全15件 (15件中 1-15件目)
1

皆様、おはようございます。昨日は3話一気の執筆だったので、ご無沙汰してしまいました。空は「晴れ時々曇り」だというのに、どんよりとした空ですね。さて新栃木研修区に入った私達。研修区内には多くの電車が停車しています。快速用の6050系電車にステンレスにマルーン帯の10080系電車、宇都宮線特急「しもつけ」号用の350系電車。しかし、我々のお目当ては5050系電車です。5050系電車に東武博物館友の会特製のヘッドマークを付けて、撮影開始です。クハ5161号車に設置された「東武博物館友の会特製ヘッドマーク」車体を撮影する人、床下機器を撮影する人、それぞれです。方向幕は「新栃木」となっていました。以前は宇都宮線の電車も特急電車との接続の関係から、新栃木始発だったようですが、両毛線との接続を密にするため特急停車駅が隣りの栃木駅に変更され、栃木駅そのものも改装されると、栃木駅始発となりました。そのため方向幕の中には「栃木-東武宇都宮」というのもあるようです。撮影が落ち着いたところで、クハ5161号車の前で記念撮影です。あいにく私は陰に隠れてしまったので、顔は写りませんでしたが、後日東武博物館から送られてきた写真は、いい記念になりました。それでは車内を見てみる事にしましょう。車内は見る限りでは、車内の様子、運転台の機器とも8000系電車と全く変わりありません。ちなみに放送機器は、8000系のものを流用したようです。東武電車5050系の運転台部分(今回の特別公開にて撮影)但し「アルナ工機 昭和59年」という更新銘板が、この電車が「車体更新車」である事を証明しています。再びクハ5161号車を見てみると、方向幕が「東武日光」となっていました。勾配の多い、日光線・鬼怒川線、時には野岩鉄道への乗り入れにも使用されていたと聞きます。そのため、おそらく電気ブレーキが新設されていたのではないでしょうか。今回特別に公開して下さいました、東武5050系の床下機器再び車内へ戻ると、研修区の方が特別に床下の機器をカバーを開けて見せて下さいました。技術の知識はあまりない私ですが、「かなり使いこまれたモーター」だな、と感じました。7800系時代から使われ、車体のみ8000系と同一のものに載せかえられて、今まで走ってきたのです。本当に「ご苦労様」と言いたいです。次に車外に下りて床下を見てみる事にしましょう。台車、制御機器など、写真に撮りまくります。東武5050系の台車(クハ5161号車)。7800系時代から走り続けてきた台車です。めったにこんなチャンスはないです。ふと連結面のところにこんな表示を見つけました。「旧モハ7864 昭和33年日立製作所」。この電車の元車両です。これは貴重な写真です。デジカメでは撮りにくいので、携帯カメラを使って撮影しました。研修区の方は、今度は特別に床下機器を開けてくださいました。モハ5261号車の主電動機のカバー。「日立製作所」の文字が見えます。モハ5261号車の主電動機の内部。今回の見学会にあたって、特別公開されたものです。これが「釣り掛けモーター」という奴でしょうか。あの特有の「ウイ~ン」という音を出すモーター。首都圏、いや全国的にもこのモーターを使っている電車は珍しくなってしまいました。すっかり満足しましたので、今度は他に停車している電車を撮影する事にしましょうか。その話は、また次回をお楽しみに。ふと旅に出たくなった時。お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方は、どしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」 。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.11.30
コメント(4)
皆様、こんにちは。今日になってようやく、この話題を取り上げる事ができるようになりました。東武日光線・新栃木駅に集合。するともう他の参加者は既に集まっていました。受付を済ませ、参加費300円を払います。そして会場の新栃木出張所へと向かいます。この出張所は、南栗橋車両管理区の出張所になっているのです。主に日光線・宇都宮線の電車のねぐらとなっていて、快速・区間快速用の6050系電車は、ここが基地となっています。また6050系電車の中には、野岩鉄道所属車、会津鉄道所属車もありますが、運用は共通で、違いは車番と側面に描いてある会社のマークだけです。それでは、新栃木出張所に着くまでの間、この「東武鉄道5050系電車」というのがいったい、どんな電車であるかについて解説したいと思います。そもそもこの5050系電車の歴史は、1953年(昭和28年)~1961年(昭和36年)のいわゆる「大量輸送時期」に登場した、7800系電車に始まります。7800系電車は、戦後国電の払い下げを受けた7300系電車の車体とほぼ同一の車体で、164両が製造されました。戦後東武の代表輸送に使われ、伊勢崎線、日光線、東上本線などの幹線で走ってきました。しかし晩年になると8000系などの高性能車の登場により、宇都宮線や小泉線、佐野線、越生線などのローカル輸送に転じました。老朽化が進み、それにつれて車体も傷んできたので、1979年(昭和54年)から、電動機などの主要機器は再利用して、車体を8000系に準じた更新修繕が行われました。いわば「電車のリサイクル」ですね。これが「5000系電車」と呼ばれているシリーズで、1979年に更新されたのが5000系12両、1980年から1984年にかけて更新されたのが5050系72両、1984年から1986年にかけて更新されたのが5070系78両でした。5000系電車は4両または2両固定編成で冷房なしでしたが、5050系電車は更新時から冷房付で乗客には大変喜ばれました。また、ブレーキや客室設備なども8000系と同一になり、塗装もクリーム一色から、1986年に現在のカラーであるジャスミンホワイトにロイヤルブルーとリフレッシュブルーの帯に順次変更されていきました。5070系電車は、主に野田線(大宮~春日部~柏~船橋間)で使用されていました。5000系電車も、後に冷房設置やブレーキ改良を行いましたが、2003年(平成15年)までには全車廃車となりました。吊り掛けモーターの音を唸らせて、野田線の主力として走っていた5070系も、8000系電車の大量投入により、翌年の10月18日に全車廃車となりました。