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2008年9月3日(水) とうとうこの日がやってきた。帰国である。 いつかはやってくる日ではあったが、実際にやってくると寂しいものだ。感慨というより、寂しさの方が募る。まぁ、また頑張って行けばいいだけなのだが。 毎度のことながら、空港を出るとうだる様な熱気と湿気。日本に帰ってきたと実感させられる瞬間だ。 今回は、エール・フランスでの帰国だったので、途中乗り換え無しで日本に入国。朝の8時半頃に空港に着く。その後、バスで移動し、そこから長距離バスで実家の駅まで向かう。12時発、16時55分着予定のバス。 駅に着くと、母が迎えに来てくれていた。自分の荷物の重さに少々疲れていたので、有り難い。 実家に着くと、玄関先にフランスから送った大量の箱が鎮座していた。これも出さんとね。詰める時は重さと詰める物を吟味するのでかなり気を使ったが、今度はこれを出して、整理せねばならん。同様に、沢山の荷物を送ったSさんも大変だろう。 まずはシャワーを浴びてすっきりする。 母とあれこれ話をしながら、夕食。 久々に実家のパソコンを開き、調整。母がメールが出来ないと言っていたので、調べてみると、プロバイダーの方で、迷惑メール対策をしていた為、設定が変っていたのが原因。設定変更はすぐ終了。しかし、大量の迷惑メールがあって、処理が大変。使っていないアドレスをやめるか検討せねば。 友人達にメールで帰国を報告。0時過ぎに就寝。 さて、このブログ。フランス滞在を記録するブログとして始めたものだ。フランスから帰国したことで、このブログの存在をどうするか考え中。近日中に答えを出すつもり。
2008年09月03日
Jeudi, 14 ao?t 2008 21時過ぎにスペインからモンペリエに帰ってきました。ちょっと疲れていますが、とても満足しています。
2008年08月14日
今日から14日までスペインに行って来ます。
2008年08月06日
Vendredi, 1er ao?t 2008 昨日の7月31日に2年間住んだリヨンの部屋を離れ、リヨンのホテルに一泊した。今回もSさんと一緒。 今日は、朝から雷雨。雨は降ったり止んだりだったが、天気は悪いまま。そんな中、9時過ぎにホテルを出て、午前中に保険屋さんに住宅保険の解除をしてもらいに行く。 昨日書いてもらった部屋の書類のコピーを提出して、向こうが提示した契約解除の書類にサインをして終了。今月分のお金はすでに引き落とされていたので、口座に戻してくれるとの事。 その後、街に戻り、行きつけのカフェで一休みした後、12時半過ぎにホテルに戻る。 ホテルから大荷物を抱えて駅に向かう。ホテルは駅側だったので、大して距離は無いものの、途中で雨が強くなり、バス停に避難。 雨が小降りになったのを見計らって駅に入る。 昼食用のサンドウィッチを買って列車を待つ。しかし、すでに15分送れのアナウンス。14時5分の列車が結局14時45分頃にリヨンを出発。その間も雷と激しい雨が降り続いていた。 列車は、途中何度も停車し、結局モンペリエに着いたのが、18時30分過ぎ。事前に荷物運びのお手伝いを連絡していたJ氏に駅まで来てもらい、こちらにひと月滞在するホテルに向かう。 ホテルにチェック・インが完了した後、いざ部屋に向かうが、部屋は掃除がされていなかった。ベッドは使ったままで、シャワー室はタオルが床に撒き散らされていた。これはおかしいとSさんがフロントに連絡。フロントのお姉さんが確認に来た。お姉さんもこれはと言う事で、別の部屋をすぐに用意するから待っていてと言われる。 5分ぐらいした後、別の部屋に案内してもらった。初めの部屋より広く、収納も大きかった。多分、初めの部屋よりいい部屋になったと思う。 J氏を交えてしばらく話をした後、コメディに行き、明日の朝食等の簡単な買い物をしてから、ケバブを食べる。 23時前にお開き。ホテルに戻り、お風呂に入ってから就寝。 業務連絡 母上様。メールを送りましたので、メールを確認してください。
2008年08月01日
Samedi, 7 juin 2008 学校も終わり、ぼちぼち帰国の準備の段取りを始めていますが、今月は4年に一度のフットボールの祭典、ユーロが行われます。今日はその初戦、スイス対チェコが行われました。これから一ヶ月、退屈せずに済みそうです。
2008年06月07日
Jeudi, 29 mai 2008 P先生の最後の授業。子一時間授業をした後、みんなで持ち寄ったお菓子やら飲み物やらを出して、軽くフェットをする。丁度、近くのクラスでやっていた金曜日のS先生もやってきた。彼女のクラスは映画を見ているとかで、居ても居なくても変わらないという事か?まぁ、いいけど。 午後授業が無いSさんがたまたま外の机で読み物をしていたので、招き入れる。何せ、20人近く居るはずのクラスに、8人しかいないクラス。一人他所から来ても問題なし。アトリエで一緒の人もいるので、さらに問題なし。わいわいやる。 普段話さない様なことも先生たちに聞いたりして、なかなか面白い。映画やリヨンのお店のこと、食べ物のことなどあれこれ聞けて面白かった。 授業時間が終わる頃、片づけを始める。 明日で授業も終了です。
2008年05月29日
Dimanche, 25 mai 2008 フランスで21日から公開されている、待ちに待ったインディ・ジョーンズ・シリーズの最新作、『インディアナ・ジョーンズ クリスタル・スカイの王国』を見た。 昨日(土曜日)に、年甲斐もなく子供相手にフットボールで熱く戦った為、熱まで出し、全身筋肉痛だったが、頑張って見てきた。 フランス語吹き替えかフランス語字幕か悩んだが、フランス語字幕で見ることにする。 時代は、前作から19年後(実世界でも19年後)、今度の敵は旧ソビエト。ロシア人将校役のケイト・ブランシェットがロシア語訛(なのか?)の英語で喋り捲る。 以前の作品を見ているとニヤリとできるシーンもたくさんあって楽しかったのだが、今回の謎が・・・。それでいいのか、スピルバーグ?以前の作品もSF的な要素はあったのだけど、21世紀版のインディアナ・ジョーンズはまさにSFになってしまった。最後に、絵に描いたような宇○人が出てきてはちょっとねぇ・・・。ハリソン・フォードがいつ「ハン・ソロ」になるのかとはらはらしてしまった。 まぁ、インディさんはいい年こいて、まだまだ頑張っている。ただ、息子が出てきたせいか、やんちゃな要素がなくなってしまったのが残念。 絵的には、何となくダイナミックさや躍動感に欠け、手に汗握るハラハラ感がなかった。その分、笑いの要素はたくさんある。 全体的には、以前の話より、子供向けの要素が多いのかな?と思ったりしている。以前の作品より、直接的に人が死ぬシーンがあまりないし。
2008年05月25日
Jeudi, 22 mai 2008 授業が終わり、持っていくものの準備をした後、クロワ・リュスの地下鉄乗り場に20時行く。今日はSさんの前のクラスの友人たちのパーティに、ピニョン氏もお邪魔することになっていたのだ。 昨日買った食材を元に、Sさんは散らし寿司を作っていた。ピニョン氏は、お菓子と飲み物を持って行った。 カザフスタン人が場所を提供してくれるとか。フランス人たちとシェアしている部屋なのだそうだ。 みんなで持ってきた食事をテーブルに並べ、飲みものをついで乾杯。後は、のんびりおしゃべりと食事。どれもなかなかおいしかったので、満足である。マダガスカル人の持ってきた野菜料理がとてもおいしかった。作り方を教えてもらわないととSさんと話す。もっとも、友人の方が、マダガスカルまでやって来いとの事。ふむ。 時間があっという間に経ち、0時にお開き。みんな歩きだったので、のんびり歩いて帰る。
2008年05月22日
Mercredi, 21 mai 2008 今日は、授業の一環で、16時に学校前に集合して、リヨンの地方局のテレビ収録に参加してきた。 Sさんと一緒に16時ジャストに行ったのだが、すでに皆様出発していた。あれ?別の授業で教えてもらっていた先生が待っていてくれたので、その後に誰かが来るといけないので、少しだけ待ってから出発。メトロとトラムを乗り継いで、2区の南の端にあるローヌ・アルプの地方新聞社、「ル・プログレ」の中にあるテレビ局に行った。 いったときに、丁度収録が始まるとかで慌ててスタジオ入り。30分のトーク番組のようだった。黒人の歌手が新しいCDを出したので、その宣伝をしていた。収録の観覧には、勿論、我々外国人だけでなく、フランス人の学生たちも参加していた。ただ、その黒人歌手、フランス人たちは知っていたようだけど、我々外国人は、誰一人知らなかった…。 その後、母の日にこんなものを送ろう!見たいなものや、昔はビデオやDVDの代わりに8ミリで映画を見ていたとか、まぁ、どうでもいいようなことを放送していた。 ADさんが拍手やら歓声を上げる様に指示をあれこれやっていて面白かった。 収録が終わり、マダガスカル人の友人とSさんの3人で、中華食材店へ明日の友人宅でのパーティのための買い物をする。 その後、帰宅。
