りゅうちゃんミストラル

りゅうちゃんミストラル

2004.11.20
XML
カテゴリ: スポーツ


もし最終予選で日本と北朝鮮が同じ組になったら、
日本人サポーターは「近くて遠い国」北朝鮮の平壌に乗り込むのだろうか?

思い出すのはイタリアワールドカップ(90年)一次予選だ。
日本は北朝鮮と同じ組になった。

89年国立での日本と北朝鮮の試合では、2-1で日本が逆転勝利した。
私の記憶が正しければ、日本は水沼(現在解説者)が佐々木のンターリングを鮮やかにボレーシュート。
そして北朝鮮の自殺点で勝った。
中継したNHKもエキサイトしていた。
山本浩アナの「万歳はまだ早い!」は、彼が実況ではなく、
「単なるサッカーオヤジ」であることを証明した。
解説の松本育夫は北の自殺点を「吉田君ですね!」と決め付けていた。

この試合は、スタンドで日本人と北朝鮮人がケンカしたり、すごい雰囲気で行われた。
両国の国旗を持った人が国旗を武器にしてチャンバラまでしていた。
試合そっちのけで「日本負けるな!」の声もかかった。
私は当時この試合を観戦していて、すごく思い出深い試合だった。

しかし、平壌でのアウェーでは、0-2で負けた。
今では考えられないことだろうが平壌での試合は、
ワールドカップ予選にもかかわらず、NHKが夜中に録画中継した。

その後、だいぶ後になって平壌でのアウェー戦のために北朝鮮に向かった「ある選手」の車に私は乗せてもらうことになった。
その選手(現在はもちろん引退して解説をしている)は、
北朝鮮のことを言いにくそうに「よくわからない国」と表現していた。

当時の日本代表監督は横山謙三氏。
彼は銅メダルを取ったメキシコオリンピックのゴールキーパーだったが、
監督としては不人気で、当時のサッカーファンから「横山辞めろ!」と署名活動まで起こった人物だ。

91年のことだったか、当時サッカー協会会長の藤田静夫氏(故人)と、クアラルンプール(マレーシア)で話をした。
藤田氏は横山監督を「いい人」と評し、今(当時)のサッカーファンがいかに横山氏のことを理解していないか力説した。
そして「君も彼と話してみるといい。いい人物だとわかるから」と説得までされた。

しかし、「いい人物」であることと、「勝てる監督」であることは大きく違う。
確かに横山氏は「いい人」ではあったが。

日本サッカーがまともにワールドカップを狙えるようになったのは、
監督がオフトになってからのことだ。

当時はまだそんな時代だった。
ドイツを目指す今の日本代表は、どんな歴史を作るのだろうか?

追記

浦和が優勝した。今日の試合で名古屋に2-1と負けたが、2位のガンバも横浜に負けた。
今日の浦和は何かおかしかったし、名古屋もイエローカード連発で、
退場者まで出た厳しい試合だった。

93年当時の浦和を知っている人がいたら、この優勝は驚くべき結果だ。
何しろ勝率3割にも達しなかったのだから。
確実に時代は変化している。

*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。
意見があればメッセージでどうぞ。
トラックバックも受け付けています。ただし殺人を正当化しない人に限ります。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2004.11.20 16:26:41
[スポーツ] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

りゅうちゃんミストラル

りゅうちゃんミストラル

バックナンバー

2026.08
2026.07
2026.06
2026.05
2026.04
2026.03
2026.02
2026.01
2025.12
2025.11

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: