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といもいさんの武勇伝日記を読んでいてそういや自分はどうなんだ、といろいろ思い出してみたのだが、ノロでどうにも止まらない状態になった時を除けば、物心付いて以来大量にだだ漏らしたことは今の段階ではまだ無い。気体かと思ったのに出してみたら違ったじゃん的ちびりは30代以降数回あり、何故かいつも出先なのだが、その時にはパンツは手持ちのビニール袋(おばちゃんなので持っているのだよ)にぶち込んでトイレの片隅にある流せないもの用BOXに廃棄している。幸い今まで犠牲になったのは廃棄しても惜しくないレベルのパンツばかりでラッキーだった。しかしかなりぎりぎり状態でトイレに駆け込んだことは何度もあるし、年齢と共に若い頃よりも校門の根性が欠けてきている自覚はたっぷりあるため、近い将来いつかやらかす予感はある。願わくばせめて自宅でそういう事態になってくれればまだ救いはあるが。とにかくバッグの中にビニール袋は必須だな。出先で催した時、快適なトイレで用を足そうとか贅沢なことをつい考えてしまうが、そういう女子トイレはおっそろしく混んでたりすることも多いため緊急時には間に合わない。知っている場所なら条件が多少悪くても空いているトイレの場所が頭に入っているが、慣れない場所だと些か焦る。街中なら適当な雑居ビルやパチンコ屋に突撃することにしている。旅先で野外脱糞を経験していれば日本のトイレなんぞどこでも全く問題無い。そういえばおそらくほとんど誰も語っていないような気がするのだが、女性はパンツの捨て時をどう判断しているのだろうか。ブラジャーであればなんかあちこちよれてきたとか型崩れしてきたら廃棄、という判断はつきやすい気がする。しかしパンツは何を基準にするんだろう。ガードル機能ありとかレース付きとかならよれているとかレースがほつれたとかで分かりやすいのだが、特に何の飾りも機能も無いようなパンツの場合、くたびれてきたかなーと思っても、まだほつれたりもしてないしいいか、とかつい見逃してしまう。実際今手持ちのパンツは1枚を除いて2年以上穿いているような気がする。その結果、生地が薄くなるとか汚れが目立つとかになるまでえんえんと穿き続けがちになるのは自分だけだろうか。さすがにこのパンツ穿いてる時に意識不明とかになって緊急搬送されたらマズいかな、と思った時点でようやく捨てる、というのが自分の場合のパンツの捨て時なんだが、こういう基準って皆さん持ってます?
2014.12.20
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日本海側がむっちゃ雪降ってるとか、今年は冬が早いんじゃないか?今日は南関東も寒かった。最高気温はかろうじて10度到達、でも朝は-3度。近所の畑には一面に霜が降りていた。風が冷たい。冬が早くて冬の終わりがいつもと同じぐらいなら、要するに冬が長くなるってことだから、雪は降るし冷えるから燃料や電力も使うことになって、結構生活への影響大きいんじゃないのかな。雪に強いはずの上越新幹線が故障とか、雪のイメージのない四国山間部で雪で交通途絶とか、なんか小規模だけどこういうのが積もり積もって結構な災害と同じくらいのダメージになりそうな気がする。冬至が近いので夜明けがどんどん遅くなっているけれども、日没は一番早い時期を過ぎてほんの少しずつ遅くなり始めた。日没が早いのと夜明けが遅いのとどっちがいいかっていうと夜明けが遅い方がまだマシな気がする。夜明けが一番遅くなるのは七草ぐらいの頃からの数日間だったか。冬至って「夜の時間が一番長い」だけで、日没とか夜明けが一番早い遅いじゃないんだと知ったのは大人になってしばらくしてからだった。言われてみりゃなるほどね、と思ったことだ。大人になっても知らないことってたくさんあったし、今になってもしょっちゅう新しいこと発見してる。人間の100年に満たない人生じゃ知らないことを山のように積み残して死ぬしかないんだよね。それなのにネットで更に情報仕入れたがるなんて、人間のキャパ超えてるし。ヒトって因果な生き物だなあ。寒いのは嫌いじゃないが、寒さから免れる手段が無いのはイヤだ。ストーブの灯油を買う金の無い人がいる。その家にはエアコンは無い。こたつでがんばってるけど電気代が気になるそうだ。そんなわけで投票に行った。
2014.12.14
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最近チラシを見て、絶対これ欲しい!と思ったものがある。これ。結婚記念日に近くのニトリで夫に買ってもらった。これを膝に抱いてもふもふしていると幸せな気分になる(´∀`*)これを見て息子がこの小型バージョンのが欲しい、と言っていたので、夫に買ってきてもらおう。彼のクリスマスプレゼントはこれってことで。あとはユニクロのヒートテックの手袋でもプラスしとこう。そういえば来年の干支は羊だ。羊って日本では馴染みがあるようで実はあんまり無い生き物だよねえ。ところでNHK「おかあさんといっしょ」の着ぐるみ劇ポコポッテイトの登場人物っていうか生き物のメーコブは、この見た目でそりゃ無いわ、の羊だったりするが、彼自身見た目で自分が牛に間違えられることを実は自覚している。メタ認知を幼児番組に持ち込んでいるっていう点でなんか斬新なキャラクターだよなあ、と思いながらブンバ・ボーンを踊ったりする50代主婦。
2014.12.07
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私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな ジェーン・スー ポプラ社ニューロマンサー ウィリアム・ギブスン ハヤカワ文庫潤一 井上荒野 新潮文庫絶望の国の幸福な若者たち 古市憲寿 講談社発達障害のある子どもの視覚認知トレーニング 本多和子 学研1分間集中トレーニング 上嶋恵 学陽書房
2014.09.13
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てなわけで本日絶賛筋肉痛中。太ももの内側の筋肉が特に痛む。階段がきつい。登山後の筋肉痛と違って、全然痛くないところと痛いところの差が激しいのは踊りで筋肉の使い方が偏っていたせいだろうか。飛行機やバスの予約終了。仕事の調整もついた。こんな時に限って、という時に限ってやっかいないろんなことが同時に舞い込むのはよくあるパターン。ということがわかってから、慌てなくなった、というか優先順位つけて諦めるものはさっさと諦めるようになった。こういうのも年の功ってやつか。いつの間にか特に何も考えなくても料理3品をほぼ同時に仕上げられるようになったのと同じようなものだと思うが。それにしても自分が成長したという自覚が全く持てないのは、中身は全然進歩が無くて対応の仕方だけが上手くなっただけだってわかってるからなんだよなあ。なんかがっかりしたから寝ようっと。
2014.09.05
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いっしょにわっせわっせ踊ったり組体操の補助やったりで2時間体育に出ずっぱり。この年でこれはきつい。指導に必要とはいえ本気で子供と一緒に踊るってのは止めた方がいいとつくづく思った。絶対明日か明後日に筋肉痛とかどこか関節とかが痛むとかいうのが出てくるんだよなあ。実家の事どもがそれほど面倒ではないにしろ気がかりで、いまひとつ集中できない。とりあえず一度帰省することにはなったので、いったんもろもろを全て保留してみる。いっそ気分転換に帰省したらジンギスカンでも食べてこようっと+(0゚・∀・) + ワクテカ +あー、でもその前に寝よう。
2014.09.04
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来週あたり、一度帰省することになる予定。父の検査結果とそれを受けての治療方針を主治医と話し合うことになるらしいが、医師が「奥さん(母)以外の身内の方もいた方がいい」と言ったそうで、要するに高齢の父にどの程度の医療行為を行うか親族の同意が必要になるということなんだろう。正直、母には医学的知識は無いしググって医学的な情報を調べるなんて芸当はもっと無理。弟は仕事で忙しい上にこの手の知識もほとんどなければ現実よりも建前で動くようなある意味いろいろ面倒な男。しかもPCスキルは信じられないほど低く、スマホはもちろん持ってないし、自宅のPCもXP(わお!)、入力激遅、google検索ができるかどうかも微妙なので、父の病気についてあれこれ調べるなんてことはできない(義妹の方がスマホ使えるだけマシかもしれない)、てかしないのは十分予想される。結局弟が当てにならない以上、医者の話をきっちり聞いて要点をまとめ、母と、また状況によっては父も交えて話し合う音頭を取るのは私ということになりそうな気配濃厚。今からちょいと気が重いが、まあ来るべきものがぼちぼちと来たってことだわな。軽く荷物まとめておこうっと。
2014.09.03
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9月最初の日。関東は久々の雨らしい雨。気温は低めで、やや蒸す感じはあるものの扇風機も要らない。こうして季節が変わり、風も変わり、空気が変わり、人も変わり、自分も変わる。暑さ寒さのピークが去った季節の変わり目にはいつもそこはかとない無常観。それもまた日々の雑事に紛れ、いつそう思ったかということも記憶には残らない。ただ、「前にもそう思ったことがあったな」とふと思い出す。そしてまた忘れる。賑やかな季節は終わった。まだ暑い日が何度かあるのだろうけど、もうそろそろ熱帯夜でもあるまい。来年のカレンダーや手帳が出始め、夜の虫は雨の中でも静かに鳴いている。そろそろ夏物の整理しないとだね。
2014.09.01
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といもいさん、もしかしてここ行ったことある?
