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2021年07月12日
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カテゴリ: 鈴木藤三郎
「人が今日社会にいるのは天地の恵みは申すに及ばず、皇恩、父母の恩、その他先人の遺徳によって、今日かくのごとくにしておられるのである。例えば大学者がここにできましても、先人から学問を遺されてなければ、学ぶことができない。その他すべて政治でも、実業でも、このごとくである。そういう訳で、どうしても 人は生まれながらにして、既に大変な恩を受けている のである。 故にその恩に奉じなければならぬ。それが人の道 である。ただ己れがためにするということはいけない。 既に受けている恩沢に報いるということをもって、生涯勤めなければならぬ。これがすなわち報徳である 。」


「斯民」第2編第10号(明治41年1月7日)<読みやすくするため漢字、ふりがな等改めた>
「報徳の精神」 鈴木藤三郎 (同13ページ)
(本稿は上野東京音楽学校の講堂に開催せられたる第1回報徳婦人会における鈴木評議員の講演を筆記したるものの概要なり。)
私は多年二宮尊徳翁を尊信する者でございます。今日この会を催しますにつきまして幹事諸君から何か話をせよとのお勧めを受けました。けれども私は元来こういう所で皆様にお話をするような身分でもございませぬので、強いてお断りをしておきましたが、どういう間違いかやはり私がお話をするようなことに通知をせられました。実は私もはなはだ迷惑なことで、また私の迷惑よりは聴衆諸君のご迷惑と思います。しかしながらいったんご通知をしたものであるし、簡単でもよいから何か出てご挨拶をするようにということでよんどころなくここへ出ました。
それで報徳の精神ということは前席に一木博士から懇々ご演説もございましたが、この二宮翁の教えは偉大なるもので、私のような無学短才の者が、その精神をお話することは固よりできませぬ。ことに私のは、はなはだ卑見であって間違ってもおりましょうが、ただ自分が多年信じておりまして、いささか短かい才をもって研究した。いわゆる自己流の法ではないかと思うことのみをつまみまして少しくお話を申上げます。

