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戸次川古戦場跡周辺を歩き回った私とKくんは、再びバスに乗り大分市街地方面に向かう。薬師前バス停で下車して数分で着いた。大分県は摩崖仏や石仏が日本でも一番多く存在することで有名であるが、私も国東半島の熊野摩崖仏や臼杵の石仏などはもうだいぶ前に訪ねて当ブログにも書いている。今回は未訪問の大分元町石仏(国指定史跡)や岩屋寺石仏などを訪ねることしたのだった。 薬師如来坐像が鎮座しておられるが、案内板にも書いてあるようにこれは摩崖仏である。 元町石仏から左側に歩いて行く「史跡大分岩屋寺石仏」の石碑の前に到着した。 暗かったり柱があったりして全体像はわかりにくいが、これが17体の摩崖仏の中心である。元町石仏と同じ凝灰岩の崖に刻まれているが、特に岩質が粗く、永年の風雨のため浸食が甚だしく既に輪郭を留めていない像もあった。十七体の摩崖仏で構成され中央にある大きな如来坐像を挟んで向かって右側に十一面観音菩薩立像など六像が並び、左側には不動明王立像など十像が掘り出されている。 他のもたくさんの石仏などがある。 再び元町石仏の方向に引き返す形で歩いて行くと、元町石仏より北に300m、県立芸術文化短期大学の東側崖地に大臣塚と呼ばれる前方後円墳(全町50m、後円部は直系約35m、高さ約13m)に到着した。この古墳は一見したところ経年変化もあり小高い小さな山としか見えないが、山際に下の案内板があるのでそこから少し歩いて登って行った。 この石碑が案内板にある国内最古の文化財保存記録である。 下の墳丘の形だけでは古墳ということはわかりにくい。
2025.05.18
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昨年の秋、Kくんとの二人「ちょい旅①」佐賀・大分の旅の6回目をやっと書くことにこぎつけた。 大分駅から大分バスに乗って約35分で戸次バス停に到着国道10号線にあるバス停に降りたち右側に少し歩くと草原が広がり真ん中に目的の大野川(当時の戸次川)にたどり着く。夢にまで見た(少し大袈裟? だが)戸次川古戦場跡である。左側の少し先には長曾我部信親の墓や十河一族の碑もあるのだったが、時間の都合もあり今回は訪ねることができなかった。 戸次川古戦場跡は天正14年(1586)豊臣秀吉と九州制覇目前と言われた島津氏の戦いが行われた戦場跡である。九州をほぼ制圧した島津氏が残る豊後の大友氏を制圧しようとすると大友氏から救援を頼まれた豊臣秀吉から派遣された豊臣方先発隊の仙石秀久、長宗我部元親ら四国連合軍と激突したのがこのこの戸次川である。 戦いがあった当時は戸次川と呼ばれていたが現在は「大野川」と呼ばれている。 この戸次川の戦いに至るまでに島津氏は「木崎原の戦い」(きさきばるのたたかい)、「耳川の戦い」「沖田畷の戦い」(おきたなわてのたたかい)、「岩屋城の戦い」など九州制覇に向けて名だたる戦いをやってきた。個別の戦いについてはこれまで本ブログで折に触れて書いてきたが、いつか機会があればそれらの一つ一つの戦いについて書こうと思う。 ここに至るまで「木崎原の戦い」では日向の伊東儀佑と「耳川の戦い」では豊後の大友宗麟と「沖田畷の戦い」では肥前の竜造寺隆信と戦いそれぞれ島津氏が勝利する。「岩屋城の戦い」では大友氏側である筑前を実効支配するために大友氏側の大宰府や博多といった商業都市を制しなければならなかったので、大友氏側の拠点を完全に排除しなければならなかったので、それを実現するために立花城、宝満城、「岩屋城」を制覇する必要があった。その岩屋城に立ちはだかったのが高橋紹運である。しかしながら時に利あらず紹運も自害し城も玉砕した。しかし、その後、豊臣秀吉の本隊が到着し島津氏は撤退を余儀なくされる。余談めくがこの岩屋城の戦いについては、直木賞作家の川越宗一氏の著書・「天地に燦たり」の冒頭部分にも描写されている。 1586年(天正14年)の岩屋城の戦いで最終的に九州完全制覇の企図を砕かれたのだが、この戦いはそれ以上の重要ないみがあった。島津氏が豊臣秀吉との敵対関係に決定的な出来事となった。そして12月12日島津家久(四兄弟・ 義久 義弘 歳久 家久)率いる島津勢と長宗我部元親・信長父子、仙石秀久、大友義統、十河存保が率いる豊臣勢の間で戦われ島津勢が勝利した。この戦いで島津氏軍を率いた島津家久公(後の永吉島津家初代当主となる)の墓地もある鹿児島県日置市の主に永吉南郷会が中心となって大分市との交流が続いている。現在は毎年11月上旬に「大野川合戦まつり」が行われ日置市からも参加して武者行列・火縄銃の演武などが行われているそうだ。
2025.05.13
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我が家の雑草園に今年も忘れずに咲いてくれたテッセン。今年は一斉にこのような花が6輪咲いた。 世捨て人に近く毎日がゴールデンウイーク? の私にもなにか変化を感じるウイークがあるのかな!と思いながら明日(5月6日)までの日々を過ごしている。世間でゴールデンウイーク前半と呼ばれる4月末の26日(土曜日)に昔の職場のOB会が博多で開催されるというので、私も出席しようと思い早々にJRのお得なチケットも買ってホテルも予約しておいた。ところが、1週間くらい前から風邪気味で、それに伴って体力・気力がなくなり、3日くらい前になってキャンセルした。 あまり年齢のことにはこだわりたくないのだが、やはり私の年齢になると明日の体調はわからない。日頃は、グラウンドゴルフ仲間と週2回集まってゲームと世間話に花を咲かせ、それがない日は天気さえ良ければ一日6000歩くらいを目標にウオーキングもしている。6000歩くらい歩いても特別きつくなるようなこともなかったのだが、最近は日替わりで50mくらい歩くと「今日は体調がおかしいな」という日と「おお 今日はいいぞ!」という日がはっきりしてきた。 この一年間を振り返ってみると、昨年の4月28日にコロナで6年間できなかった男声合唱団の演奏会が開催された。そこまでは良かったのだが、その4日後の5月1日、見事にコロナに感染し、悪化はしなかったが、それなりに大変だった。そして真夏には元々太ってもいない身体が益々細ってきて、「何か悪い病気にでも・・・」と思い血液検査などもしてみたが特別悪いところも見つからず一先ずホッとする場面もあった。 秋になり、友人のKくんと「ちょい旅①」を決行し、間を置かず「ちょい旅②」にも決行した。そのブログも未だに書ききれずにいるダメな現状である。更には今年1月には私のブログでご縁ができた作家・演出家・俳優である室積光さんの朗読劇「ハダシのカッちゃん」を福岡まで見に行ったり、そこそこ元気を取り戻してきた。このこともブログにも未だに書きれずにいる。 さて、ゴールデンウイーク後半と言われる5月2日からも特別なことはないが、3日に同居する二男が朝2時起きで釣りに出かけて屋久島近くの昭和硫黄島近辺で大きなカンパチを釣り上げてきた。4日にお参りに来た長男一家や娘一家にもおすそ分けしてみな大喜びで帰って行った。5日の今日は、午前中にウオーキングに出かけた。前半少しきつかったが、一回も休むことなく約50分、6500歩ほど歩いていた。明日も予定はない。
2025.05.05
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