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ひろ。です。「takasaki」完結しました。まずはいつもどおり、最後までお読みいただいた皆様に、お礼申し上げます。ありがとうございました。前作「yuuko」からのスピンオフ、だったんですが、「yuuko」より、長くなってしまいました。(いいのかな?分かんない、、って感じです。^^;)「yuuko」を書き終えた後で、チャプターで言えば、16,17と28を書きたくて書いたお話でしたが、他のところが意外に延びました。お話的には、2人もヒロインキャラが死んでしまい、暗い哀しい感じのストーリーでしたが、最後は、なんとか明るく着地できたかと思います。さてさて、先日トップページにも書いたんですが、なんだか、スピンオフの連続で、どこがホームなのか、分からなくなってきました。(アセ)悠斗×楓、慶介×美莉、なんて、単独では書けなくて、それぞれがお互いのストーリーにも顔をだすので、ちょっと時系軸をしっかりしておかないと、あとで、矛盾だらけになりそうな。。それぞれのカップルに、トラブル、、もとい、お話はたっぷり用意してあるんで、次書く前に、その辺、しっかりと整理していかなくてはな~、と思っています。ということで、いつもどおり、しばらく、連載の方は、お休みをいただきます~。だけど、何も更新しないのはさみしいので、「ひとりごと。」は、ポツポツ書きたいと思います。また、遊びに来て下さい~。(^^)今回も、コメント、メール、本当にありがとうございました。ひろ。には、何よりの励みになりました。楓と美莉には、これからもいろんな困難が押し寄せますが、柚子と莉花のためにも、大ラスには、絶対にハッピーにすることを、誓って。ながさわ ひろ。~書きながらよく使っていたBGM~キミ、メグル、ボク、虹が消えた日、夏はこれからだ!←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.23
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「あっ」昼食を食べに行こうと並んで歩いていた新谷くんが、小さく叫ぶ。「どうした?」「ケータイ、白衣にいれたままで、忘れてきちゃいました。すぐに取ってきますから、ちょっとだけ待っててもらえますか?」「いいよ。出たとこにいる。急がなくていいから」「すいません」頭を下げ、足早に去る、若い医師を見送ってから、僕は先に庭にでる。庭に出るといつも目は、莉花がよく座っていたベンチのあった場所を見る。今そこにあるのは、あの頃とは違うベンチだけれど、いつもそこに莉花がいるような気がして、つい、目がいってしまうんだ。「先生」そして不意に後ろから呼ばれる声に、僕は心底、驚く。・・莉花?そんなわけないのに。その声に、恐る恐る振り返った僕の目の前にいるのは、ニコニコ笑う美莉、だった。「なあに?幽霊でも見るみたいな顔して」屈託なく笑う美莉に僕は言う。「美莉か。びっくりした。先生なんて、呼ぶなよ」「どうして?いけない?だってお父さん、ここでは先生じゃない」「いつもは先生なんて呼ばないだろ?」「はいはい、お父さん。ちょっとふさけただけだよ。そんな怒んなくたって」「怒ってないよ。驚いただけだ」「驚いた?」「ああ。莉花に、、お母さんにそっくりだったから」「そうなんだ。。お母さんは、お父さんのこと先生って呼んでたの?」「そうだよ。僕の患者だったからね。・・・今、ちょうど、お母さんのこと思い出してたから、余計びっくりしたよ」美莉は軽いため息をついて、言う。「相変わらずお母さんのこと好きなのね~。死んでからも、そんなに想ってもらえるなんて幸せね、お母さんて」そう言ってから、自分も何かを思い出したように、少し視線を下げる美莉。自分だって、今もヒロト君のことを想ってるんじゃないか?・・・口に出そうとして、やめる。辛いだろうから。美莉はすぐに気を取り直したように、「そういえば、ケースケが、また一緒にご飯食べたいって」ケースケというのは、美莉の恋人だ。かつて女グセの悪さを耳にしたことのある男だから、どうにも心底信用しにくいんだが、紘人の弟であり、彼の死後、美莉を必死でささえてきてくれたし、何よりも美莉が彼を選んだのなら、、今のところ、反対のしようもない。「もちろん、いいよ。後で僕が大丈夫な日をメールするよ。調整して」「分かった。ふたりとも忙しいから、大変だよ」嬉しそうにぼやく美莉に、「・・・美莉、お前いくつになった?」「21だよ。ひとり娘の歳くらい覚えといてよ」21歳。そう、あれはもう、21年も前のことなんだ。僕は今も医師を続けている。柚子と莉花、ふたりの命を奪った病も、長年の研究の結果、今では、原因らしきものが徐々に解明され、手術による延命もある程度の確率で可能になってきた。しかし、その手術を行う腕のある医師は、少ない。幸い、美莉の心臓には、いまのところ問題はないようだ。ただ、遺伝による発病のリスクは30歳前後までは高い。なんとしても、それまでは現役を続けなくてはと思っている。そして、頼りになる後継者を。新谷は、僕にとっては、やっと現れた希望の星だった。「・・・お父さん?」ぼんやりする僕を美莉が呼ぶ。「ん?」「今からお昼行くんでしょう?ごちそうしてよね?」「ん~~」渋る声に、「ええっ。だめなの?」「いや、先約があるんだ」「先約?」「ああ」「誰?」「うちに新しく入った先生だよ。一緒に行くのはかまわんが、、、カツ丼だぞ、食えるか?」「カツ丼?・・まさか、東邦軒の??」「ああ。新谷くんに、いろいろここの周りのおいしいお店教えようと思って」「東邦軒かあ。。それは、、・・・無理だよ~。食べきれないって」「だよな。でも、もう約束しちゃったからなあ」と悩んでいると、「お待たせしました」と新谷が戻ってきた。「ああ、新谷くん。ちょうどいい、紹介しておこう。これ、うちの娘の美莉だ」美莉は、にっこり笑って、「はじめまして、、、じゃ、、ないですね」という。新谷も、「あ、そうですね。さきほどはどうも」「すいませんでした」と後を引き取る美莉に、「なんだ?知り合いか?」「ううん。ついさっき、廊下でぶつかっちゃったの」「・・・また、ぼんやり歩いてたんだろ?」全く、いつも、危なっかしいんだ、ミリは。「ほっといて」「お嬢さんと昼食を取られるなら、僕、・・遠慮しましょうか?」気を回していう新谷に、首を振って、「いや、君が美莉と一緒でもよければ、、ただ、カツ丼だけ、延期にしてもいいか?」新谷は笑って、「もちろんです。」ミリは、まだ何も聞いていないのに、「やった。じゃあ、ひよこ亭のランチいこ」という。「分かったよ。お前はあそこがお気に入りだもんな」「新谷先生も、気に入ると思いますよ」にっこり笑う美莉に、新谷も頬を緩めた。「よし、決まり。早く、いこ~」美莉に腕をとられ歩き出す。新谷と言葉を交わしながら、歩く美莉を横目で眺めながら思う。莉花の言いつけどおり、自由に、奔放に生きてこさせた。ただ、その分、しっかりと辛い目にもあってきた美莉。でも、いつでも、どこまでも、伸びやかで、前向きで明るい美莉。僕は、莉花の死後、結局誰も愛せなかった。美莉以外の誰も。美莉がいなければ、莉花、君を失った現実に耐え切れず、医師も辞め、孤独な人生を歩んでいただろう。・・・莉花、美莉はいい子だよ。声、姿、仕種、どんどん君に似てくる。今なら分かる。莉花は、やっぱり、僕の為に、美莉を産んでくれたんだと。君は、最後まで僕に、「ありがとう」を繰り返したけれど、それをいうのは、僕のほうだよ、莉花。ありがとう、莉花。君に出会えて、僕は幸せだった。僕たちの子供に出会えて、僕は、、、今も、間違いなく、幸せなんだ。<了>←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.22
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とめどなく続く雨音。僕の肩をゆっくりと何度か叩いていた、多田は、そのまま、何も声をかけずに部屋を出て行く。僕は、まだ、莉花のそばから動けない。莉花、、半年も前から、ずっと、、心の準備をしていたはずなのに、僕は、もう、これからどうしていいのか分からないよ。ただ、医者は辞める。医者でいる資格なんてないだろう?君を、、助けることもできず。自責の念が、無力感が、僕を支配していく。産後の、莉花の状態は、しばらくは落ち着いていた。測定の終わった美莉を連れてきてもらい、2人で顔を覗き込む。僕たちが会いたかった2人の子供。今、こうして、目の前に。莉花が美莉を腕に抱き、初乳を与えるのを、柚子のときとは違い、今度はそばで見守る。愛しそうに、美莉を抱きながら、莉花はいう。「先生、私ね、実は心配なことがひとつあるの」「心配?」「ええ、私がいなくなった後のことで」僕は何もいえず、莉花の顔を見る。「先生、絶対、この子に過保護になるでしょう?」「過保護って、、そんなの今はまだ分からないよ」「私には分かるわよ。先生って、私にも本当に過保護だったもの」「そうかなあ・・?」「まして、大切な、、一人娘となったら、尚のこと。でもね、大切に思う気持ちは分かるけれど、できるだけ、自由に生きさせてあげて?」「自由に?」「ええ。この子を信じて、自由に。そして、、先生みたいな素敵な人と出会えるチャンスをあげてね?ヤキモチなんてやいちゃダメよ?」「・・うわ、まだ、そんなこと考えたくもないよっ」くすくす笑う莉花に、僕は、渋々、「なんとか、、できるだけ、、・・・努力するよ」と言った。にっこりうなずく莉花。僕はその腕の中のミリを見ていう。「かわいいな、ほんとに」「ええ。天使みたい」親子3人だけの、穏やかな時間。そこは、病院の一室ではあったけれど。僕たちは、かけがえのない時を過ごした。いつまでも、ずっと、そうしていたい。しかし、そんな願いがかなうはずもなく、、僕は、急変した莉花を救えず。。柚子の時とは違い、今度はダレもいない。莉花がいない。当たり前だろ?莉花が死んだんだから。。。医者なんて辞めよう。僕は何度も強く思う。一体なんなんだよ、僕は。大切な人を、救うこともできず。。。「高崎くん」ぼんやりと声の方を向くと、さっき、立ち去ったはずの、多田がいた。腕の中には美莉。「・・抱いてやれよ」戸惑う僕の腕の中に、突然、命が押し込まれた。びっくりするほど、軽い小さな体。でも、とても重い命を抱えた体。そして、僕は、また聴診器を手に取り、胸の音を聞いた。雑音は、ない。でも、と、思う。これまでの研究からしても、この病が遺伝する確率は高い。いずれ、美莉が発症することもあるだろう。そのとき、、僕は・・・?後ろから僕の肩越しに美莉の顔を覗き込んでいた多田が、作り声で、優しく耳元で囁く。「先生、ありがとう。私、幸せだったわ。ミリをよろしくね」「ぅぉいっ、なんだよ?」不気味すぎる。多田は笑って、「莉花さんに頼まれたんだ。君が、後悔してそうなときには、耳元で何度でも囁いてやってくれって。」「莉花が君に?」「ああ。最高の人選だろ?」「・・・」「不満か?」「いや、、」「なんだよ?」「あのさ、莉花の気持ちは嬉しいし、君がそれを引き受けてくれたのもありがたいんだけど、声真似はしないでくれよ?それと、耳元で囁くな。鳥肌が立つ」「ひどいな~。似てないか?」「ないっ!」僕は、ふっと笑い、腕の中のミリを、そして、莉花を見る。そして、、、負けたよ、と思う。僕は、医者を辞めるわけにはいかない。もしも美莉や、そう、柚子の子である、楓ちゃんが発症したときには、今度こそ、僕は助けるんだ。そのために、僕は医者を続ける。研究を続ける。きっと、僕が、君を失って、辞めたいと思うことまで、お見通しだったんだろ?莉花。そして、美莉を抱いて、それを思いとどまることまで。僕は、美莉を抱いたまま、莉花の手に触れる。だけど、もう少し。。もう少しだけ、ここにいてもいいかな?この雨が止むまでは。そう、雨が止んだら、、弱い、迷う僕は、ここに置き去りにして、、しっかりと、歩き出すから。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.21
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僕は、しゃがみこむ自分の心と体を引きずるようにして、更衣室のドアを開け、階段を降り、裏口に向かう。ポケットから車のキーを出そうとして、苦笑する。運転なんてできるかよ?守衛さんに頼んでタクシーを呼んでもらう。自宅の場所を告げ、シートにもたれ目を閉じる。僕を打ちのめしているのは、もちろん疲労ではない。タクシーを降り、家を見る。灯りのともったリビング。莉花は、僕を待っていたんだな。僕は立ち止まり、目を閉じ、深呼吸する。今日は、、言っちゃいけない。僕は、今、冷静じゃないんだ。もっと、落ち着いて、、ちゃんと。。自分に言い聞かせる。門に手をかけると、玄関のドアが開く。心配しきった顔で莉花が。「お帰りなさい。車の音が、、聞こえたから」「ただいま」と言っては見るものの、僕は目をあわせられない。靴を脱ぎながら、体が揺らぐ。莉花が背中に手を添えてくれるのが分かる。「先生、、」僕は背中のまま、返事する。「ん?」「クマ先生から、、電話をもらったわ。柚子ちゃんのこと・・」「ああ」僕は動きを止め、目を閉じる。顔がゆがむ。「僕には、、何もできなかったよ」自嘲気味に言う僕。「先生、、そんなことないわ。ちゃんと産むことができて、ユウコちゃん、とても、先生に感謝してると思うわ」僕は、叫びそうになる。感謝なんて、、僕は柚子を助けられなかったのに。死なせてしまったのに。何も、、、本当に何もできずに。手を握り締め、力を込める。ここで、しゃがみこむわけにはいかないんだ。ここで気を抜けばきっと、僕は莉花に、言ってはいけないことを口走ってしまうんだから。だけど、莉花は僕の心を見透かしたように、そっと手に触れ、握り締めた力をやさしく解いていく。泣き出しそうな顔で、莉花のほうを見る僕。僕を優しい表情で見上げる莉花。その泣き腫らした瞳。・・・柚子を、僕を思って、、なんだ。僕は、たまらず、莉花を抱きしめ、、そして、力を抜き、莉花の体を滑り落ちるように、崩れ落ち、膝を折る。莉花は、立ったままそっと、僕の頭を撫ぜる。「泣いて、先生。柚子ちゃんがどれだけ大切な人だったか、私には分かってる」その言葉に、僕は莉花にしがみついて、泣いた。そして、僕は小さな莉花の腰に腕を巻きつけたまま、下腹部に頬をつけ言ってしまう。「・・・子供あきらめよう、莉花」「・・先生。。。」僕は莉花を見上げ、「お願いだ。まだ間に合う。だから、あきらめよう。僕からそんなに早く、、君を奪わないでくれ。」莉花は、唇に縦に人差し指をあて、僕に黙るように示す。「しーっ。・・聞こえちゃうよ」優しく微笑んで、そっと下腹部に手を添える莉花。ゆっくりとしゃがみこみ、僕と目線を合わせ、僕の頭に両手を回す。「ねえ、先生。柚子ちゃんが生き返るなら、先生は、柚子ちゃんの赤ちゃんを殺せる?」「莉花。。」莉花は、あやすように僕の髪をなぜ、目を見つめながら言う。「先生が今、この子にしようとしてるのは、そういうことよ。それに。たとえ、あきらめたとして、私はその先何年生きられるかしら?」「だけど。。。だけど、遺されるのは、、、僕なんだ」情けないことを言う僕に、「この子もいるわ。先生、・・私達を守れるのはあなただけなのよ。お願いだから、、、私と、この子を守って」うつろに見上げる僕の目を、莉花はしっかりと受け止めて、うなずく。「先生、私は先生を愛してる。あなたの子供を、、2人の子供を産みたい。私たちの子供に会いたい。殺すことなんてできない」2人の子供に会いたい。あの日、莉花を抱きながら、強く思った気持ちがよみがえる。そして、今の、・・・莉花を失いたくない思い。どれも僕。僕は、一体どの僕に支配されるべきなんだ?僕は、莉花の瞳を覗きこむ。強い意志。迷いのない願い。莉花は僕の手を下腹部にあてる。僕たちの子供。莉花の、願い。・・・消し去ることなんて、取り上げることなんて、できるはず、、ない、か。まだ見ぬ小さな命に、僕は目を閉じ、心の中で謝る。・・ごめん。莉花の胸に頬を寄せる。「ごめん。莉花。バカなこと言って」「いいのよ。先生。何度でも迷って?当たり前だよ。どちらも、、私を愛してくれてるからだもんね」莉花は僕を優しく抱きしめてくれる。しばらくそのままいてくれた莉花が、僕に静かに尋ねる。「ねえ、先生?」僕は顔を上げる。莉花は僕を押し返して、僕の腕の中にもぐりこんでくる。「交代してもらっていい?」「交代?」莉花はうなずき、「私も泣かせて?」僕は慌てて抱き寄せる手に力を込める。「・・柚子ちゃん・・」声をゆがめて震える莉花を抱きしめながら、僕も、また、泣いたんだ。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.20