2008年05月21日
Mercredi, 7 mai 2007 14時に学校の事務所前に集合と聞いていたのだが、誰もいないので、Sさん共々、14時半に市庁舎前集合にあわせて行く。トゥーリスムの授業の一環で、市庁舎をガイド付きで見学できるというもの。ピニョン氏は、この授業を取っていないのだが、Sさんが受けている授業の先生がトゥーリスムの先生で、都合がよければ来なさいと言っていたらしい。それに乗っかった形。 リヨンの市庁舎は、年に一回、市民が入れるらしいのだが、その時は人で一杯だそうで、少人数でゆっくり見学する機会は稀である。これに参加しない手はない。 市庁舎前で他の生徒にも会い、14時半過ぎにガイドと共に見学スタート。約1時間の見学であったが、大変面白かった。ルイ14世時代の建築物でその後の修復等でナポレオン3世時代のデザイン、デコレーションも混在している。みんな、写真を取り捲っていた。 市庁舎前のテロー広場に面しているテラスにも出ることが出来、ちょっとしたビVIP気分。 見学を終えたあと、天気もいいので、散歩しながら帰宅。 途中、4月10日から7月3日まで行われている、ライオンと熊のエクスポジションを少し探す。リヨン市内に69体置かれているのだ。月曜日が祭日なので、週末の3日間に探してみようと計画する。
2008年05月07日
Mardi, 6 mai 2008 授業の一環で、リヨン3区の裁判所に、裁判を傍聴してきた。 13時30分に学校の事務所前に集合。裁判所に向かう。 14時過ぎから裁判開始。被告が普通に傍聴席で待っているのに驚く。いいのか? 裁判長の言うことは何とか分かったが、被告や弁護士の発言の理解が難しく、大変だった。1つ目の裁判は子一時間で終了したが、2件目が異様に長く、且つ内容が複雑で理解に苦労する。3時間ぐらいやっていた。途中で、多くの生徒、先生が帰宅。一緒に行っていたSさんと19時過ぎに終わるまで裁判を傍聴。非常に疲れる。 一件目の判決を聞きたかったのだが、2件目の裁判のあと、休憩が入り、いつ再開されるか分からなかった為、あきらめて帰る。 途中で買い物をして帰宅。
2008年05月06日
Dimanche, 27 avril 2008 9時頃起床。サンテティエンヌのチームの番組で昨日の試合を見る。 列車の出発時間16時半まで映画を見たりして過ごす。 ちょっとしたトラブルがあったが、無事にリヨンに帰宅する。 夜、Sさんが日本から戻ってくる。電話で連絡を取る。明日から学校が再開するので、何かと忙しい。頼んでいたお土産も買ってきてくれているとの事。
2008年04月27日
Samedi, 26 avril 2008 朝9時頃に起き、10時過ぎにAさん宅へ向かう。J氏は出る直前まで、引越し手伝いを渋る。 Aさんからは手伝い依頼があったものの、本当に来るかどうかは半信半疑だったようで、ひょっこりやってきたピニョン氏に驚きとも笑いともつかない表情で出迎えてくれる。 早速、日本人男子二人で大物を運び出す。AさんとP君の部屋は、最上階の4階である上に、狭いらせん状の階段である為、荷物を降ろすのに大変苦労する。新居はすぐ近くで二階だったから、そちらは問題なし。 新居の方でP君に挨拶。随分大げさに歓迎される。ははは。 S君とCさんにも会うと、非常の驚かれ、且つ再会を喜んでくれた。あはははは。 12時頃にはあらかた終了。P君のおごりでビールを一杯ご馳走になる。 S君がJ氏宅で今晩、ピザ・パーディをするぞと言い出す。夕食の準備が出来ないであろうAさんとP君を誘う。S君とCさん、P君がJ氏宅に来ることになる。Aさんはバイトがあるので、欠席。 帰り道、J氏とスーパーで買出し。戻ってからJ氏がパスタを作ってくれた。 20時過ぎにS君たちがやってくる。ピザを注文したが、注文の聞き違いか単純に忘れた為か、30分後に注文の確認の電話が入る。結局、ピザが届いたのは、21時過ぎ。遅れたきたP君よりもさらに遅れてきた。 ピザを貪り食い、わいわい騒いで飲んだあと、P君、帰宅。肌寒かったので、J氏のブルゾンを借りて帰る。S君とCさんはしばらく残って喋る。0時過ぎにご両人帰宅。 シャワーを借りてさっぱりしたあと、寝る。
2008年04月26日
Vendredi, 25 avril 2008 水曜日にJ氏から電話があり、土曜日に行われるAさんとP君の部屋の引越しにやって来いとのお話があり、急遽、モンペリエに行くことになった。宿題がまだ残っていたのだが、何とか間に合わせることに成功。金曜の20時過ぎの列車でモンペリエに向かう。 J氏はヴァカンスの予定がキャンセルになったことを知っていたので、多少は気を使ってくれたのかな?と思いつつも、何せ、相手はJ氏だからなぁ。 宿泊費代わりのお土産と一緒にJ氏宅へ向かう。 22時少し前にモンペリエに到着。J氏宅へ。あれこれは無しをした後、就寝。
2008年04月25日
Jeudi, 10 avril 2008 7時40分のシャトルバスに乗る予定のSさんを、ペラーシュのバス乗り場まで見送りに行く。スーツ・ケースの運搬もあったからだ。 Sさんは、ヴァカンスの予定がキャンセルになったことを気にしていたが、こればっかりは仕方がないこと。気にしないように言う。 Sさんを見送ったあと、部屋に戻る。午後から授業に出席。
2008年04月10日
Mercredi, 9 avril 2008 Sさんと12日からブルターニュ旅行を企画していたのだが、Sさんのおばあさんが危篤との連絡が入り、急遽Sさんは日本に帰国することになった。Sさんがチケットとホテルの予約のキャンセルをした。非常に残念である。 ピニョン氏は、18時からのランス戦を見る為、一人サンテティエンヌに向かい、試合を観戦。一人でサンテティエンヌの試合を見るのは初めてだ。メイン・スタンドで見るのも初めて。噂の急勾配も体験。席が一番後ろから一つ手前の場所だったこともあり、ものすごく階段を上り、スタンドに出てからもさらに急な階段を上り詰めた。下りも手すりを持たずに下りるのが怖いぐらいだった。しかし、試合を観戦するにはものすごく見やすかった。ただ、両脇にある柱が非常に気になるが、仕方があるまい。天井が落ちてこられても困る。試合のほうは、サンテティエンヌの勝利。残念なのは、カメラを忘れてきたこと。 試合を見終え、Sさんに連絡を入れる。キャンセルは無事終了。明日の朝一番の飛行機でリヨンからパリ、パリから日本に戻るとの事。こちらは、トラムを待っていたのだが、何がどうなったか知らんが、トラムが停留所に停車せず、そのまま行き過ぎてしまった。SNCFの駅に行くトラムの本数が少ない上、これを逃すと列車に間に合わないときた。あわてて、他のフランス人ともども、列車を追いかけて走る。次の停留所で列車を捕まえることに成功。無事に列車に間に合った。 リヨンに戻り、軽く夜食を食べた後、寝る。
2008年04月09日