最後はやはり、野田線で迎えていました。5050系電車も10000系や10080系、30000系などの投入により、2003年より順次廃車が進み、伊勢崎線の末端区間(館林~伊勢崎間)、桐生線、佐野線、小泉線、宇都宮線のみでの使用となりました。しかし今年の伊勢崎線、佐野線、桐生線、小泉線のワンマン化により宇都宮線での限定使用となり、本年7月現在、5編成20両(5155・5157・5160・5161・5162号編成)が残るのみとなっています。今年の9月末には5161号編成が休車となるため、今回この様に「東武博物館友の会」主催で、会員対象の「さよなら見学会」が開催されたのです。2003年(平成15年)3月には、業平橋~東武日光間で「最後の吊掛フルノッチ日帰りツアー」というのが開催され、5157号編成が使用されました。フル区間走るのは最後とあって、多くの人達が「ウイ~ン」という、吊り掛けモーター特有の走行音を楽しみました。出来る事ならこのツアー、もう一度やってもらいたいものですね。そうなると「モハ(電動車)」には、「お静かに!」の張り紙がされ、「携帯電話は電源を切ること、着信音・通話・会話は厳禁!」なんて事になるでしょうね。さて、新栃木駅から歩く事数分で「東武鉄道南栗橋車両管理区 新栃木出張所」に着きました。早速、5050系電車が2編成、私達を待っています。研修区の人に挨拶をして、ヘルメットを借りました。そして撮影にあたって、いくつかの注意がありました。「研修区の人の指示に随時従うように」、「指定された区域以外には入らないように」等です。実際に電車が出入りしている所へ、特別に御好意で入場させてもらうのですから、このルールは厳守しましょう。その撮影会の様子に付きましては、また次回をお楽しみに。〔参考文献〕「東武博物館だより」No.87 「東武鉄道百年史」ふと旅に出たくなった時。お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方は、どしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.11.28
コメント(0)
皆様、こんにちは。月曜日は、週の始まりです。私も月曜日は1限から5限まで授業があります。そのうち中間1時限は休みなので、大抵パソコンルームへ行くか、ベンチで寝ています。今日(11月27日)のゼミは、本当にゼミらしいゼミでした。いろいろと討論も出来て、新しい事を見につけられたような気がします。何よりも楽しみなのが、今夜。実は、ゼミの飲み会があるのです。5限の授業を終えた私は、幹事になっているので会場の某居酒屋へ。店員さんと打ち合わせをしながら、みんなの来るのを待ちます。まずは教授の先生がやってきました。そして三々五々、学生達も集まり、コンパが始まりました。まずは、男性はビール、女性は梅酒で乾杯。4月に某スポーツ系のサークルを「年齢制限」を理由に追い出された私にとっては、この法学部のゼミと、説話研究会のコンパが、学生生活の中での何よりもの楽しみです。料理をあれこれ追加し、履修科目の話や、教授の話など、和気藹々と時間は進んでいきます。メニューに「ボジョレー・ヌーボー」があったので、グラスで頼みました。ちなみに「ボジョレー・ヌーボー」解禁を、お祭り騒ぎみたいにして楽しんでいるのは、日本ぐらいとか。その他、日本酒の吟醸酒(冷酒)も頼んでいい気分です。今回は個室だったので、他のお客様に気兼ねすることなく楽しめました。そして2時間の宴会も終わり、教授はお帰りになりました。しかし飲み足りない私達ゼミ生6名(男性4.女性2)は、そのまま近くのおでん屋へ。この店は、私が学部生だった頃に、先輩方によく連れて来てもらった店です。そこでまたチューハイにホッピー。おでんにかつおのたたき、生ガキと頼みます。ここでは、かなり突っ込んだ質問も出て、爆笑の嵐でした。久々に、楽しい学生生活を満喫できた夜でした。ゼミ生の皆、どうもありがとう。それから午前様で帰ったので、両親からさんざんイヤミを言われた事は言うまでもないでしょう…。本当は、このコンパの楽しい様子をお届けしたかったのですが、肖像権の関係もありますので、1次会の会場の写真だけにしておきます。ふと旅に出たくなった時。お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.11.27
コメント(4)

皆様、こんにちは。数日ぶりの御無沙汰でした。ここの所、何かと忙しいのと疲れていたのとで、執筆が滞りがちになり、申し訳ございませんでした。日曜日には、所用で中伊豆へと行って来ました。東京からストレートでJRを使って行くと高いので、小田原までは小田急線を利用する事に。それも金券屋さんで購入した「株主優待乗車券」を利用して。しかし、新松田の次の開成駅で見たかった物があるので、途中下車。さて、その見たかったものとは?そうです、この開成駅前には小田急ロマンスカー3100系「NSE車」の先頭車・3181号車が展示保存されているのです。普段はカバーをかけてあるので見られませんが、毎月第2・4日曜日の10時~15時の間は一般公開されるのです。(雨天の場合は中止)公開開始まではまだ時間があったので、何枚か外観の写真を撮りました。柱がちょっと邪魔ですが、綺麗に保存するためのカーテン用の柱なので、仕方ありません。NSE車・3181号車を後部から狙ったショットそして午前10時。「いいですよ」という、係員の声で車内へ。車内へは後部でスリッパに履き替えて入ります。車内の椅子は、展望席以外撤去されていて、ギャラリーとなっています。まずは2階の運転席へ。名鉄「パノラマカー」7000系、7500系は外の梯子から入りますが、小田急のこのタイプのロマンスカーは、車内に昇降用の梯子があり、そこから出入りします。運転席は割合、コンパクトにまとめられていて、運転もしやすいです。右サイドはこんな感じになっています。20000系「RSE」車と30000系「EXE」は、このタイプではないですが、平成17年にデビューした50000系「VSE」車では、久しぶりにこの2階運転席と展望席が復活し、人気を集めています。特に「VSE」使用列車の展望席とサルーン席は、なかなか予約が取れないほどの人気です。「補助警報」と書かれたスイッチもありました。そうです、あの「♪ピポパポーン ピポパポーン」というミュージックホーンです。