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妊娠半年も過ぎると、少しお腹が目立ってくる。毎日顔を鏡で覘いて頬に手を当て、丸顔が更に丸顔になった気がして少し凹む。毎日お見舞いに来る名花にまで、ぽっちゃりしたよと言われちょっぴりショック。=( =`д´= ;)⇒グサッ蒼羽先生には気にしないほうがいいよと言われるけど、女性だもん体の変化には敏感にもなるわ!名花が気を使って買ってきてくれた、ストレッチマークがつかないようにバイオイルを毎日お腹に塗る。ママでも綺麗でいたいもの。産後は蒼羽先生の所にお嫁に行くんだもん。今からケアをして、一番綺麗な私を見てもらいたい。名花は相変わらずシンと会っていないよう。時折見せる表情は寂しそうで私も切なくなる。もともとこうなったのは自分達のせいだし、かといって私だけハッピーになる訳にもいかない。頑固なシンを再び名花とよりを戻す為に、再び策略を練らなくちゃね。(。-∀-) ニヒ♪その為にはどうしたらいいかしら。夜に病室に顔を出した蒼羽先生に相談してみる。しばらく思案していた彼は、2人には悪いですけど、やはり偽って呼び出すしかないのでは。君のお兄さんは頑固なんでしょう?そして、名花さんも。そう、あの2人はお互い頑固者。どうやって2人を引き合わせるか、思案に思案を重ねる。そして私が思いついた策略とは・・・メールが携帯に届いている。神楽からですね、全くあの子は今何をやっているのか・・・その内容に驚いて慌てて携帯を閉じる。今は勤務中だけど、君主に少し席を外す事を願い出るとただならぬ様子に許可を出してくれた。冷静さを欠いているぞシン、くれぐれも気をつけて行け!君主の言葉に頷く私。はい、申し訳ありません!慌ただしく部屋を出て行くシン。シンが血相を変えて向かう先は、あの方のいる所だろう。彼はいつもそうだ。余程好きなのか。やれやれ、何故に恋というものは人をこんなにも虜にしてしまうのだろう。タバコをくゆらせながら、恋は盲目か・・・口に出して呟いてみる。もっとも人の事は言える立場にないが。私だって翠嵐に会える日はやはりときめくものだ。自身の事と重ね合わせて苦笑する。傍らの海竜が不思議そうに横目で見ていた。名花今行きます!単車のエンジンを掛ける時間ももどかしい。気持ちばかりが焦っている。君主の言葉を思い出し、冷静になれ!必死に乱れる心を静めようとする。少し乱暴な運転になっている。車は少ないが車に追い付くと慎重に左から追い越す。単車の方が軽い分、はるかにスピードが早い。信号で並んだ右横に並んだ黒のスカイラインGT-R がアクセルを吹かす。明らかに私と勝負する気ですね。今はそんなことに構ってられません。信号が青に変わった瞬間スロットルをあげて走り出す。僅か100メートル程の直線、短いストレートなら車体が軽い分私に分があります。案の定あっという間に引き離し次の信号で足止めをくったGT-Rは、見る見るうちにミラーの中から小さくなり見えなくなった。お兄ちゃん!ホテルにいる名花の様子が変なの!私は入院中だから行けないし、お兄ちゃん代わりにホテル・ルテシアに向かって!神楽からのメール、また過呼吸を起こしているのかもしれない。不安が頭を過ぎる・・・翠嵐に過呼吸の対処法を教えてもらった私は、単車に乗る前に紙袋を用意していた。ペーパーバック法と言ってね、二酸化炭素を自身に吸引させる方法なの。覚えると簡単だから大丈夫よ。仰向けに寝て、鼻と口を紙袋で塞いでゆっくり呼吸をさせてね。名花、心と体のアンバランスに苦しむ彼女。どんなに辛いだろうか。80キロのスピードで、滑るように走る単車のエンジンに耳を澄ませて、彼女の顔を想いうかべる。ルテシアに着いた!慌てて単車を路上に止めて、キーロックする。自動ドアが開くのももどかしく、体を滑り込ませるようにしてホテル内に入ると、一目散にフロントに駆け寄る。あの、ピアニストの名花さんは・・・お部屋に確認を取ります。少々お待ち下さいませ。コールを何度も何度もしているが、繋がらないようだ、フロントの女性と男性が小さな声で話をする。名花様はホールをご使用中です。そちらでお会いするそうですのでご案内致します、どうぞ!男性が案内をしてくれる。大理石の床をこつこつと靴音を立てて歩く。フロントから一番誓いエレベーターで一階に下がる。音が鳴って到着すると、控え室が沢山並んだ廊下が現れる。かすかにピアノの音が聞こえる「月光」だ・・・名花様、お客様でございます。男性がノックをするとピアノの音が止む。ドアを開けた名花が驚いた表情をする!シン、どうして此処に?いや、驚くのはこっちですよ!元気じゃありませんかっ!!フロントの男性が頭を下げて、失礼致しますと下がって行った。とにかく中にどうぞ、名花に促されるままホールの中に入る。このメールに心当たりありますか!神楽からのメールを彼女に確認してもらうと、事も無げに、シンまた引っかかってしまったんですよ、神楽の策略に・・・くすくすと可笑しそうに笑う彼女。またってっ!!まさか以前の事も嘘だったとか・・・(>д
2007/11/01
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陣痛が強くなってきた。痛みが長く続く。必死に痛みに耐える私、彼が腰を擦る。腰が痛いわけではないけれど、誰かが隣にいて痛みを共有しようとしてくれる事、それだけで辛さが半分になるような気がする。こんなに苦しいのにまだ赤ちゃんは産まれない。そういえば朝から何も口にしていなかった。自身の体の変化ばかりに気を取られていたから。フランツが顔を覗き込む。頑張れノエル、そう言う彼の表情は不安そう。そんな顔しないで、私も不安になるから。痛みに耐えながら彼に伝えるとごめん、どうしていいのか解からなくて・・・私の手を握り締める。辛い時こそ人の温もりが恋しい。今彼が隣にいること、手を握り締めてくれる存在が居る事どれだけ心強いだろうか。ありがとフランツ・・・小さな呟きに彼が頭を撫でてくれる。いつの間にかフランツもルークと同じ仕草をするようになったなんて、なんだか切ない・・・ごめんね、まだ忘れる事が出来ないの。大好きだったルーク。酷い私は何かあるごとにルークを想いだしている。比べているのではなくて、彼の存在を忘れたくないから、ううん、彼が存在しなくなった今でも一番好きな人なんだ。フランツに対する裏切り、心が痛い。罪深い私に追い討ちを掛けるかのように、陣痛の痛みが襲ってくる。必死に耐える私に、不安顔のフランツが髪を撫でる。体調を悪くして寝込んだ時、一晩中付き添ってくれたルークが同じ仕草をしたわ。忘れたい、でも忘れられない。涙が溢れ頬を濡らす。ノエル、君はルークの事想い出しているんだね。苦しいけど、僕にはどうする事も出来ないよ。嫉妬とは違う、諦めに等しい感情。彼には敵わないよ。大好きだった憧れの先輩なんだもの。その人の恋人だった女性を妻に迎えた僕は、全てを受け入れる覚悟を決意したはずだったのに。ルーク、君は此の世にいないのにノエルの心を捉えて離さない。いい加減君の呪縛からノエルを解放してよ、お願いだから・・・大好きな女性が心に想いを秘めたまま、人生の一大事を迎える残酷。ノエル、僕が君を支えるから、お願いだからルークを想い出さないで僕だけを見つめて、ノエル・・・出産へ
2007/10/30
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蒼羽先生が少し辛そうな顔をする。何を考えているのでしょう。好きな人の不安な顔・・・その表情を笑顔に出来たならば、どんなに嬉しいだろう。先生。私は貴方の笑顔以外望まないわ。何も要らないから笑って!ただそれだけでいいの。望むのは貴方が幸せと感じる事。それが私の幸せなんだから・・・神楽の呟き。不思議な子です。計算高く、他人の事などどうでもいいという人間が多い中、彼女はそうではないのだろうか。私のような人間に、尽くしてくれるというのだろうか。遥かに年下の女性にも拘らず、私を支えたいと願う神楽の覚悟に圧倒される。彼女なら自分を偽らなくとも、全てを受け止めてくれるかもしれない。私を見つめる瞳。強い情熱を感じさせる。想いを受け止めて下さい、そう言っているかのようだ。もう抗う事が出来ない。きつく彼女を抱きしめた。あっ・・・小さなため息に近い声を出して、私の腕に抱かれる彼女は恋をする女性の表情だ。別れた妻も初めて抱きしめた時、同じような表情をした。未だに忘れられないなんて、情けないかもしれないけれど、本当に好きだった。でも、もう終わり。私に想いを寄せてくれる神楽に、全てを預けてもいいのではないだろうか。神楽さん。名花さんから お話を伺っております。貴女が望むなら、私は神楽さんを妻として迎えたい。まだ世間に対する発表はしませんが、私の元に来て支えになってくれますか。生涯の伴侶として、添い遂げてくれますか・・・先生の言葉に耳を傾け、目を閉じて答えを考える。彼のプロポーズ。私を必要としてくれるの、蒼羽先生・・・嬉しくて涙が溢れてくる。計算高い私にも、こんな純粋な感情があったんだ。彼の顔を見て答えを言いたい、そう思った。自ら体を離して顔を見つめると、彼も見つめ返す。覚悟を浮かべた強い瞳の色。名花もそうだった。そしてお兄ちゃんも。護る覚悟を抱いた人の瞳は美しい光彩を放つ。私を必要としてくれる限り、全力で尽くします。奥様の代わりではなく、先生が、世界でたった一人の神楽を必要としてくれるならば、喜んで妻になります。私の答えに先生は少し微笑んだ。神楽さん、苦労を掛けると思います。ごめんね。院長婦人として、立場が上の人とのお付き合いもしなければならないし、しがらみも多い。ましてや職業が命を預けられる立場です。苦悩や葛藤を感じる毎日。そんな生活を共に送る事になりますよ。彼の言葉。はい。全て分かっています。私は物心ついた時から、病院にいたんです。医療に携わる人間の葛藤と苦悩を、患者側の立場で見てきました。「生きたいと願う強さが患者にないと、生き抜くことが出来ない。たとえ本当に僅かな期間でしか生きられなくても、此の世に生を受ける事は凄い事なんだよ。医者はね、その手伝いをしているだけなんだ。」担当の循環器の先生に言われました。初めて大きな発作を起こしたときに言われた言葉は、今もまだ心に突き刺さるんです。生きる事を諦めていた私に、強烈な激励でした。循環器の初老の先生は、ご自身の娘さんを心臓疾患で、産まれてまもなく亡くしていた。その事を先生から聞いた時、生きなくちゃって思ったんです。両親の為に、そして自身の未来の為に。世に産まれ出た後は苦悩の連続。だけど生の歓喜を知っている私にとっては、全てが感謝なんです。生き抜くこと宿命に抗う事は、自身に科せられた足枷が外れる瞬間でもあるんです。先生との出遭い。それはきっと貴方の抱える宿命と私の宿命が、互いの足枷を外す為に出遭ったんだと想います。神楽の返事。そうですね。医療に関わる人間にとって、こんな前向きな患者さんばかりならいいのですけど。現実は厳しい。説明をしても理解が得られない事も多い。informed consentまだあまり馴染みがない。横柄な医者の態度と、患者さん達の受身の姿勢。それが、治療者と治療される側の垣根を作っているんだ。医療に携わるものは、手を貸すだけなんです。命の操作を自分達がしているなどと思うのは思い上がりに等しい。生命の不可思議は医療現場で働いていても、未だ解明できない謎の事。生命誕生の原理は解明されても、生まれ落ちた命が、維持できるか保障などない現実世界。本当にこれで良かったのだろうかとの自問自答。迷いや葛藤は絶え間なく続く。現実の激務と責任の重さに薬の力を借りないと、とても乗り越えてくる事が出来なかった。苦しくて苦しくて、足掻いても何も変わらない現実。彼女とならそんな辛さを、和らげる事が出来るかもしれない。神楽さん、貴女の出産に携わるように名花さんから依頼されました。父親である名花さん、そして医師の私の2人が貴女の出産に立ち会います。何も心配は要りませんよ。元気なお子さんが生まれるように、医師として、そして未来の神楽さんの伴侶として手を貸します。私と結婚して下さいますか、神楽さん。瞳を見つめて静かな彼の言葉。はい、不束者ですが宜しくお願い致します。答えると強い力で抱きしめられる。女としての幸せを噛み締める瞬間。私の初恋、こんな形で叶うなんて思いもしなかった。涙が溢れて止まらない。精一杯彼の為に尽くそう。心に誓う。名花、ありがとう。心の中で彼女に呟いた。私には2人の旦那さんがいる事になるのね。心の奥底で結ばれた名花という女性と、私を必要としてくれる蒼羽先生。必要とされる事、なんて幸せななんだろう。この二人とお腹の子のだけに生きていける幸せ。私は命を掛けてでも守り抜きたい。私事ですが、本日××回目のバースデイ。(>д
2007/10/29
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入院手続きをしている名花を受付に残し、待合室前の廊下で、通りかかった看護士に院長室の場所を尋ねると、少し訝しげな顔をされた。院長先生に御用ですか?失礼ですがアポ取ってありますか?顔を見つめて尋ねるその言葉には、少し棘があるように感じる。いいえ、アポイントは取っておりません。これから入院にあたっての事、少しご相談したいと思ったのですが。院長先生は御不在でしょうか?私も負けじと言葉に棘を含める。キッとしたきつい視線を投げかける女性。誰かしら。歳は私よりかなり上みたいだわ。院長先生はお忙しいので、アポ無しでは何方ともお会いしませんよ!宜しければお名前伺っておきますが。先生にはお伝えいたしますわ!ふーん・・・この人先生に想いを寄せているんだ。女性の瞳には嫉妬の色。まるで先生は自分のものとでも言いたいみたいね。この女性に私の名前を伝えたところで、蒼羽先生に伝わらない事なんて、容易に察する・・・そうですか。では院長室の前で何時間でもお待ちします。案内して下さい!少し強引にいかないと、この手のタイプは引かないもの。廊下の真ん中で看護士と妊婦の私が睨み合う。大勢の妊婦の前での睨み合い。視線を感じる。小さくため息をついて視線を外したのは、女性のほうだった。妊婦と看護士の立場じゃ、私のほうに分があるわ!ちょっぴり優越感。どうぞ、此方です。渋々といった感じで私を案内する。壁の色も天井も淡いピンクなのね。少しきょろきょろと見回しながら、真っ直ぐ5メートルほど廊下を歩き、右へ曲がる。3メートルくらい先、突き当たり部屋は院長室のみ。先生に用が無い限り、看護士は此処には来ないって事ね。なら中の会話を聴かれる事はなさそうね。第一勤務中だもの。此方でお待ち下さい。院長室前の長いすに座るよう促す女性。すみません。一言だけ答えて腰掛ける。軽く頭を下げて立ち去る女性。私を一瞬だけ盗み見て行った。もうすぐ先生と会える。高鳴る鼓動・・・長いすの右横にある、何時開くかも分からない扉をじっと見つめる。最初の言葉なんて言えばいいの・・・瞳を閉じて思案する。だけどいくら考えても思いつかない。鼓動だけが高鳴って自身の心臓部に手を当てる。手術を乗り越えたこの心臓がじゃ無かったら、きっと止まっているんじゃないかと思うほどの鼓動。誰かが私の頭を撫でた。驚いて視線を上げると蒼羽先生だった。神楽さん、お久しぶりです。お待たせしてすみませんでしたね。中へどうぞ。全然扉が開いたこと気がつかなかったなんて・・・余程周りが見えていないのかも。促されるまま部屋の中に入る。綺麗になりましたね。初めて会ったときは、大きな瞳が印象的なとても華奢な女の子でしたね。あの頃はとても顔色が悪かったけど、すっかり元気になられたようで、私も嬉しいですよ。私を見つめて微笑んでくれる瞳は、やはり悲しげな印象。何もかも16歳の時のまま変わっていない。先生は全然変わらないんですね。何だか悲しくなり俯く。誰も先生を支えてくれる人はいなかったんですか・・・あいにくね、家庭を顧みないわけじゃないけれど、職業柄家に帰れないことも多いし、余程の覚悟のある人じゃないと付き合っていけないよ。肩書きと、お金持ってそうなイメージで近づいてくるけどね。そういう女性とは付き合いたくないんだ。家庭的な人が好きだから。打算で結婚するのも嫌だし、夫婦になるって、一生を共に添い遂げたいと願うから結婚するんだもの。私も40前だからね慎重になるよ。自嘲気味に笑う先生。私との年齢差は18歳。先生・・・私が貴方を支えるって言ったら、受け止めてくれますか?真っ直ぐな瞳。16歳の頃の神楽も同じ表情をした。「私なら貴方の心の支えになることが出来る。私じゃ駄目ですか・・・」僅か16歳の女性がそんな事を言うのにも驚いたし、未成年の彼女と関係を持つ事に竦んでしまった。だけど彼女のメールには、いつも励ましの言葉が書かれていて、そしてユーモアがあった。彼女の誘いに応じた前日、私達夫婦は一番酷い大喧嘩をしたんだ。妻の、全て貴方が悪いのよっ!!貴方と結婚さえしなければ、今頃私は可愛い子どもに恵まれて、沢山の幸せを感じながら生きていたはずなのにっ!!深く傷ついた。妻はそういい残すと、愛人の家に泣きながら車で出て行った。決定的な破局。もう2人の関係が戻る事などないのだと、思い知った瞬間だった。必要とされる幸せへ