2014.08.26
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最近テレビ見ていて、とはいってもそんなに長い時間見てないので一般的傾向かどうかはよく分からないんだけど、昔っていうか10年ぐらい前までだったらゴールデンタイムの夜7~10時って、首都圏ではメジャーで健康的な(あくまでイメージね)企業しかCM流してなかったような気がする。でも最近はパチ屋とかよくわからんローカル企業みたいなのとかがCMやってたりして、スポンサーが減ってるってのはこういうことなんだろうなあ、と思う今日この頃。じゃあ子供の頃のCMって何やってたっけ、とか思い出してみるとそれはそれで結構カオスといえなくもない気がする。象が踏んでも壊れないアーム筆入れとか、これでも30円まっくろけのけのボールペンとか、おそらくローカルなんだろうけどよっちゃん弁当とか、イカ巻きエビ巻きイカ巻きエビ巻きおーこれゴボウ巻き♪とか、レーナウーンレナウンレナウンレナウン娘♪とか、北海道なのに何故か白黒抹茶小豆コーヒー柚子桜七つの味の青柳ういろう♪とか、詳細は忘れたけど煮豆(笑)のCMとか。今なら控えめに言ってもあんまりCMなんか打たないだろうな、という物件が目白押し。まあ時代ってことなんだろうねえ。それにしても今ならさすがに絶対放送されないであろうCMの白眉といえば、キャバレーロンドンとキャバレーハワイのCMじゃなかろうか。♪ロンドンロンドン、楽しいロンドン愉快なロンドン♪というあのCMソングは曲もまだ覚えている。キャバレーハワイもCMやってたけどあれはローカルだったのかもしれない、♪田中さんも中村さんも楽しいハワイ(ハワイ!)♪みたいな。そう考えると昔の方が無節操だったのかもねえ、今はこの手の風営法で規制されるようなジャンルの業態がCMなんてちょっと考えられないもんなあ。
2014.08.16
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毎年梅雨が明けて暑い季節になる頃、蜂蜜のキャップあたりに小さな赤っぽいアリがたかっているのを見るといよいよ盛夏であるなあ、と思うのだがこの家の中にやってくるアリが鬱陶しい。ヒメアリとかイエヒメアリとかいう奴らなのだが、これが出るようになるとこぼした砂糖とか卵焼きとか口をちゃんと閉めていないお菓子の袋とかペットボトルのキャップとかにたかってくる。茶の間に進出した奴らは、ごろごろ寝転んでいると腕とか足をかむのでちまちま痛くて非常に不快。いつもは砂糖に中性洗剤をたらしたものを仕掛けておくのだが、効果は限定的で秋口までちょこちょこ出続ける。今年は夫が半分食べた後楽しみに取っておいたドーナツにアリがたかっていたとがっくりしていたので、こりゃどうにかせねば、とグーグル先生に尋ねてみた。するとなかなか良さそうな物件を発見。アリメツ / 虫よけ 虫除け 殺虫剤★税抜1900円以上で送料無料★アリメツ(55g) 【HLS_DU】 /[虫...価格:475円(税込、送料別)ネットの書き込みなどを見ても相当効果は高そう。さっそく購入して使ってみた。1日目→全然うんともすんとも。2日目→アリメツを仕掛けた皿に突然アリがいっぱいたかっている。巣への入り口からアリメツの皿までアリでラッシュ状態。アリメツが効くのは数時間後からなので、(ΦωΦ)フフフ…命あるうちにせいぜい己らの巣に毒を運ぶが好いわ、と不気味ににやける私。3日目→アリ激減。行列もほとんど無い。4日目→アリ消滅。まだ成虫になっていない卵やさなぎの連中が今後出てくるだろうから、もうしばらくアリメツを仕掛けておくつもりだけどこれほど効くとは。もっと早く調べればよかった。こんだけ効くアリメツの主成分はほとんど糖蜜、そして薬効成分はホウ酸だった(゚∀゚)そっか、ゴキも殲滅するようなホウ酸じゃそりゃアリはひとたまりも無いよな、と思うのだが、昔ホウ酸水で目を洗ったりしたことのある身としては、ゴキやアリをあっさり殺すようなもん使ってたのか、とちょっと複雑な気分にはなる。
2014.08.15
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☆注意!!☆ほうろうさんには読まずに他に飛ぶことをお薦めします。最近、というか梅雨明け後から前後してうちには若手の八本足gkbrハンターの人が数人生息している。1階に2人、2階に1人。1階の2人のうち1人はまだ足を広げたサイズが2cmぐらいで、本人がヘタすりゃ大型gkbrに捕食されかねないので、どうか気をつけて生き延びていただきたい。あとの2匹、じゃなくて2人は足を広げたサイズが6cmほどでまだ若く経験不足であるように思われる。というのも、結構不用意に我々人間の前に姿を現し、しかもすぐ逃げようとはしない。人様を舐めているのかぼーっとしているのかはよく分からない。この連中はサイズがほぼ同じであるため正直見分けがつかないが、それぞれ1階2階と別々の場所にいるのを10秒ほどの間に見ているのでまあ一応違う個体ではあるらしい。先日とても暑い日の夜のこと、エアコンをつけているとハンター(大)の人がエアコンすぐそばの天井にくっついているのを見つけた。彼女(おそらく)はエアコンの風が気に入らない様子だったが、しかし天井を這うこともしないでじっとしている。一体どうするつもりかしばらく見ていたら、突然天井からするするついーっと降りてきた。尻の糸を使って降下してきたのである。ハンターの人たちは巣を張らず床だの壁だの天井を歩き回っているだけなので、尻から糸を出せるとは思いもよらなかった。しかし考えてみれば彼女らもクモの端くれなので、尻から糸ぐらい出せて当然といえば当然なんだけど。夫と2人で「あの人たちもちゃんとクモだったんだねえ」としみじみ感心したのだが、その間に当のハンターの彼女は無事床に着地し、そそくさとカーテンの陰に消えていったのであった。
2014.08.12
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くっそ詐欺メール笑かしてもらいました。どこのサービス会社の利用かも明記せずメールでこんなんありえねー、って鼻で笑ってポイしようと思ったんだけど、でもこれもっともらしいから引っかかる人いるかもね、と思い直してさらし上げ。住所ぐらい書いとけよタコ。あ、書けねーか。どこぞのネカフェか某大陸経由で送ってるんだろーし。この番号の向こう側はオレ詐欺バイトのDQN?メルアド無しで電話かけさせようったってねえ、せめてフリーコールにしとかないとかけねーよ馬鹿。~お客様への大切なお知らせ~弊社は調査業務、情報管理及び和解手続き代行等を主とした調査機関でございます。 本日ご連絡致しましたのは、現在貴方がご契約されている インターネット総合コンテンツ提供サービス会社からの通告を放置し、 利用料金を長期延滞している事に対し、起訴準備期間に入った事を報告致します。 本通知メール到着より、翌営業日(営業時間内)までにご連絡を 頂けない場合には、ご利用規約に伴い 1 ご名義人調査開始 2 各信用情報機関に対して個人情報の登録 3 法的書類を準備作成の上、法的手続きの開始 以上の手続きに入らせて頂きますので予めご了承下さい。尚、法的手続きが開始されますと、管轄裁判所からの呼出状が発行され、執行官立ち会いのもと、給料、財産や不動産、有価証券等の差押さえを含めた強制執行となりますので、ご注意下さい。最近、個人情報を悪用する業者の手口も見受けられますので、 万が一身に覚えのない場合でも、早急にご連絡下さい。 ※メールでの返答には対応しておりませんのでご了承下さい。【お問い合わせ先】株式会社帝国データリサーチ 東京本部顧客管理部 担当:田澤優一・伊藤沙織・川島秀明お問い合わせ番号:03-4434-8615受付時間:10:00~19:00あ~、本文中のマル1が機種依存文字だからアップ失敗。123のとこは原文丸付きっす。さてと一応帝国データバンクさんにチクっとこかな。あーやべー、ムカついたからか自分の文体もDQN風味満点だわ。いかんいかんお里が知れる_| ̄|○
2014.07.28
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そういえばすっかり失念していたが、今月末に職場の健康診断があるんだった。年齢が年齢なのでバリウムは飲むわ(飲まなくてもいいんだけどなんかこういう検査類ってチャレンジしたいという趣味の悪い習性がある)2日分の雲古サンプル採取は必要だわで、ノロで上下だだもれ状態になった時以来強烈に自覚していることではあるが、自分が所詮クソ生産袋だという認識を毎度改めて実感させてくれるちょい楽しみな行事ではある。健康診断の時に採血テーブルの脇になんでマット並べてあるのかと思ったら、2年ぐらい前に採血で気分悪くなったらしい人が2人寝ていて、そうかそういうことだったのか、と目からウロコだった。採血で気分の悪くなる人がいるとは聞いたことがあったが、実際に見たのは初めてだった。採血で気分が悪くなるとはいってもあれぐらいの採血量で貧血ということは考えにくいから、やっぱり精神的なものなんだろうか。採血の時、注射器に勢い良く自分の血が噴出して溜まっていくのを見ているのが好きな変態なので、なんか気分の悪くなる人に申し訳ないような気分になる。あとは心電図とかも好き。吸盤をくっつけるジェルが気持ち良い。バリウムは好きというほどではないが、年々発泡剤とかバリウムとかがちょっとずつマイナーチェンジしているのを観察するのは嫌いではない。昔よりバリウムの量も減った気がするし。飲む時にゲップが出ないかちょっと緊張しながら飲むのもなんか祝祭感がある(笑子宮がんと乳がん検診は別枠で既にやっている。乳がんの結果はまだ来ていないが、しかし毎度マンモでは乳をありえないぐらいぎっちぎちに挟んで潰してくれるので、今んとこ結果通知よりそっちの方が心穏やかじゃない。あれ極端な巨乳、逆に極端な貧乳の人とかどうするんだろう。どっちも大変そうだ。巨乳だったら乳を挟む機械に収まりきらずにはみ出そうだし、貧乳だったらそもそも挟めない、という事態になりそうだ。放射線技師の人から一度話を聞いてみたい。さて、2日分必要な雲古採取のタイミング忘れないようにしようっと。
2014.07.27
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ぼちぼちさんの日記のコメントにも書いたのだが、このたびの中国上海のナゲット工場のえげつない実態の報道、実際映像を目にしても「まあそういうことは当然あるだろな、こりゃ氷山の一角だしどうせ」と思った自分はヤバいかもしれない。だってさー、偽物の薬(ってよく分からんが)で死人が出たとか偽物の塩(もよく分からん)で健康被害が出たとかメチル入りの酒で何十人も死んだとかとんでもない量の農薬がかかっている野菜で食べた人が死んだとか下水溝の水から取り出した油が食用油として流通しているとか大量の抗生物質入りの牛乳とかメラミン入りの何とかとか、中国に住んでた頃はそんなニュースとかローカル新聞の記事を毎日のように目にしてたわけで、そりゃ感覚が麻痺してきますって。夕方のニュースでネズミの死骸が詰まったジュースの瓶が大写しになった時には食事中だったけどさすがに手が止まったな。あと食べてたカステラから蝿の死骸が出てきたときもやっぱり固まったな、加熱してるから消毒されてるだけいいか、とかよく分からん理屈で自分を納得させたけど。一体何の修羅場だ(笑きっと自分もヤバいもの口にしてるんだろうなとか、これに当らなくて自分は運が良かったとか思いながら毎日暮らしてると、こういう食の危険に関する報道にいちいち反応しなくなっていくのよ。自分もそうだったけど中国人自身ゆでがえる的な精神状態になっていくのかね、この手の食に関する問題でたぶん毎年少なくとも数百人、いや、数千人は中国人が死んでると思うんだけど。日本の企業も中国工場の衛生管理を厳重にしている、とは言ってるけど、結局現場で働くのが食に関する最低限のモラルもろくに心得ないような従業員ばっかりじゃ管理ったって限界はあるんだよ。「食べたって死にゃしない」ってもうアホかと。ならお前が、お前の家族が食えっての。群馬のアクリフーズの農薬混入事件で逮捕されたコスプレおやじもロクなもんじゃないとは思うけど、中国の方は組織ぐるみでやっててしかもバレなきゃ問題にならんと思っている分タチが悪い。たぶん納入先のマクドナルドとかが工場視察に来る時だけはちゃんとして見えるようにしてるに決まってるし、親会社がアメリカ資本だけど中国人だけで工場回してたんじゃないのかな。そうじゃなきゃこんな馴れ合いなあなあなことってそうできるもんじゃない。もしアメリカ人が経営陣に入ってたとしても現場なんて見たことなかったんじゃないのかね、だからこんだけとんでもないことができた。日本の企業も管理厳重にするってんだったら、絶対に現場に日本人スタッフ常駐させて現場を常時チェック、使用原料も抜き打ち検査、工場内はアクリフーズ並みに監視カメラ完全導入でやらないと厳重管理も掛け声で終わるよマジで。そういう国で暮らしてると、正直日本での食の偽装なんてほんとかわいいもんだわ、と思う。それを許すんじゃなくて、中国とは全然レベルが違う、中国だったらそんなのニュースにもならんだろうな、とかいうことね。という訳でうちのナゲットは生協扱いの国産の鶏肉を使った国内工場生産のナゲットだよ(息子がおにぎりの具として結構好き)。産地書いてない加工品買えないっす。