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「高崎先生・・・?」声をかけられ、はっとする。気づけば、廊下の真ん中で立ち尽くしていた。そうだ、着替えに行こうとしていたんだっけ。「大丈夫ですか?」心配そうに覗きこむ若い看護婦に、微かにうなずいて、僕は歩き出す。「高崎くん」声をかけられ、はっとする。今度は、更衣室のベンチで座り込んでいた。そうだ、着替えてる途中だったんだっけ。「手伝ってやろうか?」沈んだ声でも冗談を言う多田に、僕は、微かに首を振る。多田は、ろくでもない気休めなどではなく、僕に言う。「柚子ちゃんの、赤ちゃん、見たか?」僕はシャツに手を通しながら、ぼんやりと返事をする。「ああ。まだ少しだけだけど」多田は、自分も着替えながら、「可愛い子だったな。あれは、美人になるぞ」「・・そんなの分かるのかよ?」僕は力なく突っ込みを入れる。「俺の目は確かだよ。何人赤ん坊を取り上げてきたと思ってんだ」ふっと笑う僕に、「・・・君たちの子供、は、どんな顔で出てくるかな」冗談ではない声で言う多田。僕は俯く。多田には、今の僕の心の中がきっとよく分かっているんだ。だから、あんなにも、『君たちの子供』に力を込めて。僕は顔を上げられない。多田には、今、僕がそう思う理由もきっとよく分かっているんだ。だから、それ以上は、何も言わず。僕の肩を、ポンポンと2度叩いて、出て行った。俯いたままで、、目から涙が流れる。柚子ちゃん・・・。やっぱり君は死んでしまったんだ。命を懸けた出産で。この病では、出産は、即、死に値する行為。分かりきっていたことだとは言え、僕は本当に、辛くて。。。莉花・・・。この上、君をまた出産で失うことなど。。僕には。。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.19
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父親が、柚子の額に優しく触れてから部屋を出て行き、僕と柚子が残された。安定した音をたてるだけのモニターを眺めながら思う。僕への愛情・・・。もちろん、10年来の付き合い。僕の初めて担当した患者。医師と患者という関係よりも深いものがあったけれど。莉花が現れたことで、幼い柚子は、無意識のうちに、、、その気持ちが表面にでてくる前に、作品にだけそれを残した、、ということ、なんだろうか。僕は首を振る。たとえそうだとしても。僕たちは、、僕と柚子はこれで良かったんだと思う。13歳の歳の差。僕たちは、決して埋めることが出来なかっただろう。柚子は、僕には、追いつけなかった。僕は、追いつかせてあげられなかった。根治する方法を見つけることができず。。莉花がいてもいなくても、、僕たちの間には、これ以上の関係はなかったと思う。これで、よかったんだ。そう、、思わなくては、、僕はこれから起こることに、柚子の死に、・・耐えられない。柚子が小さく身動きする。僕は心の準備をする。目を覚ましたら、ちゃんといつもの僕でいなくては。ゆっくり目を開く柚子。何かを思い出したように、手が下腹部に触れる。誰かを、・・探して動かした目が、僕の目と合う。僕は静かに告げる。「元気な女の子だったよ。」そして、心臓には異常がなかったことを告げると、柚子はほっとした様子だった。何度も僕に礼を言う、柚子。僕は何もできなかったのに。柚子の赤ちゃんを連れてくる。腕に抱く、柚子の、そのとても幸せそうな笑顔。愛しそうに我が子を見つめる目には、微塵の後悔もない。死を目前にしても。ほんのわずかな母子の時間。本当に、、これでよかったのか?柚子にも、自分自身にも、問いかけたい言葉。ただ、答えなどないことが分かっているから、僕はその言葉を飲み込む。我が子を腕に抱きながら、ポツリポツリと話す柚子。たわいもない会話を交わす。そして、、、。母乳をあげたいという柚子に、部屋から出るように言われる。軽口を僕は、笑って受けながら、立ち去ろうとして、猛烈に後ろ髪を引かれた。立ち去ったら、、もう。。。心が大きな音でそれを知らせる。でも。「先生、もう振り返っちゃダメだよ。今まで、・・・ほんとに、ありがとう。先生のこと、大好きだったよ」柚子は、静かに、そういった。僕は、、目を閉じ、背中のままうなずいて、部屋を出た。部屋を出ると、ドアのすぐ横の廊下の壁にもたれる。もう、一歩も歩けない。一体、、今更、僕に何ができるというんだ。僕は、彼女の病を治すことができなかった。ただ、ただ、このまま、、静かに死なせてあげることしかできない。柚子は、かつて僕に断言したように、思い切り生きてきた。命をすり減らしながら、それでも、自分らしく生き抜いてきた。妊娠も、そして、出産も、、、あまりにも柚子らしい選択。僕はいつも、そばで見守ることしかできなかった。幼い短い恋の後、柚子は、19のときにまた、突然、恋に落ちた。彼もまた、柚子が恋するにふさわしい、誠実な男だった。2人はとても愛し合っていたけれど、彼の方には、家の事情があり、柚子には、体のことがあった。ただ、好き、愛しているということだけではどうしようもない、たくさんの現実。彼との恋の2年間で、柚子はどんどん大人になっていった。あの頃は、僕の知っている、無邪気な子供だった柚子が、手の中から飛び立つような、さみしい気持ちがしたものだ。僕に対しても、徐々に敬語を使うようになったりして。。でも、さっきの声、言葉、、あれは、そう、、、まだ大人になる前の柚子の言葉だった。出会った頃のような子供っぽい声で。「先生のこと、大好きだったよ」ユウコちゃん。。僕だって、もちろん君のこと。僕は、心の底で思う。部屋の中で、大きな音が鳴り始める。そう、新しい命を腕に抱いて、幸せな表情のまま、柚子は逝ったんだ。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.18
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「せんせい・・」僕の顔を見て、柚子がポツリと言う。僕は、柚子に微笑み、多田に目礼してから、モニターに目をやり、看護婦の差し出す記録ボードに目を走らせる。「自分で産んでもいいでしょ?先生」柚子が言う。僕は、まずは多田に聞く。「進み具合は?」多田は、柚子を優しい目で見てから、「初産にしては、陣痛の間隔も、子宮口の開きも悪くない。そろそろ一気に進みそうだな。一応、切開の準備もしているが、早く決めないと」柚子は、「先生、お願い」僕は、目を閉じ、瞬時に考える。そして、柚子にうなずいてから、多田に、「いけるとこまで、自然でいこう」多田は、立ち上がり、「よしっ、ユウコちゃん、いっちょがんばるか」柚子はにっこりと、「先生も、クマ先生もありがとう。よろしくお願いします」段々と陣痛の、間隔が短く、強くなり、柚子は分娩台にあがった。「高崎くんは、そっちにいてやって」柚子の足元に回った多田がいう。僕は、柚子の顔が見える位置に座り、莉花の分も柚子の手を握る。僕の手を強く握り返し、規則的に息を吐き出しながらも、時折顔をしかめ、呻き声をあげる柚子に、つい、今更、手術をすすめたくなる。そんな僕に気づいたのか、多田が言う。「高崎くんは、出産に立ち会うのは初めてか?」「ああ。こんなに苦しんで・・大丈夫なのか?」多田は軽く笑って、「お産は、みんな苦しいもんだ。高崎くん、君は、しっかり、自分の仕事をしてくれよ」柚子も、顔をしかめながら、「せ、んせ、、痛いけど、、私、がんばる。。せんせ、ずっといて、、ね?」僕は手を握りながら、「ああ。分かった。ここにいるから。」とうなずく。柚子は、もう一度、僕を見て、「いつも、、みたいに、だいじょ、ぶだ、、、って言って?」僕は両手で柚子の手をしっかりと握り、「大丈夫だよ。クマ先生と、僕を信じて。」柚子は満足そうにうなずいて、痛みへと戻っていく。長い苦しみのあと、柚子の最後のうめき声。そして、ずっと握り続けていた柚子の手から力が抜ける。「よし、。よく頑張ったなユウコちゃん。女の子だぞ~。っ、かわ、、」産声をあげる赤ちゃんをニコニコと抱き上げながら大声で言う多田の声が、止まる。無事に生まれたことに安堵し、赤ちゃんに目を向けていた僕は、多田の顔を見る。真顔になった多田があごで僕の後ろを指しながら、「高崎くん、出番だよ」というのと、モニターのアラームがけたたましく鳴り出すのはほとんど同時だった。僕は、慌てて立ち上がり、処置を始める。長時間に及ぶ処置が済み、なんとか一命をとりとめた柚子。僕は、柚子の父に、「・・今は落ち着きましたが、状態から見て、もう、ここ数日が・・」と説明して、、、そして、あまりにも、優しくうけとめられたこと、無力な自分の申し訳なさ、に、そして近づく柚子の死に、情けなくも、大泣きしてしまった。「すいません」僕が、顔を覆い拭ってから、立ち上がって詫びると、柚子の父は、首を振り、柔らかく僕に言った。「あの子に、会えますかな?」「・・はい。まだ、、目覚めてはいませんが、どうぞ」中に促す。静かに規則的な音を立てるモニターたち。そこにいる看護師に目で合図して、出て行ってもらう。柚子の父は、眠ったままの柚子に耳元で何か声をかけていた。小声で僕には聞き取れなかったが、言い終えると、柚子の父は、僕に向き直り、「先生、お時間があるなら、あなたが、、柚子のそばにいてやってくれませんか?」「僕が・・?」「はい。柚子は、きっと目が覚めたら、誰よりもあなたに礼を言いたいでしょうから」「・・・僕は、、何もできなかったのに・・」柚子の父は、笑って、「まだ、そんなことを。。先生は、よぉやってくださいました。それに、先生、柚子はあなたのことを本当に好いとりました」僕は、ぼんやりと柚子の父の顔を見る。「もちろん、惚れたはれたとは別のもんかもしれませんが、、、あなたへの愛情、、と呼んでも差し支えないでしょう、、そう、あなたへの愛情は、、確実に。柚子自身は気づいておったかどうか。。ただ、もう何年前になりますかなぁ、あなたがご結婚された時」「・・8年前です」「あの時、柚子はあなた方へのお祝いとして、茶碗を焼いて、差し上げたでしょう」確かに。とても、いいもので、今も、特別な時に、莉花と2人使っている。うなずく僕に、「あれは、ええ作品やった・・」眠る柚子を愛しそうに見つめながら、「これは、すぐに倒れてしまうから、なかなか作品らしい作品を作ることができんかった。あなたにもよぉ怒られておりましたな。・・それが、あなたのために、なんとしても仕上げるんだと、あの時は、珍しく体調にも細かに気遣いながら、焼き上げたのがあれでした。一目で素晴らしいもんやと、私は思いました。柚子も気づいたんでしょう、自分はあれ以上のものを作れんゆうことが。かねがね、納得のいくものが一つ作れたら、もう、焼くのをやめるというとりましたが、結局、あれを、最後に、窯にはこんようになりました。」確かに、あれから、窯で無理をして倒れることはなくなった柚子。「あの作品には、あなたへの愛情が存分に含まれておりました。その少し前にも一度、なんとかという男の子のために焼いたもんがありましたが、あれよりは、もっと、愛情らしい愛情が。・・ただ、あなたへの結婚祝いやというのを聞いて、私は柚子の、、自分でも気づいておらんかったはずの気持ちを、幼い愛情を、わざわざ口にすることはありませんでした」「僕への、、愛情。。」柚子の父親は微笑んで、「そんな深刻な顔をせんでください。柚子は、これまでにちゃんと納得のいく恋愛をしてきたんやと思います。・・相手は誰かいわんかったけれど、子供までもうけて。本人は満足やったでしょう。・・ただ、やはり、私は、最期のときには、あなたにそばにいてやってもらいたい。この子が、このまま心の底にあるあなたへの愛情に、気づかずに逝ってしまうんやとしても。心が残らんように、感謝の気持ちだけは受け取ってやってください。・・・それくらいは、、奥さんへの裏切りにはならんでしょう?」イタズラっぽく、にこりと笑う父親。その目は、はっとするほど柚子に似ている。「お父さんは・・・」「私はもう、柚子が家からここに移るときに十分別れを済ませました。普通なら、最愛の伴侶や、子供達に囲まれて、看取られて逝くのが幸せでしょう。・・ただ、柚子はこんなに早よぉ逝かなならんから、、、子供の父親のことも口を割らんかったし。。だからといって、何もそれは親である必要はない。柚子がこれまで、存分に自分らしく生きてこられたのは、あなたのおかげです。柚子はあなたに、一番そばにいてほしいやろと思います」真剣なまなざしに、ひかれるように、僕は、ゆっくりとうなずいていた。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.17
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「おめでとう」妊娠が判明し、多田にそう言われた時、莉花は、とても嬉しそうな顔で、後ろに立っていた僕のほうを振り返った。僕は、、僕だって、とても嬉しかった。あの夜は、心のままに莉花を抱き、そして、本当に、心から2人の子供を望むことができたから。これが、、、僕たちの運命なんだ。そう、すんなりと受け止めることができた。ただ、一度、、一度だけ、僕は、往生際悪く、迷った。それは、柚子が、亡くなった時のこと。あの日、電話は早朝にかかってきた。職業柄、電話の音が鳴ると瞬時に、目が覚める。枕元においてある電話の受話器を手探りでとり、僕は起き上がる。莉花は、起こさずに済んだようだ。「はい」「高崎くんか?」多田だった。僕の意識は一気に覚醒する。柚子は今、臨月で入院していた。しかし、切開手術は、2週後のはずだ。柚子に何か・・・。「ああ。多田くん。僕だ」「ユウコちゃんが破水した」「破水・・?」「ああ」「状態は?」「今のところ、特に変化はないが、すぐに陣痛も始まるだろう。自然で産むか、切開するか、早いとこ相談して決めたい。きてくれよ」「分かった。すぐ行くよ」小声で話していたつもりだが、切迫した空気を感じたのか、莉花が目を覚ましていた。「せんせい・・?」夜中に呼び出されることは、初めてのことじゃない。柚子のことは、、知らせたくはなかった。まだ妊娠初期の莉花をあまり動揺させたくはなかったから。「ちょっと行ってくるよ。君はゆっくり休んでいなさい」莉花に悟られないように、目を合わさずに、ベッドから出る。でも、莉花の優しい声が僕を引き止める。「ユウコちゃんに、何かあったの、、ね?」僕は苦笑して、ため息をつき振り返る。「・・なんで分かっちゃうのかな」莉花は、起き上がりながら、「先生がそんな顔するの、私と、・・柚子ちゃん以外のことでは考えられないわ」僕は微笑んで、「破水したそうだ。・・・だから、行ってくるよ」「破水・・・」「ああ、切開するかそれとも自然で行くか、多田くんと相談しなくちゃならない。それにどちらにしても、僕はそばにいなくては」「支度、手伝うわ。」「いいから、寝てなよ」「手伝いたいの。」そういいながら、もう、立ち上がっている莉花。突然の呼び出しを受けたときのために、いつも洋服は1セット、用意してくれてある。だから、特に手伝いなんて不要なのに。きっとじっとしていられないんだろう。僕は自分も少し浮き足立っているのを感じ、莉花を10秒だけ抱きしめる。莉花を、そして、僕自身を落ち着かせるために。10秒後、「先に、顔洗ってくるよ。座ってなさい」と言って部屋を出た。洗面所で、顔を洗い、鏡に映る自分を見る。緊張している。柚子の出産。僕は、瞬時の判断を多く求められることになる。大変な一日になるだろう。目を閉じ、気持ちを整える。失敗も迷いも許されない。絶対に、無事に産ませること。そして、きっと、柚子に子供と過ごせる時間を作ること。両手をしっかり握って気合を入れる。寝室に戻ると、ベッドの端に腰掛けていた莉花が立ち上がり、着替えを手伝ってくれる。心配そうな表情。「莉花」「はい」ネクタイを結んでくれる莉花の髪に触れ、「柚子ちゃんのこと、あんまり心配しすぎちゃだめだよ?キミ自身だって、、体に障るから」僕を見上げ、「分かってる。柚子ちゃんのことは、心配してないわ。先生がついてるもの」「そう?」「ええ。私が心配してるのは、先生のことよ。」「僕?」「何が起こっても、自分を、信じて。そして、どんなことが起こっても、自分を責めないで、ね?」慎重な言葉に含まれた莉花の思いやりを知る。「・・ありがとう。がんばるよ」「今日は、どこにも行かずに、おうちでおとなしくしておくわ」微笑んでいう莉花に、僕はうなずく。「そうしてくれると助かるよ。君にまで何かあったら、、、今日は柚子ちゃんにかかりっきりで手が空かないと思うから」莉花は僕の手をぎゅっと握る。「これは、ユウコちゃんに届けて」「分かった。ちゃんと君の代わりに手を握るよ」夜中の空いた道を、自分の車で病院に向かいながら思う。『柚子ちゃん、、がんばろうな』この日は、文字通り、長い一日になった。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.16
