JINさんの陽蜂農遠日記

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2019.03.10
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カテゴリ: 海外旅行
この日はポルトガル旅行6日目・観光の最終日。
7時前に我が部屋からの朝焼けを楽しむ。



デージョ川も見えた。



リスボン郊外。



そして朝食。



朝食会場から。



この日の太陽が姿を現す。時間は7:45。



高層アパートにも陽光が。



ヴァスコ・ダ・ガマ橋 (Ponte Vasco da Gama)も確認できた。

リスボン近郊のサカヴェン (Sacavém) とモンチジョ (Montijo) を結ぶ。
全長は 17.2km あり、ヨーロッパで最も長い橋として知られている。
1995 年に着工され、リスボン国際博覧会開催直前の 1998 3 29 日に開通。
ヴァスコ・ダ・ガマ橋という名前は、航海者ヴァスコ・ダ・ガマのインド到達 500 周年を


2連泊のホテル ラマダ リスボン(Ramada Lisbon) のフロント。



ホテル 入口。



この日のリスボン市内観光の最初の『ベレンの塔』を目指しバスは進む。
この日も快晴。気温も高かった。
アフォンソ・コスタ通りの立体交差の地下に入る。




ショッピングモール・Centro Comercial do Campo Pequenoが右手に。



クレーンを利用し高所での塗装工事中。



ビルの壁には抽象絵画も。



緊急車両??の駐車場か?ポルトガルの電話番号は警察、消防とも112。



アグアス・リブレス水道橋( Aqueduto das Águas Livres)が前方に姿を現す。



アグアス・リブレス水道橋はローマ時代の水道橋を思わせたが、建設されたのは
1748年のことだと。エドゥアルド7世公園からカンポリデ駅(Campolide)方面に
進むと橋が見えて来た。1748年につくられた橋は、当時は上を歩いて渡ることができたが、
アルベスという名前の連続殺人犯が橋の上から犠牲者を投げた事件により現在では
封鎖されていて歩いて渡ることができないと。



シントラ線(Linha de Sintra)のCampolide駅。



アグアス・リブレス水道橋の下を通過。



高速A5を走る。



丘の上に立つアパート群。



N117とのIC。



「多様性の中の統一 Bhinneka Tunggal Ika」の文字が刻まれていた。
下にはインドネシアの文字も。調べて見るとインドネシアの国章、ガルーダ・パンチャシラ。
神鳥ガルーダが抱える盾に描かれた5つのエンブレムは、パンチャシラの5原則を示すと。
①唯一神への信仰
(無宗教はダメというだけで、イスラム教しか認めないということではない)
②公正で文化的な人道主義
③インドネシアの統一
④合議制と代議制における英知に導かれた民主主義
⑤全インドネシア国民に対する社会的公正
であると。インドネシア関連の建物であったのだろう。



シントラ線(Linha de Sintra)の電車がバスの横を。



The combatants Overseas Monumento aos Combatentes do Ultramar。
1961年から1974年の海外戦争中に亡くなったポルトガル軍の兵士たちに捧げられた記念碑。
アフリカでの長年の紛争で亡くなった各兵士の名前が記念碑を囲む3つの壁に刻まれていて、
亡くなった兵士の永続的な記憶を約束してその中央下部で炎が燃え続けていると。



そして『ベレンの塔』が車窓に姿を現す。



バスを降り観光開始。
この日のリスボン観光の現地添乗員は、ポルトガル人と結婚され、この地に25年在住の
日本人女性そして若い女性が研修生?として同行。
リスボン(ポルトガル語: Lisboa)はフェニキア語から派生した「安全な港」を意味すると。
サカディラ・カブラルとガーゴ・クーチホ記念碑に到着。
(Sacadura Cabral and Gago Coutinho Monument)。
ベレンの塔横のトーレ・デ・ベレン庭園の東側エリアにある水上飛行機のモニュメント。
これは南大西洋を縦断し南米まで飛んだサンタ・クルス号のレプリカ。



1922年6月にポルトガルの海軍士官、サカディラ・カブラル操縦士、ガーゴ・クーチホ航法士
らが、ポルトガルのリスボンからブラジルのリオ・デ・ジャネイロまで横断飛行に成功した事を
記念して作られたのだと。 飛行距離は8383km、飛行時間は62時間26分であったと。
ちなみに本物の機体は海洋博物館に展示されていると。



ベレンの塔 (Torre de Belém) の構造図


                    【るるぶポルトガル】より

そして正面に『ベレンの塔』。
16 世紀にマヌエル 1 世によってヴァスコ・ダ・ガマの世界一周の偉業を記念して作られた
テージョ川の船の出入りを監視する目的の要塞である。建築様式はマヌエル様式である。
ベレンの塔はリスボンのベレン地区にある塔で、「リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔」
の構成資産として世界遺産リストに登録されているのだと。




正式には「サン・ヴィセンテの砦(Torre de São Vicente)」 と言うのだと。
「テージョ川の貴婦人」と称される優美な石造りの塔。
テージョ川側の先端部をズームで。



塔の屋上部。
四隅にあるのが見張り櫓。



見張り櫓をズームで。



右に廻り込んで。
内部を見学できる桟橋もあったが・・・。



更に廻り込む。



塔は堡塁部分が2層、地上部分が4層。屋上部分は展望テラスとして利用されていると。
堡塁1層目:地下牢。最下層に位置し、潮の干満さを利用した水牢、時間帯や天候により
      海水が入り込む仕組みになっている。当時、政治犯が多数投獄され
      幽閉生活を送っていたと。
堡塁2層目:砲台。四方を見張るいくつもの大砲が置かれたスペース。現在は模型を展示。
      軍事的な遺跡としての歴史を偲ばせる。
地上部分は4層構造で
1層目は兵器倉庫:大砲用の火薬などテージョ川からの侵入者に備えた兵器が保管された場所。
2層目は国王の間:王の居室、3面に渡る外壁に張り巡らせたアーケード状の柱廊はレリーフが
          美しい。
3層目は謁見の間 : 王家一族が使者や家来たちの謁見を受けた公式の部屋。
4層目は礼拝堂 :航海の無事を祈った空間。天井にはマヌエル様式が施されている。
5層目はテラス  :テージョ川からの侵入者を見張る櫓としての機能。



今回は見ることが出来なかったが、テージョ川から見ると、このように見えるのだと。
3層目のテージョ川側には外壁に張り巡らせたアーケード状の柱廊が。

「ベレンの塔」の画像検索結果
             【https://worldheritagesite.xyz/contents/belem-tower/】より

正面から
真ん中には聖母マリアの像が。

「ベレンの塔 模型」の画像検索結果
 【http://theageofdiscoveryinportugal.blogspot.com/2017/09/torre-de-belem.html】より

ロータリークラブが設置したベレンの塔の縮尺模型も。



テージョ川に架かる4月25日橋(Ponte 25 de Abril)、クリスト=レイ像 
(Santuário Nacional de Cristo Rei)を見る。



前日も見た4月25日橋とクリスト=レイ像をズームで 。



クリスト=レイ像 (Santuário Nacional de Cristo Rei)を更にズームで。



バスに戻りながらサンタ・クルス号のレプリカを再び。



前方に『発見のモニュメント』が見えたのでズームで。



『ベレンの塔』と『発見のモニュメント』の間にはヨットハーバーがあり
『発見のモニュメント』への川沿いの連絡道は途中で途切れていた。



中央が連絡道を分断しているテージョ川に繋がるヨットハーバーの出口。



                   ・・・​ つづく ​・・・





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Last updated  2019.11.01 23:45:50
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