ワルディーの京都案内

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2015/12/12
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テーマ: 癌(3527)
カテゴリ: 癌治療情報
朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。

≪2015年7月23日の記事≫  

 2009年夏から3カ月、東京都の女性(61)は聖路加国際病院(東京都中央区)に通院しながら、左胸の乳がんの抗がん剤治療を受けた。がんの広がり具合から左乳房は全摘することになり、乳房を再び作る「再建」をするかどうか迷っていた。

 当時55歳。年齢とともに自然に下がっていく右胸と、人工乳房を入れた左胸のバランスは、年々不自然になっていくのではないか。下着を通して女性の美しさにこだわってきた下着パタンナーの仕事柄、気になった。体の中に異物を入れることにも抵抗感があった。

 Dカップの乳房は経験上、片方約500~600グラムの重さがある。どちらかを摘出すれば、左右の肩のバランスが偏るのではないかと感じた。再建したほうがジムや温泉に気軽に行けるとも聞き、人工乳房による再建を決めた。

 10月中旬、約2時間半の全摘手術を受けた。同時に、乳房の再建に向けて、「エキスパンダー」と呼ばれるシリコーン製の袋を入れた。この袋に生理食塩水を入れて膨らませ、約半年かけて胸の皮膚をのばした後、手術で人工乳房と入れ替える。

 左胸の全摘は、「仕方がない」と覚悟していた。だが、手術から2日目、ガーゼの交換で初めて術後の左胸を見た時はショックだった。エキスパンダーを入れた分、胸に多少の膨らみはあるが、豊かだった胸は跡形もない。生々しい傷痕。乳輪も乳頭もなく、「まるでのっぺらぼうみたい」。

 乳輪・乳頭は、皮膚を移植して再建する手術があるが、「これ以上、体にメスを入れたくない」と、入れ墨をする方法を選んだ。

 退院後まもなく、左わきの下のリンパ節2カ所への転移がわかった。がんの病期は0~4の5段階で「ステージ3」になった。再発の不安を抱える生活が始まり、がんを告知された時よりも落ち込んだ。

 その翌日、夫に誘われて箱根に紅葉狩りに出かけた。晴れ渡る空に、富士山も見えた。「60歳になったら仕事をやめて、日本全国を車で回ろう」。お互い病気のことはほとんど口にしなかった。こうして気分転換をしながら、現実と向き合っていくしかないのだと思った。


乳房の再建に使う人工乳房

3.jpg


>当時55歳。年齢とともに自然に下がっていく右胸と、
>人工乳房を入れた左胸のバランスは、年々不自然になっていくのではないか。

 乳がんで再建という方法があるのを、私が「がん」にかかって色々見聞きするなかで知りました。再建という方法があるのは素晴らしいことですが、こういう新たな悩みもあるということですね。

 私は後腹膜悪性腫瘍で、粒子線治療を受けましたので、外見上は背中の照射部に黒ずみが残っているだけです。外見上大きな影響がある治療の場合は、このような問題を克服していくのも、医学上の課題なのですね。幅広い医学の進歩が必要ということなのですね。



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最終更新日  2019/01/15 10:21:39 AM
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