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ホテルの広いバスタブに二人で並んで寝転ぶ。莉花は僕の肩に凭れながら、時折僕の顔を覗き込む。「なに?」何か考えてる表情を見て取り、尋ねるけれど、莉花は、「ううん」と首をふり微笑みに紛らせる。「なんだよ、言えよ」もう一度優しく問いかける。莉花は、身を起こして、僕に向かい合い、少しためらっていたけれど、口を開く。「先生、浮気したことある?」僕はぼんやりと昇る湯気を見ていた目を莉花に向け、「ないよ。なんで?」手のひらで掬った湯を莉花の肩にかける。事実だから、穏やかに答える。莉花は、同じように僕の肩に湯をかけながら、「なんでしないの?」「なんでって・・。莉花を愛してるし、浮気なんて自分に恥ずかしいからだよ」「自分に恥ずかしい?」「ああ、心では莉花を愛してるのに、体だけ浮気して、、一時的な快楽に溺れるなんて、想像するだけで、自分で自分が恥ずかしいよ」莉花は僕の言葉の意味を図るように少し、考えてから、「じゃあ、ほんとに、一度もないの?」「ないよ。なんだよ、何度も同じこと」再度否定する僕に、「だって・・・」「ん?」莉花は、小さな両手の手のひらでお湯をすくってはまた、湯船にこぼしながら、少し恥ずかしそうに、「だって、、、今日の、先生、、は、、すごかったから」僕は笑う。「だから?」「だから。。これまでは、とっても優しくそっとしてくれてたでしょう?いつも、全然、、激しくなかったから。。あんまり、そういうことに対する興味が少ない人なのかと思ってたの。。だから、、なのに、、今日は、すごかったから、こんなにすごいなら、、本当は、、、私と、、2週間に1回なんてガマンできなくて、、」「浮気しまくってたんじゃないかって?」俯きがちにうなずく莉花に、「ないよ。ありえない。そんなにすごい、すごい、言わないでくれよ。なんだか恥ずかしいよ」僕は莉花の頬に張り付いた濡れた髪を外しながら、いう。莉花はほっとしたように微笑んでから、申し訳なさそうな顔になり、「ほんとに、すごかったもん。。、、、私が思ってたより、もっと、先生にガマンさせてたんだね。。ほんとに、ごめんなさい」「謝る必要なんてないよ、莉花。いつも、十分、満足だったよ。大好きな莉花を抱くことができてたんだから」僕が頬に伸ばした手を、莉花は両手で包み、手の甲を自分の唇に触れさせる。「・・でも、一度だけ、ちゃんと謝りたかったの」僕は親指で莉花の下唇に触れる。バスタブに凭れていた体を起こし、莉花を抱き寄せる。「分かったよ。だから、もう、気に病まなくていいから」静かにうなずく莉花。僕は続ける。「・・だけど・・」「・・?」莉花のあごに手を添え顔を上げさせる。「だけど、、今日、謝られても、、な」それだけいうと、僕は莉花に熱くて長いキスをする。「ん・・」可愛い吐息を漏らす莉花。僕はガマンできず、そっと唇を首筋に移動させる。「あんっ、せんせ・・・?」体を這う僕の手の動きに、驚いたような声をあげる莉花。逃れるような動きを見せる。僕は、莉花の腰をしっかりと引き寄せ、「今日謝られても、ちょっと困るよ。・・・今日は、、ガマンしないって決めたから」「せ、、んせい、、まさか・・?」僕は微かにうなずき、「もう一回、しよ。莉花。おいで」「こんなところで・・・?」「いいだろ?もうガマンできない。あとで、もう一度ベッドで抱いてやるから」「・・一体何回するつもりなの?」あきれたように尋ねる莉花を、僕に跨らせ、「さあ・・」曖昧に微笑んでから、僕はまた、莉花の中に入った。何度目かの交わりの後、僕は、ベッドで目を閉じたままの、莉花の心臓に耳を当てる。さすがに、ちょっと、ヤりすぎたかな。反省しながら、慎重に耳を澄ましていると、「先生・・」と莉花に呼ばれ、顔を上げる。目を開いている。「つらい?」と尋ねると、莉花は首を振り、「大丈夫よ」「ほんとに?」「ええ。あんまり、、、気持ちよかったから、余韻に浸ってただけよ。・・もう、お医者様の先生に戻っちゃったの?」悪戯っぽく笑って、僕に腕を伸ばす莉花。その様子に僕は安心して、莉花の隣に寝、莉花を腕に抱く。「ごめん、ちょっと、ヤりすぎた。1回だけのつもりだったのに」謝る僕に、「謝る必要なんてないよ、先生。私、幸せだった」という莉花。僕は微笑んで、額にくちづける。「ありがと、先生」僕は黙って首を振る。莉花は、やがて、満ち足りた表情で眠りにつく。・・それは、美莉が、莉花の中に宿った夜だった。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.15
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僕が、シャワーから出ると、莉花はまだ夜景を見ていた。僕が近づいていくこと、窓に、映っているはずなのに、こちらを向かない。今、莉花が、考えていること。予想された展開。あるべき一山。僕は、莉花の隣に立って、その一言を待つ。そして、莉花は、僕を見もせずにいう。「先生。。、、無理、、してくれてるなら、、」「してない」即答。に、戸惑ったように、僕を見上げる。「僕が、莉花のわがままをかなえるために、無理してガマンして、、、と疑ってるんだろ?」「、、違うの?本当に?」「違う。本当に」「だって、あんなに、反対だったじゃない」僕は、微笑んで、「確かに、、今も、その気持ちもいっぱいあるよ。だけど、莉花、僕の中にだって、君との子供が欲しい気持ちがあることも事実なんだよ。莉花の願いをかなえてあげたいっていう気持ちもたくさん、ある。だから、、今夜だけは、その気持ちたちに、僕の心と体を譲ることに決めたんだ。」僕を見上げる瞳。僕は、莉花を抱きしめ、何度も優しくくちづけてから、囁く。「だから、莉花も、、莉花の中にも迷いはあるだろうけど、、今日は、100%子供が欲しい気持ちで、おいで。分かった?」僕をじっと見つめてから、ゆっくりと瞬きすることで答える莉花を、ベッドに連れて行く。ベッドに入ると、「先生」莉花は少し震える声で呼び、僕を見る。「なに?」「なんだか、、緊張する」僕だって同じ気持ちだったけれど、平静を装って言う。「なんだよ、今更。何年、夫婦やってきたんだよ」額にキスを落とす。莉花は、照れたように笑いながら、でも、真剣に、「それはそうなんだけど、、なんだか、先生が、、先生じゃないみたいで」オトコの顔になってるのかな。仕方ないよ。もう、止めるわけにはいかないよ。「莉花も、今日は、いつにもまして、とっても綺麗だよ」ほんの少し微笑む莉花を、僕はそっと抱き寄せ、くちづけ、、そして、はじめるんだ。指でなぞり、唇で触れ、徐々にのめりこむ僕の動きを、目を閉じ、唇を噛んで、必死で受け止める莉花。「莉花も、欲しいように動いてごらん。・・・かわいい声も、もっと、ちゃんと聞かせて」莉花は一瞬、目を開き、こっちを見上げ、「先、、生の、、、イヂワル。。」と言って、また、目を閉じる。僕は知り尽くした莉花の感じる場所を、ひとつひとつ、丁寧に、辿っていく。莉花は、身を捩るけれど、もう唇は噛まれていない。僕に反応して、少しずつ、少しずつ、吐息が、柔らかい喘ぎ声に変わる。腕が、指が、唇が、僕を求めて、耳に、首に、肩に、背中にと、しなやかに、動き始める。そう、そうだよ、莉花。そうやって、僕を、、、もっと、夢中にさせて。僕はゆっくりと莉花に入る。直接触れ合うのは初めての場所。あまりの快感に、一瞬腰が引ける。動きを止める。でも、僕が一番恐れていた、迷いや、躊躇は、微塵も現れない。そして、僕はまた、動き出す。莉花を激しく抱きながら、莉花を強く感じながら、僕に激しく抱かれながら、僕に強く感じながら、次第に、僕と莉花の気持ちは確実に1つになっていく。『2人の子供に会いたい。』僕たちは、そのために、より体を結び付けあう。より、激しく求め合う。これまでの、100%の避妊を意識した、交わりとは全く違う。2人を隔てるものは何もない。新しい『命』を拒むものは何もない。莉花が、「っ先生」と、切なく潤んだ声をあげ、僕に強い力でしがみつく。僕は莉花の中の激しい収縮に、酔いしれる。「莉花っ」堪らず名前を呼び、強く強く抱き寄せてから。何の迷いも、ためらいもなく。僕は莉花に全てを注ぎ込んだ。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.14
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僕は一人部屋に残され、そのまま窓際に立ち、さっきは目に入らなかった夜景を眺める。小さな窓の光の数々、流れていく車のライト、テールランプ。そしてきらめくネオン。しばらく眺めてから、窓に額をつけて、急に心細くなり、目を閉じる。本当に、、いいのかな?気弱に迷いだす心に、戸惑う僕。あんなにあんなに考えて決めたのに、今更。。なんなんだよ、おい。お前の準備を、一番しっかりしてきたはずだろ?自分の心に発破をかける。やがて、シャワーから出てきた莉花に、そっとキスしてから、入れ替わりに僕もシャワーを浴びる。そして、もう一度、心をしっかりと縛りなおす。医者である自分を心から追い出す。莉花との子供を望む、ただの、シンプルな僕を呼び出す。どれも僕なんだ。今だって、迷って当たり前だ。何も恥じることはない。迷うから、、、迷った末、こうすることを選んだんだ。何が正解、なんてことは、ないんだ。これだって、正解なんだ。『僕たちの間に絶対生まれるべき命』。もしも、・・そんなものがあるなら、これが最初で最後のチャンスだから。ちゃんと飛び込んでくるんだよ?僕は、心の中で呼びかける。さあ。シャワーから出たら、これまでの僕たちの、2週間に1度の、この上なくソフトだった、どんな性交渉とも違う形で、僕は、激しく、莉花を求める。優しく、ゆっくり抱くわけにはいかない。土壇場で、ためらいや、迷いに支配されるわけにはいかないから。一生に一度だけ。そう、今夜だけ。僕は、ただのオトコになって、莉花に、・・・・溺れるんだ。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.13
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「うわ~。」部屋に入るなり、莉花はそう言った。広い部屋、そして、窓一杯に広がる夜景を目にして。嬉しそうに僕を一度振り返って見上げてから、ゆっくりと窓際に進み、眼下の夜景に見入る莉花。僕も並んで、夜景を見るフリをして、窓にうつる莉花を見る。いつも変わらない美しさ。出会ったときから、僕は、ずっと莉花に夢中なんだ。「綺麗だよ、莉花」うっとりと言う僕。莉花は、僕を見上げて、にっこり微笑み、「もうっ。今日は、何回言ったら気が済むの?そんなに言われたら、恥ずかしいよ」「だって、ほんとに綺麗だから。何度でも言いたいんだ」真顔で言う僕に、「ありがと、せんせ。先生も、素敵よ」僕は笑って、「莉花の見立てがいいからな」「どういたしまして。でも、ほんというと、先生は白衣の時が一番素敵なんだけど」「そう?」「ええ。とっても素敵。白衣姿見ると、もう、ドキドキしちゃって大変。仕事中の先生は、ほんとに、真剣な顔してて、かっこいいの。これはユウコちゃんも同意見なのよ?私なんて、いっつも見とれちゃって。。先生の白衣姿、ずっと見られるなら、ずーっと入院してたくなるもん」僕は真顔で、「ずーっと入院なんて、縁起でもない。じゃあ、、・・・家でも着ようか?」その姿を、2人とも無言で想像し、「それは、、、変でしょ。」「・・・だよな?」と笑う。莉花はまた、夜景に目を戻し、眺め始める。子供のように無邪気な瞳で。でも、僕はやっぱり莉花から目が離せないんだ。やがて莉花は、視線を僕に、そして、部屋に移し、そしてもう一度僕に戻し、「先生、それにしても、すごい部屋ね。びっくりしちゃった」「・・今日は、特別な夜だからね」「特別・・?」僕は莉花の頬に右手を添えて、見つめ、「莉花、今夜は、、、、今夜だけは、僕のこと、先生って呼ばないでくれ」「・・どうして?」訝しげに問いかける莉花の髪を撫ぜながら僕は言う。「今夜は、医者であることを忘れるから」「・・・?」「僕は、医者として君に出会って、それから、恋人になっても、夫になっても、これまで、ずっと、キミのそばに、半分は、、いや、もしかしたら、それ以上、医者としての僕でいたんだ。いつも、キミの体の状態が気になっていた。もちろん、君の体の心配をするのは、夫としても当たり前だとしても、でも、やっぱり僕は医者だから、、、、ずっと、、多分、普通の夫婦以上に」莉花は微かにうなずく。「・・だけど、今日は、今日だけは、ただの男になる。医者であること、、君の主治医であること、、あと、悪いけど、君の病気のこと、何もかも忘れる。今日だけ。。いいな、莉花?」「・・・それ、、って。。?」信じられない、という顔で見る莉花。僕はもう、ガマンできずに、莉花の首筋に口づけ耳元で囁く。「ああ。今日は我慢も避妊もしない。欲しいだけ、欲しいまま、莉花を抱く。そして・・・子供ができたら、、それが僕たち夫婦の形だよ」「先生・・」呆然と呼ぶ莉花に、「って、呼ばないでって言ったろ?」「だって、、、、なんて呼んで良いのか分からないわ」莉花があんまり戸惑っているから、僕は笑って、「じゃあ、いいよ。何?」僕の目を見つめながら、しばらく言葉を捜していた莉花が言う。「ありがとう。・・なんて言葉じゃ、表現しきれないわ。夢みたい。。」僕は涙を浮かべる莉花を強く抱き寄せ、「夢じゃないよ。現実だ。いいだろ?1度だけ」尋ねる僕に、「うん。うん・・・。」何度もうなずいてから、「・・・シャワー浴びてきてもいい、、かしら?」「もちろん。ごゆっくり」歩き出す莉花に、「莉花」振り向く莉花。「愛してるよ」莉花は一瞬泣きそうに顔をゆがめてから、戻って来、僕に抱きつく。「私もよ、先生。愛してる。ほんとに、、ありがとう。」しがみつくようにして言う莉花の背中を撫ぜ、落ち着くのを待ってから、「いっといで」というと、莉花は、こっくりとうなずいた。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.12
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1度だけ。その1度のために、僕はいろんな準備をしていった。もちろん、莉花には内緒で。莉花の体調によっては、ギリギリで延期や中止ってこともありうるから。これ以上、、、落胆させたくはなかった。多田に相談して、莉花の、一番妊娠しやすい日を知る。そして、僕はギリギリまで、莉花の体調を確認した。準備が整い、ある夜の夕食後、僕は何気なく、莉花をデートに誘う。「・・なあ、莉花」「なあに?」「明日、デートしない?」莉花は、お茶を入れかけている手をとめて、「デート?」「ああ。デート。ホテルのディナー予約したから、一緒に食事して、泊まろう」莉花は驚いたように、「泊ま・・っ?・・だって、先生、病院、、は?平日よ?」確かに。妊娠に適した日を選んだら、そうなったんだ。「明日午後から、と、明後日休みもらった。たまにはいいだろ?」「ほんとに?大丈夫なの?」「ああ。最近はさすがにユウコちゃんもおとなしいからね。」と言うと、莉花も笑う。「あ、でも、、」と莉花は表情を曇らせる。察した僕は、先に言う。「君の休みもとってあるから」「ええっ?」「明日から3日間、休めるように、園長先生に僕からお願いしておいたんだ。君には内緒で、って」「3日も?」「ああ。君には、僕より休養が必要だからね。莉花が普段よく頑張ってるからだろうな、快く承知してくれたよ」莉花は、「・・次行ったら、ちゃんとお礼言わなくちゃ」僕はうなずいてから、「明日、2時には戻れるから、僕が着替えたら出かけよう。おしゃれして待ってなよ?」「うんっ。この間買ってもらったワンピース着てもいい?」それだけで、満面の笑顔をみせてくれる莉花。それに合わせてうなずく僕まで、嬉しくなる。「あ、そのワンピースと似合う僕のスーツとネクタイも、選んどいて」「はいはい」と笑う莉花だったが、すっと真顔になる。「どうした?」「先生、、、疲れてるの?」心配そうに問う莉花。「いや、なんで?」「だって、急にお休み取るなんて。。珍しいから」不安げに僕を見る莉花に、僕は、笑って首を振り、「全然、元気だよ?」「だったら、いいんだけど」まだ心配そうな莉花。ったく、莉花に体調心配されてるようじゃ世話ないよな、僕も。しっかりと目を合わせ、安心させるように、言う。「ほんと何にもないよ。ただ、久しぶりに莉花とゆっくり過ごしたくなったんだ。たまには、豪華にね。だから、純粋に楽しみにしてて」莉花はやっとほっとしたように、「分かった。すごく楽しみだわ」と微笑んでくれた。莉花は淹れたお茶を僕の前に置いてから、自分の分の湯飲みを持って座り、「これ飲んだら、もう、お風呂はいって寝ちゃおうっと」僕もお茶を飲みながら、「そうした方がいいね。莉花が体調崩したら、デート中止だよ?」「だから、早く寝るの~っ。先生も早く寝てよ?」「はいはい」並んでベッドに入ると、すぐに隣で寝息を立て始めた莉花の寝顔を僕は、見つめる。莉花、今どんな夢見てる?そんなことを思いながら、これまでの莉花とのことを次から次へと思い出す。莉花、僕は、君を少しでも幸せにしてあげてこられただろうか?僕との人生を選んだことに、後悔はない?僕は、本当に君に出会えたこと、君がそばにいてくれること、幸せだよ。・・・明日は、どんな日になるだろう。ここまで来たら、子供ができてもできなくても本当にどちらでも、「いい」んだ。僕は、莉花を愛している。それを、もっともっと伝えられることができたなら。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.11