Samedi, 29 mars 2008 朝の10時過ぎの列車に乗って、Sさんとモンペリエに向かう。今回は友人Iさんの結婚式である。すでにIさんはフランス人の旦那さんJ-Pさんと昨年の11月に日本で結婚式を挙げているが、彼の方がフランスでも結婚式を挙げたいとの希望があり、今回の運びとなった。 12時前にモンペリエに着き、今回もお世話になるCさんに電話。もっとも、電話にはS君が出た。サンドウィッチを買ってから向かう。 荷物を置き、昼食を4人で食べる。結婚式までの会場には、友人のSさん、Kさん夫婦の車に乗せてもらうことになっているらしい。14時30分に、Kさん宅側のトラムの駅で、同乗するJ氏と合流することにした。Kさん宅をはっきり覚えていなかったこともある。 しかし、待ち合わせにJ氏が間に合わず、少し遅れるとの事。14時45分には来て欲しいと言われていたので、先に行くことにする。記憶をたどってたどり着くと、まだ二人とも準備が出来ていなかった。ははは…。 ソファーに座ってKさんたちの準備が出来るのを待ち、J氏が来るのを待つ。 J氏が到着するごろに、丁度、Kさんたちの支度も完了。結婚式が行われる施設に向かう。 予定の15時30分には、何とか間に合った。すると、別便で来ることになっていたSくんから電話。渋滞に巻き込まれてモンペリエの中心地から出れないらしい。もう式が始まるというのに!それでも、J-Pさんのご両親も少し遅れているので、大丈夫かなと。 結局のところ、少し遅れて始まったこともあり、S君やCさんも無事に式に参列できた。 式の後、写真撮影やら何やらやっていたので、その間、モンペリエの友人たちと喋って過ごす。しかし、披露宴?の会場が開くのが18時なのだという。むぅ。よって、モンペリエの日本人グループとその旦那方は、一時、Sさん邸に戻ることになった。 お茶を頂いて、しばらくみんなでべらべらとおしゃべり。会場まで結構あるはずなのに、フランス人たち一向に慌てない。まぁ、そんなもんか。17時前に日本人たちに促され出発。 会場を通り過ぎてしまったが、時間前には到着。もっとも、フランスですから、18時から始まるわけがない。少し肌寒い中、外のテラスで新郎の友人たちのブラスバンドの演奏を聴きつつ、アペリティフを貪り喰う。何故なら、一向に会が始まる様子がなかったからだ。 結局、何時になったのか正確に覚えていないが、20時前だったと思う。決められた座席に着き、会食の開始。ピニョン氏とSさん、AさんとP君は新郎・新婦と同じテーブルに座り、新郎・新婦のご家族と歓談。モンペリエのフランコ・ジャポネ・カップルたちは隔離されるように別テーブルへ。会の間中、そこだけ別世界だった…。J氏曰く、「こちらは新婦のご家族に、とても紹介できない友人たちだと判断されたんだよ」などとコメント。落とすに事欠いて、そこまで言いますか、あなた! 食事はとてもおいしく、途中のダンスなどは、まぁ、置いておいて(巻き込まれましたけど)、楽しい会食だった。 2時過ぎに、モンペリエのフランコ・ジャポネ集団ともども帰宅の途につく。 Cさん宅にSさんともども戻り、早々に寝る。明日は夕方の列車で帰宅するのだ。 で、次の日…。 のんびり起床。家主たちが起きる前に人の家でテレビを勝手に見る。テレ・フットとフランス2フットを見る。見ている間に家主たちが起床。昼食をとりながらあれこれ歓談。 食事のあと、のんきに話を続け、列車に乗る前に、J氏の部屋を訪問。列車の時間まで30分程度しかなかったが、少しお話をする。 ちょっと慌ててJ氏の部屋をお暇し、16時半の列車に飛び乗る。 リヨンに戻り、夕食のあと、この2日の強行軍に疲れ、早々に寝る。
2008年03月29日
Vendredi, le 28 mars 2008 11時半ごろ、やっと念願の給湯器がやってきた。長かった…。3月1日に壊れてからかれこれ4週間。遅い遅いとは言え、これはかかりすぎだろうと思う。これがフランスと納得するしかない。 おじさんと若いお兄ちゃんの二人組みでやってきた。物は壊れた給湯器と全く同じタイプ。若干、形と表示が変わっているものの、他はすべて一緒。 二人はあれこれ言いながら、意外とてきぱきと仕事をこなす。12時過ぎには、あらかた作業も終了。後片付けをして12時半ごろには帰っていった。待った時間が長かっただけに、たったこれだけの為に随分待ったものだと、妙な感慨すらある。 何にせよ、冷たい水での洗い物から開放されるだけでもめっけものだよ。 15時ごろに、大家さんに給湯器がついたと報告の電話を入れると、「今日??」と驚かれる。もうとっくについているものと思っていたらしい。請求書が来ないのでおかしいなと思っていたらしい。普通に考えればそうだろうけど。 一緒にお願いしていた雨戸の修理についても聞かれたが、配管工が雨戸の修理をするとは聞いたことが無い。もちろん、彼らも雨戸には目も向けなかった。よって、改めて業者に連絡するらしい。まだまだ時間はかかるねぇ。とほほ。
2008年03月28日
Mercredi, 26 mars 2008 午後、洗濯に行く。 いつものコインランドリーに行くと、多分、ここの管理もしくは持ち主がお金の回収に来ていた。挨拶をして洗濯物を洗濯機に詰め、3ユーロ50サンチームをそれぞれ1ユーロ3枚、50サンチーム1枚入れて、洗濯開始。 あとは終了まで、明日発表予定の短編を読み直していた。 すると、洗剤の販売機のお金を回収しようとしていたおじさんが一言。 「壊れている!」 ピニョン氏は、機械が壊れているのかと思っていた。よくある話だと思ってさして気にしていなかったのだが、おじさんが張り紙をして出て行った後、しばらくしてまた戻ってきて、ピニョンしにこう言った。 「警察を見た?」 「なんです?」 「いやね、洗剤の販売機を壊されたから、警察に電話したんだよ」 「あぁ、なるほど。いや、見てませんよ」 と一連の会話。 壊れていたのではなく、壊されていたのか…。なるほど。以前も、ここで料金の盗難があったようで、張り紙がしてあった。たいした額は入っていないだろうに、盗るんだなと思う。まぁ、普段街中を歩いていても、「50サンチームくれない?」と聞いてくる国民だから、それも十分ありうるかと妙に納得する。 しばらくして、ピニョン氏の洗濯は終わり、洗濯物を回収して帰宅。それまでの間、警察官を見ることはなかった。
2008年03月26日
Dimanche, 2 mars 2008 久々にサンテティエンヌに試合を見に行ってきた。対ニース戦。18時からのゲームだったので、見に行くことが出来た。1月の日記にも書いたが、20時からのゲームも去年の12月頭までは見ることが出来たのだが、ダイヤ改正のため、23時過ぎの電車が無くなったので、リヨンに戻ることが出来ない。よって、早い時間のゲームしか見に行くことが出来なくなっている。来期からは、試合時間が19時からに変更になるそうなので、リヨンにいるサンテティエンヌ・ファンも一安心というところか? 試合は、0対0の引き分け。前半は、サンテティエンヌにもいいところがあったのだが、ニースのゴール・キーパー、ルロリスにことごとく阻まれ、得点できない。後半は、その流れを引きづったまま、何も出来ずに終了。非常に不満が残る結果となり、非常に残念。 今シーズンは、あと何試合見ることが出来るのやら…。
2008年03月02日
Samedi, 1er mars 2008 昨日、モンペリエから帰ってきた。ニーム脇で列車の炎上事故?のため、予定していた列車が大幅に遅れ、もう一日モンペリエか?と思っていたが、発車を見合わせていたリヨン行きの列車が19時過ぎに出発すると言うので、問答無用に乗り込み、23時過ぎにはリヨンにたどり着けた。0時前には部屋にもどれたので、良しとしよう。 疲れのため、シャワーを浴びずに寝てしまったので、朝、シャワーを浴びようと、給湯器の電源を入れたら、ぼたぼたぼたーと給湯器から水が漏れ始めた。慌ててコンセントを引き抜いた後、給湯器の下にあったものを取り除き、足湯用に使っているたらい?を下に設置。水を取り込んでいると思われる配管を辿ってバルブを閉めるも、あまり効果なし。ちゃんと閉まってないのか?と思ってバルブを閉めようとするが、折れそうで怖い。とりあえず、部屋のお世話をしてくれている人に電話したが出ない。むぅ。 だましだましやり過ごしながら、対策を考える。雑巾に格下げを検討されていたバスタオルを縦に切り、水の漏れているところにガムテープでバスタオルの端を固定。そこから、水を台所のシンクに流れ込む様にする。万が一に備え、たらいは給湯器の下に置いたままにする。 15時頃にやっと部屋をお世話してくれている人に電話がつながるも、明日から3週間スペインで仕事でいないので、直接大家さんに電話しろといわれる。大家さんとは全く面識が無いんですけど…。 とにかく、大家さんに電話して、状況を説明。大家さん、水の元栓を止めろという。いや、あなた、水を止めろと簡単に言うがね、生活用水はどうすんのよ?と思いつつ、一応、そうすると言う。しかし、バルブが2つある。水はお隣さんと共有しており、お隣さんが外出中だったため、バルブを閉めた場合、お隣さんの水が出るかどうか確認できない。その辺も説明したのだが、大丈夫だという。まぁ、後で確認してみないとと思いつつ、修理のお願いをする。週明けになると言われるが、フランスだから仕方がない。待ちますよ…。 幸い、Sさんが近くに住んでいて、シャワーを使わせてくれるとの事。汗と垢まみれになるのは避けられそうだ…。週明けが待ち遠しい。
2008年03月01日