2007/10/26
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名花に連れて行かれた先は蒼羽院長の病院。動揺する心。一体どういうつもりなの!車を止めて降りるよう促すと、神楽には躊躇いの表情。神楽、貴女の一番逢いたかった人でしょう?大丈夫、彼とは話をつけてあります。微笑む名花。あの後2人で話したのだろうか。じゃ・・・過去の彼との関係も名花は知っているのかも・・・心の中で小波が立つような感覚。残酷じゃないの、初恋の人の所に妊婦の私を連れて来るなんて。名花の馬鹿!彼女に縋りついて涙を流す。何でこんな事をするのよ・・・私は今のままで良かったのに・・・呟くと優しい瞳で顔を見つめる。神楽、一番愛する人の側で過ごす事、それが一番お腹の赤ちゃんにとって良いんですよ。君の気持ちは赤ちゃんに伝わってしまいますからね。静かな彼女の言葉、ますます涙が止まらなくなる。神楽、蒼羽先生は貴女を受け入れる覚悟を持っています。それに彼の方が地位も名誉も、そして財産も豊富ですよ!なにせ、シンディ様のお産に携わる一番若い医師ですからね!私の職業は人気商売。浮き沈みも激しいし、収入を安定させていくのは、非常に困難です。でも先生の職業は違う。大変だけど安定しているし、人である限り絶える事はないのですから。彼は大変だけど、やりがいのある仕事でもあると言っていました。今、蒼羽医師に必要なのは、神楽の慈しみなんですよ。子どもを授かる事が出来なかった、蒼羽さんの苦しみを癒せるのは貴女しかいないんです。神楽はまだ若い。蒼羽さんとの間に子どもを授かる可能性も高いじゃないですか。名花の言葉に耳を傾ける。でも・・・迷いの心断ち切れない・・・神楽、命のバトンってね切ってはいけないんです。たとえ、叶うとは限らなくても・・・私達だってこの命を掛けた選択が叶わなかったら、不妊治療という選択を選ぶ可能性はあった筈。私達のDNAは祖先から受け継がれてきた、大切な命という記憶なんです。命を繋ぐ事は容易くないけれどね。神楽、貴女の力で蒼羽先生を助けてあげてくれませんか。先生・・・お子様がいらっしゃらない事、うすうす気がついていた。所帯じみた感じがしないのもそのせいだったんだ。いつもきちんとスーツを着こなし、清潔感に溢れていて優雅な感じを抱かせる人。彼は本当に私を必要としてくれているのだろうか・・・名花は私の手を握り締めて、神楽行こう、先生の下へ。婚姻はまだ継続です。入院という形をとれば、誰にも怪しまれないし、それに何より安心でしょ。産後一年後くらいに離婚をすれば、怪しまれないでしょう。芸術家との離婚なんて沢山あるんですから。子どもの養育は私が責任持ってします。でも貴女は生みの親。いつでも逢いに来られるようにしますからね。彼女の言葉に俯いて聞き入る私。子どもと離れるのは寂しいけれど、やっぱり私、蒼羽先生が好き・・・涙が止まらないよ・・・ぽろぽろ涙を流す彼女は、歳相応の女性に見えた。やはり彼女は、精一杯背伸びをしていたんですね。彼女の頭を撫でて、気持ちを落ち着かせる。名花は蒼羽先生と会った後、こんな事を考えていたんだ。ずるいじゃないの、こんな大切な事黙って決めちゃうなんて。彼女の方が大人でずっと上手だったのね。思いっきり泣いたら、自分の中で迷いが消えていた。体を離して涙を拭う。ありがとう名花。私、先生の下に行くね。優しく微笑む笑顔。それは慈しむ表情で母親を思い出した。お兄ちゃんももしかしたら、この微笑に魅き付けられたのかもしれない。長く家族と離れているお兄ちゃんは、名花の微笑みの中に、母親の面影を見い出していたんだ。私が魅かれたのもこの笑顔だった。名花の顔を見つめて出会った頃を想い浮かべた。入院手続きはやっておきますので、神楽は院長室に先に行っていて下さい。私は後ほど、蒼羽先生に挨拶しに行きますからね。30分位したら顔を出すと先生に伝えて下さいね。蒼羽先生に逢えるなんて。ずっと好きだった初恋の人に・・・気持ちが高鳴っていく・・・一念三千と一念化生へ
2007/10/19
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蒼羽さんと別れた後俺は、港に残り艦を眺めていた。シンディの懐妊・・・俺も父親になるんだな。少し照れくさいような微妙な気持ち。彼女は今宮殿だろうか、いや、親父の事だから、おそらくホテルで過ごすように指示しているだろう。可能性があるとしたら、カールトン・ホテル。電話してみようか・・・いや、止めておこう。今彼女の声を聞いたら絶対逢いたくなる。代わりに電報を送ろう。そう思い立って公衆電話を探す。港の入り口に古びた公衆電話を見つけた。テレカを入れて電話を掛けると、すぐに繋がった。メッセージは・・・・・・名花!シンディ様がご懐妊ですって!しかも予定日月違いだけど私と同じよ!嬉々とした神楽の声がリビングに響く。偶然ですね!普段大したことで驚かない私も、シンディ様と日にちの一致に、少しの驚きを感じる。皇室の方と月違いの一致・・・なんだか嬉しいですね、神楽。ええ。そうね・・・シンディ様と一ヶ月違いなんてね。嬉しそうに自身のお腹を擦る。もう胎動を感じる時期に入った。お腹に耳を当てると不思議な音がする。無事に産まれておいで。彼女のお腹を撫でながら祈りを捧げる日々。私の体には何の変化もないけれど、神楽の体には少しずつ変化が見える。無理はしないでいいからね。体を冷やさないように妊婦用のタイツはいて!名花の方が神経質に色々声を掛ける。何かする度にはらはらドキドキといった感じ。大丈夫よ、名花!そんなに神経質になる必要なんてないわ!自然の摂理なんだから。女性の体ってお産に耐えられるようになっているの。だから痛みにも強いし、産んだ後は更に心が強くなっていくの。母になるっていう事は、命に対する責任を持つということ。私達は共に母親になる決意をして体を交わしたの。この子、2人のお母さんの所に産まれてくるのね。お腹を擦りながらしみじみと話す神楽。幸せそうな表情に、私も嬉しくなる。彼女のお腹をなでて毎日声を掛ける日々。幸せな時間を過ごしているんでしょうね、私達は。そうね、大切に命を育んでいく時間って、穏やかで幸せな時間ね。母になれない名花、母になりたかった私。私と貴女の不思議な関係は、いつまで続いていくのかしら。少し不安そうに呟く神楽。私は彼女を抱きしめてずっとですよ。私達は親友ですからね。本当の事が言えない私達の関係。神楽・・・実はね考えていた事があるんです。言わなくちゃいけないと思っていたんですが、切り出すきっかけがなくて・・・名花の告白に耳を疑う・・・どうして今のままじゃ駄目なの・・・本当は自分でも解かっているんでしょう、神楽。自分がどうしたいのか。素直になっていいんですよ。もともとは私が持ちかけたこと。貴女はそれに乗っただけ。お互い利害が一致して婚姻を交わした。そうでしょう?神楽との関係はこれからも続いていきます。親友として2人の母としてね。そして私の所属事務所の社長としてもね。名花の言葉に戸惑う私。でもこれが世間にばれてしまったら・・・まだマスコミは張り付いたままだし・・・葛藤する心。大丈夫ですよ!仮にばれたとしても、もう私は苦しんだりしません。神楽と過ごしてきてね、私も強くなれた気がします。貴女のお陰でこんな自分もありかなって思えるようになったんですよ。自身を肯定し、受け入れることが出来た人間だけが、浮かべる強さと覚悟を持った笑顔。彼女も母になったんだ。私同様に・・・目を閉じて今までの出来事を思い返す。神楽、車出します。行きましょう、貴女の本来行くべき場所へ。荷物は後で届けます。それから毎日貴女の元へ通いますから。母であり父ですからね!そう言って美しい笑顔を見せた。初恋の人へ
2007/10/18
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港に入りいよいよ上陸。久しぶりの陸地に少し心が浮き足立つ。その前に副直士官から注意事項を示達される。この地域は軍人に対する反対派も多い。各自軍人としてのモラルを忘れるな!間違っても暴力事件など起こすんじゃないぞ。軍人としての責任やモラルを肝に銘じる。そうだよな、俺達は軍人なんだ。士官の言葉に耳を傾け、自身の立場を再認識させられる。常に自身を律して責任ある行動せよ。上陸の時だけではなく訓練中何度も繰り返し言われてきた。リザも同じ言葉を言っていたな・・・軍人は常に国と国民を護る立場。自身を律する事が出来なければ、人を護る事など到底出来やしない。何かを護るという事は強い覚悟と責任が必要だ。その為に我々は日々苦しい訓練に耐え、心を強くする。体が強くないと心も強くならないからな。初めて会った時のリザの言葉を想い出す。小柄で華奢な彼女も厳しい訓練に耐えてきたんだ。指導官が若い事にも驚いたけど、強い覚悟を放つ瞳の美しさに一目で俺は虜になった。人生の中で3度目の恋。これは絶対運命だ!一目ぼれなんてしないと思っていたのにな。入隊したばかりの頃に上官の紹介を受けた時の出来事。訓練生としての自身の立場を忘れ彼女の美しさに釘付けになった俺。今はただ早く彼女に逢いたい・・・おい!伽、何ボーっとしてるんだよ!行くぞ!瞑月の言葉に我に帰る。あっああ・・・とっくに副直士官からの話は終わっていて解散を告げられていたんだ。俺は時折一人の世界に入っちゃうんだよな・・・(´ω`ι)リザを想いうかべていたんだろ。お前の考えている事って本当に解かりやすいな。(。-∀-) ニヒ♪悪いかよ!好きな人の事を想っている時間は幸せなんだぞ!辛い日常を忘れられるから。(´∀`*))ァ'`,、 同感!俺もシンディを想っている時、自身の立場を忘れられる。ただの1人の男としての存在に戻る気がするよ。歩きながら俺達はそんな他愛もない会話を交わす。そういえばカイルとお前和解したのかよ。乗艦前日親しそうに話していたじゃん。あいつ陸選んだからな。乗る前に今までの喧嘩の事謝ったよ。艦に乗る前に和解したいと思ってさ。奴はベースが上手いんだ。親父はTV局の重役だし、デビューするには仲良くしておいた方が得策だろ!ある程度コネもないと年齢的にもデビューは厳しいからな。((藁´∀`)) なるほどね~!コネは必要だよ!使えるものは何でも使わないと!カイルは結構ぼんぼんなんだな~!ヮ(゚д゚)ォ!そういえば着ているものも趣向品も、良いブランド付けてたもんな。ヴィヴィアンウエストウッドの、初版のゴールドオーブライターネックレス持ってたぞ!中古品とはいえ、40万近くするんだぜ!俺も欲しかったけどタバコ吸わないしな(>д
2007/10/17
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お父様にしばらくホテルに泊まるよう勧められた私は、本を読むか、パソコンを開くかTVを見るかの毎日。一日って長いのね。ちょっと退屈。何気なくつけたTVで、名花さんが結婚した事を知った。まだシンに聞かれた事に答えていない。女性なら子どもを授かりたいと願うでしょうね。ましてや好きな人との間なら尚更。シンは、名花さんのした事が許せないと言う。気持ちは解かるのだけど、答えが出せなくて、何日も何日も同じ事を考えている日々を送る。瞑月、貴方だったらどんな答えを出す?もしも私達の間に子どもが授からなかったら・・・一人目が授かったとしても、二人目が授かるとは限らない現実。名花さんとの会談の後、私と2人だけになった時、名花さんの顔色が悪い事に気がついた。名花さん、大丈夫ですか!呼吸が荒い。この症状は過呼吸!!うろたえる私に、大丈夫・・・対処法は解かっていますから・・・自身の鞄から紙袋を取り出すと、それを口に当てゆっくりと呼吸する。私は彼女の背中を擦りながら落ち着くのを待った。しばらくすると、嘘のように落ち着いて顔色も少し良くなっている。顔を覗き込む私に薄く笑って、すみません、最近忙しくて少し疲れも溜まっているんですけどあまり眠れていないんです。職業柄プレッシャーも大きくて・・・疲れた横顔を見せる。かわいそうに、誰にも打ち明けられないのだろうか。弱音を吐き出せない孤独の苦しみ、そして重圧。自身の過去と重ねて心が苦しくなる。背中を擦りながら黙って頷く。その後彼女は自身がGIDである事を打ち明けた。しばらく言葉が出なかった・・・美しい風貌の名花さんに、そんな秘密があったなんて・・・その手を握り締めて、お辛いでしょうね・・・重大な告白にそんな風にしか答えられないなんて、情けなくなってしまった私。白く長い指先が冷たい・・・私の顔を見つめ少し瞳を潤ませて、いいえ、聞いていただけただけでも辛い気持ちを少しでも紛らわす事が出来ます。静かにそう言った。会談の前、部屋に入った私を見つめる名花さんは、視線の中に軽い嫉妬が浮かんでいた事に気がついていた。先に部屋に居たのはシン。一瞬で彼らに何かしらの関係があった事を悟った。私の知らない過去に、この2人は関係があったんだわ。だけど気が付かない振り。名花さんも必死に自身の感情を抑えようとしていた。過去の事を詮索するには、それほど関係が近いわけではない。手を握り締めたまま、心の中で瞳を閉じて祈りを捧げる。私の手の温かさが貴女の心に届き、どうか貴女の苦しみが少しでも軽くなりますように・・・癒しを与えてくれますように・・・シンディ様、この事は誰にも言わないで下さいね。懇願する瞳で私を見つめる。もちろんです。誰にも言いません。ただ念の為クリニックに行ってはどうでしょう。開院したばかりの知り合いがいます。国立病院で内科を受診した後、問題がないようでしたら心療内科を受診するといいかもしれません。でも・・・帰化したばかりで保険証が・・・思案する私。シンの保険証を使って受診できないだろうか。本来はいけない事だけど。その為には彼の許可も必要だわ。私は立ち上がって部屋の外にいるシンに声を掛けた。先ほど起きた事実を伏せて、名花さん軽い眩暈がするそうなの。まずは国立病院の内科を受診して、問題が無ければ翠嵐先生のクリニック受診してはどうかと思うのだけど。精神的にかなり疲れているみたいなの。でも保険証が無いから、貴方のを借りる事出来ないかしら。解かりました。ならば両方の病院に付き添った方がいいですね。車を出して私が連れて行きます。それからこの事は私が独断でした事。それでいいですね。私を見つめる彼の瞳は、強い輝きを放つ。側近として私を守ろうとしてくれているのね。・・・ごめんねシン・・・彼に頭を下げると優しく微笑んだ。その優しさに縋りそうになる。切なさが沸き起こり、慌てて目を逸らした事を思い出す。 人の繋がりへ
2007/10/14
