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今日も家族3人で箱根駅伝 復路の応援に行ってきました。
応援場所は8区の難所遊行寺の坂。
レースもいよいよ終盤のこの8区。優勝&シード権争いも次第に熱をおびてくる区間。
スタートから平坦なコースが続くが、浜須賀交差点で海岸線に別れを告げ、残 り9キロあたり
から徐々に上り坂に入るのです。
特にラスト5キロに待ち受けるこの遊行寺の坂が最大の難所。
また後頭部への陽射しがスタミナを奪い、後半の失速へと繋 がるのです。
意外にもタフで侮れないコースなのです。
選手と共に上空のヘリコプターが移動してくるので、選手が応援場所に近づいて
来るのが判るのです。
そして我が母校のW大は箱根の山下りで東洋大学を逆転して1位を取り戻し
その後リードを保って来たのです。
自宅で山下りをテレビで観戦していましたが、そのTOP争いは、胸が痛くなるような
抜きつ抜かれつの意地の戦いでした。そして我が大学の高野選手は転倒のアクシデントにも
動じることなく、18キロ過ぎに東洋大・市川選手を引き離し、逆転1位で襷をつないだのです。
選手の通過を待ちわびていると、日本テレビのテレビ中継車の1号車が通過。
そして7区でもリードを保ち8区の我が母校の北爪選手の爆走です。
道路の反対側には、遊行寺の難所のこの坂の死闘を中継するテレビカメラが。
応援する私の姿もテレビに映っていたのでしょうか?
遅れること1分強で追走する東洋大学・千葉選手
6位の中央大学・新庄選手。
我が同僚の1年生のご子息は7区にエントリーされていましたが、朝のエントリー変更で
4年生の選手に交代。来年には更に力を付けての激走に期待したいと思っています。
帝京大学と拓殖大学の熾烈な8位争い。
道路の反対側には帝京大の蛯名選手の出身校の青森・光星学院の応援の垂れ幕が。
持っているのはご両親でしょうか。通過後直ちにこの垂れ幕を片付け、足早で次の
応援場所に急いでいたのでした。
20選手がTOPから約18分で無事通過。
その後には自転車で追走する軍団が。
そして私達も足早にバスで帰宅しテレビで応援。
我がW大は見事に僅差の21秒差で逃げ切り、10時間59分51秒の大会新記録で18年ぶり
13回目の総合優勝を果たしてくれたのです。
昨秋の出雲全日本大学選抜駅伝、全日本大学駅伝に続く優勝で、90年度の大東大、
00年度の順大に次ぐ史上3校目の学生駅伝3冠も達成したのです。
それにしても、我が母校の勝利以上にシード争いには感動しました。
国学大がヒヤリとしながらも、念願のシード権を獲得したのです。最終10区は終盤、
8位以下4人の集団を形成。最後尾に付けていた國學院大學・寺田選手はラスト
300メートル付近でスパートし、一時は集団の先頭に躍り出たのです。
ところが、直進すべきところを右折してしまい、コース係員の誘導で復帰したものの大きく
ロス。
再び最後尾に沈んだが、最後の直線で猛スパートで1人抜き、10位になんとか滑り込んで
辛うじてシード権を獲得したのです。11位の城西大との差は、シード権争いで大会史上
最小の3秒。まさに「天国と地獄」の分かれ目だったのです。
今年も我が正月恒例の二日間の箱根駅伝応援も感動の中で無事終了。
今年も若い選手達の死にものぐるいの健闘を見せてもらい、若きエネルギーを注入して
もらったのです。
そして駅伝はやはり流れ。魂が流れているのだと実感。
魂が見事につながった今年の駅伝は、応援する者としても忘れないと年となったのです。
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