そのくらいな事では決してこれを解釈した訳ではございませんが、とにかくその当時私が思いましたのは、このごとくであります。それで私は然らば今後どうすればよいか、報徳ということの真の大義をやりたいものである。これはそうなくてはならぬというだけの考えは起こりましたけれども、さてこの報徳の道は前席にお話のあった通り、二宮翁の教えは実行を貴ぶ。ただその道理が分かって、それに感服したからとて、報徳という訳にはいかぬ。どうかそれを己れの身分相応に自分の執る仕事の上に、それを実行して行かねばならぬ。こういうことになって参りました。それで自ら行う時に至ってはどういうことにすればよいか。二宮先生は野州桜町に行かれた時に、小田原侯から用金をお遣わしになって、4千石の領地復興を命ぜられた。その時に二宮先生は「金は要らぬ。金は持っていかなくても、仕事は確かに引き受けてやる」と言われた。そうすると小田原侯が「今まで誰が行っても、しかも金を沢山入れてすら、興らなかったのである。それを金なしに、この荒蕪を興すというは、どういう訳か」とお尋ねになった。その時に二宮先生は「荒地は荒地の力を以て開きます」野州桜町なる4千石の領邑はほとんど荒地になっている。本当の貢のあるのは800俵ほかなかったという。それを興復するのは大事業である。然るに
「決して金は要りませぬ。この荒蕪を興すには、荒蕪の力を以て興します。我が邦(くに)が開闢以来今日までに開けたのは、決して外国から金を入れたということはない。やはり我が邦は我が邦の力を以て開けたのである。で、この開闢元始の道に基いて、4,000石の興復をいたいますから、金は要りませぬ」というて家財諸道具売払帳という帳面もありますが、それはその時に先生が家財から垣根に至るまで、一切を売却しそれを資本として、あの事業をなされた。それから「荒地は荒地の力を以て開くだけでは分からない。その仕方はどういうふうにするのか」というて尋ねますと、まず始め元資金として仮にここに1円ある。その1円の金をもって、1反歩の荒地を開く。そうすると、たとえばそえから米が2俵取れる。その2俵取れた中の1俵を明年の開墾費に投じて、また1反歩の土地を開く。そうするとその翌年になると2反歩から得るものはすなわち4俵である。4俵得ればその中の2俵を開墾費に充てて、翌年開墾すると、今度は4反歩の開墾ができるというようなことで、いわゆる一木博士のいわれました、推譲を行うのでございます。そうして年々歳々このごとくして行くと、初め1円の金を元としたのも、61年目には非常に大きな開墾ができあがる。私はちょっと数字を記憶しませぬが、ほとんど日本全国の荒地を悉皆(しっかい)開くことができる。こういうことをば、ハッキリと数字に挙げて、教えにやっておったのでございます。私は岡田良一郎先生、その他先輩の方々につきて、そういうものの写本を見せていただき、またお話をも伺いました。それから自分が考えまするに、もし農業が本職ならば、直ちにそれを応用してもできたのでありますが、私は小さい町の町人でございました。別に田地を持ってもおりませず、また農業には少しも経験がありませぬ。これは農業のみではあるまい。天下の事業、すべてこの通りでなくてはならぬ。この精神をもって、この法に基づいて、どうか自分が実行してみたいという念が、その時に起こりました。その時私は親から受けました所の、小さな駄菓子屋をしておりましたので、まずもってこれに当ててやってみたいと思いまして、それから明治10年1月1日を紀元といたしましてどうか今後この教えに基づいてできる限り世の中に働いて見たいと、こう思いました。それからただいま申した荒地開闢の方法を、まずその小さなる菓子の事業に応用する積りで、10年から14年までに至る5年間の予算を立てました。そうして1月1日から実行いたしました。そのことは細かに申すと長くなりますから申しませぬが、5年の後、すなわち明治14年の大晦日にどうなったかと申しますと、明治9年までは、わずか1年間の売上高が1,350円ほかない。そうして資本金が265円である。然るにその法を自分で極めてやった14年の暮れまでには売上高が1万2千円余円になりました。そうして資本金が1,350円と増加いたしました。それで私はこれはよいと、こう思いましたけれども、これはただ自分の考えから、農業の方で明らかに計算してあることを、こういう仕事の方へ、私が変用したのでございますから、確かなるものではございませぬ。そこで先ずもってこれは先輩に鑑定を請うたがよいと思ったので、5年間の帳面を集めまして、岡田良一郎先生の所へ、年礼に参った時に、その訳を段々お話して、ご覧にいれましたところが、その時に岡田先生から「至極面白い。こういうふうに応用したのは、お前がまずともかくもここでは初めてである。この通りでよいから、折角やるがよい」というて、やや許可を得ました。それから私はその後段々砂糖をやりましたり、いろいろやりました。それですからすべて何事業でも、こういう報徳の心を心としまして、この方法に則りてやりましたならば、大きく申せば天下の事業、すべて成らざるものはないと、大いに私は信念を深くしました。それから世間様ではどう見られるか知りませぬが、私はともかく今日まで30年間、まずその方針で参ったのでございます。これは私自身のはなはだ拙い事をもって、皆さんにご披露するようなことではなはだ恐縮でございますが、私は固より先刻申し上げる通り、何の素養のない者でございますから、ただ自分の工夫の少しばかり履んだことと、その当時考えましたことだけを、かいつまんで申し上げたわけでございます。
 で、この報徳は、ひとり事業のみでございませぬ。この精神を天下の政治に用いますれば、国家は富強になり、またこれをいずれの事業にでも用いて、この精神でもって活動しますれば、事として成らざることはないと思います。また一家内においても、この精神をもって行いましたならば一家和合して必ずその治まりはよいと思います。実にこの報徳は万能丸であります。二宮先生がいわれるに「我が道は神儒仏三味一粒丸であるから、この報徳という丸薬を服用する時は、いかなる困難もたちどころに免れる。いかなる貧賎も富貴に転ずる。いかなることでも、この報徳という丸薬を飲めば解決が付く」とこういわれております。但しこの丸薬ははなはだ飲みにくい。至ってまずい薬で、飲む時にはまず己に克って己を虚にして、強い決心をして飲まぬとまずくて飲めぬ。そこでとにかくこの丸薬を飲む人は少ないので困るが、これを飲めばいかなる病根でも絶つということを二宮翁がいわれたことを、先輩から聴いておりますが、どうかこのごとき妙薬でございますから、ご婦人方にも、少し苦いけれども、お用いになることを私はお願いいたしたいのでございます。あまり長くなりますから、これで終わります。(拍手)





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最終更新日  2021年07月12日 17時05分43秒


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