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神楽は妊婦にも関わらず、生活全般全てを完璧にこなす。大したものです。料理も上手だし心配りもある女性です。命の危険に晒されてきた彼女にとって、生きる事は喜びそのもの。常に感謝を忘れず笑って毎日を過ごしたい。そう祈念していると言う。彼女には他者に対する思いやりがある。男女問わない彼女の優しさは、人の心を惹きつける。不思議な女性。計算高いのに根底には人としての優しさ、慈しみがあるんですね。彼女と居ると心が和む。私達の結婚は自身のブログで発表した。翌日にはマンションにマスコミが押しかけ、妻になった神楽の写真を撮ろうと大騒ぎ。これじゃ住民に迷惑がかかってしまう。神楽、記者を此処に連れて来ても良い?いいわよ!ピアノを置いてある部屋を開放して、そこにお通ししましょう。一度記者会見場って見てみたかったのよね!無邪気な神楽。彼女は何でも楽しんでしまう、とてもポジティブな女性。彼女の明るさにどれだけ救われていることか。写真は撮らせないようにするからね。頭を撫でると、別に構わないのに・・・少し不服そうに口を尖らせる。憮然とした表情に思わず噴出してしまい、彼女と一緒にくすくす笑う。ピアノを移動させ、少しばかりのスペースを作ると、6畳ほどの空間が出来た。折りたたみの椅子を、押入れから出してきて10脚並べる。簡単な会見場。これで十分。あくまで私的な事の発表なのですから。お茶の用意お願いしますね!任せておいて!最高級のミルクティー用意して、記者の皆様に振舞うわ!一流のピアニストの奥様は、若くて美人で上品でお茶を入れるのも上手って書いてもらわなくっちゃ!いたずらっぽく笑う神楽は、やはり小悪魔のような瞳。記者を手玉に取るつもりですね。そうそう!だってプライベートの場所開放してまで会見するんだから、きちんとした記事を書いてもらわないと癪だもの。全く同感。お湯が沸くのを見計らって、じゃ呼んでくるね声を掛けると、彼女はにこやかに笑っていってらっしゃい、待ってるわ!キッチンからウインクをして見送った。外に出ると、一斉にフラッシュが光る。眩しさに顔をしかめる。マイクが向けられコメントを求められる。皆様、この度はお騒がせして申し訳ありません。ここは他の居住者の方々にご迷惑がかかりますので、宜しければ自宅にどうぞ。申し訳ありませんがカメラはご遠慮下さい。彼女は一般人ですので。困惑する記者達。当然でしょうね。上からは写真撮って来いと言われているんですから。でもこちらだって引き下がるわけにはいきません。少しばかり有名だからって、なぜこんなに騒がれなくちゃならないのか・・・高々一個人が結婚するだけの事なのに。報道局10社中上からOKが貰えたのは、8社だった。カメラを持っていないことを確認し、自宅に案内する。どうぞ、皆様お好きなところにお掛け下さい。声を掛けると、記者達は少し戸惑いながら椅子に腰掛ける。個人の家での会見は珍しい為、戸惑っているのでしょう。でも、これも作戦の内。恐縮する人の心理を利用して、ちゃんとした記事を書いてもらう為。何でも質問して下さい。堂々と構えて記者達を見据える。質問の内容は大体予想の範囲内だった。結婚相手の年齢と名前、出会い方、懐妊の有無。中でも懐妊に関する質問が一番多い。彼女は現在妊娠4ヶ月です。記者達からほう~という声が上がる。女性のような容姿の男性ピアニスト。一部のマスコミはホモ説とか週刊誌に書いていて、裏づけを取るために、私を追い回している。マンションに張り付いている報道陣は、皆三流雑誌の記者ばかり。お相手の女性とは既に同居していらっしゃるとか・・・ええ、こちらの部屋に居ります。少々お待ち下さい。私は立ち上がると、隣のリビングを覘いて、お茶の準備が整っている事を確認する。神楽は笑ってOKサインを私に送る。しっかり物の彼女は事前に焼いたスコーンも用意していた。さすがですね!彼女にウインクをして扉を閉める。皆様準備が整いました。どうぞこちらのお部屋へ・・・困惑顔の記者達、恐る恐るといった感じで各々立ち上がり、促されるままリビングに向かう。皆が移動した事を見計らい扉を閉める。18畳のリビングは真っ白な壁紙で間仕切りも何もない、広い空間。左端にアイランドキッチン。神楽と私はこれが気に入って、新生活のマンションを此処に決めた。部屋の中央には白い総革張りタメタソファー3脚と4つのパズルテーブル。その上には白のランチョンマットにリチャード・ジノリベッキオホワイトティーカップ&ソーサー。同じくジノリのボンジョルノホワイトミニトレイの上には、昨日彼女が焼いたスコーンが添えてある。神楽おいで!声を掛けると遠慮がちに壁に寄り掛かっていた、彼女がゆっくり歩いてくる。肩を抱いて記者達に紹介する。私の妻、神楽です。若くて美人でしょ。記者達から感嘆のため息。皆様に、お茶をご用意いたしました。どうぞお掛けになって下さい。冷めないうちにお召し上がり下さい。あくまでもにこやかに。マスコミ受けしないと足を引っ張られる怖い世界。彼女と私の秘密を詮索されない為に、この記者達も味方につけておかないとね。私達の行動は全て計算ずく。相手の心理を探り先読みをして行動する。大切なものを守る為に・・・2人の関係へ
2007/10/13
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瞑月が艦に乗って4ヶ月。私もとうとうお母さんになるんだわ。まだ大して目立っていないお腹を撫でながら、どうか無事に産まれてきてね!心の中で囁く。懐妊の報道は、お父様がタイミングを見計らって発表した。現在支給している出産一時金の、国民が受け取れる金額を上げたい。具体的な金額は明かしてはいないけれど、市場相場に合わせようとの発言は、新聞に大きく取り上げられ、少子化に歯止めが掛かる事に期待を掛ける政府。私の懐妊は、まさにその事にも利用されているという事。少しでも既婚女性が、子どもを産みたいと思うように考えたみたい。けれども現実は厳しく、女性が社会に出て働いている現在、既婚でキャリアを持った女性ほど、子どもを産みたくない、いいえ、産めない現状がある。築き上げてきたキャリアを失いたくない。男性社会で対等に張り合ってきた聡明な女性ほど、産みたいけれど産めないと考えるもの。もしも私が女優のままだったら、同じ悩みを抱えていたでしょう。それに長男よりも早く、次男瞑月の妻が懐妊したという事で、世論は更に物議を醸し出すのでしょうね。もっとも、長男海竜は結婚もしていないのだけれど。私は国民の期待を背負う立場にいるんだわ。女優業をしてきた時よりも、遥かに大きい重圧の中にいるのね。でも神経質になるのは止めよう。お腹の子が健やかに育つ事、その事だけに気持ちを向けていかなくちゃ。大切な命を抱く立場になったのだから。私の主治医達の中で、一番若いのは蒼羽先生。まだお若いのに院長先生なんて、余程優秀なのかしら。でも若すぎて戸惑いを抱いたことも事実。懐妊の兆候が現れて初めて内診した時に、担当したのが蒼羽先生。若すぎる・・・その顔を見て顔を赤くする私に、優しく微笑みかけた。すみません・・・戸惑っていらっしゃるのでしょうね。皆年配の優秀な医師ですからね。私のような若輩者がこのチームに呼ばれた事、自身戸惑っているんですよ。私の顔を見て微笑みながら話す先生・・・正直な人、そんな印象を抱く。このチームでは、私の主な担当はメンタル面なんですけど、本日内診担当する医師に、抱えているクランケの緊急手術が入りましてね。急遽私が代わりに担当させていただきました。瞑月様は艦に乗っていらっしゃいますね、ご懐妊の報告はどう致しましょうか。彼は兵役中です。わざわざ報告しなくとも、立ち寄った国でニュースや新聞で知る事になるでしょう。軍の無線を使って報告などもっての外。私事なのですから。私達は離れていても心は繋がっています。出産時、彼が居なくても大丈夫。先生、宜しくお願い致します。彼に頭を下げる。強い女性ですね・・・話には聞いていましたが噂以上です。シンディ様と接して、この方の強さは一体どこから来るのだろう。メンタル担当の私は、あまり必要ないのかもしれない。思わず苦笑する。そんな私を見つめる彼女の瞳は、落ち着き払っていて覚悟を抱いた大人の女性といった感じだ。今まで何人も同様の女性の表情を見てきたが、決意と覚悟を強く感じさせるのは、この女性が一番かもしれない。元女優で、皇室の次男の嫁。プレッシャーもあるだろうに。それを微塵も表情に出さない。演じているのか、いや、この方は既に腹を決めているのだ。命を掛けて生命を産み出す決意というものを・・・ 蒼羽先生・・・あんな形で出会ってしまうなんて。切ない・・・名花との事は割り切っていても、初恋の人に出会って心は乱れる。弱いわね自分。帰宅した名花に思わず縋りつく。神楽、大丈夫?心配そうな彼女の顔。大丈夫だから、少しだけこうしていて・・・人の温もりに触れていたいの。小さく呟くと優しく抱きとめてくれる名花。人としての痛みを誰よりも感じてきている私達。抱きとめられる安心感が、互いの痛みを軽くする事を知っている。 大切なものを守るためへ
2007/10/12
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神楽の行動で、まだこの男性を忘れていない事がわかった。でも、どうしたものか。彼女は計算高いけどナーバスな所もある。ミルクティーに視線を落とし、思案する。何を考えているのだろう。コーヒーを口に運び名花さんを見つめる。あの・・・そろそろ行かないといけませんので・・・その言葉に頭を上げる。あ、失礼致しました。お時間を取らせましたね。お話下さりありがとうございました。彼に頭を下げると、少し微笑んだ。いえ、こちらこそ、名花さんとお話できて光栄です。貴方のピアノは心を癒すような響きがあると、離婚した妻が申しておりました。離婚・・・離婚しているんだ。寂しそうな微笑を浮かべて、自嘲気味に話す蒼羽さん。寂しそうに見えるのは、そのせいもあるのだろう。目を伏せて聞くべきか迷って、意を決して尋ねる。あの、もしも神楽が貴方の事を好きだと言ったなら、貴方に受け止められる覚悟はありますか・・・突然の名花さんの問いかけに息を呑む!何を言い出すんだろう!!ご自分の仰っている意味、お解かりですか・・・そう答えるのが精一杯です。ただ私を見つめる彼の瞳は真剣そのもので、私の本心を見抜こうとする眼差しは、瞬き一つせず、視線を外さない。視線を逸らしたのは私だった。小さくため息、降参です。ありえないと思いますが、もしも彼女が想っていてくれたなら、受け止めます。宜しければ貴方の問いかけの真意を、お聞かせ下さいませんか。何か事情がおありなのでしょう?はっきりとした言葉で、言い切った蒼羽さん。よかったホッと胸を撫で下ろし小さくため息をつく。彼を見つめて蒼羽さん、正直に答えてくださりありがとう。礼を言う。彼が本心を出した以上、私も黙っているわけにはいかない。今までの経緯を話し出す。ただ相槌をうちながら、話に耳を傾ける彼、その様子は翠嵐先生と重なる。医師ってもっと冷淡なイメージを抱いていたが、この人は異なるようだ。・・・以上が私と神楽の関係です。俯きながら聞いていた私は、瞳を名花さんに向けお話は解かりました。一切他言は致しません。医師の義務ですからね。そこまでお話になられた以上、私も離婚原因をお話しないといけませんね。もしも神楽が私と一緒になりたいと思っても、事情を聞いたら思い止まる可能性がある事なので。真剣な瞳で私を見つめる。聞く覚悟はあるか?そう問いかけているような瞳は、少し悲しげな光彩を放つ。お聞かせ下さい。受け止めます。静かな声で彼に言うと、淡々とした表情で話し出した。産婦人科医である私は、医師になりたての頃からSSRI、選択的セロトニン再取り込み阻害剤、つまり坑うつ剤を使用していましてね、その影響からか男性不妊のようなんです。まだはっきりとした因果関係は判らないのですがね。離婚の原因はその為です。妻は子どもが大好きでしたからね。悲しい想いをさせてしまいました。産婦人科医は激務です。おまけに年々医師が減っている。大きい病院の産科がどんどん減っている余波が、私達個人病院に圧し掛かってきています。忙しいのが更に忙しくなって、どの病院もてんてこ舞いです。休む暇もないっていうのが現状なんですよ。お産は待ってくれませんからね。なるほど・・・新聞や報道番組で知ってはいたけれど、想像以上に厳しい現状なんですね。神楽なら、この現状を聞いたならすぐにでも駆けつけそうです。この事は彼女には伏せておきます。一つお願いがあるのですが・・・名花さんからの提案に少し思案し、いいでしょう。喜んでお手伝いさせて頂きます。ありがとう!蒼羽さん!互いに少し笑って2人で固く握手を交わした。母になる覚悟へ
2007/10/09
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こんな事をご主人に話すと、憤慨されるでしょうが・・・前置きをして、迷いながらも話さないといけないだろう。この人は真剣な目をして、嘘を見逃すまいとしている。意を決して話し出す。神楽さんと私は、過去に一度だけ関係を持ったことがあります。当時冷え切っていた妻との関係を忘れたくて、彼女の誘いに乗ってしまった。いや、私が選択した事をそんな風に言うのは、神楽さんに失礼ですね。互いに同意の上だった・・・ただそれだけです。優しくしてくれる彼女に、縋りたいと思ってしまったんです。言葉を慎重に選びながら、彼女との関係を話す蒼羽さん。目を伏せて申し訳なさそうに打ち明ける様子に、真面目な人なのだろう。少し繊細そうに見える緑の瞳は、深い苦悩が浮かんでいるように見える。そうですか。神楽は過去の事を私には話していなかったので・・・言いたくなかったでしょうし、想い出したくなかったでしょう。運ばれてきたミルクティーを口に運ぶ。院内の喫茶店とは思えないほど、上質なアッサムの茶葉を使っているようだ。★アッサム★申し訳ありません。頭を下げる彼に、責めているのではありませんよ。私と彼女との関係も、少し事情がありましてね。お人柄がわからないので、まだお話出来ませんが・・・慎重な人なんですね。ピアニストの名花さん。この方の事は以前から知っていた。ピアノ好きの妻がよくCDを聞いていて、演奏会にも足を運んでいたからだ。もっとも、離婚して荷物も全て無い今、彼女の好きな名花さんのCDももう無いけれど。此処の病院は、私の父の後輩が経営する医院で、私の病院と提携関係にある。F産婦人科には紹介でいらしたのですか?えぇ。最初に受診した病院で紹介されました。そこは産む設備がないとかで。あぁ、U女性クリニックですね。産む施設がないのは、多分そこ位ですからね。U女性クリニックの院長は私の大学の医局の先輩でもあり、F産婦人科の引退した院長の娘でもある。とても優秀な女性の婦人科医だ。黙り込んで、相手が何か言い出すのを待っている。互いの腹の探り合い。信用できるか出来ないか。慎重に相手の出方を伺う。なかなかにこの方も慎重な人のようだ。必要な事を話し終えたら口を噤む。医師に徹しているという事なのかもしれません。興味深いですね、私と共通項を見つけて少し安心する。神楽がこの医師に惹かれたわけ、何となく解かった気がした。彼女は人の表情だけでなく、言葉のニュアンス、話し方などで人を見抜く術を身に付けている。常に命の危険に晒されてきた彼女が、他人の嘘や誠を見抜くようになったのは、無理からぬ事です。医師の表面上の慰めなんて、心に届かない。ましてや、生にしがみ付いてでも生き抜きたいと切望するにも拘らず、自身の心臓は生きる事を拒むかのように、動いたり止まりかかったり・・・諦めと絶望、生と死、常に見ていく立場に居たんだもの。いつしか生きる事に絶望し、諦めるようになっていったわ・・・ベットの中で聞いた神楽の言葉を想い出し、命の不可思議、現実の厳しさを実感している。もしも子どもを授かっても私の子だから、何らかのリスクある事を承知でいてね。そう言って目を閉じた神楽を抱きしめた私は、命の不思議さと心の不思議さが、切っても切れない関係にある事を知っている。女性でもあり男性でもある自分。その事をこの人に言っても大丈夫かどうかは、まだ決断出来ない。感情を押し殺して、悟られないように淡々とした表情。この男性は感情のコントロールが上手いようですね。普通なら起こり得る変化が、彼の表情からは何の変化もありません。出来れば心療内科医になりたかった私は、2人姉弟の長男。二つ上の姉は嫁いだものの、子どもを授かる事が出来なかった為、離婚し医院の経理を任され忙しい日常を送る。人生想い通りになったらいいのに・・・名花さんの顔を盗み見てそんな事考えた。秘密へ
2007/10/08