2014.07.23
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当地の小学校は(中学校もだろうか)6月に入ると問答無用でプールの季節になる。プールの授業は1学期の間だけなので、要するにプールの季節と梅雨が完全にシンクロしているってことだ。結果、しばしば雨でプールの授業が中止という羽目になる。これ、子供たちはがっかりなんだけど、実は先生(とおそらく女子中学生の大半)はほっとしている人が多い。小学校のプールの授業は着替えに手間取る等諸々の要素があり1コマでは済まないので、ぶち抜き2コマ。プールのある日は時間割もいつもと変わる。露天プールなので、プールの授業がある=ほぼ日差し浴びまくり状態。子供たちとプールに入るのもほぼ必須。しかも安全に配慮しなければならないので、結構気も使う。もちろん水シャワーも浴びねばならない。若手の体力のある先生はいいが、正直私のような年だとプールのあとは恐ろしく消耗する。この時期はまだ本格的な暑さにはなっていないので、プールの水を入れ替えたりオーバーフローさせたりすると一気に水温が下がる。また気温がそこそこ高くても、風はまだそれほど温度は上がっていない。だもんで、プールの水は結構冷たいしプールから上がっても風に吹かれれば寒く感じるほどでさぶいぼが立つ。そこそこ脂肪を蓄えたおばちゃんが寒いと思うぐらいだから、体の小さい痩せた子などはプールに浸かる前、水シャワーを浴びた直後からがたがた震えたりしている。水に入れておくと唇がとんでもない色になっていたりするので、よく観察して水から上げてやらねばならない。7月に入って天気のいい日だとさすがに結構暑くなっていて寒いと感じることはあまり無いが、6月は無理がある気がする。雨が多くてプールに入れない日も結構あるし。息子が5年生の頃だったか、結局プールには1回しか入れなかった年があった。なんか6月よりも2学期に入って半月ぐらいまでの間の方がプール日和が多いような気がするんだけどなあ。台風も来るけどさ。どうして2学期はプールの授業が無いんだろう。自分が小学生の頃、学校にはプールがあった。北海道なのに露天。もちろん本州のように6月にプールなんてとてもとても。7月もかなり厳しかったはず。でもとんでもなく冷たいプールに入った記憶はある。一体何回ぐらい入ってたんだろう、年に1回か2回ぐらいだったのかもしれない。あまりにも学校のプールが使えないせいか、学校から歩いて20分ぐらいのところにある室内プール(冬はスケートリンクになる)に1年に2回ぐらい行ったのを覚えている。その時は午前中いっぱいそのプールで過ごしていた。そこで水泳大会なんてのもやったなあ。今も母校の小学校にはプールがあるが、温室のような建物の中にプールがあって、露天プールよりはかなりマシになっていると思われる。かつて通っていた室内プールもとうの昔に取り壊されて、学校から歩いて行ける温水プールももう無い。中学校にはプールが無く、高校にもプールは無かったが高1の夏に新設された。高校ではプールの授業に参加する女子が極端に少なかったなあ(私は参加組)。さて、明日は職場はプールの日。正直入れない天気であることを祈っちゃったりしているが、どうやら入れそうな予報が出ているので諦めて地獄のシャワー浴びてきます。
2014.06.18
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このあたりの用水の取水口が開くのは存外遅く、5月半ば頃。5月下旬に用水路清掃、6月頭から順次田に水が入り、6月中旬には田植えがほぼ終わる。今はまだひよひよとした苗が水面からちょこんと顔を出している程度なので、これから7月上旬ぐらいまでは夜になると田の水が月や道路の明かりや車のライトを照り返し、夜の暗さに田んぼだけがうっすらと明るい不思議な光景が見られる。かえるの声が賑やかで、時折野太いウシガエルの声が遠く混じって聞こえる。梅雨の中休み、日中は暑くても夜はまだ涼しく、夏至間近で夜は短い。子供でなくなって久しいが、それでもこの時期の気持ちのいい気候は夏休みを待望する子供の頃の記憶にリンクし、何となく明るい気分になる。梅雨の無い北海道とよく言われるが、何かの拍子で長雨が続いて肌寒い日が何日も続く年が時々ある。そういう年は残念ながら冷夏になることが多かった。高校生の頃だったか、ひと夏ついに半そでの服を着る機会が無かった年があった。あの年は農作物にもずいぶん影響が出たと記憶している。6月の本州が梅雨の時期、北海道で天気も良く暖かい日が続くと、夏らしい夏(とはいえ真夏でも熱帯夜になったことは無かった)が期待できて何だかうきうきしたものだった。寒冷地に住んでいると夏は貴重な季節だった。旧盆が明けると太陽の高さが低くなり秋の気配が一気に濃厚さを増して2学期が始まる。昨今の日本の暑さはずいぶんえらいことになっているのは重々承知しているけど、それでも夏が近づくとつい楽しい気持ちになってしまうのは元道民だからなんだろうか。
2014.06.16
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だいぶ前の日記になんかもやもやする知人のことを書いた。その知人(以下もやもや氏)を含む仲間はいまだに付き合いがあり定期的に飲み会がある。メンバーは子供がらみの仕事での付き合いで知り合った関係なので、同じ地区かつほぼ同年代。アルコールが入ると自分語りがパワーアップする人で、以前の日記をアップした後今に至るまでの間もやもや氏が語っていたこと。→は自分が密かに心中突っ込んでいたセリフ・バイト先で知り合った一回り年下の彼氏と半同棲、でも子供が大事だし若い彼の将来を考えて別れた →子供のこと考えたら男を家に引っ張り込むこと自体マズいんじゃ・飲みに行った時年上の男の人から言い寄られたけどそういう関係になりたい訳じゃなかったから断った →そもそも2人だけで夜飲みに行くって、子供じゃないんだからそういう下心前提だって知らない訳無いと思うけど・前の夫がどうしようもない男でそのお母さんもとんでもない人だったから別れた →べつの方面の人からは、もやもや氏の方にもいろいろ問題があったと聞いた。実際子供の親権も実はもやもや氏じゃなくて前夫が持っているし、前夫はちゃんと養育費も払っていて真っ当にやっている。・職場から辞めてくれって言われた、不当解雇 →バイト先の人間関係でもめ、結局原因になったもやもや氏が問題だからって聞いたなあとまあいろいろ何じゃそりゃ、なことはあったけど、小学校を卒業した後は息子が違う中学に行ったこともあってもやもや氏と直接関わりあうことも無くなり、飲み会の自分語り以外で彼女の動向を知る機会は無かった。先日久々に飲み会。もやもや氏の子供自慢自分語りは相変わらず健在で、何となく無口になる私他数名だがもちろん本人は気付いていない。その席で彼女は「最近こういう仕事も始めたの~、なんかあったら連絡して」と名刺とチラシを配り始めた。曰く「神霊教育メンタルカウンセリング」なんとかかんとか。 →・・・やっぱりダメだこの人。こういう場所で普通こういうもん配るか?「なんかあったら」って、もしあったってもやもや氏にだけは相談したくねえよ。他のメンバーは好きなんだけどなあ、この人だけがガンだ。この仲間との付き合い今後どうすっかなあ。それから数日後。その飲み会の中心メンバー(もやもや氏じゃない。Aさんとしよう)とたまたま話す機会があってしばらく雑談していた時のこと。「ねえ、こないだもやもや氏が名刺配ってたじゃん、あれ風任さん、どう?」「あー、あれってどういうことかよくわからないんだけどさ、絶対相談しないよ私なら」「やっぱそう思うよね、あれ、もやもや氏そこらじゅうで配ってるんだよ」「そこらじゅうって?」「学校の保護者とかPTAとか地区役員とか、なんかとにかくそこらじゅうにばらまいてる」「だってあのチラシ正直なんかヤバい気がするんだけど?あれ配ってんの?」「ねえ、カウンセリングって普通知り合いなんかに頼まないよねえ」「これ仕事って言ってたんだからお金取るんでしょ?てかあんな怪しい妙な文言書いてる人には金払えないなあ」という話から始まり、もやもや氏の近年の状況を聞いた。実はここ1、2年もやもや氏の言動が急速に図々しくかつ鬱陶しいものになっていること、「子供が一番大事」が口癖でありながら地区役員の男性と不倫関係になり、相手の奥さんが子供連れて家を出たこと、そのくせ相変わらずあちこちに首を突っ込んでかき回していること、そういう人と一緒に何かやってて自分も同類だと思われたりしたら商売にも関わりかねない(Aさんとこは地元密着型自営)ので、今後の付き合いをどうしたらいいか考えていること、などなど。話を聞いていると、もやもや氏に対してあまりいい感じを持っていない人は私やAさんだけではないことが判明。「不倫の話は地区ではすごい評判になってみんな知ってるよ(そらそうだ田舎で狭い社会だからさもあらん)、風任さん知らなかったの?」「あー、それは知らなかったねえ、ほら中学校からは地区とはほとんど関わりなかったからさ、まあでも前から男出入りの自慢はしてたじゃん?だから驚かないけど、向こうの奥さんに訴えられたりしたら騒動になるねえ」「それで応えるような人ならいいんだけどね、結構平気なんじゃないかな。今後飲み会とか、もやもや氏に声かけるのどうしようと思って」そのAさんにもやもや氏は割と頻繁に接触してきてるらしいんだけど、彼女の家はここら辺じゃ顔が利く一族だから、利用しようと思って近づいているのかも、と勘繰ってしまう。もしや彼女の夫に接近を図ってるのか?とつい想像が悪い方へ。なんか以前からのもやもやが結実した(笑)っていうか、年とともに育っちまったのかねえ、とも思うのだが、こういう人物評価に関する勘みたいなのって案外馬鹿にできない。何かイヤだな、と思うのってちゃんと理由があるんだなあ。それにしても次回以降の飲み会、もやもや氏の処遇はほんとにどうしたらいいんだろうねえ。
2014.06.14
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雨で学校行事がひとつ中止になり、そのおかげで今日は急な休みになった。ラッキー、とは思ったが、今後も体力勝負になりそうな行事があれこれあって、帰宅後気合の入ったご飯を作る根性が残っていないかもしれない。そこで雨止みの後買出しに行って作った作りおきアイテム。ポテトサラダ(定番だね、800ccのタッパーいっぱい)豚コマ団子のケチャップソース(20個弱)牛丼の素(今日の夕食用)あさりのしぐれ煮にんじんしりしりとりあえず主菜先行型で。主菜も副菜もちょっと作るのに時間がかかるものを作っておいた。あとは簡単なサラダやおひたしや和え物と汁物で献立が整うように準備。昨今作りおき料理が結構流行っているようで、「つくりおき」がタイトルに入っている本がずいぶん増えた。やっぱり働く人が多くなって、みんな忙しいんだよねえ。作りおきがあると確かに普段が楽になる。とはいえ、自分も忙しい時に備えるとか弁当作りの時間短縮のためにある程度作りおきはするけれども、作りおきにあまり頼るのもどうかと思う。例えば緑の野菜は作りおきには入れない、が正解かと思う。作りおきにすると2日もたてば色も悪くなるし、この時期は足が速くなるので傷んでしまう。そのつど料理する、あるいはせいぜい前日に下茹でだけしておく、ぐらいにしておくのが無難だと思う。ポテトサラダのきゅうりも同じ。水が出て味が落ちるし傷みやすくなるので、作りおきならきゅうりは入れない(ので今回作ったのも入れてない)。それからいくら「作りおき」とあっても、やっぱり保存に関しては過信は禁物。作って何日も経ってから使うより、せいぜい2、3日のうちに使いまわしてまた新しい料理を作った方が料理をおいしいまま食べられる。保存が利くとしても日が経てばやはり味は決定的に落ちる。料理は保存するためではなく食べるためにあるのだから、さっさと食べるのが食材に対する礼儀だろう。なので、作りすぎは禁物。2、3回も使えば無くなるぐらいの量がいいと思う。ごちゃごちゃ下ごしらえとか仕上げとかやりながらふと思った。やっぱり30年以上ご飯作ってると数種類のメニューの同時進行とかいろんな料理がほぼ同時に出来上がるとか、あんまり考えなくてもできるようになっているもんだなあ、と。なんていうのかね、こういうのってやっぱり慣れなんだろうねえ。
2014.05.21
