じゃくの音楽日記帳

じゃくの音楽日記帳

2009.07.13
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井上喜惟(ひさよし)指揮、ジャパン・グスタフ・マーラー・オーケストラ(JMO)の第7回定期演奏会で、マーラーの交響曲第6番を聴きました。7月12日、ミューザ川崎。

このオケは、井上喜惟氏のもとにマーラーの全交響曲を演奏すべく、2001年に結成されたアマチュアオーケストラです。井上氏はベルティーニの弟子だそうで、マーラーには格別な思い入れがあるようです。その井上氏に賛同して結集したオケですから、まさにマーレリアンオケですね。1~2年に1回のペースで、6番に始まり、10番からアダージョ、5番、3番、1番、2番、そして今回再び6番が取り上げられました。

僕は5番以降の演奏会を聴いてきました。これまで聴いてきた井上氏のマーラーは、5番、3番は、極度に遅いテンポで、奇をてらわず、音楽が淡々と流れていくような印象がありました。

テンポが遅いマーラーというと、普通は、細部へのこだわりというか、濃密な感情表現というか、どこかをことさら強調したり粘ったりなどのデフォルメ(変な表現かもしれません、すみません)が多いというイメージが、あると思います。バーンスタインや、エッシェンバッハなどがその成功例で、僕はこういった方向のマーラーは大好きです。しかし井上喜惟氏は、テンポは遅いのですけれど、これらとはまったく違う路線です。ただひたすら遅いだけで、デフォルメをしません。もちろんテンポの微妙な変化や揺れ、フレーズの終わりのタメなどはありますが、それはとても自然な、節度をこころえたものです。ともかくゆったりと、淡々と、音楽が流れていくのが井上氏のマーラーの特徴と思います。大見得を切る歌舞伎的な演奏のマーラーではなく、能のようなマーラーという感じ。特に3番の第三楽章や第六楽章はその美質が充分に発揮された名演でした。

その後に演奏された1番や2番では、テンポはそれほど極端な遅さではなくなってきました。妥当なテンポの中で、ふと、ときおり歩みを遅め、目立たない部分を丁寧にやさしく美しく歌ってくれて、「温かい血の通ったマーラー」という感じがしました。たとえば1番の第2、第3楽章それぞれの中間部など、とても美しい瞬間が多々ありました。

もう井上氏は極度に遅いテンポはとらなくなったのだろうか、さて今回の6番はどうなるんだろうかと、楽しみにして臨みました。

きょうの演奏会は、はじめに歌曲集「さすらう若人の歌」が、蔵野蘭子さんの独唱で歌われました。蔵野さんは井上喜惟氏の信頼あついようで、昨年の復活、それからプロオケであるジャパンシンフォニアともマーラーの4番、ショーソンの「愛と海の詩」などで共演されています。演奏は、極めて遅いテンポで、蔵野さんの歌は静かに味わい深く、とても素晴らしかったです。

休憩のあとの6番、これもまた、極度に遅いテンポでした。井上氏らしく、激しいテンポ変化などはとらず、丁寧で、内的に充実した演奏でした。第二楽章アンダンテの充実振りは特筆すべきで、テンポ設定も素晴らしかったです。前回のレック/東響のマーラー6番の項目で書いたアンダンテ楽章の後半のテンポは、早くならず、遅すぎもせず、ぼくにとってほぼ理想的なテンポで、美しく歌われました。

最終楽章も終始おそいテンポで、良かったです。序奏部、第一主題部だけでなく、勇壮な跳躍主題が活躍する第二主題部(練習番号113~116)も遅い。ここは僕としてはバルビローリ盤のような遅さが好きです。そのような演奏に接することは殆どないのですが、今回はバルビローリ盤に匹敵するような、じっくりとした遅い足取りで、とても満足しました。



こまかなことを幾つか書いておきます。ハンマー、トロンボーン隊、カウベル、鐘についてなど、です。

まずハンマーの打撃は2回。ハンマー本体は、普通の感じの大きな木槌でした。ハンマーが叩く台が、ユニークでした。なんと木の切り株がそのままおいてあって、それをハンマーで上から叩くんです。切り株の直径はそれほど大きくないので、重いハンマーを正確にうち下ろすのは難しかったと思いますが、体格の良い男性奏者がきれいなフォームで見事にうち下ろしていました。(音は、僕の席からは良く聞き取れませんでしたが。。。)

