全14件 (14件中 1-14件目)
1
引越ししたい。最近ウチの近所に新しいマンションが出来たのだが、連日そこへ越してくる人たちの引越し業者のトラックが、入れ替わり立ち替わり詰め掛けている。そういう光景をぼんやりと眺めていると、ああ、この人たちはこれから新しい土地での、新しい生活をスタートさせるのだなと、他人事なのになぜかウキウキとした気分になってしまう。引越し作業自体は面倒臭いので、あえてしたいとは思わないが、これから新しい土地で暮らすのだというワクワク感は、味わってみたいと思う。ただ私の場合、この地で商売を続けている限りはまず無理なハナシだ。出来ないことだからこそ、余計に憧れるのかもしれないが......(転勤族の方には怒られそうだな)。
2009年09月30日
コメント(2)
先日の山本謙治さんの本のことから続くハナシだが、彼が「日本の『食』は安すぎる」と言い切るその根拠は何か。それは彼が、あらゆる食物の生産現場に足を運んで、それを肌で感じていることだと思う。良いモノを作るところでは、当然ながらそれなりの手間ひまを掛けている。だから例えば、豆腐が一丁100円以下の安い値段で売られていることにも、「そんな値段で出来るはずがない」と敏感に反応するのだろう。これが生産現場を知らない人だと、常にスーパーのチラシに載っている値段しか頭に残らないから、たとえ100円であってもかえって高いと思ったりする。この感覚の差は大きい。そして私がこの“感覚差”を同じように感じているのが、日本酒業界なのだ。少なくとも私の知る限りにおいて、日本酒というのは世界中に数多あるアルコール飲料の中でも、その造り方の複雑さにおいては右に出るものが無いと言っていいほどの、優れたモノだと思っている。ただそのことを知る日本人は、案外少ないのではないだろうか。自国にこれだけ優れたモノがあることが知られていないのは、悲しいことだ。まあそれはともかくとして、その日本酒が造られる現場というのも、当然ながら非常に張り詰めた緊張感がある。何せ微生物相手の仕事だけに、人間の都合をそれに合わせていかなければいけない。しかもひとつ間違うと、すべてがパー、というリスクも背負っている。こういう現場を目の当たりにすると、1.8Lパックで1,000円を切るような価格で日本酒が流通していることが、俄かに信じられなくなってくる。日本酒なんてまともに造れば、そんな安価で出来るはず無いのだ。しかし現実には、まともに造られている日本酒の多くは、一般消費者からは「高い」と見做されている。もし皆さんに「その気」と時間がおありなら、ぜひ一度酒蔵(もちろん大手のオートメーションとかでない所)を訪ねて行っていただければ、と思う。もっとも酒造りの真っ只中の時期には、どこも忙しくて見学者に構ってもいられなかったりするので、実際に造りの現場を目の当たりにする機会はあまり無いかもしれない。その場合は疑似体験として、尾瀬あきら氏のコミック『夏子の酒』や『蔵人』をお読みいただいても、その大変さはよくお分かりいただけると思う。日本酒が如何に複雑な工程を経て造られ、その造りにおいて極度の繊細さが求められるものであるということを、ひとりでも多くの方に理解して頂ければ、リカーマンとしてもこの上なく嬉しいのだ。
2009年09月28日
コメント(4)
先月プールへ泳ぎに行った際に、携帯電話をうっかり水に浸けて、パーにしてしまったことを書いたが、今度は妻がやってしまった。長男のズボンを洗濯したところ、そのポケットに何と、「i-Pod」が入っていたのだ。これから干そうという時になって気付いたが、もちろんもうどうにもならない。キチンと管理していない長男も悪いが、洗濯機に放り込む前に確認しなかった妻にも責任があるので、今回は同じ物を弁償することになった。前の携帯電話の分と合わせて合計で23,200円、まったく余分な出費となってしまった。今年はウチは水難の相でも出ていたのかな?