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表面上、僕たちはまた日常を取り戻した。莉花は、上手に、本当に子供のことなんてあきらめたような顔をしていた。だけど、莉花の笑顔は、少し温度が下がった。たぶん、あきらめと共に。でも、あきらめられない想いとともに。僕は、時間があればいつも、あの時の莉花の言葉を思い出していた。莉花が子供を欲しがる理由が、僕のため、だったなら、僕は、きっと絶対に子供をつくろうなんて思わない。莉花の死後のさみしさや辛さなど、全部1人で引き受ける上での告白であり、プロポーズだったのだから。だけど、莉花は、莉花のためだと言った。それを思うと、少し、迷いが生まれた。僕の中にある、医者としての僕からすれば、患者である莉花の妊娠なんてもってのほかだ。その危険性から、主治医として、決して許すことはないだろう。僕の中にある、夫としての僕からしても、病気の妻の莉花の妊娠なんてもってのほかだ。莉花の死期を早めるようなこと、どうしてできるはずがあるだろう。だけど、医者として、夫として、以外の、その隙間にある、ただの僕には迷いがある。莉花の、最初で最後といってもいいわがまま、かなえずに逝かせてしまっていいんだろうか。あきらめさせていいんだろうか。僕のためでなく、莉花のために。莉花・・・。その日も、休憩時間に、庭のベンチでぼんやりとそんなことばかり考え続けていた僕。「おい」急に声をかけられて、驚いて見上げる。「・・多田君か」クマ先生だった。「どうしたんだよ、辛気臭い顔だな。莉花さん具合悪いのか?」「・・いや」「じゃあ、柚子ちゃんのことか?彼女なら、順調だろ?言いつけどおり、おとなしく暮らしてそうじゃないか」「違うんだ」「じゃあ、なんだ?話せよ。医者がそんな暗い顔してると患者が不安になる。」「・・・」「話せって」「まあ、君に相談するのがもしかしたら正解かもな」「なんだよ?」僕は、多田に全てを話した。聞き終えて、多田は、「・・・なるほどね。子供を作るか作らないか」「どれだけ考えても答えが出ない」多田は、あごを撫ぜながら、「莉花さんは、100%欲しいんだろう」「ああ。そうだと思う」「君は?」「僕、、?」「ああ、2人の子供、欲しい気持ち」「僕は。。」「100%、だろ?」「・・・そういう瞬間も、、なくもない。」「なんだよ、煮え切らないヤツだな」「仕方ないだろ?莉花の命がかかってるんだ」多田は、しっかりと僕を見て、「高崎くん、妊娠と出産は、どんなに健康な女性にとってもある意味命がけの行為だよ?だけど、それでも、人は、いや、ありとあらゆる生物は、子孫を残していく。命がけでね。僕は、もちろん、莉花さんの体が、どんな状態なのか、正確には分からない。だけど、彼女自身は分かっているだろう。彼女自身の体なんだ。もしかしたら、主治医である君以上に。その上で、子供を望んでいる。もしかしたら、君たちの子供として生まれたいと強く願う命がどこかで待っているのかもしれないな」「生まれたい命・・?」「ああ。何もただやることやったからって子供ができるわけじゃないんだぞ?100回やったって、できないこともある。欲しくてもできなくて、苦しんでいる夫婦だってたくさんいるんだ。もちろん、逆に1回やっただけで、できることだってある。不思議だよな。」「・・君、産科医だろ?君が不思議なんていってていいのかよ?」「いいんだよ。ほんと、生命の神秘だよ。不思議なんだよ。それでいいんだ。何もかも科学や医学で解明されればそれでいいってもんじゃない。少なくとも、生死に関わることは特に」万感の思いを込めて言う多田。「なあ、高崎君。君は迷ってる。きっと、ずっと迷うだろう。子供を作っても作らなくても。きっと、一生迷うだろう。後悔だってヤマのようにするはずだよ。でも、それは、仕方ないよ。だって、君は、莉花さんを愛したんだ」僕はうなずく。「きっとずっと迷う。・・・だったら、一度だけ、莉花さんの気持ちに寄り添ってやったらどうだ?」「一度だけ?」「ああ。それほど悩んでいたら、きっと何度もは無理だろう?だから、一度だけ。それで、子供ができるかできないか」「賭けみたいなもんかよ?そんなわけにいくかよっ」憮然とする僕に、多田は笑って、「賭けなんかじゃないよ。勝ちも負けもない。良いも悪いもない。ただ、その結果が全てだ。つまり、どんな結果でも、結果オーライ。君たちは、もう、そこまで悩んできたんだから、それでいい」「結果オーライ?」「そう、考えていても、答えは出ない。なら、運命に任せろよ。その運命を確かめるための、1回だ。もしも、君たち夫婦の間に、絶対に生まれるべき命があるなら、1度で十分。それで答えが出る」運命。僕は目を閉じ、莉花を想う。大切な大切な莉花。あの日から、全ての希望を心の奥に閉じ込めてしまった莉花を、僕は知っている。元々、希望と呼ぶには、淡すぎるものだったかも知れない。でも、それまでは、確かにあったもの。ただ、莉花は、静かに、胸の奥で願っていたこと。口に出したことで、全てを僕が否定してしまったんだ。それでも、僕に対して、代わらない態度で、優しく微笑んでくれている莉花。だけど、これまでとは、違う、あきらめを心の底にしきつめた莉花。。僕には莉花しかいないように、莉花には僕しかいない。僕が莉花にできること。たとえ、子供ができなかったとしても、莉花は、、僅かでも、救われるだろうか。でも、、もしも、子供ができたら、莉花は。。そして、僕は覚悟を決める。僕の表情を読んで、多田は、「妊娠したら、出産するまでのことは、柚子ちゃんと同じように、僕が引き受ける。産科でのことについては心配いらないよ。僕の腕は確かだ。」腕組みをして、真顔で言う多田に、確かにそうだと思いながらも、「自分でいうなよっ」と突っ込む僕だった。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.10
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僕は、夜道を早足で歩きながら考える。柚子が妊娠を告げにき、そして、彼女は産むということ、僕は産むことをバックアップすることを決めた日から、いつかはこの時がくると分かっていた。莉花が、僕に、子供を望む日が。莉花は子供が大好きだ。そんなこと聞かなくても分かる。なんたって、保育士をしているんだ。だけど莉花自身の子供を産ませてはあげられない。僕の子供を産ませてはあげられない。僕は、病室で彼女を抱き寄せてから、1ヶ月で彼女にプロポーズをした。その時も、彼女は、その早さよりも、子供が産めないことを理由に、渋った。「だって、結婚って私達だけの問題じゃないもの」というのが莉花の言い分だった。僕はありとあらゆる言葉を使って、莉花を説得した。僕に必要なのは、子供ではなく莉花であること。そして、早く生活をともにしたいこと。少しでも長くそばにいられるように。結果、莉花は僕にうなずいてくれたけれど、それでも、莉花がそのことを、この8年の結婚生活の間、ずっと気に病んできたことを僕は知っている。いつのまにか、公園の噴水までたどり着いていた僕は、水のしぶきを眺めながら思う。もっと、冷静に対処したかったのに。僕は、もっと、優しく、受け止めてあげなくてはいけなかったのに。自分の未熟さにあきれ返る僕。僕の方が感情的になってどうすんだよ。さあ、帰ろう。莉花の待つ家に。いつもの冷静な僕に、戻って、ちゃんと。ちゃんと、莉花を抱きしめてあげなくては。辛いのは莉花のほうなんだ。そう思った瞬間、僕は、もう、ほとんど走り出していた。家のそばまでたどり着くと、莉花が門の前に立っているのが見えた。僕は慌てて駆け寄る。「何してるんだよ、こんなとこで。入ろう」息を切らしたまま促すと、莉花は僕の腕をしっかりと掴んだ。玄関に入るなり、僕に抱きついて、「先生、ごめんなさい。わがまま言って困らせて。先生の気持ち、何も考えていなかった。こんな私を愛してくれて、結婚してくれて、2週間に1回しかできないのも我慢してくれて、とっても大切に、優しくしてくれて、それに、体のこと、、、これまでに散々心配かけてきたのに。この上、わがまま言うなんて、私、ほんとにひどいよね。・・・許して」僕がいない間、きっとずっとこんな風に自分を責めて、、、そう思うと可哀相になる。「莉花。謝るのは僕のほうだよ。ごめん。ひどいことを言った」「ひどくなんて、、、ないよ。『誰か他の』って言われて、私、後から、、そうよね、って思ったもの」僕は驚いて莉花の顔を見る。「・・・莉花、キミ、まさか、子供を持つために、僕と別れようなんて・・」莉花は、僕の表情を読んで、「違うよ、先生。誤解してる。子供を持つのは、私が、じゃなくて、先生が、だよ」「え?」「私、ずっと、いつか来る自分の死ぬ日のことを考えてた。私は、先生と過ごせたことで、とても幸せな気持ちでその日を迎えられる。だから、そのことは全然怖くないの。だけど、その後、、先生は、、って」「莉花・・・」「きっと、私の死を哀しんでくれる。優しい先生だもん、きっと、辛い思いをする。だから、そんなときに、もし子供がいたら、違うんじゃないかなって思ったの」莉花は、そこで、言葉を切り、少し無理に笑って言う。「だけど、それは、僭越なことだよね。さっき、先生に、『誰か他の』って言われて、そうか、、って、初めて気づいたの。私ってほんとバカ。ねえ、先生。先生は、、、私が死んだって、新しいほかの誰かと、また新しい、温かい家庭を築いて、子供だって何人だってもつことができるんだって」「僕は、そんなつもりで言ったんじゃない」「わかってる。でも、聞いて?」震え、ひきつる唇を必死で、抑えつけ、言葉をつなぐ莉花。「こんな私なんかが無理して子供を産まなくてもいいんだって気づいたの。。先生は、素敵な人だもん。きっと誰かが、、、。。だけど、、先生、私、、、なんで?なんでなのかな?それに気づいても、やっぱり、私の中の、先生の子供を産みたい気持ちは変わらなかった。。。私が産まなくたっていいのに。でも、産みたい。・・・結局、先生のために、なんて、思っていたけど、違ったの。先生、私、、、私、、ただ、。先生を愛して愛された記憶を遺したかったのかも。私は死んでしまっても、先生に忘れられたくなかったのかも。だから、子供が欲しかったのかも。・・・そこまで、思ったら、私、、もう、自分を抑える自信がなくなった。先生、私、そばにいたら、きっと、ずっと同じ我儘を言って困らせる。だったら、何も死ぬこと待たなくても、もう、いいじゃないって、私は先生に十分愛してもらったんだもの。先生を解放してあげたいって、先生。もう、私と」何もかも、吐き出させようと思って黙っていたけれど、その先を聞くわけにはいかない。僕は、強く抱き寄せて、莉花に口づける。重ねた唇をすれすれ離して、額をくっつけて言う。「バカなこというな。僕はキミを失うことなんてできない。まして、子供を持つために、キミを失って、他の誰かを愛することなんて、ありえない。そんなこと、君にだって分かりきってることだろう?それとも、こうやって言わせたいのかな?」「・・・・先生、私」僕はもう一度、くちづけて黙らせてから、「いいよ。君が納得するまで何度だって言ってあげるよ。僕は莉花を愛してる。出逢った日からずっと、気が狂いそうなくらい愛してる。他の誰も代わりにはならない。これまでも、今も、これからもずっとだよ。・・なあ、莉花、僕だって、心底の正直な気持ちを言えば、莉花との子供、欲しいよ。大切な、大好きな莉花との子供。可愛い莉花の分身。莉花の言うように、もしも、莉花が死んだら、僕を、癒し続けてくれるだろう。だけど、僕は莉花自身よりも、莉花の体を考える立場にある。夫としても、医者としても。だから、望めないことは、考えないようにしてきた。君が、きっと自分を責めるから。」僕は莉花の顔を上げさせて、目を見つめて言う。「どんな我儘も言えばいい。何度でも言えばいい。君のわがまま、全部かなえてあげられないことが悔しいけれど、それでも、僕は精一杯、莉花を愛してるんだ」莉花は潤んだ瞳を閉じ、涙が幾筋も頬を伝う。「ありがとう、先生、、、ごめんね」そして、莉花は、もう二度と、自分から子供が欲しいと言うことはなかった。でも、、いや、だからこそ、僕は・・。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.09
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急に強くなった雨音。吹き降りの雨が、窓にも容赦なくあたり始める。ただ、もう2度と動かない莉花のそばに立ち尽くす僕。肩に手を置かれ、ゆっくりと振り返ると、産科医の多田がいた。彼とは同期で、気心が知れた仲だった。だから、柚子のことでも、莉花のことでも、彼を信頼し、無理を頼んだ。背が低くずんぐりとした体型で、どこまでも毛深い彼は、「クマ先生」と愛称で呼ばれ、その優しい人柄からも、みんなから親しまれている。いつも、人懐こい笑顔を絶やさない彼も、今は、沈痛な面持ちで、僕の肩を何度か叩く。莉花が出産したとき、すぐそばで、主治医として、夫として控えていた僕と、莉花の目の前に、多田は生まれたばかりの赤ん坊を差し出し、「ほら、高崎くん。キミたちの子供だよ。かわいい女の子だ」にっこり笑う。僕は、慌てて聴診器を取り出し、目を閉じて胸の音を聞く。乱れは、、ない。ほっとして莉花を振り返り、うなずく。莉花も、ゆるく微笑んだ。赤ん坊を眺めてから、莉花は、「ね、言ったでしょう?女の子だって」僕はうなずいて、「キミそっくりの美人だよ。・・美莉、だな」というと、莉花は静かにうなずく。産後すぐに意識不明に陥った柚子に比べ、計器はさほど、悪い数値を示してはいないが、やはり、相当な負担があっただろう。ぐったりしている。美莉が、生まれて最初の測定などに連れて行かれている間、僕は莉花の手を握り、額にかかった前髪をそっとかきあげてから、手のひらで額を撫ぜる。莉花は握られた方の手にそっと力を込め、僕の目を見つめ、「先生、ほんとに・・・ありがとう」出会った時はもちろん、恋人になっても、結婚しても、変わらず僕を、「先生」と呼び続けてきた莉花。医者として彼女にできたことなど、何もないといっても過言ではないのに。僕は、首を振って、「僕は何もしていないよ。莉花・・、頑張ったな。お疲れ様。」「・・私のわがまま、聞いてくれて本当にありがとう」僕は、莉花を愛していたけれど、莉花との間に子供を考えてはいなかった。莉花の体への負担を考えれば、当然のことだった。だから、柚子が妊娠をしたときも、僕からは知らせなかったのだ。けれど。「今日、ユウコちゃんに会ったわ」あの日、家で食後のお茶を飲みながら、莉花がこう切り出した時、僕は、マズイな、と思った。だけど、冷静を装って、「へえ、どこで」と尋ねる。莉花もなんでもなさそうに、「駅前のデパートで」「そうなんだ。今日、診察に来ていたからね。帰りに寄ったのかな」「ええ、そういってたわ。あなたと、そして、クマ先生に診てもらったって」そこで少し、莉花の声の色が変わる。僕は、「莉花、、」と言いかけるけれど、莉花は、「どうして教えてくれなかったの?ユウコちゃんが妊娠したってこと」僕はとぼける。「そんなこと、、ダレにでも話してもいいことじゃないんだよ。僕は医者なんだから」莉花は、そのことには、何も言わず、しばらく黙った後、ただ、ポツリとつぶやく。「先生、私も、先生の赤ちゃん産みたい、な」「ダメだよ」莉花の言葉に重ねるように、即答の僕。莉花は僕を見つめる。「なあ、莉花、キミには、よく分かっているだろう?自分が子供なんて産んだらどういうことになるのか」「分かってるわ。だけど、ユウコちゃんだって・・」「・・ユウコちゃんのことだって、僕は、先に相談されていたら、許したりしなかったさ。それに、もっと早い段階で分かっていれば、絶対に、あきらめるように勧めたよっ」少しずつ声が大きくなっていってしまう。僕はため息をついて、気持ちを調える。でも、「だけど・・・先生の、子供産みたいの」繰り返す莉花に、「僕に君を殺せっていうのか?僕がキミを妊娠させるってことはそういうことなんだよっ」また堪えきれず大きい声を出してしまう僕に、莉花も、少し大きな声で、「そんなこと言ってないっ。でも、もう、先が短いなら、せめて、最後に、、」「先が短いなんてダレが決めたんだ?」莉花にだって分かりきっていること、僕だってもちろん知っていること。たしかに、莉花の命は、もうそれほど長くはないだろう。だけど、そんなこと、認めたくはなかった。「・・とにかく、僕には、キミを妊娠させることはできない。どうしても子供が産みたいなら、誰か他の」「先生」暴言を吐きそうになる僕を、莉花が静かにたしなめる。僕は、顔を覆って息をついてから、立ち上がり、「ごめん。・・頭冷やしてくる」といって、家を出た。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.08