3000系「SE」車から登場し、一時は「ピーポー電車」として親しまれた、この小田急ロマンスカーのミュージックホーン。晩年は「騒音公害だ」という苦情が多く、鳴らされる事はありませんでした。しかし、50000系「VSE」車からはこのミュージックホーンが復活し、高らかに鳴らしながら箱根へと向かっています。2階運転台から外を見ると、こんな感じで見えます。次に展望席を見て見る事にしましょう。かなりワイドな窓で、展望は最高です。定員は10名で、後に登場した7000系「LSE」車からは14名、と増えています。この展望席に座る事は、子供達ばかりでなく大人にとっても憧れでした。そして、そこで飲む日東紅茶の美味しかった事。日東紅茶というと、鉄道ファンの方はすぐ、小田急ロマンスカーの「走る喫茶室」を連想するのではないでしょうか。後にワゴンサービスになりましたが、50000系「VSE」車からは再び、シートサービスが復活した事は非常に嬉しい事です。そろそろ、子供連れの方が来たので、展望席を譲る事にしましょうか。展望席からの風景です。3100系「NSE」車は平成11年9月のラスト・ランで全車が廃車となりましたが、1編成は「ゆめ70」というイベントカーに改造され、平成12年まで走っていました。ラウンジなどが設けられた編成でしたが、惜しくも廃車解体され、現在残っているのは、この開成駅前の3181号車と、6両に短縮されて喜多見電車区に保管されている1編成だけです。ちなみに「ゆめ70」のラウンジ席の一部は、平成12年の「小田急ファミリー鉄道展」の“ジャンク市”で私が購入し、現在はトランクルームで保管されています。(親からは「何を買ってきたんだ!」と嫌味を言われましたが…)ちなみに喜多見に保管されている、短縮された1編成は、毎年秋の「小田急ファミリー鉄道展」にて公開されています。「小田急ファミリー鉄道展」での3100系「NSE」車(普段は喜多見電車区に保管)「NSE」車普通車の客室内(「小田急ファミリー鉄道展」にて)今も昔も、子供達だけでなく大人にとっても憧れの特急電車・小田急ロマンスカー。1964年(昭和39年)に登場し、1999年(平成11年)の引退までの実に35年間、箱根へ、江ノ島へと走り続けてきた事になります。来年には地下鉄直通用ロマンスカー60000系「MSE」車が登場します。また新しい、小田急ロマンスカーの歴史が生まれていきますね。おっと、ミュージックホーンを鳴らして、後輩の50000系「VSE」車が通過していきました。その後輩の活躍を“ロンちゃん”(地元にて一般公募で付けられた保存ロマンスカーの愛称です)は嬉しそうに眺めているかのようでした。ふと旅に出たくなった時。お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.11.26
コメント(8)
皆様、こんばんは。いかがお過ごしでしょうか。今日は試験監督のアルバイトでした。さて、私達の「東武5050系電車を追いかける旅」もいよいよ、集合場所の新栃木駅へと向かおうとしています。本当は今日、「東武鉄道5050系電車」とは何なのか、皆様に解説していこうと思いましたが、急ぎのレポートがあるため、誠に勝手ながら今夜はお休みさせていただきます。時間が取れましたら改めて、この「東武鉄道5050系電車」について解説していきたいと思います。本当に「お気楽な日記」で、申し訳ございません。今日の写真は、栃木駅で接続する宇都宮線の電車です。ちょうど停まっているこの電車が、その5050系電車なのです。ふと旅に出たくなった時。お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.11.23
コメント(2)

皆様、こんばんは。いかがお過ごしでしょうか。昨日は「東武電車ファンフェスタ」について特集しました。その中でも目玉のひとつとなったのが、「東武鉄道最後の釣り掛け式電車」5050系電車でした。しかし、読者の皆様の中には「“釣り掛け式電車”って何なの?」ですとか、 「東武鉄道の5050系電車って、どんな電車なの?」という疑問をお持ちの方も多いと思います。そこで9月16日に「東武博物館友の会」が会員対象に主催した「さようなら5050系電車見学会」の事をレポートしながら、そのお話をしていきたいと思います。9月16日。朝の浅草駅は、日光・鬼怒川特急や赤城特急を待つ人で一杯です。これから乗る予定の9時発特急「きぬ105号」も、喫煙席・禁煙席・個室、全てに「満席」表示が出ています。行楽シーズンの3連休だからでしょうか。そのため300系使用の臨時特急として、東武日光ゆき臨時特急「きりふり」号が運転される事になりました。浅草駅インフォメーションカウンター。ここで特急券を拝見です。浅草駅の駅弁立ち売りワゴンそれでは「きぬ105号」で、集合場所の新栃木駅を目指す事にしましょう。以前は新栃木駅が特急停車駅でしたが、JR両毛線との接続を便利にするために、現在は栃木駅が特急停車駅となりました。新栃木から分岐する宇都宮線の電車も、現在は栃木駅始発となっています。隅田川の鉄橋を渡り、業平橋の留置線を左に見て走ります。さすが3連休、電車の姿はありません。曳舟、東向島と通過していき、最初の停車駅・北千住に到着です。北千住では、従来のホームの先にある「特急列車専用ホーム」から出発します。ここで車内は満員になりました。車内販売のお姉さんも、忙しそうですね。大忙しの「スペーシア」の車内販売のお姉さん(許可を得て撮影したものです)それでは、複々線になりスピードも上がってきました様ですので、まず「釣り掛け式モーターの電車」とは何なのか、解説する事にしましょう。それは古いタイプの電車によく使われてきたモーターのことで、モーターを車軸と台車枠の間に橋渡しされた状態、すなわち車軸と台車枠に吊り掛けられた形にしたものです。いわば、モーターを吊り下げにした様な感じです。そのため「釣り掛け式モーター」と言われているのです。サスペンション方式には、ノーズ・サスペンション方式とバー・サスペンション方式というのがあります。ただ、これについて解説してしまいますと、それだけで紙面が尽きてしまいます上に、私自身もそれほど技術面の知識はありませんので、この辺にしておきます。では、この「釣り掛け式モーターの電車」をマニアが何故好むか、と言いますとそのモーター音にあります。ウィーンという独特の音は、その後開発されたカルダン駆動方式の電車では、決して聞くことの出来ないモーターの音だからです。