2009年09月26日
コメント(2)
ジャイアンツがセ・リーグ優勝を決めた。よもやここで決まることはないだろうと思っていた、ドラゴンズとの3連戦。ドラゴンズとしては3連勝して何とか食らいつきたい、逆転は無理でもせめて少しでも優勝決定を遅らせたい、そう思って臨んだであろう3連戦だったが、呆気なく返り討ちに遭ってしまった。とにかくこの3連戦の両チームは、その意気込みにおいて大人と子供ほどの開きがあったように思う。今年のジャイアンツは憎らしいほど強かった。アンチ・ジャイアンツの私にとっては、いつもならそれは単純に「憎しみ」となって、私の心に巣食っていたものだ。だが今年はそうでもない。負けてなお爽やかな心持なのだ。それだけジャイアンツというチームに対して、よりシンパシーを感じるようになった。金満ジャイアンツはすっかり変わった。原監督の大胆な生え抜き若手の起用が実を結んで、今までとはまったく別のチームになった。坂本、亀井、松本、山口、越智、東野、鈴木尚、脇谷........などなど、今年のジャイアンツの立役者の名前を挙げていくと、どれもドラフト下位指名や育成枠の選手ばかりだ。ビッグネームの選手の多くが期待はずれに終わったのとは対照的だ。ジャイアンツは以前から育成下手だと言われてきたが、何のことはない、使い方を間違えていただけのことで、頭の上の重しが無ければご覧のとおりなのだ。原監督としてもこれで一定の実績が出来ただけに、これからも有名選手乱獲主義のフロントの圧力に屈すること無く、どしどしと若手を登用していって欲しいと思う。個人的には今年2年目の中井大介・内野手と、1年目の橋本到・外野手に期待している。さて世間では、クライマックスシリーズがどうのこうのと言っているが、そんなもの今さらやる価値はない(負け惜しみではない)。今年ジャイアンツを差し置いて日本シリーズに出ていける資格のあるチームなんて、ひとつも無いよ。
2009年09月23日
コメント(4)
![]()
私は昨年のある日のブログで、食品偽装などの不祥事の責任の一端は、安さばかりを追及する消費者の無言のプレッシャーと、いたずらに安さを煽り立てる流通業者にもある、ということを書いた。その当時、マスコミの論調を見ても私と同じ意見はあまりみられなかったが、最近読んだ本に、かなり私の考え方に近い本があった。 日本の「食」は安すぎる『やまけんの出張食い倒れ日記』という人気ブログでもおなじみの、山本謙治さんが書かれた本だ。内容はひとことで言えば、日本で作られている食品のほとんどがいかにいい加減に作られているか、といういわば「告発本」だ。とは言っても、単なる暴露・告発の類だけで終わっているわけではない。何故にそのような作り方がされるようになってしまったか、その原因は突き詰めればどこにあるのか、まともな作り方が為されるためにはどうしたら良いのか、というところまで突っ込んで書かれている。そしてその結論として挙げられているのは、「あまりに消費者寄りになってしまっている食品業界」の現状だ。消費者に媚び過ぎるがために、生産現場にしわ寄せがきてしまっている、とも言えるだろう。このあたり、私が以前に当ブログで書いた内容と似通った部分もあり、我が意を得たり、と思った。ただ著者の言いたいのはその先だ。これからの消費生活の中で一番大切なこと、それは良いモノを「買い支える」ことだ、という。生産者がどんなに良いモノを作っても高ければ売れないとなると、生産者は良いモノを作り続けていけなくなる。そうならないためにも消費者は、その商品を買うという行動を通して、生産者を支えていかなければいけないのだ。今までに食品業界の暴露本などは数多く出されているが、大方が「こういうものは買ってはいけない」と声高に叫ぶだけで、このように次の一歩までも具体的に提案している本には、あまりお目にかかったことがない。私にとってはまったく新しい視点だった。
2009年09月21日
コメント(8)