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ずっと探していたけれど、見つからなかった鍵。だけど、気づけば、僕の体は、ベッドに身を乗り出して、莉花を抱き寄せている。カチカチになった頭の理解が少し遅れただけだ。心と体は気づいていた。そう、箱の鍵なんてとっくに、開いている。莉花の手を握った時に、きっと。鍵は莉花によって開かれた。もう閉じ込めなくてもいい想い。常識、理性、世間体。今、目の前にある、腕の中にある愛の前では、途端に無意味なものになる。さ、追いつけよ、僕の頭。ちゃんと莉花に、何かを伝えなくちゃ、僕の言葉で。「僕は・・」莉花を抱き寄せたまま、やっと言葉が出る。耳元で静かに囁くように伝える。「僕は、はっきりいって堅物だし、この通りダサくて、気の利いたこともいえない。だけど、ひとつだけ、キミに約束できることがある。僕は、キミにずっと長く安定した愛情をあげられる。だから、不安にさせることはないから、心臓に負担はかからない」莉花は、僕を少し押し返し、懐かしそうな目で僕の目を見上げていう。「ありがとうございます。先生。だけど、不安にはさせられなくても、今、こうして腕の中にいるだけで、すぐそばにいるだけで、かなり、ドキドキしちゃってるんですけど」「ほんとに?すごく冷静そうに見えるけど」しっかりとうなずく莉花。僕は、聴診器を取り出し、莉花の胸の音を聞く。たしかに、少し。「大丈夫だよ、このくらいなら。っていうか、僕はキミをこの程度しかドキドキさせられないのか。。」真面目な顔で、残念そうにそういうと、莉花は、笑って、「先生って。。」「何?」「いえ、おかしな人だなって思って」「そうかな?でも、僕は、もっとドキドキしてるから、キミに」そういって、聴診器で僕の胸の音を莉花に聞かせる。「ほんとだ」とうなずいて、自分の胸の音も聞く莉花。莉花は、胸の方はそのまま、耳の方を僕に返した後、「先生、じゃあ、もう一度、抱き寄せてください。もっとドキドキしますから」と、既に早くなりかけた鼓動で言う。僕は言われるがままに抱き寄せる。早くなる鼓動。少し体を離し、莉花の瞳を覗きこむ。想いを湛えた瞳、吸い込まれるように、僕は、莉花に口づける。自分の胸の鼓動と、耳から聞こえる莉花の鼓動が、寄り添うように速度をそろえる。もっとドキドキさせてみたいけど、莉花は明日検査の予定。だから、さすがに、これ以上は、ドクターストップ。と思ったところで、はっとして、それでも、僕は、ゆっくりと、莉花から離れる。「いけない、いけない」それでも、つい口に出してしまう。莉花が、「え?」と問いかける、イノセントな瞳に、もう一度、真面目な顔に戻って、白衣の乱れを直し、「勤務中だった。これじゃ、まるで、エロ医者だよ」という僕に、莉花は、また、笑う。「え~っと、じゃ、僕は行くから、ゆっくり休むんだよ」莉花は、ベッドに横になりながら、「は~い。・・・でも、さみしいです」「そういうこと言わない。僕だって同じ気持ちだよ。え~っと、続きは、また、今度、ちゃんとデートの時に」真面目にそういい置いて、またくすくす笑う莉花を置いて、ドアを出る。廊下を医者の顔で歩きながら、でも、時折、どうしてもニヤニヤしてしまう。あ~、僕って、、ほんと、しまりがないな。。やった~~~って、叫びだすのをこらえるので必死だなんて。僕は、何度も頬を両手で叩きながら、まっすぐ処置室に戻り、眠っている柚子の顔を眺めて、ほっとしてから、仮眠室へ行き、その朝とは全然違う、満ちたりた気持ちの中、少し眠った。それが柚子の1つ目の恋と、僕と莉花の始まりの記憶。もちろん、莉花と始めたことを、僕は一度も後悔したことはない。けれど・・・。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.07
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処置室から出ると、僕は莉花の病室に向かい、ドアをノックする。「はい」莉花の声に、ドアを少し開け、「高崎です。ちょっと、いいですか?」というと、莉花はすぐにベッドから起き上がり、「先生、柚子ちゃんは?」僕は、中に入り、静かにうなずく。「もう、大丈夫だと思います」莉花は、ほっとしたように大きく息をつく。「よかった」「きっと、心配されているだろうと思って、一応それだけご連絡に。念のため、一晩は、あちらで様子を見ます。明日の朝には戻るでしょうから、あなたも今日はよく眠ってください」それだけ伝え、「それじゃあ」と部屋から出ようとしたとき、「先生」と呼び止められる。振り返り、「何ですか?」莉花は、言葉を捜しているような表情で、しばらく僕の顔を眺めていた。黙って彼女を見つめていると、さっき思い出しかけた、彼女への想いが、心を占め始める。いけないと思っても、心は必死で彼女への想いを閉じ込めた箱の鍵をまた、探し始める。おい、よせよ、あきらめなくちゃいけない相手だろ?自分で自分に言い聞かせてみるけれど、莉花を目の前にしては、、それも、ほとんど意味をなさない。とにかくこの場を立ち去ろう。鍵が見つかる前に。そう決めて、軽く頭を下げ、もう一度、ドアに手をかけたとき、莉花が、もう一度僕を呼ぶ。「先生」僕は、気を緩めたら、また、彼女への想いが口をついて出てしまいそうな気がした。同じ失敗を繰り返すわけには行かない。だから、黙って、顔だけを彼女に向ける。「少しだけ、、、ここにいて、私の手を握っていてもらえませんか?」手を・・?僕が驚いていると、莉花はうなずいて、静かに目を閉じ、そっとその手を差し出す。僕は、何かにひかれるようにベッドの脇のイスに腰掛け、莉花の手を、両手で握った。瞬間、砂山が崩れるように、さらさらと自分の中で何かが、解き放たれていく。小さな手、細い指。大人の女性のものとも思えない。彼女は小柄だった。だから、手も、こんなに小さいんだな。当たり前のことを、確認する。足元から砂が崩れていき、現実から、浮いてしまいそうな体を支えるために、些細なことを、考えて自分を立て直す。でも、難しい。どのくらいそうしていただろう。気がつけば、僕も目を閉じていた。莉花が、ふぅっと小さく息をつき、僕の手を優しくはずし、そして、話し始める。その声に、僕は目を開き、彼女を見る。「先生、私、今日、手をつないで庭を歩く、ユウコちゃんと松山くんを見て、とても、幸せな2人を見て、私まで、幸せな気持ちに包まれました。・・でも、それと同時に、とてもさみしくなりました。私は、1人なんだって思い知ったから」静かに静かに言葉をつないでいく莉花。僕はただその唇の動きに、莉花の声に、時折、震える瞳に、囚われていく。「私、先生が、私を好きだと言ってくださった時、私が健康な体だったならよかったのに。と思いました。だったら、ためらわずに、きっと、受け入れられたのに、って。」小さな小さな莉花の声。僕は、反応すらできずに聞き入る。「・・正直、そんな風に思う自分が不思議でした。私は、どちらかといえば冷静な人間です。ほとんど破綻していたとはいえ、婚約者がいる状況で、誰かに愛を告白されても、心が動くような人間ではありません。まして、出逢って間もない人に。・・だから、ただ、病気を知り、婚約者まで失いそうで、不安定だった自分が、先生に、というよりも、誰かに、甘えたいんじゃないのかと自分を疑いました。でも、もちろん、どちらでも、同じことでした。私の先生への気持ちが、愛でも、甘えでも、関係ない。私は、こんな体で、誰かを愛したり、誰かに愛されたり、甘えたりするわけにはいかない、そう思いました。うまくいっても、いかなくても、哀しい結末しか見えないから。。だから、お断りしたんです」莉花は、僕を真剣な目で見つめ、「でも、私は間違っていました。こんな体だからこそ、誰かを愛し、愛されたい。たとえ先は見えなくても、ただの、、、一瞬の愛でも。」窓の方へ視線を移した莉花は、「柚子ちゃんと松山くんを見ていたら、私も、愛を伝えたい、そう思いました。見えない未来のことばかりを考えて、今、確実にここにある、愛に、背中を向けるのは、間違っている。そして、気づかないフリをして、抑えつけることも、もう無理だって。」確実に、ある、愛・・・?「あの日、先生に感じた思いが、愛なのか、甘えなのか。あれからも先生と何度もお会いして、もちろん、ただの患者としてでしたけど、、それでも、答えは・・すぐに出ていました。・・・そして、今、手を握ってもらって、間違いないことを、確信しました」僕は信じられない思いで、流れるように続く、莉花の話の行方を見守る。そして、莉花は、しっかりとした口調で、僕に告げる。「今度は私から、言わせてください。私は、先生のことが好きです。私には、先生が必要なんです。そばにいてください、先生。・・・もしも、まだ、間に合うなら」これは、、現実に起こってることなのかな。僕は、とても不思議に感じていた。莉花が僕に愛を告白している?そんな、、まさか。。だけど、僕は、、、僕の莉花への想いは、心の奥に閉じ込めてしまって、僕は、ずっと鍵を、探していて、、。でも、必死で探しているのに、どこにも、見つからなくて。僕は・・・。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.06
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柚子を連れて処置室に駆け込み、安定状態に導くまで、僕はまた、生きた心地のしない時間を過ごす。柚子ちゃん、頼むよ、ほんと。僕、さっき松山くんに君の事、頼まれたところなんだよ。祈るような気持ちで処置を施す。しばらくして、安定を取り戻した柚子。僕は、そばにあるイスに腰を下ろす。そして目を閉じ、何度も何度も深呼吸する。ふと視線を感じて、柚子のほうを見ると、柚子は目を開き、こちらを見ていた。僕は、細かく何度かうなずく。色を失い、乾いた唇から、弱々しい声で、柚子が、「・・・先生、私・・」「もう、大丈夫だよ」「・・ありがとう。・・・ごめんなさい。」「ああ」とにかく、助かってくれた。今はそれだけで、何を責める気にもなれない。でも、柚子は自分から、「こんなこと続けてたら、いつか、本当に死んじゃうね、私」と微かに自嘲気味に笑って言う。僕は、膝に肘をつき、俯いて顔を両手で覆い、大きなため息をつく。僕がもう一度、顔を上げると、柚子は続けて、「だけど、先生、私、、ただ静かに、これから15年を生きるくらいなら、10年でも、5年でもいいから、思いっきり生きたい」「どうして、、、」僕はそれだけ呟くのがやっとで、言葉を続けられない。長くて、15年。確かに、僕の判断している彼女の今の余命。どうして、そんな正確に、柚子が・・?彼女の耳には入れずにきたはずなのに。呆然とする僕に、柚子は、子供とは思えないいたわるような優しい目で、「知ってたこと、隠しててごめんなさい。前に入院してたときに、先生が、私のこと、話してるの聞いちゃったんだ。夜中に、眠れなくてこっそりうろうろしてた時に。・・・先生も内藤さんも、泣いてくれてたよね?ありがと」内藤、というのは古参の看護婦の名前だ。確かに、いつだったか、、、そういうことがあった。血が逆流するような思いの中、僕はいまさらながら、とぼけてみる。「そ、そんなの、聞き違いだよ。早とちりすぎる。君は、、、死んだりしない」「せんせ」ゆるく首を振り、静かにただ、僕を呼ぶだけの声に、情けない僕はもう、それ以上続けられない。「嘘ついてくれなくていいよ。私、別に、怖くもつらくもないんだ、先生。先生が辛そうなのは辛いけど」僕は必死で言う。「柚子ちゃん、僕は、毎日必死で研究を続けてる。なんとか根治する方法を探そうって。余命なんて、ただの推論にしか過ぎない。それにしたって15年もあれば、僕は頑張って。。だから、、、」「分かってるよ。先生。分かってるって」うなずきながら、僕をあやすようにいう柚子。柚子は落ち着いている。彼女は自分で言うように、怖くも辛くもなさそうに。「だけど、柚子ちゃん」僕の声が変わったのに気付き、真面目な顔で僕を見る柚子。「余命を、、病状を、理解してるなら、、なんで、無茶を続けるんだ?思い切り生きたいって言っても、、せめてもう少しくらいは、、、自重してもいいだろう?」僕の頼りない、心細げな声に、柚子は、大人びた微笑を浮かべ言う。「先生、みんな、いつかは死ぬんだよ?私は、人よりは短いかもしれないけれど、その短い時間、全開で、私らしく生きたいの。後悔したくない。松山くんに恋したのだって、ドキドキして、胸は痛かったし、命も縮まったかもしれないけど、それでも、心地いい感覚だったよ?精一杯気持ちを伝えようとして、最後の最後に、奇跡みたいなタイミングで伝えられた。もう2度と会えないかもしれないけれど、でも、とても素敵で幸せな時間を過ごせた。窯で作品を生み出すのだってそう。どんなに体調が悪くなっても、自分が納得いく作品を作れたら、嬉しくて、とっても清々しい気持ちになれる。私は、幸せな人生を生きてる。だから、そんな、いたわるような目で、見ないで」正直でまっすぐな言葉。柚子をカワイそうだと一方的に考えていた、ひとりよがりな感情がすっと解けていく。確かに、柚子は、自分らしく、伸びやかに生きている。決してかわいそうなんかでは、、ない。そう考えたとき、僕は自然に微笑み、ゆっくりとうなずいていた。柚子は嬉しそうに、ニッコリ笑って、「ね。だから、私は、自分らしく生きる。先生が私の体のことも、私の病気のことも真剣に考えてくれてるのよく分かる。だけど、私は、病気のせいで、自分を狭めたくない。私、これからも、無理するよ」「柚子ちゃん・・」「やりたいことのためになら、無理をする。好きな人のためなら、好きなことのためなら、ガマンなんてしない。精一杯無理をする。そして、きっと、何度も倒れる。でも、きっと生き続ける。・・ううん、たとえ死ぬとしても、死ぬ瞬間には何も後悔をせずに済むように」「・・・」「ごめんね、先生。きっとずっと、心配をかける。だけど、、、、私が、それができるのは、先生、先生がいてくれるからなんだよ?だから、、、分かって、、そして、許してほしいの」僕はため息をつく。「許さないっていったって、聞く気なんてないんだろ?」柚子は、弱々しくも、悪戯っぽく、にこっと笑う。「ほんと、我がままで、、ガンコなんだからな、君は。」医者という立場からすれば、困った患者ではあるけれど。それでも、僕は、何より、柚子自身の人柄に、これまでずっと、医者という立場以上の親愛を抱いてきている。柚子がこういう少女だからこそ、僕は。延命することだけが、医者に望まれることではない。こんな彼女がこんな彼女らしく生きるためのサポートを、していくことだって、大切なのかもしれないな。もちろん、必死で研究は続けるにしても。天井をゆっくりと見上げ、柚子は、ふと、思い出したように、もう一度言う。「ねえ、先生、・・・松山くんも、私のこと、好きでいてくれたんだって」「ああ。本当に、よかったな」柚子は、少しうなずいてから、僕に尋ねる。「もう会えなくても、私のこと、ずっと覚えててくれるかな。。?」「そりゃ、忘れられないだろ」「だといいんだけど。だけど、松山くんの人生は、私より、きっと、ずっとずっと長いから」僕は言葉に詰まる。でも、搾り出す。「それでも、きっと心に残るよ」僕がそういうと、嬉しそうに柚子は微笑んだ。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.05
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柚子と松山くんは、庭の外周を、ゆっくりゆっくりと歩いていく。時には立ち止まり、見つめあい、ふざけあい、笑いあい。きっと、最初で、最後の2人の時間。そのことを、きっと2人とも分かっていても、それでも、今この時だけを純粋に、輝きあっている。繋がれた手に、どれほどの想いをこめて。隣に立つ莉花が、遠くを歩く二人を見て、静かに言う。「幸せそう」僕は、莉花のほうは見ずにうなずく。僕は、ここ数ヶ月、柚子が、ひたむきに彼を想う姿をずっと見てきた。彼のために、胸を焦がし、胸をときめかせ、胸を痛め、それでも、楽しそうに、幸せそうに、ただ遠くから彼を想ってきたユウコの初恋。それが、成就した。だけど、こんなタイミングでは・・・。遠距離恋愛。2人の年齢で、柚子の体で、存続できるはずもない。きっと2人ともそんなこと望んでいないんだろう。きっと2人ともそんなことどうでもいいんだろう。ただ、会えなくなる前に、こうして、互いに気持ちを伝えたがった。そして、お互いの気持ちを知り、胸の奥にしまいきれなかった愛が輝きだす。一瞬だけだとしても。今、確実に煌いている。そして今、僕は、その瞬間に立ち会っているんだ。そんな一瞬の愛を目の前にすると、莉花への想いを完全に閉じ込めている箱の鍵を必死で探そうとしてしまう。僕の中で、既に完全に眠り込んでいるはずの、ただひたむきに誰かを想う少年の心が、共鳴を始める。あきらめるって決めたのに。そしてそれはうまくいっていたのに。莉花に負担をかけてはいけないんだ。僕は、もう、少年じゃない。僕は、もう、大人なんだ。・・だから、これ以上、莉花を感じるわけにはいかない。そう、少し、そっけないくらいでちょうどいい。隣にいても、ちゃんと、距離を置いて。ただ、2人、並んで、若い2人を見つめていた。松山くんの後姿を見送ってから振り返り、ゆっくりと歩いてくる柚子。「行っちゃった」ポツリとつぶやく。莉花は、「ちゃんと気持ち伝えられた?」柚子は、微かにうなずく。「うん。ちゃんと渡したかったものも、渡せたし。・・・松山くんも、私のこと、好きでいてくれたんだって。全然、気づかなかった。・・今更、どうしようもないけど、、ね」「柚子ちゃん」「だけど、私、嬉しかった」それだけを、丁寧に言う柚子。莉花と僕は、うなずく。柚子は、もう一度、彼の去った方を振り返ってから、ふわりと僕の方に向き直り、「せんせ、ごめん・・・」「何?」「私、倒れてもい・・?」言い終わるか終わらないかのうちに、柚子は僕の腕に倒れこんできた。「おいっ」僕は、慌てて状態を確認する。そして、「柚子ちゃんっ」とうろたえる莉花に、「あなたは、病室に戻っていてください」「先生・・」「大丈夫ですから」と力強くうなずき、柚子を抱え上げ、走り出した。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.04
