じゃくの音楽日記帳

じゃくの音楽日記帳

2009.12.06
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指揮:井上道義
メゾ・ソプラノ:バーナデット・キューレン
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団(NJP)、オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)
女声合唱:金沢・富山マーラー特別合唱団
児童合唱:OEKエンジェルコーラス、AUBADEジュニア・コーラス

28日土曜日は金沢で15時開演です。東京を朝出発し、上越新幹線、特急はくたかと乗り継ぎ、はくたか車内で「ます寿司弁当」(写真)を美味しく食べて腹ごしらえも万全で、予定通り金沢駅に到着しました。駅の目の前にどっしり鎮座しているのが石川県立音楽堂です。ここに初めて来たのは忘れもしない2002年秋、シャイー&コンセルトヘボウのマーラー3番のときでした。大ホールとしてはやや小ぶりで、良く響くホールで、コンセルトヘボウは実に良い鳴りっぷりで、あたたかな極上の3番に酔ったひとときでした。恥ずかしながら、そのときひそかに自分が詠んだ一句です。

秋ふかし オケが鳴るなり 音楽堂

お粗末。ところで確かこのときは平日の夜の公演でした。午前中仕事をして、午後東京を発ち、夕方金沢入りしてコンサートを聴き、そのあと夜行寝台列車に乗り東京に朝到着し、そのまま仕事に行くという強行軍でした。コンサートのみならず、もう今は廃止されてしまった寝台列車の旅も懐かしく思い出します。



演奏は、冒頭のホルンからパワーが充満していて、元気ある第一楽章でした。コンマスのソロは少しひかえめの感じでした。第一楽章が終わったところでちょっとしたサプライズがありました。コンマスとトップサイドが席を入れ替わったのです。そればかりか、大半の弦の各プルトも、左右の席、つまりオモテとウラが一斉に入れ替わりました!管楽器も、多くのパートでごそごそと席の入れ替わりがありました。あとでわかったことですが、これはOEKとNJPのメンバーが入れ替わったのでした。コンマスはじめ弦楽器奏者のオモテと、各種の管楽器の1番奏者を、第一楽章ではOEKが担当し、第二楽章以下ではNJPが担当したというわけです。合同演奏会なのでどちらも平等に、という趣旨なんですね。もっとも、入れ替わった時には聴衆の側としては何がどうなったのかわからないので、このあともしかして楽章毎に毎回入れ替わるのかなぁ、だとしたら落ち着かないなぁ、などいろいろ心配しながら聴くという、ちょっとドキドキの(^^;)聴体験でした。(あとでプログラムを良くみたら、ちゃんと「第1楽章はOEK、第2楽章以降はNJPが第一パートを演奏いたします」と断り書きが書かれていました。)

第三楽章は、ポストホルンがかなり不調で、少々興がそがれました。しかし、それよりも巨大な驚きが、第三楽章最後近くに待っていたのでした。

第三楽章の最後近く、ポストホルンが遠くに消え去っていったあと、にわかに盛り上がっていき、ホルンとトロンボーンの深々とした斉奏が現れる楽節(練習番号30,31)がありますね。この楽節の始まりのところで、急に舞台横のドアが開けられたのです。それを見た瞬間、僕の胸中に不吉な思いがざわめき起こりました。まさか、それだけはやめて、という思いもむなしく、その不吉な予感が的中してしまいました。ホルンとトロンボーンが斉奏しているまさにその場面で、合唱団が続々と入場しはじめてきたのです!女声合唱団は舞台上の一番後ろに、児童合唱団はステージの後方の高いところにあるパイプオルガンの前のスペースに、続々と入場して来ます。そして女声合唱団に混ざって独唱者も入場してきました。第三楽章の最後で音量が大きく盛り上っている頃には、独唱者は舞台の奥の中央に立ってスタンバイし、合唱団はそろって着席しました。

この結果、第三楽章が終わったときには、声楽陣はすべてしかるべき位置に入場し終わり、そのまますぐに第四楽章が開始できる準備が整っていたというわけです。しかも独唱者が入場するときに拍手が湧き起こる事態を回避できる、というメリットもあるわけです。井上道義氏は、そういったメリットを生かそうとしてか、第三楽章と第四楽章の間でほとんど間合いを取らず、ほぼアタッカで第四楽章を開始しました。

この曲の演奏において、合唱団や独唱者の入場のタイミングや、起立・着席のタイミングは、小田原フィルのところでも少し書いたように、指揮者のいろいろな工夫や考え方がみえて、興味深いところです。今回の井上氏のとった方法は、実に大胆不敵ともいうべき、なんと第三楽章の演奏中に全声楽陣を入場させてしまう、という方法でした。このような方法に遭遇したのは初めてです。(ごく稀に、似た方法は目撃しましたが、全声楽陣というのは初めてです。)そしてこの方法は、僕としては非常に不満です。これでは音楽が、台無しです。

