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乗客が降りた 列車内の客席です。1960年前半までは、こういった有様は普通でした。電車内で出たゴミは、そーっと座席の下に置いて下車するのが 最大限のエチケットであったのです。ゴミ箱にまとめなければ結局散乱し、電車も満席でしたし。ごみ回収の人が、機敏に登場し手早くゴミを回収するという認識をみんな持っていたのです。東京オリンピックを機に、ゴミはゴミ箱に捨てる 痰を吐いたり 立小便はしない という注意喚起が湧き上がったのです。それまで日本人は、そういった部分気にしなかったのですね。駅のホームには痰壷が置かれたのです。男性の喫煙率は90% 大気汚染もひどかったので痰を吐く人多かったですねえ。1960年代 海外旅行に出掛ける人も目立ち始めました。フランスのホテルを堂々と、ステテコ姿(下着姿になります)で日本人は歩き、ブランドの店で爆買いし、吸殻を投げ捨て大声で話す。日本人のマナーは最低であると評価されたのです。その後 改善されたのは やはり 海外諸国からの指摘です。不名誉な事としてとして 慎重に反省し、バックに国があることを改めて認識したのです。そして 今では他国のマナーの悪さを訴えたりしているのです。
2018.07.27
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わずかな期間だったのですが、今思うと竜宮時代に見えてきてしまうのですが若い女性が、それは結構 巧みに 若い男性をフル活用していたのです。機械音痴な、一人暮らしの女性は、メカに滅法強い男性を捜しては、無償で 新しく買った電化製品を配線してもらいます。男性は「コード君 お願いできる?」なんて言えばあれこれ期待して 繋げてあげるのです。「ごめーん、家に帰る足 なくなっちゃった、 アッシー君お願いできる?」女性は即、自分の送迎の手配をします。「お待たせーっ」軽い笑顔でアッシー君はやって来るのです。メッシー君重厚な携帯電話で、「しもしも~~!どっかご飯行かない?」自分から誘っておいて、会計する意志は微塵も持ち合わせていないのです。多少の非常識が罷り通った時期だったのです。備蓄はないにしても、みんなパースの中はパンパンだったからでしょうね。そして、男性の左心室には、軽く独占欲が発生していたのですから。
2018.07.20
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昭和から伝しょうされている確立100%のことがあります。コマーシャルからヒット曲は生まれるもちろん 画像もストーリーも視る人に突き刺さなければの話ですけれど。某引越し会社のCMの曲、ここち歌っているのは倉本美津留 さん 放送作家の方で58才とのことです。女の子 優位歴然とした態度で「うちが引っ越すの 淋しい?」などと薄笑いを浮かべながら彼氏をからかう。容貌からの不釣合いな セリフが正に今時ではありますが、やはり引越し会社のCMですよね。上図のようなセリフではなかったはずですがからかわれても、極めて真剣に好きだからの感情をぶつける。初恋ってこういうものなのですね。昭和では、高校生になれば男女交際はあっても 中学生 まだ恋心はそれぞれ持ってもカップルを作って交際するのはまだ無かった気がするのですが。だから 女子はうつむき、男子はじ~~っと好きな子を見つめるだけだったのです。
2018.07.12
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子供っていうのは、天変地異があったり日常に異変があると 興奮歓喜するものです。昭和中期の子供は、特にそうであった気もします。昭和40年代前半まで夏、地域の保健所が、各家庭を巡廻し、住宅消毒を強制的に実施していたのです。伝染病もまだ多く、色んな害虫が生息し衛生状態は 良くなかったのです。 保険所から配られた消毒液を、 水鉄砲のような ピストンスプレー器(主に大日本除虫菊製造)に入れ、 ハエを抹殺します。 その臭いはあまり嫌ではなかったのは 安心感と達成感が加わったからなのでしょうか。 もうひとつ、子供が好きだった匂いが バスの臭いです。ガソリンの臭いですね。 バスを追いかけるまではしなかったものの バスの背後で香りを満喫していたのでした。
2018.07.04
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