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妊娠4ヶ月目が過ぎた頃、紹介状を持ってF産婦人科に受診する。名花が車を運転して病院に着くと、大きな個人病院だった。まるでホテルみたいね!名花!無邪気にはしゃぐ私を見て微笑む名花。病院内では静かにね。はーい!2人で顔を見合わせて笑う。待ち時間は一時間ほどだった。子宮底長は手拳大。血圧108/60、浮腫、尿蛋白、尿糖全てマイナス。いい感じですよ。太りすぎないよう、疲れない程度に家事などをして下さい。医者からの指導を受ける。診察室を出て外に出ると、たくさんの妊婦さん達が順番を待っている。少子化・・・ここだけで見ているなら、信じられないくらいだわ二階からは新生児の泣き声がする。私の赤ちゃんもこうやって産まれてくるんでしょうね。お腹を擦りながら、早くあなたに会いたいわ。心の中で話しかける。待合室に腰掛けていた名花、隣に座っていた男性と話し込んでいた。若いお父さんと、父親としての話でもしているのかしら。もっとも、名花は心は女性だけどね。私に気がついた名花は、その男性に会釈をして立ち上がった。会計を済ませて何を話していたの?歩きながら彼女に尋ねる。男性としての心得・・・思わず噴出してしまった。苦笑する名花の顔は複雑そう。名花さんですよねって話しかけてくるんだもの、ついハイって返事をしちゃって・・・男性は出産時、何も出来ないもんですかね、そう言うから、男性は奥さんの手を握ったり、腰を擦ったりして奥さんを励ましてあげるんですよ。孤独で出産するのは、初産なら尚更させないほうがいいです。命の誕生の瞬間の立ち会いは、夫婦の絆を深める為にも是非って言ったんですよ。そうよね・・・初産は時間が掛かるんだもの。さっきの先生がね、5人産むと快感になるって言っていたわよ!そんなに産めたらいいけどね。神楽の言葉に苦笑する。お金いくらあっても足りませんね。同感!笑いながら病院のドアを押して、私をエスコートする名花。!!駐車場内を、目の前から歩いてくる男性の顔を見て、驚いて足を止める!どうして・・・逢いたくなかったのに・・・どうしました?神楽?立ちつくす彼女の表情は困惑している。この男性は神楽の知り合いなんでしょうか・・・男性も神楽に気がついたらしく、同様に瞳には困惑の色が浮かぶ。男性から目を逸らし、私にしがみ付いて、私、タクシーで帰る。ごめんね名花・・・小さな声で告げる彼女、動揺で震える声になっている。そう一言だけ言い残すと走り出す!!!神楽!走っちゃ駄目っ!!思わず叫んだ私の声を、振り払うかのように走り去る神楽。あんな悲しそうな表情は見た事がなかった。見る間に背中が小さくなる。残された男性を見つめて、名花と申します。あの・・・失礼ですが、神楽とはどのようなお知り合いでしょうか・・・見つめ返す視線。言い出すか言い出さないべきか動揺している。話し出した彼は、蒼羽と申します。産婦人科医です。自らをそう名乗り手を差し出し握手をする。産婦人科の・・・お医者様ですか成る程、だからこちらに・・・えぇ、此処の病院から、うちに運ばれて来た患者さんの病状を担当医から、話を聞きに来たんです。少し俯き加減に、あの・・・彼女との事は此処ではちょっと。此処の病院内に、談話室があります。そこでお話しましょう。解かりました。先に病院のドア開け、院内に入る彼。入ってすぐ、右に曲がると小さなエレベーターがあった。ボタンを押して乗り込むと、5階を押す。2人とも無言で俯いていた。エレベータを降りると、開放感溢れた明るい空間が現れる。まるでレストランみたいです。そしてコーヒーの香りが漂っている。調理場以外人影はない。彼が一番端の席に私を誘導し、奥にどうぞと促す。すみません。椅子を引き、腰掛けるとメニューを差し出す。私はミルクティーで彼はコーヒーを注文し、彼から話を切り出されるのを待った。探りあいへ
2007/10/08
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妊娠初期で安定していないにも関わらず、入っていた予定の公務はこなすと言う。待ってくれている人がいるから。懐妊している事を判っているだけに、君主も止めたけれど、シンディの決心は変わらない。やれやれ、どうして私の一族の女性は、頑固な女性ばかりなのだろうか。苦笑する君主。同感です。小さくため息をつく。非礼とは理解していても、君主と私の関係はガードする人間と、護られる人間の立場です。このような少し位の本音を、打ち明けたりする事もある。彼女のガードを任された私は、2人だけになった時、自身に今起こっている事を打ち明けた。貴女はどう思いますか・・・訪問先の待合室での会話・・・シンの問いかけ。簡単に答えることなどできない問題だという事など、誰だって判る。少し時間を貰っていいかしら。私自身も、経験していく過程で理解できる事だと想うから。ごめんなさいね、シン・・・冷静な彼女の言葉に安易に答えを求めようとした、軽率さが恥ずかしくなった。私は結果や結論を、早く求めすぎるのでしょう。その事が名花との破局にも繋がっていた事、判っているのに。駄目ですね。私という男は・・・もうちょっと大きいマンションに引っ越しましょうか。子育てしていくのに、このマンションは少し小さいかもしれませんね。名花の申し出に頷く。私も貯金出すから、頭金の一部にして!名花に負担ばかりは掛けられないわ!いいんですよ。神楽。その貯金は、将来産まれてくる子のために使いましょう。子育ては何かとお金も掛かります。私の申し出をやんわり断る名花。でも・・・そうそう!車を買おうと思ってるんです。このままだと不便ですからね!カタログ貰ってきたので、一緒に見ませんか?家族用に一台、神楽用に一台でどうでしょう?私が車を使っているときに、神楽だけで病院行かなくてはならない時だってあるでしょうしね。念には念をいれて、先の事を考え今のうちに用意しましょう。名花って慎重なのね。それにとても計画的な人なんだ・・・感心して彼女の顔を見つめると、私の頭を撫でる。お母さんが子どもにする仕草みたいでなんだか嬉しくなって名花に寄り添う。無邪気な神楽。兄弟のいない私は、彼女が妹のような、そして自身の分身のような存在。そしてどんなに望んでも決して届かない性を持つ女性。大切な人。恋愛とは異なったいとおしい存在なんです。頭を撫でながら彼女を見つめると、安心感に心を満たされたような優しい微笑を浮かべる。母親になった女性って、今まで以上に美しく輝くものなんですね。母性というものが、更なる輝きを引き出すのでしょうか。少し羨ましくなってしまいますね。今頃彼女はどうしているんだろう。神楽・・・結局長年連れ添った妻とは4年前に離婚。どんなに望んでも、子どもを授かる事が出来なかった私達夫婦は、散々お互いを傷つけあって離婚する結果となった。原因は自分にあった。同じ歳の妻は子どもが大好きで、たくさんの可愛い子ども達が私達夫婦に訪れるといいわね!プロポーズの時にそう答えて、笑った彼女。一年、二年と結婚生活を重ねるうちに、互いにだんだん焦りが出てくるようになり、妻から少しずつ笑顔が消えていく。調べてみようか。まさか私が原因だとは思わず、3年目に入った時に妻に言った。妻の体には異常はなかった。結果を知った私は衝撃を受けた。目を閉じて心の中で妻に詫びた。もっと早く判っていたら、子ども好きの彼女に、結婚を申し込む事はなかったかもしれない・・・涙が溢れて止まらなかった。妻に対する申し訳なさと、情けなさが心を揺らす。事実を打ち明けると、妻は俯いてそう・・・ただ一言答えた。それからの彼女は外に男性を作り、自宅と愛人の家を行き来する毎日を送るようになった。院長婦人の不貞は、あっという間に広がって、看護士らには同情的な視線を送られる日々。それでも妻はこともなげに振舞う。自宅に戻れば、激しい夫婦喧嘩。互いに冷めているのに、夫婦生活を送らなければいけない毎日に嫌気がさす。別れてちょうだい。深夜に帰宅した私に、妻から突き放した言い方で差し出された離婚届は、既に彼女の名前も印鑑も書き込まれていて、私の名前を入れればいいだけになっていた。引き止める権利はない。深くため息の後に名前を記入した事を想い出す。私しかいない自宅でスーツに着替えながら、過去の事を考えていた。もしも神楽、もう一度君に逢えたなら、私を受け入れてくれるだろうか。あの時の君のように・・・再会へ
2007/10/08
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名花の所に通うようになって3ヶ月。公演直前はホテルで過ごし、それ以外はマンションで過ごすという、生活パターンが定着してきた。私が彼女のマンションに出入りしている写真も撮られて、事実婚かなんて週刊誌に書かれているみたい。今はまだお兄ちゃんの所に住んでいて、そこから名花の所に訪ねて行く。出かけてくる。それは名花の所に行くという事。私の顔を見ないようにして、あぁ。一言だけ答えるシン。精一杯感情を押し殺して答える。忘れられないのね、名花の事。先日の公演はお兄ちゃんがガードをするはずだったのを、他の人に変更した事彼女から聞いていたけれど、人が違うせいかガードの仕方が異なった為、状況に対応できず、彼女は滞在先で全く眠れなかったみたい。疲れた顔をして帰ってきた名花は、丸1日ベットの中で熟睡していた。私がついて行ったところでガード出来ないし、何も変わらないこと知っている。そう・・・シンじゃなきゃ駄目なの。睡眠薬を処方してもらわないと駄目かもね。彼女にとって、兄は精神安定剤の役割も果たしていたんだわ。私がシンの代わりにならない事に、少しショックを受けた。ある日の事、炊飯器から立ち昇る、ご飯の炊ける匂いに不快感を感じる。もしかして・・・彼女に付き添ってもらい、近所の小さな産科を受診すると、懐妊しているという。3ヶ月目に入ったばかりだった。女性の産婦人科医に、ここは産む施設がないんです。出産できる病院決めてありますか?いいえ。決めてないです。設備の整った産院ならどこでも構いません。そうねえ・・・お住まいの所に一番近くていい病院は・・・F産婦人科があるわ。そこで宜しければ紹介状書きますが。お願いします。医師に頭を下げる。待合室は女性で溢れていて、名花はなんとも居心地の悪そうな顔をして、壁にもたれかかっていた。女装できたほうが自然だったかも。ごめんね名花。私に気がつき微笑みかける。どうでした?やっぱりそうでした!願いが叶ったわね、私達!彼女に微笑むと、少し潤んだ瞳で私の手を握り締める。ありがとう・・・神楽・・・小さく呟く。名花、これからが大変よ、準備するものもたくさんあるんだもの。それから、お兄ちゃんのところから住居移さなくっちゃね!荷物はどれくらいあるんです?ボストンバック1個だけ!家出娘だから((藁´∀`)) 明日から貴女の所に行くわね。今夜お兄ちゃんに話をするわ!不安顔の名花。彼女もまた、シンを忘れる事などない。そんな顔しないでお願いだから・・・会計を済ませて、一旦、名花のマンションへタクシーに乗って帰宅する。部屋の中で名花に抱きしめられる。ありがとう神楽・・・頑張ろうね、小さなお母さん。彼女の囁きに小さく頷く。望みへ
2007/10/06
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愛している人の裏切り・・・何て残酷なんだろう。仕事を終え1人部屋に戻り、ベッドに寝転がって思案する。貴女と別れて、3ヶ月経っても苦しいですよ名花。一体どうやって貴女を忘れればいいんですか・・・どんな貴女でも愛そうとしたのに、こんな形で破局を迎えるなんてね。翠嵐に名花の心の痛みを聞いておけばよかったのでしょうか。いや、彼女は医者。守秘義務があるから、友人でも彼女の事は話さなかったでしょう。私が気がつくしかなかったんです。名花の苦悩に・・・駄目ですね。私は人の気持ちというものを理解できていないし、解かってあげようとしていなかったんですね。それが私と名花の破局の始まりだった事、気がついているのに・・・どうしても裏切りが許せないのと、妹の神楽に手を出したと言って、開き直った彼女の態度正直失望したんです。どうしてそこまでしなくてはいけないんですか!そこまでして、子どもを授かりたいと想うのなんでしょうか、女性という存在は・・・届かない事には諦めだって必要なはず。自分の気持ちに妥協点を見い出し、これでいい。間違った決断じゃなかった。そう心で言い聞かせながら、生きる選択肢だってあるじゃないですか。誰かを深く傷つけてまで必要な決断なんて、したくありません。ましてやそれが命に関わる事ならば、尚更なはず・・・一体この気持ちをどこにぶつければ、私自身納得していけるんですか。このままでは何も手につきません。でも唯一話を聞いてもらえる存在が居る事、本当は気がついていた。だけど今は大切な時期。私事で気持ちを乱れさせたくない。私の愛した女性。瞑月が兵役に行って3ヶ月・・・シンディは懐妊の兆候が現れていた。まだ公式発表はされていない。一部の側近だけに伝えられている情報。君主からは、なんとしても今は隠し通せ。安定期に入るまで、マスコミには公表するなとの厳命。緘口令がひかれている今、彼女に相談を持ちかける訳にはいかなかった。私と接触する事で、また侍女達に色々な事を推測され、苦しむのは彼女なのだから・・・小さなお母さんへ
2007/10/04
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シャワーを浴びていると、過去の事を想い出す。彼との秘め事は1度限り。携帯電話のアドレスを交換し合い、逢いたいとメールを送った。3回送って最後の一回だけ私の誘いに応じた。だけどホテルに入って私を抱きしめる彼の顔は、罪悪感でいっぱい。抱きしめられているのに切ない・・・体を交わした後、ごめんやはり君の気持ちは嬉しいけど、妻を裏切ってまで関係を続ける事は出来ない・・・申し訳ない・・・心が痛んだけど、きっとそういわれる事、解かっていた気がする。いいの気にしないで。ベッドから立ち上がってシャワーを浴びてきます。そう言った。流れる涙をシャワーに当たる事で、全て洗い流したかったから。それでも、失恋の痛みはそう簡単に流れ落ちることなどなく、シャワーに当たりながら膝を抱えて、泣き声を悟られないように声を押し殺して涙を流した。初恋と失恋。人を想う気持ちはずっと続くのに、破局なんてあっという間なんだ・・・自分の思い上がりを知った瞬間でもあったわ。なんでも思い通りになんてならないんだ。命が助かっても、私の初恋は叶わなかった・・・今でも忘れられないのにね。彼の名は蒼羽。今は産婦人科病院を、実の父と共に経営している事は、看護士さんから聞いている。もしそこの病院で出会ったら、彼はどんな顔をするんだろう。残酷な想いに苛まれて固く目を閉じる。止めようそんな事を考えるのは・・・今考えなくてはいけない事は、名花との事。シャワーを止めてバスタオルを纏う。ベットルームに戻ると、名花はぼんやりとした表情で、ベッドに腰掛けていた。シャワーありがとう。貴女もどうぞ。声を掛けると頷いて立ち上がる。これからこの人と生活していくのね。貴女は母であり、父でもある存在になるんだわ。不思議ね。背中を見つめながら考える。神楽と体を交わす事は、きっと私自身を抱きしめる事。おそらくそんな感情を抱くのだろう。シャワーを浴びながら考えていた。望んでも手に入らない女性の体、彼女はその体を持っている。彼女の体験する事は、私の体験になっていくんだろう。自身には何も変化などないけれど。だけど想いや感動を共有できる分、私の中の女性の部分が満たされていくのだろう。シンとは絶対に出来ない体験を、これから神楽を通して経験していくんだ。シャワーを浴びながら、もうシンの事は思い出さない。心に誓う。バスローブに身を包み、ベッドルームに行くと窓の外を見ながら、神楽が歌を歌っていた。Motherland Crystal Kayさんの曲。いい声ですね。少しハスキーな声は彼女の歌声に似ている気がします。少しの間ベットに腰掛け歌声に聞き惚れる。歌い終えた彼女に拍手をすると、少しはにかんで笑う。可愛いですね神楽。手を広げると胸に飛び込んでくる。その勢いでベットに転がって二人で笑いあう。彼女からくちづけられてそっと目を閉じる。ベッドに体を滑り込ませて彼女に触れる。柔らかい。そして何て温かいんだろう。女性ってとても柔らかいんですね。神楽・・・彼女の顔を見つめる。そうね。男性とは違うわね。柔らかくてマシュマロみたいにきっと甘いのかもね。だけど男性にはない逞しいものを持っているわよね、私達。なんだか解かる?彼女の問いかけに思案して答える。母性・・・ですか?正解!微笑んでくちづけをする。再び目を閉じると彼女がバスローブを脱がす。体の温もりを2人で味わう感覚。人の重みが心地よくて、いつまでもこうしていたいと感じていた・・・苦悩のシンへ
2007/10/04
