ワルディーの京都案内

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2015/12/30
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テーマ: 癌(3527)
カテゴリ: 癌治療情報
朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。

≪2015年12月22日の記事≫  

 人気バンド「シャ乱Q」のボーカルで、アイドルグループ「モーニング娘。」を生み出した音楽プロデューサーのつんく♂さん(47)は今春、母校の近畿大学の入学式で、1年半ぶりにステージに立った。

 「やっと、ここまで来られたなぁ」

 新たなスタートに向け、高揚感をかみしめながら、この半年間を振り返った。

     ◇

 昨年10月、声帯にできたがんを摘出する手術を受け、声を失った。6時間半に及ぶ手術で首の周りを約25センチ切った。術後は食事が思うようにのどを通らず、62キロあった体重は10キロ以上も減った。

 「近大の入学式には、絶対に元気な姿を見せよう」

 手術後、家族やスタッフと誓った目標だった。

 サプライズゲストとして登壇すると、7千人の新入生から大きな歓声で迎えられた。その手に、マイクは握られていなかった。

 〈皆さん、入学おめでとうございます!〉

 つんく♂さんの祝辞は、会場の大型スクリーンに映し出された。

 〈なぜ、今、私は声にして祝辞を読みあげることが出来ないのか…それは、私が声帯を摘出したからです。(中略)一番大事にしてきた声を捨て、生きる道を選びました〉

 手術で声を失ったことは、大学の関係者らにも知らされていなかった。学生たちの表情が一変するのがわかった。

 〈私も皆さんに負けないように、新しい人生を進んで行きます!〉

 「声のない祝辞」が終わると、会場は大きな拍手に包まれた。

 舞台の袖で見守った妻の加奈子(かなこ)さん(35)は、つんく♂さんの表情がとても穏やかなことに気づいた。

 「やっぱりステージは夫が一番輝く場所で、生きる場所なんだ」

 そう実感した。

 「ありがとう」

 会場に向かって、何度もそう大きく口を動かした。

 入学式の様子は翌日、メディアで大きく報じられた。

 今年9月、がんの告知から声帯を摘出するまでを振り返った手記「だから、生きる。」(新潮社)を出版。その中で、近畿大学での入学式について、「僕は壇上にいる間、自分は幸せだと心から感じていた」とつづった。病を乗り越えて元気な姿をみんなに見てもらう――。目標を果たし、険しい山の頂に立ったような達成感でいっぱいだった。

     ◇

 ボーカルを長年担当してきた「シャ乱Q」は1988年、仲間と大阪で結成した。92年にメジャーデビュー。94年に発売した「シングルベッド」が100万枚を超えるヒット曲となった。

 95年には、「ズルい女」でNHK「紅白歌合戦」に初出場を果たした。

 歌手として活躍する一方で、「モーニング娘。」などのアイドルグループを誕生させる音楽プロデューサーとしても活躍の場を広げた。

 どの仕事にもやりがいを感じ、充実した日々を過ごしていた。

 のどの不調を感じるようになったのは、2008年ごろだった。徐々に声がかすれ、高音域が思うように出しづらくなった。「ズルい女」を歌う時にも、音階を下げて対応した。

 2013年8月に始まったシャ乱Qの結成25周年ライブでは、「どうか声が出ますように」と祈りながらマイクを握る状態だった。

 ライブツアー終了後の11月、のどの内視鏡検査で、左の声帯の一部が腫れ上がっていた。良性の腫瘍(しゅよう)か、悪性なのかを見極めるには、組織を取って調べる必要があるという。

 ただ、医師から「生検をすれば、約3週間は声を出せない」とも言われた。ぎっしり詰まったテレビ収録などのスケジュール。生検を受けないまま、月日が過ぎていった。

 「もし3週間も休んでしまったら、この世界から置いていかれるんじゃないか」。そんな恐怖感があった。

 仕事を調整し、やっと詳しい検査を受けたのは、年が明けた14年2月だった。検査のために入院していた病院に、子どもたちが面会に来ていた夜、突然医師がやってきた。

 子どもたちは、看護師に連れられて、病室の外に出て行った。妻の加奈子さんと二人だけになったところで、医師は告げた。

 「検査の結果、腫瘍の細胞は悪性でした。『喉頭(こうとう)がん』です」

 これまで、想像すらしていなかった病名だった。

 「俺ががん? そんなアホな、何で俺が」

 震える加奈子さんの手を、ぎゅっと握ることしかできなかった。

     *

 つんく♂ 1968年、大阪生まれ。88年に「シャ乱Q」を結成し、92年にメジャーデビュー。97年から「モーニング娘。」のプロデュースを手がけ、「LOVEマシーン」は176万枚のヒットとなる。14年3月、喉頭がんを公表し、15年春、喉頭の全摘手術を受け、声が出せなくなったことを公表した。現在も数多くのアーティストのプロデュースや楽曲提供を続けている。


LINEを使って、パソコンの画面越しに記者の質問に答えるつんく♂さん=東京都新宿区
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シャ乱Qのボーカルとして歌うつんく♂さん=2008年12月
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 今年4月の近畿大学の入学式のニュースは、私も読んで驚きました。

 私がセカンドオピニオンで知った粒子線治療を行っている真っ最中でした。この方法を選択することで残っている片方の腎臓を温存することができ、透析を回避することができました。

 一方で、つんく♂さんのように、基本的な機能、しかも商売道具である声を失う治療を選択せざるを得ないという場合もあります。

 私はこうやって腎臓の機能を残すことができましたが、粒子線治療の副作用で、腎不全になって結局透析をしなければならなくなるリスク(結構可能性の大きい)を抱えています。もともと透析は一旦覚悟したので、透析の覚悟はできています。しかし、同時に再発のリスクも大きく、こうなった場合には、治療方法がないというのが現実です。


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最終更新日  2019/02/03 09:33:33 PM
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