Vendredi, 29 f?vrier 2008 朝、P君が出掛ける時に、挨拶をする。 目が覚めてしまったので、ごそごそしていたら、Aさんも起きてきた。Sさんをたたき起こし、朝食になる。 Aさんが大学に行くのにあわせて出かける。その後、10時半頃にJ氏の所に赴き、荷物を置かせてもらう。12時までお邪魔した後、先日会ったSさんのお友達Yさんとそのお友達Mさんと合流する為、コメディに向かう。丁度、トラムを待っていた学校の先生とばったり会う。すると凄いことを言う。「昨日のニュースで、リヨンでガス爆発があったといっていたけど、あなたたちの家は大丈夫なの?」と言うではないか。それは困ったことだが、さてはて? YさんとMさんに合流して、お馴染みのギリシア料理店に行き、昼食。 そのあと、YさんがB2の問題集がほしいというので、ほんやにあんないすrほんやにあんないする本屋に案内する。 14時半に、いつものカフェで、Cさん、J氏、Cさんのお友達のMさんと合流。あとから別のMさんとJ君が仕事の休みにやってきた。 あれやこれやと一頻りお話をした後、MさんとJ君は仕事に戻り、17時過ぎに、お暇する。18時の列車に乗って、リヨンに戻るためだ。 J氏は、カフェに来る前に駅を通ったらしいのだが、列車が遅れているらしいとの事。J氏の部屋に荷物を取りに行く前、駅を見たら、かなりの遅れが出ていた。 とりあえず、J氏にお礼を言って駅に向かう。どうも、ニーム付近で事故があったらしく、ダイヤが大幅に狂っているらしい。仕事でニームから列車でモンペリエに帰ってくるS君に連絡してみたところ、やはりまだ列車は動いていないとの事。むむぅ。18時半ごろに、S君から連絡が入り、ニームから列車が出るとかで、モンペリエで会えるかもねといわれる。それはちと困るなぁ。今日も、何処かに泊めてもらわねばらないかなと思っていたが、まぁ、とりあえず、待ってみようということで、夕食のサンドウィッチを買うことにする。 サンドウィッチを買って何処かで食べようとSさんと相談していたら、リヨン行きの列車が出るというアナウンスが入る。1番線に、予定の列車より前のリヨン行きの列車がずっと止まっているのは確認していたので、あわてて飛び乗る。もちろん、どこもリヨン方面行きの人たちで寿司詰め状態。それでも、次の列車がいつ出るのか分からないので、無理やりでも何でも乗り込む。 幸い、ニーム手前の駅で多くの人が降り、サンドウィッチを食べる余裕すら出来た。さらに、ニームであらかたの人が降りたので、一等車ではあったものの、どうどうと座っていた。ニームを抜けて、しばらく行くと、線路脇に、白煙を上げている列車らしきものが見え、これが原因かとSさんと話す。 それまでのんびり走っていた列車が、その後、猛烈なスピードで走り始めた。本来なら、ヴァランスにとまるのだが、ノン・ストップでリヨンまで行った。23時過ぎにリヨンに到着。 何とか、その日のうちに部屋に戻れたので、ほっとする。片付けもそこそこに寝る。
2008年02月29日
Jeudi, 28 f?vrier 2008 旅行の疲れもあったのか、朝寝坊。P君は仕事、Aさんは大学に行っていた。Aさんは一コマだけしか授業がないのでお昼前に戻ってきた。それまでにシャワーを借りてさっぱりしていた。Aさんに朝食のパンを出してもらったので、もりもり食べた後、お昼前に出掛ける。幸い、天気はいい。ちょっと風があったけど、暖かかった。 久しぶりのモンペリエを散歩して回る。特にこれがあっていいというわけではない。ただ、気分がいい。それでいいのではないかと思う。 お昼過ぎにお腹が空いたので、ポリゴンヌ地下のイノでサンドウィッチと飲み物を買い、アンチゴンに向かい、日当たりのいいベンチに腰掛、サンドウィッチを食べる。 そのあと、再びサントル・ヴィルに戻り、あてどなく街を見て回る。途中から、大型の黒い犬がピニョン氏とSさんの後ろをついて回る。Sさんが声を掛けて利するから、ますますついて来る。飼い主が見当たらない。はて? 歩き疲れたので、カフェでお茶をしていたら、犬もついて来て、横に居座る。帰れと促すが、反応なし。別のサービスのおじさんが通路に居座っている犬を邪魔だといい、「あんたたちの犬か?」と聞くので、違うというと、追っ払っていた。我々のサービスをしてくれたカフェのお兄ちゃんも犬をわれわれのものだと思っていたらしい。こちらは、犬を邪険に扱わず、やさしく接してくれていたのに、おじさんの方は、ちょっと冷たいなぁと感じる。まぁ、そのあと、犬の行動を目で追ったいたら、ゴミ箱に鼻を突っ込んでいた…。とりあえず、手を洗っておく。 19時半に、Sさんがお世話になっていたホーム・ステイ先に夕食を頂に行くことになっていた。何故か、ピニョン氏もお相伴に預かることになっていた。ステイ先のご主人が大のフットボール好きで、Sさんが是非ピニョン氏に会わせたかったのだとか。ふむ。 お宅に伺う前に、花を買っていく。 19時半過ぎにステイ先へ。出てきたマダムに自己紹介をして、奥へ通される。ここのお宅は、常時外国人留学生を預かっているようで、スイス人の女の子と日本人の男の子もやってきた。最後に、ムッシューとご対面。よく喋る気のいいおじさんだった。この日の為にと、サンテティエンヌのユニフォームを着ていったら、真っ先に反応した。面白い…。とたんにそれまでの丁寧な言葉遣いから砕けた感じの喋りに変わる。食卓に着くまで、ずーーーーーとフットボールの話だった。マダムはサンテティエンヌの出身だそうで、実家はスタッドの側だと聞きもしないのにムッシューは喋り続けた。 食事はとても美味しく、話も楽しかった。あまりフランス人家庭にお邪魔する機会がないので、こういうのは凄く楽しい。 22時ぐらいにお暇。それから、S君のところに遊びに行く。0時においとまして、Aさん宅へ戻り、就寝。
2008年02月28日
Mercredi, le 27 f?vrier 2008 朝食をホテルで取った後、9時半ごろ、荷物をまとめてホテルを出る。 お蔭様で、久々の太陽。これが無くてはいけない。 まず、エスパス・ヴァン・ゴッホに行き、きれいな花壇を見る。その後、レピュブリック広場に出て、サン・トロフィーム教会を見た後、10時過ぎに教会の脇にある回廊を見る。ここで、アルルの古代遺跡と美術館をすべて見れるパスを買う。 回廊は工事をしていたので、工事用具やフェンスをかわしながら写真を撮ることに腐心する。 市庁舎側にある古代フォーラム地下回廊に行ったら、ここも工事をしていた。一応、工事をしていた人たちに、聞いてみたら、ここだった。どうも、教会の地下にあるらしいのだが、教会自体、大改装中だった。夏のヴァカンス・シーズンまでに間に合うのかねぇとこちらが心配になる。 次にいったのが、古代劇場。ここも激しく工事をしていた…。シーズン・オフだから仕方がないが。 では!と気分を変えて、これまた外装をきれいにしていた円形闘技場へ。初めてフランスに来た年に、学校の遠足できて以来だ。まぁ、なにも変わったところはなかったが、妙に感慨深かった。 丁度お昼になったので、昨晩ホテルのマダムに教えてもらったレストラン街に行ったが、どこも開いてない。むぅ。仕方なく、ホテルのある通りまで戻り、横を車がばんばん走る大通り側のレストランで昼食。あまり美味しくない。サービスもよくなかったので、食べた後にさっさと出る。 古代劇場脇の夏の庭園なる公園を横に見ながら、城壁跡に行く。 アルルの絵葉書を探しに円形闘技場まで戻る。あまりぱっとしたものがなかったが、数枚買う。お店のおじさんがおもしろかったからいいや。 次に、ローヌ川側に行き、コンスタンタン共同浴場に行く。結構値段がする割には大したことがなかった。共同チケットを買っておいてよかったと思う。まぁ、これだけの物が残っているだけでも凄いのだが、もう少し保存に気を使ったほうがいいだろう…。 次に、レアチュー美術館に行く。画家レアチューの建物を美術館にしたそうで、彼の作品とプロヴァンス絵画がたくさん収蔵されていた。ピカソの面白いデッサンや絵画も置いてあった。この美術館開設にピカソが参加していたらしい。 見て回っている間、どこぞの美術教室の生徒と思われる人たちと先生があれこれ見て回ったり、貴重な収蔵品を奥から出してきて見ていた。 さて、予定していた列車までかなりの時間があったが、正直、もうアルルはいいかなとSさんと意見が一致。15時46分の列車でモンペリエに戻る。列車の中から、今日の宿泊先のAさんに連絡。Aさん宅でタイ・カレーを頂くことになった。一方、荷物を預けているCさんに連絡を入れたが返答がない。ふむ。 16時半過ぎにモンペリエに戻る。Cさん宅へ荷物を取りに行こうと再度連絡を入れたが返事がない。急ぐわけでもないので、Cさん宅近所の行きつけのカフェでのんびり待つ。Aさん宅へは、19時頃に行けばいいことになっていたので、ゆったりする。 Cさんから連絡が入ったので、荷物を取りに行く。 Aさん宅に行き、P君に挨拶。早速、夕食を頂く。美味!夕食後にあれこれ話をしたり、何故かドキュメンタリーをみんなで見続ける。23時頃に就寝。