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そっと彼女を抱きしめてくちづけを交わす。神楽、女性ってどんなふうに抱きしめたらいいのですか・・・耳元で囁く。男性も女性も同じよ。少しだけ体の構造が違うだけなんだもの。貴女が、好きな人からされたい仕草を想いうかべれば、おのずと解かる事。大切なのは、抱きしめる相手への慈しみと思い遣り。それがあればいいのだと思うわ。慈しみと思い遣り・・・解かりました。女性を抱くのは初めてだけど、私なりのやり方で、貴女を愛します。名花の囁き。えぇ・・・小さく呟いて体を離す。シャワー浴びてきます。互いの利害が一致した以上後戻りはしない。私は必ず母親になる。ずっと憧れていた若いお母さんになることを・・・脱衣所で服を脱ぎながら、過去の事に想いを馳せる。常にいつ心臓が止まるかも知れない恐怖におののき、苦しみ抜いてきた私にとって、子孫を残す事など到底不可能だと諦めていた。手術に成功した後も、一定期間受診を義務付けられた。術後10年経ってもう大丈夫!今後の検診はいらないよ!循環器の医師のお墨付きをもらった時は、思わず先生の手を握り締めて涙を流したわ。そしてその報告を真っ先に彼にしたの。当時研修医で、実家の産婦人科の病院を継ぐべき運命を課せられた、私の初恋の人。瞳を閉じて彼の顔を思い浮かべる。大きい病院だった為、たくさんの研修医がいた。でもその中で、ひときわ目を引く背の高い男性。身のこなしはスマートで、何を考えているのか解からない、少し陰のある男性だった。私の想い描いていた理想の人と、全て一致する。柔らかな髪、背の高さ、整った顔立ち。でも一番惹かれたのは、瞳に浮かぶ責任と使命感だった。循環器の先生が検診に来るときに、一緒について来ていて、メモに色々書き込んでいる姿、じっと見ていた私。その視線に気がついたのか、私を見て微笑んだ笑顔に釘づけになった。僅か6歳の私が、当時24歳だった彼に一目ぼれした瞬間だった。報告をしたとき、彼はとても喜んでくれた。でもその瞳は悲しげで、戸惑う私にちょっと悲しいことがあってね。ごめんよ、折角嬉しい報告をしに来てくれたのにね。そう言った。先生・・・お医者様でも、悲しいって想うの・・・もちろん。人間だもの。人は感情を持つ生き物。担当した患者さんの容態が悪くなれば悲しくなるし、改善していけば嬉しいって想うよ。いくら感情を押さえ込んでもね、担当した患者さんとの付き合いが長くなればなるほど、命を助けられなかった時は、気持ちを抑えられなかったりするよ。何を想い出したのだろうか・・・その瞳が涙で潤む。先生可哀想・・・私は母親のように彼を抱きしめていた。悲しみに必死に耐える大人の男性。命の重さを常に感じ苦悩の毎日を送っていくのでしょう。先生、私は貴方が好き・・・結婚している事は知っているけど、奥様と上手くいっていない事、知ってるわ。私なら貴方の心の支えになることが出来る。私じゃ駄目ですか・・・驚いた顔をして私を見つめる彼。神楽ちゃん。君はまだ16だよ。助かった命を僕のようなおじさんとの恋愛ではなく、もっと若い人と恋をしなくちゃいけないよ。体を離される。いいえ・・・先生。私は6歳の時から貴方にずっと恋をしてきた。欲しいのは先生だけ。他にどんな素晴らしい男性が現れても、私は心を惹かれる事などない。だって貴方だけが私の心の支えだったんだもの。普通の人のように結婚し、愛する人の子どもを授かる。到底叶わないと想ってきた私が、唯一生きる為の希望にしてきた事はね、恋をする事だったの。元気になって恋をしたい。そう想ってきた、その相手はね先生だったのよ・・・でも先生が迷惑だと思うなら、もちろん無理強いなどしない。だけど私は決して誰にも他言しない。ばれるような迂闊な事しないわ。彼の顔を見つめる。瞳に戸惑いが浮かぶ。7割私の手中に落ちたって思ったわ。彼の表情でね。そっとくちづけをすると、私を抱きしめる。服に手を掛ける手を制して、連絡先を教えて・・・絶対にばれない連絡先じゃなきゃ駄目よ。彼に釘をさした事を想い出す。失恋へ
2007/10/04
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部屋に入った私は、持って来ていた紙袋を名花の口元に当てる。予想した通り過呼吸をおこしていた。大丈夫よ・・・ゆっくり吸って吐いて・・・心が悲鳴をあげている。そんな人を病院の中で何人も見てきた。過呼吸、苦しいのに絶対に死ねないのよね。自分もそうだったんだもの、対処法は知っている。背中を撫でて気持ちを落ち着かせる。大丈夫よ、名花。側にいるからね。小さく頷く彼女はまるで子どものように想える。可哀想に。お母さんがいたらここまで彼女は苦しまなかったでしょうに。神楽の手は温かくて、背中を擦る仕草は母親を想わせる。心地いい・・・涙は止まらないけど、心の痛みを少しずつ取り除いてくれるような仕草に、目を閉じて肩を預ける。きっと母がいたならば、傷ついた心をこうやって慰めてくれたのだろうか・・・シンの妹神楽。きっと彼女はいい母親になるでしょうね。私と神楽は世間の目には普通の男女の結婚として映るでしょう。だけど私の心の中には、彼しかいない。忘れたくてもシン、貴方を忘れる事など出来ないですよ・・・神楽を見つめては、きっとシンを想い出す。彼もまた神楽を見つめては私を想い出すのでしょう。残酷な結婚を選んだのは自分への咎。しかし同時にシンも苦しめる重い十字架なんだ・・・深い慙悸を抱き、どうか許してください。こんな選択しか出来なかった愚かな私を・・・シンに心の中で囁き掛ける。名花、計画を実行しましょう。先にシャワー使わせて貰うわね。貴女の気の変わらないうちに実行しないとね、苦しいでしょうが割り切って!世間には、出来ちゃった婚として発表するんだから。出来ちゃった婚・・・なんだか少し複雑です。でも、もう後には戻れないんですね。そうよ!この少子化の時代の中で、子ども1人授かるのだって産むのだって大変なんですもの。1人でも多く産んで国に貢献してやろうじゃないの!腰に手を当てて、胸を張る神楽。彼女の様子に思わず泣き笑い。本当に面白い子です。彼女と居ると、きっと笑いの絶えない家庭が作れそうです。それになんだか母親みたいで、寂しかった幼少時代の心を癒してくれる気がします。解かりました。私も覚悟を決めます。右手の人指し指で涙を拭う。シャワー使って下さい。シンの事を考えるのは止めよう心に決めたんです。もう先に進むしかないのだから。自分に言い聞かせる。彼女を抱きしめて瞳を閉じる、私達の覚悟。互いの温もりに触れて言葉を交わす。結婚してください・・・神楽。えぇ、喜んで・・・彼女のプロポーズ、それは私達の生活の始まりの合図、そして彼女の覚悟だった。もう泣いていないわね、貴女強いじゃないの。少し微笑むと、美しい瞳で私を見つめ微笑み返す。これから宜しくね。名花・・・えぇ。こちらこそ。これからお世話になります、小さなお母さん・・・小さなお母さん・・・いいかもねそんな呼び方。私は貴女をママって呼ぶわね、名花・・・2人で小さくくすくすと笑い合った・・・小悪魔神楽へ
2007/10/02
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名花を乱暴に壁に押し付け、自身の怒りを露にする。私を見つめるその瞳には、強い恐怖の色が浮かんでいる。怒りを込めて彼女に囁く。名花・・・そう言いますけど、貴女は私の心をなんだと思っているんです?君のした事は私にとって重大な裏切り行為。そして肉親に対する侮辱そのものです。開き直る名花の態度、間違っていませんかっ!強く詰問すると彼女の瞳から涙が溢れてきた。それでも左手で名花の右腕を抑えつけ、右手は壁から離さない。どうなんですっ!?名花っ!!答えて下さいっ!!少しの沈黙・・・彼の瞳を見つめたままシン、私は謝りませんよ!たとえ殴られようともね。力ではシンに敵わないけど先を見据えた決断を出来ない貴方に、私と神楽の命を掛けた決断など理解して貰おうなどと思っていません。シンは現実から逃げてばかりじゃないですかっ!!どうして自身の未来の事を考えないのですかっ!!このままでいい訳ないって、自身が一番解っているはずでしょう!!言葉を吐き出して彼の瞳を睨みつける。ずいぶんな言い草ですね。不貞を働いておきながら開き直るなんて。到底理解なんて出来ませんよ。貴女との間に子どもを授かる事が出来ない事、とっくに割り切っていましたよ。君と付き合う決心をした時点でね。私が許せないのは、何の相談もなしに自分だけの想いで決断した名花の行動ですっ!!そんなに思い詰めているなら、なぜ一言言ってくれなかったんですか・・・相談出来ないほど、私は情けない男なんですか・・・悔しさで声がかすれている。言える訳ないでしょう。シンを傷つける事なんて言いたくなかった・・・だけどこの選択が結果的に、貴方を深く傷つけてしまう事も十分すぎる位解かっていた。彼の手を強く振り払う。シンは普通に男性として生きていける。だけど私は女性なんです。なのにどうして私の体は男性なんですか・・・この腕も足も、何もかもが嫌で嫌でたまらない。この体のままでいいと思えない、常に違和感を抱えたまま、生きていかなくてはならないんですっ!!この苦しみがシンに理解できますかっ!!常に不完全だと感じ、心が自分を否定しているようで、体にどうしても納得が出来ない。そんな私が子どもを欲しいと願うのは、間違っているんですか・・・シンが黙り込む。普通の心を持つ貴方が答えられるわけありませんよね。別れましょう。互いの意見が異なる限り、貴方と一緒にいたって傷つけ合うだけです。私は神楽と婚姻を交わします。双方の利害が一致したから。シンに理解されなくても構いません、自身の事は世間に隠したまま、普通の男性として結婚し子どもを授かる。そういう神楽との計画です。軽蔑してるんですね。私の顔を見るのも嫌そうな顔をしていますよ。もう私達逢わない方がいいでしょう。そっけなく突き放した言い方。本当はこんな事なんて言いたくなんかないのに。心が痛い・・・別れを切り出された。冷めていく名花への想い。解かりました。もう君には逢いません。人と別れるときなんてあっという間なんですね。信頼していた、愛していた人がこんなに計算高くて、打算的だったなんてね。顔も見ずに皮肉たっぷりに言い放つ。時間取らせましたね。名花の公演のガードは他の人間にしてもらうよう頼んでおきます。お互いの為にもそのほうがいいでしょう。冷淡に言い放つシン。私は俯いたまま、そうして下さい。一言だけ呟いた。立ち去る彼の姿、悲しすぎて見る事が出来ない。たった一言ごめんなさいって言えたなら、貴方はもう一度私に振り向いて、抱きしめてくれるのでしょうか。いいえ・・・そんな事、決してあるはずがない・・・彼はとても誇り高い男性。彼のプライドをずたずたにしてしまったのは、私自身なのだから。ごめんなさいシン・・・心の中で謝罪する。今更選択したことを後悔したって遅い。何も変わらない現実が繰り返されるだけ。別れの結果は解かっていても、やはり貴方を失う事はとても苦しい・・・涙が頬を伝い絨毯を濡らす。ドアを開けると神楽が腕を組んで立っていた。来ていたんですか。計算高い妹。神楽さえ現れなかったら、名花とは恋人同士でいられたのに・・・怒りを込めた視線で強く睨みつける。そんな怖い顔で睨み付けないでよね。所詮お兄ちゃんには解からない事よ。大切なものを手に入れるためなら、悪魔に魂を売ることなんてシンに出来ないでしょう。だけど私と名花にはそれが出来る。命を掛けてまで手に入れたい大切なものなら尚更よ。今日は帰らないわ。名花と此処で過ごすから。彼女には私が必要でしょうしね。彼女の心の痛み、お兄ちゃんには理解できないでしょう。だけど私にはよく解かる。きっと部屋の中で過呼吸をおこしているかもね。そこをどいて!邪魔よっ!!シンを押しのけて部屋に入る。過呼吸!?名花が・・・部屋に戻ろうか戻るまいか迷っているうちに、ドアが閉じられ鍵を掛けられた。プロポーズへ
2007/10/02
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ホテル・ルテシア、名花の泊まっているホテル。単車をどこに置くか悩み、路上にロックをして停めておく。フロントで名花に会いたい事を伝えると、部屋に電話を掛け確認を取ってくれた。お部屋でお待ちになるそうです。ありがとう。声を掛けてフロントを離れる。エレベーターに乗っている間も心はざわめくばかり。名花の顔を見ても、冷静でいられる自信が無い。深いため息をついて目を閉じる。エレベーターが止まり、歩いて部屋の前に立つ。もう一度深くため息をして、ドアをノックする。カチャ・・・キーの開く音がして名花が顔を見せる。シン、どうしたんです、こんな時間に・・・珍しいですね。話があります。部屋に入ってもいいですか。えぇ。どうぞ!いつもより低い声。どうしたんでしょう。怒っているように見えます。不安が頭をよぎる。お茶でいいですか?いいえ。何も必要ないですよ。すぐ帰りますから。そっけない言葉。必死に感情を押さえ込む。話って何ですか。彼の顔を見つめると、瞳には怒りが秘められていた。こんな怖い瞳のシンは見たことがありません。恐怖に心が竦みそう。ソファーに座りませんか。立ったままじゃ話もなんでしょうから。お気遣いは無用です。名花。はっきり聞きます。神楽と関係を持ったんですか。答えて下さい。冷たく言い放つ。感情を抑えたままでいられるだろうか・・・シンの言葉が冷たく心に突き刺さる。いったいどうして・・・私は神楽をまだ抱いていないのに。だけど遅かれ早かれ、彼女とそうなる事を、考えなくてはならなかった私は、シンの問いかけを否定する事が出来ない。長い沈黙。否定しないんですね。認めたって考えていいですか・・・瞳を閉じて思案する。気持ちが揺れる。問いかけに答えなくちゃ。そうです。私は神楽を抱きました。貴方の妹の神楽をね。名花の答えに嫉妬と、兄としての葛藤が揺れ動く。固く目を閉じて拳を握り締める。どうして・・・何で私の妹なんですか。妹じゃなきゃいけなかったんですか。静かに言葉を吐き出していても、言葉には怒りがこもっている。誰でも良いなんて思いませんよ。神楽だから抱いたんです。あの子じゃなきゃ駄目なんです。私は子どもを授かりたいとずっと想ってきた。だけど私は男性の体。叶うはずがないでしょう?貴方は長男なのに、自身の子を授かる事が出来ないんですよ!相手が私だったばっかりに・・・それでもいいんですか?だけど、私の気持ちはどうなるんです。私は貴女を好きなのに。恋人が私の妹と体を交わすなんてあんまりじゃありませんかっ!!私に割り切れと言うんですかっ!!怒りで声が震えている。そうです。シン、割り切って下さい。私は子どもを欲しいから神楽を抱いたんです。心は貴方に向いたまま。好きな人はシン貴方だけです。妹を抱いた私が憎いですか。それとも私に嫉妬してるんですか。名花の問いかけには、挑発するような冷たい言葉が含まれている。解かりませんよ、そんな事っ!!声を荒げる。嫉妬しているなら私を抱けばいいじゃないですか。私の心は貴方のものなんですから。それとも妹と寝た私なんかじゃ卑しくて抱けませんか?強い挑発の言葉を吐き出して彼の手を強く握り締める。止めてください!そんな事を言う女性は嫌いですっ!!彼女の挑発に乗っちゃいけない。湧き上がる怒りを堪えるのが精一杯です。シン、私はね打算で人に抱かれるのも平気です。人を抱くのもね。目的の為なら平気で割り切ります。そうやって生きてきたし、これからもそうするかもしれません。計算高い女で結構です。貴方は私に何を求めているんです?貞淑さですか?それとも従順さ?結局私の事なんて、シンは何にも解かっていないんじゃないですか。所詮普通の人間ですからね。自分の想いや考えばかりを私に押し付けないで!!いい加減にしなさいっ!!大きく声を発して名花を強く壁に叩きつけるっ!!決別へ
2007/10/01
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名花さんからメールが来てる~!夜11時に帰宅した妹が無邪気にはしゃぐ。メール交換したんですか、神楽。そうよ!名花さんと仲良しなんだもん!私名花さんと結婚しようかな~!ねぇ、いいと思わない?お兄ちゃんは名花さんが好きでしょ?私は名花さんがパートナーになってくれたら最高だと思うんだけどな~!何馬鹿な事言ってるんですかっ!!名花は大切な人です!第一名花は、女性の心を持っているんですよっ!!あ・・・やば・・・うっかり口走ってしまった彼女の秘密。動揺するシンの顔。全く!人の秘密を、迂闊に口走っちゃ駄目じゃないの。兄をたしなめる。知っていたんですか。名花の事。もうとっくに聞いたわよ。彼女自身からね。私は人の秘密は絶対にばらさないわ。だから安心してね。もちろん親にも言わないし。とっくに聞いた・・・名花が神楽に話をしたんですか・・・私と翠嵐しか知らない、彼女の秘密。複雑な感情を抱く。お兄ちゃん。私は欲しいものは、どんな事をしても手に入れるから。忘れないでね!妹の瞳が挑戦的な輝きを放つ。私の恋人を奪おうって言うんですか。いい度胸してますね。名花が私を裏切るわけ無いでしょう!あら、ずいぶん自信があるのね。名花さんは体は男性よ。心は女性でもね。彼女の望んでる事は私も同じ。最終的にはお兄ちゃんの望みも叶うって事じゃない。神楽!お前の言っている事はおかしいですっ!!もういい。こんな議論なんてしたくありません。出かけてきますっ!!すぐ逃げるんだから。それにもう名花さん、私と体を交わしたわよ。!!神楽・・・今なんて・・・聴こえなかったの?もう体を交わしたって言ったのよっ!!嘘だと思うならこれが証拠。お兄ちゃん名花さんにPALOMA PICASSO の香水あげたでしょ。この香り覚えがあるわよね!手首につけた香水を嗅がせる。その途端、単車のキーを握りしめて、玄関のドアを乱暴に開けて出て行くシン。引っかかったわね。本当に単純な人。会っていたけど本当は体なんて、まだ交わしてなどいない。こうして一旦2人の仲を裂かないと、名花は私を抱きしめない事解かっていた。時間がないんだから、私には。お兄ちゃんは両親を説得してくれないし、このままじゃ親の縁談にまとまっちゃうもの。2人には悪いけど、私の戦略で振り回させてもらうわよ。(。-∀-) ニヒ嘘ですよね・・・名花・・・単車に跨りメットを被る。シリンダーにキーを差込み、スタータースイッチでエンジンを掛けてスロットルを回す。クラッチを乱暴に離しエンストをおこす・・・今まで単車に乗って、エンストしたのなんて教習所以来・・・激しく動揺をしているんだろうか・・・恋人の裏切りなんてあんまりですよ。エンジンを掛けなおして出発をする。スロットルを回し、いつもより乱暴にギアを上げていく。単車のエンジンが唸りを上げる。いつもは心地いいマフラー音なのに、心の乱れでノイズのようにしか聴こえない。そんな自分に苛立ちを感じていた。シンの怒りへ