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10日ぐらい前にすっ転んでできた脛一面のあざがいまだにくっきりはっきりぶどう色のままな上に、一昨日は履き口が少しきつめの靴下を1日中はいていたら、口ゴムの形に新たな鬱血ができて大変みっともない状態に(;゚Д゚)正座すると痛いのでできないし。こんなのがすぐ治らないなんて、気持ちだけは若いつもりでもやっぱり体は年齢相応。「子供の運動会の親出場競技でもんどりうってすっ転ぶパパ」状態であることを肝に銘じないとなあ。JAの直売所で野菜を買ってきた。お目当ての生産者さんのトマトをゲット。ルッコラもほうれん草と見紛うばかりの立派なのを購入。そして破竹。これは毎年メンマ風の味付けで炒め煮にする。出る期間が短いので、出たら買っとかないと次に行ったらもう出てない、ということは破竹に限らずよくあるパターン。きゃらぶき用の野蕗も出ていたが、先日きゃらぶきを作ったので今回はパス。そういえば昔より更に野菜が好きになっているし、山菜も美味しく感じるようになっている気がする。食卓の上が全て植物性の物件でも、今や全く文句はない(が夫と息子は嫌がるのでやらない)。そのうち野菜どころか霞しか食わなくなって即身仏になるのかもしれない。野菜ばっかり食べてたんぱく質が不足し、栄養失調になるお年寄りも少なくないらしいが、それってわからないではない。肉って歯が悪くなってくると硬くて食べにくいし、魚は調理が面倒。卵と豆腐ばっかりって訳にもいかない。栄養学の知識もお年寄りみんなが知っている訳じゃないだろうし、年金暮らしに肉や魚は高いっていう事情もある。いいや野菜食べてれば大丈夫でしょ、と自己判断して、結果栄養失調になりやすいんだと思う。それにしても野菜ばっかりで特に困らないというあたり、やっぱり加齢で嗜好が変化するってのはあるんだろうねえ。バランスよく食べるよう気をつけようっと。
2014.05.20
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息子もそろそろ放置できる年代になり、というか放置するしかない年代になり、こちらとしても封印していた諸々の願望がじわりとにじみ出つつある。日本語教師という職業にはそんなに多大なニーズがある訳ではないし、国内だとたいてい大都市でしか仕事が見つからないため、都心部へ通うのにはちょっと距離がある田舎町住まいの身だと躊躇してしまう。しかし海外で暮らすことが苦にならなければ、日本を出ると何かしら活路があったりはする。そういう仕事をたまたま久しぶりに検索して、かなり血が騒いでしまった。中国での日本語教師の大変ではあったけど楽しかった日々が思い出され、半年とか1年じゃなくて、何だったらずっと行きっぱなしでも、などとつい暴走する。言うだけ番長の息子の相手とかだんだん窮屈になる諸々にいい加減嫌気が差したら(今でもかなり差しているが)、さっさと海外逃亡して日本語教師やっちゃおかな、1人で知らない国での生活楽しいだろうなあ、食事はとりあえず屋台とかね、などと想像するだけでぐふぐふと笑いがこみ上げてきた。今すぐこの手を発動する気は今のところはないけれど、どうにもならない羽目になるようだったら最終兵器としてこの手を利用したるわ、ってことを頭の片隅に置いておけるだけで何だか気が楽になる。それにしても実行するしないはさておき、現実的な逃げ道考えておくのって大事かもね。最悪の事態を想定しての最終手段として海外で暮らすことをしばらくあれこれ考えてると、実際ものすごくガス抜きになったよ。
2014.05.17
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若田さんが無事地球に帰還してご同慶の至りである。前に観た「ゼロ・グラビティ」がまだ強烈に印象に残っている。絶対的な孤独感とか、目に見えるのに手が届かない恐怖とか、何とか繋いだ希望が崩れる絶望感とか、ほんのすぐそこに死が見えてきている状況に自分が直面しているかのように感じる、とても優れた映画だ。この10年で考えると自分の中ではベスト3に入る映画。【楽天ブックスならいつでも送料無料】ゼロ・グラビティ 3D&2D ブルーレイセット 【初回限定...価格:4,689円(税込、送料込)とまあそんな映画を観たおかげで、若田さんがソユーズに乗って宇宙ステーションから離れていく時のソユーズ側から撮った映像を見た瞬間、突然恐ろしく息苦しく感じてしまった。突然宇宙ゴミが雨のように降り注いで宇宙ステーションやソユーズを破壊するんじゃないか、ソユーズ機内から酸素が漏れて気を失いかけるのでは、地上のラジオ電波がノイズのように聞こえてくるんじゃないか、などなどいちいちいろんな想像をしてしまって精神衛生上よろしくない。息苦しいといえばやっぱりチベット高原に行った時かな。普通に歩いているのに体が動かないとか呼吸が荒くなるとか、やっぱ富士山の高さ超えるとえらいこっちゃねえ、とチベット高原に行くたびに毎度思うのだった。あの体験があるからなおさら映画で空気が無い息苦しさをリアルに感じてしまったのかもしれない。てことはあの息苦しさも宇宙空間ほどじゃないけどちょいゼログラビティ気分かな、重力はもちろん全然ゼロじゃないけどね。
2014.05.15
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先日息子が数学で小テストの追試を受けてきた。小テストで追試を受けること自体は初めてじゃないし、そもそもたいして成績がぱっとしない奴なので特に驚かないが、追試を受ける条件というのがなかなかシビアだった。「今まで8回ぐらいあった小テストで80点以下を2回以上取った者」だとか。学年の半分が受けていたというからなかなか楽しいが、自分が高校生の頃も物理で赤点が大量発生して物理選択者の7割が追試になったこともあったのでまあそんなもんじゃろ、と思う。てか学年の半分は免れた追試に参加する時点でお前さんの成績は半分以下ってことだよね、と言うともごもごと口ごもってしまった。図星だな。中間テストが近いが、今日は成績優秀な友達数人と学校で勉強してきた、と言う。面子の名前を聞くと確かに息子より成績の良いメンバー。先生がうろうろしているフロアの教室でやってきたらしいのでそう悪いことも騒いだりもできず、それなりにちゃんと勉強してきたとかでご同慶の至り。それにしても普段は先生から成績に関して各種警告を受けているような友達とつるんでいるはずなのに、いったいどういう成り行きで成績優秀者と勉強することになったのかがよくわからない。というか息子の友人関係はどうも傾向とかパターンがあまり無くて、いまいち掴みきれない。意外に全方位外交タイプなのかもしれない。息子も中3なので母親が交友関係を把握できないのは当然ではあるが、遠くの男子校なんてのに通ってる分、余計分からないのかもしれないとは思う。しかし今のところ話題はもっぱらパソコンと学校の自販機のドリンクの評論で、ぼさぼさ頭に汚れが落ちきらない汚いワイシャツにボロいスニーカで通学しているところを見ると、特定の女子との交友関係がある可能性は低そうだ。あとは法律や校則に違反したり社会常識に極端に反するするようなことが無ければまあどうでもいいや、というのが結論。
2014.05.14
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すっごく感動したとか目新しいことが書いてあるとかいう訳ではないけど、そうだよな自分もこの手の職業の端くれにいる以上、こうあらねばならんよな、と読んで改めて思った本。【送料無料】教育幻想 [ 菅野仁 ]価格:842円(税込、送料込)サブタイトルがちょいと恥ずかしい感無きにしも非ずだけど、子供に何か教える立場の人はこの本に書いてあることをちゃんと肝に銘じておくべきだよなあ、というのが読後の感想。でもねえ、実のところは「人柄主義」の先生の方が親にも子供にも受けが良かったりするんだよなあ、人気取りだけじゃダメなんだけど結局分かりやすいところにしか反応してくれなかったり。先生のなり手が少なくなってるってのも分かる気がする。批判される教師がいるのも確かだけど、何かあれば仔細をちゃんと見る前にとにかくまず学校や教師批判っていう空気はいまだ色濃いし、いまや子供にも大人にも全方位的にちゃんと対応できないとやってけない仕事になってるし、熱意のある人ほど二進も三進も行かなくなった時の挫折感はでかいからねえ。それにしてもいまだに時々「日教組に洗脳された教師」とかいう言い方を見かけることがあるんだけど、日教組と利害関係の全く無い(てか入れてくれない。笑)チャラい非常勤の立場から現場を見ていて断言しよう。今の現場でちゃんとやってる先生(の方が多数派だ実のところ)は日教組の活動にのんびり関わっている暇は全く無い。会議や資料作成や子供や親への対応や研究会への出席やその他諸々の大量の仕事で授業にすら支障が出る始末。日教組の活動一生懸命やってる先生って、現場から離れて専業で組合活動している先生ぐらいだよ。組合の加入率も下がる一方(強制加入みたいになってるところもあるのは事実だけど、そういうところは団塊世代の大量退職以後激減している)だし、加入していても活動への参加は実のところめんどくさい、ってのが実体。「日教組の教師云々」って言ってる人、とにかく一度今の学校現場に入って1年間みっちり学級担任持って教師の仕事やってみるといい。日教組の活動どころじゃないってのが体で分かるから。
2014.05.13
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そういえば学生の頃住んでいた町のスーパーの鮮魚コーナーに、いつもではないが時々イルカの肉が並んでいたのを急に思い出した。漁港からそれほど遠くない町だったので、その日の水揚げという感じで出ていたのだろうが、カレイやアジやイワシと一緒の店先に、赤黒くいかにも獣肉っぽい切り身がプラスチックの安物のザルに無造作にのっかっているのを見ても、どうも食欲がわかなくて一度も買ったことは無かった。そういえばあれってどうやって食べてたんだろう、やっぱり焼肉かなあ。子供の頃は鯨のショウガ醤油漬けみたいなのが魚屋に売ってて、それを焼いて食べるのが土曜日学校から帰ってきた時の昼食のおかずによくでていた記憶がある。それにしてもこれを欧米人が見たらどう思うかなあ、と思った記憶があるので、その当時既に欧米ではイルカ保護の機運が始まっていたはず。今みたいにアグレッシブじゃなかったんだろうけど、やっぱ外人(=欧米のそれなりにインテリな人)、例えば大学の語学関係の外国人教師なんかには見せない方がいいな、と思ったのも今思い出した。鯨にしろイルカにしろ、積極的に捕獲して食用に供したいとはあまり思わないが、網にかかったり浜に打ち上げられたりして衰弱してしまった個体を食用にすることには目くじらを立てるつもりは全く無い。当の個体にとってはとんでもない話だろうが、動かせないまま死んで腐敗して厄介な代物になるより、こりゃどうにもならん、と分かった時点で止めを刺して捌いて食用にしてしまう方が片付けがずっと簡単になるんじゃないだろうか。始末の費用も捻出できるだろうし。あのイルカの肉ってやっぱり魚網にかかったりした連中の肉だったんじゃないかな、今時の自然保護派の皆さんからすれば工工エエェェ(゜Д゜)ェェエエ工工、って話だろうけど、あれはあれで合理的な解決策ってか庶民の知恵だったように思う。
2014.05.12
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所用があって都会に出た。息子が中学に入って以来、なんだかんだと都会に行く機会が以前よりは多くなった。平均すると月に1回弱は都会に出ている。しかし若い頃と違って都会に遊びに行きたいという気分はすっかり薄くなった。人や情報量の多さに辟易するようになっている。いまや用が済んだらさっさと帰ってしまう。大型書店に行きたいとかいろんな国の料理を食べたいとかいう時には都会がいいな、と思うが、それでも特に用事が無いなら年に1回か2回ぐらいでいいや、というのが今の実感。欲しい本が定まっていればネット書店で買えるし、各国料理の店も田舎町にもできるようになったし、食材も10年前よりずっと簡単に手に入るようになった。中途半端な首都圏の田舎町で、近所のうぐいすやかえるの声を聴きながら暮らす方が疲れない。こういうのも老化なんだろうなあ、慣れた環境から出たくなくなるみたいなのって。都会で昼食を食べた。店がより取り見取りなのは都会の良さだが、多すぎて選ぶのが大変でもある。ともあれ週末でもあり、時間を少し外したためそれほど込んでいない店での昼食ってのは悪くない。1人で静かに食事をしていると、周囲の話し声が自然に耳に入ってくる。昔からこうやって黙って人の話を聞いているのが結構好きなのだが、これが実は存外面白い。女性2人連れが近くに2組座っていた。左側の女性たちの話し声が時々耳に入ってくる。「結局彼女は自分自身の問題点に目を」「それは結局誰かに責任転嫁して」ふむ、共通の知人の誰かの問題点について語りつつ自分たちの優位を確認するというありがちな会話じゃのう。しかしそのうち雲行きがおかしくなってきた。「普段は宇宙との交信を担当して」「その仕事っていうのは霊界では中位の仕事と位置づけ」…むむ。話の流れからいって「雨中との行進」とか「例会では注意の仕事」とかじゃないよな絶対。くわばらくわばら。そして右側の女性たち。「結局ね、社長とか上の人がだらしないってのはもう自己洞察ができてないから」「そういうのは家庭の教育力がそもそも」「私なんか武家出身だという曾祖母から母が厳しく仕込まれたっていう礼儀作法を小さい頃から」「やっぱりそういう嗜みみたいなものが」ふむ、上司を批判しつつ自分の出自の高さをさりげなく自慢するというこれまた巧みな戦術じゃのう。でも口に食べ物入れたまま話さない方がいいと思う。ご飯粒飛んできた。それにしても都会の人って人の噂話も難しい言葉で話すねえ、何かうちの近所での噂話の内容や語彙のシンプルさがものすごく懐かしく感じられてしまった昼飯時。
2014.05.11