2008年02月27日
Mardi, 26 f?vrier 2008 朝起きて、9時半前にCさん宅を出発。今日もS君はお休みすることにしたらしい。後で聞いたところによると、お医者さんからは2日間休みなさいと言われていたらしい。大きい荷物は置かせてもらっていたので、では、水曜の夜にということでS君とお別れ。 今日も曇り空…。寂しい。 モノプリに寄って、ポケット・ティッシュを買う。どうも南に来てからくしゃみをしっぱなしだ。 駅でチケットを買った後、朝食を買って列車に乗り込む。目的地はニーム。ニームからユゼス行きのバスに乗るのだ。 ユゼスは中世の町並みが残る小さな町で、映画のロケなどでも使われる場所。ピニョン氏の好きな『シラノ・ドゥ・ベルジュラック』もここで一部撮影されている。 11時のバスに乗り、ユゼスに向かう。Sさんは以前ここに来たことがあるそうなので、案内をお願いする。 ユゼスの観光シーズンは夏。おまけにこの日は曇り空と来ていたので、寒々しい。それでも、観光案内所で地図をもらい、案内に沿って町を見て回る。立派な教会や、街の広場などをのんびり見て回る。肝心の領主の館が工事中で見れなかった。残念。それでも、フランスでゴシック様式の教会に見飽きていたので、ゴシック以前の古い教会を見るのは楽しかった。 お昼は、観光案内所の側の通りにたくさんならぶブラッスリーに入り、お決まりの「日替わりランチ?」を食べる。なかなかおいしくて、つい食べ過ぎてしまう。 腹ごなしにまた街をのんびり回る。午後からは時折日が差してくる。気持ちいい。 予定していたより早めのバスに乗り、ニームに戻ることにした。17時ぐらいのバスに乗り、18時前に到着。列車も一本はやい16時の列車に乗り、アルルに向かう。 18時半頃にアルルに到着。ホテルは、街を挟んで駅のちょうど反対側にあり、周りもすでに暗くなりつつあったので、下手に街に入り込んで迷うより、少し遠回りかもしれないが、川沿いを行って街の反対側まで行き、ホテル近くの道から街に入ることにする。 川沿いは、犬の散歩コースなのだろう。犬の糞だらけで、ちょっと引く。どんどん暗くなっていくので、きっと踏んでいるのだろうなとSさんとウンザリする。 アルルはそんなに大きな町ではないはずだが、やたらと車が多い。それに街中を車が通る。むぅ。 ホテル近くまで辿り着いたが、さて、ホテルがありそうな雰囲気がない…。地図を持っていたので通りを確認したが、通りがない。あら?とにかく、ホテルがあると思われる辺りを回ってみたら、大きな通りと裏通りの間に運河の名残のようなものがあり、その側の細い道が住所のとおりだということが判明。で、目を凝らして遠くを見たら、ぼんやりと明かりが見える。何せ、街の外縁側ということもあり、あまり明るくないのだ。さてはあれだなと行ってみたら、やはりホテルだった。 ほっとして、チェック・イン。ホテルのマダムはとても感じが良く、街の観光地図をくれ、このあたりがレストラン街で、ここの辺りでの飲食は駄目よと教えてくれる。さらに部屋に案内してくれ、設備の説明までしてくれた。 19時半もすでに回っていたので、一休みしてから夕食に行くことにする。 旅行ガイドにあったお勧めレストランに行ってみる。ホテルを出て、レストランに向かうまでの道も、そこら中に犬の糞が見られる。ここも、観光シーズンではないせいか、掃除がされていないのかもしれない。それにしても汚かった。 レストランについて、メニューを見てみる。さほど高くないし、いいかということで入ってみる。落ち着いた感じのいいレストランだった。 注文をとりに着てくれたお姉さんが、強烈な南訛りで妙に落ち着く。 味は悪くなかったのだが、前菜はすこし多すぎ、メインのパスタは最後の方に飽きた…。お昼がかなり重かったので、あまりお腹がしていなかったせいもあるかもと思い直し、デザートもしっかり頂く。 その間、厨房のほうでは、仕事が一段楽したせいか、この日のフットボールのリーグ・カップの試合を見始めていた。かなり盛り上がっているようで、料理人たちの歓声が聞こえてきて、気になって仕方がなかった。 食事を終えて、街の中を少し歩いてみる。細い路地をポリスの車が凄い勢いで走りぬけていったのには驚いた。ローマの古い町の細い道を自動車が堂々と走っている。あまりいい気はしない。 ホテルに戻ると、テレビをつけて、すでに終わりかけていたフットボールの試合を見てからシャワーを浴びる。 明日のアルル観光をどうするかを少し考えた後、寝る。
2008年02月26日
Lundi, le 25 f?vrier 2008 書き忘れていたが、昨日の日曜日からモンペリエは天気が悪かった。どんより曇り、雨さえ降る。南なのに太陽が拝めないのは、非常に寂しいこと。友人たちからは、お前のせいだと言われる。とほほ。 朝起きると、仕事に出ているはずのS君が電話をしている。土曜の晩から頭が痛いと言っていたが、日曜日には、元気に戦場に出て帰ってきたというのに。どうも、病状が悪化したらしい。フランスには、普通の休暇と別に、病気の休暇も取れる。もちろん、これには、医者の診断書を提出しなくてはならないそうだが、優雅なものだ。これで、働きたくないときているから、フランス人も怠けが過ぎる。 お昼にCさん宅を出て、以前通っていた語学学校へ行った。お世話になった先生たちに挨拶しに行く事と、Sさんのお友達が春休みを利用してフランス語の勉強に来ているので、一緒に食事をしようということになっていたから、迎えに行ったのだ。 12時過ぎに学校へ行き、事務所のマダムに挨拶。流石に何度も訪れるのですっかりお馴染みになっている。 授業が終わった先生たちが出てきたので、挨拶して回る。「ピニョンはぜんぜん変わらないね」と褒められているのか貶されているのか分からない反応を得る…。、むぅ。 Sさんの友人Yさんと合流。雨の中、友人Iさん宅へ向かう。昼食用のバゲットを頼まれていたので、それをモノプリで購入してから向かう。 Iさんは、旦那さんのJ-Pさんが購入した新居に引っ越していたので、迷わずにつけるかどうかちょっと不安だった。何せ住宅街の中だったので、どれもこれも一緒に見える。しかし、フランスは住所と番地さえ分かっていれば、大体のところには確実につけるので、なんとなった。13時過ぎに到着。Iさんと再会。Iさんは、昨年の11月に日本でJ-Pさんとご結婚され、今年の3月末にフランスで結婚式を挙げるそうな。また来なければならんな…。 Iさんは、お昼をご馳走してくれるからお邪魔したわけではないが、お昼を頂いた。美味!お昼の準備が出来るまで、アペリティフを頂いた後、新居を見せてもらう。屋根裏部屋もあって、いい感じ。しかし、建物自体は、1800年代のものだそうで、痛みが激しいらしい。以前住んでいた人たちもかなり手を入れていたそうで、Iさんたちも、壁をぶち抜いて窓を作ったり、壁の色を塗り替えたりと大変だったらしい。もっとも、まだ庭の手入れも残っているらしく、まだまだこれからだそうだ。流石、日曜大工の国だ。 いきなり見ず知らずの人間、ピニョン氏もYさんとは初対面だったのだが、むしろ、歓待してくれたIさんに感謝しつつ、ひとしきり話をした後、15時ちょっと前にお暇。次は結婚式ということで。 15時半になるかならないかに、MさんとJ君宅へ到着。ここにもYさんを連れて行く。猫のM君もすっかり大きくなっていた。 戦場で急に体調を崩していたというJ君、元気だった。理由は彼にもわからんそうで、不可解な話だ。Mさんは、「生きてやがったよ」とぼそり。これこれ。 あれこれ話をして過ごす。Yさんは、ホームステイをしているので、18時過ぎに帰宅。Sさんとピニョン氏は、そのまま居座り続け、J君のゲームに付き合い、夕食を頂き、『ジュラシック・パーク2』を見終わってから、Cさん宅へ帰還。 Cさんはアルバイトに出ており、調子のすっきりしないS君がパソコンで遊んでいた。頭が痛いなら、パソコンやるな!とCさんからも言われているのだが、彼は自分のおもちゃが大好きだから不可能。明日は仕事に行かないと行っているが、さてどうなるやら。 明日は、10時過ぎの列車でユゼスに行き、アルルに向かう予定。
2008年02月25日
