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今回の沖縄旅行の最後の訪問地は『識名園』 。
識名園入り口。
チケットを購入し内部へ。
2000年に世界文化遺産に登録。
道は石畳により舗装されていて、木々の生い茂る中を進んでいきました。
識名園の番屋とガジュマルの根。
順路通りに進むと右にあるのが通用門。
相方積みで綺麗に整えられた石垣の間に、木造の門がしつらえてあります。
屋根は定番の赤瓦。この門は賓客以外の一般の人達が出入に利用。
逆光でしたが。
更に少し奥に行ったところにあるのが同じような造りの正門。
少しだけ通用門よりも大きめ。こちらは来賓、王族専用とのこと。
育徳泉。
石組みの上の段には石碑がおかれていて、右が1800年尚温王の冊封正使趙文楷が
題した育徳泉碑。左は、1838年に尚育王の冊封正使林鴻年が題した「甘醴延齢碑」。
両方共大戦で一部破壊されてしまったために、1980年に拓本を元にして再現。
識名園では、「心」の字をくずした池の形(心字池)を中心に、琉球風御殿や、
築山、花園などが築かれていました。
御殿(ウドゥン)が前方に。
識名園御殿から望む庭園。
琉球王家最大の別邸で、国王一家の保養や中国皇帝の使者である冊封使(さっぽうし)の
接待などに利用された。18世紀の終わりごろに造営され、池の廻りを歩きながら
景色の移り変わりを楽しむことを目的とした「廻遊式庭園 (かいゆうしき庭園)」。
琉球王国当時の上級階級が住んでいた民家のような造りで、約159坪の赤瓦木造の平屋。
家の周りを板張りの廊下が囲んでいました。
廊下までは自由に上がることができ、廊下に腰をかけて庭園を眺めながら、
のんびりとした時間を過ごすことが出来たのです。
池の向こうに見えたのは六角堂。
少し反り返り気味の屋根はいかにも中国風。以前はこの場所に普通の四角形の東屋が
立っていたようで、堂内には古い写真と書に興味深い文が書かれていると。
石橋。
御殿から出て池を渡る道を行くとアーチ状の石橋た二つ掛かっていました。
同じような造りですが手前のものは整形されていない石で組まれていて、
奥のものは綺麗に加工された石が組まれていました。
石橋の上からは、御殿の建物のいくつかの美しい屋根が並んでいる様子を
見ることができ、それが池の水面に映り見事な景色。
そして池の周りを周遊。
石橋越しの御殿も絵になる風景。
二連の石橋を再び。
池の水面にはアメンボの集団が。
船着場。
池で舟遊びをした時に船を揚げる場所。
識名園の見学を終え那覇空港へ。
ターミナルビル出発ゲートの南北に設置されていたステンドグラス。
沖縄らしい絵の、彩色豊かなステンドグラス。ブルーの色が涼しげに感じられた。
そしてこの便で羽田空港へ。
天候にも恵まれ、沖縄にある全ての世界遺産と日本百名城に登録されている3城を
訪ねる格安の旅を、旅友と大いに楽しむ事が出来たのであった。
そしてこの時期、「慰霊の日」を間近にした中で、太平洋戦争における「唯一の本土決戦」
とも言われる沖縄戦の悲惨な現実を再認識しながら、戦争が終わって70年、
しかし、あの戦争を体験した人にとっては戦争はまだ終わっていないという現実も
多くの遺跡やパネル、ビデオから強く感じたのであった。
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