いわば「電車が本当に生きている」という感じをさせてくれるからです。かってはどこの私鉄などでも当たり前の様に聞く事の出来た、釣り掛けモーターの音。それが現在聞けるのは、一部の路面電車と、大手私鉄では東武鉄道の、今回ご紹介する5050系電車ぐらいになってしまいました。しかし、その5050系電車も今年12月までに全車引退、という事が決まりました。そのため「東武博物館友の会」では、この様なイベントを組んで下さったのです。話し続けてちょっと喉が乾いたので、車内販売の「アイスティー」(300円)をいただきます。紅茶というと「小田急ロマンスカー」というイメージをお持ちの方も多い様ですが、今日は「東武電車の話」です。その話はまた、後日することにしましょう。そんな話をしている内に「きぬ105号」は、春日部駅を発車し南栗橋駅を通過しようとしています。次の栗橋駅には、JRとの連絡線があります。車内の電光案内装置が「ただいま利根川通過」と告げています。栃木駅は間もなくですね。そろそろ、降り支度をしましょう。栃木駅では、数分の連絡で東武宇都宮ゆきの電車が待っています。この電車で、一つ先の新栃木へと向かいます。この続きは、また次回をお楽しみに。次回は「東武5050系電車って、どんな電車なの?」という疑問にお答えしたいと思います。ふと旅に出たくなった時。お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.11.22
コメント(2)

皆様、こんにちは。今日は大学の小テスト。でもテストが終わった後で少し気分が悪くなり、保健室の御厄介になってしまいました。さて遅くなりましたが、19日の「東武電車ファンフェスタ」の御報告です。朝5時半に起きて、半蔵門線経由で北千住へ。北千住駅では特別列車発車2時間前だというのに、もう数人が並んでいました。やはりあのレッドに白帯の1800系オリジナル車が使われるからでしょう。待つ間に何本か、北千住駅を出入りする電車を撮っていきました。30000系の各駅停車、6050系の快速、8000系のオリジナルマスク車による区間急行。そのうちに1800系が回送で反対線に入って来ました。するともう、フラッシュの嵐。ほんの数分でしたが、かなりの騒ぎでした。そして9時10分頃、主役の1800系オリジナル車による特別列車「ファンフェスタ」号の入線です。カメラが一斉に向けられます。そしてドアが開くとすぐに席取り合戦。まるで一昔前の「大垣夜行」375.372Mを見ているようです。何とか1席確保して発車。通路まで人・人・人です。改めて、この車輌の人気の高さを思い知りました。途中駅からは、なかなか乗れないようです。この1800系オリジナル車は、1800系の一番新しい編成を利用したもので、団体線用にするにあたって、トイレ前の自動販売機を撤去し、その跡にくずもの入れを設けていました。その他は日光線・宇都宮線特急にて現役で走っている300系、350系と変わりありませんでした。そうこうしているうちに朝早かったせいか眠くなり、気がついた時には隣りの席の人に「南栗橋だよ」とゆり起こされた時でした。すぐ前に行き、写真撮影。でも、人が多くてなかなか撮れません。「あとでゆっくり撮れますから、下がってください!」という駅員の制止も、カメラマン達には聞こえていないかのようでした。そんな中で、携帯カメラでやっと撮れた1枚です。改札口を出るのも一苦労で、シャトルバスの乗り場も長蛇の列。これなら歩いた方が早いや、と思い徒歩20分の道のりを歩き出します。しかし、会場入口でも大行列にぶつかります。ようやく中に入れて、地図と記念品(「スペーシア」がデザインされたクリアファイル)を渡されました。すでにグッズ売り場や「限定パスネット」売り場、ジャンク品売り場には大行列です。しかし、私のお目当ては「電車の撮影」。そんなものには目もくれずに、撮影会場の列に並びました。そして、今回来ている「鉄道仲間」のM氏と携帯で連絡を取り合います。どうやら彼も、この列に並んだようです。そして、撮影会が始まりました。引退の近い5050系電車、そう、少なくなった「吊り掛けモーター車」です。8000系電車、1800系オリジナル車、200系特急「りょうもう」号、そして「東武電車の女王」とも言うべき“スペーシア”100系。友情出演として、東急8500系“伊豆のなつ”号も来ていました。東武5050系と東急8500系“伊豆のなつ”号たちまちカメラの場所取りが始まります。もう目は殺気立っています。最初はマナー良かったのですが、子供に対して罵声を浴びせたり、三脚を立てて場所取りをしたりするマナーの悪い輩がいたのは、少し残念な事でした。東武1800系と8000系オリジナルマスク車ちなみに、野田線・柏からの「ファンフェスタ」号にはこの8000系が使用されたそうです。東武200系と1800系のサイドビューです。赤い色が美しいです。東武100系“スペーシア”。さすがは女王の貫禄です。「優等列車三姉妹」。100系“スペーシア”、200系「りょうもう」、1800系です。今回の狙いは、やはり1800系と5050系。これをとにかく、撮りまくりました。デジカメ2台に、携帯カメラまで動員しての撮影です。秋の観光シーズンのため、東武日光ゆきの臨時特急「きりふり」号が走っていたせいか、300系と6050系快速電車は出ていませんでした。これらが出ていたら、もっと絵になっていたのですが…。ひとまず撮り終わったところで「ここあきました!」と声をかけて、撮影会場を後にしました。雨がいつしか降ってきた模様です。展示されている「東北急行バス」の前でM氏と落ち合い、グッズの販売テントをのぞいて回ります。今回来ていた東北急行バスの「スーパーハイデッカー」車秩父鉄道の「急行電車タオル」と、野岩鉄道の「AIZUマウントエクスプレス記念ストラップ」を買い、飲食店のテントへ。寒いせいか、佐野ラーメンのテントは大行列です。そこでM氏と相談して、宇都宮餃子の列に並びました。待つ事10分で、ようやくゲット。「休憩所」になっている30000系車輌の車内で食べました。二人とも今回の目的は「電車を撮る事」だったので、目的も果たした事で引き上げようと言う事になり、南栗橋駅へ。シャトルバスは長蛇の列だったのでまたもや歩いて帰りました。徒歩20分とはいうものの、大した距離ではありませんでした。この今回登場した5050系電車、9月16日に東武博物館友の会主催の「さようなら5050系電車見学会」に参加してきましたので、その時の事について明日からはリポートしたいと思います。また見学会だけでなく、栃木の町並みを皆様と歩きたいと思います。どうぞお楽しみに。ふと旅に出たくなった時。お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.11.21