Dimanche, le 24 f?vrier 2008 朝、S君が戦争に旅立っていった後も、しばらく寝ていた。お昼頃にCさんとSさんの3人で朝食兼昼食を頂く。 3人であれこれ話をしていたら、Mさんから電話が入る。Mさんの旦那さん、J君も戦争に旅立って行ったのでお茶をしにくることになった。人の家なのに人を呼んでもいいものか?と思いつつもお誘い申し上げる。その間に、人の家で、フットボールのダイジェスト番組を見たりする。 折角だから、J氏に電話するもJ氏は来なかった。電話の後、寝てしまったらしい。 18時過ぎにMさんが帰宅。明日の月曜日に遊びに行く予定だったので、また連絡すると約束。そうそう、明日のお昼に以前通っていた学校に挨拶に行った後、今現在、その学校で勉強しているSさんの友人、Yさんと合流して、Iさんのところに昼食に行くことになっていたのだ。その後だから、15時ぐらいかな?と一応予告しておく。 S君が20時ぐらいに帰宅。今日は色々あって少し遅くなったらしい。J君がお昼頃に気分が悪くなって、ずっとバスで寝ていたらしい。吐いていたとも。どうやら、他の日とも具合が悪くなったらしい。原因は、使用していたペイント弾のインクがよくなかったらしく、それを吸引して気分が悪くなったとか。 そんなS君の帰還をよそに、ピニョン氏は食っちゃ寝していた。 のんびりみんなと過ごした後、就寝。 明日は、Iさんの新居訪問である。
2008年02月24日
Samedi, 23 f?vrier 2008 今日から学校がスキー休みになったので、しばらくご無沙汰になっていたモンペリエに遊びに行くことにした。Sさんと一緒に里帰りである。 月曜日までCさん、S君夫婦のところに泊めてもらい、火曜日から1泊旅行でアルルに行くことにしている。ついでに、ユゼスにも行く予定。27日の夕方にモンペリエに戻り、Aさん宅に2日とめてもらい、金曜日にリヨンに戻る予定となっている。 お昼前にリヨンを出て、13時半ごろにモンペリエに到着。上着を着ているととても暑い。南に戻ってきたと実感する。列車から降りる人たちの格好と街の人たちの格好がまるで違う。面白い。 Sさんお気に入りのギリシア料理店でファラフェルを食べた後、14時半ごろにCさん宅へお邪魔する。Cさんは19時からレストランでバイト。S君は、最近はまっていると言うペイント・ボールについて熱く語っていた。ご自慢の武器も事細かに説明。…コソボにでも行きなされ。 あまり外出してないらしいJ氏に電話。お越し願う。しばらくしてJ氏登場。 この頃から、妙にくしゃみと鼻水が止まらなくなる。南、すでに何かが飛んでいるらしい…。Sさんはアレルギー持ちだから仕方がないが、ピニョン氏までとは! Cさんがバイトに出た後、Sくんがパスタを作ってくれた。その後も、4人であれこれお話。Cさんがバイトから戻ってきたときも、まだ話し続けていた。 1時頃にお開き。S君は朝から戦争に出掛けるから。他のフランス人の友人たちも戦争に出掛けるそうな…。 Cさんがベットを作ってくれたあと、就寝。
2008年02月23日
Jeudi, 14 f?vrier 2008 忘れないように、記録しておかねば。 後期が始まって、相変わらず、フランス語と戦っている日が続いています…。 さて、フランスでは、ヴァレンタインというと、日本と違ってお互いにプレゼントをあげる習慣になっている。別に、チョコレートでなくても構わない。 今年も、Sさんからチョコレートを頂いた。さらに、サッカーボールも頂いた。運動不足解消も兼ねて、ソルド(バーゲン)で半額以下になっていたスパイクと共に志望を燃やしてくれると期待したいところ。 ピニョン氏もSさんにプレゼントを上げたが、それは内緒。
2008年02月14日
Dimanche, 20 janvier 2008 9時からの朝食だというので、9時過ぎバーに行く。他の泊り客が一組いたが、それ以外は誰もいない。パンやバゲット、ヨーグルトなどが置いてあり、勝手に取って食べる。 サンテティエンヌのパン焼機があったので、もちろん使う。出来は…まぁこんなものか。 11時前にチェック・アウトするが、バーがしまっている。バーに受付があるのだが、どこに鍵を返すのだ?うろうろしていたら、お店の人が出てきたので、鍵を返す。 トラムの停留所までのんびり歩き、トラムで町の中心まで出る。町の映画館内に、サンテティエンヌのお店があるのだが、そこにちょっとした用事があったのでよってみた。しかし、今年はもう無くなっていた。無くすならちゃんと言え!と腹の中で罵りつつ、町の南にある、サンテティエンヌの工業博物館に行く。サンテティエンヌは、炭鉱、リボン、銃器と自転車の町である。折角、一泊したので、その資料がある博物館に行ってみることにしたのだ。 しかし、意外と見ごたえがあり、大いに楽しむ。リボンの作り方やリボンの模様を入れるさまがビデオで紹介されており、Sさんと食い入るように見て回る。 自転車のコーナーはさほどたくさんのものはなかったが、初期のキック・ボードを大きくしたものから、最新の自転車までが展示されており、なかなか興味深かった。 銃器のコーナーはとてつもない数の銃が展示されており、これまたビデオで発射原理をCGと解説を交えて説明しており、非常に面白い。銃器の知識が全く無いSさんは、感嘆の声を上げていた。サンテティエンヌは、中世期から銃を作っているのだそうだ。あるブースでは、ライフルを作る工程をビデオで紹介していた。 しっかり3時間ぐらい見ていた。時間がお昼頃だった為か、ほぼ貸切。ゆっくり見れた。下に下りたとき、何気にたくさんの人がやってきていたので、運が良かったようだ。 ヴィエンヌのモザイク博物館といい、ここといい、田舎の割には、いい博物館がたくさんある。フランスのこういうところは非常に気に入っている。 流石に疲れていたが、しっかりお土産コーナーでものを物色。Sさんは、実家と電話でやり取りをして、あれこれ買っていた。ピニョン氏は、何故か置いてあった、サンテティエンヌのスタッド、ジョフロワ・ギシャールの本を買い、会計時に「お土産ですか?」ときかれる。何故? ただ、いい感じの博物館の図録が無かった。面白いものがたくさんあるだけに、残念。いつも思うのだが、フランスのこういうところはどうかと思う。 駅まで歩いていく間に、途中でサンドウィッチを買う。お昼を食べてなかったからだ。駅でぱくつきながら、18時前の列車を待つ。日が翳ってきてちょっと寒い。 列車に揺られて気分よくリヨンに戻る。 この日は、遅めの軽い夕食の後、就寝。
2008年01月20日
Samedi, le 19 janvier 2008 今日は、久々にサンテティエンヌに試合を見に行くことにしていた。ネットでチケットも頼んでいたので、あとはスタジアムに行って受け取ればいい。今日の対戦相手は、レンヌ(Rennes)。 ところが、列車の時間を調べていたら、以前のダイヤと随分違っているではないか。もしやと思い、帰りの電車を調べたら、いつも乗って帰ってくる23時の列車が無くなっていた…。信じられん!最終の列車は22時過ぎのものだけ。何てことだ!一緒に見に行くことになっていたSさんと相談。観光案内所のホームページでホテルを探すことになった。 値段が手ごろで、駅近くを探していたのだが、面白いホテルを見つけた。スタジアムの近くにあるホテルで、その名も「ショドロン・ベール」(Chaudron Vert)、「緑色の大鍋」と言う意味である。しかし、フランスのフットボール好きなら、Chaudron と言えば、サンテティエンヌのホーム・スタジアムのことだとすぐに分かる。緑色はサンテティエンヌのチームカラーであるからして、ここはサンテティエンヌ・ファンのためのホテルみたいなものだ。すぐさま予約をする。 ただ、当日だと言うこともあり、予約の確認を電話でしたが、出ない。ちょっと不安。悩んでも仕方がないので、出発する。 15時過ぎの列車でサンテティエンヌに向かい、町でちょっと見るものがあったので、寄り道をした後、スタジアムに向かう。 チケット売り場のチケット受取所に行くと、まだ開いていない。よって、先にホテルに行ってみることにする。18時前に到着。ホテルの名前は、「ホテル・ノール」で、併設されているバーの名前が「ショドロン・ベール」だった。受付に行って名前を告げると、無いという。おい…。観光案内所で頼んだと言い、予約完了のメールのコピーを見せると、受付のお姉さん、困ったなと言う表情。しかし、お店の経営者がやってきて、「ここにすればいいじゃないか」と部屋割りを覗き込んで決定。ほっとする。次の日は日曜日だったし、回りには何もないので、朝食をお願いする。ホテルで朝食5ユーロは高くない。 