2007/10/01
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単車に乗ってお兄ちゃんのマンションに帰ると、ベッドの上で本を読みながら、帰りを待っていてくれていた。遅くなってごめんね。ご飯まだでしょ、外に食べに行く?ベッドに横たわり問いかける。全く、上着くらい脱ぎなさい!行儀悪いですよ!神楽。時間掛かってもいいから、久しぶりに神楽の手料理が食べたいですね。私も手伝うから、夕飯の準備しましょうか。そう言ってたしなめるお兄ちゃん。黙って聞き流す。私の料理は上手なんかじゃない。でも家族に対する感謝と愛情だけは、たくさん込めて作っているの。少し見た目が悪かったりするけれど、たまに料理をすると、皆で美味しいって言ってくれる。私に対する小さな思いやりが嬉しくて、もっと美味しいって言って欲しくて、自分なりに腕を磨いてきた。母の料理を受け継ぐ事は、自身の役目だと心に決めている。料理上手な母、私も愛情を込めた料理を、たくさん家族に食べて欲しいと思っているわ。ねえ・・・お兄ちゃん。私の結婚話お母さんから聞いてるんでしょ。私、自分の選んだ人じゃないと、結婚したくない。お兄ちゃんからもお母さんに言ってっ!!そうじゃなきゃ此処から帰らないって言ってるって!神楽の言っている事は解かりますが、両親はお前を想って、事情を全て知っている人に嫁がせようとしてるんですよ。神楽は命の危機を乗り切れたけど、自身の子どもに心臓疾患が出ないとも限らない事、あなたも十分理解しているでしょう?そんなリスクを解かっていて、嫁に迎えてくれる人なんてそういないんですよ!解かっているわ!でもやっぱり嫌なの。会ったこともない人と婚姻を交わすなんて。性格も見えない、親しか知らない人との間に子どもを授かり、伴侶に大して愛情も抱かず、子どもに愛情も注げない一生を送るなんて、真っ平ごめんよ!私は自分で伴侶を選ぶわ!お兄ちゃんだってそうでしょ!・・・妹の言っている事はもっともな事だって、理解しています。しかし私と名花のような場合はどうなるんです。どんなに愛していても、性差は超えられない。彼女に子どもを望む事は不可能な事、皆解かりきっている。彼女は心は女性でも、体は男性。一生を共にしたいと願っていても、名花との間に子どもを望む事は出来ない。ましてや自分は長男。家を護り、一族を護っていかなくちゃならない立場。長男だから一族を背負っていかなくてはならない。下らない事だと理解していても、自身に定められた宿命に抗う事など出来ないじゃないですか。神楽のようにはっきり自分の主張が言えたなら、どんなに楽だろうか。神楽、その話はまた今度にしましょう。夕飯何にします?お兄ちゃんは何でも先送りにしちゃうのね。逃げの姿勢は相変わらずだわ!私は自分の事は自分で決める。お兄ちゃんみたいに現実から目を逸らして生きたくないもの。逃げていても何も変わらないわよ。後悔する人生送りたくないから、自分の価値観で計算高く生きていくわ。少し憤慨した顔をしてベットから立ち上がる妹。やれやれ、自身の主張をする事はいいのですが、もうちょっと私の事も理解して欲しいですね。女性と男性は違うんですから。だけど私の考えが古いのでしょうか。長男という立場にこだわりすぎて、選択肢を狭めているのは自身なのでしょうか・・・本当に護りたい人は、世界でたった一人だけなのに・・・名花の顔を想いうかべて小さくため息をつく。PALOMA PICASSOへ
2007/10/01
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そろそろ帰らなくっちゃ。名花、メールするわ!アドレス交換しましょう!私、あまりよく解からないのでやって貰えますか。あら、名花も携帯苦手なの?お兄ちゃんと一緒ね!私メール打つのも早いわよ!目を瞑っていても、正確にキーを入力できるのよ。携帯がない生活なんて考えられないの。親からは依存症だって言われちゃうけどね。流石ですね、携帯世代の神楽は、何でも携帯に情報を入れているんですか?落としたりする事想像して、怖くなったりしませんか?常にキーロックしているのよ。多分名花でも、私の暗証番号解読できないわよ。私の命の期限を宣告された日だから。意外な告白に驚く。どういう事ですか?神楽。私ね、産まれた時から重度の心室中隔欠損症だったの。そのままだと、7歳まで生きられるかどうかって宣告されたのよ。残酷よね。産まれたばかりなのに、命の期限があるなんて。だから産まれた時から、ずっと病院のベットの上で過ごしてきたの。物心ついたときから、覚えているのは白い空間ばかりなのよ。待望の女の子を授かったのに、健康体に産んで上げる事が出来なくてごめんね。毎日病室に訪れる両親が、涙を流して何度も何度も私に謝るの。原因不明だから、両親のせいじゃないのにね。そんな父と母が、宗教にのめり込んでいったのは自然な事だったんでしょうね。どうしても抗う事の出来ない現実に、奇蹟を起こしたいって気持ち解かるのよ。私も信仰を持つようになったのは、両親の祈りで命を救ってもらったと感じているから。6歳の時、12時間に及ぶ手術を耐えられたのは、命を救いたいという、強い祈りがあったからだったと今でも信じているの。手術中何度も心臓が止まりかけたのよ。本来ある筈の心臓の弁が十分に機能していない為、人工弁に付け替える手術には、大人3人分の輸血が必要だったのよ。手術中、何度も暗い闇に引き込まれる夢を見たの。不思議と不安など無く、むしろ休息の為の暗闇に落ちていく感覚だった。深い眠りに引き込まれていくような感じだったの。麻酔で意識が無いはずなのに、命に届くような不可思議な力によって、何度も何度も現実に引き戻される。不思議でしょう?私は生きる事を諦めていたのに、両親はね決して諦めなかったのよ。命の期限を告げられた日の夜に、私の命を絶対に繋ぎとめるって夫婦で誓った事、術後一年経った日に聞かされたの。今もまだ消えていない体に残る傷跡は、父と母の執念の証。時折、傷に触れてその時の事を思い出したりするの。両親に対する深い感謝とともにね。神楽の告白、彼女の強さは、命の危機を乗り越えたからこその強さなのかもしれません。私には到底理解できないほどの、辛さや苦悩があったでしょうに。シンも私に打ち明けなかったのは、辛い闘病生活を送っていた妹を、想い返したくないからでしょう。すみません。辛い事を想い出させてしまいましたね。いいえ名花、私はね自分が強くなる為に、必要な出来事だったと思っているの。ありのままに全てを受け止め、自然の摂理に抗う事は楽な事ではない。だけど救ってもらった命を懸けて、常に覚悟を持って生き抜く決意だけは心に決めているわ。私はこの世に生を受け生かされたのは、自分にしか出来ない、人を救う使命があると固く信じてる。たった一人の自分自身を、大切にしていきたいからこそ、計算高く思い通りの人生を生きていきたいのよ。よく解かりましたよ。貴女の言っていることが、ちゃんと正当な理由の上に成り立っている事が。惹きつけられるのには、命の強さがあるからなのでしょう。神楽とならもっと強くなれる気がします。私と婚姻を交わしてもらえますか・・・えぇよろこんで。名花、私達運命共同体ね。そして性差を超えた、永遠の友情という絆で婚姻を交わしましょう。今日はもう帰らなきゃ。また明日ね。見送りは要らないわよ。お気遣いはしないでね!自分の主張をはっきり言う彼女。握手を交わして立ち上がり、ドアの向こうに消えて行った。性差を超えた友情・・・神楽との関係はきっと誰にも理解されなくても、自分達だけが納得していればいい。そう自身に言い聞かす。兄と妹へ
2007/09/30
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人間てどこまでドライになれるのでしょうね。好きじゃなくても、人に抱かれる事が出来る。私は自分が大嫌いで、自身を大切にしてこなかった。だから同性に抱かれてきたし、それでいいと思っていた。スポンサーがつくまでは、体を張って公演をさせてもらうしかなかった。父は黙認し私も黙っていた。私の着替えが早いのはその名残り。好きでもない人の部屋からさっさと帰りたくて、自然に着替えが早くなった事、シンに話していないんです。話しても自分が惨めになるだけだから。そんな私をシン、彼だけは大切に扱ってくれました。差し出される手の温もりは、他の誰よりも温かく、抱きしめてくれる腕は誰よりも力強かった。シンに子どもを授けてあげたいと思ったのは、ずっと前からです。普通の女性みたいにそう望むのは、おかしな事なんでしょうか。静かに名花から語られる言葉は、兄シンも知らない過去の事なのね。きっと同性だから、打ち明けてくれているんだわ。彼女を抱きしめると瞳から涙が零れ落ちる。たくさんの苦悩を抱えてきた人はね、一番幸せになる権利があるのよ。名花も幸せになれるわ。私が貴女を護るから。名花にはね護ってくれる人間が必要なの。私ならそれが出来る。たとえシンが貴女を見限っても私だけは名花を裏切らない。私達はきっと、親友のような関係なのかもしれないわね。彼女のささやきは優しさに満ちていて、大きな存在を失う未来へ向かう恐怖を、少し軽くしてくれる。彼女の強さは一体どこから来るのだろうか。涙を拭いて神楽を見つめる。強いんですね神楽。私も貴女のように強くなれますか。なれますよ。名花なら。今までずっと乗り越えてきたんですもの。貴女は現実から逃げなかったでしょ。まして私と知り合うことが出来たんですもの。鬼に金棒よ!私のほうが歳が上なのに、まるで逆みたいですね私達。神楽の言葉は、翠嵐先生の言葉と似ている気がします。翠嵐先生?そう。心療内科の先生です。そしてシンの年上の友人でもあり、バイク仲間だそうです。単車仲間なら私とも友人になれそうね。名花も単車の免許取ってみる?世界が広がるわよ。えぇ!是非取りたいです!バイク運転するようになったら、きっと友人も増えそうですね。たくさんの人と交流していくうちに、もしかしたら私と同じような人と、出会う事が出来るかも知れませんね。少し未来に希望が持てる気がして微笑む。やっと笑いましたね、名花。忘れないで!微笑みは人を幸せにするの。名花の微笑みは人を魅了する事解かってる?貴女が幸せだと私も嬉しいし、ファンも喜ぶと思うわ!お兄ちゃんだっていつか必ず解かってくれる。名花の想いをね。本当に不思議な子です、貴女という人は・・・こんな言葉も計算の上なのでしょうか。いや、根底にはこの子の優しさがあるのでしょう。慈悲と、誰かを護りたいという覚悟、強い母性を感じます。父が3歳の時に離婚して母がいない私には、母性に触れることがなかった為、たった一人でGIDに耐えるしかなかった。私はきっと神楽に出会うために、今此処にいるのかもしれません。そうね。それに名花はたくさんの努力をして、今の立場にいるんでしょ。頑張ってきた名花に、不可思議な存在が出会いというご褒美をくれたのよ。もう1人で苦しまなくてもいいよってね。私はね、人との繋がりって、努力次第でどんどん開けていくと思ってるの。そして人の心を軽くした分だけ、自分の過去世の宿業が消えていくと考えているわ。私はね打算的だけど、信仰をもっているのよ。彼女の根底には信仰心があったんですね。慈悲深い部分とドライな部分を併せ持つ、彼女の意外な素顔に触れたような気がしました。命の重みへ
2007/09/29
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しばらくホテル暮らしなんですか。そう。シンの提案でね。マンションはマスコミが張り付いちゃっていて、窮屈なんですよ。ここなら落ち着いて過ごせますからね。お兄ちゃんの提案ですか。名花さんは、お兄ちゃんの言う事なら素直に聞きそうですね。そうでもないんですよ。バイクの免許取りたいって言って反対されて、食い下がったりするんですから。小さな喧嘩もしたりしますしね。私もシン同様、結構頑固なんです。ふーん。なんだか意外ですね。名花さんとお兄ちゃんは、喧嘩なんてしなさそうなのに。そう見えますか?えぇ!とても仲が良さそうに見えたもの。今回の事で、私とシンの間は駄目になってしまうんでしょうね。折角貴方に逢えたのに、ごめんなさい。でもこうするしか方法が無いんです。残酷ですね、私という人間は。名花さん。迷っているなら止めた方がいいですよ。それに私達は、まだ出会ったばかりなんだから。結婚を前提にするんなら、もっと私の事も知って欲しいしね。結婚しても私は貴女を束縛しないし、私も同様にしてね。貴女と私は戸籍上だけのパートナー。私は貴女にぶら下がって生きる代わりに、名花さんのプロデュースするわ!子どもを育てる為にお金掛かるんだもの、公演の依頼も増やしていかないとね!なかなかしっかり者ですね。神楽。これなら安心して家の事は任せられますね。問題はシンにいつ切り出すかです。そうそう!神楽、貴女は家出してきたって言っていませんでしたか?(>д
2007/09/29
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名花さんは何かを得るために、代価を払うとしたら、何を差し出しますか?唐突な神楽の質問に戸惑いながらも、紅茶を口に運びながら思案する。私なら・・・心かもしれません。心?そう・・・人って感情を持つ生き物だから。ふーん。私と一緒ね。私を見て微笑む神楽。私は人の心ってあまり信じていないの。人は感情に流されるし、振り回されるから。信じているのは自分自身だけ。コーヒーを口に運びながらきっぱりと言い切る。何かを得るためには心を捨てるわ。ずいぶんはっきり言い切るんですね。シンと兄妹とは思えない程です。何故心を捨てるんです?その答えは私も知っているのに、あえて問いかけてみる。感情なんて下らないものだから。私にとって不要なもの。心に振り回されると、見えるものが見えなくなる。冷静さを失うし、情に流されてしまう。だから要らないの。若干21でそんな風に言い切ることが出来る女性、初めて会いましたよ。なら神楽、もし私が貴女に私の子を産んで欲しいと望んだならば、貴女は答えてくれますか。彼女の目を真っ直ぐ見据えて問いかける。真剣な目。視線を逸らす事が出来ない。代価を貰えるなら受けるわ!先に視線を逸らしたのは、名花さんの方だった。小さくため息をつく。成る程。産む代わりに、代価として妻の座を欲しいというわけですか。打算と妥協は私以上ですね。でも嫌いじゃないです。欲しいものは欲しいと言い切る、神楽の瞳は小悪魔みたいな印象を受けます。名花さん、どうしてそんな事を?問いかけると少し俯いて深くため息をついた。私はね・・・Gender Identity Disorder・・・GIDなんです。知っていますか。えぇ。高校の友人がそうでしたから。その人は女性でしたけど。薫っていうんです。よく相談に乗っていましたから、今でも仲良しです。名花さんに悲しげな印象を抱いたのは、きっとそのせいだったんだ。お兄ちゃんが言いかけたのもきっとこの事だったのね。私はシンとの間に子どもを作る事が出来ません。彼は長男なのに・・・私と居るばかりに、結婚も出産も経験できないんです。この体が男性じゃなかったら・・・目を固く瞑る。苦悩しているんだ。薫の言っている事とは逆だけど、彼またも高校の頃、同様の表情をしていた。今は新宿でバーテンとして働いているんだ!皆俺と同じ人間ばかりだから、すごく居心地がいいんだよ!そう言って笑っていた薫。彼女は居場所を見つけることが出来たのに、名花さんには居場所が無いんだわ。でも一方で迷いもあります。シンの妹である貴女に、こんな事を頼む事自体非常識でしょうし、何よりシンを裏切ってしまう・・・彼は私を決して許しはしないでしょう。私が心を必要ないって思うのは、苦悩や葛藤するからです。何かを得る為に代価が必要ならば、迷わず心を差し出すでしょう。そうすれば楽になれる気がします。目を閉じたまま、ゆっくりと吐き出される言葉。そうですね。心が無かったら楽になるのにね。少し冷めたコーヒーを口に運ぶ。私は自分の欲しいものを手に出来るなら、貴女の打算に乗りますよ。欲しいものは貴女の妻の座。地位も名誉もある名花さんの側で、自分の思い通りの人生を送るの。その代わりちゃんと妻としての役目は果たすわ!食事もちゃんと作れるし、お掃除だって好きよ!これでも綺麗好きなの。神楽の言葉に耳を傾けながら思案する。成る程、パートナーとしての彼女は申し分はなさそうです。おそらく彼女の事です、しっかりやってくれそうですね。問題は私の気持ちだけっていう事なんですね。すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干す。部屋に行きませんか、神楽。もう決断したんですか?いいえ。まだですよ。そこまでドライになれないんです。失うものが大きいから。私には彼しかいないんです。愛してくれる存在を失う事、怖くて仕方がないんですよ。そう言って立ち上がり、会計をカードで済ませると神楽を伴いエレベーターに乗る。おそらくそう言ってはいても、名花さんの中では結論が出ているんでしょうね。問題はお兄ちゃんだわ。名花さんの言う通り、頑固な部分を持つシンは、彼女を許さないでしょう。恋人の裏切り、私の旦那さんになる人が最愛の名花さんなんてね。私は自分の望みさえ叶えばいいけど、名花さんもシンも失うだけなんて可哀想だわ。ドライな私も、やはり感情に流されてしまう部分を持ち合わせている。叶わぬ望みへ
