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久々の日記の更新です。最近身近でいろんなことがあって、スターウォーズ(映画です)に例えてみれば心がダークサイド(感情でいろんなことを判断する、行動する)に傾きかけておりました。かぜをひいて少し体も弱くなっていたのでしょう。かぜをひいたぐらいで心のバランスを崩すようではまだまだ私も修行が足りませんね。話がスターウォーズに戻りますが、単純な私は、うわさのスターウォーズエピソード3を見て心のバランスを取り戻すきっかけをつかみました。(スターウォーズと心のバランスについて書かれている面白いコラムを読みたい人はココをクリック)たかが映画されど映画。小説も物語りも昔話も、作り話であると分っていてもその話の受け取り方や自分の立場と照らし合わせてみることでただのエンターテイメント(余興)の枠を超えて自分を見つめなおす機会になることがあると思います。さて、肝心な「バランス」の話ですが、てんびん座生まれの私は「バランスをとるのが上手だ」(これは根拠のない全くの迷信ですが、、)と信じてきました。というか祈っておりました。確かに自己暗示をかけていただけあって体でバランスをとるような運動(鉄棒や平均台)は得意で、特に平均台の上で前転ができることを「バランス感がある」などと勝手に自信に思っていました。恥ずかしい限りです。さて、心の方はと考えてみると、、、幼少時から思春期に掛けて喜怒哀楽の激しい子供だったなと改めて思います。とくに怒りは爆発的で、簡単に言えば駄々っ子そのものでした。そうなったのもいろいろな理由がありますが、今から思えば心にも「バランス感」が必要だということを早くに知って、自分は「バランスをとるのが得意なのだから」と自己暗示しておけばよかったなぁと過去を振り返るのでした。成人となった今、些細なことで怒ることは少なくなりましたが、怒りや不安感を抑えるために生じるストレスをうまく処理できずたまに自己嫌悪に陥ることがあります。そこからまた怒りがこみ上げてきたりします。おかしな話です。感情の起伏を抑えることで怒りを生み出しているなんて、、、、人間は時には怒ったり落ち込んだりすることもあるけれど、それは「感情」があるから起こることであって、それを全く無くそうと感情を押さえ込んだりすればストレスが溜まるのは自然なことなのかもしれません。感情に対してそれをゼロにしようと真っ向から戦おうとするのではなくて、その感情の起源に何があるのか、どうしてそう感じるのかを突き止めることで、生じるストレスを極限に抑えていくことが「バランス」を保つコツかなと思います。バランス感のよさを信じて(迷信ですが、、、)心のバランスをとれるよう励む毎日です。
2005年05月25日
「そういえば何を取りにここに戻ったんだっけ?」「あれ、どこにおいたっけ?さっきまで手に持ってたのに、、、」こんなことが私にはよくあります。短期記憶の記憶力が極端に低下している。疲れているせいもあるかもしれませんが、何かをやるごとにやっていることと違うことを考えていたりするせいで起こるみたいです。今日はシャワーを浴びる時に集中して「余計なことは考えない」ようにしてみました。「今、頭を洗っている。蛇口を開いている。お湯を掛けている。。。」などなど、その時に「やっている」行動に集中して、なるべく「明日の夕食は何にしよう。」とか「明日洗濯したいけど天気はどうだろう」などと考えないよう(結局そういう考えが自然に頭に浮かんできてしまうのですが、、、、)に努めました。そうしてみると、いかにいつもシャワーを浴びている時だけでいろんなことをノンストップで考えているかが分りました。考えることはとっても大事なことだけれど、自分の行動を意識しないで忘れっぽくなってしまうという副作用を及ぼすようでは「考えすぎている」のかもしれません。一つ一つのことに集中して、なるべく余計な思考に振り回されないようにしていきたいです。
2005年05月16日
「話をする相手って必要なのよ。」近所で高齢ながらも1人暮らしをしている友人の所に仕事帰りに顔を出し、その帰り際に彼女が私に言った言葉です。私にとっても、彼女にとっても、話をする相手がいてお互いに感謝することができた午後のひとときでした。私の英語が世間話ができるくらいまでになったこともあり、以前に比べて彼女と話すのにさほど苦労しなくなりました。彼女の結婚していった子供たちのこと、自分の人生を振り返ってみてあーでもないこうでもないといろいろ語ってくれました。夢中で話していたらあっという間に2時間以上が過ぎてしまいました。そういえば、日本ではよくこうやって職場の先輩や母や伯母達と話していたっけ、、、と思い出しました。話をする相手ってやっぱり必要なんだなぁ。一通り話しをしたらやけに心がすっきりして、仕事の後なのに不思議といつも感じる疲れもありませんでした。彼女に話がしやすい理由は、私の意見などに決して良し悪しの判断をしないところだと感じました。そして、人生に対して前向きで、卑屈な所が全くなく、冗談を言いながら明るく物事を語っている姿に、私もこうなりたいなと尊敬の念を抱きました。彼女は私の姑の古くからの友人でもあって姑の性格も良く知っていて、同居の気苦労などをねぎらってくれました。。。これからは時間を見つけて彼女の所へ話をしに行きたいと思います。人に迷惑はかけたくないと娘達とは離れ1人暮らしをしている彼女。良き話し相手となれるなら幸いです。
2005年05月05日
そういえば私はよく人に「考えすぎだよ、、そんなことないって、、」と励まされることが良くある。(あった。)最近も母と話していて「考えすぎ、悩みすぎ」を指摘され、改めて実感。友人が昔、「杞憂」という言葉を教えてくれたのを思い出した。辞書によると[杞憂]中国の杞の国の人が、天地が崩れて落ちるのを憂えた(嘆き訴えた)という故事に基づく。(意味)将来のことについてあれこれと無用の心配をすること。取り越し苦労。だそうな。私は考えすぎて取り越し苦労をすること、結構あります。杞憂に振り回されて貴重な時間をどれほど無駄にしたことか、、、、考えている最中はそれが杞憂だとは気付かず、人に言われて「そういえばそうだな」とやっと気付く。自分自身で気をつけてなるべく考えすぎないようにしていきたいなと思いました。
2005年05月02日
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