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総体的に → 相対的に

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(2006.02.07 10:38:50)

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2006.02.06
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カテゴリ: きまぐれエッセー
まど
また寒くなりました、信州は五寒二温くらいかな。


以前に書いたが 大腸癌の手術をした友人 がいる。
手術も大過なく終わって、今は自宅で静養しながら快復を待っている状態である。
元気なときには“俺はいつ死んでもいい”と公言してはばからなかった男が、入院中に家族、とくに自分の娘から付き添って貰っているときに、まだまだ死ぬわけにはいかない、と何度も思ったそうである。
大腸の一部分を切り取ったため、手術から45日ほど経つがまだ本調子には遠く、外に出歩くのも億劫のようである。
しかし、手術前とくらべ表情は至って明るい。明るいのにはわけがある。
自宅の風呂では寒いので、昼間の銭湯にでかけている。
そこで、以前によく行った飲み屋のご主人Yさんと毎日のように出会うそうである。
じつはそのYさんも癌が見つかり、昨年の11月に手術をしている。

Yさんは、友人より発見が遅れ、進行が3段階目というところまで来ていたため、だいぶ大きく切除しなければならず、転移の疑いもあるということで抗癌剤を服用しているとのことであった。
抗癌剤は副作用が強くて、髪の毛が抜けたり、虚脱感があって、飲むのがとても辛いとのことであった。
そのため、友人に「早く見つかってよかったな。オレもせめてもう1ヶ月早かったら良かったけれど…」と、つくづくと羨ましがるそうである。
友人は“いつ死んでもいい”と公言していたくせに、術後の体調がどうのこうのとグチるのであるが、このときばかりは何だか嬉しそうに語るのである。

人間の幸福ってなんだろう、と考えることがよくある。
今の友人からすれば“生きている”ことが幸福であり“普通に飯を食って普通にウンチができる”つまり健康でいること以上の幸せはないのだろう。
では、曲がりなりにも五体満足な僕は幸せなんだろうか、と思う。今が“幸せ”だとはなかなか実感できないのである。
聞きかじりだが、仏教に

 有れば有ることで苦しみ、無ければ無いことを苦しむ。
 有れば有ることで憂え、無ければ無いことを憂う。
 親・兄弟・妻子・田畑・財宝・金・名誉・地位など、
 それは一切に通ずる。

ゆえに憂いは、有る者も無い者も同じなのだ、という言葉があったが、昨今の耐震偽造、ライブドア、東横インなどの事件を見ていてもつくづく感じる。
一市井人が、百年、千年生きても稼げないかも知れない金を一時期に手に入れた彼らが、果たして幸せ感を味わっているのだろうか。一時はそう感じたときがあったかも知れないが、袋だたきにあっている今はどうなんであろう。あたら人によっては若くして命さえ失う結果になっている。

冷静に考えてみると、誰もがこの世にあるのは天文学的な確立のなかで生かされている。

単に、父親の精子の何億分の1の核が母親の卵子に命中しただけの偶然ではないのである。
だから、この世にあるすべてのものは奇跡のような出来事の中で存在しているといっても過言ではない。
人が動植物を可愛がったり、あるいは困ったり苦しんでいる人に何らかの手助けをしてあげたり、目標の階段を一歩でも上ることができたとき幸福感を感じるのは、奇跡のようにこの世に生かされているというDNAを無意識のうちにもっているからではないだろうか。
まことに嫌らしい発想かも知れないが多くの場合、幸福は、自分より不幸の存在を身近に確かめることができたとき、あるいは不幸な自分が一歩階段を上ることが出来たときに、感じるものである。
単に金儲けや、地位や名声を得られたとしても、それは他人がうらやむだけで、当の本人にとっては、いっそう幸福という目標が遠くにあるのを確認できただけなのかも知れない。虹は、どこまでいってもその根本に立つことは出来ないのである。


自分より寂しい人や不幸な人はいくらでもいる。
それらの人に少し手を差し出すだけで、少なくとも今よりは確実に幸福感を味わうことはできる。

こんなことを書くと、奴は坊さんにでもなるのかなと思われるかも知らん。
さて、久しぶりに不幸な女性のために街に繰り出すか。




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Last updated  2006.02.06 19:06:04
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Re:幸福論?(02/06)  
こんばんは。
当たり前に出来ていたことが出来なくなる。
そのときに気づくこともあります。
五体満足ってすばらしいことだって。
いまこうして生きているのは奇跡以上のものです。
(2006.02.06 19:04:54)

同感  
alex99  さん
>元気なときには“俺はいつ死んでもいい”と公言してはばからなかった男が、入院中に家族、とくに自分の娘から付き添って貰っているときに、まだまだ死ぬわけにはいかない、と何度も思ったそうである。

「そうだろうな~」と思います。

(2006.02.06 20:58:04)