2007/09/29
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ホテル・ルテシアに着いて、名花さんを単車から下ろす。じゃぁ!また!グローブをはめた右手を上げてさよならをする。待って!神楽・・・シールド越しに見える名花さんの口元が、そう動いたように見えた。慌ててシールドを上げる。どうしました?神楽に問いかけられて、私も何故彼女を引き止めたのか解からず、戸惑いを抱く。ヘルメットを持つ左手が小刻みに震えている。一体私は彼女に何を言い出すのだろうか。自分が自分で無いような気がして、とても怖い・・・名花さん・・・瞳を泳がせ動揺を露にする。単車のエンジンを切って、シリンダーからキーを抜く。お茶でも飲みましょうか!名花さんのおごりでもいいですか?ウインクをする。無邪気な神楽の仕草、でも自身の主張はちゃんと通すんですね。私と同じです。ますます彼女に、自身を重ね合わせていく気がする。最初に抱いた印象は、単なる我儘お嬢さんかと思って警戒していたけれど、少しずつ神楽に対する印象が変わってきている事、気がついていた。不思議な魅力を持つ子です。産まれ落ちてすぐ、その愛くるしい瞳で人を魅了してきたのでしょう。男性だけでなく女性の心を持つ私でも、惹きつけられる魅力を持つ女性。でも・・・この子の本性が全く見抜けないこと、正直焦りを感じます。どうやら私の術中に嵌ったみたいね。名花さんの様子ですぐに判る。私は全ての行動は計算ずくなの。まるで嗅覚が働くかのように、金持ちがすぐに判ってしまうのは、私の家が貧しいから。女に産まれたんだもの、綺麗な服も着たいし、お金に不自由の無い暮らしがしたい。幼い頃からずっとそう思ってきたんだもの。計算高くもなるわよね。頭はさほど良くないけど、人の心理は知り尽くしているわ!性格がまともでお金持っている人は、すぐにピンときちゃうのよねホテル内の喫茶店に神楽を案内する。すみません、もう4時なのに・・・お腹空いていませんか?食事の方が良かったですか?いいえ!太りたくないので、時間を決めて食事を規則正しく摂っているんです。御気使いは不要ですよ!油断すると顔が丸くなっちゃうんです。努力しているんですね。えぇ。努力無くして自分の夢など叶いませんもの。徹底しているんですね。シンの妹神楽は、なかなかしっかりしていますね。私の中に湧き上がる好奇心。もうちょっと彼女を知りたい、想い始めていた・・・代価へ
2007/09/28
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そろそろホテルに戻らないと・・・立ち上がると、お兄ちゃん!私名花さん送ってくる!!!お前が?うん!お兄ちゃんの単車貸して!メットもね!((藁´∀`)) お前単車の免許取ったのか!第一、道わかるのか?((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブルそれに私のは大型だぞ!18の時に取ったよ!CB1300SF乗ってるもん!お兄ちゃんのカワサキゼファー1100でしょ!余裕余裕!こっちには何度も友達と旅行で来てるの。主要道路なら判るよ!いつの間にっ!!しかも私のより排気量大きいし(>д
2007/09/26
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名花さんに視線を送るお兄ちゃんの眼差しは、今まで見た事がないくらい優しさに満ちている。家族以外に護るべき人を見つけたって事なの・・・でも名花さんは男性、お兄ちゃんは長男、こんな事家族にばれたら大変な事になってしまうよね。誰にも言えない秘密の関係なんだ。ましてや名花さんの立場もあるものね。神楽、解かってるとは思うけど・・・お兄ちゃん!悪いけど、私は口が堅いのよ!念押ししなくても大丈夫だから!2人の事は誰にも言わないから、その代わり此処において!名花と顔を見合わせる。やれやれ、本当にこの子は昔っからこうなんです。どうですか名花・・・シンがいいと思うなら、私に異論などありませんよ。此処は貴方のお部屋なんですから。名花はそう言ってくれたが、私は神楽の視線が、名花から離れない事が気に掛かってしょうがない。欲しいものは何でも手にする子。妹神楽は兄妹で唯一の女性。みんなにちやほやされて育ったせいか、とても我儘だ。神楽からすれば、名花は姉のようにも想えるのだろう。私が女性を愛していたならば何の問題も無いのだが、そんな残酷な事名花に言えるはずも無い。先日母から電話があった。見合いを促す内容で、孫が見たいと願う両親の切なる想いを延々と話す。長男なんてなるものじゃないな。電話を切った後、深くため息をついた事を思い出す。私お茶入れてきます。あっ、私がやりますよ名花!いいんです。久しぶりに会ったのでしょう!ゆっくりお話しては如何ですか!彼を制する。ごめん、ありがとう・・・彼女は優しく微笑んでキッチンに向かった。シンが最近何を考えているか、私には解かっていた。長男である彼は、年老いた両親をとても大切に想っている。その両親を見捨てる事など出来ない事も、十分解かっている。私が女性だったら・・・貴方の子を産んであげられるのに・・・先生、私は一体どうしたらいいんですか。湧き上がってくる負の感情を押さえ込もうにも、絶対に叶う事の無い現実に心が悲鳴をあげている。どうして私は女性じゃないの・・・気がついたら、やかんのお湯はとっくに沸騰していて、慌てて火を止めた。お兄ちゃん、名花さんといつから付き合ってるの?最近?それともずっと前から?何でそんな事聞くんです?何となく・・・俯く神楽は、余程名花に興味を持ったのだろうか。名花が気になるんですか?問いかけるととたんに顔を赤くしてだって綺麗なんだもの名花さん!あんなに綺麗な顔の男性を見たのは初めてだわ!そうストレートに言葉を発する。私と同じ印象を抱いたんですね。神楽・・・名花は・・・言いかけて言葉を飲み込む。私が話すべきことじゃないですね。小さくため息をつく。何か言いかけて止めた・・・深刻な顔をしてる。踏み込んで聞けない雰囲気に私も黙り込む。私が名花さんに感じた印象と何か関係があるはず。話したくなったらきっと打ち明けてくれるよね・・・久しぶりに会ったのに、2人ともずいぶんおとなしいんですね。そう言ってお茶を運んできた名花は、私達を見て微笑みかける。何しろ10歳違いますからね。価値観も考え方も全く違ったりするんです。物怖じしないところは、神楽の取り柄ですけどね。お兄ちゃんが慎重すぎるんです。長男だからって、そんなに何もかも背負わなくてもいいと思うわ!おまけに融通もきかないし、名花さん、兄と付き合って苦労しませんか?神楽!全くお前って奴は、兄に対して酷くないですか!Σ(●´д`ノ)ノクスッ!そうですね、シンは頑固で融通がききません。だけど裏を返せば信念があるという事です。そんな彼がとても好きですよ。名花・・・好きってはっきり言い切った・・・神楽もあっけに取られて二人で名花を見つめる・・・?どうしました?何か変なこと言いましたか?いえ、ずいぶんはっきり言い切るんだなって・・・名花さん本当に兄の事が好きなんだ。シンは少し赤くなってるし。二人の様子に軽い嫉妬心を抱く。ふーん!でも名花さんは男性だもの、女性になびかないわけないじゃない!お兄ちゃん悪いけど名花さんは私が貰うわよ!心の中で宣戦布告する。私を見つめる神楽の瞳、その視線の中に秘めた決意を感じる。私とシンを引き離すつもりですか。彼女もシン同様、感情が判りやすい人ですね。誘いに乗るのは簡単ですが、傷つくのは神楽、貴女のほうですよ。私の望みを叶えてくれるなら、貴女の誘いに乗っても構いませんけどね。心の中で神楽に対し嫉妬心を露にする。体を交わしても貴女に心が移る事などありえません。私の心はシン、貴方だけのものなのですから・・・残酷な想いへ
2007/09/25
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じゃあ私はこれで失礼します。神楽さん、ごゆっくり!にこやかに微笑んで部屋を出ようとする名花さんを、お兄ちゃんが引き止める。名花!私の妹なんですから、気にすることないですよ!神楽、こちら名花さん。世界的なピアニストです。きちんと挨拶しなさい!名花さんを紹介するお兄ちゃんの態度や、親しげに会話を交わす様子から、彼女である事が推測出来た。こんな素敵な人が義理の姉になるんだったら、大歓迎だわ!初めまして!妹の神楽と申します。いつも兄がお世話になっています。手を差し出すと、綺麗な指の手で私の手を握りしめてくれた。感激っ!!宜しく!神楽さん。シンには私のほうこそお世話になりっぱなしです。シンの妹さんが、こんなに可愛らしい方だとは思いませんでしたよ!社交辞令だって解かっていても、綺麗な人に褒められるとやっぱり嬉しい。⌒Y⌒Y⌒ ヾ(o´Д`)ノ ルンルン♪照れて顔が赤くなってる!赤くなって可愛いですね。(´∀`*))ァ'`,、 神楽さんはお幾つなんですか?私は21歳です。名花さんは?年齢は内緒です!でもお兄さんと年が近いですよ!神楽さんはずいぶんお若いんですね!私は一人っ子なので、兄妹がいる家庭は羨ましいって思うんです。私の家は兄弟私を含めて、5人兄妹なのでとても賑やかですよ!シンと結婚したら、名花さんにたくさんの兄妹が出来ますね!!!クスッ!!かっ神楽っ!!名花は・・・(>д
2007/09/23
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ええと・・・住所は此処で合ってるよね。お兄ちゃんに会うのは何年ぶりだろう。ちっとも帰ってこないし、もう私の顔忘れちゃったかな。そんな事ないよね、兄妹だもん。手帳を見ながら駅から歩いて10分。茶色い外壁のマンションが兄シンの住居。暑中見舞いのはがきから、住所を書き写してきた。一階の集合ポストに名前が書いてある。間違いないわ!管理人室の前を通ろうとしたら、管理人に止められたけど、兄と私の写真を見せたらあっさり解放してくれた。305号室そこがお兄ちゃんの部屋。清とドアに書いてある。インターホンを押して応答を待つ。鍵の外される音がしてドアがゆっくり開かれた。お兄ちゃ・・・・!!(誰っ!!)!?あのっ!!清明鏡の部屋ではありませんかっ!!清明鏡・・・あぁ、シンの事ですね!今シャワー浴びていますけど、あっ!上がったみたいです!ちょっとお待ち下さいね。シン、お客様ですよ!シン・・・お兄ちゃんを呼び捨てにするこの女性は誰っ!?お兄ちゃんの彼女なのかな・・・綺麗な人。思わず見惚れてしまった。お客さん?私にですか!?えぇ!可愛らしいお嬢さんですよ!可愛らしいお嬢さんだって!ヽ(●'v`)ノ ルンタッタ♪ちょっと嬉しいな!しかもこんな綺麗な人に、そんな風に言ってもらえるなんて照れちゃうっ!!見る間に顔が赤くなるのが解かる。ヾ(;´Д`●)ノぁゎゎ!!あぁ!神楽っ!!お前なんで此処にっ!!失礼な第一声ね(>д
2007/09/23
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名花、大丈夫・・・少し息が荒い。顔を真っ赤にして、固く目を閉じている彼女を抱きしめる。大丈夫です・・・きっと心配そうに顔を覗き込んでいるんでしょうね。声のトーンで、貴方が心配している事が伝わってきます。艶めいた表情に私のほうがドキドキしてしまう。胸に彼女を抱きながら落ち着くのを静かに待つ。君の温もりを感じながら。目を閉じたまま、シン・・・14年前貴方に抱きしめられてから、それ以降誰にも触れさせていないんです。ビジネスとして公演を開くために主催者やスポンサーに、同性に抱かれてきた私が次に貴方に逢うときは、惨めな自分でいたくなかったから。シンに再会した時に、自分を恥じたくないって想ったから・・・ゆっくりと繰り出される言葉の内容に、君がどれほどの覚悟をもって私を想っていてくれたのかが伝わってくる。ありがとう・・・そこまで想っていてくれたんですね。嬉しいです。少し目を開けて、私を見る君の顔は恋をする覚悟を抱いた表情。ずっと貴女を支え護ります。そう囁くと頷き、また俯いて目を閉じる。そのまままどろんで、一体何時間経っていたんでしょう。シンを起こさないように、静かにベッドから起き上がってシャワーを浴びる。少し体が痛い。バスにもう一度お湯を張って、ジャスミンの入浴剤を入れた。エメラルドグリーンの美しさに心を奪われながら、お湯をすくっては指の間から伝い落ちていく様を見ていた。水音がバスルームに反響する音が好き。目を閉じて音を楽しむ。私は常に音に耳を傾ける。鳥のさえずり、木々のざわめき、風の吹く音。でも一番好きなのは、水の音。きっと体の中にいた頃の記憶を呼び覚ますから。そう想っている。1時間ほどそうやって過ごしていただろうか。子どもが水遊びを満喫したような、無邪気な感情が大人の私にも存在することに少し驚いた。バスタオルで身体を丁寧に拭い、白のバスローブに腕を通す。さっきシンが着ていたバスローブ。彼の温もりにもう一度触れるようでドキドキしてしまう。ベッドに行くと、彼は目を覚ましていた。微笑を浮かべて彼の側に腰を下ろす。ジャスミンの香りがします。バスに浸かったんですね。はい。シンも浸かってきてはいかがですか起き抜けだからもうすこし経ってからにします。ありがとう。にこやかに笑う。彼のこの笑顔に何度逢いたいと想い、願い続けてきた事でしょう。やっと貴方に・・・シンに出逢う事が出来ました・・・それぞれの想いへ
2007/09/14