私も、そして我が家の家系も、代々慎重すぎる性質があるのだろう、何かを決断するということに鈍く、そのために今まで幾度となく「絶好のチャンス」を逃してきた。今現在も、進めようと思いながらもなかなか踏み切れないでいる事柄があるのだが、ここへ来て、それを進めるに当って「追い風」にもなるようなことが、立て続けに起こった。これはきっと、躊躇している我々を見かねた神様が、背中を押しているのだ、そう解釈した。普段はまったく信心のない私だが、神様のお導きが善き方向に向かいますように、と都合の良いことを祈った(笑)。
2009年09月18日
コメント(2)
ワインの試飲会で久しぶりに名古屋へ行った。ちょうどお昼どきだったので、何を食べようかと思案していると、以前から気になっていた「コンパル」の「エビフライサンド」が突然ひらめいた。値段は少々高いが、充分にそれに見合った味とボリュームだ。何より、ファストフードなどでは味わえない「手作り感」がうれしい。コーヒーも美味しかった。
2009年09月16日
コメント(2)
9月も今日で半分が過ぎたが、実は9月に入ってからというもの、売上がすこぶる悪い。どのくらい悪いかというと、今まで「今月はすげぇ悪かったな~」と言っていたのが、みんなカワイく見えるというくらいだから、これはもう“どん底”状態だ。ただ外販が悪いのは、廃業した得意先も多いということで、ある程度折込み済みなのだが、店頭売りの悪さはその原因がどうにも判然としない。誰かがどこかでウチの店の悪口を垂れ流しているんじゃないか、と思えるほどだ。9月に入ってからいきなり悪いということだから、9月に入ってから周りで何か状況の変わったことはないか、冷静に考えてみた。浮かんできたのは、「衆議院選挙での自民党の敗北」しかない。しかしそれがどのように関係してくるのか、まったく分からない。自民党議員の落選に伴って急に職を失ってしまった元・秘書たちが、大挙してこの近辺に住んでいたという話も聞かないし(笑)。いずれにしても今は、やるべきことをキチンとこなしていくだけだ。そしてどんなに売上が芳しくなくても、「元気」と「スマイル」だけは失わないことだ。
2009年09月15日
コメント(6)
前回に続いて、期せずしてサッポロビールネタになってしまった。今月初めに、サッポロビールが国内ではじめて業務用の樽詰め「第3のビール」を発売する、というニュースが流れた。そして先日もウチの店に担当営業マン氏が来店し、そのPRをしていった。ちょっと前には既に「発泡酒」の樽生が登場しており、「第3のビール」についても時間の問題かな、と思っていたので、私の感想としては、ああやっぱりね、という程度のものだった。ただ先発した「発泡酒」の樽生が、私の予想ほどには巷に広まっていないように思われるだけに、この樽詰め「第3のビール」にしても、どの程度浸透していくのか、いささか疑問ではある。もっともウチの店では、今は「発泡酒」の樽生ですら、まったく扱っていない。どちらにしてもこういった商材が有効なのは、客単価のかなり低い店に絞られるだろうから、そういう店を得意先にほとんど持たない当店にとっては、あまり関係のないハナシだ。まずは高見の見物、というところだが、それにしてもただでさえ泡持ちの良くない「第3のビール」、サーバーから出すとどんな感じになるだろうか?ところでこれに付随して、営業マン氏から興味深い話を聞いた。通常のビールならメニューに「生ビール」と表記するところが、「発泡酒」の樽生の場合は「生ビール」と書く訳にいかないので、どの店も「樽生」と表記している。このことはもはや常識的だが、それでは「第3のビール」の場合はどうするのか?細かいことを言うと製法にもよるのだが、今回の『サッポロ・麦とホップ』の場合だと、「樽生」とすら表記できないのだ。というのもこの手の商品が、発泡酒にスピリッツを混ぜて造られていることに関係する。“生”だというからには「発酵した物」でなければいけないのだが、スピリッツという「蒸留した物」が混じっているので、厳密には“生”だとは言えないという。だからこの商品を店のメニューに書くときには、『麦とホップ・樽詰』というように、商品名で書くことしかできないらしいのだが、さてこれが結果的にどう転ぶか.......。
2009年09月13日
コメント(2)