Re:幸福論?(02/06)  
私は、神秘主義者ではありませんが、さりとて
神仏の霊験が、存在しないと突きはなすつもりも
ありません。

人々が、耳目を凝らして考えなおしてみれば我々の
現在って、とてつもなく貴重で代え難いものだと
すぐに分かるんですよね。

(2006.02.06 23:55:06)

Re:幸福論?(02/06)  
alex99  さん
幸福とは絶対的な感覚としては、なかなか捕捉しがたいですね。
おっしゃるとおり、他との比較において、他の状況との比較において、総体的に感じる種類のものだと思います。

ただ、朝寝をしたり、朝酒をしたり、朝湯をする場合は相対的な比較対象は不要ですが。

睡眠・食事・排泄・セックスもそうかな?
特に長い間、がまんした後などは特に。
いや、これらは単に「快感」として捉えるべき性質のものかも知れない。

とすれば、幸福は快感とは、かならずしも同一のものではない。
苦痛が幸福というマゾの世界もあることだし。


(2006.02.07 05:13:48)

Re:幸福論?(02/06)  
alex99  さん

Re:幸福論?(02/06)  
tuitel  さん
わたし達の問題は、すぐに慣れること、忘れることですかね。
禅では、常に新鮮であるために、座禅をするそうですが。凡人には、なかなか難しい。
で、無くして初めて気づくのですね。 (2006.02.08 06:28:41)

Re[1]:幸福論?(02/06)  
msk222  さん
マリィ ジョー ♪さん
>当たり前に出来ていたことが出来なくなる。
>そのときに気づくこともあります。
>五体満足ってすばらしいことだって。
>いまこうして生きているのは奇跡以上のものです。
-----
そういうことだと思います。
人間はもちろん、動植物でさえとんでもない偶然のなかで生かされている。
こう思えば、それぞれが一人一人が貴重な存在です。
ただ、それを自覚するかどうか、ということでしょうね。

(2006.02.08 10:36:20)

Re:同感(02/06)  
msk222  さん
alex99さん
>>元気なときには“俺はいつ死んでもいい”と公言してはばからなかった男が、入院中に家族、とくに自分の娘から付き添って貰っているときに、まだまだ死ぬわけにはいかない、と何度も思ったそうである。

>「そうだろうな~」と思います。
-----

alex99さんも、介護の現場にいる。
そして、いつかは自分も逆の立場になる可能性だって否定できない。
こういう因果は、否応なくあるわけですから、何かあって自分の命は自分だけのものではないと確認できるものでしょうね。

(2006.02.08 10:40:37)

Re[1]:幸福論?(02/06)  
msk222  さん
シャルドネ☆さん
>私は、神秘主義者ではありませんが、さりとて
>神仏の霊験が、存在しないと突きはなすつもりも
>ありません。

>人々が、耳目を凝らして考えなおしてみれば我々の
>現在って、とてつもなく貴重で代え難いものだと
>すぐに分かるんですよね。
-----
冷静に事物を眺めれば、そこにたどり着く。
そのように世の中、世界を見てゆけば、我々が歩むべき行動も見えてくる。
シャルドネさんの、シニカルなまなざしも実はヒューマニズムに基づいたものだと、僕は読んできました。
(2006.02.08 10:45:41)

Re[1]:幸福論?(02/06)  
msk222  さん
alex99さん
>おっしゃるとおり、他との比較において、他の状況との比較において、相対的に感じる種類のものだと思います。

現在と比べものにならないほど物質的に貧しかった時代、例えは平安とか江戸、やはり幸せと思える人はいたはずですから…。

>ただ、朝寝をしたり、朝酒をしたり、朝湯をする場合は相対的な比較対象は不要ですが。

それは、普遍的なものでしょうね。その隣に佳人でもいてくれたら、それはもう…。

>睡眠・食事・排泄・セックスもそうかな?
>特に長い間、がまんした後などは特に。
>いや、これらは単に「快感」として捉えるべき性質のものかも知れない。

>とすれば、幸福は快感とは、かならずしも同一のものではない。
>苦痛が幸福というマゾの世界もあることだし。
-----
快楽と幸福はイコールで結ばれるものであるのかどうか。
瞬間的には幸福感があるのかな、しかし副作用も大きいような…。
(2006.02.08 11:02:26)

Re[1]:幸福論?(02/06)  
msk222  さん
tuitelさん
>わたし達の問題は、すぐに慣れること、忘れることですかね。

そう、幸福は達成した瞬間に過去のものになるといった問題も…。

>禅では、常に新鮮であるために、座禅をするそうですが。凡人には、なかなか難しい。
>で、無くして初めて気づくのですね。
-----
あるある、結婚してから「なんて、独身時代はよかったんだ」
離婚して「もっと努力すればよかった」

昔は良かった、というのもそれと同じかも知れません。

(2006.02.08 11:07:47)

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