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「はい」返事をすると、ゆっくりとドアが開き、キャップをかぶった背の高い少年が顔をのぞかせる。僕の顔を見て、慌ててキャップを取り、「すいません、ここは浮田柚子さんの・・・?」と問う。キャップを取った頭は坊主頭、そしてなかなかの男前。よく日焼けして、礼儀正しい彼は、、もしかして。。「はい。そうですが。どちらさま?」答えを待たずに、「松山くんっ?」と、ふとんにもぐっていた柚子がぱっと起き上がりながら叫んだ。っまた、あんな激しく動いて。松山くん、と呼ばれた彼は、ほっとしたように、微笑んで、「ああ、浮田。俺。よかった、合ってた」「ええ~~っ、なんで?どうして?」「入院したって聞いたから」「だからって、来てくれたの?」「俺、引っ越すだろ?最後にどうしても会っておきたかったんだ」松山君の言葉に、100%驚きながらも、さっきまでの不機嫌、泣き顔はどこにいったのかと思うような、明るい表情の柚子。だけど、次の瞬間、自分がパジャマだったことを思い出したらしく、真っ赤になって、「あ、ちょっと、ちょっとだけ、待ってね」と手を伸ばしてカーテンを引き、「先生」とカーテンの中から、もう一度首だけ出して、僕を呼ぶ。僕は彼に軽くうなずいてから、カーテンの向こうに回る。すぐに小声で、「なんだよ、いつの間に、彼と。。そんな、、見舞いに来てもらえるような関係なら、退院だ外出だってごねずに、最初からこうしてもらえばよかっただろ?」言ってやると、柚子も小声で、「そんな、そんな関係じゃないよ。話だってほとんどしたことないのに。私だって驚いてるのっ」「・・・じゃあ、なんで」言いかける僕を、莉花は手のひらでそっと制して、自分も小声で、「彼をあんまり待たせちゃ悪いわ。引越し前の忙しい中、せっかくここまで来てくれたんだから」「ほんとだ。ねえ、先生、庭に出てもいい?」「ん~っ」絶対安静なんだぞ、本当は。難しい顔をする僕に、柚子は手を合わせて、「ゆっくり歩くだけだから。お願い」僕はため息をついて、「分かったよ。少しだけな。無理はするなよ?」「やった。ありがと~」というと、パッと立ち上がって、ロッカーから着替えを出し、莉花に、「ね、莉花さん、髪、お願いしてもいい?」「もちろん」とうなずく莉花。僕は慌てて、「おい、そのままでいいじゃないか」「やだ。パジャマなんて、さまにならないカッコで一緒になんて歩けないよ。ああ、もう、先生、それより、これ、抜いて」と点滴の刺さっている手を僕に差し出す。「これは・・」「いいから、早く。お願い」僕はしぶしぶ、針を抜き取り、ガーゼをテープで止める。済むと、「ありがと、じゃ、ちょっとだけ、松山君の相手してあげてて」と追い出される。相手、、たって、、なあ、、。ドアを開けたまま、所在なさげに立っている松山くんを廊下に連れ出す。男2人で、廊下の壁にもたれて少しだけ話す。「1人で来たの?」と僕が聞くと、「はい。・・あなたが、浮田の先生ですか?」「ああ。僕が主治医です」「そうですか。浮田、、どうなんですか?時々、入院してますよね」「少し無理が過ぎるとね、どうしても」「そうですか・・」浮かない顔になる彼。「心配かい?」「はい。いつも学校休んだり、入院したって聞くと心配でした。僕は、何もしてあげられなかったけど・・。僕、明日、引っ越すんです。だから、どうしても、最後くらいはお見舞いに。。というよりも、最後に、一目会っておきたくて」さっき柚子に話していたことを繰り返すその声の、真剣な色合いに思う。二人は、相思相愛だったってことなのか。だとしたら、随分、可哀相な展開だ。だけれど、こうして彼が会いに来てくれたこと、「ユウコちゃんも、とても、喜んでると思うよ」「そうですね。浮田は、僕を見るといつも嬉しそうに喜んでくれていました。」愛しそうに微笑んで語る松山くんに、「ユウコちゃんの気持ちに気づいてたの?」と驚いていうと、彼は、「はい。僕だって、ずっとずっと前から、浮田を。好きな相手の気持ちくらい分かります。浮田がそうしてくれていたように、僕もいつも浮田を見てきたから。」と言葉を切り、さらに、自分を責めるように、「・・・こんなことになるなら、もっと早く気持ちを伝えておけば良かったな、って思ってますよ。僕は。引っ越してしまったら、もう、多分、そんな簡単には会えないから。。」「手紙や電話があるじゃないか」松山くんは、残念そうな顔で、「それはそうですけど、だからって、今から恋人にはなれないですよ。浮田に寂しくて辛い想いをさせるだけだから。彼女の体にもよくないんでしょう?」僕は曖昧にうなずく。まだ中3だとは思えない意志をしっかりと持った大人びた表情。柚子を想って語るときの優しい瞳。柚子が夢中になるだけのことはある相手だな、と思う。「先生、浮田のことを、、よろしくお願いします」真剣な彼のまなざしに、僕は少し気圧されながら、「もちろん、了解。」と答える。一瞬後、ドアが開き、「お待たせっ」と、ワンピースに着替え、髪をアップにした柚子が飛び出してきた。こらっ、また、激しい動きをっっ!て怒鳴りかけたけど、さすがにやめた。見つめあう2人の瞳が、信じられないくらい、輝いていたから。ここで口出しするのは、野暮ってもんだよな。柚子の後ろから出てきた莉花も、そんな僕を見てうなずく。柚子を上下に眺めてから、「とっても可愛いよ」と、優しい笑顔で褒める松山くんに、とろけそうな笑顔で、「ありがと。庭、散歩しよう?」と答える柚子。お互いに想う気持ちを何も口に出すこともなく、それでも、早くも手をつないで歩き出した2人の後ろを、僕は莉花と並んで、そっとついていく。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.03
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僕が莉花への想いを封印してから、数ヶ月が過ぎ、その日は訪れた。「柚子ちゃん」病室に入った莉花が声をかけると、手の甲から点滴を入れられながら、ベッドに寝転び、天井を見ていた柚子は嬉しそうにこちらを向いたが、そばに僕がいるのを見て、顔を曇らせる。それでも、僕を無視することで気持ちを立て直そうとしたらしい。莉花にだけニッコリ笑って、「莉花さん。お見舞いにきてくれたの?」莉花は、微笑んで、自分のバッグを持ち上げて首を振り、「私も入院」柚子は嬉しそうに、「この部屋?」そこは2人部屋、ひとつは空いていた。「ええ。先生の配慮で」僕には全く反応せず、「そうなんだ~。嬉しいな。あ、でも、、調子悪いの?」「ううん、検査だって。ユウコちゃんは、、、具合悪そうね」柚子の顔色を見てとり、眉をひそめていう莉花。「そんなことないよ、全っ然、平気なのに。大げさなの、主治医が」主治医、という言葉だけ、いやらしい感じで吐き出すように言って、あっちを向く柚子。莉花は、こちらを向いて、「先生、に、随分、怒ってるみたいですけど・・・?」「だって、退院させてくれないんだもん。意地悪っ」背中のままでいう柚子に、僕は、「させられるわけないだろう?意地悪で言ってるんじゃない。どんな状態で運ばれてきたと思ってるんだ。生きてるのが不思議なくらいだよ」「そんなに?」驚く莉花に、「別に大したことなかったもん」と、また、こちらを向く柚子。「よくいうよ、僕だって生きた心地がしなかったんだぞ?」「別に、何もしてないじゃない」僕は、あきれて、「何もしてない?よくそんなこと言えるな。澤田さんに説明してみろよ、君がいったいどうして倒れることになったのか」柚子が危険な状態から脱するまで、処置を施しながら、本当に息が止まりそうなくらい心配していた僕は、やっと病室に帰れるほど回復したことで、ほっとした分、腹を立てていた。柚子は口を尖らせて答える。「別に、、松山くんに告白しようと思ったら、道の途中で倒れただけだよ」「告白?柚子ちゃんから?でもそれだけで、倒れるほどドキドキしちゃったの?」という莉花に、僕は横から割り込む。「それだけなら、問題ないんだよ。ただ告白のドキドキってだけならね」「だけじゃないの、ユウコちゃん?」柚子は伏目がちになって、つぶやく。「ちょっと、ここのとこ、窯にこもってたの。だから、少し体調悪くて。。」「ちょっと?この1ヶ月、ずっと窯にこもっていたんだろ?。だから、ロクに眠っていないんだ。ロクに飲みも、食べもしていないんだよな?」唇を更に尖らせる柚子に、莉花が、「それから?」「ちょっと徹夜して。。」「そう、そして、2日も徹夜して、ラブレターを書いた。寝不足のまま2晩、徹夜でだよな?」「それから?」「走ってたら、道で倒れたの」「・・・徹夜そのまま、坂道を走って学校まで行こうとして、その途中で倒れたんだ。死にたいのかって、100回くらい、怒鳴ってやりたいところだよ」できるだけ、冷静に言ったつもりだが、そうは聞こえなかったらしく、莉花が、仲裁役のように、僕の腕にそっと触れ、気持ちをなだめさせる。僕がふうっと、息を吐き、気持ちを整えるのを見ると、莉花は、今度は、柚子のベッドサイドに近づき、「どうしてそんな無茶を?」柚子は、すぐには答えない。その様子に、僕は納まらずにいう。「いつものことなんだよ」「違うもんっ」「違うって何が?それにしたって、今回のはひどすぎる。健康な人間だってそんなことしたら、倒れるよ。僕がどれだけ注意したって聞く気なんてないんだよ、な?」「先生」莉花の穏やかにたしなめる声に、僕は、少し控える。「ユウコちゃん、どうして?」優しく問いかける莉花に、柚子は、泣きそうな声で、「松山くん、引越しちゃうんだって、だから、私。。。何か記念になるものを渡したかったの。手紙だって、ちゃんと書いて渡したかったの」引越、、?そうだったのか。黙って驚く僕。莉花は、そんな僕を見てから、柚子に、優しく微笑んで、「そうなんだ。そこまでする理由があったわけね」「そうだよ。。先生は、怒ってばっかりで何も聞いてくれないんだも・・」拗ねたような柚子。莉花は、「先生は、柚子ちゃんのことが、大切だから怒ってるのよ?・・それで、、、渡せたの?」柚子は首を振って、サイドテーブルの上を指差す。そこには、少し泥で汚れた、小さな袋があった。「渡す前に倒れちゃって。。」「そうなの。可哀想に」柚子は僕に向かって、「先生、ね、松山くん、行っちゃうんだよ・・・。渡したら、すぐに戻ってくるから、だから、せめて外出許可頂戴?」懇願するように言う。そうと聞けば、渡させてやりたい。だけど、残念ながら、今の状態ではそんなこと、許せるはずもない。「だめだよ。絶対安静。・・僕が届けてあげようか?」僕の言葉に、柚子は、がっかりと、「人に頼めることじゃないもん・・」ポツリつぶやき、布団にもぐってしまった。僕は、ため息をつく。僕だってなんとかしてあげたいけれど、こればかりは、仕方ないよ、ユウコちゃん。莉花と2人やるせなく、目を合わせていると、ノックの音がした。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.02
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莉花は、柚子が退院するまでの、2週間に、何度か見舞いに訪れた。僕も、顔を合わせたけれど、お互いに、あのことについては、何も話さなかった。(僕は、柚子にも莉花に告白をしたこと、話していなかった。大騒ぎするのが目に見えていたから。)考えなしに莉花に思いを伝えてしまったことに対する激しい自己嫌悪。そのおかげで、莉花への募る思いもなだめられ、僕は、かなり冷静になっていた。1ヵ月後の診察時も、僕は、理性と、職業意識を総動員して、淡々と診察をした。問診も、しっかりと、冷静に。「じゃあ、また、1ヶ月後にお待ちしています」そういうと、「ありがとうございました」と、何もなかったように帰って行く莉花。彼女が診察室を出て行くと僕は、小さくため息をついた。なんか、ほんと、脈なしって感じ?・・でも、いいか。こうして診察にきてくれただけでも。彼女には、少なくとも、医者としての僕は必要なんだよな、そう思っていいんだよな。それで、十分じゃないか。やっぱり、、柄に合わないことはしないことだよな。患者に告白なんて、あの日の僕はどうかしていたんだ。機会をみて、彼女に、ちゃんと謝らなくちゃ。それよりも、もう、触れずにいくべきか・・。ああ、誰にも相談できないし、、、。でも、、莉花への想い、ちゃんと忘れて、仕事に専念しなくちゃ。だ。そして、午前の診察を終え、僕は、院外で食事をするために、待合室を通り抜けようとして、声をかけられた。「先生」見なくても分かる。莉花だった。「澤田さん」頭を下げてから、近づいてくる莉花。「お昼ですか?」「はい」「ご一緒してもいいですか?」「あ、ええ、、もちろん」「よかった」ニッコリ笑う莉花に視線は釘付けになる。ああっ、忘れるって決めたばっかりなのに。・・・でも、無理なんだよ。どうやって忘れるんだよ。診察のときはしっかり身構えていたけれど、こんな風に不意打ちされると、もう、心は躍り狂ってるよ。あぁ、ほんと、頼りにならない、僕の理性。だけど、きっと、莉花は。。「先生?」ぼんやりしていた僕は、慌てて、「っと、何食べたいですか?」「お任せします」「あ、、と、、どうしようかな・・」とっさにいくつか浮かぶ店。の、中でも、落ち着いて話が出来そうな、、「イタリアンでもいいですか?パスタかピザのランチ。」「もちろん」簡潔に答える莉花を促して外に出る。道中は、柚子の話をする。彼女は2週間おとなしく過ごし、無事に退院していった。それから、まだ会っていない。ということは、少しは僕のいうことを聞いているということだろう。店に着くと、奥のテーブルに案内してもらい、二人ともパスタのランチを注文する。ここだと人に聞かれる心配もない。きっと、話があるんだろうから。デートなわけがないんだし。「すいません。なんだか強引にお誘いして」謝る莉花に、「そんな、嬉しかったですよ」と答えると、莉花の笑顔のトーンが少し下がる。言葉の選択間違ったな。期待してるわけでもないのに。「あ、いえ、そんな、深い意味があるとは思ってませんよ」って言ってみても、なんだか、、なあ。。莉花は、僕を真剣な目で見つめ、「先生、私、先生にお話ししたいと思ってて、でも、、なんだか、なかなか言えなかったんですけど、、、私、やっぱり、婚約解消しました。それと、親にも、話しました。あの日、帰ってすぐに、病気のことも、婚約解消することも。両親には、優しく受け止めてもらえました。」一気に、話しだす。「そうですか」それ以上、なんていえばいいのか、分かんないよ。思いつく、どんな言葉も、軽くてむなしい。「・・・婚約解消は、思ったより、あっさりと済みました。あっけないほど、簡単に。引き止められることも、引き止めることもなく」浅く微笑んで、淡々と伝える莉花。僕はただ、うなずく。きっと痛かった彼女の胸を思って。ほんとなら、抱きしめて頭を撫ぜてあげたかったけど、もちろん、できない。莉花は続ける。「だから、彼と別れることよりも、むしろ、両親を悲しませたことがつらかったです。」そこで、莉花は、少し言葉を区切って、「とはいえ、やっぱり、私の中で、恋愛と結婚の意味は随分変わってしまいました。彼とのこと、もう悲しくはないけれど、やっぱり深く傷ついたから・・。だから、だから、私、、」そして黙る。僕は続きを待つが、続けられない莉花。僕は、自分から、いうことにする。彼女に、悪くて。「澤田さん。次にあなたの言おうとしていることは、僕にはよく分かっています。・・でも、、だから、僕に、先に謝らせてもらえませんか?」莉花は真面目な顔で僕を見つめる。「僕は、正直、今日、あなたが診察にきてくれて、とてもほっとしました。本当は、もう、きてくれないんじゃないかと思っていた。僕が、あんなことを言ってしまったから。ただでさえ、つらい立場にいたあなたに、心にも心臓にも、余計な負担をかけてしまった。医者として、いえそれ以前に人間として、間違ったことをしてしまったと思っています。本当に、すいませんでした。僕の言ったことに、返事はいりません。ただ・・・忘れてください」莉花は、僕を見つめ返し、少し、唇を震わせたが、「はい。すいません」と微かにうなずく。僕はそれを見てから、はっきりと、「謝るのは僕のほうです。・・・でも、、医者としては、このまま、あなたのそばにいさせてください。お願いします。」と告げる。莉花は、ほっとしたように、微笑んで、「それは、こちらからもお願いします。」僕もほっとして微笑んで、うなずく。そして、莉花は、「先生、でも、お気持ちは本当に嬉しかったです。」と言ってくれる。僕は小さく首を振る。振るしかなかった。食事が運ばれてくる。まったく、いいタイミングだ。僕は微笑んで、「さ、食べましょうか?おいしいですよ、ここのパスタは」うなずき、フォークで器用に巻いて食べ始める莉花。僕も普通の顔をして食べ続ける。そして世間話、時には冗談なんかも言いながら。そのくらい、できるよ、僕だって。大丈夫だよ。僕は、大人だから。自分の感情くらい抑えられるよ。ほんと平気だよ。これからは、普通の顔をして、ずっと医者の顔だけをして、莉花になるべく負担をかけないように。そうしなくては、いけないんだ。そして、そういう日々を積み重ね、僕は、ゆっくりと、彼女への想いを、心の奥に閉じ込めることができた。・・・はずだった。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.07.01
