おしゃれ手紙

2019.08.26
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カテゴリ: 父の麦わら帽子
おか
私が暮らした岡山県の山奥の村は、 昭和30年の初め は、テレビなどなくて(あったかも知れないが、私はまったく知らなかった。)映画館もない時代だった。
うちわ それでも 、七夕や盆踊りなど夏休みは楽しいことでいっぱいだった。
楽しいことのひとつに、夏の夜、小学校の校庭での映画会があった。


平屋の校舎が3棟並ぶ小学校の校庭で映画会は開かれた。
校舎の壁を利用して白い布が掛けられ、それがスクリーンになった。

木をカタカナのコの字に組んでそれに筵(むしろ)をかけたけ、壁にした。
座席となる場所には、筵(むしろ)が敷かれていて、客は座布団を持参するのだった。

小さな入り口には、入場料を取るところを作った。
入場料のことを「木戸銭」と言った。
下駄 昼には、映画会を知らせる車が拡声器で
「今晩、7時より、小学校で映画があります。

皆様、お誘いあわせの上、お越しください」と言いながら通った。

それを聞いて父と母は
「青年団が映画をふれて(告知)いる」言ったが、映画を見に行くことはなかった。
木戸銭が無いので行けなかったのだろう。

私は、子ども同士で見に行って、大人に交じってさっと入場した。
木戸銭の係りも見逃してくれることを知っていたのだ。
半月 映画は、2本立ての他にニュースがあった。

先にニュースがあり、次にドラマだ。
ドラマの内容は、「母子もの」、「お笑いもの」、「時代劇もの」が好まれたのかよく見た記憶がある。
特に時代劇は人気があったと思う。

物語が始まると、みんなが拍手を送った。


そこに、正義の味方が馬で現れると、一気に会場は沸いた。

「ええモン(良い者)じゃぁ、ええモン(良い者)が来た!!!」
子どもは、各自大歓声を上げ、大人も拍手喝采した。

映画の終わりには、大人も子どもも、拍手をした。

あの頃は、すべてのものをみんなで分かち合った。



昭和も半ばになると、少しずつテレビが入ってきて校庭の野外映画会は無くなった。
夏の野外映画会は、子どもの頃の数年間だけの貴重な思い出だ。
 先日、■ 映画・ニュー・シネマ・パラダイス ■を見た。
そこでも夏に野外映画会があった。

2019.4月16日(火)ギリシャ・サントリーニ島 ■で野外映画の案内が!

■2018.4.24(火)クロアチア・ロヴィニ
約600年間ヴェネチアに支配されていた歴史をもつロヴィニ。
この路地にスクリーンを吊り下げて映画を見るのだとガイドさんは言っていた。
シネマ
2016年7月エディンバラ
駐車料金を払って車を止めて、入場料を払い中に入ると、野外映画の案内が貼ってあった。
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Last updated  2019.08.26 00:19:23
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