鈴木藤三郎が今市の報徳二宮神社に報徳全書を奉納した時の『願文』
願 文
報 徳 社 徒 不 肖 藤 三 郎 誠 恐 誠 惶 謹 で 二宮 尊 徳 先生 の 神霊 に 白 す。
恭 く 惟 れば 先 生 畢 生 唱 道 し 給 へる 報 徳 の 教 義 は 洋 の 東 西 を 論 ぜず 人 種 宗 教 の 如 何 を 問 はず 古 往 今 来 幾 千 万 歳 を 経 るも 凡 そ 世 界 に 生 存 する 人類 に 於 て 貴 賎 貧 富 男 女 老 幼 の 別 なく 允 に 克 く 遵 守 せざる 可 からざる 要道 にして 若 し 之 れ 無 くば 人 道 廃 頽 して 民 衆 安 息 すること 能 はざるなり。 先 生 の 世 に 在 すや 憂 国 の 至 誠 外 に 溢 れ 熱 血 の 注 ぐところ 感 奮 興 起 せざる 者 なく 済 世 恤 民 の 良 法 諸 州 に 亙 って 其 効 実 に 顕 著 なり。 而 して 其 実 践 躬 行 の 跡 は 歴 々 として 先 生 の 遺 書 に 存 し 其 書 殆 ど 万 巻 を 以 て 算 す。 然 りと 雖 も 之 を 知 る 者 多 からず。 知 らざれば 行 うこと 能 はず。 行 はざれば 世 を 済 ひ 民 を 理 すること 能 はず。 是 猶 名 玉 を 懐 中 に 蔵 するが 如 し。 豈 痛惜 せざるべけむや。 是 を 以 て 令 孫 尊 親 先 生 の 允 許 を 得 て 之 を 謄 写 せしめ 全 部 九 千 巻 を 得 たり。 之 を 二 千 五 百 冊 と 為 し 文 庫 一 宇 に 収 め 併 せて 之 を 神 社 に 奉 納 し 衆 庶 の 熱 覧 研 究 に 備 ふ。 将 来 幸 に 有 志 の 士 之 を 繙 き 明 晰 なる 識 見 を 以 て 先 生 の 教 旨 を 解 釈 し 熱 誠 以 て 之 を 世 に 拡 張 し 忍 耐 以 て 実 践 して 息 まざらば 民 風 頓 に 興 り 富 強 期 して 埃 つべし。 仰 ぎ 冀 くば 先 生 が 神 霊 の 冥 護 に 依 り 人 類 必 至 の 要 道 たる 報 徳 教 義 の 広 く 天 下 に 普 及 し 真 正 なる 文明 の 実 を 見 るを 得 んことを。