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ちょい昔の平均年齢を超えて生きているだけあって、最近は自分の身体的能力の衰えを実感することが多くなった。まず、回転に弱くなった。鉄棒の足掛け回りとかマットの前転とかで目が回ってしまう。最近眩暈が多くなったのもこれと関係あるような気がする。平衡感覚そのものが衰えているのか、内耳の機能が落ちているのかはよく分からないが、突発性難聴になったことがあるのと関係があるのかも、とも思ったりする。時々鉄棒で回ったりしていれば少しは鍛えられるだろうか。次には高いところが苦手になった。昔は数メートルの高さを見下ろしてもあまり怖さを感じなかったのだが、数年前から地上2~3mぐらいの高さでも足がすくむようになってしまった。手すりとか命綱とか、何かつかまる物が無いととても怖く感じる。高いところから飛び降りるのもいつの間にか苦手になっていた。普通に飛び降りられる高さが以前より30cmぐらい低くなっていることに最近気付いてちょっとショック。激しい動きとか極端な動きに体がついていけなくなっているんだろうなあ。普通に歩くとか筋トレとかはまだ特に大きな落差を感じないので、要するに瞬発力とか体のバネみたいなものの力が落ちているっていうことかと思う。そして怪我の治りが遅くなってるねえとにかく。だいぶ前に痛めた左手の親指のつけ根はまだ力を入れて動かすと痛むし、体育の時にすっ転んでできた打ち身の腫れが数日経っても退かないうえに結構派手なぶどう色に発色したりしている。困ったもんだ。今のところまだ骨折するほど骨はヤワにはなっていないものの、今後骨粗鬆症には気をつけないといかんなあ、と思っている。そんでまた耳順う頃になったら今よりもっとあちこちヤバいことになってるんだろうなあ、まあ仕方ないけど。老化防止にジャングルジムによじ登って飛び降りる練習でもしとこうかな、でもそれで骨折でもしたら本末転倒だねえ(笑
2014.05.10
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ところでプランターに安売りのバジルの苗を植え、ついでに余ったスペースに青シソとパクチーの種をまいたところこの暖かさと雨のおかげか芽が出ていた。あとは使えるサイズになるまで育つのを待つのみ。余った種は庭のそこらへんに適当に撒き散らしておいたから、そっちも近々芽が出るのを期待している。急に暖かいというか暑くなったので、ユニク口の工アリズムを引っ張り出して着ている。汗かきで暑がりの母がそういえばこういう機能性下着って着てないな、と思い出し、母の日のプレゼントにエアりズムの下着を贈ることにした。どうせ勧めても、昔から行動力と決断力に欠ける母のことだから、口だけはそういうの着てみたいね、とは言うものの実際に買いに行ったりするはずはない。実物を送りつけるに限る。ついでに夏向けのストールも同送。本当は何か服も送ってみたいんだけど、身長は140cmちょっと体重60kgという彼女の体形に合った服を選ぶ自信は無いし、彼女のセンスに合ったデザインの服を選ぶ自信も無い。自分自身は服装にほとんど関心は無いが、他人様の服装の良し悪しはそれなりに判断できるので、そこそこセンスのいいものを選べるとは思うが彼女のお気に召さなければそれまで。そもそも母はおしゃれして出かけることもめっきり減っているので、普段着が良いのかもしれないが。近所のお年寄り向け衣類専門店みたいなところに行けば母に合った服があるのかもしれないけど、そういう服は自分が好きじゃないこともあって、いくら自分が着ないとはいってもあんまりそういうところで選びたくないというのが本音。かといって毎度のカーネーションもいい加減飽きてきたし、食べ物も意外に文句の多い人だしそもそもそんなにたくさん食べられない。全くどうしたもんだか。でユ二クロの下着になったのさ。人に物を送るって難しいねえ。父の日は男性ものバージョンにして同じようなの贈ってやろうかな。
2014.05.01
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先日帰省した折、親から「子供時代のアルバムどうする?」と訊かれたので、狭い団地住まいの親の家にいつまでも置いておく訳にもいかないし、彼ら自身の老い支度もあるだろうからと思い、いつでもいいからこちらに送るよう頼んでおいた。そのアルバムが先日届いた。兄弟の分は別に分けて送ったようなので、こちらに届いたのは主に私が写っているもの。赤ん坊から幼児にかけての頃の写真が白黒なのが時代だなあ(笑幼児期までの写真はかなり多い。学童期になると幼児期よりもかなり減るとはいえ、それでも結構ある。中学生になると一転、激減する。高校生に至ってはもう親が撮った写真はほとんど無く、友人や他の人からもらった写真が少しあるぐらい。まあ要するに生意気になり親の生活範囲から消えてしまう思春期以降は、親も子供の写真を撮る気にならないこともあるだろうし、そもそも写真を撮る機会も無くなってしまうってことだよねえ。うちも息子が中学校に入ってから写真を撮る機会は減った。一緒にどこかに行った時に写真を撮ることぐらいはあるけど。体育祭に行っても小学校と違って親と一緒に弁当を広げるなんてことはしないし、保護者はグラウンドへの立ち入りは一部エリアを除けば禁止だし、似たような背格好で似たような感じの中高校生が多数うろうろしている広いグラウンドから息子を発見するのも一苦労だし、望遠レンズなんて無いから仮に写真撮ったところで誰が誰だかわからないし。去年なんか体育祭が平日だったこともあって見に行かなかったよ(笑今の親は子供の部活の試合や学校行事を見に行ったりすることもあるだろうけど、自分が中高校生だった頃は親は入学式卒業式に母親が来るぐらいで、体育祭も文化祭もまして部活の大会も親が来たという記憶は無い。そういえば勤務先の入学式、今年も平日だってのに両親そろって参加している人がかなり多かったし、子供によっては祖父母まで同伴で出席しているケースがあったなあ。今はそういう時代なんだよねえ、夫も息子の中学校の入学式に参加したし(入学式が土曜日だったことが最大の要因だけど)。今は子供が成長しても親子が関わる機会も多いし、関わりたいと思う親が多いから私のアルバムのように極端に写真が減るということは無いのかもしれないけど、でもやっぱり枚数は(あるいは動画の本数は)年齢とともに、特に思春期以降は減るんだろうな、と思う。息子が大人になってうちを出た時、彼にはアルバムじゃなくて写真のデータを渡すことになるんだろうけど、それを大人になった息子が眺めた時やっぱり同じようなことを思うのかな、「思春期以降は写真が少ないな」とか。
2014.04.23
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年度末から年度当初は職場が宿命的にざわざわし、しかも自分の首のつながり先が毎度蓋を開けるまで分からない、今日び流行りの非正規雇用でこの時期は精神衛生上よろしくない。その上今年度はいろんなことが変わってまだ全然落ち着かないが、これは時間が経たないとどうにもなるまい。愚息は中3になり、中高一貫だからのんびり過ごしているのだがこれで大丈夫なんだろうか。諸々が一段落してやれやれ一息の今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。どたばたしているうちにいつの間にか桜が満開になり雪のように散り敷き、そして藤が咲き始めている。父の認知症は、ゆっくりとではあるが2年前より確実に進んでいた。ただ本人のコアの部分はあまり損なわれてはいない。母も衰えが目立ってきた。兄弟が同居の話をしていたが、当面現実的ではない。とりあえずしばらくは私が母とこまめに連絡を取りつつ打てる手は打つよう動かにゃなるまい。ここんとこ夜にめっきり弱くなった。夫も息子も帰宅は遅いが、自分が11時を過ぎると強烈に眠くなり、がんばって11時半頃までは起きているものの、頭を使う機能は完全に停止しているので米を研ぐとか片付けやアイロンかけをするのが関の山。布団をかぶると1分以内に眠ってしまう。だからといって朝早起きになったかというとそうでもなく、普段は5時半前には起きているけれども寝坊できる日は6時半頃まで寝ている。年を取ると睡眠時間が短くなるらしいが全然そんなことは無い。とにかく夜に弱くなったため夜のブログの更新は難しくなってしまった。以上近況。息子の学校で仲の良い母親が何人かいて、保護者会の時にグループでランチやお茶に行ったりする。さすが私立、派手ではないが(そもそも派手だったらヨーカドーで買ったバッグを持っている私などお仲間に入れてはもらえまい)お金に困っているようには見えない。そして専業主婦の割合もかなり高い。品が良いというか育ちが良いというかソフトで感じのいい人ばかりで、そういう世界の中で今までやってきて、あんまり嫌なものとかとんでもないものを見ずに済んでいる(実際は見ているのかもしれないがそういうことを感じさせない)んだなあ、と思う。自分は文化的素養がまるっきり無いブルーカラーの家で育って世の中に出ているので、こういう人たちを見ているとつくづくギャップを感じる。やっぱり持って生まれたものとか自力で手に入れたものだけじゃどうにもならんことってのはあるんだなあ、とか。氏より育ちってのはこういうことかも、とか。持ってるものはさりげなく高級品だよなあ、とか。そう言いつつ実は引け目はそんなに感じてはいない。自分は所詮彼女たちのグループに本質的に属してはいないけれど、そういう自分が彼女たちの世界を見る機会に恵まれたのはお得だな、と思っている。野次馬っていうのかこういうのは。でもいろいろと学ぶことは多い、ブルーカラー系職場で働いた経験と同じように。息子の小学校時代に仲良くなった母親たちとの付き合いは等身大で気楽ではある。持ち家住まいが多く地域との関わりもしっかりしていて、超高学歴ではないが夫はちゃんと仕事を持っているし本人もパートで働いていたりPTAや地区やスポーツクラブの役員で忙しかったり。しかし自分はこの土地の出身でないこともあるのだろうが、彼女たちのグループにもどこかで属しきれない。もっと外の世界も見たい、と思ってしまう。そういうどっちつかずな人間の最終的な居場所ってどこだろう、と時々考える。こういう人間だから日本から出てあちこちうろうろしてしまうんだろうな、とも思うし、自分がどう思っているかに関わらずなるようになっていくのだろうとも思う。自分がいまだ腰が据わらないような気がするのは、こういう覚悟の無さとかなんでも野次馬根性で見に行っちゃって面白がってることに由来するんだろうなあたぶん。こういうのって死ぬまで治らないのかも、と今改めて思った。
2014.04.19
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仕事が一段落したので明日から息子連れでしばらく帰省。とは言っても骨休めというより親の現状を実際に見て、今後どう動いていくかを兄弟で検討するためという意味合いが強い。前回ほど駆け足ではないにしても、何かしらやることはでてきそうな予感。いろんなリサーチのためにPCが必要になりそうだが、親のPCは仮にまだあったとしてもものすごい低スペックなうえに今時ADSLなのでネット環境は全く期待できない。もうPC持ってない可能性も高いし。という訳で息子には彼が普段使っているノートPCを持って行かせる。ついでにモバイルwi-fiルータも契約。もうすこししたらタブレット買おうかな、スマホじゃなくてガラケーとタブレット2台持ちの方がストレス少なそうな気がするなあ、などと妙な方向への皮算用ばかり膨らむ春休み突入の日。
2014.03.25
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Yahoo検索で「3.11」を検索すると10円が募金されるらしいのでやってきた。3年。たまたま家族全員が平日のあんな時刻に家にいたというのがめったにない偶然だった。仕事から一時帰宅していた夫、インフルエンザの息子、息子看病中の自分。あんな大地震で停電しているというのに仕事関係だからと予定通り出かけようとした夫、「あんなに揺れたのに電車動いてるわけないじゃん」という私の言葉(夫曰く「確かにすごくもっともな意見」)を聞いて目が覚めて出かけるのを止めた。人というのはどうしてあんな非常時でもいつも通り、予定通りの行動を取りたがるんだろう、何かそういう精神状態があるらしくてそれが逆に被害を大きくするとか悪い結果につながるというような話を聞いたことがある(うろ覚え)。あんな地震でも揺れだけだったから自分は比較的冷静だったと思うが、その後にもし津波が来るなんて事態になったら冷静でいられたかどうか分からない。津波は単なる高い波じゃなくて諸々の漂流物もろともやってくる、というよく考えれば当然の事実をあの映像で初めて実感した。あれは波というよりはじわじわと陸を侵食し全てを破壊しながら容赦なくかさを増す得体の知れない巨大な生き物のように見えた。「波」という漢字が付くから波だとばかり思っていたのに、あれはどう見ても波とはいえない。完全に認識が変わった。あれを津波と呼ぶ限り、世代が代わればまた津波の本質が忘れ去られるのではないかと心配になる。阪神、新潟、東北。首都圏にはまだ来ていない。地方の痛みを忘れて、経済回復中だしオリンピックも来ることだし被災者とか原発事故収束とかめんどくさい話は東京は関係ないもんね、と喉元過ぎて浮かれていると、最悪のタイミングで来るような気がするんだよなあ。「バチが当る」みたいなね。
