仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2012.06.11
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カテゴリ: 雑感
オウム容疑者の逃走に関する報道が続いている。今日は、防犯カメラの映像や携帯の通信履歴などが説明されている。もちろん警察からの提供情報だが、こういう際に、それら情報を警察から提供を受けて報道する理由をなぜマスコミは説明しないのか。

警察の言うことだから、視聴者が欲しているから、それだけでは困る。防犯カメラの設置者は、商店街だったりコンビニやスーパーの経営者だったりするだろうが、警察にホイホイとデータを提供しているのか、それとも何らかの厳格な手続を経ているのか。携帯については、もっと深刻だ。この人物がどの携帯を保有し、どんな履歴があるか、警察にキャリアは情報提供しているのだ。

私は、決してこのような報道自体を否定するつもりはない。防犯カメラや携帯使用状況が捜査に必要なケースも有ろう。問題は、ことあるごとにプライバシーや個人情報の保護をさけぶメディア(特にTV)が、犯人捜しに向けた国民感情や視聴率に迎合して、無目的無批判に喜んでこうした情報を流すことだ。せめて、この情報の出自と報道の必要性などを、普段尊重しているはずの個人の利益と秤にかけて説明する姿勢が欲しい。詳しく論じるまでのことはなくても(なお、防犯カメラの場合は不特定多数のいわば風景を撮影しているだけという意味で、プライバシー侵害性は若干異なる余地はあるだろう。憲法の演習問題で出るやつ。)、せめて一言欲しい。

反語的に言えば、最初から私たちの行動は日頃警察に監視されているのですよ、それで犯罪取締りに効果的でしょ皆さん、と普段からメディアが言っているのなら、こんな報道でも良いかも知れない。しかし、そうではないだろう。時には国民のため、時には報道の自由を主張しながら、各種規制に反対し、住基ネットやマイナンバーにも懸念、どこまで理想を貫いているのかと思うと、これなのだ。

折しもごく最近、外国人の元受刑者が釈放された件では、ある新聞は自身の報道を振り返って、外国人と犯罪の連関性をステレオタイプに扱ったとか、事件の際には被害者の私生活をクローズアップさせたとか、書いていた。検証は勿論必要だが、何やら事後的に反省してみせるその「姿勢」だけではないか、と私は疑いたくなる。報道するその瞬間に、配慮がなければ困るのだ。読者視聴者が知りたいから報道した、を言い訳にした無節操で浅慮の報道姿勢が、最近多くないか。

報道関係者(あるいは誰でも可ですが。)の意見を、是非聴きたいものだ。

■関連する過去の記事
オウム容疑者の報道を考える (2012年6月6日)





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最終更新日  2012.06.11 23:11:09
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