コメント(2)
皆様、こんばんは。今日の東京は朝から雨が降り、午後に一旦晴れ間が出たものの、夜にまた雨が降る、という訳の分からない天気でしたね。誠に勝手ながら、本日は明日が小テストなのと体調不良のため、お休みさせていただきます。「お気楽日記」で、どーもすいません。(林家三平風に)また明日から通常のトピックスをお届けしたいと思います。今日の写真は、19日の「東武電車ファンフェスタ」へ行く際に北千住駅で撮影した30000系電車の普通・北越谷ゆきです。地下鉄運用が主体のこの電車が、珍しく北千住始発の各駅停車として使われていました。ふと旅に出たくなった時。お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.11.20
コメント(4)
皆様、こんばんは。東京はかなりの大雨です。今日は、東武鉄道の南栗橋で開かれた「東武電車ファンフェスタ」に行って参りました。北千住9時14分発の特別電車で南栗橋へ。何と、懐かしの「りょうもう」号用1800系オリジナル車が使用されるのです。新型車両200系、250系の投入と、急行から特急への格上げへのため引退した1800系赤城急行用「りょうもう」号。大半は日光線用の300系、350系に改造されたり、通勤車輌に改造されていきました。通勤車輌になったものも、今年6月に全車が引退し、現在は団体用として1編成がオリジナル色で残るのみです。その列車が使用されるというものですから、北千住駅では大フィーバー!もう、疲れましたが、それでも電車の写真を撮りまくってきました。この事はまた随時お知らせしたいと思います。誠に勝手ながら、本日は疲れましたので、この辺で休ませてもらいます。今日の写真は、北千住駅上り線へ回送で入ってきたその1800系のアクセス列車「ファンフェスタ」号です。ふと旅に出たくなった時。お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.11.19
コメント(8)

皆様、こんばんは。今日は午前中はいい天気でしたけれど、午後から空が雲って来ましたね。明日は「東武電車ファンフェスタ」へ行くので、天気がちょっと心配です。さて、今日の話題ですが東武鉄道熊谷線(昭和58年5月31日廃止)のキハ2002号車についてです。この車両が現在でも、熊谷市郊外の「妻沼町保存館」に展示保存されていると聞き、そこまで見に行きました。まずは熊谷駅へ。ここで秩父鉄道の硬券入場券を購入。本当なら、25日で引退が決まっている秩父鉄道の急行「秩父路」号の3000系電車(元・国鉄165系)を撮りたかったのですが、あいにく時間がずれていていませんでした。ギター侍・波田陽区ではないですが「残念~ッ!!」駅前から妻沼ゆきのバスに乗りこみます。東武鉄道熊谷線の線路は、一部を秩父鉄道と共用していたらしいです。バイパス経由のバスだったので、かなり飛ばし、目的地のバス停「ニュータウン入口」に着きました。ここには公民館などがあり、その片隅に「妻沼町保存館」があります。どこにあるのかな、と思っていたところ「妻沼線ディーゼル車両」という案内がありました。そこへ行くと、ありました。キハ2002号車、通称「特急カメ号」が。昭和29年、東急車輌で3両が建造されたこの車両は、当時としては珍しい液体式変速機の車両で、兄弟車としては富山県の加越能鉄道加越線(昭和47年廃止)のキハ125、126があります。ちなみにキハ125、126は加越線廃線後、関東鉄道に再就職を果たして鉾田線に配属されました。昭和54年に鉾田線が「鹿島鉄道」として分社化されると、そこのキハ431、432号車としてワンマン化改造を経て、2007年3月31日の廃線の日まで走りました。車内を見学してみる事にしました。鹿島鉄道のキハ431、432号車はオールロングシート車ですが、このキハ2002号車は背ずりの低いクロスシートとロングシートが並んだセミクロスシート車です。運転台は半室構造で、左側部分に運転台があり、右側部分はロングシートです。まるで運転士さんになったような気分で、子供達にとっては格好の「特等席」だったでしょうね。子供達にとっては格好の「特等席」だった、運転台横の座席部分です。車内には「東武鉄道熊谷線」ゆかりの写真があれこれ展示されていました。蒸気機関車と並んだ「特急カメ号」、地元の園児達を乗せている「特急カメ号」など。それでは、ここでこの「東武鉄道熊谷線」の歴史について触れたいと思います。昭和17年、東武鉄道は軍部の強い要請により熊谷~小泉間に新線の計画をしました。これは現在の群馬県太田市に当時あった「中島飛行機工場」が、工場が手狭になったため、小泉町と大泉町に新工場を建設しましたが、その工員輸送として計画されたものです。ところが当時は資材が不足しており、東武鉄道では当時の日光線の合戦場~東武日光間を単線にして、そこからレール等を充当して昭和18年12月5日、突貫工事により熊谷~妻沼間10.1kmを開通させたものです。列車はB2型蒸気機関車が不要になった電車を客車代用として走らせ、妻沼駅から工場まではバス連絡というものでした。ところが利根川を渡って小泉線の西小泉に至る区間を工事していたところで終戦を迎え、この区間は工事中止となりました。そして昭和29年、蒸気機関車の列車に替わり、ブルーとクリームのツートンカラーのキハ2000型気動車3両が就役しました。湘南型の正面2枚窓その姿と、最高時速60kmでノロノロと走る姿を見て、いつしか人々達はこの気動車を親しみを持って「特急カメ号」と呼ぶようになりました。しかし、小泉線と直結させるという当初の目的を失った熊谷線は、東武鉄道にとっては「赤字路線」でした。朝と夕方のラッシュ時には2両連結で走るこの「特急カメ号」も、日中は単行でノロノロと走っていました。全体の利用者は少なくても、地元の人達にとっては大事な足でした。ところが昭和50年代になると、さすがの東武鉄道も赤字路線の熊谷線をどうにかしなければ、という事になりました。