おじん0523のヒロ散歩

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2021.08.26
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カテゴリ: ヒロ散歩
秩父宮記念公園の花々を楽しむ。

7月27日(火) 12:02
木道 → 憩いの庭 → つばき園 → 防空壕へと進む


憩いの庭に咲く花


ジュウニヒトエ(十二単)
葉の脇から穂状花序(柄のない花が花茎に均等につく)を出し、小さな青紫色ないし
白い唇形の花を輪生させる。 花は幾重にも重なって咲く。 花径は5ミリから10ミリ
くらいである。 上唇は2つに浅く裂ける。 下唇は大きく3つに裂け、真ん中の裂片が
大きい。 雄しべは4本で、2本が長い。全体に白い毛を密生させる





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ユリとの競演。
ジュウニヒトエ(十二単)の和名は、花の咲く様子を宮中の女官などが着る十二単に見
立てたものである。 俳句の季語は春である


ユリの原種は北半球に約100種類が分布します。そのうち15種が日本に自生。
ヤマユリ、ササユリ、オトメユリ、テッポウユリなど、美しい花が多いことが世界に知られて
いるが、このユリは紅カンゾウ?


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つばき園
平成17年(2005)に、新たにヤブツバキを中心とした「つばき園」が開園された


石碑の裏には、『「つばき園」ができるまで』

緑の葉に真っ赤な花の咲く「やぶ椿」があったが、世の中の変化と共になくなっていくのは寂
しいことだ。どこかに「椿の森」を造り残したい」と提案されてから28年の歳月が経ちました。
これに共鳴された元東京天文台長 古畑正秋氏が基金を寄付し、東山会会員がその遺志を継いで
奔走し、御殿場財産区制施行30周年記念事業として、ここに「椿の森」の実現に踏み出すこと
ができました。御殿場市内で古くからみられた「火防せ」、「防風林」、「河川の土手持ち」

整備を進めました。
              平成17年11月 吉日
                     御殿場市長        


石碑の上にはコケが生い茂る


つばき園内には約1,000本の椿が植栽されている


ヤブツバキの種子
種子からは椿油を採取する


つばき園を出、散策路沿いにいろんな花が咲いている。
バラ


雨に濡れたバラ


フロックス
科名 / 属名:ハナシノブ科 / クサキョウチクトウ属(フロックス属)
フロックスの仲間は67種が知られて、草丈1mを超えるものから、岩場に張りついてクッション
状に育つもの、常緑、落葉、一年草、多年草と、非常に変化に富んで、花が美しいので観賞植物
として多くの種が栽培されています。
シベリアに1種が分布するほかは、残りすべてが北アメリカに分布しています


ルドベキアタカオ
科名 / 属名:キク科 / オオハンゴウソウ属(ルドベキア属)
ルドベキアは、北米に30種ほどが分布している一・二年草、または多年草です。多く栽培される
ルドベキア・ヒルタは、秋まきし、強く凍らせないように防寒して冬越しさせると、初夏から夏
にかけて黄や、赤茶、黄色に赤茶の模様の入った花を咲かせる一・二年草です。
春まきにしても夏に開花


??


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防空壕の案内がありスギ林の中へ、
左上に東屋があるが、工事中で立入禁止


将校用防空壕入口


将校用防空壕入口に立つ説明板、
◎ 秩父宮勢津子妃殿下が書かれた手記の中には以下のような記述があります。
  参考文献:銀のボンボニエール(主婦の友社) 平成3年6月27日発行
  「八月十五日」・・・289ページ
  別邸の屋根には迷彩が施され、等海軍部隊の兵隊によって強靭な防空壕も造られました。
  地下を螺旋状に掘り固めて、ちょうどカタツムリの殻のように奥に入れるようになってお
  りました。奥には煙突のような脱出口もついていました。いざというときは宮さまを担架
  にお乗せしたままずーっと奥まで入れるのです。このほかに宮内省が作った簡素なものも
  ございました。
◎ 御殿場の空襲についても下記のように書かれています。
  「八月十五日」・・・292ページ
  七月三十日、空襲警報が鳴ったと思うと、御殿場駅の方角でドカーンという大きい音がつ
  づけざまに聞こえてきました。私にはそれが爆弾の音だとすぐにわかりました。御殿場駅
  から東へ三キロのこの地もいよいよ危ないと思い、手伝いの者と急ぎ走って帰り、宮さま
  を皆で囲むようにして初めて防空壕に退避いたしました。後で聞くところによりますと、
  艦載機数機が御殿場駅構内を機銃掃射し、駅付近に五十キロ爆弾を八個投下したというこ
  とです。
◎ 両殿下が入られた防空壕は整備し、公開されています。
  この防空壕を出て、正面の竹林内にある赤い三角の通気口がある場所が両殿下が入られた
  防空壕です。