『サッポロラガービール』の缶入りが入荷してきた。これは「現存する日本最古のビールブランド」だが、現在はごく一部の業務用需要に応じて、わずかに瓶で流通しているのみだ(ちなみにコレを扱っている飲食店は、私に言わせればかなりの「ツウ」だ)。その『サッポロラガービール』の缶入りが、限定生産で発売されたのだ。個人的には嬉しいことなのだが、この数ヶ月前に既に、「コンビニ限定」というカタチで市場には出ており、そのことが私の嬉しさを半減させている。ただ今回はまだいい方だ。もう少し前に同じくサッポロビールから限定発売された『焙煎』、コレも10数年前に発売されたものの復刻版だが、コレなどは完全に「コンビニ限定」のまま終わってしまった。他社の商品の中にも、「コンビニ限定」というものは多く存在し、そのたびに私などは悔しい思いを噛み締めることになる。コレが特定コンビニとメーカーとの「共同開発」という性質のものなら、まだ仕方ないと納得はいく。しかしごくごく普通の商品、しかも自分が惚れこんでいる商品でそのような扱いがなされるのは、いかにも歯がゆいものを感じざるを得ない。もっともメーカーがそのような手法を採る理由もよく分かる。ここから先は私の推測だが、それほど間違ってはいないと思う。コンビニでは「一斉配下」が基本で、「生産本数=コンビニの軒数×配下本数」ということになるから、生産・販売計画などが非常に立て易い。しかし一般酒販店相手だと、何軒の店からどの程度の数の注文が上がってくるか、皆目見当がつかない。いきおい生産計画も「見切り」のようなカタチになるから、いざフタを開けたら、大幅に余ったり全然足りなかったり、といったリスクが生じる可能性が高い。そういう理由から、メーカーは「コンビニ限定」にしたがるのだろうと思う。確かに我々もメーカーの新商品などに関して、常に「是々非々」の立場で対応しているから、メーカーにとっては把握しづらいということはあるだろう。それは分かるが、かといってこのままでは、ただでさえお客さんの意識の中で開きつつある「コンビニ vs 一般酒販店」の落差が、拡大しかねない。一般酒販店だけは受注締め期日を早める、など妥協策はいくらでもありそうだから、何とか等しく扱えるように検討して欲しいものだ。
2009年09月11日
コメント(0)

今日の昼食はコレだった。一瞬、えっ?いったいどんな味!?という先入観を与えてしまうが、いたって普通のカレーだ。普通と言っても私があえてここで採り上げるくらいだ、それなりに美味しいと思っていただければ良い。皆さんご存知のように、酒蔵の仕事は通常秋から翌春までの、半年間の合宿生活のようなものだ。その中で主に下っ端の蔵人が交代で、賄いメシを担当する。半年も居れば、当然カレーなどは何度も登場することになるだろうが、そこはやはり酒蔵だけに、酒蔵ならではのカラーも出たりする。このカレーを作った灘の『菊正宗酒造』では、カレーの中にお酒をたっぷりと入れて、コトコトと煮込む。もちろんアルコール分が先に蒸発してしまうので、カレー自体は酒臭くも何ともない。それよりもお酒自体が持つ旨味が、カレーの辛味と上手く調和して、なかなか良い味を醸し出している。そして具材には角切りコンニャクと牛スジ肉、このあたりはいかにも関西らしさを感じるね。美味しい味を表現するのに、様々な言葉が使われるが、このカレーの美味しさは言ってみれば『ホッとする辛さ』......といったところだろうか。派手さは無いが、ふっと思い出してはつい食べたくなる、大人の味だ。 日本酒でぜいたくに煮込んだ 「菊正宗 酒蔵の酒カレー 180g」
2009年09月10日
コメント(0)