2014.03.11
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勤務先の子が兄弟で次々インフルエンザに罹り相次いで欠席。勤務先では一時治まっていたかと思われるインフルエンザが再流行の気配ですが皆様息災でいらっしゃるでしょうか。しかも2月上旬に流行った時はB型が圧倒的に多かったのに、今回はA型が中心。ということは、昔の息子のように1シーズンに2回罹る子が出ても不思議ではないということ。マジでシャレにならん、と思ったのは、垂らしていた鼻水をかんでやる手伝いをしてあげた子が、翌日ちゃっかりインフルエンザで休んだことだった。あの鼻水、インフルの前兆だったんだな、あれ感染力強いからなー、うつったら勤務に確実に穴が空くからかかる訳にはいかんなあ、と思ったが、今のところ幸い発症する気配は無い。昨日は息子が帰宅するなり調子が悪い、と言うので熱を測ると37度台後半。すわインフルか、と思ったが、きっちり夕食食べて風呂に入る元気があったので、この様子ならインフルはねーな、と思っていたら、今朝には平熱に戻っていた。やれやれ。とはいえ、大震災の年には息子は震災当日インフルで学校を欠席中だったから、まだまだ3月中も油断できない。百均でテーピング用テープ購入。今日はキネシオテープを使ったが、明日以降はもう少し固定できるタイプのテープで親指を守りたい。不用意に力を入れると激痛が走るのでちょい困る。
2014.02.28
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左手の親指を捻挫(たぶん。骨折とかひびではないと思う)して、親指の根元が右手親指の1.5倍に腫れている。腫れているあたりがパンパンになって、手のしわが無くなり若い頃のようなすべすべお肌っぽくなっていることに喜んでいる場合ではない。左手は利き手で、ファスナーを閉じたり容器を開けたりするのは全て左手。それなのに親指に力を入れて何かをつまんだり動かしたりすると恐ろしく痛いので、不便なことこの上ない。バイクのウインカーも左手親指で操作するのだが、これもきつい。仕方ないので、左手でなぎ払うようにウインカーを操作している。あと何かを握って持つのも親指に力が入らないので持ちにくいし。痛みがひじ経由で二の腕にも放散しているので、ちょっと困っている。仕事にも差し支えるし(行ってるけど)。そういえば突き指ってこんな感じなんだったっけ、と中高校生の頃を思い出した。何であんなにしょっちゅう突き指してたんだろう、とかね。
2014.02.27
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最近いろいろと何とか士、という人たちと会って話して、といってもメインは夫なので私自身は割に気楽。夫が聞き漏らしたり記憶が曖昧になってるところを助っ人するのが私の役割なだけで、私は直接には全く関わってない。毎度思うんだけど、こういう人たちの仕事って高度な専門知識が必要である一方で接客も仕事の一部だったりするんだけどいろんなクライアントがいるんだろうな、ということは何とか士さんとの雑談の端々から容易に想像がつく。それはそれで大変だろうなあ。あ、医者もそうか。そういう大変さも含めてのペイの良さってのはあるんだろうね、と思ったり。それはさておき隣から離婚条件交渉の話が聞こえてくるってのもどうなんだ(笑法律や制度がらみのいろんなことに首を軽く突っ込んでいてつれづれに思い出されるのは既に亡くなっているおじおばのこと。おじとおばの結婚生活の間、おじにはずっと別の女がいた。そういうおばも結婚後若い頃に、近くの温泉旅館で飯盛女(知らない人は検索してみてね)みたいなことしていて、それを悪びれずに「楽しくて金になる」とも母に吹聴していたらしいのでまあ何つーか割れ鍋に綴じ蓋って言うか。3人の子が生まれた(今思うとタネが怪しいかもとか思ったりする)ものの、いろいろあって結局熟年離婚。おじはずっと続いていた未亡人(になる前から関係はあった)のところに転がり込んだが、結婚はせず内縁のままだった。未亡人の息子たちが母親の財産をおじに取られることを警戒して入籍には反対したと聞いているが、他にも亡くなった亭主の遺族年金を受け取りたかったのかもしれない。一方でおじは従軍したし炭鉱労働者だったこともあって結構な年金をもらっていたそうなので、未亡人はそれなりに余裕のある暮らしをしていたと思う。おじは後に倒れて数年間寝たきりになり亡くなった。未亡人は最後までおじの世話をしていた。亡くなった亭主の仏壇を茶の間に置いたままおじと同棲する神経がいまひとつ理解できなかったが、おじを見捨てず添い遂げた(もしかして年金が目当てだったといえなくもないが)ところは立派だったかもしれない。おばは東北から出稼ぎに来ていた男性と一緒になり入籍もした。しかし間もなく男性は倒れて寝たきりとなり、その介護で大変ではあったそうだ。ほどなく男性は亡くなり、その男性の兄弟が葬式に来て、男性の位牌遺骨とともに男性の残した財産のほとんどを有無を言わさず持っていったのだとか。3人の子(私の従兄弟)は、両親が下半身も金銭面もだらしない人間であることに苦労したようだ。熟年離婚後は両親と縁を切り、葬式にも出なかったと聞いた。あんな親の遺産などいらない、と言ってたそうなので、未亡人はおじの貯金をまるっと手に入れられたのだろう。今にして思えばなんつー底辺な話だ、と思う。暴力とか貧困とか不倫とかなんとか、今ならとっくに破綻しているはずの夫婦関係をずるずる続けていたこと。内縁にしろ再婚にしろ、相手も法的にきちんとすることを知らなかったからそれまでといえばそれまでではあるが、財産の分与や亡くなった夫の遺産相続などの手続きをせず泣き寝入りになったこと。従兄弟たちも結局親の遺産を手に入れられなかったこと(いらないとは言っていたが、未亡人にダメージを与えることはできただろう)。どうにかできたはずのことをどうにもできずに(せずに)こじらせて、おじの一家は結局どうにもならないぐだぐだのボトムエンドまで行ってしまった。その一連の流れの全てではないが、子供の頃からそういう大人の話の断片を聞いていて、それってどうにかならないことなのか、とずっと思っていた。中学生ぐらいになると法律で何とかできることもあるということを知り、どうしてそれを利用してどうにかしないのかと思っていた。しかし周囲の大人はそんなことは知らないようだったし、知ったとしてもどうしていいかわからなかったと思うし、わかったとしても面倒でやらなかっただろうとも思う。今思うと親戚関係は知恵者も知識人もいなかったのだから、そういう結果も仕方ないのかもしれない。だから中学生の時に思った。何も知らない、何も知ろうとしないのは間違っている。自分は自分を守るために知るべきことを知りたい。物事を知らないばかりに理不尽な目に遭うのは金輪際ごめんだ。知らないでいる訳にはいかない、知るべきことを知るのは武器であり防具である、と。幸い中学生の頃はそれなりに勉強ができたので、地域で一番の進学校に行かねばならん、と思った。そこに行くのがおそらく「知る」ための近道であろうと思ったから。高校に行き、就職でもいいか、とも思ったが、やっぱり「知る」ことを続けたかったので大学に行った。知るべきことを知りたいと思った昔の自分に「それは間違ってないよ」と言ってやりたい。中高校生の頃はなにせ父親から「生意気だ」とか「女のクセに」とか言われて嫌な思いしてたからねえ。そしてわかったこと。この歳になっても知らないことはたくさんある。あるが、自分が知らないことを知っている人から力を借りる方法を探せる。それができれば、他人様の知恵や知識を借りてどうにかできることはたくさんある。そして提示されたものをある程度客観的に判断し理解できるだけの能力も今のところたぶんある。自分がその道の専門家でない以上、何かのっぴきならないことになった時に問題を解決できる方法って結局それに尽きるんだろうな、ってのが結論。以って瞑すべし。
2014.02.24
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週末の雪はまだまだ融けきらずにあちこちに残っているものの、自分の行動範囲内ではほとんど影響は無くなった。大雪の日以来気温があまり上がらないので、このあたりとしては融け方がとても遅い。雪が残ってるからかそれとも季節風が入りやすくなっているせいか知らないが、日陰に山積になっている融け残った雪はなかなか融けないまま次第に黒ずんで汚れていき、無残なありさまだ。山梨や秩父方面では相変わらず交通もままならない模様。新潟や長野から重機などを支援してもらえば、と簡単に考えても、交通機関が麻痺してるのにそっちからどうやって持ってくるんだ、って話だしねえ。めったに降らない大雪のために北国みたいに重機買う訳にもいかんし。普段雪のないところに大雪が降った時には、お上の除雪は当てにならないし、自力で、あるいは地域の力である程度除雪したらあとは「春が来るのを待つ」しかできない、ということが今回よーく分かった。雪を扱うノウハウのないところで不手際が出るのはある程度は仕方ないことだとは思うけど、お上も住民も雪を侮りすぎたのか今回はいろんなことが後手に回りすぎた感がないでもない、と思うのは自分が北国の出身だからなのかなあ。スーパーの品薄状態で、東日本大震災直後のスーパーの光景がよみがえった。普段何気なく買っているいろんなモノは、全てどこかの誰かが作ってくれてどこかの誰かがどこか別の場所から運んできてくれた上で今ここに存在しているんだ、ということを思い知らされた。あの震災の記憶が遠くなっていて、もうモノがあることのありがたみってのを忘れてるんだよね。あって当たり前、って思っちゃう。ああいかんなあ。モノが簡単に手に入るのって、もしかすると人間を傲慢にするのかもしれない。大雪が降らない場所で大雪警報が出たらさしあたり普通の人がやるべきことってのは1.止むを得ない場合を除きとにかく外に出ない。仕事もライフラインに関わる人以外はさっさと営業中止にしないとヤバいでしょ。雪慣れしていない人が出歩くのは危険。まして車で出かけて雪で動かなくなれば多くの人に迷惑がかかるだけでなく、緊急車両などの通行の妨げにもなる。2.地震やその他災害への備えにもなるので、食糧や水、燃料、懐中電灯などをある程度備蓄しておく。もちろんスコップ(雪対応専門ならやっぱ角スコかな)必携ね。雪で多少生鮮食料品その他が手に入らなくても買い物にいけなくても、最低3日、可能なら1週間分の備蓄があればどうにかなる。特に冬場のことを考えるとカセットコンロは用意するべきなんじゃないかなあ。うちは2週間は確実に篭城できると思う(笑3.慌てて買い物に走らない。1と2を心得ていれば当然のことではあるけれども、備蓄があれば慌てる必要は無い。パンやカップめんなんか買わなくても、米と水と缶詰や乾物や保存のきく野菜とカセットコンロがあればかなりちゃんとした食事が作れる。ちゃんとしたご飯は元気のもと。あとは行政側も、住民からの自然災害に関する現場報告(可能なら映像付きで)を収集できる窓口を一本化して普段から広くアナウンスしておいた方がいいんじゃないかなあ。佐久市長がツイッターで情報収集して迅速な対応をしたそうだけど、そういう双方向的なSNSの使い方を各自治体は取り入れるべきだと思う。半世紀に一度の大雪とか言ってるけどさ、最近の異常気象見てたらそんなの当てにならないよね。来年も今年以上の大雪になるかもしれないんだし、それどころか今シーズンまた降らないとも限らない。やっぱ常に「早めに最悪の事態を想定したシミュレーションをしたうえで準備し、その上で楽観的に構える」ってのが精神衛生上打撃が少ない気がするなあ。
2014.02.20
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という訳で今日も絶賛予報通りの積雪で吹雪となった。朝の出勤時は雪がかなり降っていたもののまだ畑や田んぼや木に積もっている程度だったので問題なし。風も弱かった。とはいえ帰りのことを考えると着込んだ上からレインウェアの重装備となる。車が普段に比べるとかなり少なく、スピードも落ちていたので普通に走れた。しかし出勤後も気温は0度前後のままで雪があまり融けずに積もっていく。風も強くなってきてまたもや吹雪の様相。結局学校は午前中で授業打切り、児童は一斉下校となった。バイク通勤を知っている同僚から「風任さん、バイク置いて帰らなくちゃじゃないの?」と言われた。「いやあ私はいつでもどこでもバイクだから大丈夫だけど、ただバイクはFRなんでそこが問題ですねえ」と言うと「チャレンジャーだなあ」と笑われた。2時頃には交通量の少ない道には雪がシャーベット上に積もっていた。一方交通量の多い幹線は轍状にシャーベット雪が残っているものの融けている部分が多い。幹線の車は朝よりも更に減っていたので、路面が比較的安全な状態の幹線経由で帰ることにした。とはいえ、家に帰るには最終的に枝道に入らなければならない。ただそこまで入ってしまえば新雪が積もってはいたものの今度は車がほとんど走っていない状態だったので、さすがに晴天時のように飛ばすのは無理でも特に問題なく帰れた。息子の学校も電車通学の生徒が多いので午前中で授業打ち切り。電車がぐだぐだになる前に帰ってこられてよかった。夫は今日は夕方以降まで絶対に帰れない仕事なので、車ではなくバスで出勤。朝はともかく、帰りはバスも本数が間引かれて満員で乗れなかったりと帰ってくるまでが大変だったようだが、それでも夕方以降の積雪や寒い中でチェーンをつける手間隙を考えると車で出勤しなくて良かったそうだ。今は雪も降っているが勢いは多少落ちてきた。しかし風が台風並みに強い。朝は雨に変わるという予報は出ているが、その雨が強風+土砂降りになりそうなのでそれはそれでうんざり。今年の春はずいぶんと荒れ模様で始まってる。てかせっかく梅が咲き始めた矢先にこれじゃ、梅もやる気がなくなりそうだ。春本番の時には穏やかになってくれればいいんだけど。