ホテルの部屋に入り、一休みしてから、スタジアムに向かう。あたりはすっかり暗くなってきていたが、その中にスタジアムの明かりが輝いており、次第に気分も盛り上がる。 ショップであれこれ物色した後、19時過ぎにスタジアムに入る。気温も次第に下がってきて、結構肌寒かった。試合がお寒い内容でないことを願いつつ、試合開始を待つ。 前半は、まぁ、よかったものの、後半はちと寒かった。監督の更迭が噂される今日この頃。しっかりしてもらいたいものである。試合は勝つには勝ったのだが、不満の残る内容。 ホテルに戻り、バーに行ってみる。すごかった。壁という壁に、サンテティエンヌ関連の新聞切抜きやポスター、写真などが所狭しと貼られており、多くの人が、サンテティエンヌのユニフォームをまとっていた。流石に、リヨンにこんなところは無い。地元ならではだ。 今日の試合のダイジェストが流れると、それまで流れていた音楽が消え、テレビの音が入る。むぅ。徹底している。たのしい。 東洋人が珍しいのか、時々、いろんな人が話しかけてくる。まぁ、それはそうだ。町を歩いていても、東洋人はほとんど見かけないし、まして、サンテティエンヌ・ファンとなれば、尚更だろう。それでも、地元ファンの話も聞けたし、面白いおっさん(なかにはおばさんもいた)たちと妙に盛り上がってお酒が飲めたので、よしとしよう。 次にサンテティエンヌで泊まることがあれば、間違いなく、ここになるな。 1時過ぎに部屋に戻り、シャワーを浴びて寝る。
2008年01月19日
Jeudi, le 3 janvier 2008 夕方、ポストを覗くと、一枚の不在届けがあった。ずっと部屋にいたんですがね…。 Sさんと散歩と買い物をかねて、郵便局へ出かける。 郵便局で荷物を受け取ると、想像していた物より大きい。はて?と思い、その場で開封。出てきた物は、ピニョン氏の応援するサンテティエンヌのバック・パックとネック・ピース…。頼んだ覚えがないので、慌てて明細を探し見てみたら、無料だった。何だこれは? しばらくSさんと誰からの贈り物かと考えていたら、Sさんが思い出した。11月にサンテティエンヌのオフィシャル・マガジンの巻末にあるクイズに携帯で応募していたのだ。携帯でどうやって申し込むのだろうと、Sさんが以前からの疑問を解消するために、試しに申し込んだもの。随分前の事だったし、何の連絡も無かったので、すっかり忘れていた。しかし、何故、商品が2つ入っていたのだろう? 買い物を終えて部屋に戻り、雑誌を見てみたら、2つのクイズに挑戦しており、どうも、両方当たったらしい。マジですか? 年明け早々、何やら面白くなりそうな予感。いい気分である。
2008年01月03日
Mardi, 1er janvier 2008 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。 フランソワ・ピニョン
2008年01月01日
Jeudi, 6 d?cembre 2007 リヨンでは、今日からフェット・デ・リュミエール(La f?te des lumi?re)が開催されている。リヨンの町中でネオンが瞬き、光のイルミネーションがとてもきれいなのだ。しかし、今週は前半の試験が2つあり、疲れていたので、今日はあえて外出しなかった。明日は金曜日なので、出かけてみようかなと思っている。ただ、去年もそうだったのだが、雨がぱらついているのだ。むぅ。 お祭りの本番は毎年8日となっているが、この日は、サンテティエンヌにお出かけ。メス戦を見てくるのだ。
2007年12月06日
Lundi, 26 novembre 2007 授業が終わった後、クラスの友人のトルコ人が、トルコ料理のレストランに連れて行ってくれた。 ピニョン氏の「おいしいケバブ屋は無いの?」という質問に対し、彼がリヨンで唯一ここならまぁ、いいかなというトルコ料理のレストランに連れて行ってくれた。 アトリエが終わった後の19時15分に、Sさんもやってきて、3人でお店に行った。 夕食も兼ねていたので、店内でお皿に盛られたものを頼む。トルコでは、ケバブというと、串にお肉を刺しているもの、バーベキュウのようなものをケバブというそうだ。お店の前でくるくる回っている肉を刺しているものをドネル(D?ner)というらしい。ふむ。もっとも、使っている肉の種類自体が違うらしいので、本物はトルコに行かねば食べられないそうだ。 また、トルコでは、フランスでいうケバブには、ケチャップやらマヨネーズはかけないそうで、お肉と野菜にポテトが入るそうだ。聞いてみないと分からないものだね。 前菜をトルコ人の友人が2品頼んでくれて、あたたかい葉巻状の揚げ物(チーズが入った春巻きみたいだった)と、冷たいブドウの葉っぱに米とハーブのような香辛料を混ぜたものが入ったものに、ヨーグルトをかけたものを食べた。なかなかいける。 メインは七面鳥?と牛?の肉となす、ジャガイモの煮込み?をバター炒めの白い米とオレンジ色?の米に、サラダと一緒に食べる。 一応、名前はケバブになっていたが、いつも食べているケバブとは全然違った。とてもおいしい。 すっかり満足していたところに、友人がトルコのデザートを頼んでくれた。それも3種類! お店が21時に閉まるので、あまり長居はできなかったが、普段できない話ができたので、楽しかった。おまけに、「今日は(何の?)フェットだから」とおごってくれた。多分、フットボールのトルコ代表がユーロ2008の予選を突破したからだろう。ご馳走様です。 じゃあ、次回は、日本料理店でご馳走するぞということになった。リヨンでおいしい日本料理店を探さないと! 帰り道、カメラを持っていたにもかかわらず、写真を撮ることをすっかり忘れていたことに気づき、へこむ。とほほ。
2007年11月26日
Mardi, le 20 novembre 2007 学校が終わった後、すっかり暗くなった中、新しいパソコン探すため、Fnac や家電店を見て回る。ある程度の目星はつけていたのだが、狙っていた安い機種が無くなっていたりしたので、意外と手間取る。フランスは、同じチェーン店であるのに、置いてある商品にバラつきがあるので、存在するすべてのお店を見て回らないといけない。あちらには無くて、こちらにはあることがざらにあるからだ。 近所のFnacには、目をつけていたものが無く、サントル・コメルシアルまで出かける。そちらにはあったので、店員に少し質問をした後、購入。書類に名前を入れるときに、日本名を打ち込むことに店員が戸惑っていた。なかなか面白い体験であったようだ。 サントルから歩いて帰るには時間が遅かったし、何気に重かったのでメトロに乗る。 夕食をとった後、早速パソコンを開けてみる。フランスは発泡スチロールをあまり使わないようで、外側の箱の割には、中身が小さかった。よくこれで運ばれるもんだなと感心する。 当初、15インチのモニターのノート・パソコンを考えていたのだが、結局、17インチのモニターのノートになった。部屋のテレビより大きい。何か複雑な気分。 パソコンを起動させてみる。なかなか立ち上がらない。10分ぐらいしてやっと画面が出る。何分ここはフランス。故障ではないかとすごく不安な10分だった。 基本情報を打ち込み、スタート。日本語のキーボードも日本語もすでにインストールされており、なかなか充実している。これで、日本語のソフトも普通に走るようになればいいなぁなどと、勝手なことを考える。 ウイルス・ソフトは、とりあえず、付属のノートンを使用する。後は、ネットに接続した後に、フランス人の友人に何か聞いてみよう。 メールをチェックし、メールをいくつか出した後、メール・ソフトの調整をする。 ほかの設定をあれこれ弄繰り回した後、意外と時間がたっていたので、寝る。
2007年11月20日
Dimanche, le 11 novembre 2007 このところ、調子の良くなかったパソコンがついに壊れた。危ないなと思っていたので、ぎりぎりで外付けのハード・ディスクにデータを逃がすことができた。しかし、その後の努力にもかかわらず、パソコンは復活しなかった。2003年の春に買ったものだったので、毎日のピニョン氏の過酷な要求に良くこたえてくれた。ありがとう。 一応、修理も考えたのだが、ヨーロッパでは、修理をやっていないそうで、すべて日本に送らなければならないそうだ。うちのパトロンに連絡したら、新規購入をするように勧められる。むぅ。これから、新機種の品定めをしなければ。Vista、使ったことがないし、すべてフランス語になるから、どうなることやら。
2007年11月11日