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「今、、なんて?」莉花のぼんやりした表情と、声に、僕は瞬時に、我に返ったけれど、ここで引くわけにはいかなかった。もちろん、言わないのが一番よかったけれど、いったん口に出してしまったこと、引っ込めるわけにもいかない。「・・唐突なこと、分かってる。だけど、僕は君のことが、好きなんだ。」莉花は、眩しいものでも見るような目で僕を見る。僕も見つめ返す。長い沈黙の後、彼女は、こういった。「・・・なぜ?」「なぜ・・・?」「ええ、だって、先生、、は、、私のことなんて、何も知らないわ」「確かに、知らない」「だけど、私の病気のこと、私の体のこと、は、一番よく分かってる」「確かに、分かってる」「それなのに、その上で、私を?」「ああ。好きなんだ。だから、そばにいさせて欲しい。そばにいて欲しい。そう思ってる。こんなに早く伝えるつもりは、なかったけれど。でも、本当の気持ちなんだ」僕は、瞳からも手放しで溢れる莉花への想いを隠しもせずに見つめていう。莉花は、あきれたように、微笑んで、「こんな先のない相手に、そんな気持ちを抱くのも、そんな気持ちを伝えるのも、あまり、賢明だとはいえませんね」「先が、、ない・・・?」呆然とつぶやく僕に、莉花は、丁寧に言い直す。「そうですよ、先生。私なんかと恋愛しても、どれだけ生きられるかも分からない。ですよね?それに生きられたとしても、結婚には絶対たどり着けない。・・・あ、それとも遊び、なんでしょうか?結婚なんて考えない恋愛、たくさんあるんですよね。・・私が、真剣に取りすぎなのかな」僕は慌てて否定する。「違うよ、僕はいたって真剣な気持ちのことを話してるんだ。遊び、なんて、ありえない。それに、澤田さん、あなたは何か勘違いしている。僕はあなたとの恋愛に先がないなんて思わない。ずっと一緒にいたいと思ってる」「・・だったら、やっぱり、、、賢明とはいえませんね」莉花は、同じ言葉を繰り返して、立ち上がる。「澤田、さん・・?」僕は彼女を見上げる。「先生、私、柚子ちゃんのお見舞いって、来てもいいんでしょうか?」莉花は僕には横顔のまま言う。突然の話題の変化に、戸惑いながらも、僕は答える。「あ、、ああ、もちろん。是非来てあげてください。彼女はきっととても喜びますよ・・」「何か、好物ってあります?ユウコちゃん」僕は思い出して答える。「シュークリーム」「シュークリーム。・・・差し入れしてあげてもいいですか?」「ええ、かまいません。食事制限が必要な病気ではありませんから」「分かりました。じゃあ、今日はこれで失礼します」立ち去ろうとする背中に、僕は立ち上がり、「澤田さん」と声をかける。莉花は立ち止まり、背中のまま答える。「・・・少しだけ考えさせて下さい。・・・先生、私はまだ、婚約中ですから、一応」「・・・分かりました。当然のことです」少し頭を下げて歩き去る莉花。僕は力なく再び腰を下ろす。途端に思う。あ~あ~あ~、なんで、あんなこと、言っちゃったんだろう。好きだという気持ちに嘘はないし、伝えたことに後悔はない。だけど、彼女が、こんなに大変な時に、僕は更なる悩みを与えてしまった、と思うと、自分を殴り飛ばしたくなる。これっきりってことないよな。。。?僕はとても、不安になる。背中にひやりとする汗をかく。気まずさに、、、男としての僕だけではなく、主治医としての僕の前からも彼女が姿を消してしまったら?それが、一番怖いことだった。僕のバカ。・・・僕は、ほんとに、バカだよ。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.06.30
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僕は気になって、もう一度庭に戻る。いたいた。やっぱり、さっきのベンチに。僕らと一緒にご飯を食べたりしてたし、誰かを待っているってわけでもないんだよな。莉花は、背筋を伸ばし、ただ、やや俯き加減にぼんやりと、芝生を見つめている。さっきはあんな風に言ってたけれど、やっぱり、彼女はまだ、、、?彼女の心に何が浮かんでいたとしても、その憂いを帯びた表情は、とても綺麗で、僕はいやおうなしに見とれてしまう。・・僕は、少し迷ってから、声をかけた。ちょっと考えたけど、医者らしく苗字で呼ぶことにする。簡単に、莉花さんなんて呼べる柚子が、うらやましい。「澤田さん」「先生」莉花は、こちらを見て、ゆっくりと笑顔になり、「さっきはご馳走様でした。私、お礼もちゃんと言えてなかった」「いいんですよ、そんな。こちらこそ、強引にすいませんでした。隣、座っても?」僕にしては相当、大胆なアプローチだ。莉花はにっこり笑って、「どうぞ」僕が座るのを見てから、莉花はいう。「ユウコちゃんは?」「ああ、もうちゃんと、病棟に放り込んできました。いつも入院ってなると、けんかですよ。」「ふふ、そこもまた、とても可愛いですね」「ああ、、、確かに。本人の前では言いたくありませんが、、、僕もそう思います。減らず口にいつもやり込められてますけど。。澤田さんは、まだ、・・帰らないんですか?」余計なことだと思いつつも聞いてしまう。「帰らないと、、とは、思うんですけど、、、」少し疲れた様子の莉花。「具合悪いなら、少し横になりますか?」「いえ、体調の問題ではなく、、両親にどう説明しようかと。帰ったら、病気のことも、結婚がだめになることも、話さないわけにはいかないから」そうか、彼女が今悩んでいるのは、ご両親のことだったのか。彼女は、最初に診察に来た時から、一貫して、両親に心配をかけたくないと思っているようだった。普段なら、彼女のように独身で若い患者の場合、ご両親を呼んで病状の説明を行う。しかし、彼女はそれを拒み、自分が聞くと言い張ったのだ。「病気のこと、言いにくかったら、今からでも、僕が直接伝えましょうか?」莉花は、静かに微笑んで首を振る。「いえ、自分で、何とかします。ありがとうございます」「だけど、、」莉花は、こちらを向いて、「先生」莉花にまっすぐに見つめられ、僕は、少しドキドキしながら、答える。「何ですか?」「先生は、、誰にでもそんなに優しいんですか?柚子ちゃんにも、とっても優しかったけど」楽しそうに問いかける莉花。僕は言葉につまる。「いえ、そういうわけでは。。ただ、彼女は、僕が医師になって、初めて担当した患者なんです。、、、だから、つい、思い入れが深くなって。本人も、とてもいい子ですし」莉花も、ここにいない柚子を愛しそうに思い出すような表情で、「確かに、とっても、いい子だわ。彼女。何か、人に好かれるものを持っている。私も、すごく魅かれました。」僕は、うなずく。どんな表情を浮かべていても、僕の目は、莉花に釘付けになる。ただ普通に会話をしているだけなのに、莉花に対する想いが、噴出しそうになるのを、必死で抑える。抑えられるはずだった。『じゃあ、1ヶ月後に。お大事に』そう言って立ち去ればよかったんだ。常識で考えれば、そうするべきだった。いくら彼女に魅かれるからって、主治医の方から、会って間もない患者に、しかも、病気を知ったばかりの、失恋したばかりの、彼女に、、、、想いを伝えるなんて、やっぱり非常識だよ。自分の気持ちに正直に生きるには、僕は、あまりにも、真面目で、まともな、社会人だった。理性がいつもどおり、確実に、僕の感情を押さえ込もうとしていたのだ。、、けれど。。「じゃあ、私は?私にも、優しいのは何故ですか?」莉花は俯き、ポツリと付け加える。「きっと・・・同情なのかな。。」僕は、あまりにもさみしげに響いたその言葉に、ためらいもなく、こう答えてしまっていた。「違うよ、同情なんかじゃない。・・・僕は君が好きだから、なんだ。」信じられないという顔で、ゆっくりとこちらを見る莉花。自分でもそんなこと口に出している自分が、信じられない気分だった。でも、言ってしまった。こんなに積極的な僕に出会うのは、僕だって初めてだった。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.06.29
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僕は、病院の庭で莉花と別れ、病棟へ柚子を送る。ゆっくり歩きながら柚子はいう。「先生、莉花さん、婚約解消だって。よかったね、、とは、、言えないね。。。莉花さんの気持ちを思うと」僕は少し笑って、「そうだね。病気が分かった上に、愛する人を失うなんて、、、、想像するのすらつらいよ」「でも、だからこそ、、、、ユウコとしては、先生に、莉花さんの、そばにいてあげて欲しいな」「・・・・」黙る僕に、「何?だって、好きなんでしょ?もうね、莉花さんを見つめる視線でバレバレだよ?」僕は笑って、「僕でよければ、、ね。彼女にも選ぶ権利がある。それに、もう恋愛なんて懲り懲りって思ってるかも」「あああ、あのさ~、そんな気弱だから、1人なんだよ、いまだに」「それ、結構ぐさっと来るけど。。事実かも知れないな」僕は認める。これまで、何人か、恋人、と呼べる人もいたけれど、なんとなく微熱以上になれずに、なんとなく終わってきてしまったのは事実だった。「そうだよ。もっと自信もちなよ。先生はね、かっこいいし、優しいし、素敵な人だって。しかも医者だよ?どんな相手でも、自信満々でいけばいいんだよ」柚子の強引な言い方に、「お世辞言っても、退院させないよ?」「もう、そんなつもりで言ってるんじゃないよ、好きならさ、もっとさ、掴み取っていかないとって言ってるの」どっちが大人だか分からない。「柚子ちゃんは、そういうタイプかもな。松山くん、だっけ?告白するの?」そういってやると、柚子は少し赤くなって、「まさか~。恥ずかしいよ、そんな。私のことなんて、向こうはよく知らないと思うし。てか、今、私の話はいいんだよ。ねえ、だけどさ~、もしもうまくいったとして、どうなの?主治医と患者って、まずいの?」「ん~。そんなこと、自分が、なんて考えたこともなかったからな~。そりゃあまあ、一般からすれば、そんなに褒められたことじゃないかもなぁ。でも、次から次っていうんでなければ、うちの病院は割に寛容なんじゃないかなあ。結構いるよ、同僚で、奥さんが患者さんだったって。ま、出会いのひとつではあるよね」「そっか~。じゃあ、せんせい、がんばって、莉花さんオトシなよ?」僕は咳払いを1つしてから言う。「大人の恋愛に口出ししないように」「大人。。。」うさんくさい目で僕をみながら、ポツリとつぶやく柚子を、「何だよ~」と小突いてやる。「どこが大人なんだか。。」「うるさいな。偉そうに。君だって、まだ初恋だろ?」「ああっ。そうだった。ねえ、先生、大変。入院なんかしたら、松山くんに会えないじゃんっ。2週間も?ああ、さみしくてたまんない~っ」地団太を踏む柚子を、僕は愛しく見つめながら、尋ねる。「そんなに好き?」「うん。大好き」満面の笑みで答える柚子。「少しでも早く退院したかったら、ちゃんと言うこと聞くようにね」「はいはい」僕の言葉を軽く聞き流して、「ああ、会えないと思うだけでも、胸が痛くなってきた」「なに?じゃあ、そんなこと思うの禁止」柚子は、途端に、口をとがらせ、「バカっ、じゃあね」と、言ってから、さっさと病棟のドアの中に入っていく。ああ、また怒らせちゃったな、と、その後姿を眺めながらも、柚子の、松山くんへのストレートな感情に感化されている自分に気付く。あぁ、やっぱり、僕だって彼女を思うと、それだけで、ドキドキするんだよ。まるで中学生に戻ったような自分の感情に、戸惑う。・・・彼女、もう、帰っちゃったかなあ?まさか、気持ちを伝える気なんて、さらさらないのに、気になって仕方なかった。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.06.28
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場所をアイスクリームスタンドに移す。莉花も、柚子オススメのチョコミントソフトにするようだ。パラソルの下の木のチェアに座り、ソフトクリームを舐めながら、柚子は、「でもさ、莉花さん、さっきの話なんだけど」「なあに?」「子供が産めないからって、どうして、結婚、あきらめなくちゃいけないの?だって、莉花さんのこと愛してるから、結婚しようって、エンゲージリングくれたんでしょう?だったら・・・」莉花は、また遮ろうとする僕に、先に目で微笑んでから、「ん~・・もちろん、愛してくれてたからだと、思うけど、結婚ってなると、なかなか難しかったんだよね。私達だけの問題じゃなくなっちゃうし」「どういう意味?わかんない」不思議そうに、無邪気に、尋ね返す柚子。「初恋真っ最中のユウコちゃんに、こんな現実話すのも、どうかと思うんだけど」「聞きたい」莉花は少し考えていたが、思いを口にすることに決めたようだ。僕はアイスコーヒーを飲みながら、黙って話の成り行きを見守る。「私達、高校の先輩後輩で、もう5年も付き合ってきたの。それで、彼が就職して、プロポーズしてくれて。。あの日は、とっても嬉しかったわ」彼のコト、というよりは、その瞬間を大切に思い出すように、優しい表情を浮かべる莉花。少し妬けるんだけど、もちろん何もいえない。「それでね、彼のご両親にご挨拶に行った時に、まず最初に言われたの。『結婚しても仕事を続けるつもりだと聞いたけど本当か?』てね。私、2年前から、保育士をしているの。もちろん続けるつもりだったわ。だから、『はい、そのつもりです』って答えた。そうしたら、『そんな必要ないから、結婚するならやめなさい』といわれた。え~っ、って、、あまりに驚いて絶句してたら、そのまま続けて、『結婚したら、家にいて、夫のお世話と、子供を産み、育てることに専念しなさい。収入は息子の分で十分だろう?』なんていわれて。私、彼のほうを見たわ。これまで、結婚後の生活については、二人でそれなりに話し合ってきたし、私がこんなこと言われてるんだから、何か言ってくれるだろうと思って。でもね、彼、黙ってた」「ええええっ、なんで~」莉花は微笑んで、「でも、私が、その場でご両親とけんかしちゃうわけにもいかないから、我慢して、黙ってたの。そしたら、『それと、子供が産める体かどうか、ちゃんと調べて、診断書をもらってきなさい。常識よ?』って」「それで?」柚子がすぐにも文句をいいたそうな口調で先を促す。「帰り送ってもらいながら、大喧嘩よ。っていうよりも、私が、一方的に怒ってたのかな。あんな頭ごなしな言い方されると傷つくって。それに、あなたが、何も言ってくれなかったことにも傷ついたって。ただ、彼が言うには、『確かに、悪かった。だけど、あの場で言い返したりしたら、それこそややこしくなるんだ。別に同居するわけじゃないんだから、なるべく離れたところに住んで、仕事は続ければ、分かんないからいいだろ?健康診断は、別に悪いことじゃないから、僕も一緒に受けるよ。それで君の両親にも見せたら、安心してもらえるんじゃないかな?』って。なんだか、ごまかされてるような、逃げてるような気がして、気持ちは収まらなかったけど、、、折れられるところは折れようって思って。。」「大人だなぁ・・」柚子の言い方に、ふっと笑って、莉花は続ける。「で、一緒に健康診断を受けた。結果、彼は問題なし。私は、問題あり。最終的な診断は、今日先生に話してもらったところけど、もうね、その最初の検査結果でどうも心臓の様子がおかしいって分かった時点から、彼の様子が変わったの。」「様子が変わった?」「うん。仕事を続ける続けないくらいなら、両親に対してかばってくれるつもりだったみたいだけど、子供を作れる作れないって話になると、手に負えないって思ったんじゃないかな。彼、一人っ子だから。それに、自分だって子供欲しいだろうしね。」「そんなぁ」「だから、検査がたくさん続いて、結果が出る度に、また検査が増えて、もう、きっと、悪い結果が待ってるんだろうなって分かった頃から、ほとんど、口もきいてくれなくなっちゃって。彼も、もしかして、私を心配して辛いのかな、なんてなんとか都合よく思おうともしてみたけど、違った。今日、できたら、一緒に来て欲しいって頼んだけど、来てくれなかったし。」「仕事、、とかじゃ、なくて?」「多分、ね」「そんなの、・・・哀しい」柚子が自分のことのように顔をゆがめて言う。莉花はいたわるような目線を柚子に向け、「そうね。私は哀しいっていうより、なんか、空しかったな。5年間も付き合ってきたのに、いったい何だったんだろう、って」しばらく黙った後、そして莉花は、僕のほうを向き、「先生、、さっき先生の前でリングを外したけれど、もう、とっくに終わってるんです。だけど、私、、ちゃんと、もう、ふっきります。結婚だけが人生じゃないもの」「・・・それでいいの?」心配そうに聞く柚子に、「相手が終わってるのにすがっても仕方ないでしょう?それにね、私だって、今回の彼と彼のご両親の態度に、随分傷ついたし、悪い結果がでなかったとしても終わってたと思うわ。病名の宣告を受けるのが不安で、心のよりどころが欲しかったから、リングを外せなかったのかも。もう、とっくに1人だったのに」柚子も黙る。僕にも何もいえなかった。莉花は、湿っぽくなるのを嫌うように、大きく微笑んでから、「だけど、私、今は1人じゃないですよね?若くて可愛い同病のお友達と、頼りになる先生がいるもの。とっても仲の良いお2人の仲間に入れてもらえるかしら?」「もちろんっ」嬉しそうに返事を返す柚子。僕は、ただ、うなずく。『頼りになる先生』だって。そういってもらえたことは、、もちろん、単純に・・・嬉しい。だけど、莉花の心を思うと、、、胸が痛かったんだ。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.06.27