音楽から視覚的なイメージが喚起されることは僕は少ないんですけれど、この第三楽章最後近くのホルンとトロンボーンの斉奏については、なんとなくイメージが湧いてきます。夢見るように美しいポストホルンが遠くに去って消えていったあと、晴れた夏の午後のひとときに、山の動物たちが心地よくまどろみながら夢の続きに浸っていると、急に青い空に雲がわきおこり、一陣の風とともに、神といっていいのでしょうか、大いなる存在が突然に立ち現れ、その超越性、偉大性を示しつつ、動物たちが驚いて見あげている中、青い空の遥か彼方に飛び去っていく。。。そういったイメージです。この曲は、この斉奏をきっかけとして、それまでの岩山や夏の行進や野の花や動物たちといった自然そのものが中心の世界から、夜や天使や愛といったより抽象的概念的思索的な世界に、主たる座が移ります。聴き手の魂もまた、この斉奏に導かれ、一段と深いというか高いというか、新たな領域に運ばれて、いよいよこのあとの音楽世界に浸っていくことになります。この斉奏は、そのような高みの世界への転回点というか、架け橋というか、とても重要な役割を担っていると思うんです。そして僕はそのような意味を顕し示してくれる演奏に立ち会えたときに、感動します。

このとても大事な斉奏の意味を感じ取っている指揮者なら、この斉奏が鳴り響いているときに、ここで人をぞろぞろと入場させるようなことは決してしないだろう、と僕は思います。

しかも、井上氏がそこまでしてこだわった第三楽章と第四楽章のアタッカは、そもそもスコアには指定されていません。スコアの指定は第四、第五、第六楽章をアタッカで、となっているだけです。一番肝心な音楽の意味を犠牲にしてまで、スコアに指定されてないアタッカにこだわる必要性は、全くないと思うんです。

もちろん、第三楽章と第四楽章をアタッカでやること自体は、ちっとも悪いことではないです。しかしそうしたいのであれば、第三楽章が始まるよりも前に、あらかじめ合唱団をいれておくべきです。実際シャイー&コンセルトヘボウはそうしていました。そこまではやりたくないというのであれば、普通に第三楽章が終わってから、合唱団を入場させればすむことです。何度も言いますが音楽が鳴っているときに、しかもとても重要な意味を持つ音楽が響いているときに、ぞろぞろと入場させるというのは、無神経すぎると思います。。。とても残念です。

ついむきになって書いてしまいました。先に進みましょう。ともかくもそのようにして第四楽章が始まりました。やおらメゾ・ソプラノの歌唱が始まりました。しかしやっぱり、ここはメゾ・ソプラノでは声質が高すぎます。アルトの声質の方が曲想にあっていると思います。これもちと残念。

第五楽章。舞台後方、パイプオルガンのある高いところに陣取った児童合唱が、歌い始めます。高いところというのはとっても良いことです。けれど惜しむらくは、チューブラー・ベルが舞台上だったことです。児童合唱団を折角高いところに配置しているのに、どうしてベルを児童合唱のそばに配置しないのでしょうか。。。スコアで第五楽章の最初のページを見ると、ベルの段(一段)のすぐ下に児童合唱の段(二段)があり、その合計三段を縦につなぐようにはっきりと、「高いところで」と書いてあるのです。見落としようもないくらいはっきり書かれています。しかもベルの音の多くは児童合唱と同音なのですから、ベルと児童合唱を離れたところに置くのはあまり賢い選択とは思えません。どうせ児童合唱団を高く配置するのなら、ベルも一緒に高くして、児童合唱のそばに配置してほしいです。やろうと思えば困難なことではないと思うのですが。。。



なんと、あとでスコアを見たら、このこともちゃんと、第五楽章の最初のページに、書かれてありました!今回はじめて発見したのですが、児童合唱の段のはじめのところに、「M」を長く響かせよ、と書いてあるんです。(僕のドイツ語はかなり怪しいので、はっきりしたニュアンスまではわからないですけど、そんなようなことが書いてあると思われます。ドイツ語の堪能なかた、正確な意味を教えていただければ嬉しいです。)これを見て、そうかそうか、だから今回の児童合唱には違和感を覚えたんだと、とても納得しました。

というわけで、声楽陣に関連することでは、正直いってかなり不満を感じた演奏でした。それにつけても改めて思うのは、先日の三河氏/小田原フィルの3番の素晴らしさです。声楽陣に関してみても、ここに書いたことをすべて完全にクリアし、しかも輝きがありました。今回小田原の3番の直後だったために、それとの落差の大きさが目立ってしまいました。ちょっと僕が欲張りすぎかもしれないです。。。

第六楽章は、良かったです。崔文洙さんの濃いソロも素敵です。あ~やっぱりこの曲は素晴らしいなぁと思いながら聴きました。(それでもやっぱり、小田原フィルの感動にはかないませんでしたが。。。)

演奏が終わって、拍手にこたえていろいろな奏者を立たせるときに、井上氏が「新日フィル!」と言うと、ざざっと弦のオモテの人たちが立ち、続いて井上氏の「オーケストラアンサンブル金沢!」の声に、今度はざざっと弦のウラの人たちが立って、なるほどそういうことだったのね、と先程の座席交代の意味がはじめてわかった次第です。

なにはともあれ、3番を聴けた喜びは、いいものです。明日の日曜日は富山に移動して、もう一度3番を聴きます。また項を改めて書きます。






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Last updated  2009.12.08 02:45:54 コメントを書く


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