのさ。 こっちは食べている途中なんだぜ。 すると、となりで「会計したいんですけど」というボケた声。 つまり、となりの人間と間違われてしまったのだ!!! ふざけやがって。 今度、吉野家の名前を聞いたら、ドアを蹴飛ばしてやる!!!
Apr 17, 2009
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