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食後のお茶を飲みながら、柚子が聞く。「莉花さんのフィアンセってどんな人なんですか?」「え?」「だって、エンゲージリングしてたでしょ?」「あ・・。」今はしていない指に目をやる莉花。「あれ、、、外してる。・・・なんで?」「柚子ちゃん」ぶしつけな質問をたしなめる僕。莉花は、僕に向かって、いいのよ、という風に微笑んでから、「多分、婚約解消になると思うから」「え~~っ?どうして?」「こらっ。それぞれ事情があるんだから。・・・なあ、もう行こうか?」話をやめさせようと口を挟んでみるが、莉花は、何でもなさそうに言う。「先生の診断だと、子供を産んだらいけないらしいから、結婚はね、、」柚子は、まるで僕が悪いことをしたように、睨み、「先生ってば、なんてことを」莉花は笑って、「別に先生が悪いんじゃないから」「・・そりゃそうだけど。そんなに悪いんですか?」「多分、ね」「先生、何とかならないの?」僕は、ただ唇をゆがめる。「・・・ひょっとして、、私と同じ病気?」僕には答えられない。莉花は、柚子に尋ねる。「柚子ちゃんは、なんの病気?」その答えを聞いて、莉花は驚いたように、「じゃあ、同じだわ。でも、、そんなに若いのに、、、いつから?」「私の場合は、生まれつき、だったみたい。でも、先生に初めて診てもらったのは2年前、ね?先生」僕はうなずく。目を細める莉花に、柚子は続ける。「時々、こうやって入院させられるの。おかげで、学校も休んでばっかり」「私も、入院しなくちゃいけなくなるのかな・・。」ぽつりとつぶやく莉花に僕はいう。「あなたはまだ、そんなに悪いわけじゃ。それに、ユウコちゃんだって、何度も言うけど、無理をしなければ、もっと・・」「また言ってる」柚子はため息をついて、「先生、言っとくけどね、私、先生が褒めてくれるようなおとなしい生活するくらいなら、死んだ方がマシなの」死んだ方がマシ。その表現。柚子が自分の余命を理解していないとしても、僕にはグサっとくる言葉だった。「そんな言い方ないだろ?僕は君の主治医だよ?いつも、・・多分、君のお父さんよりも、君自身よりも、君の病気のことを、君の体のことを考えてる。君がこの病気のせいで死んだりなんかしなくて済むように、必死で研究を続けてる。」柚子は少し申し訳なさそうに、でも、すねたようにいう。「だけど、、だけど、先生、私、そんな、おとなしくなんて暮らせない。」「君の言い分も分からないでもないよ。まだとても若いんだからね。だけど、今の言い方はひどい。死んだ方がマシ、なんて、僕に2度と言わないで」柚子は、尖らした口をすぼめ、ゆっくりという。「ごめんなさい」こういうところは素直なんだ。だから、憎めない。僕は笑って、「分かってくれたらいいよ。さ、行こうか。どうせアイスも食べるんだろ?」一緒に昼食をとった帰りは、病院の近くのアイスクリームスタンドで、好物のチョコミントソフトを食べるのが柚子のお決まりのコースだった。「うん、もちろん。莉花さんも食べるよね?」そして、すぐに機嫌が切り替わる。反省不足じゃないのか?っと思ったりもするけど、イジイジされるよりは、よっぽどましだ。「うん、私もアイス大好きだよ」とニッコリ笑う莉花だった。・・・だからって、アイスが羨ましくなるなんて、どうしようもないとこまで来てるよな、僕、ほんと。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.06.26
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強引な誘いに、戸惑っていた様子の莉花も、ふっと笑顔になって、「じゃあ、ご一緒させてもらおうかな。いいんですか?先生」とこちらに尋ねる。そ、そりゃ、いいも、悪いも、ないよ、と思う僕。でも、「もちろんっ」と答えたのは、柚子。って、なんで、柚子が答えるんだよっ、て思う。「決まり、いこっ、せんせ。リカさんもほら。」先に2人が並んで歩き出す。僕は少し遅れてついて歩く。ったく、柚子ってヤツは。さっきは、惚れたらダメだなんていってたこと忘れたのかな?矛盾だらけだよ。でも、こうなったこと、もちろん、喜んでいる。彼女を好きだという、邪まな心からだけでなく、主治医としても、彼女のことが気になっていたから。どれだけ気丈そうにしていても、今回の宣告はつらかったはずだ。まして、この先、フィアンセを失うことになるのなら、猶のこと。心臓にだって、相当な負担が。柚子と2人、笑いあっている様子からは、心の中までは伺えないけれど。お寿司を食べながら、柚子が言う。「は~、シャバのメシも食べおさめか~」僕は苦笑しながら、「いったいどこからそんなセリフ覚えるんだよ」莉花は面白そうに、「どういうこと?」柚子は、僕を指差し、「この鬼裁判官に、ムショ入りを言い渡されちゃって」莉花は、心配そうに、「入院なの?」「そういうこと。だから、こんなご馳走ともしばらくお別れなんです。しくしく」「あのな~」僕はあきれて言い返す。「そんなに入院がイヤなら、僕のいうことをもう少し聞いて・・」柚子は箸をおいて僕を手のひらで制し、真顔になって、「先生、私ね、実は黙ってたことがあるんだよね」僕はその真剣な表情にびっくりして問い返す。「何?」「最近さ、胸が痛いんだよね。本当に無理なんてしてない時でも」「どんな感じに?」「とにかく、何度も何度もぎゅ~ってなるの」僕は一瞬色を失う。そんなに、、、症状が、進んでるのか?「どのくらい頻繁に?何かしてるときとか決まってるのか?寝起き?それとも、寝る前とか、お風呂上りとか、、」急き込んで尋ねる僕に、柚子はゆったりと、「そうね~、何してるってときじゃないけど、しいていうなら、松山くんのこと考えてるときかな。あと、松山くんと話してる時も、松山くんを見てるときも」「松山くん・・・?誰?」訳が分からず問い返す僕に、柚子はただ笑う。莉花が、「それは、、恋ね、柚子ちゃん」「やっぱり?やっぱり、これって、恋って言うか、記念すべき初恋、、だと思うんだよね?」初恋・・・?ぽかんとする僕に代わって、莉花が、「初恋?柚子ちゃんいくつだっけ?」「14」「随分、晩熟だったのね」柚子はまた、箸を持って食べ始めながら、「そう。見かけによらず、でしょ?もちろん、これまでにも、ちょっといいな~くらいの男の子はいたけどね。こんなに胸がぎゅってなるのは、初めてだな。」僕は、症状の進行ではないことに安堵し、また、その内容に、微笑みながらも、「あんまり、ぎゅーってなりつづけるのは良くないぞ」「分かってるけど。でも、そんなのコントロールできないよ。同級生だもん、廊下曲がったらいたりするし、そんな時はもう、どきどきどきって」莉花も微笑ましそうに見つめて、「どんな子?」「野球部のエースなんだ。だから、頭は丸坊主なんだけど、それがまた、すごく似合ってて。もう、ねえ、とにかくかっこいいんだよね。普段はすっごいクールな感じなんだけど、野球してる時はすごい真剣で熱血って感じで。もう最高」熱心に語る柚子がとてもいじらしい。柚子は、そんな僕に目を向けて、「先生、まさか、私に恋もするな、なんていわないよね?」莉花もこちらを見る。「言わないよ。言わないけど、無理はだめ」柚子はため息をついて、「それば~っかり。でも、正直に言って、初めてだから、どうコントロールしていいのか、わかんないや。先生、そういうの抑える薬、ないの?」僕は笑って首を振る。そんなのがあったら、僕が欲しいくらいだよ。ああ、なんで一緒にご飯なんて食べちゃったんだろ。ほんの近くで何気ない莉花を感じることで、時折現れる、さみしげな表情を見ることで、どんどん膨らんでいく莉花へのこの想い、本気でなんとかしなくちゃならない。なんたって、僕は莉花の主治医なんだから。でも、一体、・・・どうしたらいい?←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.06.25
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聴診器を耳から外し、僕はため息をつく。「無理をしちゃいけないって、いつもいつも、言ってるだろう?」服を直しながら、柚子は口を尖らせる。「無理なんてしてないよ」「だったら、なんで、こんなに。体は正直なんだよ?」「だって。。。」「何したの?」俯く柚子。「また、窯に行ってたんだろ?」柚子は上目で僕を睨みながら、「だって。作りたい気持ちは抑えられないもん」「作るなとは言ってないよ?根を詰めるのをよしなさいって言ってるんだ」「そんなねえ、時間でどんくらいとか区切れるものじゃないんだよ」僕は取り合わず、「また、お父さんにも注意しなくちゃいけないな」柚子は笑って、「お父さんに何言っても無駄だよ。自分が作るのに夢中だもん。私がいようがいまいが、気づいてないって感じなの」僕はため息をつく。「ったく、ほんとに、親子して。。とにかく、今日は、帰っちゃだめだよ。入院!」柚子は、不満気に、「ええええっ、そんなに悪い?」「悪い。分かってるだろ?自分でも」少し伏目がちになって聞く柚子。「どのくらい?」「とりあえずは、2週間」「2週間?無理無理。ねえ、せめて来週からじゃダメ?」「どうして?」「だって、焼き、終わってないもん」「お父さんに頼みなさい」「だめなんだよ~。それじゃ、私の作品にならないって」「問答無用。こんな状態で、まだ窯に行ったりしたら、、ましてや寝泊りするなんて、、死んじゃうぞ?」一段と唇を突き出す柚子に、はっきりと言い渡す。「分かった?」「は~い。あ~あ。。」不満気にもうなずく柚子。僕は、看護婦に、柚子を入院させるように告げる。「逃げられちゃだめだよ?」看護婦に最後に付け加えるのを聞いて、柚子が、「ったく、人を犯罪者みたいに」と文句を言う。僕は笑って、「次は?」.「柚子ちゃんで最後です」看護婦の答えに、「そうか。あ~~~っ」僕は大きく伸びをして、まだ腐っている柚子に声をかける。「入院前に、一緒にメシでも食うか、柚子ちゃん?」柚子はパッとこちらを見て、「うんうん。やった~。柚子、お寿司がいい」遠慮のないヤツだよ、ほんと。「はいはい。じゃあ、手続きよろしく」僕は、笑っている看護婦に声をかけてから、白衣を脱いでイスの背にかけ、柚子の腕を取って診察室を出た。2人で並んで歩く。柚子は、入院のコトなど忘れ、寿司のことで頭がいっぱいのようで、明るい。今にも、スキップでもし始めそうな様子だ。ほんと、まだ、子供なんだよな、この子は。自動ドアを抜け、明るい庭に出て、一瞬目がくらむ。そして、視界が戻った時、瞬時に見つけた、広い庭の向こう端のベンチに腰掛ける姿に、釘付けになる。「せんせ、どしたの?」僕は、つい足まで止めてしまっていたみたいだ。遅れたことで訝しげに振り返る柚子。僕の目線を追って、その先に莉花を見つけ、ニヤリと笑う。「そっか、そういうことね。リカさんも誘おっか?」といったと思うと、止める暇もなく、柚子は、リカの方に向かって走り出した。あのバカっ。これは莉花に声をかけることに対してではなく、走ったことに対してである。僕も慌てて追いかける。「こらっ、柚子ちゃん、走ったりしたらダメだって」柚子がたどり着く前に、その大声に、莉花は反応してこちらを見る。その前に柚子は走りこんで、「莉花さんっ。さっきはどうも」「あら、柚子ちゃん。今、終わったの?」「はい」僕は、柚子ちゃんを、まず叱る。「ったく、、、走る、なんて、何、、考え、、てるんだ。し、死にたいのかっ?」「なんともないってば、あんなくらい。それより、先生。。」「え?」息を整える僕に、冷たい目で、「そんなんで息あがってんの?だめだよ、運動しなきゃ」「バカ、、、普段なら大したことないんだよ、このくらい。あ、慌てさせるからだよ」くすくす笑っている莉花に(心底、恥ずかしいよ、僕)、柚子が言う。「莉花さん、これから何か予定ある?」首を傾げる莉花に、「お寿司食べにいきませんか?もちろん、先生のおごりで。莉花さんも来てくれるなら、きっといつもより高級なお寿司食べれると思うんだ」ニコニコいう柚子。そして、突然の誘いに、驚いたような莉花だった。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.06.24
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莉花の死亡時刻を読み上げながら、僕は、もう、医者を辞めたいと思っていた。僕は莉花のそばに立ち尽くす。周りでは、後片付けがどんどん進んでいく。早回しのフィルムを見ているように。僕だけが取り残されている。機器の電源が落とされ、部屋は静寂に包まれる。雨音が聞こえる。その音に包まれながら、僕は莉花との思い出の中にいた。「じゃあ、私には、出産はできないってことですか?」取り乱した様子もなく淡々と聞き返した莉花。あまりの落ち着きぶりに、僕はカルテをもう一度見て、年齢を確認する。22歳。若い。もう一度、彼女に視線を戻し、その真剣な瞳に、吸い込まれそうになる。僕は慎重に言葉を選びながら答える。「できないってことはありません。ただ、出産はあなたの心臓に非常な負担を与える。その負担に、あなたの心臓が耐えられるかどうか、保障ができないということです」「理解しました。つまり、産むことはできる。でも、私の命が危ない、ということですね」「そういうことです」僕が答えると、彼女は、少し目線を落とし、小さなため息をついた。左の薬指にはめられた大きなダイヤのリングを思い切ったように外し、眺める。僕の方を見上げて、静かに微笑んで言う。「じゃあ、これは、返さなくちゃいけないようです」彼女は産科から回ってきた患者だった。結婚前の健康診断を受けに来た中で、この病が発見されることになった。僕は、励ますように言う。「それは、ちゃんと話し合われては?結婚は子供を産むためだけにするのでは、」「先生」彼女は、僕の言葉をさえぎる。「私、今日、余命の宣告なんかも、受けるんでしょうか?」僕は、慌てて首を振る。「いいえ、そんな深刻な状態ではないと思われます、まだ」まだ、と付けてしまって内心、舌打ちする。彼女はにっこりと笑って、「・・・まだ」やっぱり揚げ足を取られてしまった。「そうです、まだ、です。ずっと、かも知れませんが、何分、この病は、解明されていないことが多く、はっきりといえることは少ないんです」彼女は、僕の言葉にうなずき、「分かりました。先生、私、普通に暮らしていていいんでしょうか?」とたずねる。僕は、「はい。日常生活には支障がないはずです。但し、あまり激しい運動や、心臓に負担がかかる行動は謹んでください。診察には、何か異変があればもちろんすぐに、また、何もなくても、最低1ヶ月に1回は来て下さい。」少し迷ったが、続ける。「あとひとつ」「何でしょう?」「性交渉はできれば、2週間に1回程度にしてください。負担が大きいので」彼女は、微笑んで、バッグからハンカチを取り出し、ダイヤのリングを包んでバッグにしまう。バッグを閉じる時の、パチンと言う音に、弾かれたように彼女は立ち上がり、「分かりました。もう、相手がいなくなるので、それは確実にお約束します。ありがとうございました」と言い、出て行った。もう、相手がいなくなるので、か。。僕が医者で、彼女が患者でなければ、すぐにも、食事に誘いたいくらいだよ。彼女の後姿を見送ってから、そんなことを思う自分に驚く。これまで、こんな気持ちになったことなかったのにな。でも、たった今まで、目の前にいた女性に完全に心を奪われている。彼女の瞳、仕種、話し方、気がつけば、何度も思い出している。「せんせ?」呼ばれて、ハッとする。目の前には、きょとんとした顔の、女の子がいた。不思議そうにたずねてくる。「どうしたの?」「ああ、ユウコちゃん。こんにちは。今日も随分待ったかな?」彼女の顔と、ドアの方を行ったり来たりする視線に、目ざとく気づき、少女は言う。「先生ってば、、、、もしかして、莉花さんに惚れちゃったの?」鋭い。僕はどぎまぎして言う。「な、何のこと?どうして、ユウコちゃん、彼女のこと」「だって、待ち時間長かったんだもん。退屈だから、本読んでて、隣見たら、たまたま莉花さんも同じ本読んでたの。で、色々お話して、、、って、あぁっ」大げさにため息をつく柚子に、「なに?」「私のことはいいんだよ。先生、確かに莉花さんは綺麗だし素敵な人だったけど、惚れちゃだめだよ?リング見なかったの?」「惚れたりなんてしてないよ。僕は医者だよ?」「ずっと独り身のさみしい、ね?」「うるさいな。痛い注射するぞ?」「ひっど~」口を尖らせる柚子に、「はい、診察、診察」言いながら、それでも、やっぱり、僕は莉花のことを想っていた。柚子には、否定したけれど、心では、認めざるを得ない。僕は、莉花に惚れていた。←1日1クリックいただけると嬉しいです。
2008.06.23
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