延長して小泉線と直結させる、という話はとっくに消えてなくなり(昭和49年8月に、未成区間の妻沼~新小泉間の免許を取り下げた)、昭和53年から地元に廃止の方針を説明しだしました。全体利用客こそ少なかったですが、通学の学生やお年寄り達の重要な足となっていただけに、地元では「熊谷線廃止反対運動」も起こりました。その後東武鉄道から地元に対して何度も説明が行われ、代替の急行バスを運転する事などを条件として、昭和58年5月31日 「東武鉄道熊谷線」は約40年の歴史に終止符を打ったのでした。最終日の列車には特製のヘッドマークが取り付けられ、「特急カメ号」に別れを惜しむ地元の人や鉄道ファン達で列車は一杯でした。特に熊谷駅での乗務員への花束贈呈のところでは、多くのファン達によるカメラの放列がありました。熊谷線廃止後、「特急カメ号」ことキハ2000型気動車のうち、キハ2001号車は千葉県船橋市の学習塾に引き取られ、「列車の学習塾」となりました。キハ2003号車は、東武動物公園での保存を前提として杉戸機関区に留置されました。しかし残念ながらこの2両は、やがて朽ち果てていき2両とも廃棄されてしまいました。残ったキハ2002号車は地元・妻沼町に寄贈され、地元で保存されていましたが、平成12年3月、「妻沼町保存館」に移設され、屋根付の展示場を与えられて現在に至っています。状態は、一時期「心ないおたく」達によって荒らされた事もあり、一部に傷みが見られますが、その他は綺麗に整備されており「特急カメ号」が走っていた当時の面影を見せてくれているかのようでした。(そのため一時、車内見学が中止されていた時期もあったようです。皆さんはちゃんとマナーを守って見学しましょう。)キハ2002号車の製造銘版です。「昭和29年 東急車輌」とあるのが分かります。キハ2002号車のクロスシート部分。昔の気動車によく見られた、背ずりの低い固定クロスシートです。キハ2002のサボ取り付け部分。ここに「熊谷-妻沼」と取りつけられていました。キハ2002の重量表示など。先頭部分に書いてありました。キハ2002号車のエンジン部分。言わば「心臓部」ですね。「キハ2002 東武鉄道」という表示と、おそらくラジエータ部分と思われます。ホームに停車しているイメージのキハ2002号車「キハ2002号車の由来について」の説明この「特急カメ号」こと東武鉄道熊谷線キハ2002号車が保存展示されている「妻沼町保存館」へは、熊谷駅より「妻沼」ゆきのバスで「ニュータウン入口」下車徒歩3分です。公開時間は10時~16時で、火曜日はお休みです。皆さんも是非 「特急カメ号」に会いに行ってみて下さい。ふと旅に出たくなった時。お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.11.18
コメント(6)

皆様、こんばんは。いかがお過ごしですか。今日は最終の授業が休講だったので、6限で帰るつもりでしたが、帰る途中に前の会社の先輩とバッタリ会い、会社でコーヒーを飲んできました。そんな訳で、本題に入りたいと思います。先日水曜日、以前から気になっていた「東武5700系ロマンスカー利用のレストランが埼玉県にある」という情報をつかんでいたので、行って来ました。東武鉄道5700系とは、かって日光・鬼怒川へ走っていた特急電車です。特急の座を下りた後も、急行用、快速用として活躍し、平成3年に引退するまで走りつづけた車両です。引退直前には「鉄道友の会」から長年活躍している車輌に贈られる「エバーグリーン賞」を受賞した、栄誉ある車輌です。東武博物館にある東武5700系“ねこひげ”時代の模型1限の授業を終えて近くのJR駅へ行きへ。ちょうど高崎線直通の「湘南新宿ライン」籠原ゆきが来るところでした。グリーン車のアテンダントから缶ビール(アサヒの「スーパードライ」)を買い、ロングシートで飲んでいると、ちょっとした旅気分です。本当はグリーン車にでも乗りたかったのですが、如何せん予算が…。いつしか「湘南新宿ライン」のE231型は赤羽駅を出て、埼玉県へ。大宮駅からは高崎線へ入ります。沿線には、来年10月オープンの「鉄道博物館」の建物の工事現場が見えています。今から楽しみな博物館です。そして目的地・吹上駅へと到着。ここから「行田車庫」ゆきのバスに乗れ、とのことでした。バスは私を待っていたかのように発車し、数分で最寄りの停留所「ものつくり大学前」へ。ここからちょっと歩いたところに、上越新幹線の高架橋が見えます。すると、ありました!東武の5700系が2両。そのうちの1両・クハ703号車は原型を留めて、もう1両のモハは改造を受けて。まずはクハの写真を外から撮り、店内へ入ります。店内はランチタイムの後という事もあって盛況でした。以前ネットでつかんだ情報によれば、この店はパスタとピザが美味しいとの事。そこでパスタのセットを頼んだ所「それだったら日替わりの方が、全部ついていてお得ですよ」と安い方を勧めてくれました。安い方を勧めてくれるこの点に、とても嬉しさを感じました。今日の日替わりランチは「チキンと野菜のトマトソース煮こみ」で、サラダ、コンソメスープ、飲物(コーヒー等数種類から選べる)が付いて990円。それにしました。内容もボリュームあり、とても良心的な店だな、と感じます。落ち着いたところで、店内を見せてもらいました。クハの運転台は倉庫ですが、一部運転機器が残っていました。状態はいいです。「乗務員室」という扉も健在です。クハの車内はアメリカンレストラン風に改造されていて、白熱灯が灯っています。もちろん、5700系の売り物だった屋根脇の蛍光灯も健在でした。欲を言えば、1~2ボックス分だけ、かっての転換クロスシートを残して欲しかったな、と個人的には思いますが…。モハ5700の車内はショットバー風になっていて、夜にはここで、ウイスキーやカクテル等を飲みたいものです。かっての客用ドア部分(クハ703号車の前部ドア)東武5700系時代の通風口(冷房の換気口ではありません)車内放送用スピーカー(5700系登場当時は、車内放送装置自体が画期的でした)アメリカンレストラン風の店内(クハ703号車)お店の方の話ですと「塗装に結構、手間がかかります」との事です。やはり屋外での保存は難しいようですね。「それでもこのように電車を愛し、わざわざ来て下さる人がいる限り、この電車は大切に守っていきます」と言ったお店の方の言葉が印象的でした。お店の名前は「マスタード・シード」。月曜から土曜はランチもやっていて11時半~14時半。あとはディナータイムで17時半~23時。