2014.02.14
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昨日の雪。当地では20cmちょっとぐらいだったのだが、気温が低くて、パウダースノーとは言えないものの握っても固まらず雪合戦や雪だるま用にはならない乾雪だった。北風が強烈でほぼ1日吹雪いていたが、北海道ほどじゃないにしても時折地吹雪に近い吹雪き方をしていた。そういう天候を雪国出身の夫と寒冷地出身の私が喜ばない訳がない。首都圏にいながらにして吹雪とか結構な積雪とか、こんなチャンスは数年、いや数十年に一度かもしれないじゃあーりませんか。出かけるぞー、と夫が言う。ミスドにドーナツ買いに行くとな。もちろん歩いていく。せっかくの吹雪なのに車で行く訳がない。それにうっかり車で行って雪慣れしていない車からのもらい事故がイヤだ。息子は最初留守番するつもりだったが、「こんな吹雪の中を歩くチャンスなんて千載一遇、次は何年後にやれるか分からないよ」と言葉巧みに誘ったところ乗ってきて、結局一緒に行くことになった。しかし外に出ると風がすごい。風に向かって歩くと顔に雪がばしばし当たり、ネックウォーマで顔を覆わないと頬が痛くてたまらない。ついうっかり北海道仕様で着込んでしまったものの、0度ぐらいだと外気にさらされていない部分はそれほど寒くないので、歩いているうちに暑くなってきて上着を脱ぎたくなってしまった。しかし脱ぐとまともに雪を食らってびしょびしょになるので我慢。こっちの雪は体に付くと融けるのが難儀だ。もっと薄着でよかったと後悔。吹きだまりは30cmぐらい積もっている。スノトレでうっかりこういうところに踏み込むと靴に雪が入ってくるので用心するが、歩道が雪で埋まっていて車道との境目が判然としない。段差でこけそうで歩道を通るのは危険な気がする。車がほとんど通らないのをいいことに、ほぼ新雪状態の歩道を降りて車道を歩いた。息子は騙された、とぼやいていたが、これぐらい全然たいしたことない、と両親に言われて黙る(笑傘を差し車道を歩くのが夫。雪道で傘を差して歩くのは難易度が高いので、慣れない人にはお薦めできません。無事用事を済ませ、家に帰る時には風は背中から吹いてきたのでいくら吹雪いても全く問題なし。週末なのに街中も人がものすごく少ない。個人経営の店などは閉まっているところもたくさんあった。雪はともかく、風が強いと停電が怖いなあ、と思っていたのだが、停電は免れた。今日は朝から晴れ間もあり、雪はみるみる融けていく。融けにくい日陰は雪かきをして、1日だけの雪国体験は終了した。
2014.02.09
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節分の日は明け方の濃霧から始まって季節が一気に3か月先に行っちゃってますがどうしたんすか、いうぐらい暖かかったがもちろん予報では大寒波が来ると言っていたので油断できず。昨日の立春は天気予報通り。朝は前日の暖かさが残っていたものの昼前から気温が怒涛のように下がり、3時ごろからは雪が降り始めた。当地の雪は大粒のぼたん雪。かなりの降り方で、見る見るうちに近所の家の屋根や畑や庭の木々が真っ白になっていく。空は暗いけれども雪の白さで地上は明るい。この雪は故郷だと3月後半の雪だよなあ、やっぱ内地ってあったかいわ、と思う。雪の降りしきる中バイクで出かけた。こっちは外気温が高いし根雪ももちろん無いので、すぐに凍らない降りたての雪の中の運転はどしゃぶりの雨と同じようなものなんだけど、雪慣れしていない車が異様にノロノロ運転なのでそっちの方が怖い。しかし想定外だったのは、乗ってるうちに巨大ぼたん雪がシールドにがんがん着雪しまくること。これには参った。交通量がほとんど無い道を走っていたのでひっきりなしに手で雪を払うことはできたが、シールドに熱線が欲しい(笑)と思ったのは初めて。そして今日は雪の翌日。うちの近所は路面の濡れた所がもれなく凍っていた。晴れの予報ではあったものの雲が多く、時折ちらりちらりと昨日の名残のような小さな雪の欠片が舞う。気温は当地としてはかなり低いものの雪も氷も10時過ぎには少しずつ融けてきた。雪が融けかけてあちこちから水が滴る光景やひんやりとした空気が故郷の春を思わせて、なんだか気分がうきうきしてしまう。いつもより寒いんだけどねえ、そりゃ北海道に比べりゃ暖かいからね。寒い1日ではあったが夕方には濡れた路面もほぼ乾いていた。太平洋側の乾燥した日々がまた週末まで続きそうだ。
2014.02.05
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息子の学校も入試のシーズン。入試手伝いに借り出されるものの、人前に出すには恥ずかしい認定されたのか知らないが、裏方の仕事をすることになった。通路確保のカラーコーンを数えたり各種道具を所定の場所にスタンバイしておく準備をする係だとか。受験会場になる教室に監督の先生と一緒に待機して対応に当たる生徒や最寄り駅からの誘導担当の生徒もいて、そういう子たちは受験生や保護者の前に出るので事前指導があるらしい。ちょっと笑ったのは降雪時の「雪かき要員」。雪が降った場合に動員されるらしいが、さすがに学校の近くに住んでいる子が指名されたそうだ(笑入試期間中は自宅学習という名の休みが数日ある。課題提出などは無いのでもちろん遊んでも特にお咎めは無いが、直後にテストがあるのでそうそう遊んでもいられない。中高一貫校の生徒にありがちなのはいわゆる中だるみ。中2から高1頃まで続くことが多いようだが、高校入試が無いのでどうしてもダレがちになる。ここでどう過ごすかが高2以降に響いてくるということのようだが、特に男子は自覚が無いんじゃないかという気がすごくする。学年最下位グループの友人は高校進学後の大変さや留年の可能性について先生から懇々と話があったそうだ。レベルに関わらずどこの中高一貫校もそうだけど、中学卒業時に他校受験で抜ける(むろん本人の希望によるとは限らない)子ってのは多かれ少なかれいる。息子の学校も毎年数人は抜けるそうだ。学業不振というより素行不良(いじめの加害者である場合もある)のパターンが多いみたいだけど。息子は今のところ素行不良は何とかなっているようだが学業不振がなあ。油断してると尻に火がつくのは間違いないんだよなあ。一度はとんでもない成績を取ってちったあ自覚してもらいたいもんだ、と思うのだが、年末友達とコミケに行ってるようじゃ更正は無理かと最近諦めモード。
2014.01.31
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最近の映画館では、夫婦のどちらかが50歳以上だと夫婦で2千円という割引がある(もちろん同一映画を観る場合に限る)。それでもって先日「ゼロ・グラビティ」を観に行った。生きている登場人物は2人しか登場しない(中盤以降は1人になる)のに、最初から最後まで息つく暇もなく完全に目が離せない。ストーリーそのものはこりゃ現実にはありえないだろ、というほどの都合の良さでどんどん話は展開していく。しかし展開は荒唐無稽に近いと思いつつも現実に存在する宇宙科学の範囲内で恐ろしくリアルな宇宙空間と機材が主人公の視点を中心に描かれていくので、主人公の感情や体感が自分自身のもののように感じられる。生物ひしめく地上がすぐ近くにある(主人公はAMで地上の電波を拾っている)のに生命から遠く離れた宇宙空間で、突然自分の命の危機に直面した時の絶望感とか恐怖とか混乱とかを息苦しいほど実感した。もともとSF読みの端くれで、こういう状況に近い作品もいくつか読んでいる(最初に連想したのは「冷たい方程式」という古い短編だった)。こういう事態を何度となく想像したことがあるだけに、それが映像化されたことでよけいに応えたのかもしれない。3Dではなく2Dで観たのだが、自分に関してはそれで十分だったと思う。3Dで立体視なんかしちゃうとかなり神経に来そうだ。それにしても映像は極限状態を延々と映し出しつつもとても美しい。人の思惑とか感情とか命なんかを軽々と無視してただそこに存在する宇宙空間。自分の存在の軽さとか人間の精神で宇宙に立ち向かうことのあまりの微力さとかそれでもどうにかしたいと思う人間の意志の力とかを観ている間ずっと感じ続けていた。自分だったらもう生き延びるの諦めて絶対的に静寂が支配する宇宙に飲み込まれるのを選ぶんだろうな、と思いつつ、エンディングでようやく肩の力が抜けたのだった。何か久々にすごい映画を観た気がする。多少期待はしていたもののこれほどとは予想していなかった。「ゼロ・グラビティ」に関しては、家のテレビ画像じゃなくて映画館のでかいスクリーンで観るのをお勧めしたい。
2014.01.23
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今日は大寒。首都圏ではあるもの最低気温が普通に氷点下になるような田舎なので、立春を過ぎても啓蟄になるまでは寒さに気が抜けない。雪も降ったりするシーズンになるし。太平洋側なので雪は少なく連日乾燥注意報が出るようなエリアではあるものの、バイク通勤者にはなかなか厳しい季節。完全防備で出勤している。上半身は、ヒートテック下着→タートルネックのフリースまたはセーター→フリースのプルオーバ→裏フリースのトレーニングウェア→ダウンジャケットまたは中綿ジャケット。首にはネックウォーマ、手には厳寒期用バイクグローブ。下半身は裏フリースのトレーニングウェアまたは裏フリースカジュアルパンツ(などというすばらしい物件が近年登場して大変ありがたい。ジーンズもある)にヒートテックのハイソックス。タイツ類は締め付け感が苦手でよほど寒くないと穿かない。靴は今のところ普通のスニーカで問題なし。着膨れして出勤するが、職場もそれほど暖かい環境ではなく、教室内はともかく廊下や昇降口などはドアや窓が開けっ放しだったりするので寒い。トイレや手洗い場もかなり冷える。ので、一番上のジャケットとネックウォーマとグローブを脱いだだけで仕事に入る。曇ってて風の強い日の外の体育なんてハンパなく寒いので、あちこちの関節が痛む身にはちとこたえる。そういえば寒中は給食の牛乳の残食がとても多くなる。特に低学年の子達は体が小さいから、冷たい牛乳を飲むと体が冷えちゃうんだよね。自分が子供の頃はストーブの上の蒸発皿(水を張った金たらい)に給食の牛乳を入れて温めていたんだけど、あれって今思うと良かったなあ。明日は外の体育がある。明日も着膨れして出勤しますか。ところでセンター試験の国語を解いてみようと思ったけど思わぬ障害が。新聞に掲載されている問題文の文字が小さすぎて極端に読みにくく、途中までやったものの目が疲れて最後までやれなかったのだった。ついにこの日が来たか、と思ったことだよ(詠嘆)。
2014.01.20
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ノロ息子は昨日は量は少なめながらほぼ普通の食事に戻った。下痢も嘔吐も無い。という訳で本日より通常通り登校。昨日はクラス45人中息子含め6人が欠席したらしいが、今日はインフルエンザで出席停止の1名を除き欠席は無かったとか。ノロ系の欠席が昨日あまりにも多かったせいか、今日学校から流行性胃腸炎に注意するようにというプリントを持って帰ってきた。でもこの手の胃腸炎って注意していてもなる時はなっちゃうんだよね、単に注意しろっていうよりも多少なりとも効果のある予防法と発症した後の処置の仕方のインフォメーションがあった方が良いと思うんだけどなあ。私の職場では今のところインフルエンザはまだ出ていない。ノロはぽつぽつ出ているようだが、職場でのいきなりのリバースという状況にはまだなっていない。以前の職場では1日に10人ぐらい廊下や教室や手洗い場などあちこちで嘔吐という恐ろしい事態になって大変だったなあ(遠い目)この後何事も無くウイルス性の病気の流行期を脱出できるといいのだけど。どうぞ皆様もご自愛くださいませ。
2014.01.16