そして、1回目のハンマーの打撃にすぐ引き続くトロンボーンの咆哮が、破壊的なパワーが絶大でした!スコアではここは、トロンボーンが吹く長い音符としては全曲中で唯一、fffの指示があるところです。(ハンマー2回目の打撃のところではffの指示。あと短い音符には終楽章のほかの箇所にfffの指示が少しありますが、長い音符にはここだけです。)したがって、ここでトロンボーンはパワーを全開し、全曲中最大にするところなのですが、そのパワーの凄かったこと!音量といい、重くひしゃげたような音色というか音圧というか、すべてを破壊し尽くすような凄みに、圧倒されました!トロンボーン隊、あっぱれです。(このオケのトロンボーン隊の底力にはいつも感心していますが、ここをはじめとして今回も素晴らしかったです。)

そうそうカウベルのことを書かないと。今回のカウベルは、第一・第四楽章の舞台裏での鳴らせ方に、井上氏の独創的な工夫がありました。普通は、舞台の下手、(あるいは上手)の1箇所のドアをあけて、その裏でカウベルが鳴らされますね。今回は、舞台の下手と上手、両方のドアを開けて、左右それぞれの舞台裏からカウベルが鳴らされたのです!このような「舞台裏の両翼配置」に接したのは初めてでした。やや強めに鳴らされたカウベル音が、舞台裏からステレオ的に、ホール全体に響きわたりました。その響きはとても美しく、豊かでした!

しかし第一楽章ですでにこれほど美しく豊かに鳴らされてしまうと、アンダンテ楽章の舞台上のカウベルがどうなるのか、逆に心配になりました。開演前にあらかじめ確認したところでは、舞台上には、左右の2箇所に2個ずつのカウベルが置いてありましたので、一応複数箇所配置ではありましたが、吊り下げ方式ではなかったし、この4個だけで、あの豊かな響きに匹敵する、あるいはそれ以上の響きを出せるのだろうか、といささか心配な気持ちになったんです。

そして迎えたアンダンテ楽章。舞台上のカウベルは、かなり控えめに鳴らされ、特にどうということもない響きで終わってしまい、肩透かしをくらった感じでした。これは一体・・・・。

井上氏は敢えて、カウベルをアンダンテ楽章ではなく、両端楽章で美しく響かせることに専心したのでしょうか。だとすれば、その狙いは大成功です。これはこれでユニークでおもしろい試みかもしれません。舞台裏、すなわち遠い世界のカウベルが夢のように美しく、舞台上、すなわち今ここがその場所であるはずの平安なユートピア世界のカウベルが、味気ない音。そうすることで、ユートピア世界が現実にはありえない世界だという意味を、逆説的に強く浮かび上がらせようとした?(考え過ぎか?)

しかし僕としては素朴に、やはりアンダンテ楽章のカウベルは、両端楽章よりも前向きな意味を持った、存在感を主張する響きとして、しっかり響かせて欲しいと、思います。

カウベルについては、今回はこのくらいにしておきます。ともかく両端楽章に限って言えば、これほど美しく印象的なカウベルは聴いたことがなく、貴重な体験でした。

なお終楽章での舞台裏の鐘も、いい音色でした。どういう鐘を使ったのかは見てはないので想像ですが、音色からは、板状のものを打っていたのかなと思いました。しかも井上氏はここでも、一工夫みせてくれました。通常は、舞台裏のカウベルと鐘は同じような場所で鳴らされ、それらの音は同じドアのところを通ってホールに抜けてくることになります。しかし井上氏は、カウベルと鐘をわざわざ違うところに配置するという細心さでした。すなわちカウベルは舞台の左右のドアの裏で鳴らしたのに対して、鐘は2階左側の客席のドアを開けて、その外で鳴らさせていました。つまり鐘の音がカウベルよりも高い位置から響いてくるように工夫していたわけで、その効果はかなりありました。

昨年の復活のときも、詳しくは省きますが、井上氏は、舞台の外の空間の使い方に関して、細心な注意を払って、ミューザ川崎の構造・空間特性を生かした、かなり効果的な音響を実現していました。井上氏は、空間の中での音の響かせ方に関して、繊細な感性と新鮮な発想があって、すばらしいと思います。








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Last updated  2009.07.14 01:14:04
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