昨日は当ブログにちょくちょく来て頂いているかめともさんをお誘いして、某団体が主催するとある「酒の会」に出席してきた。どういった趣向かというと、まだ残暑の残る今の時期に行なうには、ひょっとしたら検討外れという見方をする人もいるかもしれない「燗酒」、それもオール「純米酒」の「燗酒」の会だ。確かに昨日は当地でも気温が30℃を越える暑い日であったが、燗酒を飲んでいてもまったく違和感はなかった。もちろん会場の空調がいい具合に効いていることもあるが、それだけでもなかろう。私も最近家で飲むときは、燗をして飲むことが多い。銘柄によって熱燗・ヌル燗様々だが、とりあえずお燗する。それはひとつには、胃にスッと入っていくような感じがあるからだ。つまり言い換えれば、「カラダに優しい」ということだ。そしてそれは翌朝の「酔い覚め」にも大きく関係する。ちなみに私は最近、二日酔いというものをまったく経験したことがない。もうひとつには、特に辛口の酒に言えることだが、舌に当たる刺激を和らげてくれるということがある。舌に刺激が残ると、一緒に食べる料理を味わうときの障害になりかねないが、それが緩和されれば、むしろ料理とのマッチングもグッと幅広くなるように思うのだ。例えば脂っこい肉料理や揚げ物、または中華などに、燗で合わせられる銘柄は結構あるが、では同じ銘柄を冷やで合わせられるかというと、それはそうとは限らないのだ。考えてもみれば、いくら真夏の暑い日だからといって、食卓に味噌汁が供されるとき、それが冷たく冷えた状態で出て来る家というのは、まず皆無だろう。それなら真夏に燗酒を飲んだところで、違和感など有るはずはないのだ(ちょっと乱暴な理屈だが)。とりあえずは「燗酒 = 寒い時期」という巷にはびこる固定観念を、何とか打破したいと以前から思っていた。しかし今回の「酒の会」に出席して、私と思いを同じくするであろう人たちが大勢いることを肌で感じて、非常に心強く感じた。日本酒の未来は明るい!
2009年09月07日
コメント(2)
このブログも、今回で1500回目の更新となった。キリスト誕生の年にこのブログを始めたとすると、今はちょうど、コロンブスやバスコ・ダ・ガマらによる、大航海時代の幕開けだ。日本では戦国時代にさしかかるあたりかな(我ながらよく解からない説明だ)。改めて調べてみると、1000回を迎えたのは2007年3月9日。ちょうど丸3周年の記念日に合わせたんだっけ。丸3年で1000回か、そう考えると、そこからさらに2年半で500回とは、かなりのペースダウンだ。まあ別にこのブログは、ノルマでやっているモノではないし、とりあえず「続ける」ことが肝心だから、そのこと自体はあまり気にはしていない。それどころか、単なる趣味の一環として軽~い気持ちで始めたものが、こんなところまで来たのか、ということの方が感慨深い。そうするとその次は2000回か。いつ頃になるだろうな。「1500回」ではいかにもキリが悪いので、お祝い系のメッセージは謹んでご辞退申し上げます(笑)。その分、2000回のときには思いっきり祝ってやってください。
2009年09月04日
コメント(4)
先日の衆院選は、予想通り、いや予想をはるかに上回る民主党の圧勝に終わった。とりあえず政権を取ったからには、精一杯がんばっていただきたいと思う。マスコミも月曜日あたりまでは総じてお祭ムードだったが、火曜日くらいになるとちょっとトーンが変わってきた。「さあ、これからどうなるだろう」といったような、不安感とは言わないまでも、あまりに“勝ち過ぎた”ことに対する一種の「ゆり戻し感」のようなものを感じる。もしかしたら有権者の中にも、同じように感じている人が少なくないのではあるまいか?何事も“過ぎる”ということは、必ずしも良い結果を引き起こすわけではない。ひとつの大きな流れが一段落すると、それに反発する流れが出てくるのは、過去にブームを起こした政党が教えてくれている。土井社会党、細川日本新党、小泉自民党............みんな次の選挙では足下をすくわれている。国民の「バランス感覚」とでも言うのだろうか?もっともそれ以上に、常に強者を叩くことで視聴者の好感を得ようとする、マスコミの影響も大きいかもしれない。野党自民党だって黙っちゃいない。それこそ重箱の隅をつつくかのように、民主党を攻撃するだろう。そしてその両者の行動がシンクロしたとき、民主党への不満は爆発して、次の選挙では自民党に票がこぞって戻る.........。こうやって小選挙区制度下で、二大政党制が進んでいくのだ、というその過程を、リアルタイムで見ることになるかもしれない。もっともそれが良いのか悪いのか、その評価は後世の人間に委ねられるのだろうが。
2009年09月02日
コメント(2)
全14件 (14件中 1-14件目)
1