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学校行事のスキーから帰ってきた翌日、昨日の午後。いつもなら何かおやつ無い?という息子が胃が重い、体がだるいとごろごろしている。スキーで疲れたのかと思っていたら、夕方近くに突然激しい嘔吐。昼食が胃より下に落ちなかったらしく、昼食がほぼ全部出た。胃の重さや気分の悪さという先駆症状、突然の嘔吐、その後しばらくして下痢と発熱。熱は37度台後半。ほぼ間違いなくノロ(・∀・;)当面は医者に行くまでもない、と判断。夫に指令。1.500mlのペットボトルを用意。ペットボトルのキャップ1杯分の塩素系漂白剤と水を一杯に入れて消毒薬を作る。2.ウィダーインとアクエリアスを買ってきてもらう。冷蔵庫に入れず室温におく。3.ゴミ袋と古タオルを大量に持ってくる。吐いたところに新聞紙をかぶせ、上から塩素系漂白剤をざぼざぼかける。新聞紙や雑巾で掃除し、全てビニル袋に入れて捨てる。処理班はマスクと使い捨て手袋必携。消毒薬はトイレのドアノブや便座、洗面台などを拭く時に使う。可能なものは熱湯消毒。よく言われているけれどノロにはアルコールは効かない。家庭でできる対抗策は高熱か塩素系漂白剤。手洗いも薬用石鹸でどうにかなるものではなく、ウィルスを物理的に洗い流して数を減らすだけではあるんだけど洗わないよりははるかにマシなので洗う。とはいえノロの感染力は強烈なので、これぐらいでノロの感染を防げるとは思っていない。最後は自分たちの抵抗力に頼るのみ。アクエリアスは温めて少しずつ飲ませる。嘔吐した後なのでいっぺんにがぶ飲み、しかも冷たいのを飲ませるとまた吐いてしまう。嘔吐が治まった頃、市販のビオフェルミンを通常使用量の5倍、10錠飲ませた。ビオフェルミンの致死量は20万錠(笑)だそうなので問題あるまい。ビオフェルミンの大量投与(普通の使用量の5~10倍)がノロに効果あり、と聞いたことがあるので試してみた。症状が落ち着いてきたので寝かせる。洗面器とビニル袋を用意し、枕元にアクエリアス。結局今朝までトイレに起きることもなくずっと眠っていた。起きてきた時には腹痛も吐き気も無いが、体がだるくて節々が痛むと言っていた。熱は下がっている。短時間とはいえ強烈な胃腸症状と昨日の熱で消耗している模様。それでも胃腸が落ち着けばかなり楽になるはず。何が効いたのかはよく分からない。水分の取り方かビオフェルミンか、いずれにしろ結果オーライ。今日は嘔吐下痢は無いものの食欲は極端に落ちていて、朝はウィダーイン、昼はおかゆを茶碗に一杯とウィダーイン、夜はみそ汁とおかゆ、湯豆腐。目は揚物とかカレーとか焼肉とかを食べたいけど、いざ食べるとなると食欲が出ないらしい。自分もノロにやられた時は胃腸症状が治まってもしばらくの間は食欲が出なかったし、実際あまり食べられなかった。症状がひどかったこともあって、体調が元に戻ったのは発症から10日ぐらい経ってからだったと思う。息子は比較的症状が軽くすぐに回復したとはいえ、まだ2、3日は本調子じゃないだろうから明日は学校を休む予定。と思ったら、息子の同級生も何人かがインフルエンザとかノロとか風邪で発熱とかで今日はばたばた倒れているらしい。スキーの時に体調不良者が続出していたらしいが、一つ屋根の下で数日過ごしていたからそこらへんが感染源なんだろうなあ。さて、ノロ患者の身辺の世話をしていて夫や自分も感染するのかどうか。昨シーズンは私が軽いノロにかかった。嘔吐は無かったがしばらくトイレの住人になったので、その前の強烈なノロよりはかなりマシとはいえやっぱりちょっと気が滅入った。なるべくなら罹りたくはないが、日頃からヨーグルト食べている夫の方が分が良さそうだ。潜伏期間から考えて明日の夕方までに発症しなければ逃げ切り…かもしれない。
2014.01.14
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正月も3日目になるとそろそろおせち系は食傷気味になってくる。昨日の昼の段階で既にイヤになって近場のインド料理店に行ってランチのカレーセット(オクラとチャナダルのカレーとムングダルにターメリックライスてんこもり)食べてきた。この店のラッシーは自家製ヨーグルトで作るせいか濃厚で非常に美味い佳品。今日の夕食はおせちの残りが少しずつ登場しつつも、ミネストローネがどうしても食べたくなって作ったのでそれも同時に食卓に上った(笑普段なら明日明後日から世の中が動き始めるのだろうけど、今年は三が日の後が土日なので本格始動は週明け6日からという職場も多い。いろいろ不便があるにしても、世の中全体これぐらいのんびりしてもいいんじゃないかという気がする。子供の頃は松の内は仕事が始まっているところでもどこかのんびりした空気が漂っていたし、店も元旦だけでなく三が日休みというところが多かった。卸売市場が開くまでは店も休みとかね。元旦は路線バスも休みだったのを今思い出した。夫も珍しくのんびりしているので、こちらも昨日今日はのんびりと箱根駅伝を見つつごろごろする。箱根駅伝の功罪についてはいろいろ言われているけど、結局日本人好みなんだよねああいうドラマ性のある団体競技って。それにしても今年の東洋大は危なげない走りだったなあ。そういえば年末年始のバラエティ系特番っていつから5時間ぶち抜きとかになってたの?どのチャンネルにも嵐や同じような芸人が満遍なく出てるし、何かますますテレビ見る気なくすわー。つい教育テレビ見ちゃうじゃん、ニューイヤーコンサートとか。それと年末年始の特番ね、「大人のピタゴラスイッチ」とか「2355・0655年越しをご一緒にスペシャル」とか。こっちの方が内容の薄いバラエティより面白い。世の中、正月も関係なく働いている人もたくさんいる。そういう人たちのおかげでこちらも正月にのんびりできる。どなたさまにも幸の多い一年であれ、と初詣には行かないけれども願いつつ、三が日は間もなく終了。
2014.01.03
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年末の2日間に夕方からの仕事があったのでばたばたしているうちに紅白が終わるような時間になってしまった。なますと筑前煮はお約束なので作ったけどあとは既製品。仕事中で紅白の「紅蓮の弓矢」が見られなかったのが唯一残念。最後の最後になる仕事納めで、現金ではないがいろいろもらってきてそれはラッキー。今高値の野菜や卵もあるところがシブい。これで当分大根と白菜には不自由しない。いろいろあったけど個人的にはそれほど悪くない1年だった。そういう1年を積み重ねていけるといいな、と思うけどそういうのが一番難しいのだよね実は。あれこれの準備は終わり、ちょこちょこ煮物やハムなんかをつまみつつあとはのんびり新年を迎えるのみ。どうぞ皆さんも静かな、あるいはにぎやかな新年をお迎えください。良いお年を。
2013.12.31
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年末の三連休の後、年末の休みに入る前にやらねばならない役所の関わる書類諸々で平日がせわしかった。週末になってようやく家のことができるようになったもののまだ年末のまとまった買い物にも行ってない。どのみちこの正月は喪中なのでお飾りも初詣も無く地味なんだけど。先日用事のついでに立ち寄ったJAの直売所で買ってきた。値札には「カリフラワー」って書いてあったけど全然違うし(笑ロマネスコが一般名称らしいがカリッコリーというのも以前見たことがある。とにかくこの形が怪しい。最初見た時にこれ絶対フラクタルだろ、そんでこのつぼみの巻き方からして数を数えたら絶対にフィボナッチ数だろ、と思ったが調べてみたら本当にその通りだった。見た目は怪しいが、ゆでて食べると食感はちょい硬いカリフラワー、味は青臭くないブロッコリーという感じで甘みがあり、結構イケる。マヨ+マスタード+レモンとかオリーブオイル+レモン+塩で食べるけど、これインドのサブジにしても結構イケそうな気がちょっとした、がどうかなあ微妙かな。待てよこれにんにくと一緒に炒めて中華にしたら美味しいだろうな、今度やってみよう。明日は大掃除もヤマ場を越えているので小さな掃除をちょこちょこで済む予定。あとは買い物少々と筑前煮の下準備ぐらい。喪中の分やることも少なめだし最近ちょこちょこ掃除をしていた分、今年は気張らない年末になったけど、気分的にも時間的にも実はかなりラクだった。来年からもこんな感じで気楽に年越しすることにしよう。
2013.12.29
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サンタを信じる子供の時分を過ぎた中坊がうちの中をうろうろするようになって、20年来の古いクリスマスツリーも処分してしまった。飾っても喜ぶ子供がいなければ出す気にならない。代わりに職場の余りものをもらってきて、松ぼっくりにグルーガンを使ってビーズなどをくっつけ、小さな小さなクリスマスツリーを作った。出来ばえはさておき、作るのが結構楽しい♪夕食はちょっとパーティメニューっぽくしてみた。鶏ももロースト→利用している生協の冷凍品だけど、これがとても美味しい。夫が大好きなんだけど、これってクリスマスシーズンにしかカタログに載らないので買い逃すと1年待ちになる。サンダースおじさんのもいいかもしれないと思いつつも毎年恒例のチキンとなっている。チーズフォンデュ→故郷の乳業メーカ、よつば乳業のフォンデュセット利用。これも生協取り扱いでクリスマスの時期しか出ない。近くのスーパーには売っていないので、これまた買い逃せない一品。コブサラダ→アボカドさえあればあとは何を使ってもいいというのがよろしい。食べ応えがある野菜サラダ。今年は適当にあるもので。アボカドとベビーリーフ、トマト、赤パプリカ、ハム、チーズ。ドレッシングはマヨ+ケチャップ+αベースで。ローストビーフ→スーパーに売ってたのが妙においしそうだったのでついふらふらと。和牛のせいか確かに美味しかった。ケーキ→作るのが億劫だったので買うことにしたものの、ケーキ屋に予約なんかしていない。結局それぞれの好みに合わせて普通のケーキを3個買った。でも考えてみればホールのケーキをもてあますよりも、各自好きなケーキを食べ切る方が少人数の家族の場合は合理的ではある。ホールケーキを切るわくわく感は無いけどね。なお息子はスポンジケーキ台にフルーツやクリームで自分でデコレーションするのをやりたいようだ。明日割引になっているスポンジ台と生クリームでも買ってきて作らせてやろうかな。夫は年に2,3回しか酒を飲まなくなってしまったので、みんなで地味にシャンメリーとか麦茶とか。静かで良いクリスマスだった。
2013.12.24
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息子はまだ床屋に行っていない。年内には行くと言っているが、英検の申込みもぎりぎりになるような奴が本当に行くかどうかは定かではない。その愚息が風呂上りにぼさぼさに伸びた髪の毛をろくに乾かさずになで付け、前髪を分けて茶の間に登場した。「ほら、僕おじさん(私の弟)にそっくりだと思わない?」夫も私も一瞬絶句した後、そうだそうだその通りだうわあそっくりだぎゃははは、とウケに受けた。確かに中学生の頃の弟そのものだ。高校時代、中学生の弟と一緒に歩いているところを同級生に見られたことがある。「風任が2人歩いているかと思った」と彼が言うぐらい第二次性徴があまり現れていない中1頃の弟と私はそっくりだったらしい。ということは息子は私似なのかorz幼い頃の息子は夫の子供の頃とよく似ていた。それが現在弟に似ているということは、成長とともに私の方の遺伝子が目覚めているのかもしれない。弟は顔の輪郭以外の顔の造作は母によく似ているが、ということは私の母方の血が強く出てきたということか。夫は「風任母の遺伝子恐るべし」と言っているが、確かに母の遺伝子が何か知らんが強力なんじゃないかと思うのは、例えば母の鼻の形。私も弟もそしてそれぞれの子供たちもみんな鼻が母そっくり。あと髪の色も。鼻の形同様、濃淡の差こそあれ母の髪の色を子も孫も受け継いでいる。母の遺伝子の持分は孫なら1/4のはずなのに、発現率が高すぎないか。こんなに息子が弟に似てしまうとシャレにならん。自分が将来ボケた時、息子を弟の名前で呼んでしまうのは間違いない。春に息子を連れて帰省する予定だなんだけど、弟そっくりになってしまった息子を見て、私の親や義妹がどういう反応を示すか楽しみ(笑
2013.12.23
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先週末ひさびさに風邪をひいた。熱も特に上がらずすぐに治った、と思っていたが、咳と声枯れと息切れが今もって治らない。熱もないし食欲も普通にある。患者にどばどば薬を出すDr.ハイブリッジに診てもらうと、「まあ軽い気管支炎でしょう」と痰切りと咳止めと抗炎症剤と胃薬と抗生物質と貼り薬の気管支拡張剤が出て、夕食後にざらざらと7錠もの薬を飲む羽目になった。しかも先週は仕事が休めない上に連日の出勤と息子の学校行事でタイトなスケジュール。もうダメかと思ったが何とか週末を迎えられたのは熱が無いので食欲だけはあまり落ちず、体力を維持できたおかげかもしれない。とにかく夜はさっさと寝る、少しでも時間があれば体を休めて体力温存を図る1週間だった。体調が悪いと本も読む気になれない。活字を追う気力が無い。PCを開くのもかったるいので、テレビの画面を何となく眺めてしまう。病院に個人用テレビがあるのは、自力で楽しいことにアプローチできない病人にとって完全に受身でも楽しめる娯楽だからなんだろうな、と気付く。病人や気力体力を失った年寄りがテレビ漬けになるのもちゃんと理由がある。それにしても回復力が落ちた。まあそういうものだろう、この10年で若い時とは違う自分のありように結構慣れてきた。鉄棒で前周りをすると目が回るなんて昔は無かったんだけどそういう風になったんだから気をつけよう、とかね。それにしても咳が止まらんなあ。げほごほがほぐほ。
2013.12.21
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