防空壕(将校用)


秩父宮同妃両殿下防空壕
当園内には、秩父宮同妃両殿下防空壕、将校の防空壕、民間人用防空壕(未公開)の三つの防空
壕があります。平成27年に戦後70年を迎え、秩父宮同妃両殿下防空壕を一般公開に向けて整備
を進めてまいりました。
当時、皇位継承順位第三位であった殿下の防空壕は特殊掩体壕というかまぼこ型で、遮弾層とし
て石を1.5メートルほど積み上げ、その後さらに土を盛った構造で強度があるものでした。
  昭和19年11月1日  御殿場別邸上空を敵機が通過するようになる。
  昭和20年3月16日  東海軍により殿下専用の防空壕構築計画をたてる。
  昭和20年4月8日    構築開始。
  昭和20年5月11日  掩体セメント作業のため将兵250名を増員。その他約140名にて照明
            燈下のもと作業。その間、市内小学生も石積み奉仕作業に加わる。
  昭和20年6月22日  竣工
  昭和20年7月30日  御殿場駅付近に爆弾八個投下により両殿下は初めて新築防空壕に退避
            されました。
病気療養中であった殿下を別邸から担架に乗せたまま防空壕の奥まで入れるカタツムリのような
構造となっています。
入り口は近くに爆弾が落ちても中に弾や飛散物、爆風などが直接入らないよう折れ曲がり、厚い
板戸がついた設計になっています。
奥には煙突のような脱出口もついています。
   参考文献『銀のボンボニエール』(著者 雍仁親王妃勢津子)より


竹林の中に「秩父宮同妃両殿下防空壕」
防空壕の上に三角の通気口


三角の通気口横に咲くヤマユリ


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防空壕
園内には3つの防空壕がある。現在内部公開している「将校防空壕」、「両殿下防空壕」、未
公開の「民間人防空壕」。
両殿下防空壕は、昭和20年3月造成開始、6月完成。その後7月30日御殿場駅付近での空襲時に
退避、8月15日終戦を迎えた。
当時の図面は「特殊掩体(えんたい)設計図」となっている。「特殊掩体」=「掩体壕」とは、
かまぼこ型で大きな強度のある建物。躯体完成後、周りに遮弾層として石を1.5m程度積み、そ
の後土を盛った構造。当時地元の生徒が参邸し石積の奉仕をした。
掩体壕設計図は、入口から右に曲がり前室、そのまま居室へとまっすぐに入るようになっていた
が、実際は入口から右に曲がり前室に入り、前室左側から居室に入るようジグザグになっている。
入口付近に爆弾が落されても爆風が直接両殿下のいる居室には届かないよう、建設段階で変更し
たと思われる。 


秩父宮同妃両殿下防空壕内部。
奥には煙突のような脱出口もついている


両殿下の居室
ここへ担架で運ばれた秩父宮殿下


防空壕横から竹林を見上げる


竹林の中にはアジサイも咲く





両殿下防空壕上に咲くヤマユリ


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竹林はアジサイロードになっており、いろんなアジサイが咲く


竹林の木漏れ日の中に


ウズアジサイ


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西洋アジサイ





うぐいす亭裏にある、アジサイロード入口



                                     — 続く ー





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最終更新日  2021.08.26 17:51:24
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