(日曜日はディナータイムのみ)尚、火曜日はお休みですので御注意下さい。また、ご予算に応じてパーティーなどもやって下さるそうです。その際には「電車ケーキ」(3,800円)というオリジナルケーキをオーダーされてみては、いかがですか?お問い合わせは「マスタード・シード」048-553-2800まで。アクセスは、先にも書きましたがJR高崎線「吹上」駅より朝日バス「前谷経由行田車庫」ゆきで「ものつくり大学」下車、徒歩5分です。皆様も一度、お出かけになってみてはいかがですか?懐かしい「ゴーナナ」が、そして笑顔の素敵なスタッフが、皆様をお待ちしてますよ!!東武博物館に保存されている、モハ5711号車のフロントマスク東武博物館に保存されている、モハ5711号車の運転台部分※店内の写真撮影はすべて、お店の許可をいただいております。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございますも、 下さい。お待ち致しております。東武デラックスロマンスカー最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.11.17
コメント(4)
皆様、こんばんは。晩秋の候、いかがお過ごしでしょうか?今日は大学の授業は夜だけでしたが、午後に前の会社の上司と所用があって会いました。その後大学の授業に出て帰って来ましたが、かなり疲れています。そのため、勝手ながら今日も執筆はお休みさせていただきます。ぐうたらライターですみません。ふと旅に出たくなった時。お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございますもは、どしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.11.16
コメント(4)

皆様、こんばんは。昨日はちょっと、辛口意見を書き過ぎたようですね。今日は疲れていたせいか、1時限の授業は熟睡状態。目が覚めたのは教員の「来週、小テストをやります」という声で。さぁ、大変だ。どうしよう。と思ってもあとのまつりですね。さて、今日は「日本一有名な交番とお巡りさん」について書きたいと思います。地下鉄千代田線から直通する、常磐線の各駅停車に乗って「亀有」駅で下車。大抵の方は、その交番とお巡りさんが何であるかは、もう、お気づきですよね。そうです、その交番とは正式名称は「亀有駅北口交番」ですが、かの有名なマンガ「こちら葛飾区亀有公園前派出所」のモデルになった交番です。この交番へ「両さんいますか?」と訪ねてくる子供達も少なくありません。するとお巡りさん達も子供達の夢を壊さないように、と「両さんは今、パトロールに行ってるよ」と答えていたそうです。亀有駅南口の交番です。ここにも「両さんいますか」と、訪ねてくる子供達が多いです。この交番、南口にも交番があるのと老朽化から、吸収合併の話もありましたが「かの有名なマンガのモデルにまでなった交番を無くさないで下さい」という署名運動が、住民や「こち亀」ファン達の間から起こり、存続が決まった、という有名な話があります。この交番、最近では無人状態の事が多いですが、交番の前で記念写真を撮る人達の姿も少なくありません。時には観光バスまで、やって来るほどです。そんな亀有駅北口に2006年2月11日、「週刊少年ジャンプ」への連載30周年を記念して、北口駅前に主人公・両津勘吉の等身大のブロンズ像が建てられました。除幕式には原作者・秋本治氏の他、アニメで両津勘吉役を演じ、ミュージカル版では主演・脚本・演出をこなすラサール石井氏も出席しました。この両津勘吉の等身大のブロンズ像、現在は記念撮影の名所となっています。また11月18日には、南口にも「こちら葛飾区亀有公園前派出所」に関する記念碑(両さんのハッピ姿像)が建ちました。ちなみに街中のお菓子屋さん「伊勢屋」さんでは、「両さん」の顔を焼きつけた「両さんどら焼き」が売り出され、新しい亀有の名物となっています。新しく出来たショッピングセンター「アリオ亀有」には「こち亀ゲームぱ~く」という、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」をイメージしたゲームセンターまでが出来て、家族連れの人気を集めています。南口の交番のお巡りさんも、子供の夢を壊さないように「両さんは、今日は非番でパチンコだよ」と言ったりしているそうです。そのお巡りさん達もきっと、「こち亀」を読んで育った世代なんでしょうね。あのマンガもずいぶんと、息が長いものです。それでは、「アリオ亀有」にある「こち亀ゲームぱ~く」に行ってみる事にしましょう。入ると早速、ありましたね。「亀有公園前派出所」が。「こち亀ゲームぱ~く」の中にある亀有公園前派出所おっと、両さんが立っていますね。ゲーム機の間に、亀有の昔ながらの町並みが再現された、楽しいゲームセンターです。隣りには駄菓子屋さんもあります。再現された「両さん」の机の中です。机の上には、大原部長へ提出する始末書があります。このマンガも連載されてから30周年。栄枯盛衰の激しい「週刊少年ジャンプ」では、異例の長寿作品です。下町の人情や風景を、時には最近の流行を、破天荒なお巡りさん・両津勘吉の目を通して見ていく。最後は大抵、上司の大原部長のおしおきで締めくくられるのがオチですが、それでも憎めないのがこの「両さん」のいいところなのかもしれません。下町人情ものの回や、少年時代回顧の回では、ちょっと余韻の残る終わり方をする。これもまた、この「こちら葛飾区亀有公園前派出所」、通称「こち亀」のいい所なのかもしれません。あなたもちょっと途中下車して、亀有の町を歩いてみませんか?ひょっとしたら、自転車に乗った両さんがパトロールしているかもしれませんよ?こちら葛飾区亀有公園前派出所(第141巻)両さんと歩く下町お待たせいたしました!東京限定人形焼。両さんオススメのこしあん老若男女問わずお土産にもネタ!?にも非常に人気の高いお菓子です☆0804お得10ふと旅に出たくなった時。お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.11.14
コメント(10)