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バスに浸かりながら、想いを巡らせる。謝罪した方がいいのか、それがかえって名花を傷つけることにもなりかねないし。何とも煮え切らない自身の情けなさに、深くため息が出ます。女性の心は難しいんですね。こんなにうろたえたのはあの時以来です。あの人に大きな瞳で見つめられた。懇願する潤んだ瞳。もう忘れたいのに心に刺さって抜けない棘となり、いつまでもいつまでも痛みが続いている。指摘されなければ、ここまで動揺しなかったのかもしれない。けれど名花も言わずにはいられなかったんだろう。私が瞑月に抱いた嫉妬を貴女はシンディに抱いたんですね。もう終わりにしましょう。こんな堂堂巡りは。私が捨て去ればいい事、消し去ればいい事です。一度愛した女性に名花の嫉妬を向けさせてはならない。貴女が嫉妬に苛まれる姿は見たくありません。バスから上がって、丁寧に体を拭いてバスローブを纏う。そのまま直接寝室に向かう。左のベッドに体を左向きにして横たわっている、彼女の茶色い髪が羽毛布団からのぞく。ベッドサイドに腰掛けて髪を撫でる。シン・・・ごめんなさい・・・小さく涙声で謝罪をする。彼女の頬にくちづけをして、私こそすみませんでした。仲直りしませんか。ベッドに体を滑り込ませて背後から抱きしめる。体には何も纏ってはいない。女性のように滑らかな名花の肌。私より背が高いのに華奢な体つきをしている。14年前に懐いた繊細な印象は今でも変わらない。背中から抱きしめたまま彼女をうつぶせにする。細くて綺麗な首筋に唇を這わすと、小さく声を上げる。少し高い声は女性の声と同じです。抱きしめたまま耳元で、貴女が好きです・・・名花・・・シン・・・私だけをこれから先想ってくれますか・・・以前の恋人ではなく、今の、これから先の私を・・・えぇ。約束します。貴女だけ見つめ、貴女だけ心に想うと誓います。彼の囁きに、ささくれだっていた感情が溶けていくよう。涙が頬をつたって流れ落ちていく。私を抱いて貰えますか・・・14年前と同じように・・・言い終わらないうちに、首筋に再びくちづけされる。優しい仕草にため息が出てしまう。少し体を弓形にして、深いため息をつく名花。その吐息を感じたくて右手の人差し指と中指で彼女の唇に当てると、中指を甘噛みする。まるでネコみたいですよ・・・噛んでいないと声が、吐息がシンに聴こえてしまう。お願い、あまり意地悪しないで。体を這わせる指が、背中に触れる唇が心を酔わしていく・・・想い人とのひと時へ
2007/09/14
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先にバス使って下さい。私は後でいいですから。ありがとう。お言葉に甘えてそうさせて頂きます。スタンダードのバスでもバスタブが大きめで、ゆっくり体を沈める事が出来るようになっている。白の清潔感のある陶器のバスは側面がエンジ色で中が白というコントラスト。バスタブには水に浮くタイプのキャンドルが置いてあり、幻想的な灯りの中で照明を暗くしてリラックス。オーナーの配慮なのでしょう。40分ほどバスルームの中で過ごして、体の疲れも軽くなったよう。バスタオルで体を拭きながら居間に入ると、ソファーで楽譜を開いていた。先ほどのオーナーに渡された楽譜ですね。えぇ。大地讃頌、懐かしくてね。つい歌ってしまいました。修行時代に私達に食事を作って下さっていた女性が、歌が上手でね、この歌を歌ってくれた事があるんです。シンにとっても想い出の歌なんですね。私は中学校の合唱コンクールで、伴奏をやりました。本当はソプラノで歌いたかったんですよ。歌は、昔の事とかを想い出したりしますね。シン。伏せた瞳をして、何を想ってるんですか。貴方のその表情はサプライズパーティーの時に見た表情と同じ・・・?名花どうかしましたか。私の顔を見つめている。下を向いて小さくため息をついた。何でもありません。お湯が冷めないうちにどうぞ。彼女の言葉に少しばかりの棘と、冷たさを感じます。ネクタイを解きながら名花を見ると、何だか悲しそうな表情を浮かべている。彼女の手が私に触れキスをされた。突然の事に驚いて瞬きをする。ただ唇を重ねたまま瞳を閉じている。15秒ほどだっただろうか、自ら体を離し私に話し始める。まだ、忘れていないんですね。あの方の事・・・貴方が誰を好きだったのか、パーティーで確信しましたよ。彼の眼を真っ直ぐ見据えて話しかけると、シンが先に眼を逸らした。やっぱり・・・小さくため息をついて瞳を閉じた。駄目ですね。私という奴は自嘲気味に呟く。何時気がついたんです。瞑月様とシンディ様に挨拶をした時です。瞑月様に投げかける視線には、軽い嫉妬が浮かんでいました。シンディ様には慕情を感じたんです。貴女もよく見ているんですね。えぇ。貴方が、シンが好きですから。気がつきたくなかったけれど、わかってしまいました。嫌な奴ですね、私・・・寝室に歩き出す。名花・・・そんな事言わないで下さい。立ち去る背中に呼びかけて、申し訳なさで、なんて答えていいのだか分かりません。ただ項垂れる事しか出来ないなんて、情けなくて自分に腹が立ちます。女心へ
2007/09/14
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サプライズパーティーの後、名花を単車の後に乗せて、ホテル・ルテシアに向かう。今日から2人で泊まるからルテシアに変更した。さすがにアルマン・スイートには泊まれないが、フロントに尋ねたら部屋を見せてくれるという。ここのホテルに滞在したいと言い出したのは、名花本人。世界的彫刻家アルマンが手がけたという、スイートルーム。ガラスのテーブルの足にはウ゛ァイオリンの形になっている。名花は目をきらきらさせながら興味津々で上からのぞいたり、下から覗き込んだりしている。なかでもキングサイズのベッドのヘッドボードは、大きなウ゛ァイオリンの形になっていて、それがお気に召したらしい。いつか泊まってみたいですね、シン。そう言って笑った。予約したのはスタンダード。あと10日宿泊するので、一番安い部屋を予約した。一日単価を落とさないと金額が大きくなってしまう。このホテルに滞在する事を知った、70歳ほどの男性のホテルオーナーが、直々に部屋に挨拶に来た。宿泊代金を少し割り引いてくださると言う。恐縮した名花は、何度も何度もオーナーに頭を下げていた。このオーナーは、一つの条件を出してきた。それは自身が指揮を務める、コーラスグループの定期演奏会が近いため最後の一曲、大地讃頌を名花に伴奏をお願いしたいと言う。彼女は快諾し、オーナーもホッとした表情を浮かべていた。歌がね、年寄りの私の楽しみなんですよ。定期演奏会も第30回を迎えるので、何か記念に残るような事はないかと、思案していたところだったのです。引き受けて下さり、心から感謝を申し上げます。ゆっくりとした動作で深々と頭を下げる。名花も深く頭を下げて感謝を述べて、オーナーが立ち去るのを2人で見送った。出発の前日ですよ。大丈夫ですか?大丈夫ですよ。小学校卒業後、数々のコンクールを受けました。だけど衣装代も交通費も稼がなくてはならない。声が掛からない間は、コーラスグループの伴奏や、個人レッスンを引き受けたりして資金を稼いでいたんです。後は企業にスポンサーになって貰えるように、頭を下げる事もしました。サラリーマンだった父に、遠征費用の負担は掛けたくありませんでしたから。結構地味な事の繰り返しで、少しずつ腕を磨いていくんです。いきなりコンクール受けて入賞するほど、天才ではありませんからね。その頃の事を想い出したのだろう。少し辛そうな顔をした。あまり思い出したくない出来事も多かったのだろう。問いかけた事に後悔をした・・・嫉妬と慕情へ
2007/09/14
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お口に合いましたか。えぇ。とても!中でもムール貝のトマトソースのパスタは絶品でした!屈託の無い笑顔につられて微笑む。食後のエスプレッソを味わいながら、会話を交わす。美味しい料理は人を笑顔にさせるんですね。えぇ。食は蔑に出来ない、生きる為に必要不可欠な事ですからね。食事を楽しんで摂ると、美味しい料理が更に美味しくなるものです。それが好きな人とだったら、尚更ですね。シン・・・微笑んで私を見つめる。そうですね、名花。視線を絡ませる。彼女の表情が艶めいて見える。よかった。クリニックで見かけた時と違い、優しくリラックスした様子だ。翠嵐先生のおかげです。まさか先生が、シンと知りあいだなんて思いもしませんでした。目を閉じて心の中で、先生、素敵なサプライズをありがとう。そう呟く。瞳を閉じて少し微笑みながら、何を考えているのだろう。まるで少女が祈りを捧げているように見える。心からの深い感謝の祈りの表情。じっと見つめる視線に気がついたのか、彼女が瞳を開けた。先生にありがとうって、心の中で感謝していたんです。シンと再会させてくれて、本当にありがとうって!本当ですね。翠嵐先生には感謝しています。彼女の働きかけがなかったら、私は名花に会いに行く勇気すらなかったかもしれません。先生と私はツーリング仲間でもあるんですよ。年齢も性別も異なりますが、同志のような、姉のようなそして親友のような存在なんです。素敵ですね。性差を超えた同志のような存在。翠嵐先生は素敵な人です。初めて受診した時人を癒すような笑顔に惹きつけられるような気がしました。名花もそうでしたか。プライベートでは翠嵐と呼び捨てなんですが、彼女はとてもさばさばした男性のような女性で、そしてとても人を驚かせたりするのが好きな人なんです。人を笑わせる事が大好きでね、いたずら好きでやんちゃな部分を持っていて、少年がそのまま大きくなった人みたいなんですよ。そう話すシンの表情は、まるで親友の自慢をしているみたいで、見ている私も嬉しくなってくる。シン、翠嵐先生が好きなんですね。そうですね。人として尊敬しているし、大切な友人だと思っています。立場上外の人と接する機会がそうないですからね。いい友人が身近にいることに感謝したいと思っています。お寛ぎのところ大変失礼致します。シン様、少し宜しいでしょうか・・・どうしました?支配人。実は・・・私に耳打ちをする。・・・成る程。暫くの間思案する。名花、貴女の力を借りる事は出来ませんか??私に出来る事であれば・・・ですが・・・実は専属のピアニストが風邪でダウンしてしまったそうで、8時からのピアノ演奏が出来なくなりそうなんです。代わりの人間も手配できなかったようで。貴女さえよければピアノ弾いていただけませんか。もちろん!お安い御用です!弾けるような笑顔を浮かべて快諾する。ありがとう。支配人、名花さんは公演が近い。出発までの間、店のピアノを練習で使わせて欲しいのと、ディナーを出すという事。これが交換条件です。名花さんの公演にはSS席で1万5千円するんです。店のディナーより5千円も高いんですから、それくらい安いものでしょう!シン!そんなこと・・・名花さんは黙っていて下さい。いかがですか!支配人。シン・・・支配人が困惑しているではありませんか・・・思案顔の支配人が小さくため息をつく。わかりました。ピアノを楽しみにして下さっているお客様も多いですし、店の信用にも関わります。オーナーには後ほど報告を致します。名花様、どうか宜しくお願い致します。頭を深々と下げる支配人に恐縮する。どうか面を御上げ下さい。シンの無茶な条件をどうかお許し下さい。私は椅子から立ち上がり、支配人に頭を下げる。そんな様子をシンは可笑しそうに見ている。もう!笑い事じゃないですよ!とんでもございません!衣装もありますので、演奏時間の15分前にお迎えに参ります。それまでどうぞおくつろぎ下さいませ。再び深々と頭を下げ、立ち去っていく。椅子に掛けなおしてシンを見つめる。もう!あんな無茶な条件はないですよ!軽く抗議する。名花、君との時間を取られてしまうんだから、それくらいの我儘は言わせて下さい。そう言って私にウインクをする!もう!シンってば・・・自由へ
2007/09/10
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名花の入れてくれたミルクティーは、とても優しい味がする。それでいて濃厚なフレーバー深くこくのある味がする。いかがですか?とても深い味がしますね。美味しいです。私に向けられる微笑はとても優しく、心を捉えて離さない。鼓動が高鳴り高揚していく・・・慌てて視線をはずす。名花?何でもないんです。そう言って慌てて立ち上がる。シン、私は今でも貴方の事がとても好き。どうしたら伝えられる、この想いを・・・切ない胸の内を。でももしも彼が私を拒絶したら、どれほどの絶望が訪れるの。苦しくて固く目を瞑る。名花の表情で心を察する。シンディと別れた後、何度かメールのやり取りをしましたね。断り続けていたのは、名花、君をシンディの代わりに抱きしめたくなかったから。好きな人と別れたからといって、自分を想い続けてくれる君に心を委ねてしまったら、情けない男に成り下がりそうで、覚悟のない、人を護れない男になってしまいそうで。会いたかったけど、会いに来れなかった。すまない名花。表情が固い。何を想っているのだろう。シン、貴方はバイクに乗るんですね。唐突に名花が言う。そうですね。17の時に免許を取りました。17歳・・・私と出会った頃ですね。ええ。君が帰国してすぐ。単車に乗ると、寂しい事とかから逃れられるような気がしてね。ソファーから立ち上がりながら答える。それって、私と離れて寂しいって想ってくれたって事ですか・・・名花の前に立つと、小さく囁かれる彼女の問いかけ。そうですよ名花。帰国した貴女を追いかけようにも、住所も何も分からず途方にくれました。じっと私の顔を見つめる。シン・・・今でも私を想っていてくれていますか。名花。静かな問いにゆっくり頷く。彼女からのくちづけ。目を閉じて受け止める。ずっと貴方を想っていました。会いたかった。シン・・・私にすがり付いて嗚咽する。名花・・・もう1人じゃありません。私が貴女の側にいますから。変装へ
2007/09/08
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次の患者さんのカルテに目を通しながら思案する。不眠、頭痛、Gender Identity Disorder(ジェンダー アイデンティティー ディスオーダー)深刻なGID・・・私のクリニックは予約制になっていて、1人の患者さんに平均1時間から一時間半ほどカウンセリング及び診療を行う。私だけでは診療が追いつかないときには、大学病院に応援を頼む事もある。院内の壁は白ではなくパステルカラーのピンク。クリニックの医師は私服、看護士はピンクのナースジャケットを身に纏う。クリニックという事をあまり意識してしまうと、医師と患者の中でもっとも大切な信頼関係が築きあげる事が難しくなる。そう考える私はこのクリニックを建てる時、内装受付カウンター椅子に至るまで、全て事細かくチェックした。完成時光に溢れたロビーは、まるでホテルみたいですね。思わず口にするとクリニックを専門で手がけてきた建築士も出来上がりの良さに誇らしげに笑ったそんな私のクリニックは完全予約制になっている。そうしないと時間をかけて診療することが出来ない。次の方どうぞ!以前のカルテに目を通し再度確認。今日はカウンセリング希望か・・・部屋に入ってきたのは美しい容姿の男性、いいえ女性。彼女の名前は名花。お久しぶりです。先生。 顔色が悪い、生気の無い顔をしている。久しぶりね名花さん。明るく話しかける。心が疲れているみたい。私と目を合わせようとしない。俯いた彼女の表情からは深い絶望を感じる。最近はどうですか?何か変化がありましたか? 先生・・・どうして上に行けば行くほど、人は孤独になるんですか・・・世間からの評価が上がっていけば行くほど、プレッシャーに押しつぶされそうな気持ちになります。ポツリポツリと語りだす彼女。世界的ピアニスト。その容姿もさることながら、運指法にとらわれない自由な彼女の旋律は、観衆の心を捉え魅了する。厳も大好きなピアニスト。彼の部屋を訪れると、いつも彼女のCDが流れているわ。そうよね・・・孤独は辛いわよね。貴女にはお父様がいらしたわね。一緒にはお住まいになっていないの?はい。父は再婚しましたし、それに私はこちらに永住権をとってしまいましたので、会う機会も減ってしまいました。そう。それは寂しいわね。辛くもなるわ。親しい友人はこちらにいらっしゃるのかしら。親しいというか、ずっと想っている人がこの国にいるんです。その人に会いたくて永住権をとってしまったくらいです。そう。名花さんはとても一途なのね。ロマンティックで素敵だわ。少し俯いて顔を赤らめる彼女。そうか・・・想い人に会いたいのでしょう・・・その方とは連絡は取り合っているの?何度かメールをやり取りしてるんですけど、永住権をとってから2人では会っていないんです。それにこちらに来て再会した時、彼には想っている人がいたんです。でもどうしても忘れられなくて・・・だって先生。彼と知り合うまでの男性は、仕事を与える為に私を女性の代わりにする人ばかり。そんな人間ばかりの中で、唯一彼は私を本当の女性として扱ってくれた。たった一人の大切な男性なんです。彼女の深い苦悩が垣間見える。涙を流しながら告白する彼女は、性同一障害。自身の体と心に違和感を感じ、深い苦悩に日々苛まれ葛藤し世間の無理解に苦しむ。ましてや世界的ピアニスト。それを公表することに強いためらいがあるという。何かいい方法はないだろうか。彼女を前に私は思案する。秘密へ
2007/09/06
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