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msk222@ Re[1]:まもなく発刊予定です(04/01) ポンボさんへ ところが、これは著作と編集…
ポンボ @ Re:まもなく発刊予定です(04/01) いいなぁ ご自分のご商売ですと、実費だけ…
msk222@ Re[1]:被災地支援(01/07) みちのくはじめさんへ ぼくの場合、感情の…
みちのくはじめ @ Re:被災地支援(01/07) こんにちは。みちのくはじめです。 私たち…
aki@ Re:被災地支援(01/07) この様な書込大変失礼致します。日本も当…

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2006.02.06
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カテゴリ: きまぐれエッセー
まど


以前に書いたが 大腸癌の手術をした友人 がいる。
手術も大過なく終わって、今は自宅で静養しながら快復を待っている状態である。
元気なときには“俺はいつ死んでもいい”と公言してはばからなかった男が、入院中に家族、とくに自分の娘から付き添って貰っているときに、まだまだ死ぬわけにはいかない、と何度も思ったそうである。
大腸の一部分を切り取ったため、手術から45日ほど経つがまだ本調子には遠く、外に出歩くのも億劫のようである。
しかし、手術前とくらべ表情は至って明るい。明るいのにはわけがある。
自宅の風呂では寒いので、昼間の銭湯にでかけている。
そこで、以前によく行った飲み屋のご主人Yさんと毎日のように出会うそうである。
じつはそのYさんも癌が見つかり、昨年の11月に手術をしている。

Yさんは、友人より発見が遅れ、進行が3段階目というところまで来ていたため、だいぶ大きく切除しなければならず、転移の疑いもあるということで抗癌剤を服用しているとのことであった。
抗癌剤は副作用が強くて、髪の毛が抜けたり、虚脱感があって、飲むのがとても辛いとのことであった。
そのため、友人に「早く見つかってよかったな。オレもせめてもう1ヶ月早かったら良かったけれど…」と、つくづくと羨ましがるそうである。
友人は“いつ死んでもいい”と公言していたくせに、術後の体調がどうのこうのとグチるのであるが、このときばかりは何だか嬉しそうに語るのである。

人間の幸福ってなんだろう、と考えることがよくある。
今の友人からすれば“生きている”ことが幸福であり“普通に飯を食って普通にウンチができる”つまり健康でいること以上の幸せはないのだろう。
では、曲がりなりにも五体満足な僕は幸せなんだろうか、と思う。今が“幸せ”だとはなかなか実感できないのである。
聞きかじりだが、仏教に


 有れば有ることで憂え、無ければ無いことを憂う。
 親・兄弟・妻子・田畑・財宝・金・名誉・地位など、
 それは一切に通ずる。

ゆえに憂いは、有る者も無い者も同じなのだ、という言葉があったが、昨今の耐震偽造、ライブドア、東横インなどの事件を見ていてもつくづく感じる。
一市井人が、百年、千年生きても稼げないかも知れない金を一時期に手に入れた彼らが、果たして幸せ感を味わっているのだろうか。一時はそう感じたときがあったかも知れないが、袋だたきにあっている今はどうなんであろう。あたら人によっては若くして命さえ失う結果になっている。

冷静に考えてみると、誰もがこの世にあるのは天文学的な確立のなかで生かされている。

単に、父親の精子の何億分の1の核が母親の卵子に命中しただけの偶然ではないのである。
だから、この世にあるすべてのものは奇跡のような出来事の中で存在しているといっても過言ではない。
人が動植物を可愛がったり、あるいは困ったり苦しんでいる人に何らかの手助けをしてあげたり、目標の階段を一歩でも上ることができたとき幸福感を感じるのは、奇跡のようにこの世に生かされているというDNAを無意識のうちにもっているからではないだろうか。
まことに嫌らしい発想かも知れないが多くの場合、幸福は、自分より不幸の存在を身近に確かめることができたとき、あるいは不幸な自分が一歩階段を上ることが出来たときに、感じるものである。
単に金儲けや、地位や名声を得られたとしても、それは他人がうらやむだけで、当の本人にとっては、いっそう幸福という目標が遠くにあるのを確認できただけなのかも知れない。虹は、どこまでいってもその根本に立つことは出来ないのである。


自分より寂しい人や不幸な人はいくらでもいる。
それらの人に少し手を差し出すだけで、少なくとも今よりは確実に幸福感を味わうことはできる。

こんなことを書くと、奴は坊さんにでもなるのかなと思われるかも知らん。
さて、久しぶりに不幸な女性のために街に繰り出すか。




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Last updated  2006.02.06 19:06:04
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