皆様、こんばんは。週の始まり、いかがお過ごしでしたか?こちらは眠気との戦いでした。授業中も眠くて、眠くて、ペットボトルのお茶を飲んだもののなかなか眠気は覚めませんでした。さて、皆様の中には既に御存知の方も多いと思いますが、渋谷駅・ハチ公前に東急5000系のトップナンバー・5001号車・通称“アオガエル”が置かれている事を。私も先日見てきましたが、はっきり言って涙が出そうになりました。車体は3分の2にカットされ、台車はもぎ取られていました。これではもう、「鉄道車輌」とは言えません。車内も、椅子の半分が撤去されていて、渋谷の町のギャラリーになっていました。はっきり言って“アオガエル”が可哀想です!車体はカットしたとしても、短いながらも線路を敷いて、台車は残しておくべきでした。この東急5000系電車は昭和29年、当時の鉄道製造技術の全てを駆使して製造された高性能電車で、主に東横線に配置され、渋谷~横浜間のスピードアップにも貢献した電車でした。登場当時には車内で、ラジオ放送をかけるサービスもありました。その高性能さから引退後も、あちこちの地方私鉄から引く手あまたで福島交通、岳南鉄道、長野電鉄、松本電気鉄道、上田交通(現・上田電鉄)、熊本電気鉄道等に引き取られていきました。このトップナンバー・5001号車は、長野県の上田交通(現・上田電鉄)に引き取られていたものを引退後買戻し、長津田検車区で保管していたものです。その貴重な「産業文化財」とも言うべき車輌を、こんな姿にしてしまった東京急行電鉄と、渋谷区のやり方に、鉄道ファンとして強い憤りを感じずにはいられませんでした。「電車とバスの博物館」という立派な「交通博物館施設」がありながら、保存目的で引き取られていった東急電車の末路は、いずれも哀れなものでした。一例を挙げますと、昭和44年に「玉電」こと玉川線(路面電車)が廃止された時は、34号車が二子玉川園に、60系5両がこどもの国に、91号車が世田谷区総合運動場に、“ペコちゃん”204号車が多摩川園に、206号車が野田市清水公園に保存展示されました。しかし、いずれも屋外展示のため傷みが早く、みんな朽ち果ててスクラップになってしまいました。多摩川園の204号車も多摩川園の閉鎖でスクラップになる運命でしたが、当時の東急社内に「あの貴重な電車を朽ちさせてはならない」という意見があり、きれいに整備された後、田園都市線・高津駅ガード下に展示されました。そして「電車とバスの博物館」がオープンするとそこの目玉展示物となり、宮崎台駅に移転した現在でも入館者の子供達に囲まれて、幸せな老後を送っています。今回の5001号車の時は、その様な意見は出なかったのでしょうか?せめて204号車の置いてあった、高津駅のガード下にでも展示してあげたほうが良かったのでは、と思います。東急5000系電車の運転台(中には入れません) ギャラリーとなった5001号車の車内(哀れにも片側の座席が取り外されています)哀れにも切断され、塞がれてしまった5001号車の後部この姿は、「鉄道ファン」として非常に残念な姿で、怒りすら覚えます。既にあちらこちらの鉄道関係の掲示板やブログで、東急と渋谷区のこの姿勢に怒りを唱える書き込みが多くされています。中には「東急は即刻この電車を渋谷区から買い戻し、復元し直せ」という意見すら出ています。私も、これには賛成です。「産業文化財」とも言うべき5000系電車の、それもトップナンバーをこの様な形にしてしまった東京急行電鉄と渋谷区に、強い怒りを覚えます!!このブログをご覧の皆様はどう思いますでしょうか?是非、御意見をお聞かせ下さい。東急電車形式集(1)東急電車形式集(2)東急電車形式集(3)ふと旅に出たくなった時。お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.11.13
コメント(4)
皆様、こんばんは。2週間の御無沙汰でした。国家試験の方は、例年と出題傾向が大きく異なり、かなりの苦戦を強いられました。結果は、運を天に任せるのみです。また、お休みしていた2週間の間、激励のメッセージを下さいました皆様、本当にありがとうございました。皆様のおかげで、頑張る事が出来ました。それでは、本日より復活致します。本日の写真ですが、先日の「都営浅草線イベント」で撮影した京成3290系電車の3298号車です。御存知の方も多いと思いますが、この3290系電車8両(3291~3298号車)と3190系電車(3195~3198号車)4両は、昭和42年頃から、老朽した1600系ロマンスカー「開運」号の置き換え用として、セミクロスシート(ボックス席とベンチ式の座席が混在したシート)で登場したグループです。有料の座席指定特急で走るため、中間車にはトイレと、車内販売準備室用の物置も設置され、4両から初詣などの多客時には8両まで増結されて、成田山へのノンストップ特急「開運」号として走りました。それでも、先代の1600系ロマンスカーがリクライニングシートに、当時としては珍しかったテレビ付の特急だっただけに、サービスダウンは否めないものでした。「開運」号の他にも、不定期特急「まこも」号、千葉駅で海水浴バスに連絡する特急「くろしお」号等にも使用されたことがあります。しかし、新東京国際空港(成田空港)開港に備えて、新型特急車AE(Airport Express)系が計画されると、この特急「開運」号も使命を終え、3290系電車8両と3190系電車4両は、ロングシートの通勤車に改造されました。もちろん、トイレと物置も撤去されました。これらの車輌が通常の3150系や3200系と違う点は、客用のドアが片開きになっているところです。(通常のタイプは両開きです)4両の固定編成だったため、主に千葉線や金町線などのローカル運用で走ってきましたが、この度引退が決まったようです。そのため、今回のイベントに出で来たのかもしれません。それならば、レプリカでもいいですから、栄光の特急「開運」号のヘッドマークを付けて欲しかったと思うのは、私だけでしょうか。もしもこの3290系電車が京成線内で「さようなら運転」を行うのでしたら、レプリカでもいいですから「開運」号のヘッドマークを付けて「最後の花道」を飾らせてあげたいですね。お願いしますよ、京成電鉄さん。またこれから、この休みの間にあたためていた鉄道ネタや旅行ネタを、皆様に是非、御紹介していけたら、と思いますのでどうぞ宜しくお願い致します。ふと旅に出たくなった時。お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.11.12
コメント(8)
全15件 (15件中 1-15件目)
1


![]()