Mercredi, 10 octobre 2007 36歳になった。大して感慨も無いが、とりあえず、今年もまた新しい一年が始まる。 午前中に洗濯に行き、今日の夕食を取ろうとSさんと言っていたイタリア料理店に予約を入れる。 夕方、買出しに行き、Sさんの部屋に荷物を置きに行く為、エレベーターに乗ったら、途中で止まった。エレベーターに閉じ込められたのだ。日本でもなかったことをフランスで体験してしまった。とりあえず、非常ボタンを押し、オペレーターと話をするのだが、エレベーターについているスピーカーが古いせいか、良く聞き取れない。とにかく、誰かが来るらしい。時間も19時半頃だったこともあり、なかなか整備員が来ない。結局、50分ぐらい閉じ込められていた。 20時にレストランを予約していたので、ちょっと慌てた。レストランに着いたのが20時半。幸い、あまり人がいなかったので、問題なし。おまけに、料理は最高に美味しかった。また行きたい。 誕生日といえば、プレゼント。Sさんが、ピニョン氏の好きなアルゼンチン代表のユニフォームをくれた。背番号と名前も入っている。「19番 メッシ」!今一番注目している選手。感謝です。
2007年10月10日
Lundi, 8 octobre 2007 昨日から学校が始まった。やっとという感じがしないでもないが、まぁ、とにかく始まったのだ。 授業は、すべて13時30過ぎからになった。気をつけないと、昼まで寝てしまいそうだ。グループはB2クラスになった。
2007年10月08日
Vendredi, 5 octobre 2007 10時に学校に行き、説明会に参加。予想以上に沢山の日本人がいて、少々驚く。12時過ぎに終了。学生会主催の簡単なフェット?があり、お菓子を貪り食う。 学校を出て、ベルクールでやっていた、警察や軍隊、消防の募集キャンペーン?を見る。いくつかの装備、車等が所狭しと並べられ、Sさんと見て回る。カメラを持っていなかったことを悔やむ。 その後、歩いてサントル・コメルシィアルまで行き、アディダス・ショップで買い物。Sさんは、黒のダウン・コートをお買い上げ。 帰り道、途中のスーパーでお買い物。疲れたので、カフェでお茶。お茶をしたあとに、学校の前を通り、クラス発表と月曜日の授業時間を確認。Sさんは一番上のクラスになっていた。すごい!ピニョン氏もしっかりやらねば。
2007年10月05日
Mercredi, 3 ocotobre 2007 朝から、Sさんと一緒に、リヨンから列車で20分のところにある、ヴィエンヌ(Vienne)という町に行って来た。ローマ時代のモザイクが沢山あると聞いていたので、楽しみにして行く。 11時ごろにヴィエンヌに着き、観光案内所で地図を貰って散策開始。観光コースに乗っかって、教会やら美術館を回る。 昼食の後、ローヌ川を挟んだ対岸にあった、ガロ・ロマン博物館で、みごとなモザイクを見る。これは素晴らしかった。じっくり2時間近くかけて見る。博物館の外も、ローマ時代の遺跡跡になっており、ここもゆっくり見て回りたかったのだが、雨が降り出してきたので、ちょっと駆け足。 そのあとも、野外劇場、美術館等を見て回る。結構、歩き回った。 雨が降って残念だったが、なかなか良い街だった。 夜は、リバプール対マルセイユの試合を見て過ごす。
2007年10月03日
Mardi, 2 octobre 2007 朝の9時から語学学校のクラス別け試験に行った。午前中に筆記の試験を受け、午後から5分程度の口頭試験というか、質問を受けた。面接官に去年受けた先生などがいて、挨拶をした。 やっと学校が始まる。落ち着かないような、期待があるような、妙な気分だ。
2007年10月02日
Vendredi, 21 septembre 2007 今週は、部屋の模様替えをして、ラグビーのワールド・カップの試合を見たり、フットボールのチャンピオンズ・リーグの試合をバーで友人たちと見たり、自宅でUEFAカップを見た。
2007年09月21日
Samedi, 15 septembre 2007 サンテティエンヌに、カーン戦を見に行く。
2007年09月15日
Mercredi, 5 septembre 2007 アルビに失望したので、予定を変更して、トゥールーズに行くことにする。
2007年09月05日
Mardi, 4 septembre 2007 朝早く起き、Sさんとアルビへ一泊旅行に行く。トゥールーズまで出て、列車を乗り換え、アルビに着いた。
2007年09月04日
Lundi, 3 septembre 2007 昨晩の非常事態の後、Mさん宅からAさん宅へ移動した。一晩寝て、Sさんの容態もよくなった。よかった。 昨日と同様に、朝昼が一緒になってしまったが、Aさん宅で食事を頂く。 食事が終わり、人心地ついた後、今晩の宿泊先であるJ氏宅へ移動。AさんもJ氏宅へ一度お邪魔してみたいというので、みんなで行く。 荷物を置いた後、S君宅へ行き、夕食をS君Cさん夫妻と使用と言うことになり、Aさんも参加することになった。P君が仕事を終えた後に参加するだろうから、20時にする。Mさんにも電話して、J君共々参加することになる。KさんS氏ご夫婦も参加することになり、総勢11人でレストランで食事することになった。 それまで、S君のコレクションを見たり、話をして楽しく過ごす。 夜、レストランに行き、二階を貸切状態で他のお客さんを気にする事なくワイワイやる。 夕食の後、バーで一杯やってから解散。 J氏邸に戻り、何だかんだ話をしているうちに2時頃まで起きていた。 明日は、アルビ(Albi)に一泊旅行に出る。 その後、S君宅へ
2007年09月03日
Dimanche, 2 septembre 2007 昼過ぎまで寝ていた。31日からお世話になっているAさんとP君の所で、食事を頂く。 夕方ぐらいだろうか?今日の宿泊先であるMさんとJ君宅へ移動。猫のMも出迎えてくれた。以前会ったときより、随分と大きくなったものだ。J君のお誕生日に贈られたという、PS3と大きなフラットテレビでゲームを楽しむ。途中で、J氏もやってきた。車のゲームだったのだが、ピニョン氏が一番遅かった・・・。昔から、テレビ・ゲームは苦手なのだ。 Mさんたちが仕事の時間になったので、ピニョン氏たちは夕食を取りにサントルへ出る。
2007年09月02日
Samedi, 1er septembre 2007 前日の31日にモンペリエに入り、1日にCさんの結婚式に参加。ゼニッツのそばにある、昨年の9月にMさんの結婚式でも訪れた所。 式の後、場所を移して宴会。朝の3時までいた。
2007年09月01日
Le mercredi, 29 ao?t 2007 雷雨の中、サンテティエンヌに、Sさんと対ストラスブール戦を見に行った。今期初のジョフロワ・ギシャール。 サンテティエンヌに着いた時、幸い、雨は上がっていた。 チケットはネットで予約しており、8番窓口で受け取る。日本人の名前は分かりにくいのか、窓口のお姉ちゃんが何度も探す。 スタッドのジョフロワ・ギシャールは、9月に行なわれるラグビーのワールド・カップで使われることになっているので、この夏に芝が張り替えられた。また、オーロラ・ヴィジョンが2つ出来ており、スピーカーも新しくなったようだ。お陰で、観戦がしやすくなった。 20時半からのゲームだったので、ブティックを散々物色した後、スタッドの併設されているカジノ・カフェテリアで夕食を取り、19時半に、一時は止んでいた雨と雷の中、スタッドへ入る。 今回は、比較的前の座席だと喜んでいたら、それもつかの間、横殴りの雨が降り込んできたのだ。慌てて、後ろの席に一時避難。 小雨になったところで、席に戻り、大雨の中、一人アップをしていた、サンテティエンヌのゴール・キーパー、ジャノに声援を送る。 試合は、小雨になったものの、時々稲光と雷鳴の中開始された。 結果、2対0で勝ったものの、一点はPK、二点目は自殺点。すっきりしない勝利だった。 列車の時間が切迫していたので、早足で駅に向かったものの、乗る予定の列車が50分遅れていた。おぅ!最寄り駅は何も無いので、トラムで町の中心の駅のほうに移動し、そこの自動販売機で小腹を満たし、喉を潤す。 50分遅れが、30分遅れになり、0時半過ぎに何とかリヨンに戻れた。メトロは当然無かったので、歩いて帰る。ところが、トラムがまだ動いていたらしい。あたたた。次は、これに乗ろう。 1時過ぎに部屋に戻り、一杯やってから寝る。
2007年08月29日
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